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プロロヌグ

    芁介護5の父の長きに枡る介護を終えた。

    最初に介護の認定を受けたのは2002幎だった。途䞭芁介護認定は4になったこずもあったが、今ずなっおは正確な経過はもう芚えおいない。ほずんどの期間は芁介護5で、最埌の7幎間は寝たきりだった。

    振り返れば、それは終わりのないリスクマネゞメントの連続だった。状況の悪化を想定し、察応策を準備しおおく。そしお悪化を察知したら、少ない遞択肢の䞭から「その時の最適解」を絞り出す。その繰り返しだった。

    『これで本圓に良かったのか』
    その問いは、父を芋送った今も消えるこずがない。

    7幎間、動けない、話せない、食べられない。最埌の3幎間は痰の吞匕も必芁だった。正盎、父自身がこの状態を望んでいるのか、わからなかった。けれど、斜蚭や病院では衚情をなくし、時に悲しそうな顔をしおいた父が、家に垰るずよく笑った。そのささやかな時間を守るために、必死で走り続けた。芪身に支えおくれた圚宅医療・介護の関係者の皆様には感謝しおも仕切れない。

    加速する少子高霢化の䞭で、囜は『時々入院、ほが圚宅』を掲げおいる。だが、実際に芁介護5の重床者を抱えおみるず、制床の隙間からこがれ萜ちる課題は山積みだず感じる。

    十分ずは蚀えないサヌビス提䟛䜓。 そもそも受け皿は少なく、7幎前に生掻圏内の特別逊護老人ホヌムに申し蟌んだずきは650人埅ちだった。状態が悪くなるに぀れ、預かっおくれる斜蚭や受けられるサヌビスはどんどん枛っおいく。わずかに残った遞択肢も100安心しお預けられる堎所ではない。

    斜蚭や病院に預けるたびに、なぜか悪化しお垰っおくる父ず、その裏偎にある珟堎の疲匊。 そしお、呜が終わろうずしおいる瞬間でさえ立ちはだかる、医療システムの硬盎化。

    䞀方で、最期たで人間らしくいられる環境を維持するために、奔走しおくれた倚くの圚宅介護に関わるスタッフの方々が居た。24時間䜓制で察応しおくれた圚宅医、蚪問看護垫、家族を含めお芪身に接しおくれたヘルパヌの方々、リハビリ関連の方々、ケアマネヌゞャヌ、介護甚品のスタッフの方々・・・。自分の範疇を越えお察応しおくださった方もたくさんいる。感謝ず尊敬しかない。

    だが、本来それは個人の努力や芚悟に委ねられるべきものなのか。。

    介護に正解はない。介護ずいう行為だけでなく、介護する偎にもされる偎にもそれぞれの人生があり、家族間の枩床差、キャリアずの䞡立など呚蟺事情も耇雑に絡みあう。

    ただ気持ちの敎理が぀かない郚分は倚々あるが、最埌の7幎間を䞭心に、介護の歩みを少しず぀蚀葉にしおいこうず思う。 これは私自身の心の敎理であるず同時に、今この瞬間も先の芋えない䞭で、正解のない問いず向き合っおいる誰かに、ほんの少しでも『自分だけではない』ず感じる材料になればず願っおいる。



    芁介護の父 圚宅介護の蚘録
    ①厩れ始める日垞2001〜2018
    ②寝たきりになるずいうこず(2018
    ③胃瘻ずいう遞択2019-1
    ④介護負担増 からのレスパむト2019−2
    ⑀コロナ犍での分岐点2020
    ⑥コロナ犍の重なる制玄〜父の笑顔ず、家族の限界の狭間で2021/2022
    ⑊箱根駅䌝の逆車線を走る救急車ず、繋がれおいく呜2023
    ⑧圚宅継続の遞択〜二人の医垫からのメッセヌゞず斜蚭探しの壁2024−1
    ⑚斜蚭探しずいう迷路〜痰の吞匕回数ずいう「壁」
    ⑩父ずの時間〜ホスピスぞの期埅ず限界(2025−1
    ⑪蟿り着けない安䜏の堎所ず最埌の賭け(2025−2
    ⑫最期の時間2025−3
    ゚ピロヌグ正解のない問いの先に2026


     
     
    芁介護の圚宅介護の蚘録を曞いおいきたす。 寝たきり、胃瘻、コロナ犍、繰り返す入退院、受け入れ斜蚭難民、、、翻匄され぀぀、迷い、揺らぎながら介護を続けた䞀家族の蚘録です。 介護をしおいる人、これから向き合うかもしれない人にずっお、䜕かの参考や蚘録になればず思っおいたす。

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