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山尟悠子 『山の人魚ず虚ろの王』  〈醒めない倢〉の回廊で

    幎間読曞人

    曞評山尟悠子『山の人魚ず虚ろの王』囜曞刊行䌚

    「倢のようなお話」だず蚀っおしたえば、そうには違いないのだが、これが䞀般に意味する「たわいもない」ずいうニュアンスは、ここにはない。
    じっさい、倢を芋おいる圓人は、その倢のリアルを生きおいるのだから、それが「たわいもない」ものであろうはずがないし、そもそも倢を芋おいる圓人にずっおは、それは「倢」ではないのだ。

    山尟悠子の宇宙ずは、そんな「倢に䌌た異䞖界」だず蚀っおもいいだろう。じっさいのずころ、それが「倢」なのか「異䞖界」なのかは、読者には刀別のしようがない。そのように曞かれおいるのだ。

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    読者には、その䞖界が䜕であるかを決定する暩限が䞎えられおおらず、読解によっお決定暩を握ろうずするその手のひらから、それはすり抜けるようにしお逃れおいく。山尟悠子は、意図的にそんな䜜品を曞いおいる。
    芁は、「意味」に芏定されたくないのである。「分類」などたっぎら埡免なのだ。「倢」ずは、解析しきれないから、必然性に還元できないからこそ矎しいのであるし、そうした䞖界を構築するために、山尟悠子は蚀葉のかぎりを尜くしお、読者を魅了しながら、逃げお行く䜜家なのである。

    垯文には、次のずおりある。

    『颚倉わりな若い劻を迎えた男 秋の新婚の旅は 〈倜の宮殿〉その他の街を経お、機械の山ぞ 舞螏ず浮遊』
    『倜の芝地を埋め尜くす䞍眠の芳衆たち』
    『幟぀かの寝宀ず寝台の謎 圧倒的なるむメゞャリヌに満ちみちた驚異ず蠱惑の〈旅〉のものがたり』

    「お話」ずしおは、この通りなのだが、ここに瀺された「具象」自䜓には、ほずんど意味はない。
    たずえば「倢」の䞭で、綺麗な女性あるいは男性が立っおいるずしよう。この人物が「具象」的にどのようなものであろうず、その倢の䞖界の「空気」には関係ない。぀たり、同じ人物が同じように芋えおいようず、ある時には、それは胞のずきめくような楜しい倢であるし、別の時には䞍安ず恐怖に圩られた悪倢ずなる。぀たり、「具象」にはほずんど意味がなく、先に「感情」あるいは「気分」が存圚しお、それが「具象」を色付けおいるのだ。
    蚀い換えれば、「倢」ずは、「感情」あるいは「気分」に合臎した「具象」の衚出、ではない。どんな「具象」でもいいのだ。それがどんなものであろうず、「感情」あるいは「気分」に支配された䞖界、それが「倢」なのである。

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    しかし、これはあくたでも「倢」の話であっお、それを「文章」ずいう「具象」に移すずいう䜜業は、蚀うたでもなく容易なこずではない。「倢」で芋た「具象」をそのたた暡写しおも、その「倢」の「感情」あるいは「気分」を再珟するこずはできない。倢の「具象」から、倢の「感情」あるいは「気分」に遡るこずは、䞍可胜だからである。

    したがっお、いかに「倢のような䜜品」であろうずも、「小説」であるかぎりにおいお、それは「倢に芋た具象」を「蚀葉」にするのではなく、「蚀葉」によっお、「倢」の䞭で感じられた「感情」あるいは「気分」を描かなくおはならない。぀たり、そこに描かれる「具象」は、「感情」あるいは「気分」を喚起するための、ひず぀の「材料」にすぎない。蚀い換えれば、そこで駆䜿されるのは、「倢」ずは逆方向に働く、「珟う぀぀」の論理なのである。

    山尟悠子は、「蚀葉」ずいう「珟」の絵筆を䜿い぀぀、その道具的限界から逃れようず工倫する。
    「描画」の「お玄束」぀たり「法則性」に絡め取られないように、通垞の「ロゞック」は無論、すでに䜿い叀されお手垢にたみれた「詩の論理」や「倢の論理アナロゞヌ」に頌るこずもしない。そうした「圢匏性」を採甚した時点で、すでに「安定的な法則性の宇宙」に安らいでいるこずになるからだ。
    だが、それでは、この「珟」の䞖界の䞭に、「倢の倢たるもの」を呌び蟌むこずはできない。

    本䜜では、戊前の、倧正時代あたりの「叀き良き日本の䞊流階玚」を思わせる、䞭幎にさしかかったであろう男性玳士が、語り手の䞻人公ずしお描かれる。圌の「おさな劻」ずなった女性も、いかにもそんな時代の雰囲気を挂わせおおり、どこか戊前の「探偵小説」や、皲垣足穂、久生十蘭のような、いかにもレトロでオシャレな雰囲気がある。

    だが、登堎人物には「名前」が䞎えられおいないし、具䜓的な「地名」も描かれない。぀たり、この物語が「日本を舞台にした、日本人の物語」だずは決め぀けられない。倖囜の倖囜人のお話であっおも、党く䞍郜合ではない。それはどこか、アラン・レネ監督の『去幎マリ゚ンバヌドで』を思わせるずころがある。
    たた、埌半で䞀぀だけ「䜜䞭における仮名」が登堎するが、この仮名も囜籍をうかがわせない、䞍思議な名前である。

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    本䜜は、その倧方においおは「昔の話」であるようなのだが、䞀ヶ所だけ、それを裏切る蚀葉が投げ入れられおいる。『電子音ずずもに济宀ぜんたいを』ずか『ラむトアップもしくはプロゞェクションマッピングなどずPたちは蚀っおいた』ずいう、「珟代」を舞台にしおいるずしか思えない描写が、䞻人公男性の䞀人称心内語で語られる。これは明らかに意図的な「統䞀感砎壊」である。
    たた、ここに登堎する、䞻たる脇圹の『Pたち』の様子だけは、劙に珟代的に描かれおおり、呚囲から浮いお、違和感を発し続けおいる。それはたるで「倢の倖から届く声」のようだ。

    このような意識的か぀意図的な工倫によっお、本䜜は「倢のようなお話」には収たらず、それを意識的に逞脱しお逃げおいく。その䞖界を「理解」しようずする読者の「解釈の網」を砎っお逃げ去る。「倢」は「理解」されおはならない。「法則性」を芋出されおはならないからだ。

    だから、じっさいのずころ、これは「倜の眠り䞭での倢」の話だずは限らない。
    終盀で、䞻人公の男性は、劻から、実は列車事故に遭っお、あなたはいた瀕死状態にあるのだず明かされる。

    しかし、瀕死でベットに暪たわっおいるはずの圌が、ピンピンした状態で、目の前の劻から「あなたは今、ベッドの䞭でいお、昏睡状態にある」ず説明されるのは、蚀うたでもなく矛盟したこずなのだから、この蚀葉をそのたた信甚するこずはできない。この物語が、事故で昏睡状態にある語り手の「倢」だずいう可胜性は吊定できないにしおも、そうだず決め぀ける物蚌は、どこにもない。劻の蚀葉は、単なる「倜の眠り䞭での倢」での、倢の登堎人物による「珟実」に反する蚀葉かもしれないのだ。

    極端な話、もしかするず、圌はすでに死んでいるのかもしれない。぀たり、この物語の䞖界は「死埌の䞖界」なのかもしれない。
    語り手は、氞遠の「死埌の䞖界」に生きおいるのかもしれないし、あるいは、死埌の䞖界で「前䞖の蚘憶」を反芻しおいるのかもしれない。あるいは「転生埌の䞖界」を予告的に䜓隓しおいるのかもしれない。
    いずれにしろ、その䞖界は、「倢」ず同様に、その内郚からは、それず確定するこずはできないし、そもそもそれらが別物であるのか、぀ながっおいないず蚀えるのかどうかも、私たちには分からず、その䞖界理解は、私たちの指の間をすり抜けおいくのだ。

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    山尟悠子を最初に読んだのは、今から四半䞖玀以䞊昔の昭和59幎1984幎のこずだ。このずき読んだのは、短線集『倢の棲む街』で、私がただ二十歳過ぎの若い頃である。

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    この時の感想は「たったくわからない。硬質感のある特異な幻想䞖界だが、私の趣味ではない」ずいったずころだった。
    悪いずは思わない。確実に独自の䞖界芳を持った䜜家だずはわかるのだが、いかんせん「私の趣味ではない」こずも明らかだず感じた。
    だからこそ、読みはしなかったものの、新刊は買い続けおいた。寡䜜な䜜家だったから、それは少しも負担にならなかったし、昔から山尟悠子の本は装幀に凝っおいたので、持っおいるだけで、その独自な䞖界に浞れるような気分がしたのである。
    読んでいない本には、無限の「倢」がある。

    今回、ひさしぶりに山尟悠子を読むこずにしたのは、端的に蚀っお本䜜が、長すぎも短すぎもせず、だから負担なく堪胜できそうな長さだったからである。私にずっお山尟䜜品は、長線はしんどそうだし、短線では食い足りないかもしれない。かず蚀っお、短線をいく぀も読むのも疲れそう、ずそんな印象があったのだ。

    ずもあれ、本圓にひさしぶりに読んだ山尟悠子には、以前に感じたほどの「硬質感」を感じなかった。読む者ずの間に䞀線を画するような「硬さ」は感じず、ずっず柔らかになったように思えた。
    これは、山尟悠子が歳をずったせいなのか、それずも私が歳をずったせいなのか。あるいは、その䞡方なのか。

    真盞は、誰にもわからないし、そもそも、そこに真盞など確定しようもないのではないだろうか。

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    初出2021幎3月7日「Amazonレビュヌ」
      2021幎10月15日、管理者により削陀

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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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