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【異世界令嬢コージーミステリ】第3話 作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜

    前回のお話

    珏2芹
    https://note.com/chisio777/n/n55899a8d7615


    1

    市場での聞き込みは意外と順調だった。まず、クリスが女性店員に話しかけ、懐柔し、気が緩んだところに私が話しかけると、驚くほどスムーズにいく。

    クリスのルックスに絆された女性店員が続出している。顔をポーとし、黄色い声をあげている者もいるが、今はクリスに何の文句も言えない。むしろ、ここまで私に協力的だったのが謎ではあったが、チャンスは逃せない。

    すぐに聞き込みを開始した。

    十数人から話を聞き出しただろうか。迫害した過去など嘘のようにペラペラと話してくれた。

    聞き込みを総合すると、村人も村長殺害の詳細はわかっていないらしい。白警団は何も公表していないし、何者かに殺されたという事実だけが確実らしい。

    噂も飛び交い、殺害方法は毒殺、刺殺、撲殺とまちまち。

    殺害現場も知らないらしい。第一発見者も誰だが、噂だけで確定的ではない。そうは言っても、村長宅で叫び声を聞いたとか、村長夫人の姿を見ていないとか、有力な情報も得た。

    それにシャルルについても聞く。

    「ああ、シャルルね」

    花屋の女性店員は、その名前を聞くと、明らかに顔を顰めた。店員は左手の薬指に指輪があり、既婚者と見られるが、シャルルは村でも有名な遊び人で嫌いだという。

    「遊び人? どう言う事です?」

    クリスも質問すると、花屋の店員は、頬を染めながら、薔薇やマーガレットの茎を切っている。

    「文字通りよ。すごい女好きの男。私も昔、口説かれてね。まいったわ。女を口説くためにウチで花も買うから、まあ、毎日のように遊んでいたのは確か」

    女性店員の証言はウソでない。実際、別荘の管理人室には女を連れ込んでいた形跡がある。

    「そうか。最低な男だ」

    意外な事にクリスはそんなシャルルに嫌悪していた。目は吊り上がり、まつ毛もパタパタしていた。意外とこういう方面は潔癖かもしれない。

    「あ、シャルルと付き合っていた女は知らない?」

    これが一番気になり、私は身を乗り出して質問。

    「さあ。シャルルは家に女連れ込むのが好きって噂で、相手の女は謎ね。まあ、村人の独身女だったら、たいていはシャルルの被害者では?」
    「お姉さん、そうなのか? 本当にシャルルは最低だな」

    なぜかクリスは女性店員はシャルルの悪口で大盛り上りだ。

    一方、私は花屋の目の前にある野菜の屋台へ。おじさんが一人で店番をしている。暇そうにタバコまでふかしているから、話しかけてもいいか。

    「おじさん、こんにちは。ニンジンやジャガイモが美味しそう」
    「おお、そうか?」

    売り物を褒めただけだが、相手は乗ってきた。やはり弱腰ではダメらしい。愛想良く堂々としていたら、向こうもペラペラと話してきた。

    「ああ、村長の事件か?」
    「ええ、教えてくださらない? 実は私、王都で推理作家もしているんです。本名はアンナ・エマールというんだけど Aという名前で」
    「本当か? うちの息子は本好きなんだ。あんたの名前も知っているかも?」
    「本当です!?」

    おじさんは息子の影響で推理小説にも好意的らしい。思わず握手してしまった。まさかこんな所で味方がいるとは。

    「そうか。事件を調べているのか」
    「ええ、何か知りません?」
    「だったら村のコミュニティカフェのカリスタに聞くといい。村長夫人とカリスタは親しい。親戚らしいし、何か知ってるはず」

    ここで迫害してきたカリスタの名前が出るとは。正直、聞きたい名前ではないが、何かヒントが掴めるかも?

    とりあえずカリスタに会う事も視野に入れた。

    こうして市場の聞き込みも終了し、クリスと一緒に市場に戻る。

    クリスは市場で店員達にいっぱいおまけして貰い、手に持ちきれない程の食糧を手にしていた。これだったら、別荘でしばらく生活できそう。

    「っていうか、シャルルの事は悪かったね。あいつを雇った俺が悪かった」
    「へ!?」

    またクリスにいきなり謝罪された。意味不明。私の目は点になっていただろう。

    「また謝ってるわね。どう言う風の吹き回し?」
    「ミスを謝ったら悪いかよ。それにシャルルが相当の女好きか。何であんなやつ雇ったんだ? これに関しては俺が悪いね」
    「へえ……」
    「経営者として責任は感じる。というか、責任をとるのが経営者の仕事みたいなものだからな」

    あの嫌味っぽいクリスが謝っているのは不可解だった。何か裏があるような気もする。そもそも、なぜこの男が協力的なのか不明だったが、これについては、何となく推理したくない。

    素直に言葉通りに受け取る事にしよう。たぶん、クリスも父が言うよいに根は真面目なタイプなのだろう。責任感も強い。そう思う事にした。

    「次はどうする? アンナ嬢」
    「そうね。村のカフェが気になる」

    カリスタは今のところ敵だったが。

    「一人で行けるか?」

    なぜかここでクリスは私を見下ろしてきた。やはり嫌味っぽい男だ。根は真面目だとわかるが、やっぱり解せない。

    「ええ。一人でカフェに行ってみますよ」
    「そうか。ま、頑張れよ。俺はこの荷物を別荘に持ち帰るか。あと部下に手紙も書いておかないと」
    「あれ? 仕事は全部終わらせたんじゃないの?」
    「そうだ。でも俺を何だと思ってるんだよ。天才経営者だぜ。小さな仕事も休暇中にだってあるんだ」

    クリスは自身の長い前髪をかきあげた。この仕草もいちいち鼻につくが、相手にしていたら日が暮れる。

    「わかったわ。私は一人でカフェに行ってみる」
    「おお。ま、弱気になるな。堂々と胸を張っていれば何とかなるから」

    そう言い残したクリスは、別荘に向かって歩き始めた。ヒラヒラと手を振り、余裕たっぷりという雰囲気だ。

    嫌味っぽい仕草だ。経営者としての才能を認めるが、私はクリスはあまり得意じゃない。根が悪い人物では無い事は理解できるが、それ故に嫌味っぽい性格が余計に残念。

    とはいえ、こうして聞き込みは成功した。まだ雲を掴むような状態だったが、後退はしていないはずだ。

    「ええ、今度はカフェへ参りましょう」

    そう宣言し、村の広場からコミュニティカフェへ足を進めていた。

    2

    昨日はカフェ店長のカリスタに水をぶっかけられた。今日は役場で取り囲まれた。どう考えてもカリスタは私の天敵であったが、カフェの入店自体は成功した。やはり、未だにクリスの名前が効いているのだろうか。

    カフェは村の広場から数分でつく。市場にも近い。

    広々とした平屋をカフェとして改築したらしい。解放的で牧歌的なカフェだ。カフェの中央には大きな丸テーブルがあり、数人でワイワイと食事するのに向いていそう。白を基調としたインテリアも品がいい。田舎のカフェの割に、飾ってある絵画や木彫りの置物にもセンスが光っていた。

    運の悪い事に私が入店直後、団体客が帰ってしまう。カフェの客は私一人だけ。しんとしたものだ。

    パートタイムの店員も帰ったらしく、接客はあのカリスタが初めていた。水とメニューブックを持ってきたが、明らかに不機嫌そうだった。

    カリスタは大柄だ。肩幅もあり、背も高い。ポニーテール姿も板につき、見た目はサバサバとした姉御キャラだ。年齢も三十代ぐらいだが、実に健康そう。私を見る目が不機嫌そうって事は除いて。

    「紅茶といちごパン、あとハチミツケーキ注文できます?」

    そうは言っても逃げたく無い。私はクリスの助言を思い出し、堂々と胸をはり、メニューから選んで注文した。

    「かしこまりました」

    カリスタは全く笑顔を見せなかったが、数分後。

    注文したものを運んできた。紅茶は香り高く、いちごパンも甘酸っぱい香り。それにハチミツケーキもたっぷりとクリームが塗られ、思わず唾を飲みこんだ。

    そういえば、村に来てからアフタヌーンティーは一回もしていない。時間的にも午後の時間だったが、目の前の紅茶や菓子が一段と魅力的だ。

    オルガの店の菓子類も魅力的だったが、小麦粉の件もあり食べ損ねていた。クリスが作った魚料理も美味しかったが、あれとこれは別腹だ。

    王都で小説を書いている時も、甘いものは欠かせなかった。執筆は想像以上に脳のエネルギーを消費する。見た目は地味な作家活動だけど、大量も必要だ。時に十万文字以上の長編を書く場合は、糖分を切らす度にじいやに甘いミルクティーやスコーンを作って貰っていた。

    そんな記憶を思い出しつつ食べいちごパンやハチミツケーキ。焼きたてではないのに、とても美味しい。紅茶も美味しい。

    素朴な味わいだ。王都の天才パティシェが作ったケーキも美味しかったけれど、毎日食べるものではない。

    一方、ここの菓子は毎日食べたい味わいだ。飽きがこないシンプルな甘みがいいじゃないか。素材の良さが引き立っているのもいい!
    最高だ。

    という事で私があっという間に完食。紅茶も優雅に啜りながら「最高……」と呟いてしまうぐらいだった。

    「カリスタ、紅茶のおかわりできない? ミルクティーにできます?」

    こんな私にカリスタは困惑していた。トレーを落としそうになり、小さく変な声も出していた。

    「いや、私はあんたの事を嫌っているが?」
    「そう? でもお菓子作りの才能とカリスタの人格は違うでしょ?」
    「あっ!」

    カリスタは目から鱗が落ちたと言いたげの表情だ。

    私がこう言うのも理由がある。文壇サロンでは、女という理由もあって追放された。親は貴族ではない庶民だ。成金令嬢と見下されている。だから嫌がられ仕事がキャンセルになった時もあった。文壇サロンから追放される前の事だ。

    その事を思い出す。仕事内容と人格は別問題だろう。

    私もカリスタが得意なわけではないが、彼女は作った菓子は美味しい。紅茶も美味しい。このカフェの雰囲気も悪くない。その仕事ぶり自体には何の罪もないだろう。

    「おかわりの紅茶、ありがとう。とっても美味しいから」

    素直に言っただけだが、カリスタは下を向き困惑中だった。

    「そ、そんな……」

    言葉も出ない様子だ。あまり褒められ慣れていないのだろうか。

    「ねえ、カリスタ。少しお話ししません?」

    本当はカリスタと会話するつもりはなかったが、私は事情を話す事にした。

    ちゃんと説明しないとフェアじゃない気もしたし、話せばきっと伝わるはず。そう信じ、弱腰にならず、目の前にいるカリスタに話をしていた。

    幼い頃から推理小説が好きだった事。好きすぎて作家にもなった事。そして文壇サロン追放や、村長殺人事件を疑われている現状についても。

    「そうか、そうだったんか」

    カリスタは一応はちゃんと話を聞いてくれた。それに、カリスタも男尊女卑的社会にはウンザリしていたらしい。

    このカフェ開店についても、親達から反対にあい、行き遅れだと笑われている現状にも憤りがあるらしい。

    「私、あんたの事は嫌いだが、文壇のおじさん達に追放されたのは悔しかったな。辛かっただろう。私にも似たような経験があるから……」

    しかも同情心も示してきた。驚きだ。我が国の男尊女卑はよっぽど酷いと思わされたが、チャンスだ。この瞬間だったら、カリスタの心も開けるかもしれない。

    「という事でカリスタ。何か村長殺害で知っている事ない? 村長夫人とは親しいと聞いているわ」

    ここでカリスタは深く頷く。

    「ああ、村長夫人のリズは元々は血筋もいいんだ」
    「え、そうなの?」
    「まあ、末流だけど、私も隣国で令嬢してた。色々内乱もあって、夫人もコッチに逃げてきたけど」

    そんな事情があったとは。

    「隣国には帰らないの? もう一時期よりも内乱は治ったと聞いているけど」
    「帰らないね。向こうはいつも革命とか大騒ぎしているし、落ち着かない。ま、男尊女卑は向こうのがマシっぽいけど、治安が悪いのはね」
    「そう」
    「こっちは治安が良いのは過ごしやすいからね。天候も良いし。ま、村長殺人事件なんて起きたけど」

    こんな話をしながら、カリスタともだんだんと打ち解けてきた。紅茶を一緒に飲みながら、談笑もできるぐらい。やはり共通の敵がいると団結できるのだろうか。カリスタも文壇サロンのおじ様達に怒ってくれている。男尊女卑の我が国の悪くない副作用らしい。

    「って、カリスタ。村長夫人は事件の何を知ってる?」

    脱線しかけた話題を修正。

    「わからない。私が聞いたところでは、夫人が
    第一発見者とか。もうショックで村の森にある別邸に引きこもってるらしい」
    「そうなの……」
    「でも事件の第一発見者。何か知ってるはずだ」

    カリスタはそう言うと、村長夫人の別宅の住所と地図を書いてくれた。

    「第一発見者のリズに会いに行けば何かわかるでは?」

    もうカリスタは敵ではない。こんな手がかりまでくれた。今はどう見ても味方だった。

    「カリスタ、ありがとう!」
    「おお。文壇サロンのおじさん達に負けるな。この事件を解決して、見返してやればいい。アンナ嬢、推理頑張れ!」

    笑顔で励ましてくれた。カリスタと打ち解けられた。仲良くなれた。こうして応援もしてくれた。

    「ありがとう、カリスタ。私、おじ様達に負けないから」

    今は推理する目的も二つ出来た。一つは村長殺害事件の犯人を見つける事。もう一つは文壇サロンのおじ様達を見返す事。

    おじ様達の間抜けな顔をイメージすると、たのしくなってきた。「あの追放したアンナ嬢が殺人事件を解決した!?」なんて叫んで地団駄踏んでいたら、面白い。これ以上面白い事は無さそうではないか。

    3

    第一発見者・村長夫人のリズの家まで歩いていた。

    あの後、カリスタにケーキやパンをたらふくご馳走になってしまい、お腹が重い。すっかりカリスタとは打ち解けたが、これは令嬢として体重も気掛かりだ。

    私はできるだけ早歩きで移動していた。土地勘のないタラント村だったが、地図をみていくと、リズの家の方角もわかる。

    「あれ? リズの家って森の中にあるのね」

    地図通りに行くと、あの森の中へ。

    今の時間は陽が影ってきた。少し森の中に入るのに躊躇してしまう。

    もっとも昼間は普通に入れたし、オルガの店みある。地図通りに行けば大丈夫かと結論づけたが、森に入ると物音がした。

    「え?」

    鳥か風の音かと思ったが、後ろを振りかえると誰もいない。

    急に木の匂いや土の匂いが鼻についてきたが、気のせいだろうか。

    「まあ、気のせいよね?」

    という事で地図通りの森の中へ。銀貨伝説の看板の前を通り、オルガの店の前も通り抜ける。また店の周辺から良い匂いが。カリスタの店で食べてきた癖にオルガの菓子も気になるところ。おそらく新しい小麦粉を入手し、菓子を作り直しているのだろう。帰りのオルガの店へよっても悪くなさそうだ。

    こうしてズンズンと早歩きで進み、ついにリズの家の前へ。

    リズの家は昼間見た。魔女の家にような家。不気味で無視していたが、まさかここがリズの家?

    確かリズは村長宅を離れ、森の別邸で引きこもっていると聞いていたが、想像以上に粗末な家。

    成金令嬢で庶民感覚が抜けない私だけれど、これには驚く。

    「本当にリズの家?」

    表札を見たが、ちゃんとリズの名前がある。その側のポストはチラシ、新聞、手紙が溜まっており、庭の植物も半分以上枯れていた。

    私はこのリズの家を見ながら推理していた。窓から灯りは見える。リズが住んでいるのは確実だが、こんな所に引きこもり、庭や郵便物の手入れができないという事は、何か病気でもあるのだろうか?

    あるいは村長を失ったショックで生活の余裕がなくなり、ここに引きこもっている。その推理も外してはいないだろう。

    「そうね。家族が死ぬのはショックよ。しかも第一発見者。リズはショックで引きこもっている」

    そう推理の結論をつけたが、もう一つの可能性もある。

    突発的に村長を殺し、パニック状態になって引きこもっている。あるいは計画的な犯行でここで証拠隠滅している。

    どれも可能性がある。推理の答えは出ないが、その為にもリズの話を聞く必要があるだろう。

    私はリズの家の戸を叩いていた。あらゆる可能性を考慮し、控えめなノック音に調整したが、しんとしている。

    「リズ、村長夫人、いらっしゃいます? 私、この度、村に越してきたアンナ・エマールという者です。ご挨拶に伺いました」

    令嬢らしく丁寧に声をかけたが、何の返事もない。家もしんと静か。

    しばらく待っていたが、この様子では時間の無駄になりそう。

    仕方がない。リズとは別の日に合えば良いだろう。

    私はリズの家を後にし、オルガのいるタラント村菓子工房へ走った。

    オルガはせっせと菓子作りに励んでいた。もう小麦粉問題は解決し、ロゼルに全部新しくして貰ったとか。

    私も手を洗い、白衣や帽子を借り、厨房に入ってオルガを少し手伝う事に。

    今はパンの生地をこねているらしい。小柄なオルガだったが、想像以上に力持ち。私は出来上がった焼き菓子を袋詰めにする事ぐらいしかできない。

    「オルガ、すごいわね。こんな体力仕事とは知らなかったわ。小麦粉の件はもう大丈夫?」

    単純に事実を述べただけだったが、オルガは顔を真っ赤にして照れていた。

    「いや、私こそありがとう。ロゼルに話して解決したからね」
    「でも、よくそんなミスがあったわね」

    私はそう言いながら、何か違和感を持つ。この小麦粉問題は差別から始まったものだと思い込んでいたが、これも村長殺人事件と関係があるのだろうか?

    例えばここの材料費をケチり、ロゼルがポケットマネーにしていた。その事が村長にバレ、突発的に殺した。一応筋は通ってしまう。

    「そうか! アンナの言う通りだね。その可能性はある」

    この推理はオルガも納得。

    「ところでオルガ。ここの税金ってどういう仕組みで入るの?」
    「最初に国から給付金が出て、何やかんやと役所を通して私達のところにくる感じ」
    「何やかんやね……」

    オルガの話を総合すれば、国からのお金も中抜きできるはずだ。

    村長が国からの給付金を中抜きし、ロゼルと山分け。その取り分で揉めて殺人事件に発展。

    「アンナ、すごい推理! こうして考えると、ロゼルが犯人だよ!」

    オルガはキャーキャー言いながら笑っていた。私の推理も楽しくて仕方がないらしい。

    「そうだけど、物的証拠は何もない。これだけでロゼルを疑うのはダメよ」
    「わー、アンナ。本当に探偵みたいね!」

    褒められた。今度は私の頬が赤くなりそうだった。

    ふと、厨房の材料やレシピブックが置いてある机に目が止まった。ここだけ乱雑さがあり、掃除しようと思ったが。

    一枚の手紙が落ちる。そこには、予想にしない言葉があった。「今すぐ閉店しろ! さもなければ放火する!」と。

    これは脅迫状!?

    脅迫状など推理小説でしか見た事がない。手紙から滲む悪意に指先が震えてきたが、オルガはスルー。こんな手紙はよくあるそう。奴隷や元奴隷への差別は、日常茶飯事だと笑うが。

    「そんな。何か被害はない?」
    「ないね。だったら良いのかなって」

    オルガは気にしていないが、私は気になって仕方ない。

    「オルガ、この手紙、もらっていい? あとこういうのが来たら、私にすぐ報告して」
    「え、何で?」

    オルガはパンを捏ねる手を止め、目を丸くしていた。

    「村長殺人事件と関係があるかもしれないわ。ええ、何もわからないけれど」
    「わかったよ! 協力するよ!」

    オルガの屈託の無い声を聞きながら、頷く。

    まだまだ手がかりは揃っていない。何が有力の手がかりか、はたまた何も関係がない事かも不明だ。

    だとしたら、怪しいものは何でも収集しておいた方がいいだろう。

    推理作家の血が騒ぐ。文壇サロンのおじ様達の「推理なんてやめろ」という声は、もう完全に聞こえなくなった。

    推理、楽しい! 大好きだ、もっと推理したい!

    今は自分の心の声がよく聞こえていた。

    4

    オルガの店を手伝っていたら、すっかり陽が暮れてしまった。一応小麦粉以外の材料も確認したが、これには何の異常は無く、この問題も単なる偶然だと主張されたら、否定できない感じだった。

    とはいえ、オルガとはすっかり親しくなり、また工房を手伝う約束をし、別荘に戻った。

    「アンナお嬢様、おかえりなさいませ」

    別荘の玄関ではじいやが待機していた。王都の家でもこんな風に出迎えられていたが、今はなんだかこそばゆい。それに、ダイニングルームの方からはいい匂いがする。たぶん野菜スープの匂い?

    「またクリスが食事の準備をしてくださいました」
    「じいや、また? あの人、暇なの?」
    「さあ、でも、シャルルの件で責任を感じておられるのでしょう。立派な青年です」

    じいやはよっぽどクリスに良い印象を持っているらしい。泣くフリまでして感動を表現している。いけすかないと思っているとは言えない雰囲気。

    とはいえ、今日は一日中動き回った。カリスタの店でも食べてきたくせに、もうお腹が減っている。

    クリスの作った食事には罪はない。こうして私はじいやと共にダイニングテーブルへ。

    すでに夕飯は出来上がっていた。野菜スープはもちろん、サラダもある。メインは肉料理でパンに挟んで食べる形らしいが、どれも美味しそう。デザートの果実もあり、テーブルの上はパッと花が咲いたように明るい。

    「よお、アンナ嬢。俺が作った料理は実にうまそうだろ?」

    嫌味っぽい。胸をはっているクリスにツッコミを入れたかったが、美味しそうな匂いに負けた。昼と全く同じ状況だが、三人でテーブルを囲んで食事することに。

    「クリス、美味しいですよ!」

    じいやは半泣きで喜んでいた。クリスをきにいっているじいやには、違和感は拭えないが、私ももくもくと食べる。確かにパンもサラダも肉も全部美味しく、クリスも全く否定できない。胃袋を掴まされると弱いらしい。ぐうの音も出ない。

    チラリと横にいるクリスを見上げると、目を細めている。偉そうな顔だ。ドヤ顔だ。一瞬イラッとしたが、胃袋がそれを拒否し、私は無言で食べ続ける。

    「ところでアンナ嬢、推理の進捗はどうか?」

    まるで部下に接するようなクリスの言動は、またイラッとしかけたが、なんとか飲み込む。

    「ええ、説明するわ」

    私は今日得た情報は全て整理し、クリスとじいやに報告していた。村人のシャルルの噂、カリスタの事、リズの事、オルガの事などなど話すことは大量にあったが、じいやが書記し、まとめてくれているので助かる。

    ちなみにじいやはシャルルの管理人室の様子や女性ものの服、化粧品についても全部記録してもらっていた。それも完璧に仕上げており、実に仕事ができる執事だ。

    「じいや、全部ノートにまとめてくれてありがとうね」
    「お嬢様の為なら何でもしますよ!」

    大袈裟に喜んでいるじいや。いつもの事だったが、クリスはニヤニヤと笑い、いたたまれない。

    「気になるのは、このオルガって子の店の嫌がらせだな。あと村役場のロゼルって何だ? 村長とも付き合っていた噂があるんか?」

    そんなクリスだったが、じいやが書いたノートを閲覧しながら、何か考え込む。

    「さあ。でもオルガの店は福祉みたいなところでしょ? 村長が国からのお金を中抜きしていたとしても不思議ではないわ」
    「さすがお嬢様! 推理が冴えますね!」

    じいやの過剰な褒め言葉に、話は脱線。結局、お茶を飲みながら、フルーツをつまみつつ、これからどうするべきか話し合う。

    「でも村長がどんな風に殺されたか何も知らないのが一番のネックよ。やはり第一発見者の村長夫人のリズに一番はじめに事情を聞きたいところ」

    私はクリスからノートを取る、考える。どうやら白警団のモイーズは、事件の詳細は公表していない。噂も飛び交い、何が正しい情報かもわからない。やはり犯人を特定する為には、第一発見者のリズに当たるのが最優先。

    「アンナ嬢、お前、おもしれー女だな」

    真剣に考えている私にクリスはまた嫌味っぽい発言。いちいち相手にするのも煩わしくなり、じいやに聞く。

    「でも、リズとはどうやって接触しようか?
    森の家で引きこもっているらしい」
    「そうですね、お嬢様……」

    この第一関門はどう突破しようか。もうテーブルの上の料理は空だ。果実もお茶も減りつつあったが、考え込んでしまう。

    「この村長夫人って旦那を亡くしてショックかもな。犯人の可能性だって十分あり得るが、俺やアンナ嬢のような若いもんが押しかけても、落ち着かないんでは?」

    助け舟を出したのはクリスだった。ゆっくりとお茶を啜りつつ、ノートを捲っていた。

    「もしかしたら、じいや、君が村長夫人に会った方がいいんでは? 君はいかにも人畜無害で優しい。相手も警戒心を解くはずだ」

    クリスはじいやを指名している。

    「わ、わたしですか!?」

    普段は裏方のじいや。こんな風に指名され、あたふたしていた。おでこに汗も出てハンカチで拭いているぐらいだ。

    私はクリスの人選は悪くな気がしていた。実際、私自身もじいやの優しさや存在そのものに癒しを受けている。見た目も大きな羊のような雰囲気だし、引きこもりの村長夫人・リズがうっかり心を開く可能性はあり?

    「それはいいアイデアよ。じいやだったら、みんな癒されてわ」
    「お嬢様! では私が協力されていただきます!」

    じいやは背筋を伸ばし、高らかに宣言。翌日、じいや私二人でリズの家に行くことに。一方、クリスは役所に色々と用事があるから、そのついでにロゼルの噂を聞く事に決定した。

    「うん? って言うかクリス、ここに住まれるの?」

    すっかり忘れていたが、私がその可能性を全く失念していた。

    「おお。というか、ここは俺の別荘だぜ。休暇中はここに住んで悪いかよ?」

    クリスは腹を抱えて大笑いしていた。何がおかしいのかさっぱり不明だったが、じいやも笑い出し、ダイニングルームは、明るい声で満ちる。

    まあ、クリスの言う通りだ。この別荘もクリスのものだ。逆にこちらが使わせて貰っている状態だった。

    クリスの嫌味っぽいところは、相変わらずいけすかないが、しばらくは同じ家に住む家族みたいなものだ。

    それに事件の調査も協力してくれる。料理も作ったくれる。きっと根が悪い人物ではない。

    「クリス、ありがとう!」

    素直にお礼を言うと、彼は珍しく真顔になっていた。いつもは斜に構えたような、本心が見えないような目をしているのに。

    「そうですよ、クリスさん! 本当にあなたは素晴らしい青年です!」

    じいやは相変わらずで、クリスはまたいつもの顔に戻ってしまったが。

    何はともあれ、私には味方がいるらしい。「推理なんてやめろ」と文壇サロンのおじ様達に追放された過去は、嘘みたい。今は辛い過去も瘡蓋がついてる。もう血は流れていなかった。あとは自然にしていれば、綺麗に治るだろう。

    「アンナ嬢、推理して必ず犯人を捕まえろ」
    「ええ。もちろんよ!」
    「お嬢様! 頑張りましょう!」

    明るい声がさらにダイニングルームに響く。大丈夫だ。もう私は一人じゃない。自分を嫌いになる事も、どうでも良くなってきた。

    5

    翌日、朝がやってきた。二階の私の自室にも朝陽が差し込み、実に明るい。今日もよく晴れている。

    私の部屋は別荘の二階、角部屋にあった。別に陽当たりの良い部屋は希望していなかったが、クリスは一階の玄関近くの書斎、じいやは管理人室の近い執事室で寝泊まりする事になり、消去法で私の部屋もそこになった感じだ。

    ベッド、机、クローゼット、ソファなどもあり、窓も大きくゆったりした部屋だ。じいやが掃除もしてくれた為、ベッドもクローゼットも使いやすく整っていた。

    とりあえず二階の洗面室で顔や髪を整え、再び部屋へ。今日の服はどうしようかと悩んだが、あまりにも村娘っぽい服装も合わない。結局、王都の自宅から持ち込んだ一番地味なワンピースにカーディガンを合わせた。王都ではかなり地味な服装だったが、このタラント村では、派手過ぎず、地味すぎず、いい感じに馴染めるかもしれない。

    時計を見ると、少し早く起きすぎたらしい。まだじいやは起きてなさそう。

    という事で、私は王都から持ち込んだ荷物を漁り、ノートや万年筆などの筆記用具を出す。

    推理小説のネタを練る為だ。文壇サロン追放された後だったが、何か新作のアイデアは浮かぶだろうか?

    ノートにいろいろと思いついたテーマを書くが、いつものような本格ミステリは浮かばない。いつもは大好きだった毒物や毒草、鈍器なども色褪せてくる。実際の村長殺人事件に関わっているせいか?

    うんうんと唸りつつも、本格ミステリでない物を書いても良い気がする。

    「あれ? この事件を小説にするって言うのもアリかしら?」

    そんなアイデアも浮かんできた。明るい朝の日差しは私の心までも明るくしてきたのだろうか。

    この事件を小説化するのなら、本格ミステリではない気がした。

    「だったら何かな?」

    本格ではなく、もう少しライトで、村が舞台で、特定の天才探偵が活躍するのではなく、みんなで協力して謎解きするミステリ。小さなコミュニティが事件解決の肝となる。男の推理ではなく、女にしか書けないもの?

    「そう言うジャンルなんだっけ?」

    比較的、男尊女卑がゆるい隣国では、素人女探偵が活躍する推理ジャンルがあった記憶がある。私は本格ミステリ作家希望だったので、興味はなかったが、今は視野が広くなっていた。確かそんなジャンルは、ライトミステリとか、素人探偵ミステリとも言われていたが。

    「もしかしたら、素人探偵ミステリものでもいけるか?」

    我が国では全く存在しない推理ジャンルだが、可能性としてはゼロではない。村長殺人事件をベースに軽くプロットやキャラクターを立てていた。

    主役はカリスタのようなカフェ店長を据え、小さな村で起きる大騒動を書いたら、もしかしたら文壇サロンのおじ様方にも対抗できる?

    こんな推理小説は文壇サロンのおじ様には絶対かけない。また、おじ様方が私の作品を盗作したとしても、作風が違い過ぎて絶対にバレる。

    思わず口元がニヤけるが、まだまだ村長殺人事件も解決していない今は絵空事だ。

    とりあえずノートの書いたものは保留にし、ネタを深く詰めていこう。

    「カリスタっぽいカフェ店長が主役、いいじゃない……」

    そう呟きつつ、窓の方を眺めると、クリスが庭にいるのが見えた。

    じいやが手入れしてくれたとはいえ、まだ少し荒れている庭に、クリスは椅子を出し、何やら物思いに耽っていた。

    その表情はいつもの嫌味っぽさは無い。むしろ、何かに悩んでいるようで気になる。

    思わず私も庭に行き、クリスに声をかけていた。

    「クリス、おはよう」
    「ああ、アンナ嬢か」

    私の姿を確認したクリスは、目をぱちぱちとさせている。まだ眠そう。何かに悩んでいるように見えたが、気のせいだったのだろうか。

    「ところでクリス。あなた、何で別荘提供くれたの? そもそも何でここへ?」

    その謎は考えないようにしていたが、こうして彼と二人きりでいると、不思議で仕方ない。確かに親切心といえばそれまでだが、経営者として天才的な彼が、意味もなく、無駄な行動する?

    だめだ。この謎はなぜか全く解けない。事件の謎だったら、いつまでも考えていたいけれど、今は頭が白くなりかけていた。なぜだろう?

    「お? それは前に言った通りだぞ?」
    「そう」

    クリスは片眉を上げ、また嫌味っぽい表情を浮かべた。

    「アンナ嬢は考えすぎだ。単純な謎もあるもんだ」
    「へぇ」
    「ま、この土地は俺の母が元々持っていた所でもあるな。母方の親戚が住んでいたんだ」

    ここでクリスは咳払い。こほんと小さな音が響く。

    「でもな、母の親戚の息子が行方不明になり、心を病んで長期入院している」
    「え? どういう事?」

    それは初耳だった。

    「二十年ぐらい前の事らしい。まあ、息子は素行が悪いヤツだったらしく、評判も良くはなかったが」
    「そう」
    「子供が帰ってこない親の気持ちはわかるだろう。母も胸を痛めてるってわけさ。親戚といっても姉妹のようだったらしいんだ」
    「そうか……」

    もしかしたら、クリスは行方不明の息子を探すためにここに来たのか。といっても二十年前だ。今更何か手がかりはあるか?

    「息子の行方不明と、村長殺人事件って関係あると思う?」

    クリスはゆっくりと首を振り、またいつもの表情を見せた。

    「考えすぎだ、アンナ嬢」

    同時にじいやの声が庭まで響く。もう朝食の準備はできたらしい。

    「さあ、アンナ嬢。今日も調査をするんだろ? 腹が減ってたら調査なんてできんぞ」
    「ええ。食べるわよ」
    「だったら良い。たんと食えよ」

    二人で一緒に別荘に戻り、ダイニングルームんまで歩く。

    相変わらずのクリスだったが、私と歩く歩幅を合わせてくれた。

    前に村の市場を歩いた時もそうだった。やはり根は悪い人物ではない。

    クリスについても、私は考え過ぎていた?

    そうかもしれない。単に休暇でここにきてうらだけ。ついでに母方の親類の事件も調べに来たという感じか。

    だとすると、筋は通る。何も推理までする事ではない。

    クリスについて考えすぎるのは、しばらく休みだ。きっとその方が良いはず。 


    次回の話
    珏4芹
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    #創作大賞2025 #ミステリー小説部門

     
     
     
    小説書きます。ペンネームは聖書から取りました。クリスチャンです。第三回聖書ラノベ新人賞準優勝受賞作「いのちのパン屋さん」など他執筆中。コージーミステリやライト文芸系を主に書いています。英米のコージーミステリ好き。千葉県在住。イラストはAI作成。

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