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【異世界令嬢コージーミステリ】第7話 作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜

    前回のお話
    第6話
    https://note.com/chisio777/n/n81abcc22e90f


    1
    翌日、昼間。私は別荘のダイニングテーブルで紅茶を啜っていた。

    あのサイン会の後、体調不良になってしまったが、じいやが隣の村から薬も調達してもらい、クリスには温かいミルク粥も作ってもらい、ぐっすり休み、ようやく回復してきたところだ。

    じいやも隣の村に行き疲れたのだろう。今は執事室で休んでいる。クリスは仕事で自室で手紙を書いている。セニクの親戚が経営している企業の人脈引き抜き計画を部下に送っているらしい。

    「いや、別にそこまでしなくて良いんだけど……」

    紅茶を飲みながら、クリスの行動の不可解さに首を傾げる。もっとも元々性格があまりよろしくないので、セニクに復讐したいのかもしれない。そう思う事にし、ゆっくりと紅茶を啜った。

    今日は村長殺人事件の調査が何もできない。白警団のモイーズが一歩リードしているかも。そう思うと焦りはあるが、それは禁物だ。

    作家業をしていた時も、同業者のことは考えないように編集部にアドバイスされていた。同業者に嫌がらせをし、廃業したものもいるらしい。それに文壇サロンのおじ様、とくにセニクのようにはなりたくない。セニクは同業者を潰して成り上がってきたタイプだろう。昨日もセニクの態度を思い出し、深く頷いてしまう。

    そこにチャイムが鳴った。見舞客としてカリスタが来てくれたらしい。

    休んでいたじいやだったが、紅茶を作り、私のいるダイニングルームにカリスタを案内してくれた。

    「本当にセニクとかいうオッさん腹立つわ! 今日は広場で選挙運動中だったけど、笑顔で握手会とか開いていてね」

    カリスタはご立腹。元々大柄で声も大きいカリスタだったが、さらに迫力がある。

    「握手会は選挙法違反にならないの?」
    「それがならないんだよ。金品や物のやり取りじゃないからね。本当あのオッさんむかつく。ギヨーム何かに負けないし!」

    そう吠えたカリスタは、私に向かって微笑む。

    「アンナも負けないで。事情はよく知らないけど、あの汚いオッサンに女だからっていじめられたんだろ?」

    まさにその通り。男尊女卑国家の女はさすがに察しがいい。

    「私はアンナの味方だわ。あんな汚いオッサンに負けないで!」
    「カリスタ……」

    気づくと涙目。二人で抱き合っているぐらいだった。

    そして見舞客は続く。今度はオルガが来た。

    「アンナー! 小説読んだよ! すごいじゃん!」

    サイン本を手にしながら、オルガは無邪気に笑っていた。お土産でドーナツももらい、二人でワチャワチャと小説の話をしているだけで、泣きたい気分も消えてしまったが。

    「っていうか、クリスってアンナの婚約者なの?」
    「え!?」

    なぜそんな誤解が?

    「あのサイン会の後、クリスが倒れたアンナをお姫様抱っこしてた。え、恋人!?」

    まさか。そんな記憶はない。ないが、オルガの言葉が本当だとすれば、顔が熱い。

    「お似合いだよ! 結婚しちゃえばいいのに!」

    オルガは最後にそんな事まで言い、困惑しかない。

    次はリズが見舞にやってきた。以前、じいやと一緒に作ったという手芸品のひざ掛けや靴下、ストールもお土産に持って来る。もうすっかご機嫌になったリズ。私がそれらを褒めると、はにかんでいた。

    「アンナ嬢、あんな汚いおじさんに負けないで。あなたには、じいやさんという素晴らしい味方がいるじゃないの」
    「リズ……」
    「正直、じいやさんが居るのは羨ましいぐらいよ。それに」

    リズは隣国の出版社の親戚に手紙を送ったという。村に天才推理作家がいるって。

    「それ、私のこと!?」
    「そうよ。だから頑張って。殺人事件も推理小説もいけるから。特に小説は私をモデルにすればいいわ」

    まだモデルにする話を忘れていないリズ。

    「そうね。村で腫れ物になっている未亡人が探偵になり、カフェ店長とコンビを組み、謎を解決する……。やっぱり意外と悪くないわ」
    「でしょ? 女が書く女の為のミステリよ。文壇の汚いおじさん達を見返してやればいい」

    リズの調子に乗った声を聞きながら、私もだんだん元気になってきた。

    そしてダニエルも見舞にやってきた。

    「ごめん、アンナ嬢。俺がサイン会なんて企画したから!」

    頭を下げて謝っている。

    「悪いのはセニクよ。頭あげて」

    私は慌ててダニエルに声をかける。こんな真面目で人の良いダニエルを間接的に傷つけているセニク。ますますセニクへの怒りが募ってしまうから困る。

    「それにサイン会自体は楽しかったよ。あなたのせいじゃない」
    「アンナ嬢……」
    「悪いのはセニクよ。ところでロゼルの様子は?」

    そう、まだ事件は解決していない。これも聞いておかないと。

    「銀貨伝説で土地を本格的に発掘するそうですね。日取りも決まっているとか」
    「そう」

    このままだったら、行方不明のコリンの遺体を埋めた犯人がいたら(仮定)、何か動く?

    ここはロゼルの計画通りに進めた方が良いだろう。

    「ありがとう、ダニエル。とても助かっているわ」
    「わー、嬉しいぞ。これからもロゼルの動向チェックしてきます!」

    ダニエルは笑顔で別荘を去り、役所に戻っていく。

    そして最後の見舞客がやってきた。ギヨームだった。なぜかクリスも同席し、ギヨームを睨んでいるのは不可解だったが。

    ギヨームも頭を下げ、セニクの無礼を謝ってきた。

    ギヨームの立場を想像すると、板挟みではないか。クリスは腕を組み「もっと謝罪しろ」と失礼な事を言っていたが、私は慌てて逆に謝った。

    「セニクおじさん、俺たちも昔から困っている人で。無理矢理政略結婚させたり、金遣いも荒くて、暴言も当たり前で。セニクおじさん、生まれた時の星のめぐりが悪い事は知ってるけど」

    オカルト話を忘れないギヨームだったが、やはりギヨームは悪くなさそうだ。この様子ではセニクに手を焼いているのだろう。

    「ギヨーム、オカルト話はもういいわ。あんな汚いおじさんが親戚だったら、大変でしょう」
    「ええ。本当に。俺はセニクおじさんが村長殺していても不思議でないと思う」

    まさか、セニクが犯人?

    「でも一応、あの汚いおじさんが犯人である証拠はないわ。ところで、ギヨーム。あなたは誰が犯人だと思う?」
    「そうだな、君はどう思う?」

    私とクリスに前のめりに言われ、ギヨームはタジタジだ。

    「わ、わからないです。でも行方不明のシャルルが怪しいよね。シャルルはたぶんフェソ町にいると思うけど」
    「え!?」

    まさか爆弾発言。私は変な声が出た。

    フェソ町はこの周辺では比較的栄えている土地だった。王都ほどではないが、人口が多く、工場も他数ある土地だ。

    労働者と商業施設も多く、治安はさほど良くないといわれている。大きな風俗街もあるらしい。

    「実はフェソ町に選挙資金を借りに行った時、風俗街で見たんだよ。あ、これは付き合いで行っただけだが、誤解されるのも嫌でさ。モイーズに言えなかった」
    「本当!?」

    これは大きな情報だ。さっそく明日フェソ町へ行くと決意した。

    ギヨームが帰った後、クリスに相談したが、なぜかクリスは不機嫌だ。

    「アンナ嬢、ギヨームにヘラヘラと笑顔を見せるな」

    口を尖らせ、いつもより声も低い。その上、フェソ町の調査も一緒についていくと宣言。

    ちょうどそこのじいやも紅茶ポットを持って登場。事情を知ると、こんな提案もしてきた。

    「お嬢様、フェソ町は治安が悪いです。クリスとは夫婦のフリをし、潜入した方がよろしいでしょう」
    「え、じいや。何を言ってるの!?」
    「そのアイデアはいいな。よし、まずはフェソ町で変装もして、風俗街へ乗り込もう」
    「クリスも何を言ってるの!?」

    じいやもクリスも私の困惑を無視し、淡々と計画を進めていく。

    どうやらこの計画はその通りに進みそう。それに犯人の可能性が高いシャルルの居場所もわかった。これはきっと喜ばしい事だ。

    2

    タラント村からフェソ街まで馬車と徒歩で約一時間。

    私とクリスは二人でフェソ街に乗り込んでいたが、想像以上に賑やかだ。中心部は商業施設が栄え、工場地帯も近い。

    王都と違い、労働者階級の人々が多く、地味なドレスやメイクにしてきて正解だったが、商業地区を歩きながら、クリスは予想外の提案をしてくた。

    「アンナ嬢。潜入調査の割に変装が甘いな。もっと細部にこだわれよ」
    「へ?」
    「そうだ、あの仕立て屋に入ろう。もっと俺と夫婦らしいドレスや髪にしろ」
    「はー?」

    まさかの命令口調。相変わらず不遜な様子のクリスにイラッとしたが、確かに隣にいるクリスを見上げると、私と容姿の釣り合いがとれていない。悔しいが向こうはルックスがいい。確かにこれで夫婦設定には無理がある。

    「そうね。推理小説を書いた時も、公爵家の主人公が風俗街に潜入調査をする時、確かに浮浪者の格好をしたわ」
    「だろう? アンナ嬢、小説ならできてるじゃないか」

    偉そうなクリスだったが、一理ある。とりあえず商業地区の仕立て屋に入り、ドレスを選ぶが、クリスは店員にあれこれ指示。

    「この令嬢にあう色を。レースが多めに、できるだけ派手に。かといって下品には見せるなよ」

    店員はクリスの名前を聞くと犬のように従順だった。私は大量のドレスとともにし試着室へ放り込まれた。

    試着をしてはクリスに確認。なかなか似合うものがなく、十五着目の若草色のドレスでようやくクリスがゴーサインを出す。裾や襟元にもレースがあり、春らしい明るい雰囲気のドレス。鏡で自分で確認しても確かに似合っていた。
     
    また店員に靴やネックレス、イヤリング、ハンドバッグも合わせてもらい、トータルコーディネートも大変バランスがいい。

    「あら、お嬢様。大変お似合いです」
    「だな。こっちの服も全部買う。タラント村のこの住所に全部郵送で送って欲しい」
    「かしこまりました!」

    クリスと店員は勝手に話を進め、私が止めるスキなど全くない。それに試着だけでも結構疲れてきて、クリスに逆らうのも面倒。これほどまで潜入調査に熱心だった事に少し見直す。案外、村長が殺された事に憤りがあり、正義感が強いのだろう。

    こうして服は決まったが、次は美容院にも行かされ、ヘアセットやメイクもさせられた。

    「わかったわ。やはり潜入調査にはディテールが必要ね」
    「そうだぞ、アンナ嬢。次はあのジュエリーショップに行くぞ。指輪もつけておいた方がいい。今日は我々は夫婦だ」
    「そうね!」

    だんだんと変装するのもノリノリになってきた。安物だったが指輪もクリスに買ってもらい、その場ではめた。クリスももちろん、左手の薬指に指輪をつけ、準備は全て整う。ジュエリーショップの店員も私達が本物の夫婦だとすっかり誤解していたし、ディテールにこだわるのは悪くない。

    「よし、アンナ嬢。このまま風俗街に乗り込むぞ」
    「ええ。この様子だったたら、私達、どこからどう見ても夫婦ね」

    商業地区から風俗街に向かう途中、なぜかクリスの口角は上がりっぱなしで機嫌もいい。たぶん、これは夫婦のフリをする演技だ。私も隣にいるクリスに同調し、仲良し夫婦を演じようではないか。小説と同じ。潜入調査もディテールが大事だ。

    ふと、クリスとの賭け事も思う出す。シャルルが犯人だったらクリスの勝ち。契約結婚を提案されたが、意外と夫婦のフリだけはできるか?

    それにしても、クリスはその話題は全く出さない。もう忘れていそうだが、今は潜入調査に集中だ。

    「クリス、ここが風俗街ね。想像通りゴミも多いし、酔っ払いや娼婦も昼間から歩いているわね」
    「だな。ようし、アンナ嬢。ここは夫婦のフリも本気度を増そう」
    「え?」

    なんとクリスは手を繋ごうとまで言ってきた。さすがに演技にしてもディテールが濃すぎる?

    「それにここは治安が悪いぞ。俺と完璧に夫婦のフリをしていた方が得策だ」
    「確かに、そうね……」

    どう考えてもクリスの提案に合理性がある。という事で手を繋ぐ。クリスの手は想像以上に大きく、なぜか心臓が揺れ動く。

    成金令嬢とはいえ、ダンスで殿方とよく踊っていた。別に異性と手を繋ぐのは難しい事でもないが、おかしい。クリスと手を繋ぐと、急にドキドキとする。

    といっても向こうは平然とした顔だ。演技以上の思惑がなさそうで、そこはホッとしたが。

    「ところでクリス。シャルルは犯人だと思う?」

    風俗街の派手な看板をチラリと見つつ、クリスに聞く。

    「それにセニクが犯人でも不思議でないかも。アリバイの確認が必要だけど、あの男だったらやりかねない」
    「アンナ嬢、それは私怨ではないか? もっと冷静になれ。推理は客観的証拠が必要ではないか?」

    クリスの発言は正論。ぐうの音も出ない。セニクが嫌いすぎて、感情的になっていた。

    「でもま、セニクが犯人だったら。俺はそれはそれで面白いと思うがな」
    「え? 何か言った?」

    クリスの声は大きな風が吹き、聞き取れないと思った時だった。

    「あ、あいつ! シャルルだ!」

    クリスが大声を出し、指差す。そこのは紫色の派手なスーツの若い男がいた。

    「あいつがシャルルだ!」
    「本当!?」
    「おお! 前に別荘で会った!」

    クリスが言うから間違いないのだろう。シャルルは酒に酔っていた為か、逃げ足も遅い。私達が走って捕まえると、子犬のように震えているぐらいだ。

    「違う! 俺は村長を殺してない! 助けてくれよ!!!」

    シャルルの絶叫が響く。耳がキンとし、思わず顔を顰めたが、クリスは冷静だった。

    シャルルの肩をガッチリと掴み、低い声で脅していた。

    「何で別荘から逃げた? おいシャルル。今すぐ吐けよ!」
    「ぎゃー、ごめんなさい!」

    シャルルは泣き叫んでいたが、クリスは容赦しない。このままシャルルを別荘まで連行する事になった。

    帰りの馬車の中でもシャルルは無言。黙秘を貫くつもりらしいが、隣にいるクリスを見るたびに震えている。目が座り、不機嫌なクリスは、確かに白警団のモイーズより怖いかもしれない。

    震えているシャルルを見ていたら、同情心は生まれてしまう。今のところ、犯人である可能性が高いのに。

    とりあえずシャルルから話を聞く必要がある。今の様子なら逃亡の可能性も低い。その辺りは安心して良いだろう。

    そう思いながら、私はダミーの指輪を外していた。

    3

    犯人の可能性大の男が目の前にいる。金色の長髪、線が細い身体つきは中性的。顔立ちも整い、確かに村の噂通りだ。女に好かれそうなルックス。

    しかし、涙目で叫び、命乞いをしている姿はいただけない。村の女達も百年の恋が覚めるかもしれない。

    あの後、シャルルを別荘まで運んだ。正確に言えばクリスがガッチリとシャルルの肩を抱き、連行という表現正しいかもしれない。

    クリスの部屋でシャルルに事情を聞いていたわけだが、黙秘→泣き叫ぶ→命乞いを繰り返し、時間は溶けていく。窓の外は陽が落ちてきた。

    クリスだけでなく、私やじいやも含めてクリスに事情を聞こうと試みたが、進まない。

    「助けてくれ! 俺は村長を殺していない!」

    じいやにすがり、命乞いをしている姿は、側から見ている私とて涙目になるほど情け無い。初対面では子犬のように弱々しく見えたシャルルだが、今はもっと小さな虫に見えるから困りもの。

    「いいから吐けよ。お前が犯人だろ? 何か知ってるんだろ? このまま黙ってたら白警団に突き出すぞ!」

    クリスは低い声で脅し続け、さらにシャルルが萎縮。

    「もう、クリス。もう少し大人しく理性的に行きましょ」

    私は咳払いをし、シャルルに向き合って調査ノートをめくる。

    村長の不透明なお金。ロゼルへラブレター。ロゼルの化粧品。そんな証拠を一つ一つ冷静に語っていく。

    案外楽しい。これだと本当に推理小説の名探偵みたいだ。実際、シャルルも舌打ちし、私の調査結果には反論できないらしい。

    「ロゼルと付き合ってた? ロゼルに大金を貢がれた?」

    あんまりにも私が冷静だったから、シャルルも落ち着いてきたらしい。

    「あ、ああ」

    シャルルは深く頷いていた。私の調査結果が間違いないらしく、思わず心の中でガッツポーズを取りたくなったが、まだまだ自白させるまでは行ってない。

    「もしかして村長とトラブルあった?」

    シャルルの目が泳いだのは見過ごせない。明らかに何か隠してる。

    「そうだぞ、言えよ」

    クリスは相変わらず怖い声を出していたが、じいやはおっとり笑う。温かい紅茶を差し出し、シャルルに飲ませていた。

    「風俗街にいたと聞きましたよ。大変だったでしょう」

    じいやの優しい声に、シャルルは泣いていた。さっきまでとは別の涙だ。子供みたい。シャルルは根っからの極悪人?

    じいやの優しさに触れ、泣いている姿は、とても人殺しに見えない。クリスもさすがに「言いすぎた」と謝っているぐらい。

    「私達、犯人を探しているの。本業は推理作家だけど、濡れ着着せられたんだよね」

    それに私が事情を説明すると、シャルルも深く頷く。特に村人に迫害された事を話すと、コクコク頷いているではないか。シャルルも村人との関係に悩んでいたのだろう。

    「俺、自分で言うのも難だけど、イケメンじゃん? だから村人のモイーズとかによく悪口言われて。こんな容姿に生まれたばっかりに」
    「そうか」

    これにはクリスも同情。確かにクリスの容姿が良かったが、良い事ばかりでなさそう。

    「ええ、あなたの気持ちはわかったわ。私は犯人を捕まえたいだけ。シャルルの人格否定したいんじゃないから。知ってる事話して?」

    シャルルはようやく観念したらしい。

    また頷いた後、死んだ両親が借金を作り困っていた事。女をたぶらかし、どうにかお金を返していたが、付き合っていたロゼルが急に結婚願望をちらつかせ、困っていた事を語る。

    その上、ロゼルからは大金を貢がされるようになった。確かにこの金があれば借金が返済できるが怖くなり、ロゼルと村長のお金の流れも独自に調べていた。

    「それで村長が国からの給付金とかポケットマネーにしているの気づいた! ロゼルにも貢いでいると知って、俺、俺は怖くなったんだよっ!」

    シャルルの顔は真っ青だった。

    私はシャルルの顔を見ていたが、とても演技をしているようには見えない。おでこやこめかみにも汗が浮いてる。指先が震えている。目の奥に光もない。演技でここまで再現するのは無理。先程はクリスと夫婦のフリをしたわけだが、ここまでのディテールの再現は無理だ。服装や指輪などの小道具に頼らないとできない。

    「そ、それに村長と話し合おうと思って家にも行ったが……」

    そんなシャルルの証言はここで止まってしまう。

    「家に行ったら?」

    私は続きを促すが、シャルルは口を引き結び、さらに顔が青い。まるで幽霊のようだ。

    「おい、何があったんだよ。話せ」

    クリスは貧乏ゆすりしながら聞いている。急に証言が止まったシャルルにイライラしている模様。

    「まあまあ、クリス。ここはゆっくりお茶で
    も飲みましょうよ」

    じいやが明るく言い直した時だった。窓の外から物音がする?

    急いで私は窓を開けたが、焦げ臭い。鼻の奥がヒリっと痛むような匂い。顔を顰めた。

    「何この、匂いは?」
    「火事か?」

    クリスは恐ろしい事を言う。とりあえず一同、別荘の外に出た。もちろん、クリスはシャルルの肩を掴んで逃げられそうな状況にないが、焦げ臭いにはすぐ近く。

    「待って、森の方よ! オルガの工房の方から匂いが!」

    それに気づいた私。一同動揺。が、なぜかシャルルだけは冷静だった。一人でオルガの工房まで駆けていく。

    「オルガ!」

    シャルルはそう叫ぶと、火で燃えている工房に駆けていく。

    工房は火の包まれ、森の木々にも炎が広がっていた。このままだと森自体が焼きつくされる!

    「じいや! クリス!」

    私は叫ぶが、火は全く消えない。焦げ臭さと熱風に立ってられず、じいやとクリスに支えられて、ようやく正気でいられる。

    一方、シャルルは火傷を負いながらもオルガを救出いるではないか。シャルルに背負われたオルガは、意識はなさそうだが、死顔ではなかった。

    あっという間に村の消防団もやってきた。消防団は手際よく、火を消していく。思ったより、炎火しなかった。あっけなく鎮火されてしまったが、なぜオルガの工房が……?

    「どういう事?」

    とにかくオルガが助かった。火も消えた。誰も死んではない。

    工房は全焼し、森の一部も消えてしまったが、被害は最低限。

    いい事だ。オルガやシャルルの命も門田なく、この点も良かったのに、納得できない。

    「どういう事? これも村長殺人事件と関係あるの!?」

    気づくと私は叫んでいた。

    ようやくシャルルが見つかった。これで事件も解決できそうだと思ったのに。

    恋愛のもつれでシャルルが犯人でした。

    どうやら、こんな一文で終わるプロットでは無いらしい。

    だったら犯人はだれ?

    4

    オルガの工房が火事になった。村は大騒ぎ。相変わらず新村長選挙も行われていたが、それどころではなく、噂や誹謗中傷も多い。消防団の調査によると、放火の可能性が大だというのに。

    なぜか被害者のオルガの火の不始末をした。そんな根の葉もない噂もあり、オルガは運ばれた病院でも鬱っぽくなり、自宅にも帰りたくないというので、しばらく別荘で預かる事に。

    シャルルも火傷を負ったものの、特に命に異常はない。この様子では逃亡の恐れも低いとし、別荘で元通り働かせる事になった。

    そうは言ってもシャルルは村長事件に全く口を割らず、オルガと菓子を作ったり、じいやと読書したりしていた。

    家事の犯人も村長殺人事件も全くわからない。という事で私は、もう一度家事現場に足を運ぶ事にした。

    「焦げ臭いわね」

    独り言が溢れる。オルガはショックだったが、あんなに可愛らしい工房が焼け野原となり、瓦礫の山も見てられない。この状況で森に火が広まらなかったのは、不幸中の幸いだろう。

    テープが貼られ、現場の中には入れないが、村の噂通りの事件だろうか。確かにオルガは若い。少女といっても良い年齢だが、仕事はきちんとやっていた。火の不始末は信じられない。

    「アンナ嬢!」
    「リズ!」

    そこにリズがやってきた。一時期は情緒不安定のリズだったが、今は目も色も落ち着き、これからカリスタのカフェに行くと言うが。

    「リズ、確か火事の第一通報者はあなたって消防団から聞いたわ。何か気になる事ある?」

    リズはまたしても第一発見者だ。今のところリズは容疑者から外していたが、何か知っているだろうか。藁をも掴む思いだ。ついつい睨んでしまう。リズは一歩後ずさっていたが、何か思い返しているようだ。

    「そうね。火事の日、何か焦げ臭くて外に出たらもう火が上がってた」
    「そう」

    リズの証言を一応調査ノートにメモしておく。

    「あ、そういえば。男が森にいた」
    「男? 誰?」

    少しでも手がかりが欲しく、ついついリズに詰め寄り、彼女はまた後ずさっていた。

    「知らないわよ。とにかく男だった。顔は見えなかったけど、そいつが放火魔? しかし何でオルガの工房狙った?」

    リズもそれが不可解らしい。

    「いくら差別されがちなオルガでも、火をつけるほど? たぶん放火魔とうちの夫を殺したのも同一犯でしょう。同じ暴力性を感じる」

    リズはわざとらしく震え、去っていく。

    やはり放火魔=殺人犯?

    まだ何の答えも出ない。もう一度別荘に戻ると、庭でオルガとシャルルが遊んでいた。この一件でオルガはすっかりシャルルに懐いてしまったらしい。

    「シャルルにいちゃん!」

    そう笑顔で接しているぐらい。

    「シャルルにいちゃんはいい人!」

    ここまで言うか。オルガの一件で私はシャルルの印象は良くはない。まだ犯人の可能性も大だと睨んでいるが、放火魔=殺人犯だとしたら、シャルルは違う事になる。

    その時、シャルルは私たちと一緒にいた。完璧なアリバイだ。

    「シャルル、やっぱりちょっと来て?」

    私はシャルルの肩を掴み、半ば無理矢理クリスの部屋に連行。仕事をしていたシャルルと共に、改めて取り調べをすることに。ちなみにオルガの面倒はじいやに投げた。

    「シャルル。お前はオルガを助けた。あの状況で勇気ある行動だったよ。俺はお前が犯人には見えない」

    一方、クリスはシャルルを少し見直している模様だった。態度は明らかに柔らかくなっている。

    それは同意。あの状況でオルガを助けに行く。咄嗟な事ではできないだろう。女にモテる事も理解したが、村長を殺すような人間にも見えなくなった。

    「そうね。オルガを助けてくれた事は、私にもできないわ」

    素直に褒めると、シャルルは顔を真っ赤にし、自身の頭を掻いていた。

    「俺、母ちゃんも奴隷みたいな身分で。娼婦だったから、オルガの店が燃えてんのみたら、勝手に身体が動いていただけだよ」

    はにかんでいるシャルルは、やはり人殺しに見えない。

    第一容疑者なのに。事件解決が遠くなってしまった感覚はあったが、私は急速に頭を回転させていた。

    シャルルは一旦、別荘で引きこもらせておこう。白警団のモイーズはシャルルを疑っている。このままモイーズに見つかってしまうのは、事態が厄介になりそう。

    「わかった、シャルル? とりあえず村では身分を隠してられる?」
    「お、アンナ嬢。隠れ家っぽくて面白いな」
    「冗談言わないで。疑われているのよ」

    とはいえ、シャルルは火事については硬いアリバイがある。そこまで神経質にならなくても良いだろう。

    そして。

    「お願い。シャルル。私、やっぱりこの事件を解決したいわ。殺人や放火。犯人がやってる暴力性が不気味なのよ」

    これは一番いい気分がしない。この呑気な村で起きている事もミスマッチすぎて、全く笑えない。まるで聖域に土足で踏み込まれているような不快感。

    この不快感は文壇サロンの一件でも感じる事。純粋な気持ちで創作した作品を、汚いおじさん達に踏み荒らされた。暴力性のベクトルに共通点がある。そう考えると、この事件、どうしても解決したい。

    私の気持ちが伝わったのだろうか。クリスも深く頷く。シャルルの目も真剣だった。

    「わかったよ。俺が知っている事は話す」

    あらためてシャルルはロゼルとの一件やお金の件を話す。

    そして事件当日。どうしてもロゼルに貢がれたお金が怖くなって、村長に返しに向かったところ……。

    リズが血相を変えて本邸から逃げて来るではないか。これは何かあったと本邸に入ると、村長の撲殺死体。

    「死体なんて見るのは初めてで! 俺、これは何かトラブルがあったと思い……」

    思わずフェソ街へ逃げ、風俗街で食い繋いでいたという。王都にも友達や親戚がいたが、資金面で工面できず、とりあえずフェソ街に滞在中だった。

    これでシャルルの事情と足取りは確認できた。調査ノートに書き込みつつ、シャルルの証言には嘘はなさそう?

    確かに証言だけなら怪しい。村長を殺して逃げてもおかしくないが、彼は放火には確実に関わっていない。

    この事件、放火も同一犯の可能性大。

    もう一つの動機の見立てを思い出す。銀貨伝説で森を掘り起こされそうになり、村長を殺した。おそらく行方不明者の男が森に埋められている。それを書くそうとし、森にある工房も放火もした。村長も殺して。一応筋は達る。

    「おい、アンナ嬢。そんな簡単にシャルルが犯人でないって言っていいのか?」

    クリスは拍子抜けしていたが、私は頷く。

    「もう逃げないでこの別荘にいるって約束できる?」

    一応念のためだ。シャルルと約束した。なぜかクリスはぶつくさと文句を言っていたが、これでいいだろう。

    今度はもう一つの動機から犯人を洗う方が事件解決する。そんな確信も持ちながら、シャルルに他に何か気になる事はないか聞く。

    「お願い。些細な事でもいいわ。何か覚えている事ない?」
    「そうだな……」

    シャルルは腕を組み、座り直すと、とんでもない証言をした。

    「そういえばちょっと昔、ギヨームの親戚のおじさん、セニクだっけ? あいつが森にいるの見た。ギヨームも見たな。どっちも銀貨探してるっぽい? 二人とも何か探ってたぜ」

    重要な証言だ。慌ててノートにこう書く。

    ・容疑者が絞られたかも。犯人はセニク、あるいはギヨーム。

    5

    翌日。また庭でシャルルとオルガが遊んでいる。オルガもすっかり元気になり、これだけ見たら呑気な風景だったが、私は庭をスルーし、村の広場へ向かっていた。

    浮上してきた容疑者。セニクとギヨームだが、二人とも森で何か探っていた。シャルルの証言がある。

    どちらも予想にしていない容疑者だった。正確にはセニクは少し疑っていたが、ギヨームは全く考えていない。確かにオカルトっぽい話題を楽しんだり、見た目も暗そうだったりしたが、物腰は柔らかく、オルガにも親切だった。そんなギヨームが犯人?

    にわかには信じられないが、村の広場で演説している様子を確認。村人の影に隠れて聞いているので、向こうは全く気づいていないらしい。

    ギヨームの対抗馬のカリスタは感情的に訴えている。村人も涙ながらに聞いている。一方ギヨームの演説は減税や社会保障の充実をメインに訴えている。こっちは冷静な語り口。

    「オルガの工房が燃やされました。もう我々は差別に黙っていられない。税金で新しく村で工房を立てよう!」

    そんなギヨームだったが、オルガの件には妙に感情的だ。応援演説をするセニクも、そこを妙に強調している。

    「そうです! 我々は差別を許しません!」

    セニクの演説にはイライラする。思わず下唇を噛む。あれだけ男尊女卑しておいて。喉元まで声が出そうになる。村人に紛れつつ、今度はもう一度カリスタに注目。

    「私は村長の意思を引き継ぎます。銀貨伝説についてもロゼルと共に発掘しようと計画中です!」

    そんな演説だったが、セニクが一瞬、カリスタを睨んだ?

    見間違いだったかもしれない。一瞬のことだが、もしセニクが犯人だったら、面白い。私の作家業復帰も、これで叶う?

    そんな事を考えつつ、イライラを少しおさまる。演説が終わったカリスタに声をかけた。カリスタは基本的に握手会などのパフォーマンスもなく、演説したらすぐ終わるタイプらしい。

    「カリスタ、おつかれ様!」
    「アンナじゃない? 火事大丈夫だった?」
    「ええ、全く大丈夫よ」

    すっかり打ち解けたカリスタ。広場からカリスタのカフェまで歩きながら、村の噂話を教えてくれた。

    「アンナ、あのイケメン経営者のクリスって男と付き合ってるん?」
    「え!? 何でそんな話!?」

    それは寝耳に水だ。

    「あのサイン会の日、クリスがアンナをお姫様抱っこしているの見たから!」
    「ちょ、どうしてそういう話になってるの?」

    村の噂は恐ろしい。まさかこんな誤解が流れているとは想像つかない。顔が熱くなるが、カリスタはクリスとお似合いだとか言ってきた。夏でもないのに、顔が熱くて仕方ない。

    「そ、そんな話はいいじゃない。事件について調べているのよ。何か気になる事ない?」
    「あるよ!」

    肩をいからせ、本気で怒っているらしい。カリスタは大柄なので、余計に怒っている事が伝わってくる。

    実はカリスタ、選挙が始まってから嫌がらせを受けるようになり、カフェにも手紙やゴミも投げられているという。

    「本当? その手紙残ってる?」
    「ああ。見にくるといいよ。カフェへ行こう」

    そしてカフェの厨房に向かうと、手紙の束を見せてくれた。どれもカリスタを女だからダメだと男尊女卑している内容ばかり。

    「この国は本当ダメだね。女の人権ないわ」

    唇を尖らせるカリスタに共感したいが、それどころではない。手紙には「銀貨伝説を探るな!」と直接的な脅迫状もあるではないか。

    「この手紙は? 最近?」
    「そうだよ。何だかね。ロゼルも似たような手紙もらったとか」

    カリスタの証言でハッキリした。これは犯人は銀貨伝説について探られて困る事情がある。オルガの嫌がらせや火事も同じ動機だろう。村長も森を発掘しようとして殺されたんだ。おそらく森に行方不明のコリンが埋まっているからだ。犯人はセニクかギヨーム。どっちだ? あるいは両方? それとも全く別人?

    推理するだけでも焦ってくる。手の平が汗でじっとりしてくる。

    「まあ、落ち着け。アンナ」

    カリスタは湯を沸かし、お茶を淹れてくれた。カフェの厨房で立ち飲みだったが、少々落ち着いてきた。

    「そうか。銀貨伝説と関係があるのか……」

    この際、カリスタに事情を話すといいだろう。調査の進捗もカリスタに全て打ち明けた。

    「そうか、犯人はギヨームかセニクか……」

    カリスタの表情は複雑そう。確かに選挙のライバル運営が殺人犯かもしれない状況は複雑だろう。

    それでもカリスタは紅茶を飲み干すと、村長の思い出話を聞かせてくれた。

    村長は昔、別世界に行った事があるらしい。

    「別世界!? ファンタジー小説みたいね」
    「ええ。なんでもチキュウっていう場所で、そこにはカミサマっていう全知全能な存在がいるらしい」
    「へえ……」

    よく分からないが、カリスタは話を続けた。

    人の才能も、全知全能のカミサマが与えるものらしい。でも恐れて、不安になって才能も土に埋めてしまったら、カミサマがその能力を奪い、さらに持っているものへ与えるらしい。

    「村長はそんな話を聞いた後、村に帰って来たらしい。うん、そういう話あっても良くない? アンナ、あんたの推理の才能も、カミサマって方がくれたもんだったりして?」
    「そ、そう?」

    カミサマとか我が国にはない概念。剣と魔法の国家だった。いまいちピンとこないが。

    「要するに才能を土に埋めるなって事だよ。もったいない。あの汚いセニクに推理や創作の能力奪われたいか?」
    「い、いや!」

    思わずハッキリとした声が出た。それを想像するだけでもゾッとする。

    やはり推理したい。いくらバカにされても。いくら犯人がわからない状況でも。突然熱い思いが、心に湧き上がってしまうから。困るぐらい。

    希望はある。きっとある。カリスタと話していたら、そんな感覚が戻ってきた。元気になって来た。

    「大丈夫だ、アンナ。私は応援してるから!」
    「ええ。カリスタ、ありがとう!」

    二人で涙目で抱き合っていた。これで二回目だ。セニクにいじめられて調子を崩した時も、そうだった。

    大丈夫。この村にも味方がいる。敵ばかりではないから、大丈夫。

    この犯人も必ず見つかる確信があった。

    そう、推理したいんだ。私は推理したいんだから。もうセニクには何も奪わせない。


    次回のお話
    第8話
    https://note.com/chisio777/n/n8675668a1433

    #創作大賞2025 #ミステリー小説部門

     
     
     
    小説書きます。ペンネームは聖書から取りました。クリスチャンです。第三回聖書ラノベ新人賞準優勝受賞作「いのちのパン屋さん」など他執筆中。コージーミステリやライト文芸系を主に書いています。英米のコージーミステリ好き。千葉県在住。イラストはAI作成。

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