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グリーンライト 第1話

    あらすじ
    新卒で入社した会社を辞め、実家に戻り毎日同じことを繰り返すだけの生活を送る柏木依吹。
    26歳になった今でも、ずっと忘れられない人がいた。高校時代に所属していた野球部で知り合った柳井太陽だ。
    依吹の気持ちは、その時から止まったまま。
    そんなある日、久しぶりに会った親友の咲希から、アルバイトの紹介をしてもらう。それは、依吹が部活でよく通っていた[もみじの葉運動公園]の管理局の仕事だった。
    アルバイトを始めてからしばらく経った、ある日のこと。
    ひょんなことから、依吹は10年前の高校1年生にタイムリープしてしまう。
    戸惑いながらも、太陽に自分の気持ちを伝えられる最後のチャンスだと思い、依吹は進み始める。


    また朝が来た。当たり前だけど、また朝が来てまた一日が始まる。
    まだ4月の終わりなのに、息がつまるような暑さだ。高校生の時なんて、今より平均気温も5℃は低かったし、太陽もこんなに眩しくなかった。
    毎朝ブルーベリージャムを塗ったトーストを食べ、庭で育てている濃い紫色が綺麗なペチュニアに水をやる。それが終わると、ソファーに寝転がりながらひたすらショート動画をスワイプし続ける。

    「スマホ見てるだけならお皿くらい洗って!」

    母に言われ、不承不承にキッチンへと向かう。外が暑い分、水が冷たく感じる。
    まだ外が明るいうちにお風呂に入り、またショート動画を見ながら寝落ちする。
    そして、また朝が来る。

    新卒で入社した会社を辞め、実家に戻ってきてからもう3ヶ月が経った。
    毎朝同じものを食べ、同じことを繰り返し、同じように一日を過ごす。
    変わらない毎日だけど、それを変えたいとも思わない。
    やりたいことは何もないし、会いたい人もいない。
    また明日も同じ朝が来る。


    「いぶきちゃんおきて!あそぼ!」

    目を開けると、小さな怪獣たちが飛び乗ってきた。
    甥の誠と姪の結だ。2人は、私と6歳離れた姉の子供で、月に2回ほど遊びに来てくれる。
    私は結婚をしないと決めているし、子供を産む予定もない。
    でも子供は好きだし、こうやって定期的に遊びに来てくれることで、孫に会えて嬉しそうな父と母を見ることができて私も嬉しい。

    「いぶきちゃん、これおばあちゃんがわたしてきてって!これなあに?」

    受け取ったはがきには『朝日北高校同窓会のお知らせ』と書かれていた。

    「こういうのってはがきで来るんだ。てか、同窓会ってこんな早くやるものなんだな〜。」

    そんなことをボソボソと呟いていると、スマホに1件の通知が届いた。

    〈高校の同窓会行くー?はがきで届いたんだけど、多分依吹のとこにも来てるよね?〉

    咲希からだ。咲希は小学校からの幼馴染で、高校も同じ[朝日北高校]に入学し、3年間同じクラスだった。
    きっと、依吹が乗り気じゃないと思って連絡をくれたのだろう。
    すぐにもう1件通知が届く。

    〈行くつもりなかったでしょー笑
    依吹の自由だけどせっかくだし行こうよ!それに、私依吹に頼みたいことあって。同窓会の時に話すから絶対来てね!〉

    考える余地もなく、同窓会に参加することが決まってしまった。
    昔から咲希はこんな感じだ。でも、今まで咲希について行って後悔したことはない。

    「まぁ、いっか。」

    ほんの少しだけ、楽しみにしている自分がいた。


    数日後、同窓会の日がやってきた。
    私たちの代の学年主任を3年連続で務めた時田先生が、この同窓会を主催してくださり、母校の体育館に集まった。

    「依吹ー!こっち!」

    呼ばれた先には、咲希を含めた友人たちがいた。
    数年ぶりに聴くみんなの笑い声。見た目は大人になっているのに、話すと良い意味で昔と変わっていなくて、一気に高校時代の思い出が蘇ってくる。
    懐かしい空気に浸っていたその時、後ろから声をかけられた。
    振り返るとそこには、高校時代同じ野球部に所属していた、結翔・朔・友哉の3人がいた。

    「久しぶり!元気してた?」

    「久しぶり!いや当たり前よ!てか、野球部の奴らグラウンドいるから依吹も後で来いよー!」

    3人は颯爽と現れて颯爽と去っていった。

    「無駄がないね〜」と笑う咲希が、ハッとしたように思い出す。

    「あのね、うちの叔父さんがもみじの葉運動公園の管理局で働いてるんだけど、今新しいバイト探してて。余計なことかもなんだけど、依吹どうかなって。」

    いきなりの話に驚く依吹。

    「家で一生ショート動画見てるって依吹ママ言ってたし。ずーっと小さい画面見てるより、ほらあそこ、花とか咲いてて自然豊かだし。そっち見る方が面白いかなーって。」

    「ショート動画も面白いよー?おじいちゃんと孫の絡みとかさ」と少しふざけたように返す依吹。

    「おじいちゃんと孫なら運動公園にいっぱいいるぞ。まぁ、とにかく話だけでもいいから!叔父さんに明日行くって言っておくね!
    ほら、野球部のとこ行ってこい!」

    急な話に頭が追いつかないが、咲希に押されて一旦グラウンドへと向かう。
    着いた先には懐かしい顔が揃っていた。当時、共に苦楽を乗り越えた仲間たち。
    野球部のメンバーとは卒業以来全く連絡を取っていなかったので、実に8年ぶりの再開だ。
    キャッチボールをするみんなの姿に胸が熱くなる。

    「依吹!久しぶり!」

    8年ぶりに聴く声、この空気感。もし今日ここに来ていなかったらこの気持ちを味わえなかったと思うと、咲希にはものすごく感謝している。
    やっぱり咲希について行って間違いないなと思い、アルバイトの件も前向きに考えてみることにした。

    「ねぇそういえばさ。」  結翔に声をかけられる。

    「依吹って、蓮谷高の氷野くんと付き合ってたよね?今も付き合ってるの?」

    「いや、大学2年の時に別れたよ。」

    「そっか。」

    依吹は、高校2年から大学2年まで約3年ほど付き合っていた人がいた。
    部活の練習試合で知り合った、蓮谷高校の氷野潤だ。
    潤は依吹と同い年で、誰とでもすぐに仲良くなれるタイプ。
    蓮谷高校とは練習試合や合同練習で何度も一緒になり、潤はその度に依吹に声をかけてくれた。みんなに対して優しかったが、依吹には特に優しかった。

    ある日の蓮谷高校との練習終わり、潤に告白された。
    でも、当時気になっている人がいた依吹はその告白を断った。勇気を出して思いを伝えてくれたのはわかるし、申し訳ないなとも思った。
    帰ろうとしたその時、潤に腕を掴まれた。

    「俺のこと、今は好きじゃなくてもいいから。
    お試しみたいな感覚でもいい。それに付き合ったら絶対、俺のこと好きになってくれると思う。だめかな?」

    依吹は正直押しに弱い。部活でも、強く頼まれたら引き受けてしまう。
    好きじゃないのに、相手に気持ちはないのに付き合うのは良くないことだ。
    でも、断った方が潤のことを傷つけてしまうのではないか。それに、もしかしたら好きになれるのかもしれない。

    結局、依吹は潤と付き合うことに。

    それから3年が経った、大学2年の夏の夜。
    記念日のお祝いをするために、潤の家へと向かった。
    部屋に入り、潤の好きなアイスケーキを渡す。潤からは綺麗な花をプレゼントしてもらった。
    依吹は花が好きだということを潤は知っている。だから、毎年記念日に花をプレゼントしてくれていた。
    1回目は「ひまわり」、2回目は「マリーゴールド」を、そして3回目

    「紫色のチューリップ?この時期探すの大変だったよね?ありがとう。」

    「ごめんね。あんまり綺麗じゃないかもだけど。」

    潤はそう言いながら、『3』の形のろうそくをアイスケーキのてっぺんにさす。

    「ねぇ、依吹。別れよう。」

    潤からの急な言葉に驚く依吹。
    ろうそくに火をつける潤の手は震えていた。

    「いつかは、俺のこと好きになってくれるかなって思ってた。
    いろんな所に行って、美味しいものを食べて、そうやって一緒に過ごしていたら、楽しい思い出をたくさん作れたら、いつか好きになってくれるかなって。
    でも、依吹はいつも、俺じゃない人が頭の中にいたよね?」

    何も言えずに、ただ潤を見つめることしかできない。
    そんな依吹を見て、潤は寂しげに笑う。

    「そんなに太陽が忘れられない?」

    「そんなことないよ。」と答える依吹に、被せるように返す潤。

    「そんなことあるよ。どこに行っても、何をしていても、依吹はずっと太陽のこと考えてるんだろうなってわかってた。
    それでもいいって思っていたけど、やっぱり嫌になっちゃった。
    もう、依吹のことは好きじゃない。ごめんね。」

    潤は一気にろうそくを吹き消した。


    ◇
    今日はいつもより早く目が覚めた。
    毎朝のルーティンである花に水をあげたあと、昨日の同窓会で咲希に紹介してもらったバイトの面接のため[もみじの葉運動公園]へと向かう。
    蒸し暑いのに、風が爽やかに感じられる。

    事務所に着き、咲希の叔父さんから話を聞く。

    「何となくは理解できたかな?いやーほんと助かるよ!前の子が急に辞めちゃってさ。」

    今はどこも人手が足りないって言うし、依吹も家で暇をしているだけだったので逆にありがたい。
    それに、このもみじの葉運動公園には野球場があり、高校時代によく来ていた場所でもあるため懐かしくて、ここで働けることが嬉しい。

    球場からは賑やかな声が聞こえてくる。

    「この時期は大会もあるから元気な声で溢れていていいよね。
    今日も、学生さんじゃなくて大人だけど、そこの球場使って試合してるよ!」

    そんな話を聞き、帰りに少し覗いてみようか迷ったが、なんとなく今日はやめておくことにした。


    もみじの葉運動公園で働き始めてから、1ヶ月が経った。
    特別忙しいわけでもなく、基本的に穏やかなので、刺激は少ないが充実した日々を送っている。

    ほんの少しだけ秋の気配を感じ始めた晩夏の夜。
    高校時代からの友人である風戸凛と久しぶりに会った。
    凛は潤と同じ蓮谷高校の野球部でマネージャーをしていた。凛とも練習試合で知り合い、部活以外でも会うようになった。
    同じ大学に進学し、同じ会社に入社した。
    会社を辞めるまでは、ほとんど毎日一緒に過ごしていたので、正直そんなに久しぶりな感じはしない。
    凛は昔から優しくて温かい人で、いつも依吹の味方でいてくれた。
    この10年、良い時も悪い時も、どんな時でも1番近くにいてくれた。
    頼れる姉のようであり、時々無邪気な妹のようでもある。

    「もうバイトし始めて1ヶ月くらい経つよね?
    まさか依吹ちゃんがここで働くとは思わなかったよ。」

    「私も思わなかった。何ならまだまだニートでいるつもりだったし。笑
    紹介してもらったからここで働き始めたけど、そうじゃなかったら一生来ないと思ってた。」

    「そうだよね。まぁでも、何かの縁なのかもね!
    それより、私は依吹ちゃんが毎日元気に過ごしていてくれたらそれだけで充分なんだけどねー!」

    そう言いながら、凛は依吹の頬を軽くつまむ。
    依吹が、このもみじの葉運動公園を避けていたことを凛は知っているので、こうやって明るく笑い飛ばしてくれた。

    高校時代はよく来ていたこの場所を、こんなにも長い間避けていたのには理由がある。

    依吹には好きな人がいた。控えめなタイプではあるが、誰かのために勇気を持って行動することができ、皆からの信頼も厚い。気がつくと、いつも周りにはたくさんの人がいて愛されていた。みんなをあたたかく包み込み照らしてくれる。
    柳井太陽だ。

    太陽は凛と潤と同じ蓮谷高校の野球部に所属していた。
    依吹はずっと太陽のことが忘れられなかった。そして、それは今でも変わらない。
    潤と別れてからの6年間。依吹は誰とも付き合わなかった。もし誰かと付き合っても、またあの時と同じように傷つけてしまう。
    それに、未だに太陽のことが好きだから。
    誰とも付き合わないし、付き合えない。

    今どこで何をしているのだろう。依吹はもちろん、凜ですら知らないらしい。
    これから先もきっと、もう会うことはないことくらいわかっている。


    ◇
    「もうすっかり秋だね〜。」

    少しずつ色づいてきた木々が、このもみじの葉運動公園を美しく彩る。
    事務所の中には[ブルースター]の花が飾られていた。

    「綺麗でしょ。最近この近くにお花屋さんができてね、すごく綺麗だったから買ってみたんだ。今週の金曜日に、そのお花屋さんがまた別のお花も届けてくれることになってるの。楽しみだな〜。」

    咲希の叔父さんも依吹と同じく花が好きで、事務所の中はいつも綺麗な花で彩られている。
    5年前にこのもみじの葉運動公園の管理人になってから、必ず花を飾り毎日丁寧に手入れをしているらしい。

    それはそうと、今日は依吹の母校である朝日北高校の野球部が、球場を借りて練習に来ているらしい。せっかくなので監督に挨拶に行くことにした。

    「おう!柏木ー!元気にしてたか!」

    相変わらず脳に響くほどの大きな声。野球部監督の西村直樹だ。
    依吹たちの代から監督に就任し約10年、たくさんの生徒を、選手としても人としても大きく成長させてきた。依吹も、西村監督にはものすごくお世話になった。

    「ちょっとこれ中運んで。お前も野球だろー!頼んだよ!」

    昔からこんな感じだ。中身は10年前から何も変わっていなくて、それが嬉しかったりもする。
    「すみません」と少し困ったように笑う後輩たちの後に続き、依吹もベンチ裏に入り、ヘルメットが入ったカゴを置く。懐かしさに浸りながらも、すぐに外に出ようと立ち上がったその時

    「依吹!今日、動画とか撮っておいてもらってもいい?」

    後ろから聞き覚えのある声がする。振り返るとそこには、『朝日北』と書かれたユニフォームを着た朔が立っていた。見た目も10年前の朔だ。
    混乱し立ち尽くす依吹を、朔は不思議そうに見つめる。

    「おい、早くしろ。」

    朔の後ろからやってきたのは、まだ白髪が1本も見当たらない西村監督だった。
    ついさっき見た姿よりも明らかに若い。

    依吹は急いで走り出し、運動公園内の事務所へと向かう。
    事務所の中に咲希の叔父さんはいない。
    カレンダーを確認すると、10年前のものだ。
    追いかけてきた朔に聞いてみても、10年前で間違いない。
    さっきまでここで働いていたはずなのに、今は部活のジャージを着ている。
    夢でも見ているのかと思ったが、これは夢ではない。
    周りの人も景色も、全て確実に10年前だ。自分の頬をつねっても朔を触っても、しっかりと感覚がある。

    球場に戻ると、「なんか依吹変なこと言ってるー。」と笑う朔に、「疲れて頭おかしくなったんじゃね。」と返す他の部員たち。
    先輩マネージャーから「少し休んでおきな」と言われ、スタンドから試合の様子を見る。

    もしこれが本当だとしたら、なぜこんなことになったのか。
    そして、どうしたら戻れるのだろう。
    検索をかけてももちろん何も出てこない。
    でも、過去に戻ったことには絶対に何か理由があるはず。
    混乱しながらも、何のために10年前に戻ったのか必死になって考える。

    その時、依吹の頭の中に太陽が思い浮かぶ。
    依吹は、太陽に自分の気持ちを伝えられなかったことを、何年経ってもずっと後悔していた。それに、好きではなかった潤と付き合い、潤をものすごく傷つけてしまう。
    もしまたやり直せるのなら、潤を傷つけるようなことはしたくないし、自分の気持ちも大切にしたいと思っていた。

    依吹は、これが自分にとっての最後のチャンスだと思い動き出し始める。


     
     

    明

     
     
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