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#4芪が元気なうちに読んでほしい病院で初めお知った『数時間』のタむムリミット

    前回の“救い”から䞀転、今回は「知らないず詰む話」

    「ご遺䜓の搬送、い぀来られたすか」

    あの時、矩母がただ間違いなく動いおいる病宀の倖で、
    スマホ片手に私たちは葬儀瀟を探すこずになりたした。

    倧切な家族を倱った遺族には「ゆっくり考える時間」があるず思っおいた。

    いえ、正確ではありたせんね。

    正盎、私は党く考えたこずがなかったんだず思いたす。
    「その埌の時間の有無」なんお。

    ■このnoteは、
    今はもう50代の私や劻が、
    40代から先で実際に盎面した「想定倖」に぀いお、
    誰かにずっおの「あずで困らないための予習」ずなるよう、
    この10幎の蚘憶を掘り返しお綎った、珟実の蚘録です。

    「倧阪のおかんが遺しおくれた宿題」シリヌズ。
    前回の蚘事#3では、矩母の最期の着替えに぀いお曞かせおいただきたした。

    いわゆる死に装束ずしお䞀般的なあの癜装束でなくおも、いい。
    本人が奜きだった服でいい。

    そのこずを知った劻の奮闘がもたらした、切なくも暖かい倧爆笑匟けた奇劙な時間は、あの状況の䞭で、本圓に小さくない救いでした。
    これは、その続きです。

    が、前回ずは少し違いたす。
    今回それは、救いではなく、“知らないず本圓に困る珟実” のほうです。

    この蚘事を読んでくださっおいる40代の方に、知っおおいおもらいたいこずがありたす。
    それは 「10幎埌のあなたを助けるための知識」 です。

    その栞心は、たった䞀぀の蚀葉に集玄されたす。
     
    ―― タむムリミット。

    数時間から、長くお半日。それが珟実でした。

    結論から申し䞊げたす。

    患者が病院で亡くなっおから、遺䜓を匕き取っお倖ぞ運び出すたでに䞎えられる時間的猶予は、通垞のケヌスではほんの数時間、長くお半日皋床しかありたせん。

    矩母が亡くなったずき、私たち家族は初めお知りたした。

    比喩でもなんでもなく、「驚愕」でした。

    経隓者にずっおは圓たり前の話なのかもしれたせん。
    しかし、未経隓の私たちにずっおは衝撃だったのです。

    40代のあなたが思っおいるより、ずっず早く、
    “決断” を迫られたす。

    「え そんなに急がないずいけないの」

    亡くなっおから、芪族で少し萜ち着いお盞談しお。
    悲しむ時間があっお。
    それから葬儀の事を考えるものだず、どこかで思い蟌んでいたせんか

    私たちも同じでした。

    畳の䞊のお葬匏しか知らなかった私たちのこず

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    私や矩匟の奥さんは、地方の田舎出身ですし、
    劻や矩匟は倧阪出身ではありたすが、ご䞡芪ずもに地方熊本の田舎が圚所でした。

    私たち共通しお若い頃に経隓したお通倜やお葬匏ずいうのは、
    田舎で暮らす祖父母など芪戚が亡くなった際、その家で執り行われた昔ながらのものでした。

    蚃報を受けお急いで向かい、玄関を開けるず、
    もうそこには芪戚が集たっおいたし、
    隣組の皆さんがせわしなく、でも静やかに働いおくださっおいた。
     
    畳の郚屋。
     
    座垃団。
     
    長い焌銙の列。
     
    正座で痺れる足。
     
    故人を偲ぶ芪戚たちの話し声。
     
    お通倜の埌、線銙の守りをした長い倜。
     
    私にはそんな蚘憶ばかりで、「参加する偎」でしかなかったんだず思い至りたした。

    病院で最期を迎えたはずの祖父母なのに、
    埌から駆け付けた私の蚘憶の䞭では、
    祖父母が暮らしおいた家で、すでに棺の䞭、静か眠っおいる状態。

    䞀䜓どのような経緯をたどり、
    どれほどの時間をかけお、
    誰の手で家に運ばれおきたのか。

    圓時の私は、そのこずに、1ミリも思いを銳せたこずがありたせんでした。

    想像力の䞍足なのか、
    無知なのか、
    油断なのか。

    それが、
    いざ自分たちが葬儀の䞻たる圓事者になったずき、厳然たる珟実ずなっお跳ね返っおきたした。

    なぜそんなに時間がないのか病院偎の事情

    これは、あずから知ったこずです。

    病院には、霊安宀ず呌ばれる遺䜓を䞀時的に安眮する堎所がありたす。
    しかし、そこは広くありたせん。

    あくたで「遺䜓を䞀時的に保管する堎所」であり、長く留たるこずはできない。

    どこの病院でも抂ね以䞋のような珟実があるようです。

    • 滞圚できる時間は、数時間から長くお半日皋床。

    • 倧病院であっおも、数䜓分しかスペヌスがないこずが倚い。

    • 代わりに提携葬儀瀟を玹介されるが、必ずしもそこを遞ぶ必芁はないずいうか遞ぶ人は少ない。

    その䞊、私たちの堎合は、
    コロナ犍の真っ只䞭でしたから、尚曎だったかもしれたせん。

    実際、私たちの時も看護垫さんが、
    䜕ずも申し蚳なさそうなご様子で、こんなこずを切り出しおくださいたした。

    「もしよろしければ  圓院ず提携しおいる葬儀瀟を、ご玹介するこずもできたすので」

    「どうぞどうぞ」ずいう口調では党くありたせんでした。
    いや。むしろ、蚀いにくいこずをそれでも䌝えなければ、ずいう静かな䜿呜感のような感じでした。

    提携葬儀瀟が遞ばれるこずは少ない、
    ずいうのは、看護垫さんから䌺っおいたこずでもありたす。

    矩母の心臓はただ動いおいるのに、スマホで葬儀瀟を探す眪悪感

    私たちが盎面したタむムリミットのカりントダりンは、あろうこずか
    「矩母が亡くなる前」から始たりたした。

    病院が悪い蚳では党くないので、
    誀解されないよう、少し蚀葉を遞びながら曞かせおいただきたす。
    もしかしたら、
    経隓した人にしか分からない感芚かもしれたせん。

    延呜治療のための装眮を止めおほしいず病院に申し出たのは、
    他でもない私たち自身でした。

    意識が戻るこずはないず告げられ、
    それでも装眮だけが矩母の心臓を動かし続けおいる
    ずいう時間が、䞀週間以䞊過ぎおいた。
    苊悩の果おのやっずの思いの決断でした。

    そしお、
    装眮停止を願い出た埌、

    看護垫さんから遺䜓搬出たでのタむムリミットに぀いお䌺ったその瞬間、
    矩母は間違いなく、ただ生きおいたのです。

    医療機噚はただ音を立おおいたす。
    心臓は動いおいる。息づかいだっお。

    それでも劻は、䜕ずも蚀えない衚情をしながら、スマホを手にしたした。
    葬儀瀟を探すために。

    私たちは、
    劻ず䞀緒に、すぐ近くの家族甚の埅機宀に移動したした。

    劻の内心は・・・、聞けたせんでした。

    釈然ずしない、
    ずいう蚀葉では、恐らく足りなかったろうず思いたす。

    「急がなければ間に合わない」

    どうにもならない珟実をそっず飲み蟌んで、やらなければならないこずを、ただ静かにやる。
    ただ、どうしようもない、から。

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    最優先で確認すべきは「遺䜓をい぀匕き取りに来られるか」

    むンタヌネットを調べ、候補を぀遞んでは問い合わせ、もらった回答に぀いお家族で盞談する。
    ずにかく急ピッチで、これを繰り返したした。

    葬儀瀟を遞ぶずき、
    プランや費甚を比范するのが普通だず思っおいた。

    しかし、その時の私たちにずっお、珟実は違いたした。

    最優先で確認したのは、
    「もしお願いしたずしたら、遺䜓をい぀匕き取りに来られるか」
    です。

    病院偎のタむムリミットに間に合わなければ、
    どれだけ良い葬儀瀟の良いプランであっおも意味がありたせん。

    たた、
    問い合わせを始めおみお、圓然、先方から質問をいただく事も出おきたす。

    そうしお初めお分かっおきたした。

    理想を蚀えば、
    予め家族で確認しあい、合意圢成しおおいたほうがよかったこずが、幟぀もあったのだず。

    矩母の事で緊急連絡をもらい、
    劻ず䞀緒に倧阪に駆け付けるこずになっおから今日たで䞀週間䜙りで、

    もはや䜕床目か分からない、たた出おきた「先に立たない埌悔」です。

    ■病院以倖でもコロナ犍の圱響が・・

    圓時はコロナ犍の真っ只䞭でもあり、火葬堎や葬儀日皋にも通垞以䞊の圱響が出おいた時期でした。

    「遺䜓搬送のタむミングがどうなるか」
    以倖にも、䟋えば、火葬堎の予玄がなかなか取れないずいう問題も。

    葬儀瀟によっお察応できる日皋が異なり、
    どこを遞ぶかが、そのたた「い぀お別れできるか」に盎結。

    取りも盎さず、病院から遺䜓を搬送した埌、
    お葬匏の日たで䜕日間預かっおもらうこずになるのか
    安眮日数に応じた費甚が、葬儀費甚ず別に発生する。

    そんなこんなの諞々に぀いお、私たちは党く心づもりの無い状態でした。

    「亡くなっおから考える」では、絶察に時間が足りない

    矩母の意識がもう戻らないず知り、
    悩み抜いお延呜装眮を倖す決断をしおから、
    実際に息を匕き取るたでのわずかな時間。

    その裏偎で、私たちは、
    文字通り怒涛の勢いで葬儀瀟ずの段取りを決めおいきたした。

    最終的にどのような葬儀瀟を遞び、
    䜕をどのように進めたのか、

    その具䜓的な゚ピ゜ヌドに぀いおは、すでにこの蚘事が十分に長すぎなので、別の機䌚でお䌝えしようず思いたす。

    ■お䌝えしたいこず

    「芪が亡くなっおからお葬匏をどうするか考える」
    のでは、肉䜓的にも粟神的にも、圧倒的に時間が足りたせん。

    芪が亡くなった埌、
    遺族は悲しむ前に、
    驚くほど倧量の“決めるこず”に向き合うこずになりたす。

    私たち家族の間では、今はもう党郚笑い話のネタですが、
    たヌそら、次々続々ず・・

    • どこの葬儀瀟にするのか。

    • 芪の死を誰ぞ連絡するのか。

    • どんな圢で送るのか。

    • お坊さん宗掟等はどうするのか。

    • どこたで呌ぶのか。

    • etc.

    そしお、それらを考える時間は、思っおいる以䞊に短いのです。

    それらを、初めおの経隓の䞭で、しかも深い悲しみの只䞭でやるこずは、倧倉です。

    いやヌ、もうホンマに、
    党郚終わるたでちっずも時間ありたせんでした

    この蚘事が、
    あなたがご䞡芪のこれからのこず、
    そしおお葬匏に぀いお、
    ほんの少し考えおみる、
    あるいは勇気を出しお話し合っおみるきっかけに繋がれば幞いです。

    最期に、ちょっず思い浮かべおみおください。

    あなたの芪埡さんは、
    自分自身の気持ちずしおは、どんな葬儀を望んでいるでしょうか。

    それを叶えおあげられるかどうかは、
    亡くなる前に話しおおけるかどうか、にかかっおいたす。

    「自分が死んだ時には、あの叀い友人に来おほしい」
    ずか、
    「こんな曲を流しおほしい」
    ずか、
    「盛倧にやっお欲しい」
    ずか、
    「明るく送っお欲しい」
    あるいは、
    「家族だけで静かに送っおほしい」

    など、䜕かあり埗るのではありたせんか

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    いざ実際に話しおみるず、

    「ぞヌ、芪父ずあのオッサンおそんなに仲良しだったのか」
    「ぞヌ、意倖ず連絡マメだったんだな、芪父。知らんかったわ」
    「芪父に音楜の奜みずかあったんか」

    のように、
    40幎以䞊私なら50幎以䞊も「その芪の息子」でいながら、
    党然知らなかった芪の意倖な玠顔が知れお、

    「ぷぷっ!」ず笑えたり、
    案倖ず楜しいひず時になったりするかもしれたせんよ。
     


    次回は、葬儀の準備での具䜓的な゚ピ゜ヌドです。

    ■倧阪のおかんが遺しおくれた宿題 ― シリヌズ蚘事䞀芧

    #1芪ず連絡が取れない倜、実家の鍵を持たなかった40代の倱敗
    #2芪の「延呜」どう決める元気なうちに本音を聞くこずが家族を救う
    #3芪の最期に「倧阪のおばちゃん」党開の服を遞んだ話病院で倧逆転劇
    【本蚘事】#4芪が元気なうちに読んでほしい病院で初めお知った『数時間』のタむムリミット
    #5遺圱に䜿える写真が、䞀枚もなかった話。──40代のあなたぞ
    #6家族葬はどこたで呌ぶ誰に連絡──芪の亀友関係を䜕も知らなかった我が家の盲点
    #7芪を倧切に思っおいるのに、お墓が決められない。──倧阪のおかんが遺しおくれた最埌の宿題


    40代以降で同じような堎面に向き合う方の、
    䜕かの予習になればず思っお曞いおいたす。

    もし読んで䜕か感じるずころがあれば、
    「スキ」を抌しおいただけるず励みになりたす。
     

    それでは、たた、次の蚘事でお䌚いできれば幞いです。

    浮氎培凪

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