
共感の世界で、僕だけが感情を「撥水」する【インビジブル・コクーン第1話】
ーーーーーーーー
情動の霧雨によって人々の心が同調する街、アークス。その中で、周囲の感情を弾いてしまう「乾きの病」を持つ少年カイは、異端として孤独に生きていた。
ある日、街を維持してきた霧が過剰となり、水をよむ巫女である姉ツムギが倒れてしまう。さらに、街の長の娘ヨリにも同じ病の兆候が現れ、街の均衡は崩壊へと向かい始める。
姉と街を救うため、カイは街外れの「知の洞窟」へ。そこで目にしたのは、街の創世の秘密が隠された、古の「織紋図」だった。
なぜ自分だけが違うのか。忌むべきだった「病」に隠された真実とは。過剰な同調の果てに限界を迎えた世界で、孤独だった少年が自らの足で立ち上がり、真の調和をつくる物語。
ーーーーーーーー
*
*
ゴォォン…
ゴォォン…
山間に低く、鐘の音が響く。
ゴォォン…
…
鐘が止んだ。
3回か。
3回…
ん、朝?
そこでハッと目が覚めた。
カイはあわてて飛び起き、
カーテンを開ける。
まずい。
いま終わったのは、
第一鐘か二鐘どっちだ?
窓から遠目に、
広場に向かう人の波がみえる。
あの少なさは…二鐘だ。まずいぞ。
よりによって祈りの日に。
自己嫌悪で頭をクシャクシャにかきながら、
一瞬、思考が停止する。
いや、でもまだ、かなり危ういが…
まだ、間に合うはず。
急いで階段をおりて台所へ向かい、ナイフをとったら、布に包まれたチーズの塊からひとかけ切り取る。
それから、梁に吊るされた乾燥桑の実を二粒つまみ、一緒に口へ放り込んだ。
横に吊られた薬草の束も一瞬目に入ったが、今煮出す時間などない。
チーズと桑の実を何度か噛んでいる間に、保管していた山羊の乳清を木の器に注ぎ、それから一気にあおった。
塩気と甘さと酸っぱさがまとまって口内を通り抜け、目が覚める。
そのまま玄関へとかけぬけて革のブーツを履き、フード付きの薄いコートを引ったくって外に出た。勢いよく扉を開けたので、思いっきり外気を吸い込んでしまい、ゲホゲホと咳込む。
今日は朝の霧がいつもより少し深いようで、しっとりした空気がうっすらと白んでいた。
ハァ、と一旦呼吸を落ち着けて走り出す。
広場に向かう大通りへ合流すると、奥にぼんやりと人の波の最後尾が見えた。
よし、いける。
全力で走りぬけ、広場に着いた瞬間、
ゴォォン…と鐘が鳴り響いた。
開始直前を知らせる、第三鐘である。
なんとか間に合った…。
ほぅっと全身の力が抜けた。
全力疾走なんか、いつぶりだろうか?
体力はあるほうだが、寝起きすぐの全力疾走はさすがに息が上がった。
呼吸を落ち着けつつ、広場を見渡す。
広場は円に近い形で縁に段差があり、周囲から中央にある湧水の水道を見下ろせるようになっていた。
早く着いた者から石段に腰掛けていくことが多いため、遅かった者は立ち見になる。
カイは立ったまま姿勢を中央に向けた。
湧水水道の横に立っているのは、この街の長である執政官リツと、皆が水よみの巫女と慕う女性の2人だ。
第三鐘の後、皆が静まると、
ほどなくして執政官が口を開いた。
「皆、揃ったようだな。では本日の祈りの儀式をはじめる」
毎度同じ開始の挨拶からはじまり、まずは街の皆に知らせる連絡事項がつらつらと並べられる。
この日は、山から新しく湧いた湧き水を水道にし、既存の水路と合わせて整えるなかなか大きな工事が昨日終わったことが主な事柄だった。
改めて場所の確認と、今日から使用可能なこと、該当エリアの水路担当者から、新しくなった水量の割振りなどが発表され、皆嬉しそうな顔をし、一部の人々からは小さな歓声が上がった。
工事関係者は皆どことなく誇らしげで、満足そうにみえる。かくいう自分も石工として関わったので、その気持ちはわからなくもなかった。
執政官の工事の話が終わると、今度は中央に男が呼ばれた。カイたち石工職人の現在のまとめ役、副石工頭である。
昨日工事が終わった時は何も言ってなかったはず、何かあったのだろうか?と耳を傾けた。
「工事関係者の皆、ここ数ヶ月の長丁場よくやってくれた。明日からは通常の業務に戻る予定だったが、どうも最近山の機嫌が悪いようだ。
いま皆の顔色をみても、疲れがたまっていると判断し、明日とその次の日までは急遽休みにする。休みだからって飲み歩かずに、しっかり休養すること。いいな」
すぐさま、「おうっ」と方々から返事が聞こえた。カイも慌ててコクリと頷いた。
ここで連絡事項の流れが終わり、水よみの巫女、ツムギがよく通る声で皆に語りかける。
「それでは皆さん、これから祈りの儀式にうつります。今日、皆と、気持ちを共有したい方はいますか?」
ツムギが広場をぐるっと見渡し、ある一点でぴたりととまった。
視線の先には、執政官の娘であり、街の製糸場と織物工房の責任者の1人の、ヨリという少女がいた。
目が合って一瞬驚いたヨリに、ツムギは優しく微笑み、中央へ手招いた。
ヨリは戸惑いながらも中央に向かう。
ツムギから、「あなたの中に、みんなと共有して、楽になる思いがあるように見えるけど何かない?」と聞かれ、
ヨリは「実は…」と話し始めた。
「先日の市の日に、納めている絹織物に対して、商家から品質は申し分ないけれども、最近少し重くなったのでは?との声があって。
織り方も糸も変えていないし、思い当たることがないんです。
うちの看板商品の絹は、都から好まれる豪華な色合いを出すために緯糸をたくさん使うからどうしても重くなってしまいます。
軽くするために経糸を増やすとなると、引っ張る力が強すぎて機械が壊れてしまうかもしれない上、表現できる色が少なくなってしまうし…。
文句を言われたわけではないけれど、今すぐに自分が改善できるわけではなく、かと言ってこのままでいいわけではなくって。
もしも、今後も、重いという声が大きくなって売れなくなってしまったらどうしようと、不安で…悲しいです」
話しながら少女の瞳からは、涙がこぼれた。
「ヨリは責任感が強いから悩んでしまったのね。わかるわ…その気持ち。不安よね。
もしかしたら商人達や都のお客様の単なるぼやきなだけかもしれないけど、私の方でも何かできないか考えてみるわ。だから、とにかくまずはその不安な気持ち、悲しい気持ちを皆で、心を重ねて癒していきましょう」
ツムギはヨリの手を取り、皆に向かって言った。
「さぁ、今からヨリの気持ちをみんなで共有しましょう。目をつぶり、深呼吸をして糸の気持ちに意識を向け、寄り添い、そして祈りましょう。ゆっくりと、息を吸って…吐いて。吸って…吐いて。身体の力を抜いて、ゆっくりと、呼吸を繰り返していきます。」
そう言って皆で呼吸を合わせていくうちに、手をつないだツムギとヨリの周りの薄い霧が、ほんの少し紫に色付き、それから少しだけ濃くなっていく。
それが近くにいるものへ、周りへとだんだんと広がっていき、広場全体が薄紫の切りに包まれると、今度はその霧がだんだんと人の思いと重なり合い水滴の形になって、雨のように広場全体に優しく振り注いだ。
この雨は、この街でシンパシー(情動の雨)と呼ばれ、空気中の水分が人々の思いと混じって雫になったものである。
この不思議な雨は、人の肌に触れると、水分に溶けた想いに同調し、ふわりと滲んで一体化する。
紫色のシンパシーに打たれた人々は皆少し悲しい表情となり、その目尻からは、ほろりと涙がこぼれた。人々は、なおも目をつぶり、皆で心を合わせ祈ってゆく。
すると紫色が少し薄く白っぽい光の粒に変わり、ほわりとした温もりが広場を包んでいく。それに伴い、人々の表情はゆっくりと柔らかく変化していった。
それからシンパシーは、薄い緑色へと変化し、緑色の雨に皆が打たれると、今度は皆、ほっとした表情へと移り変わり、シンパシーの色はだんだんと抜けていき、もとの薄い霧の状態へと戻っていった。
カイは薄く目を開けて、色が移ろいでいくシンパシーの様子をぼうっと眺めながら、綺麗だな、と思った。
「さぁ、皆さん目を開けてください」
ツムギが口を開いたところで、
皆が目を開ける。
ヨリも広場の皆も、穏やかで安心し、満たされた顔をしている。
ヨリは、ありがとうございました、心がとても楽になりました。とうれしそうに挨拶をし、ツムギはにこりと笑った。
「これで本日の祈りの儀式は終了です。また来週も皆で心を通わせましょう。それでは解散してください。体調がすぐれない方や私や執政官に相談がある方々は少し残って、順番に並んでください。」
ツムギが終了の挨拶をすると、身体の相談をするものや、執政官へ業務の報告をするものなど、少しの人々が中央に列をなし、ほとんどの皆が広場から散り散りになっていった。
カイは皆の流れの邪魔にならないよう、少し通りから横にそれた場所に立ったままとどまる。
隣家のトワおばさんがカイの姿を見つけ、帰り際に、「今日はパンをたくさん焼いたから、帰りに取りに寄りな」と声をかけてくれた。
「ありがとう」と言って頭を下げた後、しばらく中央の湧水水道を眺めていると人々からの相談を終えたツムギと目が合った。
途端、ツムギはカイを射貫くような視線に変わった。こっちに来て、と合図をされる。
おずおずと段差を降りて中央へ向かう。
少し離れた執政官の周りにはまだまばらに人がいたが、気にせずツムギはカイに話しかけてきた。
「いつも言うけどカイ、あなたの儀式の時の態度は何なの?
シンパシーを弾くのは、身体の症状だからもう仕方がないにしろ、それでも少しは皆の心に寄り添おうとか、合わせようとか、そういう姿勢を見せたらどうなのよ。
終始心ここにあらず、という感じで、身体だけじゃなく心の態度すら拒絶しているように見えるわ。あなたには人として大切なものが、欠けているのではないかしら?」
ツムギの言葉に、カイは、黙って俯いた。
「黙ってないで、
なんとか言ったらどうなの」
…では、なんと言ったらいいのか、とカイは心の中でつぶやいた。
どうせ何を言ったとしても、ツムギが納得するような返答ができるわけではないのだ。
「何を考えているのかわからないから、話してよ。」
黙り込むカイに、
ツムギはなおも返答を求めてきた。
仕方なく顔を上げ、頭にあったことを口にする。
「…ヨリの件は。まずは悲しみを分かちあうのも…大事かもしれないけど。
それよりも、今あがった問題点の構造を理解し、分析して、解決策を導くことが大事なんじゃないかと。布が重いという意見は、相手の主観かもしれないし、事実かもしれない。
だから検証して、それが事実ならば対策を講じるべきだと思う」
カイの言葉は、
ツムギへの反論でも、攻撃でもない。
…そのつもりだったが。
ツムギはそう思っていないようで、明らかにムッとした表情になり
「あなたはいつもそうよね。気持ちの話をしているのに、対策のことばかり。
まずはじめに、皆で心をひとつにして分かち合うことが大事だとなぜわからないの?あなたには他者を思いやる心はないの?
だから周りの皆から1人浮いているのよ。
水が今よりもずっとなかった時代や、冬越えが今でも厳しいこの街で、皆と協調せずに孤立することが、死に直結するほど危険なことだと、何度言ったらわかるの!」
怒りをはらんだ語気が強くなった。
カイは、再び俯く。
ーーーカイは「撥水体質」であった。
かつてこの街は水を留められない乾いた街だったが、水の流れをよむのを得意とする“水よみ”の巫女一族によって、水脈がもたらされ発展した歴史をもつ。
水は、大地と空気を潤した。
街が潤っていく中で皆の心が溶け合って生まれたシンパシーは、今もなお人々の心をひとつにし、癒していく。
そんな、街の人々にとっての潤いの象徴であるシンパシーを、カイは唯一、弾くのだ。
この体質は「乾きの病」と呼ばれ、忌み嫌われた。理由はわからないし、人にうつったこともない。どうしたら治るのかも、誰にもわからなかった。
カイはグッと拳をにぎりしめて、
俯いたまま
「シンパシーに『同調』しようと、意識を何度も向けてみたことはあるよ。でもどうしても、弾いてしまうんだ…」
と、ポツリと呟いた。
ちょうど執政官との話を終えた者達が遠巻きにツムギとカイのやりとりを見て、カイを憐れむような、蔑むような視線で一瞥し、去っていった。
ツムギはため息をつく。
「今日はもういいわ。これからの儀式の時はもう少し振る舞いに気をつけてちょうだい。
ところで、こないだ渡した薬草は、どう?少しは何か変わったかしら?」
「乾きの病」をなんとか治したり少しでも緩和できる術がないか探しているようで、ツムギは時折、いくつかの薬草を調合しては、カイに渡していた。
カイは申し訳なさそうに、
「その…何も。いや、ほんの少しだけ撥水する感覚が減ったような…気も」
とボソボソ話す。
「無理に嘘をつかなくていいわよ。効果がないならないで、はっきり言ってちょうだい。それもひとつの結果だし…。家を出る時の咳も変わらず?」
「むしろここ数日は、ええと…逆に少しひどくなっているような気も…」
嘘をつかずに伝えると、ツムギはがっくりと肩を落とし、悲しそうに呟いた。
「身体によくない作用のある薬草は使っていないけど、もしかしたら身体に合わないのかもしれないから。無理に飲ませて悪かったわ。その薬草は処分しといてもらえるかしら。」
心なしか、顔色も悪いようにみえる。
自分がこんなふうにさせているのか、と思うと、情け無いような虚しいような、なんとも言えない気持ちになる。
「他には何か体調変化は大丈夫なの?」
そう聞かれたのでふいに
「姉さんこそ、その…顔色があまりよくないようだけど…」と頭に浮かんだそのままを伝えた。
「私は大丈夫、あなたに心配されることは何もないわ。あなたは私の心配じゃなくて、自分の方をちゃんとしてよ」
…苦い顔だ。
言わなければ良かったと後悔した。
ツムギとの話がやっと終わり、それじゃ、と短く挨拶をする。
少し離れた場所からいつのまにか見守られていた執政官に軽く会釈をして、広場を後にした。
一刻も早く帰りたい気持ちで足早に歩いていたが、帰りに隣に寄るように言われていたことを思い出し、隣の家の前に立つ。
戸を叩き、すみません、と声を張る。すぐに足音が聞こえ、ガチャリと戸が開いた。トワおばさんかと思ったら、大家族の中の1番下の男の子だった。
カイの半分よりも小さい背丈で、まだすこし発音が曖昧ながら、「カイにいちゃん」と言ってにこっと笑った。
思いがけず可愛い子どもに屈託ない笑顔を向けられ、普段から好意を向けられ慣れていないカイは、こんな時どう反応して良いかわからない。
ぎこちなく、「おはよう、おかあさんは、いるかな?」と声をかけた。
すると奥の方から「今行くから待ってな」と声が聞こえ、すぐにトワさんがカゴを抱えて走ってきてくれた。
男の子はトワさんのエプロンの裾をつかみ、カゴの中をみていた。
「ほら、これ、朝焼いたパンと、それからチーズも。あんた、前のはもうなくなる頃じゃないのかい?あとは、山羊の乳清もいれといたからね。」
ひと通り説明されて、ひょいとカゴを渡された。
男の子が「パン、ぼくも手伝った!」と得意げに言うと、トワさんは「そうだねぇ、丸めるのをちょっとだけね。」とふふんと笑った。
カイの心はほわりと和み、
男の子の頭をそっとなでた。
そうか、ありがとう、大事に食べるね、とお礼を言うと、これまたにっこりと笑った。
トワさんにもお礼を伝えた上で、
「こないだ修理した雨樋は、その後どうですか、水漏れしませんか?」と聞いた。
「ああ、問題ないよ。ありがとうね、助かったよ。…親方も、きっと安心してるだろうよ。」
…、
不意打ちの返しに、
胸がぎゅっとつまる。
「あ。その…まだまだ、ですが。がんばります。」
なんとか声をしぼり出すと、「がんばんな。」と肩をぽんと叩いて、送り出してくれた。
力なく男の子に手を振って、トワさんに再度礼をして、食料がたくさん入ったカゴを抱えて歩く。
やっと自宅に着いて、中に入ると、また咳が出た。このところ、前よりもひどくなっている気がするのは、薬草のせいなのだろうか?
そんなことを思いながら、カゴの中身を石棚に並べて、二階へむかう。
…どっと疲れた。
祈りの日はいつもこうだ。
少し休みたい。
足取りおもく、
ノロノロと階段を登りきる。
すぐにベッドへ進もうとしたけど、カイの部屋の向かいの方に身体が向いたまま、止まってしまった。
…
じいちゃん…。
主がいなくなってからも、ほとんど変わらず、そのままにしてある部屋を見つめて
カイは小さく呟いた。
ただいま、も、
おかえり、も。
言わなくなってから、
どれくらい経つだろうか。
普段石を扱う時はいつだって、ゼンじいちゃんを感じる。
使う道具のほとんどが、譲り受けたものだ。
丁寧に手入れをされた上等な、ツルハシ、ハンマー、ノミ、じいちゃん特注の工具だってなんでも揃っていて、道具だけじゃない、技術も知識も、知恵も信用も、全部、毎日じいちゃんがくれたもので仕事ができている。
いまここで、
僕が生きるために必要な全てをくれた人。
頭は鮮明に覚えていて、
想わない日はない。
…なのに身体は、
だんだんと不在を受け入れはじめている。
がらんとした部屋が、
当たり前の風景になってきている。
それが、悲しくてたまらなかった。
じいちゃんのいない日々に、
慣れたくないのに。
寡黙な人だったから、今日みたいに祈りの日に僕が落ち込んで帰ってきても、なにも言わなかった。
けれど、そういう日はいつも、乾燥果実が普段より余計にあったり、夕飯が少し豪華だったりした。僕も何も言わなかったけど、じいちゃんらしい優しさを感じて、嬉しかった。
じいちゃんのことを考えはじめると、記憶が次々と溢れ出す。
じいちゃんの部屋から家全体へと視線を流した。そもそもこの家も、じいちゃんが建ててくれたものだ。
縦長の、繭のような形で、じっちゃんの技術の結晶みたいな家で、周囲からは「変な家」、石工職人達からは「親方の狂気」と呼ばれるほど変わってはいるが。
カイはこの家にいると、心底ほっとした。
形通り、というか、守られている気持ちになるのだ。じいちゃんいわく、「石の声を聞いたら、この形になった」そうだが、カイが祖父のところで暮らすと決まってから建てられたので、カイのことを考えて設計された要素は大いにあると思われた。
カイの家だけでなく、他の皆の家も、いまある街の建造物の重要なものはほぼ全てにじいちゃんが関わっている。
街の発展の要だった、水を呼んだのは水よみの一族だけど、それを街全体に機能するように整えたのはじいちゃんだ。
街の立役者であり、間違いなく皆の暮らしの支えだった。
巫女一族が「水をよむ」ように、じいちゃんは「石をよむ」ことができた。
そんな天才と呼ばれた祖父を誇りに思う反面、自分は石をよむ力もなく天才とはほど遠い上、水よみの一族に生まれながら、水をよむ力がないどころか、弾く始末だ。
一族の恥晒し、と誰かに面と向かって言われたわけではないけれど、似たような意味あいの陰口や噂話を耳にしたことは幾度もあった。
聞くたびに憤りを感じたが、本当は、誰よりも僕自身がそう思っていることに打ちのめされていた。
じいちゃんは、長生きしてくれた、とは思う。
だけど本当はもっと、ずっと一緒にいたかったし、欲を言えば、僕が死ぬまでそばにいて欲しかった。
いや、むしろ。
もし叶うのなら、
僕の寿命を全部、じいちゃんにあげたかった。
命の時間を、人に分けられる機能がついていれば良かったのに。
じいちゃんのためなら僕の寿命なんて、喜んで差し出すのに。
街の皆だって僕よりも、じいちゃんが長生きした方がはるかに嬉しいだろうし、街全体にとっても利になるに違いない。
なのに、どうして、
僕の方がいま生きているんだろう?
自分の力で得たものは何一つなくて、じいちゃんからもらったものと、少しの人の優しさと情けに縋らないと生きていけないくせに、皆と協調するのは拒絶するこの身体。
シンパシーを弾く自分の手を、肌を、
見つめてつぶやく。
ねぇ、じいちゃん。
僕はどうして、こんなふうに産まれてきてしまったんだろうね…?
からっぽの部屋から、
返事はない。
涙が頬をつたって、床に落ちた。
第2話へ続く。
