
帰省の記録その4:新築の柱の受難。 犯人は6歳の私。
帰省シリーズ第4弾です。
今回は、私のおぼろげな記憶を、母からの聞き取りで補強した思い出話です。
■ 新築
時は昭和。
当時私は6歳。幼稚園の年長さんで、小学校入学を控えていた。その頃、母の父親、つまり私のおじいちゃんが亡くなった。
祖母の家は、当時新しくしたばかりで、おじいちゃんは、新築の家から送り出されることになった。
長患いの末だったので、みな心づもりはできていた。
■ 退屈な子供たち
親たちが忙しくしている間、子供たちはみんなで遊んでいた。従兄弟のU君などは、おじいちゃんの棺桶に近寄ってわざと怯えてみせる遊びを繰り返していた。
さすがに不謹慎なので、あっちへ行くよう言われ、仕方なく納屋でなにか面白いものはないかと物色することになった。
あった。
錆びた鎌と砥石である。

私は、おばあちゃんがやっているのを見て知っていた。
錆びた鎌 + 砥石 = 切れるようになる。
ロマンである。
この錆びた古い鎌が、私の手によってかつての切れ味と輝きを取り戻すのだ。その想像にしびれた。
■ 納屋にて
私が見よう見まねで研ぎ始めると、U君も真似をして研ぎ始めた。私が最年長なので、私がやるとみんな真似をするのだ。
薄暗い納屋の中で、従兄弟とともに背を丸め鎌をシャーシャー研ぎ続けた。なかなかいい感じに切れそうな仕上がりになってきた。
輝きを取り戻した鎌。
私はその刃をギラリギラリと光にかざして楽しんだ。
…何か切りたい。
天啓である。
私は、妖刀に魅入られた辻斬りのように、目を爛々とさせ周りを見渡した。
■弔問
近所のおばあさんが挨拶にやってきた。
「このたびは、お悔やみ申し上げます」
「ようおいでくださいました」
「ところでスエさん、あんたとこの孫な」
「?」
「家、削ってるけど、ええんか?」
「!!?」
■切れ味
そのとき私は、真新しい玄関の柱の角っこを鎌で削って、木の感触を楽しんでいた。
自分で研いだ鎌が食い込む感触は格別だった。
私が玄関右の柱を削り、左の柱は従兄弟が担当していた。
そこへ息せき切っておばあちゃんがやってきた。
その目に映ったのは、鎌と柱と私たち。
相当怒られたはずだが、まったく記憶に残っていない。きっと記憶が飛ぶぐらい怒られたのだろう。
■ なんでもしまいには思い出になる
それでも、葬式は無事に済み、おじいちゃんを送り出すことができた。火葬場で退屈して待っているときの景色はうっすらと覚えている。
そんな経緯でできた柱の傷は、当初私の目の高さだったが、いつの間にか腹の辺りの高さになった。
祖母亡きあと、叔父がその家で暮らしている。
そして、玄関横の柱には、年月を経てすっかり丸みを帯びた傷が、まだそのままある。
■ 現場写真


つづく!
次回予告、従兄弟の火遊び。
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