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【異世界令嬢コージーミステリ】第8話 作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜

    前回のお話
    第7話 
    https://note.com/chisio777/n/n3e23a7e01c88


    1

    その後、カリスタの提案で、カフェでちょっとしたパーティーが開かれた。

    カリスタ的には選挙当選の前祝いとし、さっそく、彼女の演説から始まってしまった。

    「打倒ギヨームよ! 私は村長の意思を引き継ぐから!」

    カフェにカリスタの熱っぽい声が響くが、テーブルの上はパン、ケーキ、サラダ、サンドイッチ、各種ドリンクが並べられ、華やかで楽しい雰囲気だった。あの後、私もカリスタとともにケーキやパンを焼いたので、少し腕が痛むぐらいだが、パーティの準備は完璧だろう。

    じいや、クリス、オルガもやって来た。シャルルも来た。シャルルは帽子とサングラスで変装している。とりあえず他の村人にシャルルの件はバレていないらしい。

    「今度はアンナ。あんたもみんなの前で挨拶しな」
    「え、私も!?」

    カリスタにマイクを振られた。てっきり、みんなと同じようにケーキやパンを食べるだけだと思ったが。

    「アンナ嬢。お前もみんなに決意表明しろ」

    カフェの隅に座り、一人で斜に構えたようなクリスだったが、私を顎で使ってくる。偉そう。イラっとしたが、オルガやじいやから声援がわく。仕方ない。前に出てカリスタと同じように挨拶を始めた。

    「実は私、推理小説大好きで、自分で書いちゃうぐらいだったけど……」

    文壇サロンのおじ様達の話をした時は、心がまだピリッと痛む。

    「自分の好きにものも否定しちゃうっていうか、自己否定もしていたけれど、やっぱり私、推理好き」

    そう笑顔で語るとみんなから歓声があがる。あのクラスもパチパチと拍手しているぐらい。

    「だから、村長やオルガの火事事件も全部解決したい」

    私は今まで得た手がかりを全部話す。シャルルはバツが悪そうだったが、深く頷いてくれた。

    「みんなも推理して欲しい! 誰が犯人だと思う?」

    ケーキやパンを楽しんでいた面々だったが、ここで少ししんと静かになる。

    「別に間違えたもいいから。推理はきっと過程が面白かったら、何でもアリ! 面白かった推理は外れていても、私が推理小説でモデルにするよ!」

    ここでまた歓声があがり、まずはカリスタにマイクを渡す。

    「そうだな。犯人は絶対男よ。村長殺人や火事なんて、暴力的過ぎる。絶対に男だよ!」

    若干、私怨も入っていそうだが、一理あるのだ。実際、村長の殺害方法は暴力の一言につきる。

    次はカリスタからオルガにマイクが渡った。ケーキをモグモグしていたオルガだが、咳払いし、意外とはっきりと意見を述べた。

    「ギヨームは私に優しいから犯人じゃないと思いたいけど。でも今はシャルルにいちゃんのが優しいし! シャルルにいちゃんは絶対犯人じゃないから!」

    無邪気にシャルルに懐くオルガ。シャルルは照れ笑いし、本当の兄妹のよう。そんなオルガからシャルルにマイクが渡る。

    「そうだな。でも男って優しい演技も上手いから。俺はギヨームが犯人でもおかしくないと思う」

    今のところ、ギヨーム犯人説に票が入ってる。そんなシャルルの推理の後は、じいやにマイクが渡る。

    「そんな私が推理なんて」

    じいやは恐縮しながらも、意見を語る。

    「やはり鍵は銀貨伝説でしょう。私の行方不明のコリンが埋まっていると思います。コリンとギヨームにトラブルがあり、彼が殺した」

    じいやの語り口は冷静だったが、一同うんうん頷く。しかもシャルルはギヨームと行方不明のコリンは親しかったと証言。昔は二人とも不良仲間だったらしい。シャルルの親から聞いて話というが、重要な証言だ。これはもうコリン殺害はシャルルち見立てて、村長殺人事件に結びつける捜査をしても良いか?

    そして、最後にクリスにマイクが渡る。

    「俺はセニクが犯人だと思うよな。だってアイツ、アンナ嬢にあれほど嫌がらせしてたんだ。あるいはギヨームと共犯だ。俺はそう思う」

    意外にも感情的な口調だった。

    「証拠は? 根拠でもいいわ」

    私が聞くと、クリスはぷいっと窓の方を向く。不機嫌な子供みたい。

    「いや。俺はセニクが嫌いだからだ」

    つまり私怨じゃないか。特にじいやとシャルルは呆れていたが、カリスタは手を叩いて大受け。オルガもすっかり元気になり、笑顔だ。

    「みんな推理ありがとう。みんなで推理すると、楽しいよね!」

    私もそう言うと笑ってしまう。好きなものをシェアするのは、思った以上に楽しい。今までは推理の楽しさは、独占していたけれど、こんな楽しさもあったのかと目から鱗だ。

    それにカリスタからは政治。オルガからはお菓子作り。シャルルからはお金の運用。じいやからはリズのような老人の接待方法。クリスからは会社経営。

    それぞれ好きな事や得意な事を聞くと、私まで楽しくなってくるではないか。カフェに笑顔と笑い声が満ちる。

    そう、好きなものは簡単に奪わせたくない。この事件も絶対に解決すると思った時だった。

    リズがカフェに駆け込んで来るではないか。

    「聞いてよ、みんな!」

    走って来たらしい。息を切らしている。

    「さっきギヨームの家の辺りに通りかかったんだけど、大変! 白警団のモイーズがいたわ!」

    興奮気味にさらに続けた。

    「なんと、あの汚いおじさんのセニクが行方不明になったみたい! ねえ、これって新しい事件!?」

    リズの大声がカフェに響いていた。

    2

    私達はギヨームの家まで走っていた。リズは相変わらず脚が速いが、じいや、オルガ、シャルルはカフェにいる。まだシャルルは村人に見つかったら大変だ。

    「リズ、どういう事? セニクがいなくなったの?」

    前を走るリズにカリスタが大声を出す。

    「そうみたい。もう騒然よ。カリスタも面白いから野次馬しましょ」
    「そうね、リズ!」

    リズとカリスタは完全に野次目的らしい。明らかに楽しんでいる。実際、ギヨームの家につくと、野次馬がわんさかいた。

    一方、私とクリスは笑えない。野次馬を押し除け、ギヨームの家に近づく。

    三階建ての煉瓦造りの豪華な屋敷だったが、今は夕暮れ時も相まって、全く華やかに見えない。村の広場にも近く、立地もいいのに、メイドや執事、それに白警団のモイーズの怒号も飛び交っていた。

    「セニク様のお部屋にこんなメモが残されていました。脅されてる、怖いって。昼間からお姿がないんです! 早く探して!」

    若いメイドが泣いていたが、モイーズはやる気のない態度だった。メモを片手に一応は、メイドの話を聞いてはいたが、こめかみをさすり、死んだような目をしている。明らかにやる気がない。

    私はこの状況を冷静に見ていた。セニクが行方不明になっているのは確か。メイドの証言も確実とは言えないが、セニクが誰かに脅されてるいる可能性がある。

    誰に?

    この際、消去法という雑な推理でもいいか?

    推理作家としては、微妙な感覚が残るもののメイドに近づき、ギヨームの居場所を聞く。

    「旦那様のギヨームも行方不明なんです! 事件ですよ、火事もあったし!」

    メイドはセニクもギヨームを被害者だと決めつけていたが、私はそうは思わない。

    まるでやる気のないモイーズに近づき、私はギヨームが犯人の可能性を説明した。

    「うっさいな。女は黙ってろよ」
    「はあ?」

    まさか、ここでも男尊女卑をくらうとは。野次馬のカリスタやリズは、モイーズにブーイングをあげていた。

    「おっさん、無能だな。仕事しろよ」

    クリスも睨みつけていたが、モイーズの反応はぬるい。皮肉にもクリスの発言を裏付けてしまっている。

    「仕事しろ。お前の使命だろ」

    クリスはさらに圧をかけていたが、モイーズは「面倒くせ」と呟くのみ。

    薄々気づいていたが、この国の男達は男尊女卑社会にあぐらをかき、全くの無能。白警団も優秀だという評判はさほど聞かない。

    「こっちは村長と放火火事の調査で忙しいんだよ! 全くシャルルはどこいった? 火事現場でみたっていう噂は聞いたがね」

    モイーズはまだその地点にいるらしい。私が話したギヨーム犯人説もまるっと無視。ナチュラルに無視。

    これには、腑が煮えくりかえってくるが、どうにか深呼吸。

    改めてモイーズの外見を観察。でっぷりと太り、頭も禿げている。実にだらしない体型だ。きっと食生活の管理ができていない。酒も好きそう。薬の副作用もあるかもしれないが、額には大きなニキビもできている。肌の管理もできない生活をしている。外見からだらしなさが漂う。確かにこの生活態度で仕事ができるわけがない。

    クリスが以前、外見と見た目は一致すると言っていたが、当たっているケースも多いだろう。

    「だったら、私がセニクとギヨームを探すわ。メイドさん、最後に彼らを見たのはいつ?」

    私は無能モイーズを無視し、メイドに詳しく話を聞く。いつもは部屋でセニクとギヨームが政治談義をしている事が多いらしい。また、昨日はだいぶイライラしていたらしく、メイドにも当たりが強かったらしい。

    「そう。メイドさん、ありがとう。さあ、クリス、セニクの居場所に参りますわ」

    私はクリスの手をとる。今気づいたが、霊の潜入調査調査をした時のダミーの指輪をまだつけている。経営者として優秀なクリスもうっかりしているらしいが、今は無視だ。それどころではない。

    「おそらく図書館か、その近くにいる。セニクはエッセイ本や後がきで、イライラした時は図書館に向かうって書いてたわ。可能性としてはある」
    「さすがアンナ嬢。よく観察しているもんだ」
    「ええ。時間もさほど経ってはいないし、図書館周辺を探しましょう」

    ということで無能モイーズを無視し、二人で図書館の方へ向かう。村長が殺された現場にも近い。

    気づくと、空はオレンジ色から薄い紫へ変わっていく。もうすぐ夜が近い。早くした方がいいだろう。夜になったら、犯人はもっと酷い事をしそう。そんな悪い予感がしていた。

    3

    野鳥の鳴き声がうるさい。風の音もざわざわとし、陽も暮れかけていた。

    図書館はすでに休館時間だった。人気もなく、職員がいる気配もない。田舎の図書館が早く閉館する事を失念していた。

    「アンナ嬢、気を落とすなよ。セニクのおっさん、他にエッセイや後書きで語っていた事思い出せるか?」

    図書館の門の前でえ頭を抱える私。一方、クリスは冷静だった。

    「まって、今、思い出すわ」

    エッセイ本だけでなく、文壇サロンでのセニクの発言も思いかえす。

    文壇サロンでは作家の経済問題もよく話題になっていた。公務員などと比べ、作家の安定性は低いので、投資や土地転がしもよく話題になっていた。文壇サロンはお金の話も多かったのだ。文芸や芸術の話題は少なく、正直、俗すぎる話題でついていけなかったが、セニクは経済的な事は妙に余裕だった。

    元々は貴族のボンボンであったセニク。だから余裕があると思いこんでいたが。そう言えばセニク、「毎月不労所得が定期的に入ってきるんだわ」とニヤニヤ笑っていた。

    「不労所得? なんだそれ、引っかかるな」

    クリスと私は、図書館から河辺の道を歩く事に。セニクはエッセイで釣りが趣味とも言っていた。可能性は低かったが、河辺にセニクがいる事も考えていた。

    「そう。やけに余裕だったけど、今思うと妙よね。貴族のセニクがそんな事わざわざいうのは」
    「もしかして、ギヨームを脅してたんでは? おそらくコリンの事件を突き止めたんだ。で、黙っている代わりにお金出せって脅した。筋は通る。メイドの証言とも一致するんでは?」

    その発想はなかった。さすが性格がよろしくないクリスらしい発想だが、だとしたら、セニクが行方不明になっているのも、ギヨームを脅し続け、逆に報復されたから?

    「本当、バカなおじさんね、セニクは……」

    それが事実なら呆れてくるが、可能性は高い。あの汚いおじさんなら、脅しも朝飯前かも知れない。

    「アンナ嬢、これは諦めるな。セニクも脅迫罪で逮捕できるかもしれん」

    クリスは実にご機嫌だ。口笛まで吹いている。口角がいつも以上に上がっているが、実に悪い顔。

    「アンナ嬢を追放したおっさんに、ざまぁって言えるぜ。追放ざまぁだ」
    「何それ?」
    「言いたいだろ、ざまぁみろって」
    「そうだけど、あなた、だいぶ性格がよろしくないわね。前から知ってたけど」
    「当たり前だろ。性格が良い経営者がどこにいるんだよ」

    クリスはまた口笛をふくと、自身の金色の前髪をかきあげた。左手で。まだダミーの指輪をつけている。一体どういうつもりだろう?

    それに、クリスとも賭けをしていた。シャルルは犯人だったらクリスの勝ち。それ以外だったら私の勝ち。

    今のところ、賭けは私の方が勝ちそう。クリスと仮面夫婦になる確率は低くはず。それなのにダミーの指輪をつけ続け、余裕たっぷりのクリスを見ていると謎が深まる。

    そもそもなぜ私に別荘提供?

    口も性格も悪い。顔と仕事以外は取り柄のない男に見えたが、私への態度は謎が多い。こうして私と二人っきりにいる時、機嫌は良くなっているのも何?

    この謎は解くべき?

    推理作家としても何故かあまり解きたくない謎だと思った時だった。

    「クリス! あっちの河辺見てよ! セニクが倒れている!」

    河辺に男が倒れている。しかもよく見たらセニクではないか。

    私達がセニクに駆け寄ったのが、言うまでもない。

    セニクは頭を殴られた模様。頬も赤く腫れ上がり、血も流れている。口元も血が滲み、私が文壇サロンでボコボコにした光景を思い出す。あの時と同じ。命には別状はないが、病院へ運んだ方が良いだろう。

    クリスと私は冷静だった。まずはクリスがセニクを背負い、病院まで連れていこうとしたが、ぎゃーぎゃー騒いで拒否される。

    「ギヨームに殺される! どうしよう!」

    そう泣く姿は、とても大作家先生に見えないものだ。小さな子供みたい。

    「ギヨームに脅されてたのね?」
    「ああ」

    もっとも私がこれまでの推理を話すと、親に叱られた子供のように頷いている。十年以上前、コリン殺害をギヨームだと睨んだセニク。以降、脅しつつ不労所得を得ていたが、ついに相手に報復されたんだとか。村長やオルガの事件もギヨームが犯人だと推理し、さらに脅そうとしたら、上手くいかなかったと泣いているではないか。

    「なので俺の推理は当たってる! 当たってるのに、なんで報復されるんだよ!」

    騒ぐセニク。耳がキンキンした。

    「推理を脅す目的に使ったからでしょ。報復されて当然でしょ」

    こんなセニクでも、推理については案外カンが良かったが、動機が間違い。かけ違えているボタンみたい。動機が悪いと、過程がいくら正しくてもゴールを見間違うのだろう。

    それに助けようとするクリスのまで悪態をつくセニク。さすがに呆れて物も言えない。こんな汚いおじさんに追放された事を気にしていたと思うと、バカバカしくなってくるが、今は事件解決が先だ。

    「ギヨームはどこに?」
    「村長の家だよ! 何か証拠品が残っていないか不安で探しに行ったさ」
    「そう」

    ただ、ここまで自白したセニクは情状酌量がるあるだろう。

    セニクはクリスに任せ、村長の本邸に向かって走る。

    「おい、アンナ嬢! 一人で乗り込むなって!」

    背後からクリスの声が響くが、ようやく真犯人がわかった。一刻も早く捕まえないと!

    普段は冷静な私。王都では氷の令嬢なんて言われていたけれど、胸が熱くなる。私の推理は間違っていなかった。

    あとは犯人を見つけるだけではないか。あと一歩!

    4

    息を切らしながら走っているというのに、全く疲れない。

    王都で作家業をしていた時は、推理小説の取材や体力作りのために、運動や護身術もやっていたが、今はサボっていた。身体は確実になまっているはずなのに、犯人を捕まえられると思うと血が騒ぐ。

    こうして村長の本邸まで走った私。案の定、鍵が開いている。リズというか、この村の防犯意識の低さにはため息が出そうだが、そんな事はどうでもいい。

    「誰かいる?」

    本邸はしんと静かだったが、もう薄暗い。陽は落ちかけているが、一応声を出しながら、本邸に入った。

    まずは事件現場へ向かうが、誰もいない。ただ、家具やテーブルが荒らされている。これは誰かが何かを探した後か? 力のないリズの仕業には見えない。

    「何なの、これは……」

    セニクが言うように犯人、ギヨームが何か探ってる?

    もそかしたら、村長が書いたロゼルの手紙を探してる? または村長の横領の証拠?

    確かにそれがあれば、シャルルに罪を押し付けるのは可能だ。残念ながら、それらのものは全部リズが隠蔽工作してしまった後だ。

    今更ながらリズの行動にもため息をつきつつ、村長の部屋がある二階へ上がろうとした時。

    「ギヨーム!」

    犯人と鉢合わせしてしまった。しかも向こうは、クリスタルや変な石を両手に抱え、青ざめている。

    「何しているの?」
    「う、うるさい!」

    変な石を投げつけられ、寸前の所で命中を逃れたが、ギヨームの顔は真っ青。震えている。とても中年男性に見えない。子供みたいで、私は犯人と対峙している事を忘れた。

    「ゆ、夢で村長が出てくるんだよ、毎日! だから現場をクリスタルで清めていたんだ!」

    どうしよう。ギヨームがオカルト男だったのは間違いないらしいが、ここで推理小説のように犯人を詰める? オカルト男に理詰めで説得できる?

    「アンナ嬢、お前にも悪霊ついてる! このクリスタルで一緒に清めてしまおう!」

    私にすがりつくギヨーム。もうオルガに優しいギヨームはいない。選挙運動に熱心のギヨームもいない。シャルルの居場所を教えてくれた親切なギヨームもいない。

    あの森に来ていたのも、オカルト的な事情? もし行方不明のコリンを殺して埋めていたとしたら、まさかまさかオカルト的な儀式でもやりたい?

    「ぜ、全部知ってるのよ! コリンを殺したのもあなたね! コリンや村長の呪いは、そんな変な石では誤魔化せない。自首しなさい!」

    私の声は震えていた。推理小説のようにビシッと決めセリフなんて言えない。

    「コリンも村長もさぞ無念だったでしょうね? 怨霊と化してるわ!」
    「う、うるさい!」

    あろう事かギヨームは、変な石を全部私に投げつけると、猛ダッシュで逃げた。

    「待ちなさい!」

    変な石でもぶつけられると痛いものだ。それでも逃げるという事は、絶対に犯人だ。私の推理は間違ってなかったらしい。

    「待てー!」

    ギヨームも脚が速い。まるで火事場の馬鹿力の如く、猛ダッシュ。

    「待ちなさい! コリンのことも全部推理しているわ! 村長を殺したのも放火したのもあなたね!」

    ギヨームの背中目掛けて吠える。

    「うるさい! 推理作家の女ごときの分際で!」

    さっきまでは怯えていたギヨームだったが、逃げならも暴言は忘れない。

    「推理なんてやめろ、くそ女!」

    これには何かがキレた。ある意味セニク達に言われるより犯人に言われた方が許せない。

    「絶対捕まえるわ!」

    私はさらにスピードを上げギヨームの背中を追う。もう靴は脱げ、髪もぼろぼろだったけれど、途中でセニクを介抱しれいるクリスとも合流。

    「あの男よ! 絶対捕まえるわ!」
    「おお、それでこそアンナ嬢だ!」

    クリスと共に走るが、いつの間にか村長の本邸周辺から村の中央まで来ていた。広場にも入っていた。同時に他の村人も参戦し、ギヨームを追っている。たぶん、村人達は野次馬だろう。おそらく詳しい推理なんて知らないが、それでも心強い。

    他にもカリスタやリズもこの流れに参戦。案外脚が速いリズは、私達より一歩前進。

    「わー、楽しい! やっぱりギヨームが犯人だったのね! 捕まえるわ!」

    リズは大笑いだ。

    「絶対このクソ男尊女卑ギヨームも捕まえるから!」

    そう叫ぶカリスタの目は真っ赤に燃える。もっとも私も決して優しい顔をしていなかってと思うが。

    「待ちなさい、ギヨーム! よくも推理なんてやめろとか言ってくれたわ! 絶対許さないわよ!」

    私はもう村長とかどうでもよくなり、大好きな推理を下げられた事が一番にくい。さらにスピードを上げ、リズと並走した時、ちょうどギヨームの服に手が届き、そのままギヨームを押し倒した。

    汗だく、息が切れ、ボロボロになっていたが、リズとカリスタがさらにギヨームを押し倒し、もうギヨームは袋のネズミ状態だ。

    最後にクリスがギヨームを蹴り上げ、ようやく彼は捕まった。

    「何だよ、この怖い顔の女どもは! なんだよ、この金髪のイケメンは! こえーよ! 助けてくれよ! わかったよ、吐けばいいんだろ!」

    そうしてギヨームは村長や放火、コリン殺害も吐いた時、ようやく白警団のモイーズが登場。

    あろう事かギヨームはモイーズにも悪態をつき、公務執行妨害の現行犯で捕まったが、村長殺人事件や放火事件、コリン殺害も調査されるだろう。

    「やったわ、リズ! カリスタ! 犯人が捕まったよ!」
    「アンナ嬢! 最高!」
    「そうよ、アンナ!」

    手を取り合い、大はしゃぎする私、リズ、カリスタ。

    「決めた。私、リズとカリスタをモデルにしてこの事件を小説にするわ。そうね。村で疎まれていた未亡人とカフェ店長がコンビを組んで、村の事件を解く。女が書く女のための推理小説よ。最高じゃない?」

    そう宣言すると、野次馬からも歓声と拍手が。

    「アンナ嬢、やっぱりお前はおもしれー女だな」

    クリスの呆れた声は、野次馬の歓声にかき消され聞こえないが、これって大勝利? きっとそうだ。

    あとはもう、この事件を推理小説にして書くだけ。

    5

    事件から数日たった。村は大騒ぎ。まずギヨームが捕まり、森も掘り起こされ、ついに長年行方不明だったコリンの白骨遺体も見つかった。

    ギヨームとコリンは元々親しかったそうだが、お金や女のトラブルで揉め、殺害し、あの森に埋めたという。

    以後、コリンの幽霊や夢を見るようになり、オカルトにハマっていた。あの土地もコリンの呪いがあるかもしれないと、クリスタルや変な石で清めたかったらしいが、親戚のセニクにこの件がバレ、脅されるようになった。

    またあの森にオルガの工房もできた。村長は銀貨伝説と絡め、発掘までしようとしている。困ったギヨームはオルガに脅迫状を出しつつ、村長殺害機会を狙う。ちょうど妻のリズが旅行中に村長殺害を決行した。

    もっとも彼に誤算があり、シャルルが行方不明になり、疑われている事は幸運だった。また村にやってきた作家令嬢、つまり私もシャルルを疑っているようで油断していたが、元村長秘書のロゼルは銀貨伝説の村長の意志を引きつごうとしているではないか。親村長に立候補しているが、これは阻止出来ないと判断し、オルガの工房を放火。

    そんな彼にも誤算があった。セニクだ。あのセニクに推理され、全て暴かれそうになり、殴り殺そうとした。そして殺人事件現場をクリスタルや変な石でお清めの儀式もしようとしたが、そこに私が登場。捕まり、今に至る。

    ちなみセニクも脅迫や殺人事件の隠蔽工作に加担したと捕まったが、彼は貴族の男。世間への公表は遅れる見込みらしいが、ギヨームもセニクも容疑を否認し、モイーズにも逆ギレしていると聞いた。

    「お嬢様、執筆の方はいかがですか?」
    「ええ、じいや。とっても筆が進んでいるわ」

    そんな喧騒をよそに、私は別荘に引きこもり、新作の執筆に取りくんでいた。正直、万年筆を握りすぎて手が痛い。目が痛い。それだけ集中して書いている私に、じいやは心配し、よく部屋に来てくれる。

    「これは、オルガが焼いたシフォンケーキと紅茶です」
    「わあ、じいや。ありがとう。少し休むわ」

    温かい紅茶とシフォンケーキの甘い匂いに釣られた。じいやと二人で休む事に。

    「オルガはどう?」

    美味しいシフォンケーキを食べつつ、気になる事があった。

    ギヨームが逮捕され、オルガは失神するほどショックを受けていた。確かにオルガにとっては優しいおじさんのギヨームだった。ショックを受けるのは無理がない。

    「大丈夫ですよ。シャルルが励ましています。今はシャルルにいちゃんって一緒に遊んでますから」
    「それはよかった……」

    ひとまずホッとする。結局、別荘でシャルルを管理人兼コックとして雇う事に。オルガもこも様子では、別荘でメイドとして雇った方がいいだろう。これにじいやも賛成した。

    「ところでお嬢様。本当にリズやカリスタをモデルに推理小説かくんですか?」
    「ええ。といっても、まだ送る出版社とかは決めていないけどね」
    「リズが隣国の出版社に口をきいてくれるそうです。あと文壇サロンもセニクの逮捕で大変だという噂も聞きましたから、もしかしたら、戻れるかもしれません」

    じいやの穏やかな声や笑顔を見ていたら、心底ホッとしてきた。これだったら、作家業も希望が残っているだろう。

    ふと、温かい紅茶を飲みながら考える。クリスがした賭けだ。結果、賭けは私の勝ち。出版社をくれるという約束は、今はどうでもよくなってきた。

    クリスは今、コリンの件や母親、母親の親類のケアの為、村を離れていた。

    事件解決後、クリスとろくに話していない。思えばクリスがいなかったら、解けない謎ばかりだった。おかげで賭けに勝っても嬉しくない。微妙。それにクリスの嫌味っぽい顔が毎日見られないのも、少し物足りない。

    物足りない?

    それって寂しいって事みたい。まるでクリスが恋しいみたい。そんなわけない。慌てて、この思考を頭の中から追い出す。

    「そういえばお嬢様。村の広場では村長選挙の結果が出るらしいです。これから午後三時ぐらいから」
    「そうなの?」
    「執筆ばかりだと頭がパンクするでししょう。少し野次馬に行きますか?」
    「そうね」

    村長選挙は、ギヨームの逮捕により、カリスタの圧勝だと言われてはいた。といっても何事にも番狂せはある。一応泡沫候補も出ていた。

    「じゃあ、じいや。二人で見に行ってみましょうか?」
    「ええ、行きましょう」

    という事でじいやと二人、村の広場へ。広場はもう多くの村人で押し寄せ、役場のダニエルが警備員をしたり、椅子を並べたり、雑用に追われている。

    「ダニエルは相変わらずね」
    「そうでね。あ、ロゼルもいますよ」

    広場に開票会場も設置されていたが、ロゼルも忙しそうに働いていた。村長の横領は、立件できるか微妙だが、ロゼルもこの事件で少しは改心したのかもしれない。今まで以上に真面目に働いているように見えた。

    ほとんどに村人が広場に集結した頃、定刻になった。開票が始まったが、予想通りカリスタの圧勝だった。

    「嬉しいです。これからは女性が住みやすい村を目指すからね。私の運営も女性によく働いてほしいと思う」

    カリスタのスピーチが始まったが、会場の隅にいるロゼルが泣いているのが見えた。これはもうロゼルは改心したと見ていいだろう。カリスタと一緒に仕事をすれば、シャルルへの想いも忘れていくかも知れない。

    新村長はカリスタになった。同時にカフェ運営は難しくなった為、リズやオルガ、その他村の女達で共同経営に変わっていくらしい。また、政治への意見交換などもできるイベントもカフェで定期的に開くとカリスタが宣言して、開票が終わった。

    「カリスタ、おめでとう!」

    私も村人に混じり、カリスタに拍手を送る。村人からたくさん花束を受け取ったカリスタは、笑顔ではにかく。

    「アンナ! あんたも頑張って。推理小説書くのよ。汚いおじさんに負けるんじゃないからね!」

    そして花束を一つ、私にもくれた。白い花のそれだった。花の良い匂いがする。

    「ええ、カリスタ。私は負けないわ。また作品書くからね!」

    まるで私も祝福されているみたい。カリスタの当選は、自分の事のように嬉しいし、新作もバリバリと書いていきたい。

    「カリスタ、本当におめでとう!」

    また祝福の言葉を送ると、事件の影は限りなく薄くなっていた。

    6

    なぜか私は文壇サロンにいた。王都のあの豪華なティールームだ。

    紅茶はもちろん、ケーキスタンドのスコーンやプリン、プチサイズのカップケーキなど、お菓子もどれも一流だ。

    文壇サロンで偉そうにしていたセニクの姿はない。まだ世間に公表されていないとはいえ、噂は流れ、他の文壇サロンの面々も恐怖で顔が引き攣っていた。

    なぜか別荘に文壇サロンの連中から手紙が届き、渋々、久しぶりに参加している訳だが、以前と様子が違う。

    「アンナ嬢! 悪かった!」

    涙目で謝ってくるおじ様もいる。額や頬に汗もうき、貧乏ゆすりもしている。落ち着かない様子だったが、事情を話してくれた。

    セニクが捕まった噂が流れ、文壇サロンの面々も怯えているらしい。

    「実はセニクが脅しで得ていたお金で、我々も賭け事や風俗通いをしていた! この事がバレたら、我々も作家生命が打たれる。アンナ嬢、どうか黙っていてくれ!」

    そういう事か。だから命乞いをしているのか。情け無い。こっちが恥ずかしくなる。私は咳払いをし、紅茶を啜る。

    「お願いだ! もうセニクの件は推理しないでくれ! 黙っていてくれ!」

    ずっと謝っているおじ様。というか命乞い? 私はどう対応するべきか悩むところ。

    「お願いだ、推理しないでくれ!」

    でも、前と違う意味でそう言われるのは、悪い気分ではない。

    「どうしようかしら。村ではセニクが殺人事件に関わったという噂もあるわ。もちろん、根も葉もない噂だけど、人の噂って怖いわ。もう王都でも広まっているんじゃなくて?」

    私は紅茶をゆっくりと啜り、優雅に微笑む。

    「やめてくれよ! もう推理とかやめてくれ! お願いだから! そうだ、出版社に口きいてあげる! アンナ嬢、仕事もらえるぞ!」

    なんて提案されたが、興味はない。あれほどの事をされ、笑って許せるほど私はイージーでもないんだから。

    「そういえば、私の友人のクリス・ドニエがセニクの親戚の会社の人員を全員引く抜くとか。あなた、そういえば会社持ってたわよね?」

    ゆっくりと微笑みながら、クリスの名前を出すと、向こうはさらに覚えてきた。プルプルと震えている。指先や下唇まで震えている所は、実に情け無い。

    「でも、真実は必ず明るみに出るでしょう」

    そう言い、この件は保留でもいいか。実際、ゴシップ記事ではセニクの盗作も暴かれ、私の名誉も回復しつつある。それにタラント村の事件を解決した名探偵とも噂がたっているし、もう文壇サロンの汚いおじ様達に興味はない。

    「アンナ嬢。来たぜ。文壇サロンに出席中だって聞いたぞ」

    そこにクリスが登場。仕事や私事で王都に帰っていたクリスだが、思わぬところで鉢合わせだ。なぜか懐かしいとか、ホッとするといった思考になってしまうから困る。

    村にいる時と違い、仕立ての良いスーツに身を包み、今は経営者らしいルックスに変わっていたが、その姿だけでおじ様達は威圧を受け取ったらしい。さらに顔を青くさせ、汗だくになっていた。

    「俺の名前を知ってるか? クリスだぜ。クリス・ドニエだぜ」

    その言葉だけで黙らせているんだから、もう私はどうでもよくなってきた。それよりも別荘に戻り、執筆の続きがしたいし。主人公のモデルになったリズやカリスタからも取材がしたいし。

    「まあ、クリス。汚いおじさんに関わるのは時間の無駄」
    「それもそうだな。これから俺もタラント村に行こうと思う。ようやく休暇が取れるし」
    「そうね。帰りましょう」
    「それにダニエルもアンナ嬢にサイン会やり直してほしいって言ってたしな。タラント村のが静かだし、執筆環境も良いだろう。さあ、帰ろう」

    命乞いを続けるおじ様たちを無視し、私とクリスは文壇サロンから出ていく。

    扉の外は明るい。春の日差しが降り注ぎ、風も爽やか。

    隣を歩くクリスの左手薬指にはまだ指輪がある。夫婦のフリをしたダミーの指輪だったが、謎。

    一体どういうつもりでダミーの指輪をつけているんだろう。

    推理大好きな私だけれども、この謎はわからない。

    どうやって推理しよう?

    7

    別荘に篭り、朝から晩まで執筆中だった。時々、取材の為に外出はするが、万年筆を持ちすぎて指が痛い。指の第三関節あたりが太くなった気がするが、気のせいにしておこう。

    原稿用紙も部屋中に散らばる。メモや書き損じもそう。資料は積み上がり、掃除は完全にじいや任せになっていた。といっても別荘はシャルルやオルガも引き続き働いてくれているので、じいやの負担も減ってありがたい。

    ありがたい事はそれだけではない。リズのおかげで隣国の出版社から依頼があった。推理小説ではなく、今回の事件のエッセイ連載の依頼だったが、それでも嬉しい。

    それにデビューした出版社も、文壇サロンのおじさん達が一掃された。事件の影響だ。文芸誌に休載が相次ぎ、緊急事態だという。という事で干された私にも依頼が入り、この事件をモデルにした推理小説を書いているところ。

    主人公のモデルはリズとカリスタだ。村で嫌われている未亡人がカフェ店長とコンビを組み、謎を解く。素人探偵だとバカにされながらも、女性らしい細やかな視点やコミュニケーション力で謎解きする。確かに本格ミステリではない。複雑なトリックもないが、編集部からは話題性もあり、出版した暁には、宣伝費も出してくれる事も約束された。

    もちろん、我が国の推理人気が低いが、こういった「本格ではない」推理小説はさほど前例がなく、出版社の営業部も、話題性で売れる可能性を示してくれていた。

    より売れるように恋愛描写を入れるよう言われたのは、若干難しかったが、シャルルやロゼルなど恋愛上級者の取材をするつもりだった。

    「れ、恋愛描写ね……」

    書いた原稿用紙を眺めつつ、恋愛描写は赤面してくるが、小説としては悪くない。

    「あれ? なんでクリスの顔が浮かぶの?」

    なぜかクリスの顔が浮かんで困る。慌てて原稿に戻る。

    ちなみクリスは別荘に行ったり来たり通うようになった。

    これにも事情がある。

    ロゼルやカリスタが銀貨伝説を調べ、考古学者なども呼び、ピンポイントで発掘したところ、本当に銀貨が出土してしまった。ちょうどオルガの店があった場所にあったらしい。

    これのも村は大騒ぎ。取材も押し寄せ、外部の人間もよく来るように。

    これに目をつけたクリスはタラント村に小さなホテルやレストランを作ると宣言。村役場のダニエル達も村おこしを開いては失敗した過去があり、これを契機に観光産業にも乗り気。利害が一致し、クリスもこの土地に仕事で来るようになったという。

    もっとも執筆で忙しい私だ。向こうも仕事で忙しく、ろくに挨拶すらしていなかったが、今日、夕方。

    久々にクリスが別荘に帰ってきた。

    「疲れたわー、だいたい仕事終わったが」

    庭でため息つきながら、紅茶を啜っていた。庭は最近、シャルルが薔薇の手入れを始めた為、以前よりだいぶ華やかだ。時々、クリスは薔薇を見ながら庭で紅茶を飲むのを楽しんでいる。

    「そう。お互い忙しいわね」

    私もちょうど作品のキリが良いところで、お茶を飲みたい気分。クリスの横に座り、紅茶を飲む。

    ふと、隣にいるクリスを見ると、左手の薬指にまだ指輪がある。

    夫婦のフリをした時のダミーに指輪だが、なぜいつまでも外さないのだろう。

    この謎は解くべき?

    思わず私は眉間に皺を寄せた時、クリスは咳払いをした。そしていつも以上に性格が悪そうな表情を見せてきた。

    「そういや、アンナ嬢。俺とした賭けは覚えているか?」

    初夏の風が吹き、ざわざわと音が響く。

    覚えている。シャルル以外が犯人だったら、私の勝ち。シャルルが犯人だったら、クリスの勝ち。

    「覚えてるわ。ギヨームが犯人だったから、私の勝ちでしょ?」

    これは胸をはってもいいだろう。

    「出版社経営も面白そう。賭けが勝ちって事で、やっていい?」
    「あー、うるさい!」

    珍しくクリスは感情的だ。せっかく経営者らしくキッチリとセットした金色の髪も、ぐしゃぐしゃとかき、崩してしまう。それだけでなく、ネクタイも外し、シャツの第一ボタンも外し、なぜかイライラとしている模様。

    「あんな賭けは正式な文書もない。無効だ」
    「えー? それってアリ?」

    確かに口約束だ。

    「だからアンナ嬢。俺と結婚しろ」
    「は!? どうしてそうなるの!?」

    賭けに負けたらクリスと結婚。そんな約束もあったが、あれ? 今のクリスの顔が赤い!?

    いつも性格悪そうなのに、今だけは顔が真っ赤。それに目も若干うるうるとし、これだとまるで本気のプロポーズ……。

    「アンナ嬢、推理しろよ。俺の今までの言動を思い出して推理しろ。どう見てもプロポーズするしかないだろ?」
    「え、嘘。本気!? ええ!?」

    思わず変な声が出たが、推理作家らしく頭をフル回転。

    そもそもなぜか別荘を提供してきたか?

    なぜか王都で「おもしれー女」と言ってきたのか。

    なぜ結婚しようと賭けをしてきたか。

    なぜ夫婦のフリをしたか。

    なぜ今もダミーの結婚指輪を外していないのか……。

    謎の答えは一個しかない。推理作家らしく客観性を持って考えても、答えは一個。

    「俺と結婚しろ。我々、両親とも仲が良い。それに好きに推理小説書かせてやるぞ」

    それにはグラリと心が動く。

    「もしまたアンナ嬢が干されても、安心しろ。俺が食わせる」

    そんな提案、簡単には抵抗できない。それにクリスの顔がいつもと違うのが面白いんだ。

    顔も真っ赤だし、目はウルウルと泣きそう。声も震えている。指先もピクピクと落ち着きがない。

    いつもの偉そうで性格悪そうなクリスは一体どこ?

    思わず笑ってしまう。こんなクリスといたら、案外楽しそうではないか。推理以外でも楽しい事がありそう。久々に胸がときめいてしまうから、困ったもの。

    「ええ、少し考えてみるから」
    「いや、考えなくていい。今すぐ俺と結婚しろ」

    言葉だけは偉そうなクリス。でも顔は真っ赤で明らかに動揺中。

    面白い。推理も面白いが、もしかしたら恋愛とか結婚も面白い?

    恋愛小説家になるつもりは無いが、今はそれも面白い気がしてた。


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    第一部完結です。ご覧いただきありがとうございました。
    次回は番外編短編と本編まとめになります。
    https://note.com/chisio777/n/nc0e06316e0ee

    #創作大賞2025 #ミステリー小説部門

     
     
     
    小説書きます。ペンネームは聖書から取りました。クリスチャンです。第三回聖書ラノベ新人賞準優勝受賞作「いのちのパン屋さん」など他執筆中。コージーミステリやライト文芸系を主に書いています。英米のコージーミステリ好き。千葉県在住。イラストはAI作成。

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