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【異世界令嬢コージーミステリ】第2話 作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜

    前回のお話
    1芹
    https://note.com/chisio777/n/n2cb6f6195d8e


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    どんなに状況が悪くても明日がくる。それでも陽が昇る。

    私はシャルルの管理人室で寝過ごしてしまい、窓から差し込む朝日で起きる。時計を見ると、まだ六時すぎだったが、こんな眩しい朝だ。わざわざ現状を考えたりするのも馬鹿馬鹿しい。

    井戸水をくみ、洗面所に持っていくと顔を洗う。井戸水は王都のそれより明らかに澄んでいた。化粧品を塗らなくても、水だけで何とかなりそう。

    じいやも執事室から起きてきて顔を洗っていたが、当然、朝食はない。食糧庫も一応調べたが、調味料とドライバーブ、全く良い匂いのしないお茶類しかない。

    という事で食糧を探しに行く他ない。昨日決めた通り、私が森へ木の実を探し、じいやが川に魚釣りに行く事になった。

    さっそく物置から釣竿、バケツ、バスケットなどを探した。運が良かった。これさえなかったら、かなり崖っぷちの状況だっただろう。

    「そういえばクリスは釣り好きだったはずです。良かったですね、お嬢様」

    じいやは釣り道具を背負いつつ、笑顔だ。

    「そう? 初耳だわ」
    「とにかくお嬢様、今は食糧ですよ。探しにいきましょう!」
    「ええ」

    という事でじいやは川へ、私は別荘の近くにある森へ。

    さほど大きな森でなく、側にある民家もよく見えるような森だ。迷ったり、クマが出る可能性は低そう。

    私はバスケットを担ぎ、どんどん森の中へ。木の匂いや鳥の鳴き声が目立つが、昨日の村人の仕打ちを思い出すと、自然環境の方が幾分優しく見える程だ。

    推理マニアとして子供の頃から森で遊ぶのが好きだった。平時だったら毒草や毒キノコを探しに行きたいところだけど、今は木の実や木苺などをせっせと収集していた。食べられそうなハーブ類も見つけ、毒草や毒キノコも避けられた。

    毒草や毒キノコは採取された形跡はなかった。それどころか人の出入りも少なそうな森。ここで村長殺害の毒を入手された可能性は低そうだ。毒殺かどうかは知らないが、ある程度は検討がつけられた。もしかしたら毒殺ではなく、刺殺、撲殺など暴力性の高い殺害方法の可能性もあるだろう。まずは推理作家として村長殺害方法を調べたいところ。

    「推理なんてやめろ」と文壇のおじ様達に見下されてきたが、何の知識が役立つかわからないものだ。

    もちろん、推理小説と実際の事件は別物だが、今までの私の知識が役立つ時がくるだろうか?

    そう思うと、昨夜の落ち込みは若干減ってきた。文壇サロンのおじ様方を何とかして欺く手段があれば良いのものだ。

    「いやいや、今はおじ様方より、シャルルを探すのが先よね?」

    はっと気づき、顔を上げた時、森の中に看板が立ててあった。

    「何この看板は? え、タラント村ってこんな伝説があるの?」

    看板はタラント村の伝説が記されていた。二百年前、大強盗がタラント村に逃げてきたらしい。盗んだ銀貨をタラント村の土地に埋めたという伝説もあり、今でも銀貨が見つかったら一生遊んで暮らせる程の金持ちになれるんだという。数十年前、この伝説を信じた学者や冒険家だけでなく、盗賊も現れ、少し治安が悪くなった事もあるらしいが、現在は概ね平和な土地で、この伝説も風化しているとか。

    「まあ、所詮は伝説よね。推理小説でもこういう伝説がリアルになった試しはないわ」

    一瞬、伝説を紐解き、埋められた銀貨を探してみたいとも思ったが、今は銀貨伝説より食糧の方が大事だ。それに村長殺人事件の犯人を先に見つけるべきかもしれない。推理作家として、血が騒いでしまうが、毒草や毒キノコの知識をフル回転させながら、食べられるものは何でもバスケケットに詰めていった。

    「あれ、森の奥に家がある?」

    ずんずんと森の中を進んだが、木々に覆われた家があるようだ。

    木造のボロ小屋で不気味な雰囲気が漂っていた。魔女でも住んでいそう。推理作家で変わり者令嬢扱いされている私だが、ホラーは苦手だ。実は子供の頃から怖い話は苦手。

    くるっと右に回れだ。不気味な小屋からは離れた。

    「わぁ、もうバスケットはいっぱいになったわ。早く帰ろうか」

    もう食糧は十分手に入れた。じいやと二人で分け合うと数日は持ち堪えられるだろう。自然の恵みに感謝しつつ、別荘まで歩いていた時だった。

    突然、良い匂いがした。パンかクッキーが焼けるような香ばしい匂いだ。

    確かに木の実などは素晴らしい。今の状況では自然の恵みだが、良い匂いには逆らえない。

    匂いがする方向へふらふらと歩く。思えば昨日、モイーズから貰ったパンや肉料理を食べたきりだった。

    腹の虫がなる。口の中はよだれが出そう。美味しいものを食べたくて仕方ない。

    村人に出くわす危険は重々承知しつつ、良い匂いがする方向へ歩いていくと……。

    小さな小屋があった。小屋といっても屋根にクッキーやケーキ、キャンディのオブジェが飾り付けられ、お菓子の家っぽい。壁もチョコレート色で何とも美味しそうな色合い。

    「タラント村菓子工房って言うの? 何、ここは?」

    看板にはそう書いてあった。こんな森の中に菓子工房があるのは違和感を持った。村の中央部よりは立地が悪いが、気になって仕方がない。

    きっと推理小説だったら、良い展開ではないはず。うっかり犯人と鉢合わせしても不自然ではない。村長を殺害した犯人も見つかっていないだろうが、気になる。

    「もしもし、お菓子を売って下さらない?」

    私はタラント村菓子工房の戸を叩いていた。

    2

    タラント村菓子工房は、その名前の通りの場所だった。

    こじんまりとした小屋だったが、ガラスケースの中にはクッキー、マフィン、ケーキ、チョコレートなどが詰め込まれ、甘い香りに包まれていた。値段も安く、王都だったらきっと倍以上する。確かに見た目は手作り感があり素朴だが、かえって美味しそう。ホームメイド風の菓子類は、日常のおやつタイムにぴったりだ。

    買えるか不明だったが、ちょうど焼きたてのマフィンを並べに来た店員に声がけした。このマフィンの香りも最高で、いつもの冷静さはあまり機能していない。紅茶のマフィンらしく、余計に香ばしい香りが最高なのだが。

    店員は黒い肌の女性だった。おそらく十五歳ぐらいの少女で、白衣や白い帽子をつけていた。店員というより、ここの職人なのかもしれない。

    「このマフィン、くださらない? とても美味しそう」

    私は微笑む。美味しそうなマフィンを目にしたら、顰めっ面などできないものだ。

    「え、え?」

    一方、店員は困惑中だった。昨日の村人のような悪意はなさそう。

    「私、元奴隷ですよ。奴隷の作ったお菓子、大丈夫です?」

    店員の話を聴きながら困惑の正体がわかった。

    我が国では奴隷or元奴隷はずっと差別されていた。特に内戦中の周辺国から我が国に逃げてきた奴隷は、ろくな仕事につけない。肌の色などでもいじめられたりする。

    男尊女卑で差別的な我が国だったが、周辺国が絡む問題には敏感だ。近年では奴隷保護もされるようになり、こうした菓子やパンの工房で仕事を提供する事になっていた。簡単にいえば福祉だ。この工房も営利目的ではなく、税金で運営されているのだろう。

    それでも差別はそう簡単に消えるものではない。この工房も差別されているのだろうか。無邪気に私が買い物に来て困惑中?

    「いいのよ。実は私、事情があってこの辺りに住む事になったの。アンナというわ。よろしくね。というか、ここのマフィンもクッキーも全部美味しそう!」

    私があまりにも好意的な態度をとったからだろ。店員はふっと笑顔を見せ、好意を示してきた。名前はオルガ。年齢は十五歳だが、職人としてはベテランで、ここの工場長でもあるらしい。今日はたまたまシフトの関係でオルガしかいないという。

    「一人でこんなに作ったの? えー、すごい。オルガ、天才では?」

    単に感想を言っただけなのに、オルガは目をキラキラさせていた。今にも泣きそうだったが、一体なぜ?

    「実は最近、売り上げが悪いんだ。一生懸命作っているのに、うちのクッキー食べたら、赤いポツポツができたって言われて。また昔みたいに差別されたら……」

    オルガは小猫のようにプルプルと震えている。

    「赤いポツポツ? ねえ、オルガ。材料はどうしている?」

    オルガに頼むと工房の裏手にある材料庫を見せてくれた。暗く、直射日光も避けられてる。清潔感もあり材料管理自体は適正だが。

    「材料は役所の人が全部仕入れてくれるシステムです。お金の管理もそう。半分は福祉施設だから」
    「そうなのね」

    オルガの話を聞きつつ、やはりこの菓子工房は普通の営利目的の店ではなさそうだと察するが、材料庫にいたら何かピンときた。

    去年、推理小説を書くために腐った食品の危険性を調べた事がある。

    時に古い小麦粉はダニなどが入りやすく、食べると肌に赤いポツポツができるらしい。酷い場合は死ぬ事も。

    「ちょっと、オルガ。小麦粉は見せて?」
    「ええ、どうぞ」

    小麦粉の匂いや見た目は通常だった。問題なのは、見た目や匂いでは古い小麦粉かどうか分からない事だ。去年私が書いた推理小説では、このトリックを使い、うっかりミスに見せかけた小麦粉殺人事件を書いた事など思い出す。

    同時にこの小麦粉の袋をチェックすると、なぜか消費期限の表示がない。

    「オルガ、小麦粉の消費期限は?」
    「実は役所の人が全部管理しているんです。一定期間になると、役所職員のロゼルが全部廃棄しに来るというシステムで。その代わりに入荷も同時にしてくれますが」

    なるほど。本当に福祉施設らしいシステムだったが、ここで取り扱っている小麦粉は古いものか質が低い可能性が高い。

    私は古い小麦粉の危険性などをオルガに全部教えた。もしかしたら、材料の管理は人任せにせず、自分達で管理した方が良いかもしれない事も。奴隷の身分として差別されているか、雑に扱われている可能性も高いが、それはオルガに黙っておいた。

    「えー! そんな古い小麦粉って危険なんですか!」
    「ええ。気をつけた方がいい」
    「そっか。後でロゼルに言っておく」

    小麦粉問題は解決?

    「ありがとう。でもアンナ。なんでそんな事に詳しい?」

    オルガは小麦粉の袋を閉じると、再び困惑し始めた。

    確かに二十歳そこそこの私のような女が知ってる事では無い。推理小説書いて得た知識だ。こんな事、オルガに言ったら笑われる?

    「推理なんてやめろ」。

    文壇サロンおじ様方の声は頭の中で響く。今にもリアルになりそうな声だったが、始めて誰かの役に立てたような気がした。

    「実は私、王都に住んでたんだけど……」

    ついつい口を滑らせていた。王都で「A」という筆名で推理作家をしていたから、と。

    「え!? アンナって作家さん!? すごーい!」

    オルガの反応は私の予想とは真逆だった。

    「だから小麦粉の謎も解けたんだ。推理ってすごい!」

    褒められてしまった。こんなに褒められたのも初めてかもしれない。目頭が熱くなってきた。頭の中の「推理なんてやめろ」という声は聞こえなくなった。

    「ありがとう、アンナ! 友達になろう!」

    代わりに聞こえて来たのは、優しい声だった。お菓子作りのレシピブックまで貰ってしまう。

    ジ・エンドではないはずだ。追放先でも友達は出来るらしい。

    私、この土地では推理してもいいみたい?

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    「そう、小麦粉に問題があったのね。では、さっそく調査しますから……」

    その後、オルガと一緒に役所に向かった。役所は、二階建ての木造施設で、規模は大きくない。タラント村の中央部から外れた場所にあり、あの森から徒歩で数分の距離だった。別荘からも近い。役所に入るとすぐに二階にある福祉課という場所に案内され、職員のロゼルが対応していた。

    ロゼルは、すぐに対処してくれるそうで、オルガを連れて工房まで行ってしまう。

    ロゼルは真面目そうな雰囲気の若い女だったが、対応は早かった。田舎の役所などに期待はしていないので、意外だった。

    こうして一人残された私は、約所を後にしたい。役所の雰囲気は良くなかったからだ。福祉課周辺は手不足のせいか、怒号が飛び交っているし、順番待ちの村人も明らかにイライラとした様子だった。

    それに役所の一階に降ると、亡くなった村長の追悼コーナーも設置されており、雰囲気は一層暗い。

    村長の絵姿を見る限り、初老の男だ。年齢はじいやと同じぐらいだったが、頭は禿げ上がり、ほとんど髪がない。目も鋭く、背も低めでじいやの雰囲気とは正反対だ。

    それでも村人想いだったのは確からしい。男尊女卑にも心を痛め、女性にも選挙権や立候補権を与えた歴史物語も展示されていた。他にも奴隷や元奴隷の福祉施設作り、ホームレスをゼロにした運動の軌跡なども展示され、これだけ見ると、人に恨まれるタイプではなさそう。

    また、村長はロマンを愛していたらしい。タラント村の歴史も熱心に収集し、銀貨の宝物伝説も興味があったとか。近いうちにあの森も発掘調査も行う予定もあったらしい。

    展示は「誰からも愛されたタラント村村長、ありがとう!」というポスターで締めくくられ、花もたくさん飾られていたが、事件の詳細は一つもない。どういう状況で村長が殺されたかは全くの不明だった。ましては犯人の似顔絵などもない。おそらく白警団は犯人の似顔絵作成までには至っていなさそうだ。白警団のモイーズとも会っていないが、あの様子ではろくに事件調査ができていないのだろう。

    こうして役所から出ようとしたが、村人の視線が痛い。不躾にジロジロと見られるし、まだ私は疑われているらしい。

    一旦、女子トイレに逃げ込んだ。これで少しほっとしたが、女子トイレでは事務員達が噂中だった。

    「ロゼルって村長秘書もやってたんだよねー?」
    「そうだよ。っていうか、今は福祉課にいる
    けど、まあ、都合いい何でも屋だよねー」
    「ねえ、知ってる? ロゼルって村長と付き合ってた噂あるんだよ」
    「えー、本当!? 三十歳ぐらい年の差あるやん!」
    「だよねー。それにしても村長が殺されるとはねぇ。こんな平和な村で」
    「ま、二十年前に行方不明者が出たけど、それっきり事件なんてないよね」
    「だよねー。でもその当時、王都から白警団も来たらしいよ? けっこう大掛かりの調査したらしいけど、何も出てこなくて幽霊や妖精が誘拐したんじゃねって噂が」
    「マジ?」
    「うちの婆ちゃんとかギヨームが言ってた。噂だけどね、ギヨームってオカルト大好きだよね」

    トイレではずっと女性事務員が噂をし続けていた。推理作家の私としては気になる情報もあり、一応頭の中でメモを取りつつ、トイレから出た。

    村長が役場職員のロゼルと関係があった?それに二十年前の事件とは?

    女子事務員の噂とはいえ聞き逃せない。推理作家の血が騒ぐ。

    本来なら噂を収集し、聞き込みしたいところだが、我慢だ。今の私の立場ではとても聞き込みなどはできない。

    そう考えつつ、役場から出た時だった。

    役場の周辺はハーブ畑や子供用の小さな公園もあり、呑気な雰囲気があるが、なぜか私は村人に取り囲まれてしまう。

    「あんたが村長を殺したんだ! 許せない!」

    昨日、市場で見かけた村人らしい。村長のファンみたいだ。確かにあの展示物を見る限りは、村長の熱烈なファンがいてもおかしくない。

    何人にも取り囲まれ、身動きが取れない。これだけでも大変なのに、昨日、水をぶっかけてきたカフェ店長も登場。

    三十歳ぐらいで大柄のカフェ店長だ。そばかすが浮いた肌は親しみやすく、平時だったらお姉様として仲良くしたい雰囲気だ。

    名前はカリスタという。長年の村長ファンで、女性に参政権を与えてくれた村長に尊敬しかないらしい。

    気持ちはわかる。同じ女として男尊女卑世界は生きにくい。参政権も普通に無い地域の方が我が国では多い。私がいた王都でもそうだった。参政権だけでなく、文壇サロンでも男尊女卑で追放されたわけだが。

    「許せない! あんたが村長を殺した!」

    しかし、カリスタはもっと激昂中。冷静な性格の私は、カリスタの表情や声を観察していたが、それが余計に彼女をイライラとさせたらしい。

    「あのね、カリスタ。私を疑っているなら、客観的な証拠を示して欲しいわ。推理小説で根拠もなく疑ってたら、校閲と編集部から赤がつくわ」
    「は? あんた何言ってるんだ!」

    カリスタは余計に激昂中。オルガには推理で味方になって貰ったが、そう簡単に行かないらしい。むしろ敵を作っていた。

    消えたはずなのに、また頭に響いてくる。「推理なんてやめろ」と。やっぱりこんな私は好きじゃない。大好きなものをずっと否定されてきた私は、自分が上手く好きになれない。自分の事が嫌いになりそう。自己嫌悪で胸が苦くなってくる。

    カリスタの前でも下を向く。本当はこんな弱い部分を見せたらダメなのに。

    「何とか言ってよ! あんたが村長を殺したんだ!」

    その上、カリスタの絶叫で耳がキンキンと痛い。思わず耳を塞いだ時、よく知ってる声が響いた。

    「アンナ嬢、助けに来たぞ」

    低く落ち着いた声だった。

    「俺はクリス・ドニエだ。この名前は分かっているよな?」

    クリスは自分の名前だけでカリスタ達を封じ込め、あっという間に退散させた。整ったルックスには似合わず、声にはドスがきき、目も据わってる。カリスタは息を飲み込み、あっという間に退散していく。

    私とクリスが二人きり。背の高いクリスを見上げる形になったが、彼は自尊満々に微笑む。もう目は通常モードに戻っていた。

    王都にいる時のように仕立ての良いスーツを着込み、金色の髪の毛は綺麗にセットもされている。これ以上無いぐらい清潔感あふれるルックスだったが、目は違う。目だけは、私をちょっと小馬鹿にするみたいな色合いだ。

    「クリス、何で来たの?」

    確かにあの別荘はクリスのものだが。

    「仕事が思ったより早く終わったから。あー、天才経営者は辛い。すぐ仕事終わるしな、久々に休暇とったわけだよ」

    嫌味っぽい声だが、事実なので笑は何も言えない。事実、名前だけで村人を追い払えるぐらいの地位は持っていた。

    「とりあえず、別荘行くか?」
    「ええ、そうしましょう。事情は後で説明するわ」

    クリスは味方かどうか不明だ。王都にいた時も特に親しくなく、どうも小馬鹿にされていたが、今だけは助けられたらしい。

    ジ・エンド?

    そうは思いたく無い。しかしクリスの存在は私にとって謎なのだ。

    4

    若き天才経営者と呼ばれるだけある。クリスは何でもできるらしい。

    ちょうど魚を釣って戻ってきたじいやとも別荘で合流。

    クリスは魚をテキパキとさばき、塩やハーブで調理もこなし、あっという間に昼ごはんを作ってしまった。私が森で採取した木苺も潰し、ジュースまで作っている。

    あまりの手際の良さに私もじいやも呆気に取られたが、お腹は減っていた。時計を見ると昼過ぎだ。仕方ない。じいやもお腹が減り過ぎていると涙目だし、クリスの世話になる事に。

    管理人のシャルルがいない別荘は、全体的に誇りっぽかったが、家具類には全く異常はない。一階のダイニングルームの窓を全開にし、三人でテーブルを囲んでいた。

    魚料理と木苺のジュースだけで、正直炭水化物が欲しいところだったが、今は何でも美味しい。じいやもあっという間に完食し、クリスを褒め称えているぐらいだ。

    一方、クリスは満更でもないようで「料理なんて朝飯前さ」と胸をはるぐらいだった。

    私は木苺のジュースをコクコクと飲みながら、考える。

    目の前にいるクリスは、相変わらずルックスが良い。田舎の別荘にいるせいか、白シャツに綿パンというラフな格好の癖に、髪は綺麗にセットし、清潔感は漂う。目鼻立ちも整い、王都の貴族令嬢達が夢中になるのは理解できるが、なぜ田舎へ?

    木苺のジュースは酸っぱい。考えていると、さらに酸っぱい気分になってくる。

    さっきは仕事が早く終わり、休暇だから来たと言っていたが、謎だ。シーズン中の夏ならともかく、春に別荘に行くものか? しかもこんな観光資源のないタラント村に。

    そもそも別荘を提供してくれた事も謎。私の父もクリスと同業者だ。ビジネス上の利害関係があったと思うのが妥当だが、「縁談」という言葉が頭に浮かぶ。父がそんな話題を提供した事も全くあり得なくはない。

    考えれば考えるほど、クリスが謎。謎がある所には推理したくなるが、ろくな答えが出そうにない。私は思わず無言になりつつ、クリスの顔を見てしまう。

    一方、じいやはクリスが好きらしい。クリスに笑顔を向けて雑談中。私が特に説明しなくとも、じいやが濡れ衣の件、村人迫害の件、シャルル失踪の件を説明してしまっていた。

    「ほぉ。このタラント村で村長が殺されシャルルも失踪中か」

    クリスはなぜかニヤニヤ笑いながら、状況を把握。軽くメモを取ると、私の目を軽く覗き込んできた。クリスの澄んだ蒼い目は、冷静そのもの。余裕すら見て取れる。私とじいやが食糧探しにも苦労した事は、クリスにとっては笑い事か。

    やはりわからない。別に喧嘩などはしていないが、クリスの行動原理が読めない。若き天才経営者が考えそうな事は、推理作家の私でも難しい。

    「シャルルについては何か知りませんかね?」

    じいやは皿を片付けると、クリスに尋ねていた。

    「いいや、知らんね。俺もうっかりしていたが、ここを買ったとき、全部シャルルに任せていたから」

    クリスは意外と素直に自分の否を認め、じいや に誤っていた。私に謝らないのには、カチンとしたものだが、一応謝罪はできるらしい。そんな所もスキがなく、私はさらにクリスが苦手になってきた。

    「ふっ」

    何がおかしいのか、また私を見ると笑っている。この余裕たっぷりの態度が苦手。私より五歳ぐらい年上なので、別に余裕があってもおかしくは無いが。

    「そもそもクリス、何でここへ? 休暇だったら、もっと楽しい所でしたら?」

    一方、私は全く余裕などない。声にトゲを含ませつつ、クリスに聞いた。

    「そうですよ。クリス、お忙しいのでは?」

    じいやはクリスの優しい声。唯一の味方までクリスに優しいとは、何とも複雑。

    「いや、俺の会社は、部下に任せる仕組みづくりしているからね。実務は特にそうさ。経営者というのは作業員じゃなく、リスクを取るのが仕事さ」

    ちょっと顎を上げているクリス。偉そう。だが、言葉と態度は一致してる。

    「それにシャルルや村長の噂はこっちのまで届いた。さすがに別荘を貸した手前、責任を感じたというのはあるね。アンナ嬢、すまない」

    私は声が出ない。素直に頭を下げられると、クリスに嫌な印象を抱いていた私が悪いみたいではないか。

    思わず口籠もる。確かにクリスは苦手だが、根から悪人ではない。推理作家の観察眼を総動員して判断すると、話せば分かるタイプだ。それに別荘を提供してくれたのも、単なる親切心かもしれない。父はクリスのことを「部下や従業員思いの男だ。庶民出身だけあり、心根はまっすぐ」とも言っていた。

    「いえ、クリス。謝らないで。別荘提供、こちらこそ感謝しますわ」

    私も頭を下げると、この場は和やか。じいやと共にクリスと談笑していくが。

    クリスは突然、何かに閃いたらしい。ちょうど話題が私のデビュー作「探偵公爵の優雅な推理事情」に変わった時だった。

    「そうだ、アンナ嬢。君は推理作家じゃないか」

    クリスはポンと手も叩いていた。

    「本格推理作家じゃないのか? だったら、君が推理して村長殺人事件を解決するんだ」

    はっきりと断言までしている。

    「そうですよ! お嬢様、探偵になりましょ!」

    じいやまでクリスに乗ってきた。

    「そ、そうは言っても」

    確かに推理はしたい。オルガのために小麦粉の謎を解いた時は楽しかった。シャルルの行方だって気になる。しかし、今の村人の様子で、聞き込みなんてできる?

    特にカリスタが私の話を聞いてくれるなんて無理。私が真犯人だと思い込んでいる。

    「できるぞ。アンナ嬢なら謎が解ける」

    クリスの声は、さっきまで私を馬鹿にするような態度が消えていた。むしろ、どこか期待をかけているような声。

    「そうですよ! お嬢様だったらできます!」

    じいやも似たような声をあげる。

    「アンナ嬢、推理しろ」
    「お嬢様、推理してください!」

    重なった二人の声が耳に響く。

    王都では「推理なんてやめろ」。一方、タラント村では「推理しろ」。

    ダブルバインドに頭が痛い。つまり板挟み状態って事だ。

    それでも、頭に文壇サロンのおじ様達の顔が浮かぶ。

    あの屈辱的な追放を思う出していたら、武者震いしてきた。手の平は汗が滲み、心臓もバクバクと煩かったが、なぜか緊張はしていない。ワクワクと胸が弾む。

    「そうね。推理しましょうか?」

    二人とも笑顔で頷く。じいやの笑顔は見慣れたものだが、クリスのそれは珍しい。

    しかも目を細め、優しい笑顔だ。クリスのこんな笑顔に困惑するが、決意した。

    「ええ。村長を殺した犯人を必ず見つけ出すから」

    5

    お昼ご飯の後、私とクリスは歩いていた。川沿いの道は、このままずっと南に進めば、村の中央部につくだろう。

    川では釣りをしている村人もいたが、少数らしい。釣竿をもちつつ昼寝している老人の姿もあり、誰も真剣に釣りなどしていない。

    川辺には野鳥も集まり、春の風は爽やかに吹き抜ける。村長が殺されたなんて嘘みたいに平和だ。

    「本当に村人のいる市場へ向かう? 迫害されるわ。聞き込みなんてできる?」

    私は隣を歩くクリスを見上げる。背の高いクリスは私と身長格差がある。私も一般的な小柄体型のため、クリスと話す時は見上げて話さないとならず、少々面倒。

    本当はじいやも連れて来たかったが、埃っぽい別荘の掃除を任せた。シャルルがいないお陰であらゆる所に影響が出ていたが仕方ない。

    「まずは聞き込みだろ? 実際、何もわかっちゃいないんだから」
    「そう? でも村人がやすやすと教えてくれるかしら?」
    「アンナ嬢、だったら白警団行くかい?」

    先程は一瞬優しい表情を見せてきたクリスだったが、今は違う。蒼い目はやっぱり私を小馬鹿にしたように冷たかったし、声色も鼻にかかってる。

    「そういや、俺が経営しているレストランも、白警団が無能で困った時も。クレーマー客のい言い分を何の証拠もなく聞いてしまい、あやうく営業停止になるところだった」
    「え、クリス。そんな事があったの?」
    「ああ。客が皿にネズミが入っていたと虚偽の証言をした。実際はそんな事はなかった」

    クリスの目はさらに冷めていた。よっぽど白警団には良い思い出がないのだろう。

    「有能な俺からしたら、白警団はかなり使えない。終わってると言っていい」
    「ぜいぶんと辛辣ね」
    「だからこそだ、アンナ嬢。白警団に頼るなよ。おそらく自分で犯人を探した方が早い」
    「そうね」

    それについては同意だ。濡れ衣を着せてきた時の態度や言葉を思い出すと、とてもじゃないが、信頼はできない。

    「珍しく気が合うな」
    「ええ。全く気が合わないと思ってたわ」

    こんな会話をしつつ、私達はあっという間に村に中心部に到着。

    広場は農民や子供達が休憩し、賑やかだ。村上役場のような暗さはなく、田舎らしい呑気な空気に満ちていた。王都出身の私とクリスは浮いている。二人とも服装は慎ましくしていたが、立ち振る舞いや小さな仕草までは村人風にできない。根っからのものが出てしまう。

    「大丈夫だ、アンナ嬢。そう、不安がるな」

    私はそれだけでも不安だったが、クリスは逆。村人と同調しない。むしろ堂々と広場を歩いていた。

    「堂々としろ。我々、経営者は交渉の時も堂々としている。胸を張れ。怖がるな。少しでも弱い所を見せたら、相手に負ける。隙を見せるんじゃないぞ」

    隣にいるクリスは言葉通りの態度だった。思わず私も背筋を伸ばし、指先に力を入れた。

    その効果はあったか不明だが、広場では何の迫害も受けず、無事に通り抜ける事ができた。

    「あれ? おかしいわ。村人達から何の迫害もなかったわ」
    「だろう? アンナ嬢、経営者は強気が大事だ。よく覚えておくといい」

    またもや胸をはるクリス。嫌味ぽっさはあるが、クリスの言う事に間違いは無さそうだ。

    少しだけクリスを見直したいものだ。確かに父が言う通り、根は良い人なのだろう。こんな調査にまで付き合ってくれるのは、単なる善意だと信じたい……。

    そう、一瞬だけクリスを見直していた訳だが、広場から市場に入ったら、クリスは全く違う態度をとっていた。

    市場の人達は私を疑っているらしい。相変わらず不躾な視線を向けられたが、クリスは余裕で微笑み、市場の果物屋に近づいていた。

    果物屋は昨日、私達に嫌な態度をとってきた。特に主婦らしい雰囲気の女性店員は、今日も私を睨みつけていたが、クリスは余裕だった。

    まるで舞台俳優のように堂々とし、女性店員に近づくと、キラキラとした視線を向けていた。

    クリスの容姿は無駄に整っている。王都でも令嬢達のハートを鷲掴みにしているような男。田舎の果物屋の店員など赤子の手を捻るようなもの?

    「え、ええ……」

    女性店員は顔を真っ赤にさせ、クリスの顔を見つめてる。その上、林檎、木苺などの売り物もどっさりとクリスに与えているんだが……。

    「お兄さん、かっこ良いからおまけ!」
    「ありがとう。店員さんも素敵だね」

    歯の浮くようなクリスのセリフ。私はゲンナリとしてしまう。こんなルックスのお世辞言葉だけで食べ物をゲットしていいのか?

    しかし、クリスのおかげで食糧が手に入ったのも事実。一緒にいる私は、ここでは親族という事にすると、村人達の態度がまるで違う。とたんに好意的になり、果実だけでなく、野菜、肉、パン、パスタ、豆、塩まで無料で貰ってしまった。

    なぜか、この瞬間にクリスが目配せもしてきた。どういう事かと不明だったが、すぐにピンときた。この瞬間を上手く活かせという意味なのだろう。

    察した私はすぐに身を乗り出す。このチャンスを逃すわけにいかない。

    「あ、あの! 実は私、昨日村にやってきたんですが、どういう事です? どうして村長は殺されたんですか!? 何があったんですか!?」

    必死に村人に質問していた。汗も出てきた。声も枯れる。想像以上に聞き込みは大変そう。

    私が書いた推理小説では、天才探偵が複雑なトリックを見破る話が多い。本の知識からトリックのヒントを見つける事が多い。こんな泥臭い聞き込みするシーンなど一行も書いた事がない。

    それでも嬉しい。紙の上では推理は難しそうだが、現実だったら出来るから嬉しい。

    「お願いです! 何でも良いから教えてください!」

    必死に頼み込む私。でも心は逆に楽しくて踊ってる。今は推理ができる。推理、楽しい!

    そんな私にクリスはまた笑っていたが、どうでも良かった。

    とにかく今は推理ができる!


    続きのお話
    珏3芹
    https://note.com/chisio777/n/nc869d6ed93ca

    #創作大賞2025 #ミステリー小説部門


     
     
     
    小説書きます。ペンネームは聖書から取りました。クリスチャンです。第三回聖書ラノベ新人賞準優勝受賞作「いのちのパン屋さん」など他執筆中。コージーミステリやライト文芸系を主に書いています。英米のコージーミステリ好き。千葉県在住。イラストはAI作成。

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