
【異世界令嬢コージーミステリ】第6話 作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜
前回のお話
第5話
https://note.com/chisio777/n/n965120d6c73d
1
契約結婚とはいえ、クリスとの結婚なんて冗談じゃない。
私は一人、部屋でこの事件の記録されたノートを見ていた。シャルルの管理人室からもちこんだ化粧品類も見ていたが、頭が痛い。やはりロゼルの私物だろう。
村長→ロゼル→シャルルの経由でお金が流れ、ロゼルに夢中だった村長がシャルルを恨んでいた。結果、口論になり、シャルルが村長を殺して逃げた。筋が通る。全くどこもおかしくはない。
「でも、もしシャルルが犯人ではなかったら?」
私は調査ノートに挟んでおいたオルガの工房に届いた脅迫状を見つめた。
一応手書きの文字だが、筆跡をわざとらしく変えている。王都まで行き筆跡鑑定者に依頼してもいいが、その前に容疑者の絞り込みをしないと意味がない。
「それに、この脅迫状、事件と関係あるかしらね」
二年前から届いていたという脅迫状だ。おそらく村長やロゼル、シャルルの恋愛のもつれと関わりは少ない?
「オルガ達の差別でやってるのかしら?」
こちらもどう考えても分からない。
「まずはシャルルを探す方が先?」
白警団より先にシャルルを捕まえたら、事件は解決?
「あー、もうわからない! 詰まったわ!」
まるで小説のスランプになった時のようだ。何のトリックもキャラクターも思いつかない時があり、今はまさにそうした瞬間だった。
こういう時は気分転換するのに限る。オルガの工房か、広場での演説でも見に行こうかと思った時、別荘にダニエルがやってきた。
何でも春祭りの企画書、その中で行う予定のサイン会の企画も出来上がったので、確認しに来たという。
すぐ話は終わるとは言っていたが、走ってきたのだろう。ダニエルは汗だくだった。とりあえず、客間に案内し、お茶を作って持って行こうとしたところ、なぜかクリスも客間にいた。
ダニエルと向かいあって座り、二人とも無言だった。
というか、クリスが目が据わり、機嫌が悪そう。偉そうに脚まで組んでる。長い脚なので嫌味っぽい。そんなクリスに子犬のように震えているダニエル。
「えっと、この空気は何なの?」
意味が分からないと思いつつも、とりあえずダニエルから企画書を見せて貰い、内容を確認した。
今週の日曜日、村の広場で行われる春祭り。そこで歌や踊りなどのイベントも開かれ、屋台も多く出店するという。その一角で私のサイン会コーナーも開くという。もうチラシやのぼりなどの手配もできているらしく、私の既刊本も書店に発注済みだという。
「あら、ダニエル。段取りがいいわね。編集者みたいだわ」
「ええ。本当は王都で編集者目指したかったんですけど、うちは田舎で大学行くお金もないですから」
そう語るダニエルは、無邪気だ。夢が破れたというのに、後悔は全くないらしい。
一方、クリスはずっと不機嫌。全く意味不明だったが、クリスを無視し、ダニエルと共にサイン会の打ち合わせは終了した。
「そういえば、ロゼルはあの後、どんな様子?」
それは気になり、ダニエルに探りを入れる。
「ええ。村長の意志を継ぐって村の銀貨伝説プロジェクトを頑張るとか言ってたな。あの森一体を発掘し、伝説の銀貨が出てこないか調査するんだって」
この話を聞きながら、隣にいるクリスは、何か気になっている様子だった。小声で何か言おうとしている。
「実はな……」
クリスは母親の親戚の息子がこの村で行方不明になっている事を話す。もうクリスは冷静になって来たらしく、声も落ち着いていたが。
「ああ、昔そういう事件ありましたね。なんだっけ? コリンっていう男の人でしたっけ?」
ダニエルは当時三歳ぐらいだったので、行方不明事件については全く知らないという。
「そのコリンだよ。コリンって男も銀貨伝説に興味があり、時々森を掘り起こしたりしていたらしいんだ」
「本当?」
クリスから聞いた話は新事実。
もしかして二十年前の行方不明事件が今回と関係ある?
「そう言えばシャルルも銀貨伝説知りたがってた。まあ、あいつはお金に困って一発逆転したい感じだったけれど」
ダニエルの情報も急いで書き留める。調査ノートは手元になかったので、企画書の裏に走り書きになってしまうが。
「村長が銀貨伝説のプロジェクト始めた時、何か問題あったりしたか?」
私が知りたかった事をクリスが代わりに聞いた。さっきまでの不機嫌さは嘘のようだ。不機嫌に見えたのも、私の思い違いだったのかもしれない。
「そうですね……」
ダニエルは腕を組み、一分ほど何か思い出していた。
「村長は案外ロマンがある人でした。冒険小説とか好きだった。だから、こういう伝説も興味があって発掘したいと言っていたけど……。あ!思い出した。そのプロジェクト立ち上げの時、役所の周辺に生ゴミ撒かれた事もあった」
私は急いでその情報も書き込んだ。
百年以上前の銀貨伝説、二十年前の失踪事件、現在の村長殺人事件。
何か関係ある?
「アンナ嬢、これは森に行って銀貨伝説を調べろ」
「わかってるわよ。事件に関係あるかもしれない」
こんなやり取りをする私とクリス。それを見たダニエルは、目を丸くしていた。「推理小説のコンビみたいですよ!」と。
2
翌日、私は村の図書館へ向かっていた。村の銀貨伝説や二十年前の失踪事件を調べるためだ。
リズは今度はクリスを家に来るように要求。意外にもリズのワガママを聞くのが楽しそうで、機嫌よく家に出て行った。
今日はじいやが家で留守番だ。掃除、洗濯、食事だけでなく、庭仕事もあり大変そうだったが、快く図書館まで送り出してくれた。
村の図書館は、川沿いの道をずっと歩く、北の方にある。村長の本邸にも近いが、まずは図書館だ。
図書館は村の規模にして大きく、蔵書も悪くない。この蔵書だけでも小説の資料としても十分かもしれない。二階建ての木造建築で周りは木々も多く、日当たりも良くないが、本を保存するにには悪くないだろう。
まずは一階の郷土資料コーナーへ出向き、銀貨伝説の本を漁る。
百年近く前、盗賊団のリーダーは盗んだ銀貨をこの森に埋めたという伝説だ。子供向けの資料は多かったが見つかったが、なかなか核心まで行けない。一つ言える事は、村ではファンタジー化されている伝説で、これを掘り出すと永遠にお金に困らないとか、結婚できるとか迷信も混ざっている。本当に盗賊団がいたかどうかも疑わしく、歴史的資料は何もない。
三十年近く前は、村の小学校でも銀貨伝説を教えていたそうだが、今はファンタジー、作る話の可能性も高く、学校では教えていないそう。
学校で教えていた頃は、生徒達の自由研究で銀貨伝説を調べるのもブームになった時期もあるそうだが、今の子供達には全く刺さっていない事もわかった。
それ以外にも二十年前の事件も調べてみたが、当時の新聞記事はほとんど破棄され、図書館司書によると、白警団に詳しく話を聞いた方が早いという。
そんな事で時に図書館では収穫は得られず、帰る事にした。
といっても手ぶらで帰りたくもない。もう一度事件現場の村長宅に行ってみる事にした。
今日は昨日とうって変わり、綺麗に晴れていた。淡い雲は綿菓子のよう。春の日差しも心地よい。村長宅の前まで来てみたが、殺人事件があった事は信じがたい。
とりあえず庭の方に回り、犯人の逃亡ルートなどを想像してみた。裏手から出てこのまま森の方に逃げたら、誰も目撃者はいないだろう。
一方、正面玄関から逃げた場合は、目撃者がいても不思議ではない?
聞き込みだ。聞き込みすれば証言が得られるかも知れない。私が書いた推理小説には地道な聞き込みで犯人を捕まえたら話は無いが、何もやらないよりはマシだ。
私は村長宅の正面玄関かた小道を通り、川沿いの道に入ると、通りかかった村人に声をかけるチャンスを待っていた。
この辺りは村人はあまりいない。ようやく会えた農家らしき村人にも声をかけたが、事件当日は何も見ていないという。
思わず肩を落としかけたが、聞き込みを続けよう。トリックもない単純な殺害方法だからこそ、地道な聞き込みが大切かもしれない。
「村長が殺された日?」
「さあ、知らんね」
「知らない」
「その日は何も見ていないよ」
村人達の証言に涙目になりそうだった。地道な聞き込みも実を結ばない?
ちょうどその時だった。白警団のモイーズも村長宅周辺で村人から聞き込みをしているのが見えた。
あの濡れ衣を着せられた日以来だ。ブヨブヨな体型は相変わらずで、汗をハンカチで拭きつつ、村人に聞いている。第一印象と同じく白警団の制服も全く似合ってるいない。
まさかモイーズも村長事件について聞き込み中?
「そうだよ。困ったね。シャルルも見つからないし、もう目撃情報頼りかもしれない」
そのまさかだった。ため息をつくモイーズは、疲れ切っている。目の下も黒く、肌も荒れているようだった。
「アンナ嬢、何をしている?」
そんなモイーズだったが、目を光らせる事は忘れない。
「何してる?」
これはまた疑っている可能性大だ。私の心臓は緊張でキリキリ痛くなってきた。
しかしシャルルはもう捕まっていないらしい。という事は、今のところ私と白警団は似たような地点にいる。確実に負けてはいなさそう。私は少し余裕が出て来た。
「ただの散歩ですわ」
「本当かー?」
「ええ。しかしこんな村で事件だなんて。二十年前も事件があったと聞きましたけどね」
我ながらナチュラルに二十年前の話題に入れたと思う。
「まだ解決していないとか」
「そうだ。まあ、失踪したコリンの家には争った形跡なかったんだ。こっちも単なる家出として処理したんだが」
「へえ……」
白警団、雑すぎないか。
「うん? アンナ嬢、お前はなぜこんな話題が知りたいんだ?」
「え、いえ?」
「さては何か知っているな?」
「知りませんって」
またモイーズが疑ってきた。もう取り調べを受けるのはごめんだ。むしろ犯人を捕まえて白警団に突き出してやりたいぐらいだったが。
「では、村長。失礼しますわ!」
一応令嬢らしく微笑み、別荘へ帰る事にした。もう濡れ衣はたくさんだ。
今日の図書館や取り調べで実になった事は何一つないが、大丈夫だ。私達は白警団と同じ地点にいると分かっただけでも大収穫だ。
3
あれから数日間、何の進展もなかった。白警団も似たような状況で、村長宅周辺で聞き込みをしているのは見たが、特に何も見つかっていないようだ。それだけが救い。
新村長選挙は大盛り上がり。カリスタとギヨームの一騎打ちだったが、連日、広場では演説が開催され、村を賑わしている。
一方、私は別荘の部屋に篭り、ウンウンと唸っていた。
今まで調査してきたものを洗い、村長と銀貨伝説、二十年前の失踪事件を繋げようとしたが上手くいかない。
二十年前の失踪事件も謎だらけ。クリスによると、失踪したコリンは素行が悪く、お金にも困り銀貨伝説にも興味があったそうだが。
「シャルルも行方不明だし、コリンも殺されている……? シャルルも殺された可能性はなくはないけど……」
色々と仮説を立てるが、煮詰まった。スランプ状態だが、一度銀貨伝説の中心地である森へ足を運んでみても悪くないか?
そんな事を考えていたら、じいやが部屋にやってきた。
「お嬢様、休みましょう。頑張りすぎです!」
「そ?」
「小説と同じですよ。スランプになったら、一度距離をとって考えるんです。推理にも休暇が必要です!」
じいやは今までの調査を記録したノートを机の引き出しにしまってしまった。珍しく強引な仕草だったが、昼間に推理意外で時間を潰す方法は不明だ。外はよく晴れているが。
「だったらお嬢様。森へピクニックにでもいきましょう」
「えー?」
じいやはバスケットにサンドイッチ、チーズやワインを詰めて行こうという。
「気分転換ですよ。小説もピクニック行った後に筆が乗った事があったじゃないですか」
「そうね……」
じいやの言う通りだ。推理にも休暇が必要という事で、森へピクニックに行くことにした。クリスもサンドイッチを作ってもらい、一緒に行くという。途中でオルガとも合流。今日は工房が休みだというので、成り行きでピクニックに行くことに。
リズの別邸の前を通り抜け、森の奥へ。さらさらと小川の流れる音、小鳥の鳴き声が実に気持ちのいい春の日だ。風も暖かく、私たちは束の間、事件を忘れ、サンドイッチやチーズ、ワインを楽しむ。
未成年のオルガは飲酒ができないので、小川の方へキノコを拾いに行ってしまった。毒キノコの種類を教え、食べられるキノコの特徴も伝えると、オルガは興味を持ったらしい。推理小説を書くための調べた事だが、どこで役立つかは想像できない。
「はぁ、じいや。気持ちいいわね」
ワインをちびちびと飲み、私は少し酔っていたかもしれない。
ニコニコと笑顔になってしまう。
「アンナ嬢はご機嫌だな。犯人はわかったんか? シャルルが犯人だったらどうするん?」
クリスは相変わらず意地悪だ。水をさしてきた
。
忘れていたが、クリスと賭けをしていた。この賭けに負けたら、クリスと強制敵に結婚ではないか。
「まあ、俺と結婚したら養ってやるぜ。好きな推理も思う存分すればいい」
「ちょ、クリス。じいやの前で変な事言わないでよ」
さすがにこの話題はしたくない。私はレジャーシートの上から立ち上がり、オルガの後を追う。
オルガは籠いっぱいにキノコを取っていた。酒も飲んでいなのに私以上にご機嫌だ。
「ところでこの辺りって銀貨伝説で言われている場所よね。掘り出したら何か出てきたりして」
上機嫌のオルガは、湿った地面を見つめながら言う。地面の上にはアリがヨチヨチと歩き、雑草も生えている。枯葉も落ち、ここだけ見ると銀貨が埋まってるようには見えない。
「そうかしら。銀貨でなく死体が埋まっていたりして?」
冗談で言ったつもりだったが、どうも引っかかった。
「アンナ! それってあり得るんじゃない? シャルルの白骨遺体が出て来たりして!」
「え、まさか……」
その可能性については全く考えていなかった。推理小説では古い木や森に死体が埋まっているのは定番だったじゃないか。
「確かに誰かの遺体があってもおかしくないわ」
推理をする。ここに遺体があるとしたら、行方不明のシャルル。同じく行方不明になっているコリンも埋められている可能性はある?
もしかしたら。
「ここで村長が発掘を始めようとしたから、犯人が困って殺した……?」
そう呟きながら、背筋がぞくっと冷たい。酔いなどすっかり覚めた。
休みだったはずなのに、結局推理をしている私。どうやら骨の髄まで推理が好きらしい。
4
今日は春祭りの日。朝からピカピカに晴れている。
私、じいや、クリス、ダニエルは朝早くから広場へ向かい、サイン会のブース設営準備に追われていた。
といっても、長机と椅子、のぼりを置いただけのシンプルな形だ。オルガやカリスタは菓子の屋台を設営するようで、こちらは大変そうだ。
他にも採れたて新鮮野菜、産みたて卵、羊毛の工芸品など村の名産の屋台も多く準備され、もう既に賑やかだ。
広場の前方にはタラント村の歌やダンスなどの見せ物もあるらしく、そちらの準備も大変そう。ダニエルは私達の準備が終えると、そちらの方に人員応援に行ってしまった。サイン会開始直前までには戻ってくるというが。
残された私達。もう準備が終わったが、長机に並べられた私の既刊本、サインペンを見ながら、緊張感しか持てない。
本当に人が来るだろうか。
それに事件についても進展はなかった。とりあえず動機の方面から洗ってはいたが、二つに絞られた。
一つはロゼルやシャルルとの恋愛トラブルが動機。第一容疑者は行方不明になっているシャルル。
もう一つの動機は、銀貨伝説にまつわる事。行方不明のコリンかシャルルの遺体をあの森に埋めた。それが銀貨伝説で土地を掘り起こそうとした村長を恐れ、殺した。筋は通るが、容疑者の絞り込みまで行けていない。コリン失踪事件も謎が多いが、オルガの店の嫌がらせも関連ある可能性も高い?
「アンナ嬢、推理の事を考えているだろ?」
思わず難しい顔をしていたらしい。クリスに指摘された。
「そうですよ、お嬢様。今日は読者様に初対面出来る日です。せっかく令嬢風のワンピースを着て、髪の毛も巻いているんですから、笑顔でいきましょ!」
じいやにも励まされてしまった。その通りだ。今日はいつも以上に令嬢風のルックスでまとめたし、推理の事ばかり考えて顔を暗くするのは良くないだろう。
「そうね」
私は頷き、さっそくサイン会の長机の椅子につく。
「今日は推理については忘れておくわ。そうね。笑顔でいく」
無理矢理にでも笑顔を作っていると、少し気分も上がってきた。
なぜかクリスはこんな私を見ながら、ニヤニヤと笑っていたが、やっぱりバカにしている?
それでもいいか。クリスの根は悪人では無い事は知っているし、今日はとにかく春祭りを楽しもう。
天気も良い。ピカピカに晴れている。風も心地いい。
そうして春祭りが開始した。まずはダニエルがやって来て、サインもせがんで来るではないか。
「ちょっと、ダニエル? あなたは今日スタッフでしょ? そのスタッフという腕章とバッチは何なの?」
「いえいえ、やっぱりA先生のサインが欲しいです!」
涙目で訴えるダニエルに呆れてくる。クリスだけでなく、じいやも咳払い。珍しくじいやも呆れているらしい。
「わかったから。とりあえず練習用で書くわ」
という事でまずはダニエルにサインをしてやった。
「マジ嬉しい! じゃあ、あっちの人が多いところでチラシ配って来ますから!」
そうして飛び跳ねるように喜ぶと、サイン本とチラシを持って出て行ってしまった。
もっともダニエルが消えると予想通り、客も誰も来ない。他の屋台は盛り上がっているが、私達のブースは閑古鳥。ステージ方面では音楽で賑やかなのに、ここは静かだ。
「仕方ないな。俺もチラシを配ってやるぜ」
クリスもチラシを持ち、ステージ方面に行ってしまう。
残された私とじいや。
「これ、人は来るかしら?」
「大丈夫ですって、お嬢様!」
ちょうどじいやに励まされた時だった。オルガが来てくれた。
「オルガ来てくれたの!?」
思わず歓喜の声をあげてしまう。オルガは屋台の品物もほとんど売れきれになって来たという。
「すごいじゃない、オルガ」
「うん、ギヨームがいっぱい買ってくれたの。今日はギヨームのお家に親戚の人もいっぱい来るからって」
「へえ」
そんな話題をしつつ、オルガの名前と私のサインを本に入れていく。
「わあ、すごい。ありがとう!」
オルガが笑顔で帰っていった。
「お嬢様!まずは大成功ですよ!」
「じいや、ありがとう!」
こうして自信もついた私。クリスが呼んで来た村人達へもサインをしていく。
「えー、推理小説なんて難しいよ。頭痛くなりそ」
なんて正直に言う村人もいたが、私がサインを書くと、意外と喜んで帰っていく。おそらく春祭りのムードに押され、機嫌が良いのかもしれない。
他にもカリスタやリズも来てくれた。村でもそこそこ関わりがある人物なので、特に緊張せずにサインしていくが、ここで人が途切れてしまった。
また閑古鳥だ。そうは言っても準備した本はだいぶ減っているし、不人気推理ジャンルを考えれば、御の字か?
「お嬢様大丈夫ですよ。これだけはけたら問題ありません!」
「いいんじゃないか? アンナ嬢、手は痛くないか?」
じいやはともかく、クリスが私の手を心配している?
予想外の発言だ。あの嫌味っぽいクリスからの言葉には思えず、私の目はさぞ丸くなっていた事だろう。
ちょうどその時だった。
ギヨームがブースに立ち寄り、クリスから目を逸らす。正直、いろんな意味でギヨームが来てくれてホッとした。
「アンナ嬢。こんな本格ミステリを書いていたの? そんな風には見えないね?」
ギヨームは私の既刊本を見ながら呟いていた。
「すごいじゃないか、アンナ嬢。サインをしてくれ」
「ありがとう」
見た目は暗そうなギヨームだったが、物腰は柔らかく、私も上機嫌でサインを書く。
「アンナ嬢は村長事件をどう解く? こんな推理作家なら何か解決出来る気がするよ」
「そう? でもシャルルが犯人かしらね?」
銀貨伝説の事はまだ確証はない。そこは伏せつつ、サイン本を手渡した。
「ありがとう、アンナ嬢」
ギヨームは手を振り、去っていく。
「あいつ、なんか胡散臭いな」
クリスはギヨームの印象が悪いらしい。
「サイン本貰う時、アンナ嬢の指触ってたぜ。あいつ、本当は見た目通りの男じゃね?」
「何言っているのよ、クリス」
「そうですよ、人を見た目で判断してはダメですって」
私とじいやは文句ばっかり言うが、クリスは意外と頑固だった。
「いいや、俺はずっと経営者としていろんな人にあってる。大概は見た目通りだ」
クリスはステージ前方で警備しているモイーズを指差した。
「あいつもデブだろ。おそらく自己管理もできず、仕事もできない。現に、シャルルすら捕まえられていないじゃないか」
悔しいが、クリスの発言は否定できなくなってきた。
現に私も今、令嬢風の外見に変えている。ノーメイクでボサボサな髪は、あらゆる意味で損だ。誰かの為というより、自分の身を守る為。それすら怠ってしまう人は、確かに内面が外見に反映される?
人は見た目通りか?
そう思った時だった。全く予想外の人物が私の前に立っていた。
「アンナ嬢、久しぶりだな」
目の前には口髭を生やし、仕立ての良いスーツを着込んだおじ様。髪もきっちりまとめ、上品な雰囲気だ。この村では浮いたルックスだった。
「私は作家のセニク・バラボー。アンナ嬢、覚えているな?」
セニクは笑顔だったが、目は全く笑っていない。
そう、この男は文壇サロンの大先生だ。「推理なんてやめろ」と言い、私にセクハラし、追放した張本人。
「そうか、サイン会か」
セニクは優雅に微笑む。その顔だけ見れば、とても暴言やセクハラに無縁だろう。
やっぱり人は見かけ通りではない?
5
「皆さーん! 聞いてくださいよ、私は作家のセニク・バラボーです!」
あろう事か、セニクは警備員から拡声器を借り、演説を始めてしまった。
悔しいが、セニクは人気作家だ。冒険、歴史、ファンタジー小説を執筆し、根強いファンも多いだろう。ベテランの文鎮とも言って良い。
「私は村長選挙中のギヨームの応援に来たんですよ」
ここでセニクは笑顔。実に嘘くさい笑顔だったので、私だけでなく、じいやもクリスも引いていたが、純朴な村人はすっかり騙されららしい。ギヨームの応援演説を聞き入り、歓声や拍手まで上がっている。
「お嬢様、まさかセニクがギヨームの親戚だったなんて」
じいやはこの展開にオロオロ。
「そういや、苗字が一緒だな。っていうか、突然演説始めていいんか? 当のギヨームは困惑しているんじゃねーか。変なオッサンだな」
一方、クリスは吐き捨てていたが、私はセニクの顔など直視できない。
文壇サロンでのアレコレを思い出し、背中がうっすらと寒くなってくるぐらいだ。
「まさか、何でこんな田舎まで……」
その私の声は震えていただろうが、巡り合わせの悪い不運と思うしかないのか?
しかし、セニクはギヨームの応援演説だけしに来たわけでは無いらしい。
一瞬、私たちのサイン会ブースを一瞥すると、ニヤリと笑う。
「実は私、このアンナ嬢の師匠でもあるんです」
なぜかセニクは私の話題を持ち出し、師匠だと嘘までついてきた。
その声はあまりにも堂々とし、村人は誰も疑っていない。クリスはセニクをキツく睨みつけてはいたが、セニクの演説はクライマックスへ。
なんとセニクは私が盗作したと涙ながらに訴え始めた。もちろん嘘。逆に私の推理小説が彼の名前で出版された。何も知らない村人たちはこんな裏事情は知らないだろう。セニクの嘘をころっと信じてしまい、ブーイングまで起きている。
ポップコーンやクレープのゴミをサイン会ブースに投げられた。サイン本も飛んできて、角に当たりそうになったが、クリスとじいやが壁になってくれ、どうにか避けられたが、これは全く笑えない状況だ。
「皆さーん! 私はこの令嬢に盗作されたんです。この令嬢は嘘つきです! 詐欺師です!」
そこまで言われたら、何か反撃するべき?
しかし、文壇サロンでのセクハラがフラッシュバックし、声が出ない。喉に石が詰まったみたい。パクパクと口は動かしているのに、何の音も出ないから。もどかしい。
「セニクさん! 今は春祭り中です。選挙運動は後日広場でやりましょう!」
役所のダニエルもこの騒ぎにかけつけ、セニクは止めようとしてきたが、小賢しい理屈をいくつも並べ、まるで焼け石に水状態だった。
「セニクおじさん、い、今は選挙運動は控えて。春祭中だよ」
ここで助け舟を出してくれたのは、意外な事にギヨームだった。
「僕の立場もあるから。お願いしますよ」
そう頭を下げるギヨームは、どこから見ても良い人だった。オルガがそう評価する気持ちもわかる。クリスはなぜか舌打ちしていたものだが、セニクはここで退散。
退散する途中、サイン会ブースにもわざわざ来ていたが、嫌味を忘れない。
「アンナ嬢、干されたのにご苦労な事だな」
その白い歯もへし折りたい衝動に駆られたが、じいやに腕を掴まれた。
「お嬢様、大丈夫。我慢ですよ」
「う、じいや……」
目の前の優しいじいやの笑顔を見ていたら、急に頭は冷静になってきた。
一方クリスの目が座っている。じっとセニクを見つめ、口角だけ上げて笑った。
「おっさん、俺の名前は知ってるか? クリス・ドニエだぜ」
セニクはここで絶句し、尻尾を巻いて広場から逃げていく。
「嫌なオッサンだな。あいつの親戚がやってる会社の人脈、全部こっちが引き抜くかね? それぐらいやっても良いだろう」
クリスは腕を組み、恐ろしい事を言っていたが、気が折れた。
まさかセニクガタラント村までやって来るとは。あまりもの巡り合わせの悪さに、気が折れる。その場にしゃがみ、頭を抱えてしまった。
その後の記憶はない。本当は村長殺人事件の犯人だって見つけないといけない。それなのに、気力が全く出ない。
「お嬢様!」
「アンナ嬢!」
じいやとクリスの声が遠くから聞こえてくるが、だんだんと遠くなる。日差しも眩しく、頭も重い。胃がぐるぐるとし、吐きそうだった。