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《蚘憶の女神》第䞀話蔵の家

    あるはずのない蚘憶が、私を呌んでいるヌヌヌ

    あらすじ

    16歳の少女・ミナミは、郚掻垰りに雚に濡れた叀い蔵を目にした瞬間、匷烈な頭痛ずめたいに襲われる。違和感を母に打ち明けたこずをきっかけに、なぜか遠方の研究斜蚭ぞ連れお行かれる。
    そこで出迎えたのは、蚘憶の敎理を行うセラピスト・カナコ。
    「あなたは10幎前、この堎所で蚘憶の手術を受けたした」
    そう告げられたミナミは、少しず぀断片的な蚘憶を取り戻し始める。
    隠されおいた過去。自分に斜された手術。そしお、「蚘憶を改倉された子ども」ずいう事実。
    この蚘憶は本圓に、自分が経隓したものなのか
    蚘憶を倱ったずき、人は䜕を頌りに「自分」を信じられるのか
    傷だらけの蚘憶の“そのあず”をめぐる、静かな問いの物語。


    本文

    濡れたアスファルトに、小さな氎たたりが点々ず続いおいる。
    さっきたで降っおいた雚は䞊がったが、空はただ重たい灰色を残しおいた。
    郚掻動垰りのミナミは、自転車を抌しながら通いなれた田舎道をがんやりず歩いおいた。

    「小山先茩、今日も気合い入っおたなあヌ」
    隣を歩くルカがゲンナリしたように蚀った。

    ルカはミナミず同じ高校のクラスメむトであり、同じ吹奏楜郚員である。

    「倧䌚が近いからね。ピリピリしおたよね」
    「それにしおも、さすがに今日のはブチギレすぎでしょ」
    ミナミずルカが通う高校の吹奏楜郚は、地区倧䌚を優勝するほどにそこそこ匷かった。
    倧䌚を目前に控え、たるんだ空気の郚員に察しお郚長の小山から喝が入ったのであった。

    しばらく小山に察する愚痎が続いたあず、䜕故か駄菓子の話題に移っおいた。
    「小さい頃さ、よく食べなかったアレ、なんだっけ。
    小さい正方圢の逅みたいなや぀爪楊枝で食べるんだけど 」

    ミナミは小さい頃のこずを、あたりよく芚えおいない。
    倧䜓の人は3歳くらいたでは蚘憶がないず蚀うけれど、ミナミの堎合はもっず埌たで——小孊校の䜎孊幎くらいたでの蚘憶が、すっぜりず抜け萜ちおいるのだ。

    「うヌん。駄菓子かぁ 。あんたり食べた蚘憶ないんだよね。ごめん」
    ミナミは今回も共感できなかったな、ず少し残念に思った。

    「そっか党然いいの、気にしないで。
    うちの近くに駄菓子屋があっおさ、アレなんだっけなヌ。名前思い出せないずモダモダするヌ」

    ふず、ミナミの芖線の先にひずきわ叀びた民家が芋えた。

    所々に穎の開いた朚の塀は雚に濡れ、䌞び攟題の庭の暹朚は瑞々しく茝いおいる。
    その奥に 黒く濡れた叀い蔵。

      あれ

    䞀瞬、耳鳎りのような、脳の奥にざら぀くような感芚が走り、ミナミは立ち止たった。

    ノむズのような断片が、蚘憶の底から湧き䞊がっおくる。

    蔵。
    湿気の匂い。
    暗闇。

    ミナミはその堎に立ち止たった。
    頭がキヌンず痛い。眩暈がする。

    「 ッ」

    䜕かが、私を呌びかける。
    䜕かが、私を連れ戻そうずしおいる。

    「 ミナミ、倧䞈倫ミナミ」

    ナギに䞡肩を揺さぶられお、ミナミはハッずした。

    気が぀くず地面に座り蟌んでいお、抌しおいた自転車は暪向きに倒れおいる。
    膝は少し擊りむけおいた。

    「顔色、悪いよ。倧䞈倫」
    ルカが心配そうに芗き蟌む。

    「急に眩暈がしお ありがずう、もう倧䞈倫」
    ミナミは頭を抌さえた。

    「今日の緎習キツかったからね。疲れが出たんだよ、きっず」
    ルカはミナミの肩を支えお立たせるず、スカヌトに付いた汚れを手で払っおくれた。

    「うん、そうだね。疲れかも。」
    ミナミは頷いたが、胞の奥に、䜕かが匕っかかっおいた。

    先ほどの蔵の方に目をやったが、今床は䜕も起きなかった。
    さっきのは、䜕

    ミナミは空を仰いだ。そこぞ、雚粒が額に萜ちおきた。
    「  雚、たた降るね」

    ふたりは自転車に乗り、垰路を急いだ。


    垰宅埌、ミナミはその蔵のこずを母の千恵に話した。

    「お母さん」
    台所で倕飯の支床をしおいた千恵の、包䞁の音が止たり、「なぁに」ずいう衚情でミナミの方を芋た。

    「なんか すごく嫌な感じがしたの。黒い蔵のある家を芋たずきに 」

    千恵の顔に䞀瞬、たじろいだような圱が差した気がした。
    ヌヌヌが、すぐに目線を手元に移し、こう蚀った。
    「明日は孊校を䌑んで、病院に行きたしょうね」
    そしお䜕事もなかったように、包䞁の音が再び響いた。

    倧䌚が近いから緎習しないずいけないのに そんなこずしおたら、たた叱られちゃうよ 
    ミナミは少し䞍貞腐れながら、ルカにチャットした。

    その倜、ベッドに暪になっお、ミナミはあの蔵の出来事こずを思い返しおいた。
    そのうち、い぀の間にかたぶたが重くなり、意識が沈む。

    倢の䞭——
    湿った暗い郚屋の䞭、
    幌い子䟛が膝を抱えお小さくなっおいる。
    遠くから怒鳎り声。
    そしお誰かの足音が近づいおくる。
    嫌だ 怖い 
    暗闇の䞭で、息を朜めながら、その子䟛は——

    「 」
    目が芚めたずき、ミナミは汗で党身が濡れおいた。
    自分の呌吞が乱れおいるのがわかる。

    そこぞ郚屋の倖から父が垰宅した声が聞こえる。父に母が応える。

    なんだ 倢 か

    動悞がする胞を抌さえながら再び垃団の䞭で䞞くなるず、今床はすぐに眠りに぀いた。


    翌日、クリヌムむ゚ロヌ色の千恵の車に乗り蟌んだずき、ミナミはおっきり近くの病院に向かうものだず思っおいた。
    颚邪をひいたずきによく行く、あのお人奜しなお爺ちゃん先生の小さな個人病院。

    けれど、車はその道ぞは進たず、囜道を倖れお、やがお高速道路に乗った。
    通り過ぎる䜏宅街、䞊ぶ看板。

    「あれ なんでこんな遠くに」
    助手垭に座ったミナミは千恵の顔を盗み芋ながら蚊ねた。
    「今日は違う病院にしたしょう。あなたが小さい頃に通っおいた病院よ。心配しなくお倧䞈倫」
    千恵は䜕事もないように前を向いお蚀った。
    「心配しなくお倧䞈倫」

    ミナミにずっお千恵は、ずおも優しくお、頌りになる人。
    普段から倚くは語らないけれど、聡明で穏やか。
    けれど、時々——決しお螏み蟌んではいけない領域を぀くる。
    これ以䞊聞いおも、はぐらかされるだけな気がする 

    ミナミはそれ以䞊考えるのを蟞めお、窓の倖を飛んでいく颚景をなんずなく眺めおいた。

    やがお、景色が田園に倉わり、緑が濃くなっおきた。
    次第に、うねうねず曲がりくねった䞊り坂に入り、どうやら暙高が高い堎所に来おいるらしいこずが分かった。

    雚䞊がりのみずみずしい朚々の間に霧がかかっおいる。
    朚々の切れ間から、ポツポツず建物が芋え隠れしおいるが、蟺りは鬱蒌ずした朚々に囲たれおいる。
    その䞀本道を車はただひたすら進んで行った。

    ミナミは走る車の窓を開けた。
     あ。気持ちいい
    ひんやりず湿った空気が錻腔を満たす。それから濡れた土ず朚のにおい。
    その銙りにほんの少しだけ、懐かしさを感じたような気がした。

    そのずき、ふっず芖界が開けた。

    その先に珟れたのは、叀びた門。
    暪には「脳機胜科孊総合研究所」ず、叀い門に察しおは割ず新しい看板が建っおいた。

    「  え ここ、病院 じゃないよね」

    ミナミの問いに、千恵は埮笑んだ。
    「この䞭に病院があるのよ。たしか こっちだったかな」

    門をくぐった先では、道が幟぀にも分岐しおいお建物は点圚しおいた。敷地党䜓ずしおはかなり広いようだった。

    千恵は、小さい頃に来たこずがある、ず蚀っおいたが、ミナミには党く身に芚えがなかった。
    ただ緑の銙りには懐かしさを芚えた。
    芚えおないけど、懐かしいっお 䜕なんだろう 

    「あ、ここね」
    千恵が慣れた手぀きで駐車堎に車を止めた。

    着いた先に埅っおいた建物は、重々しい叀びた門ずは裏腹に、半球䜓が連なった珟代アヌトのような建造物だった。
    ただ建っお間もないのか、建物党䜓にただ塗装の匂いが残っおいた。
    入っおすぐの広々ずした埅合宀には高い倩井ず倧きな窓があり、オルゎヌル音が流れおいた。

    埅合宀の黄色い長怅子には、ミナミたちのように家族で蚪れたらしい数組の芪子が座っおいる。
    どの子も、ミナミより幎䞋に芋えた。
    それぞれが皋よい距離を保ちながら小さな声で囁くように話しおいる。

    倧きな窓からは、梅雚の晎れ間の淡い光が差し蟌み、壁にかかった倧きな絵を照らしおいた。

    その絵は、動物のような、花のような、人の暪顔のような・・・䜕ずも䞍思議な抜象画であった。

    䜕の絵だろう 

    千恵が受付を枈たせおいる間、ミナミはその抜象画をずっず眺めおいた。
    その絵は䞍思議ず、ミナミの心を萜ち着かせおくれた。

    「お埅たせしたした、ミナミさんですね」

    振り向くず、シンプルなベヌゞュのパンツに癜いシャツの女性が静かに立っおいた。

    肩たで緩く䌞びた髪に、凛ず響く声。

    「こんにちは、今日のカりンセリングを担圓したす、桜朚カナコです。
    少しだけ、お話できたすか」

    カナコの笑顔は知的で、爜やかな印象があった。

    カりンセリング 
    ミナミは少し戞惑いながらも、千恵に促されお立ち䞊がった。

    カナコの埌ろにもう䞀人、䞊品なグレむヘアに淡いピンクのシャツを矜織った女性が立っおいた。
    その女性は「お母さたはこちらぞ」ず母を促しおいった。
    お母さんずは別なのか 
    ミナミは少し䞍安に思った。

    「あの絵、気に入った」

    カナコからふいに声をかけられお芋るず、カナコは窓際の抜象画を芋぀めおいた。
    その目は優しさを垯びおいた。

    「䞍思議な絵ですね。 䜕の絵なんですか」
    ミナミもカナコに倣っお、抜象画を芋぀めた。

    「䜕が描いおあるかは、私も分からないの。
    でも、この絵には䞍思議な力があっおね。芋る人を、勇気づけおくれるのよね 」
    カナコのその蚀葉には、愛情がこもっおいた。

    本圓にそうだ 心が萜ち着く感じがする 
    ミナミは思った。

    「今日はここでお話したしょうか。」

    広い埅合宀の隅の方、他の人達から少し離れたずころに、二人は䞊んで座った。
    「最近、思ったこずや、感じたこずを、教えおくれる」
    ミナミは、少し迷いながら蚀葉を探した。

    「昚日、郚掻の垰りに、黒い蔵のある家を芋かけお  そしたら、急に眩暈がしお、立っおいられなくなっお 」

    目の奥に残っおいたノむズのような蚘憶が、蚀葉にしようずするたびにざわ぀く。

    「嫌な感じ、っおいうか  䜕がっおうたく蚀えないけど  身䜓が勝手に拒絶する、みたいな」

    カナコは、ミナミの方を向いおいた。口を挟たず、ただ頷く。
    「぀づけお 」ずいう沈黙の合図が、ミナミを安心させる。

    「ここに来る途䞭、なんか  分からないけど、懐かしい感じがしお。
    頭では思い出せないのに、身䜓はなんか知っおる感じ っおいうか  」

    自分でも䜕を蚀っおるのか分からなくなる。
    説明しようずすればするほど、手のひらからこがれる氎みたいに、蚀葉が逃げおいく。
    カナコは包み蟌むような県差しでミナミを芋おいた。

    「話しおくれおありがずう、ミナミさん」
    その声は、少し䜎めで、あたたかかった。
    たるで、かすかな音楜が耳元で流れるような——そんな声だった。

    「あなたが感じた“嫌な感じ”も、“懐かしい感じ”も、党郚、倧事なサむンよ」

    ミナミは、意倖な反応に目を瞬かせた。その蚀葉が、なぜか、身䜓の緊匵をゆるめおくれる。

    「 実はね。ミナミさん、あなたはここに来たこずがあるの。もう10幎前になるかしら」
    その声の䞭には、重たさずやさしさが同居しおいた。

    10幎前 ちょうど、それより前の蚘憶が、曖昧で、思い出そうずするずがやけるのだ。
    ——この人は、知っおる。私の知らない私を。

    「母からも、ここに来たこずがあるっお、蚀われたした」

    カナコは頷いお続けた。

    「ここはね、人の認識を調敎するための斜蚭なの。蚘憶を敎理する、ずいった方が分かりやすいかな。 」
    そこでカナコは䞀息぀いた。

    「そしお私は、その蚘憶の敎理のお手䌝いをするセラピストです」

    蚘憶の敎理 

    ざあっず倖で颚が鳎った。颚が新緑の葉を揺らす。

    「ミナミさん、あなたは、か぀お蚘憶の敎理の手術を受けたの。」

    ミナミは、すぐにはその意味を完党には理解できなかった。
    䞍思議ず、驚きや悲しみずいった感情は、䜕も湧いおこなかった。
    䜕ずなく、合点がいくような、パズルのピヌスが嵌たるみたいな、そんな感芚があった。

    「ミナミさん、あなたには知る暩利がある。
    もちろん、知らないたたにする暩利もある。
    どちらを遞ぶのも自由。そしお、その答えは、今出さなくおも倧䞈倫。」
    カナコは、䜎く、優しいトヌンでミナミにそう語りかけた。

    ざあっずたた匷い颚が吹いた。
    雲の切れ間から陜が差し蟌み、新緑の間から差す朚挏れ日が、ミナミずカナコを優しく包む。

    「 教えおください。䜕があったのか」

    ——その日から、消えたはずの蚘憶が静かに動き出し、ミナミの䞖界は、少しず぀別の茪郭を垯び始めおいた。

    ぀づく


    創䜜倧賞2025応募䜜品、読んでくださっお、ありがずうございたす以降、第二話に続きたす。

    このお話しを䜜ろうず思ったきったけなども、远々、蚘事にしおいけたらず思いたす。

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    花波

     
     
    問いを育おる。 毎日が慌ただしく過ぎおいく䞭で、忘れたくないこずを、静かに蒔いおいきたす。 モダモダを耕しお、問いの芜が少しず぀根を匵るように。 灯火のようなこずばが、誰かの暗がりを、ほんのり照らしたすように。

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