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科学と哲学の間で道草してみた。   ~ 生命の物語 ~

    2.神様の実験室

    素粒子論や宇宙論、量子論に相対性理論、などなど、
    この世の仕組みが研究される。
    人は様々さまざまな仮説のもとに神様の叡智を理解しようとする。

    そんな仮説や理論の中に、いろんなパラメータが存在する。
      万有引力の定数
      真空中の光の速さや透磁率
      プランク定数
      などなどなど
    これらのパラメータがこの値でなければ、この宇宙は生まれなかった。

    巧うまく作ったものだ。
    流石さすが、神様。

        ◇

    もし、自分が神様だったら、最初からこんなに巧うまく設計できただろうか?

    もちろん神様ではないので真実は分からない。
    でも、科学する”人”としてなら想像できる。

    とにかく、いろんなパラメータを試してみたのだろう。
    コストパフォーマンスは考えない。

        ◇

    神様も試行錯誤したと思う。
    そうでなければ、こんなに多様な生命は生まれない。
    無駄を大量に生み出してきた。

    もし、最適解の生命しか存在しなかったら、生命は絶滅していた。
    環境が激変したとき、強者が弱者に、弱者が強者になる。
    その瞬間、無駄が無駄でなくなる。
    無駄の存在が、生命の灯ともしびを引き継いできた。

    きっと神様も、そんな無駄を楽しんでいるに違いない。
    試行錯誤が楽しいに違いない。

    その最初の一歩が宇宙創成。

        ◇

    宇宙を構成するパラメータの数は多い。
    それぞれのパラメータの範囲は全く予想できない。
    とにかく、やってみるしかない。

    何億、何兆、何京通りの組み合わせ。
    もっと組み合わせはあるだろう。
    どれだけ時間がかかるか分からない。

      ・・・宇宙が始まる前の時間?
      何で計る?
      ・・・神様の時計かな。

    宇宙が始まる前の試行錯誤。
    想像を絶する数の試行錯誤。
    ちからわざ。
    それこそが神の御業みわざ

        ◇

    大量の試行錯誤の中から生まれた一つが私たちの宇宙。
    そんな奇跡の創造物なのかもしれない。

    でも、私たちは成功した姿しか知らない。
    成功事例だけを見て私たちは『神様の叡智』と呼ぶ。

    そして私たちは言う。
    巧く作ったものだ。
    流石さすが、神様。

        ◇

    もし、私が神様なら頭をかきながらこう言うだろう。

    この創造物(宇宙)を褒めてもらえるのはうれしい。
    でも、諦めなかったことを褒ほめてほしい。

    そして後ろを振り返る。

    宇宙にならなかった凄まじい数の失敗作を見て、ため息をつく。
    誰か後片付けしてくれないだろうか。


    8.生命の設計図

    ヒトのゲノムは解析が完了している。
    いろいろな生物のゲノムも解析されている。
    構造が分かっている。

    ゲノム(DNA,RNA)は、言わば、大きな分子。
    化学物質の一つと言っても良い。

        ◇

    雷や熱による反応で化学的に安定な分子が作られる。
    長い長い時間の中で大量の分子が作られる。
    分子のいくらかはアミノ酸になる。
    アミノ酸が複数組み合わさってゲノムのような大きな分子になる。

    自己複製できない大きな分子は化学反応により分解する。
    自己複製できるゲノム分子は生き残る可能性が少しだけ高くなる。
    それでも、そのほとんどは消えていった。

    長い長い時間の中で、飽きもせず、神様の試行錯誤が行われた。
    そして自己複製する分子・ゲノムが生き残った。
    最初に発生したゲノムは単純な分子だったはず。

    自己複製する目的があったから生命の起源が生まれたのではない。
    自己複製した分子が残って、結果的に生命の起源にたどり着いた。

        ◇

    より単純な生物(?)、ウイルスを考える。
    ウイルスはタンパク質の殻を持つDNAやRNA。
    DNAやRNAは自己複製できる分子。
    それらは自分を作るための設計図。

    ただし、ウイルスは自身だけでは、自己複製できない。
    ウイルスは他の細胞(宿主)の中に入って増殖する。
    ウイルス単独では増殖できない。
    つまり、DNAやRNAはそれだけでは自己複製しない。

    DNAやRNAは単なる設計図。
    寄生する細胞が必要。
    増殖する環境が必要。

        ◇

    そう言えば、・・・。

    クローン細胞は生きた細胞の細胞核を取り出して、
       別の生きた細胞の細胞核を入れたものだった。
    ゲノムは細胞核に入っている。
    だから、同じ遺伝子情報を持った細胞、クローン細胞になる。
    でも何故、生きた細胞(培養で増える細胞)に別の細胞核を入れるのか?

    死んだ細胞に別の細胞核を入れたらどうなる?
    おそらく、死んだまま。
    ゲノム(DNAやRNA)は自己複製を始めないのだろう。

        ◇

    だとすれば、生命反応の本質は、細胞核の外側にあるのではないか。

    細胞核の内側に自己複製の設計図・ゲノム分子。
    細胞核の外側(細胞質)がエンジン・生命反応の本質。

    そして、細胞膜はゲノムが自己複製できる環境(細胞質)を
      外界から隔離して閉じ込める。
    同時に、エネルギー源を取り入れて老廃物を排出する多機能膜でもある。

        ◇

    自己複製する大きな分子、ゲノム。
    そのゲノムが自己複製するエネルギーを与える環境。
    自己複製を支援する環境を維持する多機能な細胞膜。

    これらが揃った時、最初の細胞(LUCA/ルカ)が生まれた。
    なんて確率!

    どのようにして、ルカが生まれたのか。
    生命の起源も宇宙の起源と同じくらいに謎だらけ。

    これが偶然だとしたら、その瞬間、神様はガッツポーズしたことだろう。


    9.生命の起動

    生命の設計図、ゲノム(DNA,RNA)は大きな分子。
    もし、ゲノムを化学合成したら、生命になるのだろうか?
    おそらく、動かないゲノムのような化合物がポツンと存在するだけ。

    自己複製できる大きな化学物質、ゲノムは生命の設計図。
    細胞核の外側(細胞質)がエンジン。
    このエンジン(細胞質)は、ガソリンエンジンに似ている。

    ガソリンエンジンは、圧縮した燃料ガスを爆発させ、
       一部は排熱になり、一部は動力(回転エネルギー)になる。
    回転エネルギーの一部を車の推進力に用い、
       一部を次の爆発準備(燃料ガス圧縮)に使う。
    つまり、前の爆発エネルギーを使って、次の爆発を起こしている。
    そんな爆発(反応)の連鎖。

    生命の化学反応も同じようなもの
    親の生命エネルギーを使って、子に生命反応が引き継がれる。
    そうやって最初の細胞から生命反応は止まることなく引き継がれてきた。

        ◇

    ガソリン車の動力源は炭化水素のCO2とH2Oへの燃焼、化学反応。
    炭化水素がCO2とH2Oに変化する時に放出するエネルギー。

    化学反応とは不安定な状態からより安定した状態に移る現象。
    何かが起こればエントロピーが増大する。
    避けられない自然の法則、エントロピー増大の法則(熱力学第二法則)。
    ガソリン(燃料)が全て安定な状態(CO2とH2O)になったら動かない。

    もし、細胞が完全閉鎖空間だったなら、いわば給油できないガソリン車。
    細胞内部に閉じ込められた物質(エネルギー源・燃料)が
      使えるエントロピーを全て吐き出したら、反応終了。
    あっという間に安定状態(死)に至る。

    だから、断続的に燃料を取り込まないといけない。
    燃料となる食料を細胞外から取り込まないと活動を継続できない。

    でも、取り込んでばかりいると、・・・質量保存の法則。
    老廃物(卑な物質)が溜まって細胞は破裂する。
    老廃物は吐き出さないといけない。

    だから細胞膜は、取り込みと吐き出しができる機能を持つ。
    外部から食料を取り込み、老廃物を出す。
    それを継続しているのが生命。

        ◇

    親の生命エネルギーを使って、子に生命反応が引き継がれる。
    では、親のいない最初の細胞(LUCA)はどうやって起動したのだろう?

    ガソリン車は組み立てた直後、エンジンは停止している。
    勝手にエンジンは動かない。
    車のエンジンを起動する時、バッテリーからエネルギーを与える。
    バッテリーの力で燃料ガスを圧縮し、最初の爆発を起こす。
    爆発が連鎖するまでバッテリーからエネルギーを供給する。

    多機能な細胞膜に最初のゲノムが包まれた時、最初の細胞ができる。
    勝手に生命反応は起きない。
    では、最初に生命エンジンを起動したバッテリーは何だったのだろう?

    生命の”たね火” は何だったのだろうか?


    12.寿命

    何故、寿命があるのだろう?

    ゲノム分子の自己複製は、目的ではなく結果だと思われる。
    とは言え、後付けではあっても、自己保全は生命の命題である。

    それなのに寿命がある。
    計画された死。

        ◇

    単細胞生物が二つに分かれて増える。
    この時、ゲノム(遺伝子)は双方に引き継がれる。

    環境の影響を受けてゲノムが変化したとする。
    その変化を老化と考えると、双方に老化が引き継がれる。
    老化した細胞が増えているだけ。

    細胞分裂では、初期の状態に戻らない。老化は止まらない。
    つまり、単細胞生物には老化の概念が当てはまらない。

    すなわち寿命とは、進化の過程で獲得した機能である。

        ◇

    ゲノム上に組み込まれた細胞の死がある。
    アポトーシス。

    受精卵が進化の過程をたどるとき、手の水かきが現れて消えていく。
    このとき、消えていく水かきを構成する細胞が死ぬ。
    死んだ細胞の後に新しい細胞が置き換わらないから、水かきは消える。

    計画された細胞の死。
    これらは個体全体を生存させるための必要な犠牲。

    しかし、寿命はアポトーシスとは異なる。
    個体全体として死ぬ。

        ◇

    そこで寿命が必要な理由を考えてみた。

    仮説「種の保全を目的に得た仕組みが老化と寿命」

    長く生き残った個体が優秀な個体。
    この優秀な個体のゲノムを残すのが、種として有利。
    そのための戦略とは。

        ◇

    早過ぎる生殖は優秀な個体かどうか分からない。
    だから選抜期間として、ある程度長く生きないと生殖できなくする。

    軽く産んで、成長を待つ(選抜期間を作る)仕組みが優位になる。

        ◇

    ここで増殖した種が動物性の場合、ある問題を引き起こす。
    食料不足である。
    足りない食料を同じ種類・同族で奪い合う。
    能力が同じなら、経験を多く積んだ個体の方が勝ち残る。

    もし、若い個体が激減し、
      長寿の個体に生殖能力がなければ、次世代が生まれず絶滅する。

    もし、長寿の個体に生殖能力があればどうか。
    個体が生きている間、外界からの影響でゲノムが変質する。
    紫外線(放射線)や化学物質による影響を受ける。
    変質した後のゲノムが優秀である保証はない。
      (大抵は劣化や機能不全を起こす)

    実績として優秀なのは、優秀な個体のオリジナルゲノム。
    若い個体のゲノム。

    だから食料不足になっても、若い個体を残す仕組みが必要。
    限られた食料を若い個体に与えるための仕組み。

    長寿個体の経験をキャンセルするような能力低下が老化。
    長寿個体を間引く仕組みが寿命。

        ◇

    軽く産んで生殖までの期間をおき、
      優秀なゲノムをもつ個体を選抜する仕組み。生殖と成長。
    長く生きた個体の変質ゲノムを残させないための仕組み、
      或いは、若い個体を有利にするための仕組み。老化と寿命。

    すなわち寿命とは、種の繁栄のために進化の過程で得た仕組み。
    もし、この仮説が正しいなら、その仕組みを解除すれば不老不死になる。

    実際、ヒトの細胞から不死の細胞、HeLa細胞が見つかっている。

    本当に老害対策だったのかなぁ。
    でもまぁ、後進の育成が大切なことは間違いない。


    19.神様のゲーム

    記憶は曖昧になっているが、小学生の頃、伯母にこんな事を言った。
    「生きるって修行みたい」
    正確な表現は忘れたが、台所で言った事を覚えている。
    伯母は何度もその時の驚きを私の前でも話していたので間違いないだろう。

    「何のために自分は生きているのだろう?」
    そんな漠然とした疑問から発した言葉だった。

    子供心に考えた。
    お金、地位、名誉のため?
    例えば、1億円の札束を持って戦国時代にタイムスリップ。
    何も買えない。
    人が作ったモノのために生きるなんて何だか変。
    家族や友達?
    じゃあ、彼ら彼女らは誰のために生きている?
    その誰かさんは誰のため?
    ・・・終らない。

    生き辛さを感じていた頃、ふっと口をついて出たのが先の言葉だった。
    「何のため?」
    結論は出なかった。

        ◇

    今は少し違う。
    「生きるって神様のゲームみたい」

    人が作ったゲームを遊ぶのは人。
    この世が神様が作ったゲームなら、Playerは神様に近い存在(魂)のはず。
    そんな神様に近い存在が住む世界(精神世界、魂の世界)があって、
      そこから多くの魂がログインしている。
    魂が自我であり、アバターとしての身体を操作している。

    仏教的に言えば「全ての人に仏性が宿っている」ということになるのかな。

    この世界で、生き物の身体(アバター)に、自分(魂)が収まっている。
    アバターを使って人生というゲームをしている。
    そんな解釈。

        ◇

    まず、人が作ったゲームで考える。
    お金、装備、ステイタスなどはゲームアイテム。
    冒険者パーティーを組むこともある。
    これらはゲーム攻略に必要だが、それ自体は目的ではない。
    ゲーム内の目的は魔王討伐だったり、謎解きだったりする。

    では、「何のため」自分はゲームをするか。
    ゲーム世界の魔王討伐のためではない。
    ゲーム世界の外にいるリアルな自分が楽しむためにゲームをする。

    次に、神様が作ったゲームを考える。
    舞台は観測者で決まる曖昧な世界。
    行動や応答には神様がデザインした複雑な物理法則の縛りがある。
    そこに大勢が同時にログインしている。
    精神世界の家族や友人もログインしているかもしれない。

    では、「何のため」自分(魂)が神様のゲームをするか。
    単純にゲーム世界のお金、地位、名誉のためではないだろう。
    ゲーム世界の外にいる自分(魂)に理由があるはず。
    ただ、その理由は自分にも分からないけど。

        ◇

    神様のゲーム。
    何が得点(徳点)になるのか分からない。
    一つ有力候補がある。
    ヒントはPlayer(世界人口)が増えていること。

    例えば、あるPlayer(魂)が繰り返し問題を起こす。
    そのPlayer(魂)に対して不愉快に思うPlayer(魂)が多くなる。
    そんなPlayerが放置されていて、またゲームをやりたいと思うだろうか。
    私なら友人に「そのゲームは不愉快」と伝え、別のゲーム・・・に誘うだろう。

    ゲームを作った人は、当然、多くの人に遊んで欲しい。
    それは神様も同じはず。
    だから、迷惑なPlayer(魂)には、
      (生前か死後か分からないが)何かペナルティーを課すはずだ。

    「己の欲せざるところ、人に施すことなかれ」
    孔子さまは、神様の送り込んだチュートリアルNPCだったのかもしれない。


    20.条件は不平等

    人は生まれながらに平等と言うが、それはない。
    生まれた境遇が違う。
    生まれた身体の性能が違う。
    仮に世界が『神様のゲーム』だとして、いろいろな人生の初期設定。
    まぁ、不平等。

    神様は、公平公正に私たちを競争させるつもりがあるのだろうか?
    うん、ないね。
    と言うよりも、神様が決めた初期設定ではないのではないか?

    もしかすると、自分(魂)が選んだ初期設定ではないだろうか。
    自覚は無いけど生まれる前の自分(魂)が選んだ初期設定。

    では、どうして自分(魂)は、今の自分の初期設定を選んだのだろうか。

        ◇

    簡単に過ぎるゲームはすぐに飽きる。
    困難に過ぎるゲームはすぐに諦める。
    適度な難易度のゲームが一番面白い。
    本来の実力よりも、少し上に挑戦しないと、実力は伸びない。

    だから、自分(魂)に合わせた初期設定を、自ら選んでいるとしたら。
    自信がないから、簡単な初級者向けの初期設定。
    自信があるから、難しい上級者向けの初期設定。
    自分の能力や性格に合わせ、いろいろなタイプの中級者向けの初期設定。

    この世界は参加人数(世界人口)が増加している人気のゲーム。
    きっと多くの人(魂)に合う初期設定が用意されているはずだ。

    難しい境遇を選んだ人(魂)は、きっと自信があったのだろう。
      精神世界の上級者。
      チャレンジャーなのだろう。
      何らかの目的で、敢えて厳しい条件を選んだのかもしれない。
    楽な境遇を選んだ人(魂)は、きっと自信がなかったのだろう。
      精神世界の初級者。
      ゲーム初心者かもしれない。
      初期設定が楽なら、目標やゴールはレベルが高くなる。

        ◇

    才能、境遇。
    それらは単なる初期設定。
    才能と境遇に恵まれても、恵まれた人生とは限らない。

    モーツアルトは晩年貧乏で墓場すら定かではない。
    ゴッホは生前に売れた絵は僅かで、自ら命を絶っている。
    才能と境遇に恵まれた偉人でも、生きている間は苦労している人がいる。

    恵まれた人生が生きる目的だったら、失敗している。
    優れた作品を残すことが生きる目的だったら、成功している。
    彼らは生きる目的を果たせたのだろうか?

    初期設定(才能、境遇)は結果を保証しない。
    幼少期を過ぎれば、後は自分の努力次第、選択次第、考え方次第。
    そこからゲームが始まっている。

        ◇

    何が得点(徳点)になるのか分からない。
    何が狙い(目的)か分からない。

    やり直しができない『神様のゲーム』
    あの時、あちらを選んでいたらどうなったのだろう。

    あぁセーブポイントは無いのかな。
    いろんな選択肢(別の選択肢)を試してみたくなるじゃないか。
    ゲームが終ったら、作った神さまにリクエストしてみよう。

    ん?もしかすると、睡眠がセーブポイントだったりして・・・。
    でもそうか、時間が巻戻ったら、
      自分の意識(記憶)も巻戻るから、認識できないんだよなぁ~。


    21.理不尽の起源

    この『神様のゲーム』、理不尽が多いように思わないか?

    人類が文明を生み出す前は、
      弱肉強食、病気や天変地異が神の試練(理不尽)だった。

    しかし現代、理不尽の多くは神様の試練よりも人に起因している。

    ではなぜ、人に起因して理不尽が生まれるのか。

        ◇

    この世界には多くの人が生きている。
    同じ『神様のゲーム』にログインしている。

    それぞれが選んだ初期設定(境遇、才能)は唯一無二。
    それぞれが異なる経験をする。
    それぞれに異なる経験がそれぞれに異なる価値観を作る。

    その人の周辺環境が、その人の自我に強く影響を与える。
    周辺環境には、他者による悪意や嘘も含まれる。

    忘却と勘違いもある。
    そこに完全な善性や合理性は保証されない。

         ◇

    しかもここ百年、世界人口が急増した。
    もし全ての人に魂があれば、それは魂の急増を意味する。
    人の魂として初心者(Player)が多い。
    もしかしたら、NPCも意外に多くいるかもしれない。
    NPC( Non-Player Character)、謂わば神様が作った人工知能。
    人が作った人工知能ですら人と見分けられないのに、
      神様が作った人工知能(NPC)を見分けることは出来ない。

    多種多様な人たちが大規模多人数で同時に参加する『神様のゲーム』
    欲望のままに意味不明な行動をする初心者もいるだろう。
    難易度調整のために神様が作ったお邪魔NPCが紛まぎれているかもしれない。
    初心者やNPCによる非合理的行動が混沌カオスに拍車をかける。

    混沌の中、雑多な価値観が干渉する。
    理由も分からない好き嫌い。
    「他人の正義」が「自分の論外」になる。
    正義と正義が衝突する。

    「他人の正義」が精神攻撃や物理的強制力を持って自分にふりかかる。
    時に、暴力や強制力を伴う権力者として立ち塞ふさがる。
    まさに理不尽。

        ◇

    人に起因する理不尽を、分配調整するためにルールが作られた。
    より大きな理不尽を避けるための人類(Player)の工夫。

    条約、法律、規則、校則、伝統、習慣、風習、礼儀、作法、マナー。
    暗黙のルールもある。

    ただし、理不尽の分配調整は、理不尽の消滅を意味しない。
    多くは切り刻んで分配しただけ。

    だから、ルールは本質的にいくらかの理不尽を含んでいる。

        ◇

    当然、戦争や暴力のような酷い理不尽は耐え難い。
    そんな酷い理不尽がなくても、
      身の回りには分配された理不尽が漂ただよっている。

    そんな理不尽に多かれ少なかれ、生き辛さストレスを感じる。
    そんな理不尽や生き辛さにどう向き合うのか。

    とりあえず、従う。(我慢する。情報不足では戦えない)
    適応する。(環境に合わせて進化・成長する)
    戦う。(ルールを変える。環境を変化させる)
    逃げる。(無視する。環境変化を待つ)

    とにかく生き残る。

        ◇

    『神様のゲーム』
    使うアバター(身体)は、
      周辺環境から情報入力がゼロになると幻覚幻聴幻肢など誤作動する。
    それなのに周辺環境には常に理不尽が混入している。
    つまり、理不尽は不可避というゲームデザイン。

    ホント、ゲーム制作者の性格が出てるなぁ・・・。


    24.自分物語

    世界を大きな舞台とみるならば、歴史は大きな物語。

    ご先祖様がいたから、今、自分がいる。
    ご先祖様は戦国時代、原始時代を生き抜いた。
    進化過程の哺乳類、もっと前の魚類のご先祖様も命を繋いだ。
    単細胞生物のご先祖様もいた筈だ。(実感はないが)
    そんな長い物語の一端に今の自分がいる。

    あれが無い、これが無い、失った、理不尽だ。
    そうかもしれない。
    でも、幸福・不幸は相対値。
    最初からそんなもの持っていない人も大勢いる。
    同じ舞台上で幸せそうな他人を見るから辛くなる。

    観客席からみれば、主人公の挫折や失敗は名作に必要な演出のよう。
    悩み、苦しみ、それらを経験して主人公が成長する。
    誰もが自分物語の主人公。
    では、どんな主人公を演じようか。

      ◇

    もしかしたら、この世は「神様のゲーム」かもしれない。
    今の状況は生まれる前の自分(魂)が選んだ初期設定かもしれない。
    覚えていないけど。

    「神様のゲーム」の目的は分からない。
    でもきっと、自分は何か目的を持って「神様のゲーム」を始めたはずだ。

    神様は乗り越えられない試練は与えないという。
    それはどうかな?
    やや疑問。
    ゲームだからね。

    でも、出来ると思ってやらないと、出来るものも出来なくなる。
    せっかく始めた「神様のゲーム」、ジタバタしてみよう。
    致命傷にならなければ、それで良い。
    多くの失敗を記すゲームログが、面白おもしろ可笑おかしい自分物語になる。

      ◇

    魚類や両生類、単細胞だったご先祖様は
      もっと厳しい理不尽(自然界の弱肉強食)を生き抜いた。
    あれ、それ、彼、彼女、・・・ご先祖様が生きた意味。
    その意味の発現の1つが今の自分。

    もしかしたら、自分の何世代も後の子孫から凄い人が出るかもしれない。
    自分に関係した人やその子孫が偉業を成したら、自分の人生が意味を持つ。
    意味なんて、後からついてくるかもしれない。
    自分の知らないところで。

    神さまだって、宇宙を創るのに無限の時間と無限の試行錯誤をした。
    多分。
    何万何億何兆何京、いやいやそれ以上の試行錯誤。
    そのなかの一つの偶然が、生命を生み出した。(LUCA)
    多分。
    その一つ以外、すべての試行錯誤は結果的には無駄だった。
      そんな試行錯誤の一つであっても良いじゃないか。
    偶然によって生まれた一つの生命。
      単なる偶然。
      そこに意味なんか無くても良いじゃないか。

    今の自分に意味を見出せないかもしれない。
    だったら今は、無意味を楽しんだら良いじゃないか。
    偶然に、何かの意味が生まれるかもしれない。
    まずは、自分物語が喜劇になるよう何かしよう!


    科学と哲学の間で道草してみた 全編目次


    筆者作品のリンク

    (特に3章以後)数十の古文書を引用しながら
       戦国時代と(覇王ではない)織田信長の真の姿を読み解く。
    現代の経営戦略で視る新解釈 織田信長「歸蝶の戦国記」前書・目次・後書

    #創作大賞2026
    #エッセイ部門



     
     
     
    戦国時代を舞台にビジネスの視点を表現しようとNoteを始めた。調べ始めたら、信長像が大きく変わって調査続行中。また、それとは別に思った事をツラツラと公開してます。

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