
外部コンサルへの違和感と、AIへの違和感は似ている。データでは見えない、地域の温度と土壌【シリーズ番外編】
おかげさまで、全5回の「福山リアル」シリーズは、たくさんの反響をいただきました。
読んでくださった皆さん、感想やご指摘を寄せてくださった皆さん、本当にありがとうございます。
第1回:福山の若者の進学・就職データ
反響をいただいた一番の要素は、やはりデータをしっかり分析したことだと思っています。
感覚や印象ではなく、公的な統計を一つずつ確認しながら、福山と広島県の構造を見ていく。
人口動態、進学、就職、女性の転出、大学、外国人労働者。
それぞれのデータをつなげながら、福山市の現状を考えていきました。
でも、シリーズを書き終えたいま、私はもう一つ、とても大切なことに気づいています。
それは、
外部コンサルへの違和感と、AIへの違和感は似ている
ということです。
データは合っている。
資料もきれい。
分析も整っている。
でも、現場にいる人が見ると、どこかで「何かが違う」と感じる。
その違和感の正体は、
そこにいる人にしか見えない景色、温度感、人間関係、そして土壌
なのではないかと思いました。
このシリーズは、AIと対話しながらデータを分析し、まとめていきました。
だからこそ、見えてきたことがあります。
今回は番外編として、シリーズの「裏側」で私が考えていたことを、正直に書いてみたいと思います。
東広島と福山。書いていて見えた、決定的な差
第4回で、私は東広島市と福山市を比較しました。
東広島市のデータを見て、分析して、私が知っている東広島市を想像しながら書きました。
データの上では、きれいに整理できました。
人口動態。
産業構造。
外国人住民。
人口集中地区。
大学や研究機関の存在。
社会増が自然減を上回っている構造。
数字は、確かに東広島市の「強さ」を語っていました。
でも、書きながら、ずっと引っかかっていたことがあります。
東広島市に実際に住んでいる人の肌感が、見えてこない。
街がどういう雰囲気に変わってきているのか。
どこに新しい人の流れが生まれているのか。
学生と地域企業の距離感はどうなのか。
「あの学生が、あの経営者と出会って、そのまま就職したよね」というような、具体的な人と人のつながり。
こうしたものは、データをいくら見ても、出てきませんでした。
一方で、福山市のデータを整理しているときは、まったく違いました。
数字の裏に、実際の小さな声が、次々と浮かんできたのです。
周りの女性が、職場の男性社会の雰囲気に耐えられず辞めた話。
子育てしながら働くには、制度が整っても、社内に残る古い価値観や無言の圧力がまだある現実。
学生が面接で言葉に詰まったとき、強い言葉を浴びせられたという話。
これらは、統計には一行も出てきません。
でも、私はそれを知っています。
なぜなら、12年間、福山で若者や女性と向き合ってきたからです。
データを整理しながら、その裏にある一人ひとりの顔が見える。
だからこそ、AIと対話しながら、リアルな状況をまとめることができました。
この、東広島と福山の「書きやすさの差」こそが、今回いちばん大きな気づきでした。
AIの分析は強い。でも、問いの立て方で見え方は変わる
まず、はっきり言えることがあります。
AIによるデータ分析は、本当に強力です。
人間一人では、とても処理しきれない量のデータを、幅広い視点で、人間には思いつかない角度から分析してくれます。
今回のシリーズも、AIと対話しなければ、ここまで構造的に整理することはできませんでした。
人口減少を、自然減と社会減に分けて見る。
若者流出を、進学・就職・UIターンの波として見る。
福山市と東広島市を比較する。
外国人労働者と福山の若者に共通する構造を見る。
「選べない期間」と「選べる瞬間」という言葉で整理する。
こうした視点は、AIとの対話によって、かなり明確になりました。
でも、同時に、もう一つ気づいたことがあります。
AIの分析は、プロンプト次第で、見せ方が変わる。
同じデータでも、「どこに注目してほしいか」を変えれば、出てくる結論の強調点は変わります。
グラフの軸の取り方ひとつで、印象はまったく違って見えます。
どの数字を大きく扱うかによって、読者が受け取るメッセージも変わります。
つまり、
「AIが分析したから正確」とは限らない
のです。
きれいにまとまった資料は、一見、とても説得力がありそうに見えます。
グラフが整い、数字が並び、結論が明快に書かれている。
でも、実際の現場の人がそれを見たら、
「いや、ちょっと違うんだよな」
という違和感を覚えることがあります。
この違和感の正体は、何なのでしょうか。
分析の中に含まれていないもの
きれいな分析の中に、含まれていないものがあります。
それは、そこにいる人にしか見えていない景色、温度感、空気感、人間関係、土壌です。
データは、街の表面をなぞることはできます。
でも、
いま、学生たちの間に流れている空気が、少しずつ変わりつつあること。
ある経営者と、ある学生の間に生まれた、小さな信頼関係。
その地域で、誰と誰の関係がこじれていて、何がタブーになっているか。
どの土地に、どんな歴史と感情が積み重なっているか。
過去の施策で、現場が何に疲弊してきたのか。
こうしたものは、統計のどこにも出てきません。
でも、まちづくりにおいて、本当に大切なのは、むしろこちら側だったりします。
なぜなら、地域は数字だけで動いているわけではないからです。
地域を動かしているのは、人です。
人と人の関係です。
信頼です。
不信感です。
過去の記憶です。
そして、今まさに変わりつつある空気です。
統計データは、早くても「1年前」
もう一つ、見落とされがちな、決定的な事実があります。
統計に上がってくるデータは、どんなに早くても、1年前のものです。
調査して、集計して、公表されるまでに、時間がかかります。
つまり、
分析結果は、すでに1年も前の「過去」
なのです。
でも、現場は「今」です。
学生の空気は、もう次に動いています。
去年と今年では、まったく違う雰囲気になっていることもあります。
企業の危機感も、少しずつ変わっています。
若者の価値観も、日々変わっています。
地域の中で、新しい関係性が生まれ始めていることもあります。
この時差を理解しないまま、1年前のデータで「今」を語ろうとすると、現場との間にずれが生まれます。
データは大切です。
でも、データは「今そのもの」ではありません。
過去の数字を見ながら、今の現場の温度で補正する。
この往復がなければ、地域に合った判断はできないのだと思います。
成功は共有される。でも、失敗は残りにくい
もう一つ、大切なことがあります。
公に共有されやすいのは、たいてい成功事例です。
「この施策で人口が増えた」
「この取り組みで就職率が上がった」
「この事業で若者が集まった」
そうした成功は、数字として記録され、事例として共有されます。
でも、失敗のデータは、とても少ないのです。
「これをやったけど、現場が疲弊して終わった」
「制度はできたけど、誰も使わなかった」
「いい取り組みのはずだったのに、地域の関係がこじれた」
「補助金が終わったら、誰も続けられなかった」
「一部の人だけが盛り上がり、地域には根づかなかった」
こうした失敗は、ほとんど記録に残りません。
そして、その失敗の経験を持っているのは、いつも現場の人です。
成功事例は、外からでも見つけやすい。
でも、失敗の記憶は、その土地に残っている。
データには成功が残りやすい。
でも、本当に学ぶべきことは、記録に残らない失敗の中にある。
この非対称を、忘れてはいけないのだと思います。
外部コンサルへの違和感の正体
ここまで考えてきて、私は、あることに気づきました。
この「データ分析への違和感」は、外部のコンサルがまちづくりに関わるときに、現場の人が感じる違和感と、とてもよく似ているのです。
データや、他県・他市でうまくいった事例を、そのまま当てはめようとする。
でも、その土地にあるものを知らない。
いまその地域の空気が変わりつつあることを知らない。
学生の温度感を知らない。
企業同士の関係性を知らない。
過去の失敗を知らない。
現場が何に疲れているのかを知らない。
そのまま、勝手に物事が進んでいく。
たとえるなら、こういうことです。
まだ水をやる時期じゃないのに、急によくわからない散水栓をつけられる。
ギアを上げるタイミングじゃないのに、勝手にアクセルを踏まれる。
そっと見守るべき時期に、急ブレーキをかけられる。
そして、その理不尽さに振り回されるのは、結局、現場にいる人たちです。
外から来た人は、施策が終われば去っていきます。
でも、現場の人は、その後もずっと、その土地で生きていきます。
私は、コンサルティングそのものを否定したいわけではありません。
外の視点が、地域を救うこともあります。
データを整理する力が、現場を助けることもあります。
他地域の事例から、学べることもたくさんあります。
ただ、データや他地域の事例を「そのまま当てはめる」関わり方には、構造的な危うさがある。
それを、今回、自分自身がAIと分析をしながら、痛感したのです。
必要なのは、発表する人ではなく、つなぎ直す人
私は、外部コンサルそのものを否定したいわけではありません。
外部の情報や成功事例を教えてもらえることは、とてもありがたいことです。
自分たちだけでは見えない視点や、他地域で試された手法から学べることもあります。
ただし、大切なのは、
知っていることと、できることは違う
ということです。
そして、
自分が持っている「正解」が、この土地での正解とは限らない
と理解していることです。
他地域でうまくいったことが、福山でそのままうまくいくとは限りません。
データ上は合理的に見える提案が、現場では誰かに過度な負担をかけることもあります。
だからこそ、外部から入る人に必要なのは、正解を持ち込むことではなく、
その土地の文化や土壌、そして人を理解することだと思います。
行政などが外部コンサルに依頼する理由も、本来はそこにあるはずです。
会議でデータをきれいに発表してもらうためだけではない。
成功事例をスライドで並べてもらうためだけでもない。
本当に求められているのは、
新しい発想や手法を、地域の人や文化とつなぎ、実際に前に進めていく力
です。
つまり、必要なのは、資料を説明する人ではなく、
コーディネーターとして動ける人
です。
足を使って人に会う。
丁寧に話を聞く。
もつれていた意図をほどく。
誰と誰をつなげば前に進むのかを考える。
外から持ってきた知見を、その土地の土壌に合わせて翻訳する。
データを見せて終わる人ではなく、
人と人をつなぎ直す人。
正解を押しつける人ではなく、
この土地で動く形に一緒に翻訳する人。
そういう外部人材なら、地域には必要です。
「わかること」と「やれること」は違う
外部の専門家やコンサルに対して、現場の人が違和感を覚えるとき、そこにはもう一つ大切な論点があると思います。
それは、
「わかること」と「やれること」は違う
ということです。
たとえば、経営学者に対して、
「経営していないのに、なんで経営がわかるんですか?」
という問いが投げかけられることがあります。
この問いの中には、実は3つの別の問いが混ざっています。
1つ目は、研究することと、対象を理解すること。
2つ目は、理解することと、「正解」を持っていること。
3つ目は、「正解」を持つことと、実際にやれること。
研究者や分析者が提供できるのは、基本的には1つ目の領域です。
データを集める。
構造を整理する。
傾向を読み取る。
他の事例と比較する。
これは、とても大切な役割です。
問題は、その先です。
「データとしてはこう読み取れます」ではなく、
「だから、あなたたちはこうすべきです」
と一気に処方箋までジャンプしてしまう瞬間。
そこには本来、
データから現場への翻訳
が必要です。
数字として見えていることを、現場の土壌に照らす。
その地域の人間関係を見る。
過去の失敗を聞く。
今の温度感を確かめる。
誰が担えるのか、誰が疲弊するのかを考える。
この一段を飛ばして、いきなり「正解」として語ってしまうと、現場は違和感を覚えます。
否定されているのは、研究や分析そのものではありません。
否定されているのは、
不当に“指南役”へスライドしてしまう態度
なのだと思います。
外部の人に必要なのは、現場の上に立つことではなく、
自分がどの領域を担っているのかを自覚すること。
「私の役割は、データを整理することです」
「ここから先は、現場の皆さんと一緒に翻訳する必要があります」
そう言える人ほど、むしろ信頼されるのではないでしょうか。
越境しないことが、結果的に現場に届く強さになる。
AIも同じです。
AIは、データを整理できます。
構造を見せることもできます。
でも、AIが出した分析を、そのまま「正解」として現場に当てはめてはいけない。
AIができるのは、地図を描くこと。
その地図を見ながら、どの道を歩くのかを決めるのは、現場にいる人たちです。
AIと人間、それぞれにできること
この気づきから、3つのことが見えてきます。
1. AIにしかできないこと
膨大なデータを、幅広く、人間には難しい角度から分析すること。
構造を整理し、見落としていた関係性を可視化すること。
複数の地域やテーマを比較し、共通点や違いを見せること。
これは、AIの大きな強みです。
今回のシリーズは、その力なしには成り立ちませんでした。
2. 人間にしかできないこと
データの裏にある、一人ひとりの声を知っていること。
土壌、空気感、人間関係、そして「今」を感じ取ること。
記録に残らない失敗を、経験として持っていること。
1年前の数字と、目の前の現実の「時差」を、肌で埋められること。
これは、その場所に居続けた人にしかできません。
現場にいる人は、数字には出てこない変化を知っています。
まだ言葉になっていない違和感を持っています。
小さな声の積み重ねを知っています。
その知恵は、AIにも、外部の資料にも、簡単には出てきません。
3. 地方に関わるとき、本当に必要なこと
AIや外部の分析は、地図にはなります。
でも、地図は土地そのものではありません。
地方に関わるとき、本当に必要なのは、
地図を描く力と、土地を知る人の声を、両輪で動かすこと
です。
データだけでも、現場の感覚だけでも、足りません。
データで全体像をつかむ。
現場の声で、「いま、この土地で、何が起きているか」を補正する。
過去の失敗を聞く。
今の温度を知る。
次の一歩のタイミングを見極める。
その両方があって初めて、地域を振り回さない動き方ができます。
コンサルの本質を見抜く、ふたつの問い
もし、地域に外部の力を入れるなら。
行政でも、企業でも。
その相手が本物かどうかを見抜くために、大切な問いがあると思います。
それは、
この人は、うまくいった事例だけでなく、うまくいかなかった話を、どれだけ知っているか。
ということです。
成功事例をきれいに並べる人は、たくさんいます。
でも、地域の現場では、成功よりもむしろ、うまくいかなかった経験の中にこそ大切な学びがあります。
ただし、ここで注意しなければいけないことがあります。
失敗談を知っていることと、失敗に向き合ったことは違う。
人から聞いた話は、100あるうちの1か2にすぎません。
「あの地域では、こういう失敗がありました」
「この事業は、うまくいかなかったそうです」
「現場では、こういう声があったようです」
そう語ることはできます。
でも、それだけでは足りません。
本当に大切なのは、その失敗に対して、
その人自身がどう動いたのか
です。
自分が現場で何を見たのか。
誰の声を聞いたのか。
どこで判断を間違えたのか。
何を変えようとしたのか。
自分で解決できなかったとき、誰に相談し、誰を動かし、どうつないだのか。
その結果、何が変わり、何が変わらなかったのか。
そこまで語れるかどうか。
ここに、本当に現場に関わった人かどうかが出ると思います。
さらに言えば、現場を知っている人は、話を聞いたときに、その裏にある状況を想像できます。
そのとき、誰が困っていたのか。
誰が板挟みになっていたのか。
どの立場の人が声を出せなかったのか。
なぜ表向きは成功に見えて、現場では疲弊が残ったのか。
なぜその施策は、その地域では根づかなかったのか。
そうしたシチュエーションを具体的に想像できるかどうか。
これは、とても大切です。
なぜなら、そこが見抜けないと、きれいな言葉や成功事例に言いくるめられてしまうからです。
「他地域ではうまくいきました」
「データ上は効果が出ています」
「専門家としては、こう考えます」
「全国的には、この方向です」
そう言われると、一見、正しそうに聞こえます。
でも、地域に必要なのは、正しそうな言葉ではありません。
その土地で実際に動いたときに、誰が担うのか。
誰に負担がかかるのか。
どこで反発が起きるのか。
何が見落とされるのか。
失敗したとき、誰が後始末をするのか。
そこまで想像できる人でなければ、地域の現場に入るべきではないと思います。
だから、もう一つの問いはこれです。
この人は、失敗談を知っているだけなのか。
それとも、その失敗に対して、自分がどう動いたかを語れる人なのか。
そして、
自分が動けなかったときに、誰をどうつなぎ、どう解決に向けて動いたのかを語れる人なのか。
ここを見なければいけない。
失敗を知っているだけでは足りません。
失敗の構造を理解し、その場面を想像し、次にどう動くかまで考えられる人かどうか。
そこに、外部人材やコンサルの本質が出るのだと思います。
そして、もう一つ。
この人は、データを語る前に、その土地の人の声を、どれだけ聞いたか。
データから入る人ではなく、人から入る人。
地図を広げる前に、土地を歩く人。
話を聞くだけでなく、その声の背景にある状況まで想像しようとする人。
その順番を持っている人かどうか。
これは、AIにも、外部コンサルにも、そして私自身にも、突きつけられる問いだと思っています。
このシリーズ自体が、その実践でした
最後に、正直なことを書きます。
今回の5回シリーズは、AIと対話しながら書きました。
データの分析も、構造の整理も、AIの力を大きく借りています。
でも、それが「現場の声を持ったシリーズ」になったとすれば、それは、私が12年間、福山で若者や女性と向き合い、小さな声を聞いてきたからだと思います。
AIが整理してくれたきれいなデータの上に、私が知っている一人ひとりの顔を重ねていく。
その作業の繰り返しが、このシリーズでした。
東広島市のことは、私はまだ、データを中心にしか語れていません。
だから、東広島市については、現場を知る方の声を、これからうかがっていきたいと思っています。
そして、福山のことは、これからも、データと現場の声の両方で、語り続けたいと思います。
AIにできることは、どんどん使えばいい。
でも、人間にしかできないことを、手放してはいけない。
データを見て、現場の声を聞く。
外の視点を取り入れながら、土壌を壊さない。
成功事例を学びながら、目の前の人の声を置き去りにしない。
その両輪で、次の世代に選ばれる福山を、つくっていきたいと思います。
このシリーズが、福山のことだけでなく、データと現場、AIと人間、外部と内部について考えるきっかけにもなれば嬉しいです。
※この記事は、全5回「福山リアル」シリーズの番外編です。本編とあわせて読んでいただけると嬉しいです。
シリーズ全5回
第5回:「選べない期間」に育ち、「選べる瞬間」に別を選ぶ
角田千鶴(つのだ・ちづる)/地域若者共創プロデューサー
有限会社山陽不動産 取締役副社長
一般社団法人ミライゴト 代表理事
山陽管理株式会社 代表取締役。
広島県福山市出身。東証1部上場企業勤務を経て2004年にUターン。家業の不動産会社を15年連続増益増収へ導く。2019年から高校生・大学生向け創業体験プログラム「Sta-sh」を立ち上げ、7年間で370名以上が参加。経済産業省中小企業庁創業機運醸成賞受賞。2024年10月、一般社団法人ミライゴトを設立し代表理事就任。若者とアスリートのキャリア支援を通じた地域創生に取り組む。
※ここに書いた気づきや解釈は、筆者個人の見解です。