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芁介護の父 圚宅介護の蚘録①厩れ始めた日垞2001〜2018

    介護ずの最初の接点

    「介護」ずいう蚀葉に初めお盎面したのは、2001幎のこずだった。 父がくも膜䞋出血で倒れ、数回の手術を経お週間意識が戻らない䞭「寝たきりになる可胜性が高い」ず説明を受けた。

    圓時はその蚀葉の重さを正確には理解できず、ひたすら呜が助かるこずを祈っおいた。 しかし、51歳だった父は、7カ月のリハビリを経お家に戻り、さらにそこから2幎ほどかけお、歩く、話す、食べるなどの基本的な生掻が送れるたでに回埩した。高次脳機胜障害ずいう課題が残り、瀟䌚埩垰はできなかったものの、そこから13幎ほどは、家で穏やかな日々を過ごしおいた。

    じわじわず進む倉化

    「介護」が再び重くのしかかっおきたのは、2014幎だ。 歩行が䞍安定になるこずが増え、䜕もないずころで぀たずくようになり、排泄を倱敗するこずが出おきた。どれも急激な倉化ではない。アクシデントが起きるたびに、「幎盞応の衰え」「疲れおいるのだろう」ずいった理由を探しお、深刻に受け止めないようにしおいた。

    だが、埐々にそのアクシデントの回数が増えおいく。

    病院で怜査を受けた結果、か぀お手術で入れたシャントが䞍具合を生じおいるこずが刀明した。再手術をしたものの、術埌は以前のような回埩は芋られなかった。

    日垞に入り蟌んできた介護

    排泄介助が必芁になり、転んだたた起き䞊がれないずいったこずが増えた。 倜間察応を含め、24時間目が離せない状態になり、日垞的に介護サヌビスを䜿い始めた。具䜓的には小芏暡倚機胜型居宅介護でのデむサヌビスず週回のショヌトステむだ。

    この頃は母がメむンで介護を担っおおり、私にずっおは生掻の延長線䞊に介護があるずいう感芚だった。母は倧倉だったず思うが、私は垰宅埌や䌑日に「お手䌝い」をするこずで、介護システムは問題なく回っおいるず思っおいた。今思えば、そうやっお「自分は倧䞈倫」ず思い蟌もうずしおいたのかもしれない。

    父の生掻に圩りを添えおくれた堎所

    小芏暡倚機胜型居宅介護の斜蚭は、さたざたな工倫をしおくれおいた。誕生日には魚介が奜きな父のために、䞀緒に魚屋ぞ買い出しに行き、魚料理の食事を甚意しおくれたり、甘いものが食べたいず蚀う父のためにショッピングセンタヌに゜フトクリヌムを食べに連れおいっおくれたりしたこずもある。

    バラ゚ティに富んだアクティビティを䌁画しおくれ、日々の介護の䞭で父の嗜奜や垌望にたで気が回らない家族に代わり、父の生掻に圩りを添えおくれおいた。母はしばしの䌑息の時間を確保し、父も楜しかったようだ。

    芪が着実に歳をずっおいるのは感じおいたが、圓時䞡芪ずもに60代。いずれ斜蚭に入居するこずになるのだなずがんやりず考えおいたが、ただ先のこずだず楜芳芖しおいた。

    今振り返るず、穏やかな日垞は静かに、そしお確実に厩れ始めおいた。


    このシリヌズは、「芁介護5の父 圚宅介護の蚘録」の䞀郚です。
    本線䞀芧はこちらより確認ください。


     
     
    芁介護の圚宅介護の蚘録を曞いおいきたす。 寝たきり、胃瘻、コロナ犍、繰り返す入退院、受け入れ斜蚭難民、、、翻匄され぀぀、迷い、揺らぎながら介護を続けた䞀家族の蚘録です。 介護をしおいる人、これから向き合うかもしれない人にずっお、䜕かの参考や蚘録になればず思っおいたす。

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