
帰省の記録その6:隣の分家訪問。 長い。
帰省シリーズ第6弾、完結です。
今回は、祖母が暮らしていた家(今の叔父の家)の隣家を訪ねる話です。
■遺伝子
祖母の家のすぐとなりには分家がある。
今はその家の長女夫婦が暮らしている。私のことを小さい頃に可愛がってくれたY姉ちゃんだ。
この日の夜、私の地元の菓子を携えて、分家を訪ねた。
数十年ぶりに会ったY姉ちゃんは、やたら知っている顔に仕上がっていた。子供の頃に見ていた分家のおばちゃん(Y姉ちゃんの母)そのものだ。
若い頃はぜんぜん似ていなかったのに。
向こうは、私のことをもう誰だかわからないと言う。
■長い戦い
母と一緒に部屋に通された。
母の「すぐ帰るさかい、お茶なんてええから」のひとことを真に受けた私はまだまだ甘ちゃんである。
私にはわからない話が延々と続いた。
昔話やお互いの健康談義が98%ぐらいだ。どこの誰それが何をしたとか、去年倒れたけど恥ずかしいから救急車呼ばんかったとか(呼べよ!)、ときどきびっくりするような内容も混じる。
それでも、こんなことを言ってはいけないが、すこぶる退屈なのだ。
だがしかし、こういう場合、内容以上に、音声によるコンタクトそのものが大事だ。私もいい年をした地球人なので、それぐらいは理解している。
理解は、している。
■フェイント
しているが、
さんざん喋って気が済んだかなと思うタイミングで、
「あーあ、おもろいわ…ほなそろそろ行くか。…あ、ほんでな、あの○○やけどな」
これを3回ぐらい食らった。1回につき10分ぐらいかかる。
長いのだ。泣きそうになった。
きっとこのとき、私の眼を深く覗き込むと、「もういいから」「早く帰ろう」の文字がくっきりと浮かび上がっていたと思う。その形のビームを出せたら出していた。
子供の頃、母に連れられて立ち話に付き合わされ、隣で退屈しきっていた。まさか、今になってあれを再び味わえるとは思わなかった。
■解放
私は、ほうほうの体で母と一緒に分家をあとにし、叔父の家に戻った。明日の出発に備えて、今日はさっさと寝よう。くたびれた。
そして今回の旅は、仏壇のおじいちゃんから見れば、六歳だった孫が、急に知らないおばはんになって現れたようなものだったのかもしれない。
仏間で、隣同士の布団に、母と同じような顔を並べて、そんな想像をした。

帰省シリーズ、これにて完結です。
お付き合いいただき、ありがとうございました😊
…思い出したら、また何か書くかもしれませんが。
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