
#1|親と連絡が取れない夜、実家の鍵を持たなかった40代の失敗
親と何時間も連絡が取れない。実家に入れない。
40代になると、こうした“突然の異変”は誰にでも起こり得ます。
■このnoteは、
今はもう50代の私や妻が、
40代から先で実際に直面した「想定外」について、
誰かにとっての「あとで困らないための予習」となるよう、
この10年の記憶を掘り返して綴った、現実の記録です。
今回から暫く、
「大阪のおかんが遺してくれた宿題」と題したシリーズ記事をお届けします。
今すぐ考えてほしいこと
今回は、該当する人には
できれば今すぐに考えてほしい話。
「実家に帰れば、親が出迎えてくれる」
そう思っているうちは、
あまり意識しないことかもしれません。
でも実際には、
・連絡が取れない
・家にいるはずなのに応答がない
・急いで駆けつけなければならない
そんな状況は、ある日突然やってきます。
そしてその時、
「玄関の鍵がない」
それだけで、
何もできない時間が生まれます。
これは、実際に私たちに起きたことです。
当時、私たちは埼玉で暮らしていました。
妻の実家は大阪です。
妻の父は大きな病気の手術後、
介護施設で生活していました。
実家には、母が一人。
毎日のように父の見舞いに通っていました。
ある日、施設にいる父から、
妻に連絡がありました。
「もう何時間も、母と連絡が取れない」
そこから、
緊迫の時間が一気に流れだします。
妻と、妻の弟である義弟が、
携帯・自宅電話に何度も連絡。
しかし、まったく繋がらない。
時間だけが過ぎていきました。
やむなく、警察にも連絡。
義弟と警察が、
それぞれ実家へ向かいました。
義弟の家から車で1時間半、
実家に到着はしましたが、
もう一つ問題がありました。
義弟は、実家の鍵を持っていませんでした。
玄関の鍵が無い状況で過ぎる時間・・
玄関の前に立っても、
家の周りを回っても、
大声で呼びかけても、
まったく反応がない。
妻は実家の鍵を持っていましたが、
埼玉からでは、すぐには行けません。
その場でできることがない。
でも、中に入れない。
結果として、警察の方の協力で、
庭側の窓ガラスを割って家に入りました。
母は、玄関で倒れていました。
意識はなく、
しかし、まだ息はありました。
すぐに救急搬送されましたが、
既に手遅れで、
病院では「もう意識を取り戻すことはない」とのことでした。
意識は戻らないまま、
数日が峠と告げられました。
その後、1週間半ほど、
眠ったまま時間が過ぎ、
母は静かに亡くなりました。
「先に立たない後悔」のはじまり
この出来事のあと、
私たちが強く思ったことがあります。
「実家の鍵は、必ず持っておくべきだった」
窓を割るという対応は、
警察の方が冷静に進めてくれました。
その対応には本当に助けられましたし、
慣れている様子から、
こういうケースは
珍しくないのだろうとも感じました。
気になったことが、もう一つ。
それは・・、
義弟と同様、私自身も、
当時は自分の実家の鍵を持っていませんでした。
この出来事のあと、
すぐに帰省し、
事情を説明して、
スペアキーを用意しました。
今その鍵は、
普段使っている鍵と一緒に、
いつも持ち歩いています。
推しのキーホルダーに付けているので、
忘れることもありません(笑

幸い、今のところ、
その鍵を使うような事態にはなっていません。
でも、思っています。
「使わないままで済むなら、それが一番いい」
ただ、
「必要なときに持っていない」
それだけは、
避けた方がいい。
今40代のあなたは、どうですか?
親は、いつまでも
元気に玄関で迎えてくれるわけではありません。
もし該当するなら、
一度、考えてみてください。
親の家の鍵、持っていますか?
次は、義母が緊急搬送された病院でのエピソードです。
■大阪のおかんが遺してくれた宿題 ― シリーズ記事一覧
【本記事】#1|親と連絡が取れない夜、実家の鍵を持たなかった40代の失敗
#2|親の「延命」どう決める?元気なうちに本音を聞くことが家族を救う
#3|親の最期に「大阪のおばちゃん」全開の服を選んだ話:病院での逆転劇
#4|親が元気なうちに読んでほしい病院で初めて知った『数時間』のタイムリミット
#5|遺影に使える写真が、一枚もなかった話。──40代のあなたへ
#6|家族葬はどこまで呼ぶ?誰に連絡?──親の交友関係を何も知らなかった我が家の盲点
#7|親を大切に思っているのに、お墓が決められない。──大阪のおかんが遺してくれた最後の宿題
40代以降で同じような場面に向き合う方の、何かの予習になればと思って書いています。
もし読んで何か感じるところがあれば、「スキ」や「フォロー」をいただけると励みになります。
それでは、また、次の記事でお会いできれば幸いです。
浮水徹凪