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【連載】 『初恋』 第3章「秋葉原」

    ※本文 約7,400字(読了目安:約15分)


    ある土曜日。御茶ノ水の神田川を見下ろす古いファミレス。窓の外では中央線のオレンジ色の車体が、初夏の陽光を反射して走っている。

    僕たちは久しぶりに五人で集まった。大学や専門学校に入ってからというもの、顔を合わせる機会は確実に減っていた。それぞれの時間が、それぞれの速度で進み始めているのを、否応なく感じさせられる。それでも、こうして集まると、不思議と時間は巻き戻る。高校時代となにも変わらない距離感で、冗談を言い合い、笑い合える。いや、それこそ、幼稚園から高校までずっと一緒だったのだから、もはや家族みたいなもの。当然と言えば当然なのだろう。

    ただ、そういう中でも、それぞれの関係には変化があり、流れる空気は確実に「大人」へと変質していた。

    達也と香、聡と結衣。二組はそれぞれ付き合っている。傍から見ても安定していて、このまま結婚まで行くだろうと思えた。思った通りであり、なにより、願ったとおりだった。

    「響、おまえ、まだ彼女できないの?」
    達也が、ドリンクバーのコーラを飲みながら、からかうように言った。

    「まさか、本当に女の人に興味がないってわけじゃないよな?」

    「“まさか本当に”って、なんだよ」
    僕は苦笑しながら肩をすくめた。
    「そんなこと、一度も言ったことないだろ?
     僕だって、彼女がいたらいいなとは思うし、いつかは結婚したいとも思ってるさ。
     でも……この人だ、って思える人に、まだ出会ってないだけだよ」

    「そんなの、おれだってなかったぞ」
    聡が何気なく言った瞬間、隣にいた結衣が、無言で彼の頬をつねった。

    「ちょっと、それどういう意味? 私とは、惰性? 腐れ縁? 成り行きってこと?」

    「い、痛いよ、結衣。ち、違うって!」
    聡は慌てて弁解する。
    「結衣はおれにとって、そんなんじゃなくて……。その……なんて言うか……もう『おれの一部』なんだ。空気と同じで、近くにいるのが当然。いないと生きていけない存在。それがおれの答えだよ」

    照れくさそうに答えたが、なんだか、聡らしい答えだった。

    「よし、赦す!」
    満足げに手を離す結衣と、赤くなった頬をさする聡。そのやり取りを見て、達也が「おまえら、ほんと変わらねえな」と冷やかした。

    「そういう達也と香はどうなのよ?」

    結衣がにやりと聞く。

    「おれたちは……な、香」
    達也は一瞬だけ言葉を探し、
    「まあ、大人だからな」

    「なにそれ」
    香は吹き出したあと、少し照れたように言った。
    「実はね……。私たち、卒業したら結婚するんだ。昨日、達也が言ってくれたの」

    一瞬、空気が止まり、テーブルが歓喜に沸いた。

    「結婚かー!」
    「おめでとう、香!」
    「達也、香を泣かせたら、私が承知しないからね!」

    「へいへい、姉御殿」

    祝福の輪の中で、僕は少しだけ、胸の奥が静かになるのを感じていた。羨ましさではない。置いていかれる感覚でもない。それぞれの人生が別のフェーズに入ったのだという、淡い実感と言ったらいいだろうか……。そして、そのことがシンプルにうれしかったのだ。

    だって、もしかしたら、達也は、高校二年の初夏のあの日、あのとき、電車に轢かれて命を落としていたかもしれなかったのだから。そしたら、今、達也と香のこんな幸せそうな笑顔を見ることはできなかったのだから。

    そう思ったら、胸の奥がきゅっと縮むような感覚に襲われ、なんだか、いろいろな感情がこみ上げてきて、泣きそうになってしまった。

     

    「そういえば、響。まだその指輪してるんだな」
    「“Five minutes man”!」
    「おー、五分男!」

    「マニアックな伝説のレアアイテム!」

    「あ、ああ。まあ、外れないしな」

    四人の笑い声が響くが、もう否定する気にもならなかった。まさか、自分では外せないとも言えないし。

    ファミレスで、ランチを食べながら、ゆっくりと、久しぶりの交わりを楽しんだあと、僕たちは秋葉原へ向かった。壊れてしまったパソコンの代わりを、中古で探すつもりだった。付き合わせるのも申し訳ないので、一人で行くつもりだったのだが、

    「アキバかー、久しぶりだな」
    「おれも」
    「じゃ、みんなで行こっか」

    そんな流れで、結局、五人揃って向かうことになった。

     

    秋葉原駅を出た瞬間、空気が変わる。電子音、呼び込みの声、アニメの主題歌。視界いっぱいに広がる看板と人波。

    電気街口を出ると、「TAMASHII NATIONS TOKYO」が目に入ってきた。

    「ここって、ガンダムカフェがあったのにな」

    達也がつぶやくと、香が言った。

    「私は、AKB48カフェがあったのを、なんとなく覚えてる」

    「でもさ、いまだに『電気街』って表示されてるの、逆にすごいよな」

    聡らしい視点だった。結衣が駅前の大型ビジョンを見上げて言う。
    「いっそ、もう『アイドル街』とか『アニメ街』でよくない?」
    「確かにな」

    そんな話をしながら「TAMASHII NATIONS TOKYO」の前を通り過ぎて、僕たちは秋葉原UDXへと続く長いエスカレーターを上がった。

    二階の歩行者デッキ、「アキバ広場」に差し掛かったとき、空気を震わせるような重低音が響いてきた。

    「わ、すごい人!」

    香が声を上げた。広場には、黒山の人だかりができていた。中央には仮設のステージと大型のスピーカーが設置され、その周囲をイベント運営が用意した金属製の柵が囲っている。

    「みなさん、こんにちは~! 琴音です!」

    名前を聞いた瞬間、香が声を上げた。

    「え、琴音じゃん!」

    「今日は私の新曲プロモーションに来てくれて、本当にありがとうございます!
     短い時間ですが、どうぞ楽しんでいってください。一緒に盛り上がりましょう!」

    凛とした、けれど、どこか透明感のある少女の声がマイク越しに響いた。達也が興奮したように人混みの隙間から爪先立ちになる。

    「琴音? だれ、それ」

    僕が聞き返すと、香があからさまに呆れた顔をした。

    「響、本気? 最近すごい人気のシンガーソングライターだよ。路上ライブから火がついて……。去年、映画の『いつか、この空の下で。』ってあったじゃん。あの主題歌を歌ってた子」

    「あ~、その映画なら、タイトルだけ知ってる」

    「琴音は、おれらと同い年で……。そういえば、響と同じ大学なんじゃないか?」

    「えっ、そうなの?」

    自分と同じ環境に、そんな輝かしい人間がいることに驚いた。

    「自分の大学の有名人も知らないの? 響ってば、ほんとに女の子に興味ないんじゃないの?」

    ため息をつきながら結衣がツッコんできたが、少し見ていこう、という達也の提案で、僕たちは人混みに混ざった。肩と肩がぶつかり、だれかのリュックが腕に当たる。

    ステージの上に立つ彼女は、同じキャンパスにいるはずの大学生とは到底思えないほど、遠い場所にいる人間に見えた。

    彼女がギターを爪弾き、歌い始める。その瞬間、秋葉原の喧騒がふっと遠のいた。少し低めで、切なさを孕んだ歌声。不思議なくらい、まっすぐ胸に届く声だった。歌詞と旋律と声が、きれいに重なって、心の奥に静かに染み込んでくる。

    ずっと聴いていたい──

    そう思った、そのときだった。

    ギターの弦が、不協和音を立てて止まった。歌が、途切れた。

    「……え? なんだ?」

    突如、歌声が鋭い悲鳴に塗り替えられた。空気が一瞬で変わったのがわかった。怒号とざわめきが、一気に噴き上がる。ただ事ではなかった。

    「包丁だ! 男が暴れてる!」

    「包丁?」

    僕は耳を疑った。

    「警備員が切られた!」

    「キャアアアア!」

    混乱が爆発するように広がった。

    「やめろ!」

    だれかの怒号。視界の先は人混みで見えない。けれど、高校生だったあのときと同じように、達也が人混みをかき分けて前へ出て行こうとしている。

    「琴音を狙ってるみたいだ!」

    「あれは、ヤバい!」

    そんな声が聞こえた。一瞬、琴音に向かって、男が包丁を振り上げた様子が見えたような気がした。背中を、冷たいものが走った。

    反射的に、僕は指輪を回していた。

    (戻れ……頼むから、戻ってくれ!)

    世界が、水中に潜ったときのように青く濁り、反転する。同時に、腕時計のストップウォッチをスタートさせる──何度か指輪の力を試しているうちに考えついた方法だ。体に染み込んでいた。

    琴音が二曲目を歌い終えようとしていた瞬間に戻っていた。周囲はまだ、平和な熱気に包まれている。達也たちは楽しげにリズムを刻んでいる。

    残り五分。

    (あと四分半ほどで、男が来る!)

    僕は狂ったように人混みに飛び込んでいった。

    「すみません! 通してください! 急いでるんです!」

    「おい、押すなよ!」

    肩がぶつかる。露骨にいやな顔をされた。苛立った観客に舌打ちされ、突き飛ばされるが、かまってなどいられない。一分一秒が、だれかの命の灯火かもしれない。

    ストップウォッチの数字がものすごいスピードで時を刻んでいく。「すみません、すみません」と謝りながら、必死に人混みをかき分け、かき分け、ようやく最前列の柵まで辿り着いた。

    あと二分。
    犯人はどこだ。そもそも、どんな格好をしているのかも、どこから現れるのかも、僕にはわからないのだ。探しようもなかった。そんな時間もない。

    近くにいる警備員やイベント関係者に伝えても、信じてもらえるはずがない。

    あと一分。

    (このままじゃ、間に合わない……。どうする? どうすればいい?)

    「ええい、もうどうにでもなれ!」

    僕は金属製の柵を乗り越え、聖域であるはずのステージへと飛び出した。

    「ちょっと、君! なにを……!」

    スタッフの制止を振り切り、僕は、ギターを肩から下げて歌っている琴音の目の前に立った。彼女と、目が合った。驚き、息を呑む顔。大きな瞳が揺れている。

    次の瞬間、音楽が止まり、警備員とスタッフが一斉に押し寄せる。

    「なんだ、おまえ! 伏せろ! 取り押さえろ!」

    「不審者確保!」

    警備員の怒号。あっという間に、僕は数人の警備員によって床に押し倒されていた。床に顔を押し付けられながら、周囲を確認した。琴音が関係者に囲まれて避難していく。

    ──防げた。

    ……助かった。

    僕はほっとした。これで、犯人が琴音を襲い、警備員や聴衆を切り付けることはなくなった。

    広場全体に混乱が広がった。

    「なに、不審者?」

    「怖い、ライブ中止?」

    安堵がこみ上げた直後、たくさんのスマホが僕に向けられているのを見て、ハッとした。冷徹な現実が僕を襲ってきて、背筋が凍りついた。僕自身が、確保されていた。今の僕は、衆人環視の中で琴音のライブを妨害し、暴れた「不審者」であり「犯人」だった。

    ──待って!

    ──違う。違うんだ!

    けれど、そんな言葉は、だれにも届かない。

    凶器こそ持っていないが、このまま警察に引き渡されれば、逮捕されるかもしれない。「事件」として、さっそくニュースで報じられ、SNSで世界中にさらし者にされた上で、大学は退学になり、両親は泣くだろう。就職活動だって、人生だって、全てがここで終わるかもしれない。

    人生が、崩れるイメージが一瞬で頭を埋め尽くした。だれかの五分後の未来を守り、悲劇から救うために、僕は僕自身の未来を、人生を、粉々に砕いてしまったのだ。
    絶望的だった。取り返しのつかないことをやってしまった。
    後悔してもしきれなかった。

    頭が真っ白になった。両親の悲しむ顔、そして、さっき幸せそうに笑っていた達也たちの顔が浮かび、意識が遠のきそうになった。現実でないような、もわもわした霧のようなもので頭の中が覆われ、なにも考えられなかった。

    夢ならいいのに……そのことだけを願っていた。

     

    三十分後。僕はUDX内の冷え切った警備員室にいた。住所、氏名、年齢、大学名、学部、携帯番号、親の連絡先。書かされる文字が、情けないほど震える。外では達也たちが警察官に事情を聞かれている声が微かに聞こえる。あいつらにも、もう顔向けできない。

    そこへ、ドアが開く音がした。

    「ガチャ」

    入ってきたのは、ライブ衣装のままの女子──琴音だった。琴音は、僕が書かされた紙をチラと見て、驚く事務所関係者や警備員に言った。

    「お騒がせしてしまい、すみませんでした。時任響くんは、私の大学の友人なんです」

    彼女の第一声に、その場の全員が凍りついた。

    「……え?」

    「今日、私が誘ってたんです。新曲のプロモーションイベントをするから、見に来てって」

    琴音は戸惑うスタッフたちに微笑んだ。

    「響君は、この通り、すごくドジなところがあるから、きっと後ろのお客さんに押されて、弾みで前に飛び出しちゃったんです。ね、響くん」

    彼女の瞳が、強く僕を射抜いた。「話を合わせて」という、必死な、けれど温かい無言のメッセージ。僕は慌てて首を縦に振った。

    「はい、そうです。本当に、すみませんでした……」

    琴音の機転により、僕は警察への引き渡しを免れた。

    ──救われた。

    なおも不審そうな目を向けている人たちもいたが、僕と琴音が同じ大学だったことは、かなり説得力があったようだ。「なんだ、そうか。まったく人騒がせな!」と呆れていた。

    琴音が言った。

    「すみません。ちょっと響君と話したいことがあるので、二人だけにしてもらえませんか?」


    スタッフや警備員たちが去り、二人きりになった部屋で、僕は立ち上がり、声を絞り出した。

    「あの……、今日は本当にすみませんでした。せっかくの琴音さんのライブを途中で中止させてしまって……。お騒がせしてしまって、本当にごめんなさい」

    そう言って、頭を下げた。そして、心からお礼を述べた。

    「でも、ありがとうございました。本当に、本当に助かりました。なんてお礼を言ったらいいのか……」

    僕は、頭を下げ続けた。正直、琴音の顔を見ることができなかったのだ。

    「時任くん、もういいから、頭を上げて」

    そう言われて、ようやく頭を上げた。
    そして、弱々しく尋ねた。

    「あの……琴音さんは、僕のこと不審者だって思わないんですか? 僕は、あなたのイベントをめちゃくちゃにしたのに。

     ……どうして、僕を助けてくれたんですか? 僕と友だちだなんてうそついてまで」

    琴音は静かに首を振った。不思議なことに、眼に涙を浮かべている。

    「そうじゃないの。お礼を言わなきゃいけないのは、私のほう」

    「え……?」

    「だって……。時任くん、私を助けようとしてくれたんでしょ? ううん。私だけじゃなくて、警備員さんも」

    僕は絶句した。

    「フードをかぶった男が包丁で警備員さんを刺し、さらに私に襲いかかってきた。そんな『はず』だった未来を、あなたは変えてくれた。
    事件が起こってしまう前に、あなた自身が私の前に飛び出すことによって、大騒ぎを起こして、それを回避した。違う?」  

    心臓の音が耳元で鳴り響く。

    「なぜ……、それを?」

    そう言うのが精一杯だった。

    「あなたなら信じてくれると思う。私ね、小さい頃から、ときどき、これから起こることが見えたの。これから起こることと言っても、五分くらいかな、ほんの数分先のことだけなんだけどね」

    彼女は、少しだけ寂しそうに笑った。

    「さっきも、歌いながら、それを見たの。惨劇で、血に染まるステージ……

     でも、どうしたらいいかわからなくて……。
     本当は、私が歌うのをやめてしまえばよかったんだろうけど……。その勇気がなくて……」

    琴音がうつむいて、拳をぐっと握りしめたのがわかった。

    「そこに、あなたが飛び込んできたの。惨劇が現実になる直前に。

     そのせいで時任くんに迷惑をかけてしまった……。本当に、ごめんなさい」

    琴音は頭を下げた。ポタッ、ポタッと、涙が落ちるのを、僕は見た。そのとき、素直に、そして、心から思った。この子を助けることができて、本当によかった、と。

    そう思ったら、いつのまにか、僕の目からも涙がこぼれ落ちていた。安心してしまったのだろう。そんな僕を見て、琴音は驚いた顔をしていたが、お互いの目が合い、僕たちは涙顔のまま笑い合った。

    しばらくして、僕は、指輪のことを話した。五分戻れるという、中途半端な魔法の話を。

    「時間を五分戻せるの? ……すごい! 本物のヒーローじゃない」

    「でも、五分戻しても、犯人を捕まえられるわけじゃなかったし……。あんまり役に立たないよね。ただ騒ぎを起こして、自分だけ捕まって……。ああするしかなかったとはいえ、こんなにダサいヒーロー、どこにもいないよ」

    自嘲する僕に、彼女はそっと近づき、力強く言った。

    「そんなことない! 私は本当に助かったもん! ありがとう!」

    そして、左手小指の指輪を見つめながら、

    「ね、ちょっとその指輪、よく見せてもらってもいい?」

    そう言って、僕の左手を取った。彼女の手が指輪に触れた瞬間、あんなに頑固だった銀の環が、嘘のようにスルリと抜けた。

    「あ……」

    琴音は感慨深そうに指輪を見ていた。

    「“Five minutes man”……。五分男?」

    「それ、僕が刻んだわけじゃないからね。先に言っておくけど。ちょっと恥ずかしいよね」

    「そんなことない。いいじゃない、素敵だよ」

    照れる僕に琴音が言ってくれた。

    「私にとっては、命の恩人。最高のヒーローだよ、響!

     ……あっ、ごめん、時任くん……」

    「響でいいよ」

    琴音に、「響」と名前を呼ばれた瞬間、胸の奥が熱くなった。指輪のことも含め、僕という存在の全てが、彼女の笑顔によって肯定された気がした。

    僕たちは、涙の跡を残したまま、子どものように笑い合った。不思議だった。初めてだった、こんな気持ちは。今日初めて会ったのに、なにか、とても落ち着いた。自分でも不思議なくらい自然体でいられた。

     

    しばらくして、解放された僕を待っていたのは、半泣きになった香と結衣、そして、達也と聡──四人の幼馴染みたちだった。

    「バカ野郎! なにやってんだよ!」

    達也の拳が肩に飛ぶ。

    「ごめん。知り合いに見えたから、つい、もっとよく見ようとして……。そしたら、後ろからだれかに思い切り蹴り飛ばされたんだ」

    言葉が喉で引っかかった。

    「もう、響のドジ! 本当に心配したんだから!」

    結衣と香に叱られ、聡には呆れられながら、僕は不思議なほどの多幸感に包まれていた。
    僕のことを、本気で怒り、心配してくれる仲間がいる。

    そして、僕の「秘密」を分かち合える、もう一人の大切な人ができた。

     

    その夜、スマホに一通のLINEメッセージが届いた。

    『今日は、助けてくれて本当にありがとう。

     そういえば、私の本名伝えてなかったね。

     柊琴音(ひいらぎ・ことね)です。琴音って呼んでね。

     ……また明日、大学でね。

     私のヒーロー“ファイヴ・ミニッツ・マン”響へ』

    画面を消し、僕は窓の外に広がる夜の街を見上げた。
    指輪の刻印──“Five minutes man”。
    あんなにダサいと思っていたその名前が、今は、世界で一番誇らしい称号のように思えた。琴音だけのヒーロー、琴音だけの特別な存在になれたような気がして。


    (第4章へつづく)



    ※本作はフィクションです。
    本作に関するすべての著作権は、著者・蒼顕(SOHKEN)に帰属します。
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