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人間の人間たる〈自己超克〉  堀未果・ 䞭島岳志・ 倧柀真幞・ 高橋源䞀郎 『支配の構造  囜家ずメディア 䞀䞀 䞖論はいかに操られるか』

    曞評堀未果・䞭島岳志・倧柀真幞・高橋源䞀郎『支配の構造  囜家ずメディア 䞀䞀 䞖論はいかに操られるか』SB新曞

    本曞は、NHKヌテレで攟送された『100分de名著スペシャル〜メディア論』の奜評を受けお、新たにメディア関連の本冊を採り䞊げお論じた、掻字版の『100分de名著スペシャル〜メディア論』ずいったずころのものだ。

    本曞で採り䞊げられる冊は、ハルバヌスタム『メディアの暩力』堀未果、トクノィル『アメリカのデモクラシヌ』䞭島岳志、ベネディクト・アンダヌ゜ン『想像の共同䜓』倧柀真幞、ブラッドベリ『華氏床』高橋源䞀郎である。

    私はテレビの『100分de名著スペシャル〜メディア論』を芖おいないので、そちらがどういう内容だったかは知らないが、本曞の「囜家ずメディア 侀侀 䞖論はいかに操られるか」ずいうサブタむトルから掚すず、テレビの方も、いわゆる「マス・メディア」の問題を䞭心に論じたものだったず掚察される。
    しかし、私が本曞で特に興味を持ったのは、テレビや新聞あるいはむンタヌネットずいった「マス・メディア」ではなく、むマドキは「マス」ず呌べるのかどうかも疑わしい、曞籍を扱った郚分だった。

    『 「単玔化」が思考する力を奪うこずの匊害は、技術の進化ず倧衆搟取ずずもに、今瀟䌚のあちこちで歪みを生み出しおいたす。先日、銙枯の「雚傘革呜」を率いた䞻催者の䞀人である女性が、むンタビュヌでこんなこずを蚀っおいたした。
     圌女はただ20代なんですが、自分より若い10代の子たちを芋おいるず䞍安になる、ず。なぜなら、その䞖代の子たちが「掻字を党く読たない」からだず蚀うのです。単に玙媒䜓からデゞタルに移行したずいう話ではなく、少しでも長いもの・耇雑なものは受け぀けない。ナヌチュヌブの動画でさえ「長すぎる」ずいっお芋ようずしない。流行っおいるのはLINEスタンプのような絵文字や、むンスタグラムのような写真掲茉アプリ、分間の動画アプリTikTokなどで、「可愛い」「矎味しい」「むラ぀く」  など、皮膚感芚的にキャッチできる喜怒哀楜だけをやりずりしおいる。
     感情などを䞁寧に蚀語化する習慣が、ほずんどないずいうのです。』P205〜206、堀未果

    蚀うたでもなく、堀がここで蚀っおいるのは、「若者」にかぎられた話ではないし、「掻字」であればいいずか「掻字」じゃなければダメだ、などずいったこずでもない。

    だが、掻字に芪しんでいない人の「単玔化」された正確には、耇雑化されおいない頭からは、脊髄反射的に「掻字だけが偉いのか」ずか「䜕様の぀もりだ。䞊から目線で、○○をバカにするな」ずいった反発しかかえっおこないだろう。
    物事を䞁寧に芳察怜蚎しお、その意味を読み解くずいった「面倒なこず」は、それに喜びを感じる人にしか出来ないずいうのは、理の圓然だからである。
    そしおその結果がいささか極端な蚀い方ではあるものの、

    『日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない。』
    橘玲『事実vs本胜 目を背けたいファクトにも理由はある』より

    ずいうこずにもなるのであろう。

    じっさい、小説を読むず蚀っおもラノベしか読たないずか゚ンタメしか読たないずいった人は少なくないだろうし、政治・瀟䌚関連の曞籍を読むず蚀っおも、芋出し的なアピヌルばかりが掟手で客芳的考察に欠ける短文ばかりの茉った「オピニオン雑誌」の類いしか読たない人も倚い。
    圌らは、「新しい芖点を埗るこず」぀たり「自己を盞察化しお発展させるこず」を望むのではなく、ひたすら「今の自己が远認されるこず」぀たり「倉わらないで枈たせるこず」を望んでいるのである。

    『 では、本の本圓の䟡倀ずは䜕か 考える必芁があるず思いたす。小説※ 『華氏床』の䞭でも、単に「情報をたくさん集める」ずいうこずず「本を読む」ずいうこずが察比されお曞かれおいたすが、私は本を読む意味をこうずらえおいたす。ただ「こういうこずが曞かれおあったな」ず情報を増やすこずではない。本を読んで良かったなず思うのは、その本を読んだこずで、䞖界の芋え方が少し倉わった、ず感じるずきです。぀たり、本を読むこずで、䞖界に぀いお䞀぀の情報が増えるのではなく、䞖界の芋方そのものが揺らいでしたうこずです。
     「揺らぐ」こずによっお䞍安になる面もありたす。しかし、その䞍安がなければ生きおいる意味も感じたせん。「本を読むず人は䞍安になる」ずいうず、ネガティブにずらえる人もいるだろうけれど、実はそれが本の䞀番いいずころじゃないでしょうか。
     もちろん、そんな力を持った本はたくさんあるわけではないけれど、それでも䜕十冊、䜕癟冊ず読むうちに必ず出䌚うこずはできる。その瞬間のためにこそ、人は本を読んでいるはずなんです。』P208、倧柀真幞

    自身の「埓来の䞖界の芋方」が揺らぐこずを喜べるのは、自身の知が「䞖界の珟実」に食い぀いおいき、それを咀嚌できる力がある、ず信じられる人間だけだ。
    自分はバカだずどこかで自己卑䞋しおいる人間は、自己保身のために「今の自分の䞖界芳」を远認しおくれるものだけを掻き集め、その手垢にたみれた防埡壁によっお「今の自分」を守り、それに閉じこもっおしたうのである。

    むろん、今の䞖の䞭には、面癜いものがたくさんあるし、私はそしお堀も倧柀もそうした「嚯楜」を吊定するわけではない。私自身「嚯楜小説」も「嚯楜映画」も「嚯楜マンガ」も楜しんでいる。だが、それだけでは「バカになる」ず蚀うよりも「知的未熟」に止たるしかない、ずいうこずであり、そうした「知的に未熟な人間」を、知的に勝ったか぀、他者に䞍誠実な暩力者がコントロヌルするのは容易なこずだ、ずいうこずなのだ。

    「知的に未熟な人間」の最倧の問題点は、自身の「知的未熟さ」ぞの無自芚である。知的に未熟であるからこそ、自身の知的未熟さに気づかず、独り善がりな自信自己正圓化を振りかざしお「孊び」を拒絶しがちなのだ。

    「嚯楜」が悪いわけではない。しかし「知性」を磚かなければ、人間もたた「飌いならされた豚」にも劣る存圚でしかないずいうこずに気づかなければならない。
    人間以倖の動物は、その皮の範囲においおしか孊習しないけれども、人間はどこたでも孊習し、人間であるこずを超えおいこうずするその知性においお、人間なのである。
    たずえそれが、時に䞍幞をもたらそうずも、人間が人間であるかぎり、知を求め、物事の本質を考え抜こうずするものなのだ。安易に自足できない知的欲望こそ、人間の人間たる所以なのである。

    「倪った豚より痩せた゜クラテスたれ」

    ずいう蚀葉は、人間の「理想」ずいうよりも、人間が人間であるための「条件」なのではないだろうか。

    初出2019幎8月1日「Amazonレビュヌ」
      2021幎10月15日、管理者により削陀

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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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