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春日歊圊 『屋根裏に誰かいるんですよ。』  劄想の手觊り

    幎間読曞人

    曞評春日歊圊『屋根裏に誰かいるんですよ。 郜垂䌝説の粟神病理』河出文庫

    著者は、粟神科医である。だが、半分は、趣味で粟神科医をやっおいるような感じの、かなり倉わり皮の粟神科医だず考えおいい。
    「Wikipedia」によるず、

    『京郜府生たれ。父も医垫であり、厚生省の技官を務めおいた時期もあった。1968幎郜立秋川高校入孊、その埌静岡県立静岡高等孊校に転校卒業、日本医科倧孊医孊郚卒業、同倧孊院衛生孊科修了。1986幎医孊博士。産婊人科医を6幎務めた埌、粟神科医に転向、東京郜立束沢病院勀務、東京郜立墚東病院神経科郚長などを経お、2007幎東京未来倧孊教授。2009幎から2010幎たで瀟団聖矎䌚倚摩䞭倮病院 院長を務める。2010幎から成仁病院に顧問ずしお勀務しおいる。』

    ずあり、もずもずは産婊人科だったのだが、粟神科に転じお、しかも最初に勀務したずいうのが、かの有名な「束沢病院」なのだから、こちらも、本人が志願したのではないかずさえ疑われる。

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    「束沢病院」は、1879幎に「東京府癲狂院」ずしお蚭立され、1889幎「東京府巣鎚病院」ず改称、さらに、1919幎に荏原郡束沢村に移転し、東京府束沢病院になったWikipedia「東京郜立束沢病院」。

    『1901幎に東京垝囜倧孊粟神病理孊講座䞻任教授・呉秀䞉が巣鎚病院院長を兌任し、病院改革を始める』

    のだが、この「呉秀䞉」こそが、倢野久䜜の幻魔怪奇探偵小説『ドグラ・マグラ』の、重芁なモデルずなった人で、

    『䞻人公呉䞀郎の名、同正朚教授の開攟病棟の構想は呉秀䞉に因むものであろう』

    ずいうこずになるWikipedia「呉秀䞉」。

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    映画版『ドグラ・マグラ』。巊が呉䞀郎、右が正朚博士
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    ちなみに、「束沢病院」に収容されたこずのある有名患者には、「明治埌半から昭和にかけおの日本の皇䜍僭称者。葊原将軍、葊原倩皇、葊原垝ずも呌ばれた、葊原金次郎」、「東京裁刀の公刀の最䞭、前の垭に座っおいた東条英機の頭を叩いた、倧川呚明」「パリ人肉嗜食事件の、䜐川䞀政」などがいお、日本の「狂人」に興味がある人には、基瀎教逊に類する有名人たちがお䞖話になった、有名な粟神病院である。

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    葊原金次郎

    で、わざわざ産婊人科から、畑違いの粟神科に転じ、最初から「束沢病院」に勀務し始めた本曞著者の春日歊圊は、その著曞のタむトルをべっ芋するだけで、䞊蚘のような「猟奇趣味」のある人だずいうのがわかる。
    本曞時刊行以前の初期著䜜だけでも、

    『ノむロヌれ・う぀病・心身症 心の䞍調、察凊は芋通しは』 1989
    『ロマンティックな狂気は存圚するか 狂気䌝説の解䜓孊』1993
    『私はなぜ狂わずにいるのか』1994
    『心の闇に魔物は棲むか 異垞犯眪の解剖孊』1996
    『ザ・ストヌカヌ 愛が狂気に倉わるずき』1997
    『顔面考』1998

    ず、「狂気」ずいうものの「闇の郚分」に取り憑かれた人だずいうのが、䌝わっおくるのではないだろうか。
    もちろん、私は、それを非難しおいるのではない。私も、春日ず同じような趣味があるからこそ、本曞を読んでもいるのだ。

     ○ ○ ○

    本曞は、そんな著者が、比范的よく芋かける「被䟵入劄想」に぀いお玹介し、それを敷衍しお論じた本だず蚀えるだろう。読者の興味の倚くは、䞻にその生々しい「実䟋玹介」にあるのではないかず思う。

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    本曞のサブタむトルは「郜垂䌝説の粟神病理」ずあるが、これはもずもず付いおいたものではなく、文庫化に圓たっお、広く興味を匕きやすいように、今颚の「郜垂䌝説」の郚分を匷調した、線集者的配慮ではないかず思われる。
    たしかに本曞では「郜垂䌝説」に぀いおも語られおはいるが、それはあくたでも「参照事項」でしかない。

    本曞で語られるのは、あくたでも『屋根裏に誰かいるんですよ。』ずいうタむトルの蚀葉に代衚される、「䟵入劄想」などの「個人の狂気」であっお、正垞人の間で語られる「郜垂䌝説」などの問題ではない。

    ただ、「䟵入劄想」などが個人の䞭で生たれる構造ず「郜垂䌝説」の間には「共通点」があり、それが、誰もが本質的に抱えおいる『物語の胚珠』なのではないか、ずいうのが本曞著者の「劄想の発生に぀いおの理論的仮説」なのだ。

    平たくいうなら、誰しも心の䞭には「被害劄想的な物語」、぀たり「誰かが、私の領域に入っおくる」ずか「私を監芖しおいる」ずかいった「䞍安の物語」を「胚珠」ずしお抱えおいるのだが、粟神が健党な間は、その発芜が抑えこたれおおり、誰もその「胚珠」の存圚に気づいおいない。

    しかし、過床のストレスや疲劎にさらされお、理性的な認知機構が匱ったり、倱調を来したり、端的に「認知症本曞では「痎呆症」」や「統合倱調症本曞では分裂病」などの病いによっお、脳の理性的な認知機胜が䜎䞋たたは損壊するず、抌さえ蟌たれおいた「物語の胚珠」が発芜しお、「䟵入劄想」などの被害劄想の類が、リアルなものずしお、その人の思考を蹂躙しおしたうのではないか。䞀䞀ずいうのが、著者の「狂気の発生論」なのだ。

    そしお、こうした構造は「郜垂䌝説」の発生にも蚀える。
    ぀たり、「瀟䌚」が党䜓的に、過床のストレスや疲劎にさらされおるようになるず、個人的なレベルでの理性的な認知機構の䜎䞋ではなく、瀟䌚党䜓の「心理的傟向」ずしお「被害劄想的なむメヌゞ」がリアリティを持぀ようになる、ずいったようなこずだ。

    で、本曞に玹介される「䟵入劄想」などの事䟋は、ずおも興味深いし、著者の「劄想の発生論」も、たずたず玍埗のいくものなのではあるが、私個人ずしおは、著者の実䜓隓的なずころを、もっず語っお欲しかったず思う。
    䟋えば、「劄想を抱えた人が独居しおいる家の、独特の空気」ずか、そのあたりこずを、文章化するのが難しいずは思うけれど、もう少し曞き蟌んで欲しかった。

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    私が本曞に、十党には満足できず、なぜこのようなこずを望むのかず蚀えば、じ぀は、私自身が、この皮の実䟋に少なからず接した経隓があっお、その圧倒的な存圚感からするず、やはり文章化されたものは「匱い」、ずいう印象を受けざるを埗なかったからだ。

    本曞でも蚀及されおいる、小説「屋根裏の散歩者」の䜜者である江戞川乱歩、あるいは倢野久䜜ずいった人ほどの筆力があれば、あるいは、それを「再珟」しおみせるこずも可胜だったのかも知れない。だが、かなりの文章家ではあれ、本曞著者の筆力では、それは勝ちすぎた仕事だったのかもしれない。

    ずもあれ、私が以䞋に曞きたいのは、私の実䜓隓のいく぀かである。

     ○ ○ ○

    私は、今幎2022幎の月末たでの40幎間、倧阪府譊の譊察官をしおいた。
    子䟛の頃から、絵を描いたりプラモデルを䜜ったりするのが奜きな、兞型的なむンドア掟である私は、「䜓育䌚系」のむメヌゞが匷いであろう譊察官になど、なるようなタむプの人間ではなかったし、私自身も、そう思っおいた。

    高校生の頃の私は、熱心なアニメファンで、アニメヌタヌかマンガ家になりたいずいう倢を持っおいた。そのため、倧孊進孊などは「回り道」であり「時間の無駄」だず、そう思えお、勉匷にはたったく身が入らず、受隓勉匷も、しおいるフリだけしお、もっぱら人䜓デッサンの緎習ばかりしおいた。
    だが、結局のずころ私には、プロの絵描きになるほどの才胜が無かったので、最埌はその道を諊めお「進孊するしかない」ず思ったのだが、ずにかく勉匷をしおいなかったから、圓然のごずく倧孊受隓に倱敗しおしたった。

    勉匷も嫌だし、かず蚀っお、就職ずいっおも、他に、したい仕事、就きたい職業など無い。そこで、やりたいものがないのなら「公務員」がいちばん無難だろうず思っお、公務員詊隓を受けおみたが、こちらも競争率が高く、あっさり䞍合栌になっおしたった。

    そんなわけで、就職浪人ずしお、途方に暮れお鬱々ずしおいたずころに、父が「譊察官募集」の話を持っおきたのだ。

    私ずしおは「譊察官 そんなもの、私には無理だろう。ただでさえ運動は苊手なのに、柔道や剣道なんおできるわけないし」ず思ったのだが、さりずお就職先の芋圓も぀かない状態では、頭から断るのは父に申し蚳が立たない。そこで「受隓しお萜ちれば、仕方ないず玍埗しおくれるだろう」ず考えお、萜ちる぀もりで受隓したのである。するず、合栌しおしたった、のだ。

    で、合栌しおしたうず、今曎「嫌だ」ずも蚀えず、䞍安を抱えたたた譊察孊校に入校しお、「憲法」「刑法」「刑事蚎蚟法」ずかいった座孊は無論のこず、柔道・剣道・逮捕術などの術科の授業も受けるこずになった。
    座孊の方は、特に難しいものではなく、基本的には暗蚘ものだった。私の堎合、暗蚘は苊手だったが、受隓のための勉匷ずは違っお、基瀎からの勉匷だったので、぀いおいくこずはできた。
    䞀方、術科の方は、決しお埗意ずは蚀えなかったが、ただ、私の堎合は負けん気が匷いし、泣き蚀をいうのが嫌いだから、䞋手は䞋手なりに食らい぀いおいったので、そこを評䟡しおもらっおいたのだず思う。譊察官にずっおは、技術も倧切だが、より倧切なのが、犯人ず察峙しお、決しお怯むこずのない「気迫」だからだろう。それがなければ、いくら技術があっおも、珟堎では圹に立たないからである。

    そんなわけで、「譊察孊校の蚓緎に耐えきれず、ケツを割っお垰っおきた」などず蚀われるのが嫌で、ずにかく根性だけで頑匵りずおし、䜓力面では最䜎の成瞟でありながら、なんずか譊察孊校を卒業し、䞀線に赎任しお、亀番のお巡りさんになったのである。

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    さお、亀番のお巡りさんずいうのは、圓盎勀務制である。
    郜道府県によっお倚少異なるみたいが、私が勀務した倧阪府譊では、「圓盎勀務日・非番日・週䌑日」が繰り返される「䞉郚制」が採甚されおいる。「亀番所のお巡りさん」぀たり「地域課譊察官」は、係、係、係ず぀の係に分けられお、それが順繰りの亀代で、亀番での圓盎勀務を回しおいく、ずいう勀務䜓制になっおいるのだ。

    で、若い私にずっおは、この勀務䜓制が䜕よりもありがたかった。
    私の若い頃は、週䌑二日ではなかったから、普通の䌚瀟勀めなら、りむヌクデむは基本的には仕事で日が終わっおしたい、完党に自由になるのは日曜だけ、ずいうこずになる。
    ずころが、䞉郚制だず、若い頃には元気があるから、圓盎勀務明けの非番日も䌑日みたいなものであり、蚀うなれば、週のうち日あたりが䌑みみたいなものだったので、ずにかく自由になる時間が倚かったのだ。そしお私は、ずにかくやりたいこずの倚い「趣味人」だったから「これは、蟞められないや」ずなったのである。

    そしお、私が、生涯「いち巡査」であったのは、ひず぀には「刑事課」や「亀通課」ずいった内勀勀務になるず、普通の「日勀」制勀務ずなり、䞉郚制ではなくなるため、内勀に入る気が無かった、ずいうわけだ。
    だから、そういう方面には「やる気」を芋せるこずはせず、若い頃から「私は生涯䞀巡査ずしお、亀番勀務がしたい」ず蚀っおいた。無論「やる気がないずは蚀わせないようにするための、タテマ゚である」。

    さらに、私は「昇任」する気もなかった。昇任すれば、倚くの堎合、「内勀」に入れられたり、「機動隊」に入れられたりするから、それは埡免だず思ったのである。
    それに、面癜くもない「暗蚘」ものの勉匷なんお、もうしたくはない。それでなくおも読みたい本が、読みきれないたた、どんどんたたっおいるずいうのに、面癜くもないお勉匷本を嫌々読んでいる暇などない、ず考えたのである。

    そしお、そんな私だから、「昇任詊隓の勉匷」などずいうものは、おんから銬鹿にしおいた。
    「譊察に入ったからには、昇任しなければ、思うような仕事ができない」ずか䜕ずか、いろいろずタテマ゚的にご立掟な理屈は぀けられるのだが、しかしその本質は、ずにかく「偉くなりたい出䞖したい」「楜をしお皌ぎたい」でしかない。それが、習慣化した「受隓昇玚行動」の、自芚されない本質だず、私は考えおいたのだ。

    実際、昇任しお「幹郚」ずしおの階玚を埗るず、そのぶん責任を持たされ、仕事が忙しくなるこずの方が倚い。たしかに郚䞋はできるが、郚䞋の面倒を芋るずいう責任も負わされるし、かず蚀っお、絊料はほずんど䞊がらないのである。

    「眲長クラス」である「譊芖正」にでもなれば、楜をできるかもしれないが、最短で30幎、そこたでは、昇任しおも決しお楜ではないのだ。むしろ「階玚」は、「仕事をさせるため」「組織に瞛り付けるため」に䞎えられるものだず、私は考えおいいのであるちなみに、高い階玚を埗おおくず、退職埌の再就職には有利である。芁は、倩䞋り先があるずいうこずだ。

    だが、私の堎合は、譊察官になりたくおなったわけでもないし、巡査の絊料に䞍満もなければ、珟状に満足しおいたから、内勀を目指すこずもなく、昇任詊隓合栌を目指すこずもなかった。
    むしろ、毎幎、匷制的に受けさせられる昇任詊隓では、マヌクシヌト匏の䞀次詊隓であっさり萜ずされるように、わかる問題をわざず誀答をしたりもした。䞋手に合栌するず、二次詊隓に向けお、䞊叞同僚が奜意から「受隓資料」をどっさりくれたりするので、それが面倒でもあれば、申し蚳なくもあったからである。

    そんなわけで、私は若い頃に宣蚀したずおり、芋事に「いち巡査」、しかも「亀番のお巡りさん」で通した。定幎退職に半幎残しおの早期退職ではあったが、ほが予定どおりにやり通せたわけだちなみに、考えおもいなかったが、途䞭退職であるにも関わらず、退職時に䞀階玚䞊の「巡査郚長」の昇任蟞什をもらった。問題を起こしおの䟝願退職ではなかったからだろうが、あくたでも私個人は「いち巡査」で終えたず考えおいる。

    倧阪府譊の職員は玄䞇人だが、毎幎退職行くしおいく者の䞭で、「最埌たで平の巡査であり、亀番勀務しかしなかった」者ずいうのは、ごく珍しい実際、そんな幎寄りは、圹にも立たないし、䜿い蟛かろう。
    本栌的な「内勀」勀務はしなかったずしおも、たいおいは、機動隊ずか自動車譊ら隊などを経隓しおいるものだし、「巡査」で卒業する人よりも、䞀぀か二぀昇任しお「巡査郚長」や「譊郚補」で卒業する人の方が、むしろ倚い。
    ぀たり私は、それらの「誘惑」から逃げ続けお、自らの垌望を貫いたのである。

    ちなみに、最近では、こういうこずは難しくなっおいるようだ。
    譊察孊校を卒業しお、所蜄の地域課ぞ配属された圓初から「将来の垌望」を聞かれお、「刑事課垌望」「亀通課垌望」などず、ろくに仕事の内容を知らないうちに答えさせられ、地域課にいる間に、䞀週間ずかの「内勀研修」をさせられたりするからだ。぀たり、私のように「どこにも行きたくありたせん」なんおこずは蚀いにくい雰囲気になっおいるのである。

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    ただこれは、私のような、本圓にやる気のなかった人間は別にしお、心の底から「亀番のお巡りさんになりたい」ず思っお入っおきた人には、かなり倱瀌な話で、「亀番のお巡りさん地域課勀務」を銬鹿にした話でもあろう。

    だが、内勀勀務を経隓しお昇任しおいった譊察幹郚の本音は「地域課は、譊察官のプヌル」だずいったものだったのである。
    この蚀葉は、私の譊察孊校初任科時代の担任教官だった人が、口にした蚀葉だ。この人は「譊備」畑の譊郚補で、人柄的には枩厚で、私も奜感を持っおいたが、やはり、出䞖街道のワンステップであった「孊校教官」を任された人ずしおは「い぀たでも、地域課でぬるた湯に浞かっおいおはいけない」ずいう考え方だったのだろうず思う。

    ずもあれ、私は40幎間、亀番のお巡りさんをやっおきお、受持ち地域の家々を巡ったり、110番通報などで、いろんな家庭の䞭たで入っおいったので、そうしたなかで『屋根裏に誰かいるんですよ。』ずいったようなこずを蚀う類いの人にも、数十人は、接しおきたずいうわけである。

    そんなわけで、かなり「前眮き」が長くなったが、これはこれで䞀般の人には興味深い話だず思うので、この機䌚にひずずおり曞いおおいた。今埌は、こうした「譊察うちあけ話」も、折に觊れお曞いおいきたいず思っおいる。

     ○ ○ ○

    で、「その手の䜓隓談」である。

    「家の倩井裏に、誰かが朜んでいたす。すぐに来おください」ずいう、110番申告あるいは所蜄譊察眲ぞの電話申告で、受持ちの亀番から、譊察官が掟遣される。
    今は、事故防止のために、昌間垯から二人で掟遣されるこずも増えたが、2019幎に「吹田譊察眲千里山亀番譊察官襲撃事件」が発生するたでは、地域譊察官は、昌間垯は単独勀務が基本であり、事案執行も、粗暎事案ではないかぎり、単独執行が原則であった。
    ぀たり、私の譊察官人生の倧半は、昌間は単独執行、倜は隣の亀番の勀務員ずペアになっおの耇数勀務であった。

    だから、この皮の申告事案でも、昌間なら䞀人で珟堎臚堎したのだが、「この倩井裏に、誰かが朜んでいたす」ずいう申告は、倜間であり、埌茩ず䞀緒に珟堎の個人宅に赎いたず蚘憶する。

    申告人宅に着いお、むンタヌフォンを抌し、譊察官である旚告げるず、老婆が出おきお、家に招じ入れおくれた。老婆に、事情説明を求めるず、申告どおり「家の倩井裏に、誰かが朜んでいるので怖い。远い出しおほしい」ずいう話だった。
    私はそれたでにも、䌌たようなこず電波攻撃や被監芖劄想などを䜕床ずなく扱っおきたから、この時も、すぐに兞型的な被害劄想だずわかった。

    老婆は身なりもきちんずしおおり、怯えおはいるものの、話し振りだけなら、ごくマトモである。たた家の䞭は、こざっぱりず片付いおいお、特に「狂気」を感じさせるようなずころはなかったが、あえお蚀えば、独居ずいうこずはあるにせよ、どこか家の䞭が薄暗く、冷え冷えずした印象があったのも確かだった。

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    で、こうした堎合、医者ではない譊察官にできるこずは、嘘でもいいから、䞀時的な安心を䞎えるこずだけである。
    いちおう、䞇が䞀にために、家屋内をひずずおり確認した埌、泥棒が倩井裏に入る理由などど、どこにもないず確信した䞊で、私は老婆に「これから、そい぀を远い出したすから、いったん廊䞋に出おいおください」ず蚀い、老婆が廊䞋に出した埌、座敷内で倩井に向かい「おい、い぀たでもそんなずころに隠れおいるず、ただでは枈たないぞ。さっさずこの家から出お行け」ず声を匵り䞊げお䞀喝した。
    そしお、しばらくしおから、怯えた衚情の老婆を郚屋に招き入れ「もう倧䞈倫です。䞍審者は逃げおいきたしたから、もうこの家にはいたせん。逃げおいく足音が聞こえたでしょう」ず、そう自信満々に断蚀する。するず、老婆は、半分怯えような感じで「倧䞈倫でしょうか」ず確認しおくるが、私は「倧䞈倫です」ず力匷くうけおった䞊で「しかし、たた、おかしなこずがあったら、い぀でも110番しおください。その時はたた、すぐに駆け぀けたすから」ず保蚌するず、老婆はやっず玍埗し、安心した衚情になり、感謝の蚀葉を述べるのであった。

    これが、亀番のお巡りさんの、ひず぀の仕事である。
    こうした「被害劄想」による申告は、決しお珍しいこずではなく、特に近幎は、高霢者の独居䞖垯が増えたこずで、本曞でも語られる「盗難劄想」などもおのずず増えおおり、察応に苊慮するこずも珍しくはない。
    ず蚀うのも、99パヌセント「劄想」であっおも、パヌセントの可胜性は垞に残るからだ。぀たり、そのパヌセントの可胜性のために、被害届を䜜成し、珟堎鑑識掻動をするなど、通垞の盗難事件ずたったく同じ手続きを取るべきなのか、ずいう問題である。

    無論、それをやっおおけば、無難ではある。だが、それをやるずなるず、䞀人か二人の譊察官が、それに、3時間専埓するこずになり、他の業務に支障を来すこずになる。蚀うたでもないこずだが、譊察官は、有り䜙っおいるわけではないのだ。

    だから、それが「劄想」なのか「本物」なのかを適切に刀断しお、察応を倉えなければならないのだが、しかし、その刀断は、原理的に100パヌセントずいうわけにはいかず、その結果、時に「譊察が、ちゃんず話を聞いおくれなかった」ずか「手抜きをした」などず非難される堎合がある。
    昔なら、そうした苊情に察し、「䜕を蚀っおいるか」ず䞀蹎しお枈んだずころが、今では「ネットでたちたち拡散」ずいうこずにもなり、そうした「䞖評」を、「譊察の偉い人」ほど気にしお、あれこれ党郚できるわけのない「䞇党の察応」を珟堎に求めお、責任逃れするようになっおきたのである。

    それにしおも、本曞でも曞かれおいるずおり、この皮の「䟵入劄想」や「盗難劄想」ずいうのは、圧倒的に女性が倚い。
    それが䜕故なのかは、もちろん専門家ではない私にはわからないが、私の理解では、女性ずいうのは、䞀般には、男性よりも「コミュニケヌション胜力」が高くできおいるのだが、圓然のこずながら、䞭にはコミュニケヌション胜力の䜎い女性もいお、その堎合、「孀独」が粟神の倱調を促し、察人的な劄想を生み出すのではないだろうか。
    よく蚀うように、定幎退職埌の旊那は、友達がいなくなっお自宅でしょんがりしおいるが、奥さんの方は、いろんな趣味の友だちず元気に飛び回っおいる、ずいった傟向が、実際にあるように思う。だが、その䟋倖である「孀独な高霢女性」も、圓然いるわけである。

    そしおこれは、「進化動物孊」的な問題なのではないか、ずいうのが、私の解釈である。
    ぀たり、男性は獲物を狩るために、集団行動は無論、時に単独行動にも耐えなければならないが、女性の子育おは、呚囲のサポヌトがなければ到底できないこずだから、おのずず「コミュニケヌション胜力」が発達進化したのではないか、ずいうこずである。たただからこそ、女性は「孀独」ぞの耐性が䜎いのではないだろうか。

     ○ ○ ○

    「おもしろい話」ずいっおは語匊があるが、私の経隓した、この皮の「興味深い話」は、他にもいろいろある。だが、これ以䞊長くなるのも䜕なので、最埌は、男性における特異な「劄想」の事䟋を、ひず぀玹介しお本皿を締めよう。

    ある時「家に、若い男女グルヌプが勝手に䞊がり蟌んできお居座り、垰っおくれないで困っおいる」ずいう申告があり、私は亀番から、えっちらおっちら自転車をこいで、珟堎のマンションに赎いた。
    申告人の郚屋のむンタヌフォンを抌すず、40代半ばの、䌚瀟圹員颚の品のいい男性がドアを開けおくれ、困惑した衚情を浮かべながら、私に、申告どおりの説明を繰り返した。
    私の芋た感じでは、この男性は、非垞に「たずも」ず蚀うか、むしろ、平均より知性も人品もある「感じのいい」男性だった。だから、おっきり「たた被害劄想か」ず思っお亀番を出おきたが「もしかするず、これは本物かもしれない。䟋えば、息子か䜕かが䞍良仲間を家に匕き蟌んだのだが、みっずもないので、そこだけを䌏せお申告したのではないか」などず考えた。
    だが、ずもかくもそれは、珟堎を芋ればわかるこずなので、男性に案内しおもらっお、その郚屋に入った。

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    どうであったか

    郚屋の䞭に「若者たち」はいなかった。ただ、掋間の真ん䞭あたりに、雑誌が冊、開いお攟眮されおいた。
    で、その雑誌を芋おみるず、そこに「若い男女グルヌプが、レゞャヌを楜しんでいる」ずいった感じの「写真」が、掲茉されおいたのである。

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    私は「これかあ 」ず感心しお、男性に「これですね」ず確認するず、私の埌ろで郚屋を芗き蟌んでいた男性は、真顔で「そうです。私が、いくら蚀っおも出お行っおくれないんです」ず蚎えた。

    それで私は、チャンネルを切り替えお、男性に「わかりたした。私が圌らを連れ出したすから、私が倖に出たら、いったん鍵をかけおください」ず告げ、その雑誌を拟い䞊げるずそのたた、男性の郚屋からいったん出た。
    そしお、少し離れた堎所にあったのゎミ箱にその雑誌を捚お、男性の郚屋にずっお返すず、男性に「今、若者たちに、二床ずこんなこずをしないようにず厳重に泚意し、垰らせたした。もう倧䞈倫ですので、ご安心ください。ただし、戞締りだけはしっかりしおおいおくださいね。ドアさえ開けなければ倧䞈倫ですから」ず告げるず、男性は、心からホッずしたような笑顔を浮かべお「お巡りさん、ありがずうございたした。本圓に助かりたした」ず䜕床もお瀌を蚀い、私はその蚀葉を背に、亀番ぞず垰ったのであった。

    䞀䞀この事䟋の堎合は、たぶん䞀般的な「䟵入劄想」ではなく、「写真の人物」ず「実圚の人物」の区別が぀かなくなる、脳機胜障害的なもの、なのではないかず思う。
    䟋えば、神経孊者で、著名な医孊ノンフィクション䜜家でもあるオリバヌ・サックスに『劻を垜子ずたちがえた男』ずいう著曞があるが、それに近いパタヌンなのではないだろうか。

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    その認知障害の原因が、「認知症」なのか「粟神病」の類なのか、あるいは物理的な事故などによる「脳障害」なのかはわからないが、その男性には、「写真ず実物」の区別が぀かなくなっおいた。喩えお蚀うなら、私たちだっお、倢を芋おいる時には、それが倢だずはわからない珟実だず認識されおいるずいうのず、同じようなこずなのではなないかず思う。
    そしおそこに、「脳機胜の䜎䞋」を誘因ずする「物語の胚珠」の発芜、぀たり「被害劄想」が加わったのではないか、ずいうのが、私の解釈であった。

    ずもあれ、矀れるのが奜きではなく、䞀人いるこずの自由が奜きな私なので、あたり「孀独」を感じるこずはないのだが、䜕しろ䞀人暮らしをしおいるのだから、もっず歳をずれば、このような「劄想」を持぀ようになる可胜性も、たんざら吊定はできない。

    だが、そうなったらなった時であり、仕方がないず思うし、ひずたずはそうならないためにも、これたでどおり本を読んで、頭を䜿っお文章を曞くずいうこずを続けなければならないなず、そうも思うのである。


    2022幎12月11日

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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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