
霧を解く陣。姉さん、どうか、僕を信じて【インビジブル・コクーン第6話】
知の洞窟を後にし、執政館に油灯と鍵を返した帰り道はいつもの中央広場を通りぬける。
広場にある日時計を兼ねた湧水水道の波紋陣は、織紋図に描かれていた"緯糸だけの布"の同心円と酷似していた。
街が水よみを呼んだのか、水よみの方が街と共鳴したのか、あるいはその両方か。
…いずれにしろ、偶然の一致にしては出来すぎている。
湧水をよんだのは姉さんだが、水道をつくったのと、広場に陣を残したのはじいちゃんだ。
石が陣を残したがっていた、と聞いたが、あれは石の声というより、街の声を含んだものだったのだろう。
ただ、じいちゃんが織紋図の所感を書いた時から、明らかに街の様子は変わっているはずだ。
その頃はまだ、姉さんの体調も霧の濃さも問題なかったはず。考えてみれば、霧がだんだんと深くなりはじめたのは、じいちゃんが死んだ後くらいからだった。
…街が理想とした"緯糸だけの布"は、
いまや綻びかけているのではないだろうか。
じいちゃんが生きていたら、今の状況だったら、いや…おそらく今ほど姉さんの体調が悪くなる前に、何かしらの対処をしていたような気もするけれど…。
石をよめる者がいない今、街自体の意思が、どうなっているのかわからない。
ただ、街の意思がどうだろうが、今の状況がよくないことが事実だ。
どれほど、経糸が必要ない、と言われようが、構造上柱がない家は潰れる。…支えてみせる。じいちゃんでもきっと、姉さんと街を支えるために動いたに違いない。
紫色の霧の中を走り抜けて、家に着く。
直前に、昼の鐘が鳴った。
玄関からすぐに向かったのは、作業台だった。じいちゃんの棚から、目当ての道具と石を探す。
…あった。
さすがじいちゃんだ。
絶対とは言えなかったが、多分あるだろうと思っていた。良かった。
カイが取り出したのは、精密作業の際に使っていた拡大鏡と、指先ほどの大きさの四つの色石だった。
拡大鏡は、穴の空いた薄い石の円盤の穴の部分に、薄く磨かれた水晶の円盤が嵌め込まれたもので、じいちゃんの特注品だ。
色石はそれぞれ、黄・赤・紫・緑の、磨かれた美しい石で、石工作業の時に珍しい色の石の欠片が出ると、じいちゃんが研究用に持って帰っては磨いて飾ってあったものだ。
それぞれ大事なものだが、姉と街の為に使うと言えば、喜んで貸してくれるだろう。
心の中で許可を得ることにする。
それからもう一つ、製糸道具の近くに置いていた布包みを開いて、昨日父に見せた経糸を取り出した。これらを組み合わせて細工を施し、ある道具を作るのだ。
まず、拡大鏡の枠石を両手でしっかりと支え、裏側から水晶の縁に親指を添える。
水晶が割れないよう、均等に、ゆっくりと押し出していく。
すると、パチッと軽い音を立てて、水晶の円盤が手の中に滑り落ちた。
次に、取り出した水晶の縁に、コンパスと定規を使って正確に八方の印をつけていく。
ここがずれると台無しになるため、慎重に行う。
さらに、縁の印を鉄の針で引っ掻いて最初の窪みをつくり、弓錐(ゆみきり)の先端に使い古しの金剛砂の泥をつける。それから小さな溝を八箇所、丁寧に彫り進めていく。
キコキコと弓錐の音だけが、部屋に響く。
気づけば額に汗がにじみ、作業台の上には水晶の白い削り粉が溜まっていた。

溝が彫り終わったら、一旦水晶全体にかかった粉を拭き取り綺麗にして置いておく。
それから、小さな鉄鍋で松脂(まつやに)をドロドロに溶かし、石枠の四方に素早く垂らし、四色の色石ををギュッと押し付ける。
松脂は冷めるとすぐに固まるので、その間に水晶の仕上げをしていく。

先ほど彫った縁の溝に、経糸用の絹糸を、「十」と「✕」の形にピンと張りながら渡していく。
石枠の松脂が乾いたら、はみ出た余分な脂をナイフでサッと削ぎ落とし、全体を軽く磨き、内側に糸を通した水晶をパチッと嵌め込む。

思ったよりも時間がかかったが、なんとか形になった。
水晶の溝は最小限にとどめたので、嵌め込むとほぼ見えないし、松脂は後から綺麗に外せるから石枠に傷もつかない。役目が終われば、元通り拡大鏡として問題なく使える。じいちゃんも安心してくれるはずだ。
円(○)の中に、八方の軸(✳︎)ーーこれが、僕が結論づけた"霧を解く"陣の形だ。
水よみの一族が"水を呼ぶ"波紋陣の反対の性質を持つと予想し、この陣を、広場の波紋陣に重ねることで、水呼びの効果を打ち消し、霧が消えると考えた。
試しに広場の波紋陣に、直接この陣を描ければもっと簡単だったのだが…。
中央広場の湧水水道の周り、波紋陣の石畳は、内円と中間円には主に水を通す石、外円には主に水を含む石を組み合わせて模様が作ってある。
内円には春夏秋冬の石、中間円には朝昼夕夜の石、外円には東西南北の方位を示す色石がそれぞれ埋め込まれ、北側に斜めに傾斜させた水道本体が、正円上に影を落とす日時計としても機能している。
濾過機能を持つ水道本体から流れた水は、一旦水盤に受け止められた後、石畳へ静かに溢れ、内円の石へ染み込み、見えない地下排水路へと流れる。
つまり、排水口を作らず石畳そのものに水を吸わせる設計となっていて、水道そのものだけでなく陣もまた常に湿り、水道の一部として機能している。
そのため、簡単に形を変えたり、線を描いたりすることができないのだ。
ならばと、石を上に並べて簡易的に陣を描くことも考えたが、その場合必要なのは、水を通す石・含む石、に反するとしたらやはり水を弾く石と予想される。
陣を描くのに適した大きさの小さな撥水石をこれからいくつも探し、運び、並べ、かつ、うまくいかなければ撤去する作業か発生するのは、かなりの労力がかかる。
採石場が街外れにあるとはいえ、今日は仕事は休みなので勝手に作業するわけにはいかず、方々に説明と許可を得る作業も必要になる。
そこで考えついたのが、拡大鏡を使い、影で陣を描く方法だった。
波紋陣の大きさからして、カイが腕を上げてこの拡大鏡をかざし、上から太陽光を当てると、陣を重ねることができるはずだ。
これなら、陣の起動を自分1人だけで、かつ一瞬で試すことができ、さらに万が一だめだったとしても、撤去の必要もなく、修正もしやすい。
拡大鏡の石枠の材質によっては、色石の間に撥水石を付けるつもりだったが、蓋をあけてみたら、石枠自体が撥水石だった。これは嬉しい誤算だったと同時に、じいちゃんから今やっていることが正解だと背中を押されているような気がした。
あとは、陣がうまく作用してくれることを祈るのみだ。
それともう一つ、今までは街を守ってくれていた象徴のような霧を消す、ということに
姉と街の人達がどう思うかに懸念はあるが…。
姉の体調と乾きの病の今後を考えると、協力してくれると信じたい。
まずはリツ執政官に相談して霧を消す算段が着いたら、姉さんと話をさせてもらおう。夕の鐘がなる前に、執政官と話ができれば良いのだが。
ゆっくり食事をする暇はないので、乾燥桑の実とチーズひとかけだけを、山羊の乳清と一緒に噛みほぐしながら飲み込む。
それから、出来上がったばかりの、"霧解き"の拡大鏡を手に持って外に出た。
ーー瞬間、バチっと言う音と共に、繭型の光がカイの周囲を覆い、濃い紫色のシンパシーの霧を弾いた。
咳が出ない。
息がしやすい…
頭がすっきりとした感覚になった。
これは一体?
手元の拡大鏡を見る。霧解きの陣は、やはりあっていたのか。ほっと安堵すると共に、じわじわとした自信がみなぎってくる。
手に持っていると、自分の周囲だけになるらしい…やはり街全体まで広げて霧を消すには、地面に、波紋陣に重ねた方が良さそうだ。
いま、街の境界には、街全体まで波紋陣の効果を広げて霧を留めるために、東西南北それぞれに色石を四つと、色石の間に、水を含む石を四つが設置されている。
そうだ、霧を消す際には、境界の水を含む石の横に、撥水石を置く必要もありそうだ。
執政官に相談する前に気づいて良かった。1人だと骨が折れるし、時間もかかる。協力をお願いできれば…。
シンパシーを弾く"透明な繭"は、姿は見えないけれど、消えずになおもカイを包んでくれていた。
走りやすい。
執政館へと足を急がせる。
執政館が見え、入り口へ続く道に入ると、奥から近づいてくる2つの人影が見えた。
「姉さんと…ヨリさん?」
2人共、特に姉の顔は、体調不良も相まってか、かつてないほど疲弊し、落胆の色に染まっていた。
具合の悪い姉さんに、ヨリさんが無理を言って付き添った…というところか。
「カイ…どうしてここに?」
「僕は執政官に話が…それと、後で姉さんとも話ができればと思ってたんだ。ちょうどよかった…と思ったけど、姉さんの体調はどうかな、今からよりも、日を改めた方がいいかな?」
「私は…大丈夫よ。心配ないわ」
気丈に返事をされたが、力がない。
できる限り早めに済ませたい。
「ヨリさんにも関わる話なのですが、ええと、もし謹慎中でも大丈夫だったら、良かったら一緒に…」
様子を伺っていたヨリに向かって声をかけると、一瞬ビクッと怯えた表情をした。
「あ、父から話を…、そう、ですよね。すみません。謹慎を命じられていたのですが、その…。シンパシーを弾く以外は…体調自体は普段と変わらなくて。
ツムギさんの体が心配だったのと、何より、自分の身体のことなので、できることがないかと思って、父とツムギさんに無理を言ってお願いして。
ツムギさんなら多分…その、うつることはないだろうと。調査をご一緒させてもらったのですが…。結局、今日は…なにも…情報を得られずじまいで…」
と、話しながら、涙がみるみる溜まっていく。
それまでヨリが具合の悪い姉を支えていたような形だったが、今度は逆に、姉がヨリの肩をポンポンと叩き、励ました。
「話は、そのことについても、です」
「そ、そうなんですね…?わかりました、えっと、なら、父に今すぐ話ができるか私が先に打診してきます。カイさんは、ツムギさんに付き添っていただけますか?」
「もちろん、ありがとう」
「私は1人でも歩けるわ」
と、渋る姉の腕を半ば強引にカイに交代しようとヨリが少し触れた瞬間、
パチっという音と共に、
ヨリの周りにも"透明な繭"の光が瞬き、
シンパシーを弾いた。
「!?」
ヨリはあまりの驚きに言葉を失った。
「カイ、これは何なの?どういうこと!?あなた、やっぱりヨリに何かしたの!?」
驚愕し、混乱した姉は、カイを激しく叱責する。
「姉さん、違うんだ。ヨリさん、大丈夫だから。無理かもしれないけど、安心してほしい。とにかく、中で一旦話を。このことも、全部、これから話すことに含まれるから」
「あ、あの、わかりました、とりあえず私は、すぐに父に…っ」
そう言って、混乱しながらも慌てて駆け出すヨリの後ろ姿を見ながら、納得のいかない表情の姉は、しかし、黙って横を歩く。
姉さんの腕をとるなんて、いつぶりだろうか…いや、初めてか?
いつ背を追い越したんだっけ。
最後に笑って話したのは…
いつだったかな。
思い出せない。
そんなことを考えながら、黙って歩いた。
透明な繭で包まれて、身体は軽いはずなのに、沈黙がただただ重かった。
執政館に入ると、お世話役の女性に、すぐに応接室に通される。執政官は在宅だったようで、すぐに話に応じてくれた。ありがたい。
カイとツムギは案内してくれた女性にお礼を言って、応接室に入った。先に部屋にいた執政官とヨリに挨拶をすると、着席を促される。
「お時間をいただきありがとうございます、リツ執政官、ヨリさんと、姉さんも」
皆が頷き、リツが口を開く。
「ああ、それで、何か乾きの病に関する新しい情報でも見つかったのか?」
「はい」
僕が返事をすると、
「えっ?」
「どういうこと?」
姉とヨリさんが間髪入れずに反応する。
「今回僕が調べてわかったことはまず、
そもそも、乾きの病は、病ではなかった、
ということです」
全員が訝しげな表情でカイを見た。
「そんな、"水読口伝録"には何も…!」
「そう、"水読口伝録"からの情報ではないんだ。これから順を追って説明しますが…まず執政官と姉さん、街の織紋図、と言われたら、何のことかわかりますか?」
「織紋図?突然織物の話か?図案のことなら、街独自のものがいくつもあるだろう、それがなんだ?」
「リツ執政官と同じく、絹織物の紋図ならわかるけど…アークスの織紋図って、一体なんなの?」
「実は、このアークスという街自体が、街の人々や社会を織物に見立てて、理想の社会をつくろうという意思があったことがわかりました。それが、アークス織紋図という形で記されていたのを、知の洞窟で発見したのです」
「街の…意思?」
執政官が呟く。
「そうです。その織紋図には、街の人間には二種類、経糸型と緯糸型がある、と説明されていました。
結論から言うと、乾きの病とは、その経糸型の特性が強く出た場合に現れる現象の一つで、つまり病ではなかったということです」
「乾きの病は…
病では、ない?」
ヨリが呟き、肩の力が抜けたのがわかる。
執政官と姉さんは、固まったままだ。
カイは、一旦拡大鏡をテーブルに置いて、肩袋から携帯記録板を取り出し、知の洞窟でわかったこと、各者の特性、今現在置かれている状況などを順に説明していく。
皆、混乱しながらも、なんとか理解しようと、黙って話を聞いてくれる。
「そして。僕は、この街が理想とした"緯糸だけの布"は、いま綻びかけていると思っています。…姉さん、正直に言ってほしい。
いま、霧が、街の皆の情動が、どんどん重くなっていて、姉さんの身体はもう耐えきれなくなってきてるんじゃないか?」
ツムギは、一度グッと口を結び、
しばしの沈黙の後答える。
「……そう…かもしれないけど…。
だけど、じゃあ、私が…。私が今まで、やってきたことは、間違いだったって言うの?
皆のために、街のために…、ずっとやってきたことは、結局街のためどころか、皆を、街を…自分すらも潰すことに繋がってたってこと?」
声がかすれ、
目から涙が溢れ出した。
「姉さん、それは違う。姉さんがいなければ、この街の発展は、絶対にあり得なかったし、姉さんがやったことは、街の皆を、本当にたくさん助けてきたはずだよ」
「カイの言う通りだ、ツムギさん。今までのあなたの努力や功績に、何一つ間違いはない」
「ツムギさん。皆、ツムギさんがいてくれるから、安心して暮らせているんです。どうか、そんな風に言わないでください」
執政官と、ヨリも続ける。
「そう、この街には、水も霧も、皆の心が一つになることも、確かに必要だった。ただ、今はそれが過剰になっただけ、それだけだよ。
だから、姉さん。まず最優先にやることが、霧を晴らすことだと、僕は考えているんだ」
「理屈はわかったわ…でも、霧を晴らしたら。
また、あの乾きが、街を枯らしたら?せっかくなくなった石咳が…、せっかく発展した産業が、皆の暮らしが、めちゃくちゃになったら?どうするの?
私は、それが…。とても、こわくて…」
ぽろぽろと大粒の涙がこぼれていく。
震える姉の肩が、ひどく小さく見えた。
こんなにも小さな肩に、街の重責全てを請け負って生きてきたのかと、今さらながら気づいて、胸がつまる。
「姉さんはそうやって、自分1人だけで、背負ってきたんだろう?姉さんの身体が、もう限界だって、言ってるんだよ。このままだと街共々潰れてしまう。
もし霧を晴らして、不具合が出たら、今度は皆で考えればいいじゃないか。
姉さんがよんでくれた水は、じいちゃん達がつくってくれた水路は、消えない。シンパシーで何度も一つになった皆の気持ちは、結束は、霧が消えても、きっと消えないよ。
そしてね。僕はいままでずっと、姉さんにとって本当に頼りなくて、心配で、守らなきゃいけない存在だったと思うんだ。
だけど僕は、今まで皆に、自分にすら疎まれていたこの"乾きの病"が、自分の性質だったと知って本当に嬉しいんだよ。
この性質があるからこそ、崩れかけた現状を変えることができる。そして、姉さんもこの街も、支えることができると思えるから。
姉さん、どうか、僕を信じてほしい」
まっすぐに、姉の目を見た。
姉は、泣きながらも、まっすぐに視線を返して、それから小さく頷いた。
「ツムギさん、今までずっと、身体を壊すまで、あなた1人に背負わせてしまって、本当に申し訳ない。もう、充分だ。
今はツムギさんの身体のことが最優先だ。ツムギさんに何かあれば、それこそ、街の皆が崩れる。カイの言うように、万が一霧が消えて出た不具合は、皆で力を合わせて考え、対処していこう。それが、私の責任であるし、この街に住む皆の総意だと思う」
「ツムギさんが1人で辛い中頑張っているのに、その頑張りがないと、街の幸せが保てないなんて嫌です。皆で頑張って、ツムギさんも皆も、幸せでありたいです」
執政官とヨリも、ツムギに語りかける。
ツムギは、涙を流しながら、
ゆっくりと頷いた。
「それで、カイ。霧を晴らすのには…広場の波紋陣を壊す…には少し大掛かりになるか」
執政官からの問いに、
「いえ、壊す必要はないと思います。僕が考えたのが、これです」
手元の拡大鏡を見せる。
「…?それは?石工頭の拡大鏡…か?」
「そうです、正確には祖父の拡大鏡を改造したものです。水よみの一族の口伝録に、乾きの病の子が遠征について行った記述、地面に絵を描いていた記述、行きにあった霧が晴れた記述がかなり近い範囲に書かれていました。
ここから、僕は、水を呼ぶ波紋陣の反対のような、"霧を晴らす"陣があるのでは、と考えたんです。
しかし、そのような伝承はもちろん、形の記述なんかもない。そこでヒントになったのが、祖父が作ってくれたあの繭型の家(※①参照)でした。
梁の形が、同心円を支えるような構図になっていた。それと街の織紋図から、波紋陣に、経糸を足すような陣の形を思いつきました。それがこの形です」
カイは、広場を傷つけず、最も効率良く試せる方法として、この拡大鏡を使うことと、仕掛けを説明した。
「姉さん、この陣を作っている糸はね、僕と父さんが研究してきた、すごく細いのに強い経糸なんだ。近々にヨリさんにも提案しようと思っていたものなんだけどね。
姉さんからしたら、父さんも、頼りなかったかもしれないけれど。父さんもずっと、姉さんを、街を、見守っていて、間接的にだけど、力になろうとしてきたんだよ。
この拡大鏡には、父さんと、それに、誰よりも先に姉さんの負担に気づいて心配していたじいちゃんの力も入ってる。だから。きっと、うまくいくと思うんだ」
「そうだったのね…お父様…おじい様」
ツムギは驚き、そしてそっと、
拡大鏡の経糸に触れた。
「とはいえリツ執政官、先程までは正直、陣の形については半信半疑だったんです。
ですが、ここに来る前にシンパシーに近い霧に触れたところ、確かに弾くことを確認できました。ヨリさんも姉も一緒に見ています。陣の形と効力は間違いないようです。霧を晴らすことに、ご協力をいただけますか?」
「なるほど…。もちろんだ、カイ。
本当に、ここまでよく…やってくれた。現状を考えると、早い方がいいだろう。
明日の朝の鐘の前に、まずは責任者のみを緊急収集して、この件を通達する。その後、街の皆に周知することとしよう。その間、広場の波紋陣には近づかないようにさせる。
カイ、朝の鐘の時間を目安に試す形で良いだろうか?他に何か我々がやるべきことはあるか?」
「ありがとうございます。それで大丈夫です。
街の境界に、霧を留めるための石を置いていますよね。色石を除く四つの石の横に、それぞれ撥水石を置くようにしていただけますか?」
「承知した。石工職人連中が、喜んで請け負ってくれるだろう。あれを設置したのも彼らだ」
「助かります。よろしくお願いします」
「姉さん、身体の方は…その、明日の朝まで、大丈夫だろうか?辛くないかな?」
「大丈夫よ。ありがとう」
「私、明日の朝、ツムギさんをお迎えに上がっても良いでしょうか?付き添いたいです」
「ええ、ありがとう…助かるわ」
姉がこういう提案をすんなり受けるのは珍しい。実のところ相当辛いのだろう。…早く楽になれば。
ほどなくして夕の鐘がなり、明日の段取りだけ最終確認をした上で、今日のところは解散することになった。
明日、どうか、うまくいきますように。
カイは拡大鏡を両手で持ち、祈るように胸に抱いた。
第7話に続く。