
ミノキシジルを2年やめていました。やめると決めた日は、一度もありません
※本記事にはアフィリエイト広告が含まれます。
今回は、また髪の話に戻ります。
第35話で髪の現在地を書いたとき、こんな一文を入れました。
「カークランドのほうも同じです。2024年の春にやめて、2年でボリュームが落ちていくのを体感しました」
さらっと1行で流しましたが、実はこのミノキシジルを塗っていなかった2年間のことは、ちゃんと書いたことがありませんでした。
今回はその2年の話です。
先に書いておくと、自分はミノキシジルを「やめよう」と決めた日が、一度もありません。
2015年から9年、ミノキシジルを塗っていました
少しだけおさらいです。
自分がAGA治療を始めたのは2015年です。
2月からフィナステリドを飲み始めて、春からミノキシジル外用液を塗り始めました。
最初に使ったのはポラリスです。そこから途中で何度か別のものに変えながら、2024年の春まで、9年ちょっと塗り続けていました。
フィナステリドは飲むだけです。1日1回、1秒で終わります。
ミノキシジルは塗る薬なので、そうはいきません。
風呂上がりに汗が引くのを待って、頭に塗って、少し乾くのを待つ。
1回ずつは数分のことですが、毎日となると、それなりに手間のかかるものでした。
やめたのではなく、「やめていた」
2024年の春ごろ、自分の生活は子ども中心になっていました。
子どもがまだ小さくて、家族のことで手いっぱいの時期です。
自分のことより家族のことが優先で、それが当たり前になっていました。
その中で、塗る時間がもったいないと感じるようになりました。
風呂上がりに汗が引くのを待つ時間があるなら、子どもの相手をしたいし、少しでも早く寝たい。そう思っているうちに、塗らない日が増えて、気づいたら自然と塗らなくなっていました笑
「今日からやめよう!」と決めた日はありません。
ある日を境にやめた、というより、いつのまにか止まっていた、というほうが近いと思います。
👉 子どもが生まれてから自分のことが後回しになった話は、第2話でも少しだけ書いています
飲むほうは止まらず、塗るほうだけ止まりました
この2年間、フィナステリドのほうは一度も止まっていません。
同じ時期に、同じ理由で忙しかったのに、飲む薬は続いて、塗る薬だけが止まりました。
今思うと、理由はシンプルだったのかなと思います。
第32話でホワイトニングの話を書いたとき、「自分でやる工程があるものは続かない」と書きました。薄毛の薬は飲むだけ、ヒゲ脱毛は通って座るだけで、だから続いた、と。
👉 自分でやる工程があるものは続かなかった話は第32話に書いています
ミノキシジルは、同じ薄毛の薬でも「塗る」という工程があるほうでした。
生活に余裕があるうちは回っていた工程が、余裕がなくなった瞬間に、いちばん最初に抜け落ちた。たぶん、そういうことだったんだと思います。
減っていくのは、分かっていました
では、この2年間、髪の変化に気づいていなかったのかというと、そうではありません。
ボリュームが少しずつ下がっているのは、定期的に気づいていました。
帽子を脱いだときや、洗面所で頭の上から明かりが当たったときに、
「あれ、減ってるな」と思う瞬間は何度もありました。
ただ、そこで塗り直すところまではいきませんでした。
見ないふりをしていた、というのとも少し違う気がします。
気づいてはいたけれど、それでもまだ子どものことのほうが優先だった、という感じです。
減っていることより、優先したいことのほうが大きかったんだと思います。
今年の3月、ふと見たら
変わったのは、2026年の3月です。
ある日ふと鏡を見たら、かなり減っている感じがしました。
それまでの「少し減ってるな」とは違って、はっきり「これはまずいな」と思える減り方でした。それで、また塗ろうと決めました。
振り返ってみると、あの3月にスイッチが入ったのは、髪のことだけが理由ではなかった気がします。
ちょうどその頃は、筋トレで体が変わってきていた時期でした。
2024年の11月から自己流で始めて、2025年の10月から本格的にやるようになって、見た目に少しずつ変化が出てきていた頃です。
👉 結婚して外見改善が止まって、また始めた話は第22話に書いています
体が変わってくると、自分に対する意識も変わってきます。
それまでは、髪が減っていると気づいても、どこか人ごとだったんですよね。
自分の頭のことなのに、「まあ、そういうものかな」くらいで止まっていました。
それが3月には、ちゃんと自分のこととして感じられるようになっていたんだと思います。
減り方が大きかったのもありますが、それを受け止める自分のほうが変わっていた。今はそう思っています。
再開して、また初期脱毛が来ました
2026年3月にカークランドで再開して、4月の中旬から初期脱毛が始まりました。
AGA治療11年目でも、抜けるときは抜けます。
落ち着くまでに1ヶ月半ほどかかりました。
そこから半年たった今は、頭皮が見えにくくなってきたところです。
2年止まっていたぶんを取り戻すのに、半年。しかも、まだ途中です。
選んだのは、強いものより「続けやすいもの」
再開するときに選んだのが、カークランドです。
第24話では「攻めの一手として追加した」と書きましたが、選んだ理由そのものは、どちらかというと守り寄りでした。
理由は3つくらいです。
自分にとって買いやすかった
今は、そこまで強いものじゃなくていいと思った
何より、続けやすかった
もっと効果の強いものは、そのぶん値段も上がります。
ただ、今の自分は急いでいません。
10年前のように「とにかく何とかしたい」という時期はもう過ぎていて、今は減らさずに、少しずつ良くしていければいいフェーズです。
なので、コスパ優先にしました笑
一度「塗る工程」で止まった人間なので、続けられるかどうかがいちばん大事だと思ったんですよね。
実際、今もきっちり毎日は塗れていません。
1本1ヶ月が目安のところ、1本が3ヶ月もっています。
それでも、やめるよりはずっといいと思って、合格ラインを下げて続けています。
👉 続けるために合格ラインを下げている話は第35話に書いています
2年やめたことを、今どう思っているか
正直に書きます。
髪のことだけで言えば、続けておくべきだったと思います。
あの2年間も塗っていたら、もっとボリュームのある状態でキープできていたんじゃないかな、と思います。減ってから戻すより、減らさないほうがずっと楽なので。
ただ、それは髪についてだけの話です。
あの時期、自分は子どものことを優先したくて、優先しました。
塗る数分を子どもとの時間や睡眠に回したのは、自分で選んだことです。
なので、あの2年間には満足しています。
髪としては惜しかった。
でも、父親としてはあれでよかった。
どちらも本音です😊
もし今、やめかけている人がいたら
最後に、自分と同じような人に向けて少しだけ書かせてください。
仕事が忙しくなったり、子どもが生まれたり、生活の優先順位が変わる時期は、たぶん誰にでもあると思います。そういうときに、自分のための数分が後回しになるのは、自然なことだと思います。
なので、そこで止まってしまっても、自分を責めなくていいと思います。
ただ、自分の経験から言えることがひとつだけあって、止まってから戻すのは、止めずに続けるより時間がかかります。
自分は2年止まって、戻すのに半年かかって、まだ途中です。
だから、もし「最近、塗らない日が増えてきたな」と感じているなら、やめる前に一度、手間のほうを減らせないかを考えてみてもいいのかなと思います。
毎日きっちりじゃなくていい。高いものじゃなくていい。
自分がそうしているように、合格ラインを下げてでも続けられる形を探すほうが、結果的には髪を守れる気がしています。
通院の手間も同じだと思います。
自分は最初の1回だけ病院で処方してもらって、そのあとは個人輸入のジェネリックに切り替えています。
フィナステリドが止まらなかったのは、飲むだけだったことに加えて、通院が無かったのも大きかったのかもしれません。
👉 病院から始めて個人輸入に切り替えた話は第7話に書いています
ただ、これから始める人や、やめかけている人に個人輸入をすすめるつもりはありません。
第7話にも書きましたが、何も分からない状態でいきなり個人輸入をするのは、やはりリスクがあると思います。
医師に相談しながら続けられて、しかも通院の手間がかからない形のほうが安心だと思います。
▼ 通院の時間が取れない人へ(PR)
スマホで診察まで済ませられるクリニックもあるので、「続けやすさ」で選ぶなら、こういう形もあると思います。
まずは相談だけでも、という使い方もできるはずです。
2年止まった自分が言うのも何ですが、薄毛はやめたところから、また減っていきます。
それでも、戻ってこられないわけではありませんでした。
自分は2年止まったあとに戻ってきて、今は頭皮が見えにくくなってきたところです。
また途中経過を書きます。
次回は、フィナステリドの話です
今回は「止まったほう」の話でしたが、次回は止まらなかったほうの話を書こうと思います。
フィナステリドは2016年に一度だけ自分で止めて、それ以外は11年ずっと続いています。
同じ忙しさの中で、なぜこっちは止まらなかったのかを書きます。
▼ この連載を第1話から読む
ハゲてたから女性に相手にされなかったわけじゃなかった話