メインコンテンツへスキップ
見出し画像

竹中半兵衛は二度殺される 第7章

    あらすじ
    稀代の軍師・竹中半兵衛は病死ではなく、殺害されていた!?
    全て実在の古文書を引用し、戦国時代の裏側を推理する歴史ミステリー。

     竹中半兵衛を卒論のテーマに選んだ大学生とその友人の会話。
     『黒田家譜』と古文書を突き合わせた時に生まれた些細な疑問。
     史料を探し研究を進めると竹中半兵衛の殺害疑惑が浮上する。
     さらには『豊鏡』の不自然さ。『信長公記』に隠された謎。
     そこから浮かび上がるひとりの武将。
     忖度された通説が覆い隠す、本能寺の変直前までの歴史の謎に迫る。

    第7章 隠される暗号・太田牛一

    時の権力者に忖度しながら、記録を残すのは命がけの仕事。
    太田牛一には、記録者としての矜持があったかもしれない。

    ◇

    「秀吉に利用されている事を理解していた。それでも太田牛一は『信長公記』を書いた。何かを残そうとした。
     なぁ『信長公記』では竹中半兵衛の死はどう描かれてたっけ」
    「簡単に書かれているだけ。ちょっと待って。・・・これこれ」

    明智光秀、八上城を攻略
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    (前略)
    六月十八日、織田信忠が安土へ御機嫌伺いに参上した。
    六月二十日、信長は、伊丹方面に在陣の滝川一益・蜂屋頼隆・武藤舜秀きよひで・丹羽長秀・福富秀勝の五人へ鷂はいたか三羽・小男鷹このり二羽を、青山与三を使者として届けてやった。五人はありがたく拝受した。
    六月二十二日、羽柴秀吉の与力よりきに付けられていた竹中重治が、播磨の陣中で病死した。信長はその後任として、お馬廻りを務めている弟竹中重隆を播磨へ派遣した。
    六月二十四日、先年、丹羽長秀に下賜した珠光しゅこう茶碗を、信長は再び召し上げた。その代わりといって、鉋切かんなきりの銘刀を賜った。長船長光おさふねながみつの作。一段と上出来の刀で、伝来の系図も付属している。
    七月三日、武藤舜秀が伊丹の陣中で病死した。
    (以下略)

    『信長公記』巻12・明智光秀、八上城を攻略 

    「武藤舜秀って鳥をもらって二週間で死んでいるんだ」
    「そうだね。なんか可哀そう。1日で届くとは思えないから、鳥を見たかどうかも怪しい」
    「で、ちょっと貸して。
     なぁこれ、なんか、状況似てないか?」

    ”摂津播磨の陣 続” の後に ”直訴の町人を処刑”
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
     十月一日、山崎の町人が、先年、明智光秀・村井貞勝の裁判で決着した訴訟事件について、偽りの文書を作って、信長に直訴した。信長は「不届きである」と申し渡し、この町人を処刑した。

    『信長公記』巻12・直訴の町人を処刑

    「えぇっ、そうか・・・」
    「これもそうだけど『信長公記』って、時々、信長と関係ない話が挿入されているよな。何だと思う?」
    「そのころに起きたトピックスを挟んでいるだけだと思ってたけど」

    「もしかしてだけど、太田牛一は、何かメッセージとしてそれらの話を挿入したとは考えられないか?秀吉にバレないように暗号を織り込んだとか」
    「面白いこと言うね」

    「黒田官兵衛が救出される”伊丹城攻め”の前にあって先年の訴訟事件だろ。時期は天正七年十月の1年前、天正六年十月ごろって、荒木村重が謀反を起こした頃だよな」
    「確かに。秀吉の書状の日付にも近い。それで?」

    「明智光秀を信長、村井貞勝を秀吉と読み替える。すると、信長と秀吉の二人で決着した1年前の案件に関する話ということになる。偽りの文書って、別の子供の首を使ったことを暗示しているように読めないか?」
    「面白い解釈だね。そうすると ”信長は「不届きである」と申し渡し、この町人を処刑した” はどう解釈する?」

    「そうだな。 "信長の不届きである" には、竹中半兵衛が信長への直訴したことを不届きな "道理に背く行為" という意味、 "信長が聞き届けなかった" という意味。もしかすると "正しい情報が信長に届いていかなかった" という意味なんかも考えられるな」
    「この話では ”直訴した町人” が処刑されている。じゃぁ、これって、竹中半兵衛が殺されたことを示唆しているのかもしれないってこと?」

    ”摂津播磨の陣 続” の後に ”直訴の町人を処刑”
    ーーーー< 類推する対応関係 >ーーーーーーーーーーーーーーーー
    先年、明智光秀・村井貞勝の裁判で決着した訴訟事件
      ⇔ 先年、信長に秀吉が報告して決着した黒田官兵衛の件
    偽りの文書を作って、
      ⇔ 偽りの首(別の子供の首)を(秀吉に渡し、信長へ)
    信長に直訴した。
      ⇔ 翌年の四月、竹中半兵衛は信長に直訴した。
    信長は不届きであると申し渡し、この町人を処刑した
      ⇔ 直訴は不届きであるので(秀吉が?)竹中半兵衛を処刑した(?)

    『信長公記』巻12・直訴の町人を処刑

    「そう。なんか良い感じに対応するだろ?」
    「言われてみれば、作為を感じるね」
    「だろ!だったらさ、これも気にならないか?」

    ”京都四条糸屋の事件”
     巻十二(天正七年)の”摂津播磨の陣” と ”摂津播磨の陣 続” の間
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
     この頃、京都に前代未聞の事件が起こった。
     下京四条小結町こゆいちょうの糸屋の後家で七十になろうかという老女がいた。娘が一人、いっしょに住んでいた。
     四月二十四日の夜、娘は良い酒を買ってきて、母親がもう充分だというのにさらに無理やり飲ませた。酔い臥した母親を土蔵にかつぎ入れ、夜更けて人が寝静まってから刺殺した。自分で死体を箱に入れ、家は法華宗であるのに浄土宗の僧侶を呼び、人に分からぬように死体を寺へ運んだ。
     この家に下女が一人いた。娘は下女に美しい小袖を与え、この夜の事は絶対に内密にするように言いつけた。しかし、下女は後で発覚したときの恐ろしさを思い、村井貞勝の役所へ駆け込んで事件を告げた。
     村井貞勝は、すぐさま娘を逮捕して取り調べた。四月二十八日、娘を上京一条の辻から車に乗せて市中引き廻し、六条河原で処刑した。

    『信長公記』巻12・京都四条糸屋の事件 

    「これは・・・?」
    「これも信長とは全く関係の無い話だろ?
     大名・武家が親族間で殺し合いをしている時代に、娘による老母殺し事件が前代未聞・・・・の事件?天正七年四月の事件。
     丁度、竹中半兵衛が手紙を出した頃の話」
    「確かに時期は書状にピタリだね」

    「さっきのリストに二つの話を加えてみろよ」
    「わかった、ちょっと待って。・・・こんな感じかな」

    天正六年十月二十一日 荒木村重謀反『信長公記』
    天正六年十月下旬   黒田官兵衛幽閉される『黒田家譜』
      ・この時、松壽丸は人質として(身代わりの子も)長濱
    天正六年十月二十二 ~ 十一月二日 
      ・秀吉は官兵衛が裏切ったと思っている。『黒田家譜』
      ・身代わりの子が死に、その子の首を代わりにする
      ◎その子供の首で、秀吉が信長に報告する。
    (天正六年十月?村井貞勝と明智光秀で決着した訴訟事件『信長公記』)

    天正六年十一月 三日 信長出陣、京都二条の新邸に入る『信長公記』
      ・それより前に秀吉は播磨へ出発『黒田家譜』

    天正六年十一月 五日 黒田氏家臣連著起請文(松壽丸は長濱と記載)
      ・松壽丸を処刑済(と、織田信長と羽柴秀吉は信じている)
      ・もし黒田氏家臣が松壽丸の処刑を知れば、姫路城で寝返る。
        秀吉書状に「御覚悟堅固ニ無異儀通にて」とある
        → 秀吉は、黒田氏家臣の御覚悟(起請文)を知らされた

    天正六年十一月十一日 羽柴秀吉書状 
      竹半(竹中重治)かたより申越条、則具 上様へ申上、御祝着不斜候、
      即以御書被越候、官兵(黒田孝高)事別而荒摂(荒木村重)無等閑候、
       → 秀吉の嘘

      ◎竹中半兵衛が信長を説得する。信長、涙を流す『竹中書状』
    天正七年 四月 九日 竹中半兵衛書状 (多分、京都で書いた)
      官兵衛に我々も書状、無何事候て、満足仕候、
      松壽事、懇申來候、涙をなかし候
       → 信長と秀吉は松壽丸は処刑済み、死んでいる認識だった
       → 秀吉の嘘を信じた黒田氏家臣は松壽丸は生きている認識
    天正七年 四月二十四日 京都四条糸屋の事件・事件発生『信長公記』
         四月二十八日 京都四条糸屋の事件・娘処刑

    天正七年六月二十二日 竹中半兵衛・病死『信長公記』
        六月 十三日 竹中半兵衛・病死『黒田家譜』

    天正七年 十月 一日 直訴の町人を処刑『信長公記』
      先年の件(天正六年十月ごろ?)の訴訟事件について偽りの文書で直訴

    天正七年十一月十九日 有岡城(伊丹城)落城『信長公記』
       → ここで黒田官兵衛解放。黒田官兵衛が裏切っていない事確認
    天正七年十ニ月十六日 捕虜(荒木村重の一族処刑)『信長公記』
    天正八年 正月十七日 別所長治切腹『信長公記』

    「ほぼ合うね。まるで狙ったみたいに」
    「やっぱり、時期は良い感じに合うな。
     実は長篠の戦いの直後にも、あまり関係の無さそうな話が入っていてな。気になっていたんだ」
    「どんな話?」
    「これ。”山中の猿に情をかける”」

      山中という所を通るたび、体に障害があるものが乞食をしていた。信長が聞くと、「その乞食の祖先は、昔、常盤御前(源義経の母)を殺した者で、その報いのため、代々体に障害があり乞食をしている。乞食の猿と呼ばれている」と、その由来を答えた。
     信長は哀れに思い、木綿二十反を乞食に下賜し、村の者に預けた。「半分で家をたて、半分を売って乞食を食べさせてやれ」と言いつけた。
     あまりのかたじけなさに乞食の猿だけでなく、山中の町中の男女は泣かぬものはなかった。

    『信長公記』巻8・山中の猿に情をかける を筆者要約

    「それがどう長篠の戦いとつながるんだ?」
    「岩村城って岐阜県の東にあるんだけど、東美濃の遠山景任に、信長の父・織田信秀の年の離れた妹、おつやの方が嫁いでいてな、えっと、信長から見れば叔母にあたるのか。
     その旦那、遠山景任が死んだ時、おつやの方は地元に愛着ができたんだろうな、出戻りを嫌がったようなんだ。ただ、後継ぎがいなかったから、信長の子を養子として受け入れ、その後見人として岩村城に残ったんだ」
    「おつやの方?」
    「うん。その後、三方ヶ原の戦いの時、岩村城は武田の別動隊に攻められ、早々に降参している。信長の子は人質として甲府に連れて行かれ、おつやの方は、その時に別動隊を指揮した秋山信友と結婚することになった。
     それで長篠の戦いの時には、秋山信友の妻として武田軍の側にいて、今度は信長軍の別動隊、信忠の軍に負けて、武田側として処刑されている」
    「へぇ、そんな風に長篠の戦いとつながるんだ」
    「そう。そのおつやの方って、かなりの美女だったらしい。それが常盤御前と重なると思ってさ。
     常盤御前は、平治物語だったかな、敗者の側の女性で、子の義経が東国へ落ち延びたと聞いて後を追い、途中で賊に襲われて命を落としたとされる。
     おつやの方も、長篠の合戦の敗者だろ。御坊丸、あっ、養子になった信長の子ね、御坊丸は東の甲府に連れて行かれていて人質にされていた。おつやの方もほんとは御坊丸を追って行こうとしたのに、秋山信友の妻にされて、挙句に処刑された、って考えると似てないか?」
    「確かに、状況が似ていると言えば、似てる」
    「ただ、最後にこの ”信長が哀れに思い” ってところがさ、今までは変だと思っていたんだけど、お前のまとめ見ると、妙に納得してさ」
    「冷酷な信長じゃなくて、心優しい信長ね」
    「そう。『信長公記』の”長篠の合戦”に、秋山信友とか岩村城に立て籠もって捕縛され、処刑された主な武将の名前は出てくる。しかし、一緒に処刑されたとされる、おつやの方は出てこない。
     権力者への忖度で、真実を書きたくても書けない太田牛一が、トピックスの形で裏事情的な何かを伝えようとしているとしたら、どうだろう。
     おつやの方の話を、”山中の猿に情をかける” として、形を変えて、”長篠の合戦” の後にこの話を入れたとしたら」

    「面白い解釈だね」
    「ひとつだったら偶然もあるかもしれない。ところが、”直訴の町人を処刑” に ”京都四条糸屋の事件”。何かあるって思わないか?」
    「確かに。もし、これが竹中半兵衛が殺されたことを指しているなら、前代未聞・・・・の事件というのもおかしくない」
    「だろ」
    「じゃぁ、もし、”京都四条糸屋の事件” が何かを暗示しているとしたら、どういうことを暗示しているんだろう?」

    「殺されたのが ”下京四条小結町の糸屋の後家で七十になろうかという老女”。これが竹中半兵衛になるよな」
    「後家。・・・後家。御家か。御おん家だったら、織田家だよね」
    「七十になろうかってとこは?」
    「竹中半兵衛が織田家家臣として秀吉への与力になって十年くらいだった」
    「七十ではなく十なら合うってことか。じゃぁ、”老女”は?」
    「どうだろう?分からない」
    「”老女”が指すのは、与力か秀吉、それか直接に竹中半兵衛を連想させる何かだよな」
    「そうだね。でも”老女”ねぇ、何だろ?」

    「”老女”だけではなぁ。だったら、”下京四条小結町の糸屋” はどうだ?竹中半兵衛を指すとしたら?」
    「出身地ではないね。竹中半兵衛は西美濃、近江の国境、今の岐阜県垂井町のあたりの出身。だから、出身地じゃない」
    「・・・わからないな。なら、母を殺した娘はどうだ?」
    「えっと、四月二十四日の夜、娘は良い酒を買ってきて、母親に無理やり飲ませた。酔い臥した母親を土蔵にかつぎ入れ刺殺した。別の宗派の僧侶を呼んで、分からないように遺体を寺へ運んだ」
    「酒を飲ませて、油断したところを刺し殺したと。それから別の宗派の寺に遺体を隠した」
    「そんなところだね。それで糸屋の下女はそれを知っていたが、小袖を貰って内密にするように言われた。でも怖くなって、村井貞勝の役所へ駆け込んで事件を告げた。娘は捕まって、四月二十八日、娘を上京一条の辻から車に乗せて市中引き廻し、六条河原で処刑した」
    「小袖は多分、賄賂だよな。袖の下」
    「当時からそんな言い回しあったのかな?」
    「どうだろう。調べてみると・・・表現としては室町時代からあったみたいだな。『太平記』、賄賂というよりもこっそりと行うという意味で」
    「そうか。じゃあ一応、言葉としてはあったんだ」
    「そして村井貞勝は ”直訴の町人を処刑” でも出てきたから、前の偽文書の話と両方に関係するのは秀吉だな。だとすれば、村井貞勝が秀吉で、明智光秀が信長を暗示するんだろな。で、母を殺した娘は誰だ?六条河原で処刑されたんだよな?」
    「松永久秀の孫が六条河原で処刑された」
    「いや、それはない。それだけ?」
    「荒木村重の家族?」
    「それもない」
    「そう言えば、関ケ原の合戦の後、小西行長が竹中家の手配で六条河原で処刑されている」

    「小西行長って、どんな武将だっけ?」
    「キリシタン大名だよ」
    「キリシタン大名ってことは、改宗しているってことだよな」
    「 そうだね。”家は法華宗であるのに浄土宗の僧侶を呼び" が、家は改宗してキリシタンになっている事を指しているとすると一致点になるね」
    「なんか面白くなってきたな」
    「うん」
    「もうこんな時間か。続きは明日でいいか?」
    「バイトか。お前も忙しいな。明日もここで同じ時間で」
    「了解」
    「それまでにもう少し調べとくよ」
    「太田牛一は活字で書いたわけがないから、崩し字で見たら何かヒントがあるかもしれないな」
    「そうかもしれないね。だとしたらお手上げだけどね」
    「だな、また明日」
    「また明日」


    目次:竹中半兵衛は二度殺される

    第1章 生まれる疑問・貝原益軒
    第2章 創られる冷酷・織田信長
    第3章 隠される残虐・豊臣秀吉
    第4章 流される涕なみだ・松壽丸
    第5章 立たされる窮地・竹中半兵衛
    第6章 利用される嫡子・竹中重門
    第7章 隠される暗号・太田牛一
    第8章 疑われる切支丹・小西行長
    第9章 追放される義父・安藤守就
    第10章 操作される情報・佐久間信盛
    第11章 忖度される歴史・卒業論文

    ・戦国歴史小説:現代の経営戦略で視る新解釈 織田信長「歸蝶の戦国記」
        
    『竹中半兵衛は二度殺される』の背景となる物語。
          古文書などを200回以上引用しながら(特に3章以後)
           戦国時代と(覇王ではない)織田信長の真の姿を読み解く。

    ・科学エッセイ:科学と哲学の間で道草してみた 全編目次
        創作大賞2026応募版 : 観測する孤独 、 生命の物語

    参考資料・引用文献

    『信長公記』 太田牛一・著、中川太古・訳
    『甲陽軍鑑』 腰原哲朗・訳       
    『大日本史料 第十篇』 東京帝國大學文学部 史料編纂所編集
    『多聞院日記』 多聞院・著
    『豊鏡』(『群書類従 合戦部十一』) 竹中重門・著
    『織田軍記』(『総見記』) 遠山信春・著
    『太かうさまぐんきのうち』 太田牛一・著
    『佐久間軍記』Wikisource 
    『播州三木別所記』 加古川総合文化センター図書館蔵
    『黒田家文書』 福岡市博物館・編
    『黒田家譜』 貝原益軒・著
    『織田信長文書の研究』 奥野高廣・著
    『織田信長文書の世界』 永青文庫/熊本大学永青文庫研究センター・編
    『織田信長文書の古文書』 山本博文・堀新・曽根勇二・編
    『豊臣秀吉文書集1』
    『戦国大名の古文書』 山本博文・堀新・曽根勇二・編
    『岐阜県史 史料編 古代中世』
    『兵庫県史 史料編 中世』
    『新三木市史 第四巻 資料編 古代・中世』
    『不破郡史 上』
    『「戦国武将書翰集」の世界』 水戸市立博物館 特別公開 配布資料
    『小西行長』 鳥津亮二・著

     
     
    戦国時代を舞台にビジネスの視点を表現しようとNoteを始めた。調べ始めたら、信長像が大きく変わって調査続行中。また、それとは別に思った事をツラツラと公開してます。

    あなたへのおすすめ