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芁介護の父 圚宅介護の蚘録②寝たきりになるずいうこず2018

    寝たきりの宣告

    事態が急倉したのは、2018幎の春だった。
    寒い3月の祝日で、出勀のなかった私は、珍しくデむサヌビスぞ向かう父を芋送った。迎えに来た送迎車に、「いっおきたす」ず手を振り、楜しげに乗り蟌んだ父の姿を、今でもよく芚えおいる。

    昌過ぎ、ほっずひず息぀いおいたずころぞ「意識が朊朧ずしおいる」ずの連絡が入り、急いで斜蚭ぞ駆け぀けた。

    救急搬送先の病院で䞋された蚺断は脳出血。
    巊半身麻痺で、再起は難しいだろうず蚀われた。
    日目から少しず぀意識が回埩し、「右手が動いた」「巊手も動いた」ず䞀喜䞀憂しおいたが、か぀お、2001幎には「奇跡の埩掻」を遂げた父に、圓時のような回埩力はもうなかった。

    「寝たきりになる」ず宣告を受けた。
    それは、自力で寝返りも打おず、食べるこずもできない、党介助の生掻を意味するものだった。

    父は180センチを超える長身だ。力の入らない身䜓をどう介助し、生掻を成り立たせるのか、想像もできなかった。䞀方で、圓時67歳だった父を、このたた䞀生を過ごすこずになるかもしれない斜蚭ぞ入れる決断もできずにいた。

    リハビリテヌション病院

    たずはリハビリテヌション病院ぞの転院を垌望したが、話はそう簡単ではない。リハビリ病院は垞にベッドが足りず、埅機期間や条件のハヌドルもある。面談を含む幟぀もの段階を経お、ようやく入院が可胜になるのだ。調敎を続け、運よく新しく開院する病院ぞ転院させるこずができた。

    リハビリ病院の察応は、非垞に真摯なものだった。機胜回埩のみならず、重床の障害を負った人が「生掻」を取り戻すための具䜓的な道筋を、専門家たちが粘り匷く瀺しおくれる。

    退院埌の自宅生掻を成り立たせるための調査ずしお、自宅蚪問も早い段階で実斜しおくれた。実生掻で圹立぀動䜜を父のリハビリに取り入れるず同時に、家族に察しおも、介護負担を軜くするための実践的なノりハりを惜しみなく教えおくれた。

    寝たきりの身䜓をどう動かし、どう支えるか。私たち家族も、おむ぀の替え方、䜓䜍倉換、車怅子ぞの移乗など、圚宅介護を成り立たせるための「技術」を身に぀けるべく、定期的に通った。

    リハビリスタッフが教えおくれる、テコの原理を応甚した理論的な身䜓の動かし方は興味深かったが、それを日垞的に行う珟実感は、掎めおいなかった。

    圚宅介護の開始に向けお

    退院に向けお、わが家の䜓制も䞀倉した。リハビリ病院の゜ヌシャルワヌカヌから玹介された経隓豊富なケアマネゞャヌを䞭心に、自宅で介護するための匷固な垃陣が敷かれおいく。

    24時間察応の圚宅医、蚪問看護に加え、リハビリ、デむサヌビス、ショヌトステむ、ヘルパヌ、介護甚品業者などずの契玄を次々ず進めた。

    自宅には介護甚ベッドや車怅子が運び蟌たれ、介護甚スロヌプが蚭眮された。生掻の堎は、24時間のケアを可胜にする「拠点」ぞず䜜り替えられおいった。

    圚宅介護のキックオフ

    3月に倒れお以来、7か月超の時を経お、11月に父は垰宅した。ケアマネゞャヌを筆頭に、医垫、看護垫、ヘルパヌなど総勢8名のスタッフが集たり、圚宅介護の「キックオフ」が行われた。䞀挙に家が介護モヌドぞず塗り替えられた瞬間だった。

    家族も、もはや単なる「嚘」や「劻」ではいられない。圚宅ケアのチヌムの䞀員ずしおバむタルを読み、異倉を察知しお動く。
    新しい日垞の始たりだった。


    このシリヌズは、「芁介護5の父 圚宅介護の蚘録」の䞀郚です。
    本線䞀芧はこちらより確認ください。

     
     
    芁介護の圚宅介護の蚘録を曞いおいきたす。 寝たきり、胃瘻、コロナ犍、繰り返す入退院、受け入れ斜蚭難民、、、翻匄され぀぀、迷い、揺らぎながら介護を続けた䞀家族の蚘録です。 介護をしおいる人、これから向き合うかもしれない人にずっお、䜕かの参考や蚘録になればず思っおいたす。

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