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【異世界令嬢コージーミステリ】第5話 作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜

    前回のお話
    珏4芹
    https://note.com/chisio777/n/n16d39a22e7a2


    1

    別荘の客間はリズの湿っぽい泣き声が響いていた。

    「わ、私は悪くない!」

    鼻水も流し、顔も髪もぐちゃぐちゃだった。泣き、叫び、怒鳴り、興奮状態ではあったが、発する言葉は二種類しかない。「私は悪くない」と「白警団に連れて行かないで」の二つ。

    リズの声を聞きながら、頭痛がしてくるものだが、じいやは冷静だった。リズを宥め、温かい紅茶を飲ませるところまで成功していた。

    じいやは私が幼子の時から仕えている。もしかしたら、幼子のような癇癪や泣き声は慣れたものかも。

    一方私は、さすがにリズの泣き声にウンザリとしてしまい、クリスの部屋に向かった。

    今日、クリスは役所に行ったはずなので、その事情を聞こう。

    私もリズとの一件を全てクリスに報告した。クリスの部屋も書物が多い。本棚にはびっしりと経営学の書物が並び、机の上も走り書きや手帳もある。もちろん筆記具もあった。

    クリスは机の前に座っていたが、私は距離をとりつつ、ソファの方へ座る。一応ドアも開けっぱなしにしているので、リズやじいやの声も響き、ゆっくりと話せる環境ではなかったが。

    「そうか。それは確かに村長夫人が怪しいな」
    「ねえ、そうよね。あと、村長の私物がないのも気になる。これは単なる物取り?」

    自分で言いながら、違和感が襲ってきた。今のところ、物取りには見えない。かと言ってリズが村長を撲殺するのは違和感が強すぎる。引きこもりのリズが殺し屋などを雇う気もしない。

    「クリスは、どう思う?」
    「さあな。リズを説得して吐かせた方が早いだろう」
    「そんな……」

    あのリズが素直に吐くだろうか。

    明らかに困っている私にクリスはニヤニヤ笑ってる。嫌味っぽいが、もう慣れてきた。

    「そっちは役所でどうだった?」
    「ああ。ロゼルには会えんかったな。ま、ロゼルは役所の職員らしく、慎ましい生活しているらしい。毎日弁当持参だと。そんな噂は聞いた」
    「へえ……」

    これが何か事件に関係あるか不明だったが、一応事件の詳細を記録しているノートに書き込んでおいた。今のところはリズが第一容疑者だ。ロゼルもお金や人間関係のトラブルの匂いがするものだが、何の証拠もないので疑えない。シャルルの行方も謎。オルガの工房の嫌がらせも未解決。

    「この中だったら、村長夫人を説得する方が早い。さっさとしろ」

    クリスのアドバイスは的確だったが、相変わらず偉そう。またカチンときそうだったが、ぐっと飲み込む。

    「だったらクリスも協力して。そうね、村長夫人が好きそうなケーキでも焼いてくれない? フルーツたっぷりのケーキ。見た目もいいケーキだったら、少しは落ち着くかしら」

    てっきり無理な要望だと思い込んでいたが、何とクリスは二つ返事でキッチンに行ってしまった。

    「え、本当? あの人、ケーキも焼けるの?」

    信じられないが、とりあえずここはクリスに任せよう。

    私はもう一度客間に戻り、じいやと共にリズの説得を試みた。

    かれこれ一時間以上、説得していただろうか。じいやはともかく、私が何かいってもかえって怒り散らかされたものだが、キッチンの方から甘い匂いがしてきた。

    まさか、クリスは本当にケーキを焼いた?

    そのまさかだった。クリスは大きいホールケーキを持って客間にやってきた。デコレーションは地味目だったが、白いクリームが丁寧に塗られ、イチゴも品よく並んでいる。手作り感覚は濃いケーキだったが、甘い匂いは悪くない。オルガの店のものとは見劣りしているが、味は期待できそう?

    「あら、ケーキ?」

    リズの声は突然弾み始めた。

    「ええ、奥様のためだけに焼きましたよ」

    クリスは普段の性格の悪さを封印し、リズにケーキを切り分け、紅茶も飲ませていた。じいやもリズの肩や足裏をマッサージし、まるでお姫様扱いしている。王都の貧困街や地方にあるホストクラブという場所みたい。推理小説の取材で行った事があるが、確かに最初はこんな風にお姫様扱いされる。

    「まあ、嬉しいわ。じいやさん、もっとここをマッサージして。あとクリスさんのケーキも美味しいわね!」

    リズもこれには陥落してしまったのか。泣き止み、笑顔まで見せてきた。

    私はこのチャンスを逃さなかった。

    「ねえ、リズ。どういう事か説明してくれる?  白警団には言わないから」

    それは嘘だった。場合によっては白警団に突き出すつもりだったが、今はこう対応するしかない。嘘も方便だと心の中で言い聞かせる。

    「そうだ。とりあえず事情を話してくれ」
    「奥様! じいやは奥様の味方ですよ!」

    クリスにもじいやにも説得され、ついにリズは折れた。事情を話し始めた。

    あの日、旅行から帰ったリズ。本邸で村長が殺されている事を発見した。

    リズは直感的に村長の人間関係のトラブルを察した。実際、家の中で取られたものはない。物取りの犯行には見えなかったが、リズは村長の財布を捨て、机の中の私物も全部捨てた後に白警団に通報したらしい。つまり、物取りの犯行に見せるよう隠蔽工作をした。

    「何でですか?」

    この中で一番冷静で賢そうなクリスに質問され、リズはタジタジだった。時々、言葉に詰まりつつも、理由を話してくれた。

    村長は中身は最悪で、特に身内や側近の秘書などとはよくトラブルを起こす。それに不倫の常習犯でもあり、ロゼルの尻も追いかけていたらしい。ロゼルは村長が亡くなる直前まで村長秘書をしていた。

    「ロゼルは意外と身が硬かったそう。うちの旦那が貢ぎまくっても、あまりなびかなかった。だから逆に燃えていたらしい」

    リズは苦いため息をこぼす。

    なるほど村長→ロゼルの矢印は見えた。村長の片思いだったのも事実だろうか。毎日弁当を作るような女だと聞いた。確かに身は硬いのかもしれないが。

    「だから夫が殺されたのも、怨恨だろうって思った。でも、でも、そんな事が世間にバレたら……。私はまた村人たちから腫れ物扱い。お高くとまっている村長夫人だと笑われるわ」

    だんだんとリズの意図が読めてきた。つまり、世間体を守るために、物取り工作をしたのだろう。

    「ちなみに村長の私物は何を?」

    とりあえず、ここも気になる。私は事件の記録ノートを捲りながら、尋ねた。

    「ええ。ロゼルへのラブレターよ。何枚にもロゼルの胸や脚を讃える文章が書いてあった……。受け取っては貰えなかったみたいだけどね。あと貢いだプレゼントや金額も書いてあってね……」

    リズの言葉の後、一同何も言えやしない。微妙な空気が流れる。これは工作してしまうリズの気持ちもわかった。

    「シャルルは借金している噂もあった。物取りの犯行だと思い込んだシャルルを疑うのは当然ね。ああ、どうしよう。私、白警団に言うべき? シャルルに濡れ衣着せた?」

    私とクリス、じいやは顔を見合わせた。この状況でリズに事情を説明させるのも、ややこしい。それに現にシャルルが行方不明なのも事実だ。リズの工作はグレーゾーン。同情もできてしまうから困る。

    「わかった。白警団には言わない。この件は一旦保留でいいか?」

    ここで助け舟を出したのはクリスだった。

    「その代わり、村長の知っている事は全て吐いてもらおう。そんな交換条件でいいか?」

    クリスの助け船は順調だった。リズはこの条件を飲み、村長を恨んでいそうな人や別邸にある私物なども見せてくれるという。

    「わかった。協力する」

    リズは私達と握手し、取り引き成立だ。この状況ではリズは犯人の可能性は低くなった。

    一方、ロゼルが怪しくなってきた。村長にしつこくされ、突破的に殺してしまった。ロゼル本人だけでなく、ロゼルの恋人が村長を殺した可能性だって十分にあり得る。

    次の調査はロゼルだ。村長から貢がれたものはどこへ? 

    村長の秘密も分かってきた。

    まだまだ大丈夫だ。推理は順調だ。

    「ところで、私もこの余ったケーキ食べていい? 頭使って糖分が切れたわ」

    そう言ってリズが残したケーキを完食。他の面々は呆れていたが、このケーキは想像以上に甘かった。

    2

    交換条件を出し、私達と取引きしているリズだったが、また引きこもりに逆戻り。森の別邸に引きこもりを続けている。

    リズの一件から二日がたったが、事件は何の進展もない。クリスは急な仕事が入ったらしく、部屋にこもっていたし、オルガの店も相変わらず。

    一方、カリスタは新村長選挙に出馬の決意を固め、店カフェは休業中だった。村長はもういない。新村長選挙があるのは、必然的な流れだった。

    ロゼルにも会いに役所に行ったが、向こうは相当忙しいらしく、全く捕まえられない。役所内でロゼルの噂話を探ったりシャルルの人柄なども村人に聞いてはみたが、新情報は何一つ得られなかった。

    結局、リズから情報を得るのが早いとわかり、私は一人、森の別邸へ向かっていた。

    本来ならじいやも連れて行きたいところだったが、別荘の掃除や食事、洗濯の準備もある。

    「えー、今日はじいやさんはいないの?」
    「いないわ」

    リズは玄関先で口を尖らせる。あの時よりはだいぶ元気そうではあったが、ブーブー文句をつける姿は相変わらずだった。

    「でもじいやが作ったパンやスープはお土産で持ってきたわよ。どうぞ」

    私がお土産の紙袋を渡すと、リズがケラケラと笑っていた。まったく現金なものだが、玄関先で立ち話をしている場合ではない。

    「ところでこの別邸には村長の部屋はある? 今日はそこを見たんだけど」
    「いいわよ。コッチには白警団は調査に来ていないからね」
    「あのモイーズも?」
    「ええ。シャルルを一番に疑っているそうよ。これからシャルルを探しに王都に行くんですって。昨日の夕方、そう報告してくれたわ」
    「本当?」

    どうやらモイーズは犯人=シャルルと見立てて、本格調査をしているらしい。悔しいが向こうの方が一歩先を進んでいる。

    「ええ。王都にはシャルルの親戚や友人もいるから、そこに逃げているんだろうって」
    「へえ」
    「シャルルといえば、女ばっかりと仲良かったけれど、ギヨームとも親しかった記憶はあるわね。うちの夫とはさほど面識はないと思うけどね」

    そんな事を言いながら、別邸の村長の部屋にも到着。こちらは北側に面し、あまり日当たりの良い部屋ではなかった。

    部屋にはベッド、机しかない。別邸のように賞状などは一つもない。リズに聞くと、こちらのは一年に数回しか来なかったらしい。

    「ちなみにこれが旦那が書いたラブレターよ」
    「見ていい?」
    「いいわよ、忌々しい」

    リズはベッドの上に手紙を放り投げた。これが工作して隠した手紙か。

    手紙を一枚だけベッドから拾い、読んでみたが、後悔した。ロゼルへ胸や尻を称え、手紙を受け取ってくれない事を嘆いている。どうやらロゼルは村長の手紙は受け取らないでいたらしい。しかし、別の手紙を確認すると、ロゼルはカバン、化粧品などのプレゼント、現金は貰っていたらしい。ちゃっかりしている。手紙の印象では男をたぶらかす嫌な女にも見え、これは何かトラブルがあると察した。

    「リズ、ロゼルへの貢ぎもの、お金はどこから出ていた?」
    「わからない。彼のポケットマネーとは言いがたい気がするわ。村長といってもすごい高給取りでもないからね」
    「そう」

    手紙はもういいのでベッドの上に置き、今度は机をチェック。こちらも仕事上のメモ類ばかりで、何も出てこない。

    「なんか匂うわね?」

    そうは言っても、推理作家の勘が冴えてきた。昔、私が書いた作品ではベッドの下に証拠品を隠している描写もあった。

    「まさかと思うけれど……」
    「何、アンナ嬢?」

    ベッドの下にしゃがみ、手を入れた。埃臭さに顔を顰めたが、何か指先にぶつかる。取りにくいが、どうにか手を伸ばし、何かを掴んだ。

    それは封筒だった。中には現金も入ってる。

    「何これ、旦那のへそくり?」

    リゼは明らかに不機嫌になってきたが、無視してお金を確認。中には帳簿の一部も入っていたが、オルガの工房の国からの給付金を中抜きしているらしい。ロゼルのサインも入り、彼女はこの件を把握していた? その上で村長からの貢ぎものを受けていた。

    動かぬ証拠が出てきた。ロゼルにこの事を確認しなければ。噂では身が硬い女性の印象だったが、そうでもないらしい。むしろ、村長の手紙を見る限りは悪女系だ。

    「何、アンナ嬢、何かわかったの?」

    不機嫌になりかけているリズを無視し、別邸を後にした。ロゼルが事件に関わっている可能性が高い。ようやく大きな手がかりを手に入れられた!

    早歩きで森を抜け、川沿いの道を走り、村の中央まで来た。

    もう新村長選挙が始まったらしく、広場ではカリスタが演説し、大騒ぎだ。

    立候補者はカリスタだけでなく、ギヨームも出ているらしい。村長の意思を引き継ぐと熱意を語るカリスタに比べ、ギヨームは減税や福祉の充実を訴え、特にオルガの工房も村の中央に移そうと訴え、両者とも堂々と演説し、村人も熱心に聞いていた。

    「気になるけど、今はロゼルよ。早く行かないと」

    広場の演説は気になったが、今はロゼルに会う事が最優先だ。

    すぐに村役場の方に走る出そうとした時だった。背後から声が聞こえてきた。

    「作家令嬢ですか!? まさか推理作家のAさんです!?」

    若い男の声だった。

    なぜ村で私の筆名を聞いてくる!?

    王都でもなかった事なのに。急いで振り向くと、赤髪でそばかすの男性が立っていた。

    「僕はあなたのファンです!」

    嘘!?

    3

    「ファンです! A先生の推理小説が大好きだったんですよぉー!」

    目の前にいる男は、興奮気味だった。鼻の穴は膨らみ、目もキラキラとしている。いや、キラキラというよりギラギラか?

    なぜか蛇に睨まれているカエルにような気分になったが、彼は押しが強い。サインしてくれ、サイン会も開いてくれと大騒ぎ。

    広場は選挙演説中だ。多くの村人は演説に集中してしまっている為、この男の声は適度にかき消されている。当然、私達の方に注目する者などいない。

    「ちょ、落ち着いて。あなた、誰ですか?」

    そう言うのが精一杯だ。

    男は赤毛、そばかす。安物だが、一応スーツ姿だったので、農民や市場の者ではないだろう。役所の人間かもしれない。年齢は二十三ぐらいか。私と同世代だ。私が子供の頃、我が国でも一瞬推理小説がブームになった時があった。もしかしたら、この男も当時、初めて推理小説に触れたのかもしれない。

    私は推理作家らしい観察眼でこの男の属性を考えたが、名前まではわからない。

    「あの、落ち着いて。名前はなんです?」

    大きめの声を出すと、ようやく彼は落ち着いた。そばかすが浮く肌をハンカチで拭うと、名刺をくれた。

    名前はダニエル。役所の広報課、文化課、生活課など所属しているところが多岐にわたる。

    「役所の何でも屋って感じに便利に使われてます!」
    「そう」

    ダニエルは犬っぽい素直な雰囲気だ。尻尾が見えそう。確かにこのキャラクターなら、職場でも何でも押し付けられているのを察したが、本人は笑顔だ。

    今も広場で選挙演説の警備や誘導その他諸々の雑務をやっているらしい。

    「へえ……」

    これは本格的に職場で良いように扱われているらしいが、本人は笑顔で「お仕事楽しい!」と言っている。本人が幸せならそれでいいのか?

    しかしダニエルは一体どこで私を知ったのだろうか。王都でも読者に会う事なんて全くない。担当編集者によると、推理のトリックや誤字脱字について批判の手紙はよく届いていたらしい。

    我が国では推理小説は不人気だったが、一部強烈なファンはいる。いわゆるヲタクだ。そんな読者層を敵に回すのが面倒にもなり、どんどん推理小説は不人気になっていったという背景がある。

    そんな事を思い出しつつ、さらにダニエルを観察。そこまでのヲタクではなさそうだが。うっかり推理小説の話題で盛り上がり、何となく打ち解けてしまった。私の事も村で噂となっており、ついつい話しかけたという。

    「全く文壇サロンのおじさん達、ひどいっすね。俺もグーパンしに行きたい!」

    それに追放の件も同情して貰い、ダニエルは敵ではなさそう。村長の事件も未解決だ。安易に味方認定はできないが。

    「やっぱりこの村でサイン会、開きましょう。ちょうど春祭りもありますし、そこでやりましょ!」
    「ちょ、勝手に話を進めないでよ」

    ダニエルは押しが強い。それに手がかりが見つかり、ロゼルに会いに行く予定だ。こんな所で立ち話している場合ではなかったが、ちょうどその時、クリスがひょっこりと現れた。

    「アンナ嬢、何をやってるんだ?」

    相変わらず嫌味っぽい表情だったが、手短に事情を説明した。ロゼルの件も話した。

    「へえ。俺はクリスだ。よろしく」
    「よろしくお願いします!」

    クリスとダニエルも自己紹介を交わしていたが、いつもよりクリスの表情が硬い。目も据わっている。機嫌でも悪いのだろうか。

    一方、ダニエルは空気が読めない。相変わらずサイン会のごり押しをしてくる。正直、ファンがいる事は嬉しいが、わからない。こういう時、どう対応するべきか、文壇サロンで叩かれていた私には全くわからないが、クリスが助け舟を出してきた。耳元で小声で言ってきた。

    「こいつと取り引きしろ。ロゼルと会えるように頼むんだ。サイン会を了承する代わりに」

    クリスの声は低めで、何故かいつもより真剣らしい。

    「サイン会なんてできないわよ」

    作家業といっても執筆作業は基本的に引きこもりだ。取材中は出かけるが、サイン自体も作っていないし、私のサインに価値があるかわからない。

    「そんな事ないですよ! Aさんの推理小説は面白いですって。自信もってくださいよ!」
    「そうだぞ、ダニエル君の言う通りだ。サイン会やれ」

    クリスの命令口調にイラッとしかけたが、本心では口調と全く違う事を思っているかも?

    そんな気がした。

    それに事件の手がかりも見つかる? サイン会に来た客に色々と話を聞く事は出来る?

    「わ、わかったわ……」

    承諾したと同時にダニエルの歓喜の声が響く。春祭りの企画や運営もダニエルが仕事でやっているので、後日打ち合わせも決定。

    同時にロゼルに会えるようアポを取ってくれるという。

    「たぶん今行ってもロゼルも仕事で忙しいです。俺が話して約束の時間とった方がいいでしょ」

    結局、ロゼルの件もダニエルに任せられるらしい。

    「じゃあ、俺は仕事があるんで!」

    ダニエルは腕時計を見ながら、広場の前方の方へ駆けていく。

    残された私とクリスは顔を見合わせた。今のクリスは機嫌が直ったようで、口角を上げていた。ニヤニヤといつものように若干嫌味ぽくはあったが。

    「アンナ嬢、サイン会楽しみだな」
    「そうかしら?」

    人前に出るのは得意ではない。でも、これも事件解決への伏線と思えば、乗り越えられる?

    4

    翌日。昨日までは綺麗に晴れていたが、今日は薄曇りだった。

    今日は、午前中、ロゼルに会いに行くことになった。あの後すぐにダニエルがロゼルに約束を取り付けてくれ、別荘なでわざわざ走って連絡もしてくれた。なんでもダニエルはロゼルの仕事を肩代わりした事も多く、向こうも逆らえなかったらしい。「こういう時のために俺は何でも屋やっています!」などと無邪気に笑っていたが。

    こうしてロゼルとの役所も取れたので、私は一人、役所に向かっていた。

    じいやはリズのケアのために出ていた。なんでもリズに編み物を一緒にやりたいと騒がれ、断れなくなったらしい。

    クリスは残りの仕事を片付け、市場で買い物、料理と洗濯もして貰うことに。

    こうして役割分担も無事にすませ、薄曇りの空の下、役所の入り口につく。もう村長の追悼展示物は撤去され、新しい村長選挙のポスターやチラシなどが置いてあった。

    まだ時間が少しあったのでチラシを見ていると、立候補者のギヨームは血筋はいいらしい。土地も持っており、不動産業で豊富な資金力や人脈もあり、このタラント村を改革し、特に奴隷への差別解消を強く訴えていた。オルガの工房もちゃんと商業システムを作り、経営を安定させたいとか。

    「へえ。オカルト好きな男だと思ったけれど、理念はしっかりしているわね」

    感情的に死んだ村長の意思を受け継ぐと訴えているカリスタと比べ、ギヨームは冷静な選挙運動といった印象だ。私はこの村で選挙権はないので、傍観者として楽しむか。

    「アンナ嬢です?」

    ちょうどその時、ロゼルが現れた。噂通り、安っぽく地味なスーツ姿のロゼルは倹約・実直という印象だ。村長の手紙のロゼル像とはだいぶ印象が違うが、背も高めで、脚も長い。胸も尻も確かに目立っている。スタイルが良いのは確かだった。顔も地味目だが、輪郭や鼻の形は整っている。

    その点、女らしさは無い私は、少しロゼルが羨ましいと思いつつ、彼女に案内され、役所の一階にある応接室へ通された。

    応接室はさほど広くはなく、テーブルとソファのシンプルな場所だった。窓の外からは広場も見え、今日もカリスタやギヨームが演説中だった。平日の午前中のためか、人は集まってはいない。今日の広場の雰囲気を見る限りは、カリスタが一歩リードらしい。

    「こちら、お茶ですわ」
    「ええ、ありがとう」

    お茶を持ってきたロゼルと私は、向かい合って座る事になった。

    まずは自己紹介や挨拶を交わしつつ、ロゼルの印象を観察した。ロゼルは二十五歳ぐらい。素材はいいが、服装とメイクは地味。こんなロゼルに魅力を見つけた村長は、相当な女好きと思われ、げんなりとしそう。

    一方、ロゼルはロゼルで単なる地味な女でもなさそう。村長の手紙像がリアルなら、裏表はあるかもしれない。果たして裏の顔を見せるかは謎だが。

    「単刀直入に言うわ。これは何?」

    こんなロゼルには率直に話すのが良いかもしれない。リゼの別宅で見つけた証拠品を見せた。その上、オルガの店の小麦粉の件も話した。あの小麦粉も廃棄業者から安価に入手、あるいは無料で貰い、オルガの工房へ納品すれば材料費を横領できる。

    しょぼい工作だったが、村長とロゼルが結託、あるいはどちらかが犯行に及んでも間違いない。

    「で、それがなにか?」

    てっきりロゼルは私の指摘に動揺するかと思ったが、腕を組み、堂々とソファに座っている。目も細め、私を小馬鹿にするみたいに笑っている。

    「確かに村長は中抜きや横領みたいなことはしていた。でも私は単なる彼の秘書だっただけ。関与はしていないから。村長の命令のままサインをしたまでよ。私は何も知らないわ」

    胸をはり、顎も少し上げ、堂々とした物言いだ。嘘をついているように見えない。

    「それに、こんなの証拠ですかね? 大方リズの家で見つけたんでしょうが、あの人、ちょっと情緒不安定でしょ。工作でもしたんじゃないの?」

    ぐうの音も出ない。実際、彼女は隠蔽工作をしていた。この証拠も確実かわからないが、ロゼルは見た目通りの人物では無さそう。

    だからと言ってここで負けられない。田舎の役所職員に、令嬢が負ける? そんな訳は絶対にない。

    成金といえど、私はこれでも令嬢だ。背筋を伸ばし、ロゼルを見据えて微笑む。

    「横領していたのは村長ね。でもそのお金はどこ? あなたに貢いでいたって聞いたけわ」

    おっとりと令嬢風に微笑む。笑顔で圧をかけてみたが、急にロゼルの目が泳ぎ始めた。

    もう一度ロゼルを観察したが、地味なメイクな割に口紅はしっかり色がついている。確かに令嬢メイクより地味だが、この色はどこかに見覚えがある。

    思い出した。シャルルの管理人室にあった化粧品類だ。

    ここでは確定とは言えないが、村長→ロゼル→シャルルという矢印か?

    「ねえ、シャルルはどんな男だった? 知りません?」

    こう問いかけると、ロゼルはもっと動揺し、指先もカタカタ震えている。これはシャルルと関係があるかもしれない。村長からの貢ぎものをシャルルに流していたと考える。これが妥当だろう。

    だとしたら、村長がシャルルを憎み、本邸に呼び寄せたところ、言い争いになって殺した。またはロゼルがシャルルに村長殺害を依頼した。今のところ、どちらでも筋が通る。もっとも、白警団のシャルルへの疑いは見当違いでは無くなってしまったが。

    「ねえ、ロゼル、どういう事?」

    ここまで詰めるがロゼルも折れるだろうと思われたが、なんとシクシクと泣き始めてしまった。

    その上、嘘くさい演説も始めた。村長の意思を継ぎ、村の銀貨伝説の調査もするという。これは半分以上、カリスタの演説の真似ではないか。

    こんなお涙頂戴には騙されたくなかったが、ダニエルや他の職員もやって来た。これ以上、ロゼルから聞くのは難しいだろう。

    今日はとりあえず、別荘に戻る事にした。何も手がかりが見つからないわけじゃない。まずはシャルルの管理人室へ行き、化粧品を調べてみよう。

    5

    「アンナ嬢、ランチができてるぜ」

    別荘に帰るとスープのいい匂いがした。ダイニングルームに直行すると、確かにコンソメの良い匂い。野菜たっぷりのスープとサンドイッチ、柑橘系のジュースがテーブルに並び、クリスが作ってくれたらしい。

    あの後、役所内でロゼルの噂を調べようとしたが上手くはいかず、ダニエルに私の作品を褒められ、恥ずかしくてそれどころではなく、急いで別荘に帰ってきたところ。

    確かに時計を見ると、ランチ時だった。

    「クリス、あなたが作ったの?」
    「そうだ、悪いかよ」
    「別に悪くはないわ。ありがとう」

    こうしてクリスと二人でテーブルにつき、一緒にランチをとりつつ、捜査の進捗を報告した。じいやはリズの家にいるため、二人きりだったが、何故かクリスはニヤニヤと笑い、私の報告を聞いていた。

    「なるほど。ロゼルがシャルルに貢いでいた可能性もあるな。で、シャルルは村長に恨まれ、口論になって殺害。筋は通るわな」

    クリスは私と全く同じ推理をしているらしい。白警団のモイーズもシャルルを疑い、王都まで出ている。

    この事件の犯人はシャルル?

    どうも引っかかる。推理作家として考える。単純なプロット過ぎないか。白警団が追っている容疑者が、私たちが見つけた容疑者って事はあるのだろうか。ここは本格ミステリを所望したいところだけれど。どうも私が思う筋書きになってくれない。

    文壇サロンのおじ様達の鼻をあかせるだろうか。わからない。

    「アンナ嬢、そんな深刻に考えるな。とににか飯を食え。スプーンが止まってるぞ」

    はっと気づくと、確かに食べていなかった。クリスの皿はほとんど空になっていたのに、私のは半分以上残っている。

    「そうね、そうよ。まずは食べる」
    「たんと食え」

    また偉そうなクリスにイラっとはしなかった。なぜか今日はクリスの目は優しいし、野菜スープもサンドイッチも美味しい。おそらく村で収穫した野菜を使っているため、キャベツはシャキッと新鮮だったし、ニンジンは甘味が強くスープに味が滲み出ていた。

    「小説を書いていると、時々プロット脱線する事あるのよね。キャラが勝手に動き始めて、むしろ脱線した方が良くなる事のが多い」
    「ほう、アンナ嬢。やはり君は作家だね」
    「褒めてる?」
    「さあ。でもこの事件の筋も脱線した方が面白いかもな。もしかしたら、シャルルはミスリード。犯人では無いんじゃないか?」

    クリスの声を聞きながら考える。確かにこのままシャルルが犯人だとしたら筋がとしては面白くない。

    「そうね。今のところシャルルが第一容疑者だけれど、あらゆる可能性を考慮して考えてみる」
    「その方がいいな。誰かがシャルルを落としいれたとも考えられる」
    「やっぱりシャルルの管理人室、もう一度立ち返ってみる」
    「おお。まだシャルルが犯人だとは確定していない。おお犯人で賭けでもしようぜ」
    「は?」

    クリスはまた嫌味っぽく笑ったと思ったら、手帳に何か書き、そのページだけ引きちぎって私に見せてきた。

    そこにはこう書いてある。「シャルル以外の人物が真犯人だったら、アンナ嬢の言う事を全部聞いてあげよう。賭けだ」

    それを見て目が丸くなる。クリスの字は綺麗だったが、ところどころが跳ねている。面白がっている?

    「逆にシャルルが犯人だったら?」
    「それはアンナ嬢の負けだ。俺の言う事を全部聞いてもらう」
    「は!?」

    いつになく強引な物言い。私は変な声が出てしまった。

    「どうだ。賭けをしたら、やる気になってきただろう?」
    「そ、そうだけど。具体的にどんな願いを聞いてくれる?」
    「アンナ嬢、君が新しく出版社を立ち上げたらどうだい? その資金援助、人脈などを提供する。だとしたら文壇のおっさん達にも楽勝さ」
    「そ、それは」

    美味しすぎる話だ。

    「だったら逆にシャルルが犯人だったら? あなた、私に何をして欲しいのよ?」

    どうせろくでもない事だろう。例えばクリスの家のメイドとして一生働かされるとか。クリスの会社の従業員になって馬車馬のように働かされる事も大いにあり得る。

    「アンナ嬢、俺と結婚して貰う」
    「え!?」

    信じられない。目玉が飛び出そう。

    冗談かと思ったが、全くそうではない。クリスは結婚を迫る令嬢やストーカーに悩まされているという。また起業家として仕事にも集中したいが、既婚となると資金提供を受けやすかったり節税になったりメリットもあるらしい。それに親も結婚しろとうるさい。

    「つまり契約結婚だ。仮面夫婦とも言うね」
    「なるほどね」
    「本当の夫婦じゃ無いが、アンナ嬢の身分や立場的にピッタリではないかね?」

    本気のプロポーズではなくホッとした。我が国の貴族たちはこうした利害関係の一致で契約結婚している家庭も少なくない。クリスの条件は理解できたが、契約結婚とはいえ、クリスの妻になる?

    この嫌味っぽい顔を毎日見る事になるのか。そして表向きは仲良し仮面夫婦を演じないといけないと思うと、絶対嫌だ。

    「こうしちゃいられないわ。この賭けに勝たないと!」

    そう言うと、私はシャルルの管理人へ向かい、もう一度調査を始めた。

    残された女ものの服や化粧品類をチェックする。やはりロゼルのものの可能性が高い。服のサイズ、口紅の色などを考慮すると、ロゼルがシャルルと付き合っていた事は確定だ。

    「やば、やっぱり犯人はシャルル?」
    「おお、アンナ嬢、頑張って推理しろよ」

    いつの間にかクリスも管理人室へやってきてニヤニヤと笑っている。まるで私を手の平の上で転がし、楽しんでいるみたいだ。

    「わかってるから。推理するわよ!」

    この賭けに負けたら、クリスと結婚する事にもなってしまう。絶対負けられない。犯人にも、この賭けにも。


    次回のお話
    珏6芹
    https://note.com/chisio777/n/n81abcc22e90f

    #創作大賞2025 #ミステリー小説部門

     
     
     
    小説書きます。ペンネームは聖書から取りました。クリスチャンです。第三回聖書ラノベ新人賞準優勝受賞作「いのちのパン屋さん」など他執筆中。コージーミステリやライト文芸系を主に書いています。英米のコージーミステリ好き。千葉県在住。イラストはAI作成。

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