日本語にまだ名前のない感情 ― 日本語にない気持ちを30個、集めて名付けてみた
日本語にまだ名前のない感情を30個集めて、ひとつずつ名付けていく全10回の連載です。
私たちは毎日、数えきれないほどの感情を経験している。けれど言葉にできる感情は、ほんの一握りだ。名前がないから見えないだけで、言葉を与えた瞬間、輪郭が現れる——この連載では、日常のすれ違いから存在と不在のあわいまで、10のテーマで30の「まだ名前のない感情」に名前を付けてみた。
このページは全10回の総目次です。気になる感情名から、各回を読んでみてください。
連載総目次(全10回・30の感情)
① 日常のすれ違い
電車で席を譲ろうとして先を越された時のあの気持ち
譲空振り(ゆずりからぶり) ― 席を譲ろうとした瞬間、隣の人に先を越された時の複雑な安堵。
未踏喪失(みとうそうしつ) ― 一度も行ったことのない店が閉店した時に感じる、架空の思い出への喪失感。
沈黙臨界(ちんもくりんかい) ― タクシーの中で運転手との沈黙が限界を超えた瞬間の、話しかけるべきか否かの圧力。
② 時間の手触り
古いコートのポケットから去年のレシートが出てきた時の時間旅行感
時差邂逅(じさかいこう) ― 古いコートのポケットからレシートが出てきた時の、過去の自分との偶然の再会感。
曜日迷子(ようびまいご) ― 長期休暇の中日に、今日が何曜日かわからなくなった時の、自由と不安が同居する浮遊感。
締切覚醒(しめきりかくせい) ― 締め切り前夜に突然やる気が溢れ出す、あの説明不能なエネルギー。
③ 画面越しの感情
SNSで「おめでとう」と打ちながら指が重くなるあの瞬間
祝指重(しゅくしじゅう) ― SNSで知人の成功を見て「おめでとう」と打ちながら感じる、指先の微かな重さ。
既読浮遊(きどくふゆう) ― メッセージを既読にしてから返信するまでの間に漂う、相手の感情を想像する宙ぶらりんの時間。
通知幻聴(つうちげんちょう) ― スマホが鳴っていないのに通知音が聞こえた気がする現象に伴う、繋がりへの渇望と気恥ずかしさ。
④ 食卓の哲学
美味しい料理の最後の一口を終わらせたくない、あの切なさ
終味惜(しゅうみせき) ― 美味しい料理の最後の一口を食べ終えたくない時の、味覚と感情が溶け合った切なさ。
再訪負債(さいほうふさい) ― 「またお越しください」と言われた店に二度と行かないことへの、じわじわと積み重なる罪悪感。
冷蔵庫の忘却(れいぞうこのぼうきゃく) ― 冷蔵庫の奥で賞味期限が切れた食材を見つけた時の、買った日の自分への申し訳なさ。
⑤ 雨と傘の感情学
突然の雨で見知らぬ人と軒下に集まった時の奇妙な連帯感
傘縁(かさえん) ― 何年も使っていないのに捨てられない傘への、理由のわからない執着。
相傘窮(あいがさきゅう) ― 傘を差し出されて断れない時の、濡れる自由を奪われた微かな窮屈さ。
雨宿同盟(あまやどどうめい) ― 突然の豪雨で見知らぬ人と同じ軒下に避難した時に生まれる、一時的で無言の連帯感。
⑥ 夜の感情
深夜2時に突然「何でもできる」と思える、あの根拠のない万能感
深夜万能(しんやばんのう) ― 深夜2時に突然やってくる、「何でもできる」という根拠のない全能感。
布団引力(ふとんいんりょく) ― 朝、目覚ましを止めてから布団を出るまでの間に身体にかかる、物理法則を超えた引力。
夜悔再生(やかいさいせい) ― 寝ようとした瞬間、数年前の恥ずかしい記憶がランダムに再生される、あの不意打ちの羞恥。
⑦ 人間関係の隙間
「じゃあね」と言った後に同じ方向に歩き出す、あの気まずさ
名忘恐(なぼうきょう) ― 何度も会っている人の名前を忘れ、もう聞き直せない段階に達した時の綱渡りの恐怖。
別同歩(べつどうほ) ― 「じゃあね」と別れた直後に、同じ方向に歩き出してしまった時の気まずさ。
返礼螺旋(へんれいらせん) ― お土産やお礼の応酬がエスカレートし、終わらせ方がわからなくなった時の焦り。
⑧ 買い物と所有の感情
ずっと欲しかったものを買った瞬間に興味が薄れる、あの急速な冷め
購後冷(こうごれい) ― ずっと欲しかったものを買った瞬間に、興味が急速に冷めていくあの現象。
列中悔(れつちゅうかい) ― レジに並んでいる最中に「やっぱりいらない」と気づいたが、棚に戻せない時の葛藤。
空箱逡巡(あきばこしゅんじゅん) ― ネットで注文した荷物を開封した後、空の段ボールを捨てるか取っておくかの逡巡。
⑨ 季節と身体の感情
終電を逃した瞬間の、絶望と同時に訪れる奇妙な自由
衣替再会(ころもがえさいかい) ― 季節の変わり目に去年の服を出した時の、一年ぶりの再会のような懐かしさ。
花粉背信(かふんはいしん) ― 春の陽気を楽しみたいのに花粉症が邪魔をする、自然への愛憎入り混じる感情。
終電解放(しゅうでんかいほう) ― 終電を逃した瞬間の、絶望と同時に押し寄せる奇妙な解放感。
⑩ 存在と不在のあわい
誰にも会わなかった日の終わりに、コンビニで「袋いりません」と声を出したくなる気持ち
留守電残温(るすでんざんおん) ― 亡くなった人の留守番電話のメッセージを消せないでいる時の、声だけが生きている不思議な感覚。
旧居残像(きゅうきょざんぞう) ― 引っ越した後、前の家の電気のスイッチの位置に手が伸びてしまう、身体に刻まれた記憶。
存在確認衝動(そんざいかくにんしょうどう) ― 誰にも会わず一日が終わりそうな時、コンビニに行って「袋いりません」と声を出したくなる気持ち。