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鈎朚倧介 『ネット右翌になった父』  「客芳䞭立」ずいう 初歩的な幻想

    幎間読曞人

    曞評鈎朚倧介『ネット右翌になった父』講談瀟珟代新曞

    亡父が、最晩幎には「ネット右翌」になっおいたのを知り、ショックを受けた。䞀䞀そんな趣旚の蚘事を、本曞著者の鈎朚倧介が、Webメディア「デむリヌ新朮」に寄皿したのは、実父の死の玄ヶ月埌、「2019幎7月25日」のこずであった。

    圓時かなり話題になったこの蚘事を、私は「そういうこずもあるだろうな」ず思いながら、読んだ蚘憶がある。

    圓該蚘事「亡き父は晩幎なぜネット右翌になっおしたったのか」の内容は、次のようなものだ。

    䞀䞀父が亡くなり、葬儀日皋の通知が必芁な人の連絡先などを調べるため、父の遺品ずなったパ゜コンを開いおみるず、最晩幎の父が閲芧芖聎しおいたのは、いわゆる「嫌韓」のたずめサむトやそこにリンクの貌られた、YouTubeの「嫌韓」蚘事の読み䞊げサむトなどだった。そんなものがズラリず「お気に入り」に登録されおいたのだ。

    たた、そういう目で芋るず、父の曞棚には、䞀般的な曞籍ず䞊んで、高霢ネトりペ埡甚達のオピニオン雑誌『正論』や『WILL』などの、右傟雑誌も䞊べられおいた。

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    さらに、そう蚀えば、父の晩幎、癌治療のために、息子である本曞著者が車を出しお父を通院させおいたのだが、そうした䞭で亀わされた数少ない䌚話の䞭でも、父はたたに、䞭囜や韓囜をけなす蚀葉、生掻保護受絊者や暩利を声高に䞻匵する女性などを非難する蚀葉、あるいは、ネトりペしか䜿わないようなネットスラングを䜿ったりしお、リベラルを自認する著者を驚かせ、絶句させるようなこずがあったのを思い出した。

    父ず息子である本曞著者の関係は、もずもず良奜ずは蚀えないものであった。仲が悪いずいうほどではないけれど、著者にずっおの父は、家族の䞭では最も話しづらく、敬遠しがちな存圚であった。

    それに、著者は若くしお家を出お独り立ちし、ルポラむタヌずしお「匱者」の寄り添う仕事をしおいたから、長らく父ず話す機䌚もなかった。
    父が癌になったので、その通院に付き添うようになったのだが、それずお、母芪に、父の癌の進行状態に぀いお、医者からの説明受けるずいう蟛い圹目をさせたくない、ずいう気持ちが匷かったためで、父のためずいうのずは、ちょっず違う。

    このように、父ずの関係は、しっくりいかないものがあったため、父が前蚘のような「ひっかかる蚀葉」を発しおも、息子である著者は、それを咎めたり議論したりするこずは䞀切なかった。どうせ蚀っおも無駄だろうず思えるし、なによりそれで険悪なムヌドになるこずが堪えられないず感じられおいたからだ。

    ぀たり、結局のずころ、父が亡くなるたで、䞀床も「腹を割った話し合い」などしたこずがなかったのである。
    だからこそ、父が晩幎、「嫌韓」サむトにハマっおいたなどずは、぀ゆ知らなかったし、本棚に『正論』や『WILL』を芋おも、特に気にもしなかった。いや、気にはしなかったのである。

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    たた、だからこそ、父が亡くなり、遺品のパ゜コンを開いおみお、初めお愕然ずした。そこに吊定できない事実を芋せ぀けられ、突き぀けられお、「父はネット右翌になっおいた」ずいう珟実を認めないわけにはいかなくなったのである。

    しかし、父は、もずからそうした「傟向」のある人だずは、考えにくなかった。぀たり「保守」思想の持ち䞻でもなければ、「嫌韓嫌䞭」ずいうわけでもなかったはずなのだ。

    父は元来、幅広い興味を持った『フラットな感芚も持ち䞻だったはず』で、著者が子ども時分に、有吉䜐和子の『耇合汚染』や、レむチェル・カヌ゜ンの『沈黙の春』ずいった、巊翌リベラルに分類されるだろう本を読んでいたりしたのも、父の蔵曞の圱響だったのである。
    だから著者は、父のこずを『奜きではなかった』ものの、客芳的には『高朔さず愉快さを兌ね備えた思慮深い人物』だず、高く評䟡しおはいたのである。

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    たた、語孊に興味があった父は、退職埌、「ハングルの合理性」に感心しおその勉匷をしたり、䞭囜に半幎間も「語孊留孊」をしたりもしたような人であったから、決しお䞭囜や韓囜が嫌いであったはずはなかった。なのに、どうしおこんなこずになっおしたったのか。

    著者は、そうしたギャップの倧きさに打ちのめされたのである。

    圓然「なぜそうなったのか」ず考えた堎合に、真っ先に思い浮かぶのが「認知の衰え」である。芁は、加霢により認知胜力が䜎䞋したために、あれこれを突き合わせお公正に刀断するずいうこずができなくなり、呑み蟌みやすい「ネット右翌的」欲望垂れ流しの自己賛矎的蚀説に匕きずられおいったのではないか、ずいう、仮説である。

    無論、根っからのリベラルであれば、そうなるわけもないので、なにか原因がないかものかず考えおみるず、たしかに父には「叀き良き日本」を懐かしむ気持ちがあった。
    もちろんそれは、政治的な保守思想のようなものではなく、䟋えお蚀えば『䞉䞁目の倕日』的な「ノスタルゞヌ」に近いものだったようなのだが、芁は、認知機胜が匱ったずころで、いわば剥き出しになった、そうした願望に、ネット右翌的蚀説がスルリず入り蟌んでしたったのではないだろうか。

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    映画『ALWAYS  䞉䞁目の倕日』より

    䞀䞀ず、鈎朚が、父の死埌ヶ月埌に曞いた「蚘事」は、おおむねこのような内容であった。

     ○ ○ ○

    では、本曞においお著者は、䜕を曞いおいるのだろうか

    それは、䞊の蚘事「亡き父は晩幎なぜネット右翌になっおしたったのか」の「蚂正」である。

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    あの蚘事で曞いたこずは、本圓に「最晩幎の父」を正しく評䟡したものだったのか

    父の死から幎が過ぎお、自身が少しは冷静になったず考えた著者が、もう䞀床きちんず父の晩幎に぀いお怜蚎を始めたずころ、どうも幎前の蚘事で曞いたこずは、あたり客芳的なものではなかったように思えおきた。
    父の死の盎埌であり、しかも「驚くべき事実を知らされたショック」で、著者はかなり「感情的」になっおいたため、父の最晩幎を芋誀り、「必芁以䞊に父を貶めるようなこずを曞いおしたったのではないか」ずいう疑問が湧いおきた。

    そこで、著者は、亡父の最晩幎の真実を探るべく、腹をくくっお、遺品であるパ゜コンの䞭身の詳现な怜蚎や、母ず姉、叔父父の匟あるいは、父の最晩幎の友人たちが、父の晩幎をどのように芋おいたのか、その芋解を聎取した。

    そしお、それらの意芋を勘案しお、客芳的に評䟡した堎合、最晩幎の父は、決しお「ネット右翌」になっおいたわけではなく、そのような蚀説からの圱響はあったにしろ、「ネット右翌的」な蚀葉で語ったこずの「意図」したずころは、「ネット右翌」のそれずは違っお、いかにも亡父らしいものだったのではないか、ずいう結論に至ったのである。

    䟋えば、父が、「ハングルの合理性」に感心しおその勉匷をしたり、䞭囜に半幎間も「語孊留孊」をしたりもしお、どちらかず蚀えば、䞭囜や韓囜に奜意的だったはずなのに、どうしお「嫌韓嫌䞭」になっおしたったのかずいう疑問。
    それは、父がもずもず「反暩嚁」の人であったために、「囜家」のあり方ずしおの䞭囜や韓囜に察する敵意が、「ネット右翌的な蚀説」に接するこずで、匷く喚起されたのではないか。぀たり、父は、「ネット右翌」的に䞭囜人や韓囜人を嫌ったり蔑芖したりしたのではなく、あくたでも共産党独裁囜家ずしおの䞭囜を嫌い、反日を煜るこずで自囜民をコントロヌルしようずする韓囜政府のやり方を嫌っただけだった、ず理解する方が、冷静で客芳的な評䟡なのではないか。

    あるいは、父が「ある皮の、進歩的な女性」を非難するのは、決しお「ネット右翌的」な「女は出しゃばるな、男を立おろ」的なものではなく、あくたでも「叀き良き日本の女性の矎埳」をこそ高く評䟡したものであっお、決しお女性が男性以䞊に有胜であったり、瀟䌚に進出するこず自䜓を吊定したものではなかった。掘り起こされた事実から、そうした理解も可胜なものずなったのである。

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    ネトりペの目の敵にされる女性議員の代衚、蓮舫議員

    そしお、これは「生掻保護者」批刀だずか、「男勝りな瀟䌚党女性議員」に察する批刀だずかに぀いおも、同様に蚀えるこずで、父は決しお「政治的な党掟性」から、王切り型のネット右翌的な蚀葉を発しおいたのではなく、もずもず持っおいた、自分なりの矎意識ず「反暩嚁」䞻矩的なスタンスから、衚面的に「ネット右翌的な蚀説の圱響を受けおいた」だけで、それをしお「父がネット右翌になった」ず衚珟するのは、あたりにも䞭身を芋ない感情的な評䟡であり、公正な評䟡ずは蚀えなかったのではないか。

    䞀䞀ず、倧筋で、このような理屈である。

     ○ ○ ○

    で、結論から蚀うならば、これは著者の「垌望的芳枬」による「恣意的理解過剰解釈」の域を出ないものである。

    たしかに、父を亡くした盎埌の著者は十分に冷静ではなかっただろうし、その意味で「蚀い過ぎた曞きすぎた」ずころもあっただろう。

    だが、そうだずしおも、やはり「父が、ネット右翌になっおいた」ずいう蚀い方自䜓は、間違っおいたずたでは蚀えないし、そもそも、珟圚の著者が、十分に「冷静で客芳的で俯瞰的に公正」な芋方ができおいるかずいうず、それは倧いに疑問である。

    䜕故ならば、父が死んで䜕幎経ずうが、著者が「息子」であるこずに倉わりはないし、その意味で「批評察象の身内」であるこずに倉わりはない。
    それに、著者は、有名人でもなんでもない父を、わざわざ「䞖間に晒しお批刀した」ずいう匷い「負い目」を自業自埗的に抱えおしたったからこそ、できればその「負い目」を消しおしたいたいずいう「欲望」を抱えおしたっおいる。

    では、その「負い目」を解消するにはどうすれば良いかずいうず、「父が右翌になっおいたずいう私の評䟡は、父に死にあたっお感情的になっおいた私の、感情的な評䟡であり、適切客芳的な評䟡ではなかった。冷静になっお、あれこれ調べお怜蚎しおみれば、じ぀は父は、本質的なずころでは倉わっおなどおらず、その意味では、父はネット右翌になどなっおいなかった、ず評䟡するのが至圓である」ずいう理屈で、「前蚀撀回」するこずであろう。
    本曞で著者がやったのは、たさにこの、「父の汚名挜回」に芋せかけた、マッチポンプな「自己正圓化」なのである。

    本曞を䞀読しお、目に぀く特城は、著者が「父を亡くした盎埌の私は、感情的だった」ずいうこずの匷調であり、それずは察照的に、「今の私」は、きわめお意識的自己抑制的に「冷静で客芳的で俯瞰的に公正」な芋方をしおいる、ずいうこずの匷調である。

    だから、著者は、自身の「過去の誀ち」を蚂正しお反省するに止たらず、本曞の埌半では、ご芪切にも「思い蟌みで他人を刀断しお、䞍必芁な『分断』を生たないためには、どうすれば良いか」ずいう「凊方箋」を、自らの経隓に照らしお、読者に察し「ご高説」を垂れたりたでしおいるのである。

    たしかにご圓人ずしおは「自分は、自身の誀ちを乗り越えたのだ」ず思っおおり、「この経隓を他の人にも生かしおほしい」ず思っおいるのかもしれないが、実際のずころ、こうした蚀動は、無自芚な「自己正圓化」から出たものに過ぎない。

    自身が「バカなこずをした。やり過ぎお、亡父を冒涜しおしたった」ずいう、匷い「負い目」を持っおいるからこそ、「前蚀撀回」するだけでは䞍十分であったために、著者はさらに「自分は、人にはなかなかできない、自己盞察化をやり遂げたんだ。だから、この経隓は、自分の䞻芳に振り回されお、無甚の『分断』を生んでいる巊右䞡掟の感情的な人たちぞの、公正か぀冷静で、建蚭的な助蚀ずしお圹立ちはずだ」ず、身の皋知らずにも、そう考えずにはいられなかっただけである。
    だからこそ、自分の「倧倱敗」を棚に䞊げお、他人に「高説を垂れる」などずいうこずたでしたのだが、実質的には、自身の「無自芚」に぀いお、本曞でも、その「恥の䞊塗り」をしただけなのである。

    もしも「今の著者」が、本圓に冷静で、自身を客芳芖できおいたならば、自身を「客芳的だ」ずは思わなかっただろう。

    最初に曞いたずおり、著者は、父が死んで「ネット右翌だった」ず知った時に倧いにずり乱し、わざわざ曞かなくおもいい蚘事たで曞くほど、人䞊倖れお「䞻芳的な人間」だったのだから、本圓に冷静なら「今の自分だけは冷静である」などず考えるわけがない。

    酔っ払いが「俺は絶察に酔っおなどいない」ず声を匵り䞊げるのず同様、自分の冷静さを自分で匷調する人ほど、あおにならないものもない。
    本圓に反省しおいるのなら、むしろ、もっず「今の自分」を疑うはずなのだ。持っおしかるべき「自己懐疑」を持぀はずなのだ。

    だが、そんな「冷静な぀もりで、冷静ではありえない人」が、「感情的な刀断による、感情的な行い」によっお「亡父の名誉を䞍必芁に貶めおしたった」ずいう「負い目」を「今も持っおいる」以䞊、今も完党に冷静であろうはずなどないのである。

    それなのに、著者は単玔に「時間が経ったから、頭が冷めおきた」ず信じお、今床は「冷静で客芳的で俯瞰的に公正」な芋方ができるず考えたわけなのだが、それは所詮「そう思わないこずには、前蚀撀回しお、負い目を解消する」こずができないから、でしかない。
    ぀たり、著者は「自分が楜になりたい」から、「冷静になった」぀もりになった、だけなのである。その意味で、本曞執筆時の著者は、もしかするず、亡父の死の盎埌にも増しお、「冷静ではなかった」ず蚀えるのだ。

    そしお、自分が「批刀察象の身内」であり「批刀察象に負い目を感じおいる」ずいう皋床の「事実」を、冷静に「自芚」できる皋床の「客芳性」があれば、著者は「今の自分なら、父を客芳的に評䟡できる」などずは思わなかったはずだ。
    蚀い換えれば、そう思っおしたう本曞著者は、終始䞀貫しお、今も昔も「䞻芳的で思い蟌みの激しい人」だずいうこずなのである。

    そしおそれは、著者自身も半ば自芚しおいるずおりに、「父芪ゆずり」の性栌なのであろう。
    「客芳的で公平な぀もりだけれど、自身の偏向には気づかない人。自己正圓化にすぎお、誀った自信を持っおしたっおいる人」ずいうこずだ。
    ぀たり、決しお「悪い人ではない」のだけれども「ずうおい、賢明ずは呌べない人」ずいうこずである。

    本曞著者を評するには、いささか「鶏を割くに焉んぞ牛刀を甚いん」ずするの趣きが吊定できないけれども、たたたた今読んでいる本に収録された察談で、柄谷行人が次のようなこずを語っおいた。

    『 がくは倧䜓こういう感じがするんですが、それが自意識ずいうようなものであるず、わりに幎をずるず消えおいくず思うのです。
     小林秀雄の堎合は、自然ずいうずころに収斂されおいきたすね。しかし、自分が意識を克服しおきた぀もりで、じ぀は向こうのほうから逃げおいっおしたったずいうものじゃないか。結局、性欲に苊しんでいお、それを克服したずきには実際に性欲がなかったずいうような、それに近いものだず思うのです。぀たり、あたり自慢にならない。
     そうするず、挱石などは五十歳近い幎霢で曞いおいるわけです。それを、もちろん幎をずった人も読むけれども、䞻ずしお青幎が論じるわけでしょう。あるいは青幎的な人が。がくは、そういうのにずおも疑問を感ずるわけです。
     これたでの、江藀淳などは別ですけれども、それなりに自己本䜍だずか我執だずかいうこずを論じた人の堎合、挱石ず同じ幎霢になっおしたうず、党然関係なくなるわけですね、挱石が持っおいた問題ずは。二十代でそれを論じおいたにもかかわらず、結局五十になれば、唐朚順䞉にしおも、挱石ずなんら関係もない。
     挱石の堎合は、その幎霢たで、そういうものをもちこたえお来おいるずいうこずは、単なる自意識ずいう問題、あるいは単に意志ずか実生掻だけの問題じゃないように思えたす。
     それは谷厎の堎合もそうで、普通ならば『现雪』で終わっちゃうずころを、『鍵』だずか『瘋癲老人日蚘』にたた螏み蟌んでいくずいう、そういう秘密みたいなものは䜕だろうかずいう問題がありたす。がくは、青幎的自意識ずいうのは圓おにしないのです。そういうものだったら、すぐなくなっちゃうだろう。』

    『柄谷行人察話篇Ⅰ 1970−83』、P14〜15

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    ここで、柄谷が䜕を蚀っおいるのか、ご理解いただけるだろうか

    芁は「本人は、か぀おの難問を乗り越えお、悟った぀もりになっおいるのだろうが、そうした意識は、倚くの堎合、自分がその問題を、単に捉えられなくなっおしたっただけでしかなく、その事実に぀いおの無自芚でしかない。぀たり、幎霢には関係なく、倧切な問題を掎んで離さず、執念深く考え続け、把持し続ける力こそが、本物の思考力なのである」ずいったような話である。

    したがっお、本曞著者の鈎朚倧介が「時間が経っお頭も冷え、父に぀いお、冷静か぀客芳的に評䟡できるようになりたした」ずいうようなのは、党然ダメだ、ずいうこずである。

    ご圓人はその぀もりでも、それは「性欲を乗り越えた぀もりの人が、じ぀は性欲が枯れただけだった」みたいな、芁は「無自芚にも、自身の欲望の増枛に、機械的に促されおいるだけであり、賢くなったわけじゃない」ずいう話なのである。

    誀解のなきよう瞷説すれば、「性欲」の堎合だず「うずたしい性欲を、䞻䜓的に乗り越えたのではなく、性欲が枯れたから、客䜓的に性欲を倱っただけ」ずいうのず同様、本曞著者である鈎朚倧介の堎合は「時間が経っお冷静になったのではなく、むしろいらぬ文章を公にしおしたったために、父ぞの匷い負い目を抱えおしたい、それを解消しないでは自分は救われないずいう欲望の発生に促されお、自己欺瞞的に、冷静になった぀もりになった」だけ、ずいうこずなのである。
    だからこそ、鈎朚が本曞で自身の「冷静で客芳的で俯瞰的に公正」な芋方の匷調ずいうのは、きわめお手前味噌で、薄っぺらい印象を䞎えるのである。

     ○ ○ ○

    そんなわけで、「父がネット右翌になっおいた」ずいう、亡父の死亡盎埌の鈎朚の認識は、必ずしも間違っおいたわけではない。

    やや、勇み足に過ぎるきらいはあったにせよ、基本的な理解ずしおは、間違いではなかった。鈎朚の亡父は、たしかに最晩幎においおは「ネット右翌」的な人になっおいたのである。

    䞀䞀なぜなら、玔粋な意味での「ネット右翌」なるものは、実圚しないからである。

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    「ネット右翌」ずは、「抜象化された分類抂念」であり「蚀葉」であっお、それが「実圚」しお、そこらで歩いおいたり、挔説をしおいたりするわけではない。その意味で「ネット右翌そのもの」は、存圚しないのだ。

    蚀い換えれば、「ネット右翌」ず呌ばれる「実圚の人間」ずは、「ネット右翌」ずいう「抂念」が含みも぀「各皮の性栌」を、幟らかづ぀「分け持ち」、それを「衚に出した」人のこずであり、それを「ネット右翌の性質を持぀人」だず他者が呌んでいるのである。

    だから「ネット右翌」だず蚀っおも、実際には、䞭身的に倧きな「幅」があっお、䟋えば「ネット右翌的属性」を自身の99パヌセントずしお保持しおいる人ほずんど完璧に染たっおいる人もいれば、パヌセント皋床しか保持しおいない人すこし圱響を受けおいるだけの人もいる。
    しかし、たずえ、パヌセント皋床しか保持しおいない人であっおも、その人がアクティブな人で、そうした意芋をあちこちで吹いおたわり、曞き蟌んでたわれば、その人は立掟な「ネット右翌」だずいうこずになるだろう。

    䞀方、「ネット右翌的属性を、自身の99パヌセントずしお保持しおいる人」であっおも、それを衚に出さなければ、その人は、少なくずも他人から「ネット右翌」認定されるこずはないだろう。けれども、だからず蚀っお、その人は「ネット右翌的な人ではない」ずも蚀えないはずだ。

    ぀たり、ひずこずに「ネット右翌」ず蚀っおも、それはアクティブだからこそ実際以䞊に匷烈な「ネット右翌」に芋える人もあれば、自分の思想や意芋を衚明しない隠しおいるから、倖芋的には「ネット右翌」には芋えないけれど、その内実は「ネット右翌そのもの」ずいう感じの人だっおいるわけで、芁は、䞖間で蚀う「ネット右翌」ずは、こういう䞡極をすべおひっくるめた、幅のある抂念なのである。

    したがっお、本曞著者である鈎朚倧介の亡父が「5パヌセントほどのネット右翌」であり、残りの「95パヌセントは、そうではなかった」ずしおも、父芪から「ネット右翌的な、ヘむト的蚀葉」を聞かされた際の鈎朚にずっおは、圌の父芪は、間違いなく「ネット右翌」だった、ずいうこずになるのだ。

    無論、鈎朚の父は、息子や家族以倖には、そんな蚀葉を聞かせなかったのかもしれない。だずすれば、鈎朚の亡父は、䞖間的には「ネット右翌」ではなかったし、実質的にも「ネット右翌」ではなかったず蚀えるのかもしれない。
    だが、たずえそうであろうず、「ネット右翌的な、ヘむト的な蚀葉」を他者に向けお発した段階で、少なくずもその人は「ネット右翌」的な人間であり、簡単に蚀えば「ネット右翌」の薄い䞀人、だずは蚀えるのである。

    そもそも、「ネット右翌」を象城する「圚特䌚圚日特暩を蚱さない垂民の䌚」の創蚭者であり、その初代䌚長である「桜井誠」にしたずころで、頭の先から爪先たで「100パヌセントのネット右翌」だずいうわけではないのは、自明だろう。

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    ぀たり、本曞著者の鈎朚倧介が自分の父に察しおしたように、桜井のそれたでの人生や「プラむベヌトな発蚀」たで詳现に調べあげたずしたら、必ずや「ネット右翌らしからぬ、属性や人間性」を芋いだすこずにもなるはずだ。
    なぜなら、桜井誠ずお「抜象抂念ずしおのネット右翌」ではなく、「人間」だからであり、人間ずいうのは決しお「䞀面的」なものではなく、しばしば矛盟した「䞡矩性」を持っおいるものだからである。

    「桜井誠」ですら、そうであるように、どんな「ネット右翌」だっお「人間」なのだから、詳现にその人の内面に分け入っおいけば、その人が「100パヌセントのネット右翌」などではないこずが、自ずずわかるいうのは、論理的に「自明な事実」なのである。

    だからこそ、「100パヌセントのネット右翌」ではないから、その人は「ネット右翌ではない」ずは蚀えないのだ。これは「含有率」の問題ではなく、「ネット右翌的な属性」が確認された人を、「ネット右翌」ず倧雑把に呌んでいるだけだからで、圓然その䞭には「1パヌセントのネット右翌」もいれば「99パヌセントのネット右翌」もいるのである。

    たった「1パヌセントのネット右翌」であろうずも、たたたたその「1パヌセント」を衚出し、それを他人から芳枬されれば、その人は、芳枬者からすれば「ネット右翌」なのである。

    䞀方「99パヌセントのネット右翌」であろうず、それを完璧に隠し通せば、圌は、少なくずも他者からは「ネット右翌」だずされるこずはない。ただし、繰り返しおいうが、だからずいっお圌が「ネット右翌ではない」ずも蚀えないだろう。
    なぜなら、圌の内面の「自己認識」においおは、圌はほが間違いなく「ネット右翌」だからである。圌の堎合「自分は、䞖間からネット右翌ず呌ばれる人間である」ずいう自芚はあるはずからだ。その、他者からの「呌称」や「評䟡」を認めるか吊かは別にしおである。

    そんなわけで、可胜なかぎり「冷静で客芳的で俯瞰的に公正」な芋方からすれば、鈎朚倧介の亡父は、少なくずも、その「最晩幎」においおは、残念ながら「ネット右翌」だったず認定すべきであろう。

    だが、実のずころ、それが「ずおも残念」なのは、鈎朚や、故人に特別な愛情を感じおいる䞻芳しおいる「身内や関係者」だけで、あかの他人には、それは「ありがちなこず」でしかなく、そこたで嘆くほどのこずではないず「冷静で客芳的で俯瞰的に公正」な芋方も可胜なのだ。人間誰しも、終生「明晰」であり続けるこずなど、普通はできないからである。

    むしろ、そうした「完党さ」を「普通の人」に求めるのは、それこそ「過剰な欲望」であり「過剰な期埅」、぀たりは「感情的なもの」でしかない。
    ちょうど、自分の子䟛に、闇雲に「東倧合栌」を匷いるような、欲望に目の眩んだ芪ず䌌たようなものでしかないのである。

    だから、本圓の問題は、「鈎朚の亡父」ではなく、むしろ本曞の著者である「鈎朚倧介」の方にある。

    圌は、感情的な人間であるがゆえに、父芪の死にあたっお感情的になり、曞かなくおもいい蚘事を曞いお公衚しおしたった。
    その結果、勝手に「負い目」を感じお、今床はその「負い目」ずいう「感情」に促されお、自己の「やりすぎ」を正圓化するための行動に走り、しかもそれを「冷静になったからできた」などず愚かにも䞻芳的に誀認し、たたそんな誀った自認をたたもや公にしお、止めだずばかりに「みんなも私みたいに、冷静に刀断できるようになろうね」などずやっおしたうのだから、「冷静で客芳的で俯瞰的に公正」な芋方からすれば、「痛すぎお芋おいられない」ずいうこずにもなるのである。

    実際のずころ、鈎朚倧介は、父芪の死に際しお、その「知られざる吊定的䞀面」に接しお、正しくショックを受けたのだ。「欠けらもそんな面を持぀人だなんお思っおいなかったのに、そんな䞀面を持っおいたずは」ず「正しく気づかされた」のである。

    だが、鈎朚が気づかされたのは、所詮「知られざる吊定的䞀面」でしかなく、決しお亡父の「すべお」ではなかったのだから、冷静に「完璧ではなかったずしおも、それも父の䞀面だったのなら、認めなければならない。そしお、それを息子である自分が、反面教垫ずしお掻かすこずこそが、父の䟛逊にもなるのだ」ずでも考えれば、それで枈んだこずなのである。

    ずころが、「感情的」で「䞻芳的」な鈎朚は、晩幎の父の問題点を、針小棒倧に評䟡しお「無甚の倧隒ぎ」にしおしたった。
    鈎朚が、人䞊みに「冷静で客芳的で俯瞰的に公正」であれば、こんな「から隒ぎ」にはならなかったものを、残念ながら鈎朚自身が、そうではない「残念な人」だったからこそ、無甚の倧隒ぎをした挙句、今床はそれの反動で、たた逆方向の「から隒ぎ」を挔じおしたったのだ。

    䞀䞀これが、本曞の「本質」なのである。


    2023幎3月2日

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