
織物に見立てた街の意思?経糸と緯糸の役割とは【インビジブル・コクーン第5話】
知の洞窟は街の外れ、山肌と一体化するように建っていた。もともとは、長い年月をかけて石が形づくった天然の洞窟を利用した記録院だ。
洞窟の手前には石造りの建物が増築されており、そこには羊皮紙の書物や巻物が収められていた。
さらに奥、階段を下りた半地下の洞窟内部には、永く残すべき記録を刻んだ石板が保管されている。高い位置に細く切られた窓からは、内部をうかがうことはできない。
入口には、執政官の紋章が刻まれた頑丈な錠前がかかった分厚い木の扉と、その横には石台があった。
カイは石台に油灯を置いて、鍵を差し込み、扉を開けた。
中に入ると、古い羊皮紙のかすかに甘いような不思議な匂いと、僅かな石の湿り気が混ざった空気が流れ出してきた 。
ここに来たのは、何度めだろう。
子どもの頃にばあ様と姉さんと数回、石工の仕事関連ではじいちゃんとも数回はあったな。
そんなことを考えながら
油灯を掲げ、奥へと進む。
途中、手持ちの油灯から壁灯へと火を移す。
ほわりと灯りが突き当たりの部屋を照らすと、中の空間には羊皮紙の巻物と冊子、少しの木板が整然と収められた大きな石棚と、中央には木の作業台があった。
作業台の巻物に近い場所に油灯を置き、目当ての物を探す。
『水読口伝録』
水よみの一族が代々書き語りついできた記録で、水よみの原理や陣、禁忌、薬草の知識などを綴った教本のようなものと、各地へ行脚した日誌や、所感などを綴った日記のようなものの2種類がある。
僕の乾きの病を治そうと、あの姉さんが何年も調べて、何も見つからなかったんだ。
僕が今さら読んだところで、新たに何か見つかるとも思えない。が、乾きの病に関する情報はこの記録にしかないはずだ。
何か。何か小さな手がかりでもいい。
僕にできる何かがあれば…。
祈るような気持ちで棚を探す。
『水読口伝録』自体はすぐに見つかった。
昔来た時の場所と、ほとんど変わっていない。
古い年代の物は巻物で、比較的新しいものは糸綴じされた冊子、最新の雑多な記録は木板に記録されている。
ふと木板の束の1番手前を見ると、乾きの病に関する記述、と書かれた文字に目が止まる。
姉さんの筆跡だ。
巻物や冊子の巻数と頁、行数などが書かれていた。何度も加筆された跡が見てとれる。
「姉さん…」
姉の長年の焦りや苦しみ、そして奥にある自分に対する愛情も伝わってきたような気がして、胸がギュッと締め付けられる。
端から調べようかと思っていたが、今日は時間がない。姉さんの知恵を借り、乾きの病に関する記述の周辺だけをひろって読むことにした。
該当の巻物の封紐を解く。広げる。
該当箇所を読む。巻き直す。戻す。
また次。また次。
似た記述ばかりだった。
乾きの子あり。
乾きの性を持つと判明。
乾きの者、水をよめず。
乾きの病の初見あり。治療法なし。
…
抜き出した記録は、この巻物の量からしても
驚くほど少ない。周辺の文にもほとんど何も記載がない。ツムギの苦労がうかがえた。
…そもそも、
なぜこんなに少ないんだろう?
記述を見ただけだが、故意に隠しているようにも思えない。滅多にないことなら逆に、もっと危険とか注意だとか書かれていても良いはずなのに。
危険や注意…には、該当しないのか。
たしかに、正直なところ、乾きの病は、身体の症状や日常生活には、ほとんど支障がないのだ。
水よみの一族の中で水がよめないというのは、後継ぎという点からみても、一大事であり、忌むべきものであるのは理解できる。ただ。
仮に水よみの一族じゃなければ、水がよめないとか雨や霧を多少弾くといったことは、日々を生きる上であまり問題にならないのではないか?
そもそも、病と呼ばれるほどの、うつるとか、痛いとか、腐るとか、死ぬとか、そういった症状や実害がないから対処されなかった…
水をよめない以外は放っておいても無害、という扱いだったのではないだろうか。
だとしたら、そもそも、乾きの病は、
本当に病といえるようなものなのだろうか?
…しかし。今回初めて、一族でないヨリに症状が出た。
……わからない。
答えの出ない思考がうるさくて、
手がとまってしまっていた。
いけない、夕の鐘まであとちょっとしかないはず。姉が記してくれていた箇所も残り少ない。
次々と確認していく中、ある頁で手が止まった。
「行脚三日目、
同行の乾きの童、幼き故
山越え、少々難航。
霧も出る。」
…行脚に連れていってもらった子がいたのか。
珍しい。
僕は連れて行ってもらえなかったから
姉さんが駄々をこねていたっけ。
懐かしく、少しだけ苦い気持ちになる。
続きを読む。
「到着後、水をよみ、水脈を感知。
波紋陣を書き、祈祷す。
待機中の童、その姿を真似て、
土に絵を描いて遊ぶ。
大人しくて安堵す。
〜〜〜
帰路、北の尾根を越えた頃、
往路時の霧無く、
山越え滞りなく進む。」
…乾きの子が、絵を描いていた。
行きにあった霧が帰りに消えた。
別々のことなのに、何か引っ掛かる。
何が引っ掛かってる?
と、想いを巡らせたと同時に
夕の鐘が鳴った。
ゴォォン…
ゴォォン…
鐘の音を聞きながら急いで書物を元の場所に戻し、壁灯の火を消す。
5回目の鐘が鳴り終わる前に、知の洞窟を出た。
執政館で鍵と油灯を一旦返却し、明日の朝もまた来ることを伝えて帰路に着く。
相変わらず紫色のシンパシーに近い霧は、まだ霧状のままずっとあって、姉の体調が気になった。
中央広場の湧水水道を横目に早足で歩く。
今日は色々なことがあって…疲れたな。
早く寝て、明日に備えようと
ぼんやりとした頭で思った。
帰宅後は食事もそこそこに、ざっと湯を浴びて早めに寝床に入る。今日一日のことを思い出しながら、天井を見つめた。
やはり浮かんでくるのは最後にみた
「水読口伝録」の一節だ。
乾きの子が陣を書く真似をしてお絵描き…。
その後、霧が晴れた記述。
特に乾きの病に関する記述じゃないのに、どうしても気になる。
水よみの一族は水をよむ。彼らが使う波紋陣は、水を呼ぶものだ。中央広場の湧水水道が浮かんだ。
逆に、乾きの者は、水を弾く。
…もしかすると、
水を散らすような陣があるのでは…?
そんなもの、カイは習ったことも聞いたこともないが。だとするとどんな形なんだろう…。乾きの病に関する手立てでもないのに、気になって止まらない。
が、天井がぼんやりと霞んできた。
今日はもう、
眠くて考えられない…。
カイの思考は、静かに沈んでいった。
*
*
翌朝、朝の鐘が鳴る前に目覚めた。
昨夜はあまり食べなかったため、
お腹が空いている。
昨日父さんから食材をたくさんもらっていて良かった。昼に戻れるかもわからないので、朝は多めに食べてから知の洞窟へ行くことにする。
小鍋で湯を沸かし、ゆで卵をつくる。
その後、山羊の乳清を火にかけて湯気がたったら、ほんの少しだけ削った干し肉のかけらと黒パン、削ったチーズを入れる。黒パンとチーズは今日は多めに入れた。くつくつと煮込み、トロリとしたら木碗にうつす。
少量わけてもらった生の桑の実も、今日中には食べてしまいたい。加熱して保存食にする時間はない。贅沢だけど、全部食べてしまうことにした。
温かな食事を味わっていると、身体がぽかぽかして、内側から元気が出てくる気がする。
父さんの桑の実は、やはり生の実が1番美味しいな。甘酸っぱさを噛み締めながら、朝食を終える。
今日の僕の動きは、何にもならないかもしれない。けれど、何かになるかもしれない。やれるだけやろう。
…よし、と気合いを入れて、外に出ることにした。
ゲホゲホと咳き込みながら、扉を閉める。
辺りは相変わらず紫の霧のままだ。
姉さんは回復できていないのだろうか。
心配になる。
中央広場を過ぎたあたりで朝の鐘がなり、鐘の音を聞きながら執政館に入った。
昨日のお世話係の女性が手早く油灯と鍵を渡してくれた。もしかしたら姉と鉢合わせるかもな、とも思ったが、姉の姿はなかった。
万が一鉢合わせたら、乾きの病の手がかりを探す手伝いを申し出るつもりだったのだが、1人で向かうことにした。
女性にお礼を言って、早速知の洞窟へと歩みを進める。
昨日と同じ手順で、『水読口伝録』を読み始めた。
…姉さんが調べてくれていた乾きの病の記述がある箇所はこれで最後だが。やはり新しい発見はない。
当たり前だけど、落胆する。
今度は端から探すしかないか。姉さんが読み落としているとは考えにくいが、万が一ということもある。
古い巻物から1行ずつ確認していくことにした。
油灯の灯りのもと、文字を追っていく。
…羊皮紙をめくる指先の乾きが気になり、
灯の油も減ってきた。
やはりない…のかな。
目が疲れてきたのも相まって、
がっくりと肩を落とす。
一旦休憩しようと、立ち上がって部屋を見回す。奥へ続く階段の入り口に目が止まった。
カイは油灯を持ち、吸い込まれるように、さらに奥、階段を下りながら、途中の壁灯にも火を移し、ゆっくりと半地下の洞窟へと足を進めた。
ひんやりとした冷気が肌をかすめ、ぽつ…ぽつ…と水音奥からが聞こえる。階段を降りるたび、足音が響いた。
階段を降りた左側に灯りを向けると、壁際には石板が整然と保管された空間が広がり、中央には上と同じ造りの木の作業台がある。
また、奥の壁の隅には、洞窟内のわずかな湧水の流れを排水し、空気を逃がすための通風口があった。
石板は、歴代の石工たちが記録したものだ。
昨日寝る前に見た天井の記憶が浮かび、じいちゃんが造ってくれたあの家の、設計図を見たい、と思った。完成する前と後に見たことはあったが、久しぶりだ。
棚の近くに油灯を置いて、設計図を探す。
街の建築物の設計図ーーこれは執政館のものか。色々あって興味深い。
こんなことをしている暇はないだろう、と思いながらも手が止まらず、やっと繭型の家の設計図を見つけた。
変わった形、と馬鹿にされることもあったけれど、その形は実に機能性に優れていた。
壁内部を多層構造にした上で、さらに内層の通気路で空気を循環させる仕組み。また、雨や霧を壁内部の砂利や石材で自然濾過し、地下の貯水槽へ送る仕組み、炉の熱を蓄熱する仕組みなどを掛け合わせてあの形に集約させている。
祖父の高い技術がありありと伝わってくる。
じいちゃんは、本当に、天才だ。
改めて触れた祖父の叡智を確かめ、気分も変わったので、そろそろ乾きの病を調べに一階上がろうと石板を戻した。
そこで、端の方に毛色の違う石板が見えた。
気になって手に取ろうとしたが、よく見ると隣も似た材質の石板が並んでいる。
…2枚あるのか?
一気に手に取って、読んでみる。
ひとつは「織紋図概要」…?
織物の設計図か?
なぜこんな場所に。内容は…
ーーー
洞窟の岩盤、この街の意を示す。
名を織紋図とす。
石をよみ、得た意を刻むこととす。
織紋図は、北側の滑らかな壁にあり。
右下の穴に灯り据えれば浮かび上がる。
ーーー
…なんだこれは?
もうひとつは…「織紋図所感」。
なんだ…?
筆跡…いや、刻み跡が全部違う。
歴代の石よみ達が、書き足しているのか?
ーーー
・石の街に織紋図、不可思議だが
街の意に相違なく、困惑。
難解なれど重要と判断。
後に石をよむ者現れし時、
ここに託す。
・ここに託されし織紋図、偶然発見。
街は冷たく乾き、病多く荒む。
つまり我等は経糸か。
・水の一族がきて乾きが少しおさまる。
水よみが緯糸か?
しかしまだ街は荒れている。
・水よみが定住、
街に水が増え、病は減る。
死者は未だあり。
・さらに水が増え、繁栄。
石咳の死者なし。
但し、水よみに高負荷か。
本当に経糸は不要なのか?
ーーー
…最後の文は…じいちゃんの筆跡…?
困惑しながら、織紋図概要にまた目を通す。
北側の滑らかな壁…
カイは壁に近づいて、触れる。
何も見えない。が、
明らかに人の手が入った感触だ。
よく見ると、少し湾曲があり、
僅かに傾斜している。
そして、右下の穴。
排水兼通風口だけではないのか…?
胸の鼓動が大きくなる。
なんなのかわからないけど、
何かすごいものにふれている気がして、
恐る恐る油灯を近づけた。
穴の内側、水に触れないように僅かに広がった部分に、ぴったりと油灯が収まるようになっていた。
そっと置くと、
横から掠めるような光が壁を舐める。
その瞬間。
浅い刻線に影が生まれ、
壁に文字が浮かんだ。

ーアークス織紋図ー
街の者 二種有り
経糸 撥水型
情動を弾き
垂直なる自立を保つ
役割 構造
死の定義 混濁
生存根拠 純度
ーーー
緯糸 水和型
情動を吸い
境界を越え
他者と溶け合う
役割 充填
死の定義 孤独
生存根拠 接続
二種を織りて
布とすれど
初め
経糸多ければ
冷たく乾き
硬く荒みて織れず
故に 経糸無くし
緯糸のみ 結びて
温かく潤い
柔らかき布 望む
ーーー
…街の、意思?
街を、織物に…見立てているのか。
ところどころに古語がある。
祖母にもっとしっかり習っておけば良かったと後悔しつつ、なんとか文字は読めたが…。
呆けながらも
織紋図所感の板を手に取り、
照らし合わせながら混乱した頭を整理する。
経糸だけでは布が織れなかった
と書かれた文の横には、
縦線のみが独立し布になれない図が、
その下、緯糸のみを結ぶ布についての
文がかかれた横には、
波紋陣に似た、複数の同心円の図形が
それぞれ描かれていた。
どくんどくんと胸が脈打つのがわかり、
手先が冷えて、震えてきた。
じわじわと理解が追いついていく。
これは。
所感に書かれていたので間違いない。
緯糸は水よみの一族、
そして経糸は…僕だ。
撥水型…とある。
撥水の…乾きの病は、病ではなかったんだ。
それは、
経糸型としての性質であって
僕は、欠陥品では、なかったのだ。
…目頭が熱くなる。
じわじわと、力が全身から
湧いてくるのを感じた。
興奮が冷めない中、ふと気づく。
街から経糸は不要、とみなされたらしいが
これはあくまでも意図であり、物理的に何か粛清のようなものは行われていないはず。
そのような話は一度も聞いたことはない。
とすれば、経糸型の数は自然と減っていったとしても、自分1人しか残されていないわけではないだろう。
現に、乾きの病の兆候が出たヨリは、おそらく経糸型と考えられる。
ただ、そう考えても、2人。少なすぎる。もっといると考えるのが妥当だ。
なぜ他に経糸がいない?
…いや、いないのかわからないのか。
乾きの病を、経糸の特性と考えるならば、なぜ特性が現れていない?逆に僕らはなぜそれが現れている?
…
カイはしばし考えて、一旦階段を上がり、持ってきた鞄から、薄い木板を束ねた携帯用の記録板と炭筆を引き抜いた。
再び階段を降りて壁の前に座り、膝の上に記録板を広げ、炭筆の先で織紋図を書き写すことにした。
経糸と緯糸。撥水型と水和型。
書きながら整理していく。
撥水は、物理的に水だけでなく…。
シンパシーを思い出す。
他人の情動も弾く。
垂直なる自立を保つ…。
たしかに経糸は、始めに
垂直に通す基礎のようなものだ。
役割が構造…骨組みということか。
死の定義が混濁で、
生存根拠が純度。
難しいが…死とはこの場合、
恐れるもの、あたりか。
混じって濁ることを恐れるから…
弾くのか。
生存根拠…生きている、理由…
よりも強い感じ。
混濁の反対が純度になるなら、
混ざらない、濁らない、透明さ…?
わかりにくいので、とりあえず次。
緯糸は水和型。
水和…水に溶ける…
情動を吸い、境界を越え
他者と溶け合う
これはまさしくシンパシーでは?
ということは街の皆は緯糸型?
いや、違う、
ヨリの場合もあるから…。
とりあえず次。
役割は…充填。
欠けたところや、隙間を埋める…か。
だから姉は、欠陥に見えた僕の"病"も、治して埋めようとしたのかな、などと考える。それもまた、彼女の性質だったのか。
死の定義は孤独。
姉も街の皆も、結束を1番大事にする節がある。土地柄、比喩でなく孤独は死に直結するわけだけど…。
生存根拠が接続。純度よりはわかりやすいな。つながるために生きるということか。
共鳴、共感とも言えそうだ。
ならば、逆の性質の経糸の純度とは、つながらないこと…になる?水に溶けず、混ざらず濁らず、繋がらず、自立する。
…自分を保つ境界線、といったところか。
境界線がはっきりしているから、他を弾けるのか。なるほど。
撥水が乾きの性質というなら、
水和は潤いの性質だな。
病、とはつけまい。
だんだんとわかってきた。
そこでヨリの発症条件を思い出す。
緯糸から経糸に型が変わったのだろうか。
…何か違う気がする。
経糸の性質がなんらかの条件で発現した、と考えるほうがしっくりくる。
なんだろう。
同じ経糸型であるなら僕とヨリの違い。時間?僕が早くに発症したのは、水よみの一族でたくさん水に触れたからか?彼女は遅くに発症した。水に触れた時間の長さか?
いや、違う…霧。霧の濃さか?
最近だんだんと霧が濃くなってきていた。霧が濃い時、カイ自身の咳も酷くなっていた。
しかしヨリはたくさんのシンパシーを受けいれていた時もあった。量と時間もやはり関係があるのか。水を受け入れる容量…の境界線か。あとは他に、何か。
水よみの一族であることか?
一族の中では乾きの病の者は「水がよめない」とされてきたが、彼らの言う水を「よむ」ことが、水和だけを指すのだとしたら。
本当は、水よみの能力とは、
水を「感じる」能力全般を指すのだとしたら?
彼らは、水を感じて、溶け合い、僕は、水を感じて、弾くのだ。その能力が、周囲の人間よりもずいぶんと高かっただけではないか?
そしてその水を「感じる」力は、水よみだけのものではなく、強さは人によって違うだけで、皆にあるとするなら。
たくさんの要素が、
一本の糸のように繋がっていく。
つまり乾きの病には、どれだけ水や情動を感じとるか、どれだけ自分を保つか、どれだけ他者とつながるか、に加えて、外気の水や情動がどれくらい高くなったら性質が現れるのか、という4つの要素が関係してるんだ。
だとすると、経糸と緯糸ははっきり分かれているわけではなくて、中間に段階があるんだな。
炭筆を走らせながら、まとめていく。
・カイ
極端な経糸型
感度、極高
純度、極高
接続度、低〜中
型が発現する境界線、極低
特徴
わずかな水または他者の情動でも侵食と認識
結果
即座に撥水反応→乾きの病と誤認
・ヨリ
経糸寄りの中間型
感度、高
純度、高
接続度、中
型が発現する境界線、中〜やや低
特徴
普段の生活は問題ない
霧やシンパシーが濃くなりすぎるなど、
外の水分や情動に耐えられる境界線を超えると
隠れていた経糸性が発現する
結果
突然、乾きの病を発症したように見える
…こうなるな。だとすると…姉さんは。
・ツムギ
極端な緯糸型
感度、極高
純度、中 ただし柔軟
接続度、極高
型が発現する境界線、極低
特徴
周囲の水または他者の情動のほぼ全てを受け入れる
結果
共鳴しすぎて、自他の境界が薄くなる
…こんなところだろうか。
書きながら、現在のアークスのことを考える。街は、緯糸を増やし、確かに潤ったが…。
手元の織紋図所感に目を落とした。
さらに水が増え、繁栄。
石咳の死者なし。
但し、水よみに高負荷か。
本当に経糸は不要なのか?
じいちゃんの文字を一度指でなぞる。
姉さんを、心配していたんだな。
じいちゃんはおそらく僕が経糸型だと
気づいていたのだろう。
だけど何も言わなかったのは、
きっと僕を守ってくれたんだ。
もう一度、家の設定図を引っ張り出して見る。僕はこの家に、じいちゃんに、守られていたんだな。
「ツムギを支えてやれ」
ふいに父さんの言葉が頭に浮かんだ。
街は今、霧がだんだん濃くなっている。
おそらく"緯糸性"に寄りすぎて
水を吸いすぎているんだ。
街の絹が重くなっているのも、気のせいじゃない。
姉さんの体調不良はきっとこれが原因だ。
乾きの病の、逆といったところだろう。
…このままいくと、姉さんは、水と、他人の情動の重さに耐えられなくなるのではないか。
さらに同時期に、街の皆の"乾きの病"の発現も増えると予想される。
経糸の時代の横に描かれていた、紡げなかった布の図が目に入った。
背筋がぞっとした。
姉さんを。
街を、支えなければ。
僕にできることは…。
家の設定図を見る。
繭型の家の梁の形…。
水よみの波紋陣。
「水読口伝録」の子ども落書きと
霧が消えた記述。
ひらめきと共に、全てが繋がった。
経糸が足りないんだ、
今この街にも。
広場の波紋陣にも。
経糸を現し、街を覆う霧を晴らす。
いま僕がやることはこれだ。
今すぐ広場の石畳の模様を変えるわけにはいかないが、試す方法はある。
…。
あれと、あれを使えば…。
昼の鐘はまだ鳴ってない。
急いで家に帰ろう。
第6話へ続く。
