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グリーンライト 第7話

    静寂に雨音だけが響く。
    近くにあるもう閉店してしまった手芸屋の軒下で、雨宿りをする依吹と凛。
    少しだけぎこちない雰囲気の2人。凛の肩に何か触れる。
    依吹が自分のタオルで、雨に濡れた凛を拭いてくれた。
    「傘、置いてきちゃったね。」と笑う依吹。いつもと変わらない笑顔だ。
    凛が話そうとした瞬間、依吹が被せるように言う。

    「ごめんね、ずっと気がつかなくて。
    わかっていると思うけど、私は太陽のことが好き。凛を友達以上の感情では見れない。ごめん。」

    わかってる。わかってはいたけど、やっぱりはっきり言われると苦しい。
    凛は必死に涙を堪えながら、依吹に聞く。

    「これからも、友達でいてくれる?」

    そんな凛の言葉に、「もちろん」と言いながら大きく頷く依吹。
    ハッとした顔でカバンの中から折りたたみ傘を取り出し、凛に渡す。
    そして、依吹は雨の中走って行ってしまった。

    近くから2人を見ていた潤が、凛に話しかける。
    「もしかして全部見てたの?」と寂しげな笑顔の凛の頭を、潤は軽くなでた。


    ◇
    以前の記憶で、凛が初めて依吹に会ったのは『高校1年の夏大会地区予選』だった。
    マネージャーになってからまだ2か月ほどの地区予選の日。先輩マネージャーがベンチに入るため、凛はスタンドから他の部員と一緒に応援をしていた。
    同じ学校の生徒たちも、たくさん応援に来てくれている。
    試合が終わり、バスに荷物を運ぶため片づけをしていると、近くで同じ学年だと思われる女の子たちが何かコソコソと話しているのが聞こえる。

    「男好きだからマネージャーやってるんでしょ。下心しかないんだろうね。」

    マネージャーをしていると、周りの女の子から一度は必ずこう言われる。
    もうそんなのも慣れたので、何か反応することもない。そのうち帰るだろうから、聞こえていないふりをしていればいい。
    そう思っていたのに。
    いきなり誰かが私の耳を塞いだ。それが依吹だった。

    「気にしてないかもだけど、あんなの気にしないでくださいね。言わせておけばいいんだよ。」

    その瞬間、私は依吹を好きになった。

    他の人からしたら大したことではないかもしれない。でも、凛からすると世界が一気に色づいたように思えるくらい、依吹との出会いが衝撃的だった。
    一目惚れに近いものだったのだろう。

    それから部活で何度も会うことになり、凛と依吹は友達になった。そして、親友になった。
    凛は依吹のことが好きだったけれど、依吹は太陽のことが好きだった。
    何年経ってもそれは変わらなかったし、すごく苦しそうだった。そんな依吹の姿を見て、凛もものすごく苦しかった。
    本当は「自分が依吹ちゃんのことを幸せにしたい。」そう思っていたけれど、そんなことを言って依吹が離れていってしまうことの方が怖かった。
    依吹への気持ちは、そっと胸の奥にしまうことにした。


    26歳の秋。爽やかな風が草木を揺らすある日の朝。
    凛は、依吹が働くもみじの葉運動公園にやってきた。もちろん依吹に会いに。

    依吹がいるはずの事務所へ向かう途中、なんとなく球場へ立ち寄ることにした。
    懐かしさを感じながら周りを歩いていると、試合前だと思われる高校生たちが凛の前を通り過ぎ、続々とベンチ裏へ入っていくのが見える。
    その時、1人の球児のリュックから何かが落ちた。慌てて拾うと、それは手作りのお守りだった。
    大切なものかもしれないと思い、外から呼びかけたが誰も出てこない。
    外に置いておくのもどうかと思い、あまり良くはないがベンチ裏に入ってみることにした凛。
    足を踏み入れたその瞬間

    「凛、早くして!」

    誰かから軽く背中を叩かれた。
    そこには高校生の潤の姿があった。
    どうなっているのかわからず思考が停止する。
    まさか、過去に戻ったなんてことはないだろう。
    凛は潤に聞いてみた。

    「今年って何年だっけ?」

    「ん?今年は20**年だけど。」

    潤が答えたのは10年前の西暦だった。
    信じられなかったが、どうやら本当に10年前に戻ってしまったようだ。
    それに、これから依吹のいる朝日北高校との練習試合がある。
    「もし10年前の依吹に本当に会えたら、タイムリープを信じてみよう。」と思い、朝日北高校ベンチを見てみたが遠くてわからなかった。


    午前の試合が終わり、凛は球場の周りを探した。
    すると、外の水道に誰かがいる。凛はすぐに依吹だとわかった。
    今回もきっと夏に会っているはず。そう思い凛は「夏の大会で1回会ってるんだけど、覚えてる?」と声をかけた。
    でも依吹の反応は薄い。
    もしかして、以前の記憶と同じように進んでいるわけではないのだろうか。
    だとしたら、依吹が太陽を好きにならない可能性もあるのではないだろうか。
    私を、友達としてではなく好きになってくれる可能性はあるのだろうか。
    ほんの少しだけ期待してしまう凛。


    けれどその期待も虚しく、今回も依吹は太陽だけを見ていた。
    聞く前から太陽を好きなのが伝わってくる。太陽と2人でいるところなんて見たくないし、依吹の指に貼られたキズパワーパッドも、剥がしてやって私が新しく貼り直したい。

    依吹が指をやけどする前、凛は太陽と話していた。
    その時一緒に洗い物をしていた依吹と潤を見て、太陽はどこか寂しげな表情だった。きっと太陽も依吹のことが好きなのだろう。
    その瞬間にはもう、凛の入れる隙なんてなくなっていた。


    その日の帰り、凛は駅のホームで太陽と潤に会った。2人がいることはわかっていたし、これから依吹も来るはず。
    少し経ってから、予想通り依吹がやってきた。
    凛以外みんななんだか気まずそうな表情をしていた。
    その状況を凛は楽しんでいた。

    「ねぇ!今度4人で遊ばない?」

    そう言ってみると、3人は少し驚いたような顔をした。最初は迷っていたように見えたが、4人で出かけることになった。



    当日みんなで遊園地を楽しんでいると、太陽が「ペアになろう」と提案してきた。
    それに、依吹と潤を組ませようとしている。
    なぜこのペアにしようとしたのか理由はわからないが、凛としては依吹と太陽が離れてくれて都合がいい。
    太陽と2人で園内を回るが、太陽は普段と何も変わらない様子で過ごしていた。
    依吹と潤のことが気になり、ふとスマホを手に取りインスタを開いてみた。すると潤のストーリーが更新さていた。
    そこには依吹とのツーショットが載せられている。
    隣でそれを見た太陽は、一気に沈んだ面持ちになった。

    「この2人、最近いい感じらしいよ。」

    凛は嘘をついた。太陽には申し訳ないが、これ以上依吹との距離を縮められると私が困る。


    数日後、依吹と潤が付き合っているという噂が広まる。
    でも、凛はそれが嘘だとわかっている。
    依吹が潤を好きになることはこれから先も絶対にない。それを知っていたので焦ることもなかった。
    それにこのまま潤が否定しないでいたら、依吹は怒って潤を嫌いになるはず。

    潤がこれからどうするつもりなのか知りたくなった凛は、話をするために潤を呼び出した。
    バレたと思い焦っている潤の顔が、おかしくて笑えてくる。
    「黙っておくよ。」と言うと安心した表情を見せる潤。
    自分が何もせずとも都合良く事が進んでいき、上機嫌になる凛。


    けれど、そんな楽しいひと時はすぐに過ぎ去ってしまった。
    久しぶりに組まれた朝日北高校との練習試合後、潤が「依吹とのことは誤解だ」と話してしまった。
    何をきっかけに、本当のことを話そうだなんてそんな心変わりをしたのだろう。
    私の知っている潤は、依吹のことよりも自分の気持ちを優先して付き合うような人なのに。
    そして、結局依吹のことも自分のことも傷つけるような人なのに。
    私は、そんな潤がずっと嫌いだったのに。
    今の潤は、私の知らない潤だ。なんで。

    「依吹ちゃんのことはもういいの?」

    そう聞いても、何の未練もなさそうに笑う潤。
    そんなことありえないはずなのに。
    このままだと、また依吹と太陽が近づいてしまう。
    そう思い、凛は引き離そうと考える。

    太陽は正直言ってモテる。野球部の後輩マネージャーにも、太陽に思いを寄せている子はたくさんいた。
    その子の気持ちを利用することにした。


    クリスマスの日。
    太陽が出かけるため駅に来ることを、数日前に本人から聞き事前に知っていた凛は、後輩の女の子と遊ぶ約束をし駅に呼び出した。
    その子は太陽を見かけたら絶対に話しかけるとわかっていたため、理由をつけホームで待っていてもらうことに。
    少し経ってから太陽が階段を降りてやって来ると、思った通り後輩の女の子は太陽に話しかけた。
    傍から見たらカップルに見えなくはない。
    依吹は確か練習試合だったはずなので、この時間に駅を利用するだろう。依吹じゃなくてもいいから、誰かしらが見ていたらそれでいい。
    噂くらい簡単に作れる。
    これがうまくいけば、依吹と太陽は完全に離れるだろう。
    そんな陰湿な期待をする凛。


    数日後、凛の期待通りに依吹と太陽はすれ違っていった。
    願った通りに全てが進んでいく。あとは依吹を手に入れるだけ。


    そんなある日、凛は潤に呼び出された。
    きっと潤は全て気づいているのだろう。そう思い、凛は潤に問いかけた。

    「また苦しむのが怖い?」

    一瞬だけ目を見開いたその反応から、凛は潤がタイムリープしていることを確信した。
    きっと、潤も同じだろう。

    何が目的なのか聞かれたが、そんなの一択だ。
    「太陽じゃなくて、私が依吹ちゃんを幸せにする。」
    でも、そんなことを言ってしまったら邪魔が入りそうだと思った凛は、自分の気持ちは隠しておくことにした。

    「依吹ちゃんに幸せになってほしいとは思っている。」

    それだけ言い、教室を出た。



    それからしばらく経ち、春がきた。
    雨が降るある日の放課後、依吹とカフェに行く約束をしている。
    依吹とは定期的に会っているが、太陽の話題になることはない。
    凛はそれがものすごく嬉しかった。

    きっと今、依吹の心は揺れている最中だろう。
    あと何かひとつだけきっかけがあれば、依吹の太陽に対する気持ちは完全に終わるはず。
    けれど、これ以上何も思いつかない。

    校門で待っている依吹の元へ向かおうとした時、昇降口に、傘を忘れて立ち尽くす太陽の姿があった。
    その時、ちょうど後ろから後輩の女の子がやって来て太陽に声をかけるのが見えた。
    そんな2人を横目に、凛は依吹のところへと走った。

    依吹と合流しカフェへ向かおうとしたその時、曇った表情で凛の後ろの方を見つめる依吹。
    そこには、後輩の女の子と同じ傘に入る太陽の姿があった。
    凛は、一気に場が固まったのを感じた。
    太陽はこちらに気がつかず、そのまま駅へと向かって行った。
    それを見た依吹は、太陽とは反対の方へ走り出してしまった。
    そんな依吹を凛は必死に追いかける。しばらく走ってから、依吹は桜の木の下でしゃがみこんでしまった。
    気がつくと凛は、そんな依吹を抱きしめていた。
    自分で手を出さなくても、望んでいた光景を見せつけることができたのに。
    その光景は、依吹にとって苦しくて胸が張り裂けるようなものだった。

    “私が一番、依吹ちゃんを傷つけてしまっていた”

    苦しそうに泣く依吹の姿が、凛の胸の奥を強く刺す。
    凛は思わず依吹の唇に触れた。
    そんなつもりなかったのに、そうしてしまっていた。
    それなのに、依吹は優しかった。
    雨で濡れた凜を自分よりも先にタオルで拭いてくれた。
    依吹の後ろ姿を見ながら、凛は今までのことを後悔していた。


    「もう、こんなことやめよう。」

    潤に言われ、やっと我に返る凛。
    依吹を幸せにしたかっただけなのに、依吹のことも太陽のこともみんな傷つけてしまった。
    いつからだろう。依吹の苦しそうな顔しか見ることができなくなっていたのは。

    「いいの?ちゃんと好きって伝えなくて。」

    そう潤に聞かれたが、もう答えなんてわかっている。依吹の友達以上にはなれない。
    でも、最後にちゃんと自分の口で「好き」だと伝えたいと思う凛。
    そんな凛を依吹の元へ連れて行く潤。そして、凛の背中をポンっと叩いた。

    駅のホームで電車を待っていた依吹に凛は、今までのこと全てと自分の思いを伝えた。
    依吹は笑顔で「ありがとう」と言い、凛を抱きしめた。

    そして凛は最後にもう一度だけ、依吹に向かってこう言った。

    「ずっと好きでした。」


     
     

    明

     
     
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