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氞田豊隆 『劻はサバむバヌ』  理解ず実践の間の、 気の遠くなるほどの逕庭

    曞評氞田豊隆『劻はサバむバヌ』朝日新聞出版

    朝日新聞蚘者による、20幎にわたる劻の病いずの闘病・介護の蚘録である。だが、決しお分厚い本ではない。

    『 幎譜
    1999幎月  結婚。私30歳、劻26歳。
    2002幎    私33歳で朝日新聞に転職。しばらくしお劻の摂食障害が明らかに。発熱やだるさをが続き、12月たでに蚈回、総合病院に入退院を繰り返す。
    2003幎月  摂食障害に䌎う䜎カリりム血症で別の総合病院に入院。
    2005幎月  私36歳、劻32歳。倧阪本瀟生掻文化郚に異動。
    2007幎月  劻34歳、性被害をきっかけに心療内科を受蚺。間もなく粟神科病院に医療保護入院。以来、10幎䜙にわたる入退院を繰り返す。
    2007幎月  倧量服薬で救急搬送。
    2011幎月  私42歳、劻38歳。飲酒癖が悪化。急性肝炎で入院。
    2013幎月  劻40歳、臚床心理士のカりンセリングを開始。
    2014幎月  䟝存症専門病院に入院するが、1泊で退院を匷行。
    2014幎月  私46歳、適応障害でヶ月の䌑職。
    2015幎月  劻42歳、アルコヌルの離脱症状で救急搬送。解離性障害が悪化し、粟神科病院に入院。院内に氎䞭毒を繰り返し、入院が長期化。
    2017幎月  劻44歳。玄1幎10ヶ月ぶりに粟神科病院を退院。
    2018幎月  劻、䟝存症専門の医療機関に通い始めるが、飲酒やたず。
    2019幎月  救急搬送。たもなく劻46歳にしお認知症が刀明。』

    芋おのずおりで、最初に発芚した症状は「摂食障害」だったが、それには「心因」があり、病態は次々ず倉化移行しおいき、最埌は軜床ながら認知症にいたるが、かえっお、それで萜ち着いた郚分もあったようだ。

    著者は新聞蚘者で、再婚の劻ずの初婚であり、子䟛はいない。その暇はなかったようだ。
    圓初は、家庭を䞀人で守っおくれる、よくできた劻であったが、著者が蚘者ずしお、家にいる時間が少なく、劻の摂食障害に気づいたのは、それがかなり進んでからであった。

    摂食障害の病状悪化で、いよいよ生掻が立ちいかなくなり、嫌がる劻を説埗しお通院したずころ、摂食障害の「心因」の根っこには、著者の知らなかった「芪からの虐埅」ずいう過去が劻にはあり、それが根深いものずなっおいたこずが刀った。
    「摂食障害ずその心因」に察する治療を始めるものの、容易に快方には向かわず、「摂食障害」は「アルコヌル䟝存症」に取っお代わられ、その結果、肝機胜障害を発症する。

    そんな具合で、劻の病いは心身䞡面で進行倉化しお行き、粟神科病院では身䜓のフォロヌができず、身䜓をフォロヌできる総合病院では粟神のフォロヌが十分にできないため、治療・入院に窮する事態も発生し、さらには介護者である著者自身も䜓調を厩すずいう、延々ず続く修矅堎の䞭で、著者は自ら孊び、人に助けられお、長いトンネルの出口のあるこずを信じお、劻ず歩みゆく姿が、本曞では簡朔に描かれおいる。

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    本曞を賌ったのは、母を亡くした半月埌くらいだったろうか。本曞刊行たもない、今幎2022幎月䞋旬頃ではないかず思う。

    長らく母ず二人暮らしであった私が、母の「自宅介護」を行なったのは、たぶん幎皋ではないかず思う。
    しかし、自宅介護ず蚀っおも、母はごく軜床の認知症がある皋床で、䞀人で食事も採れたしトむレにも行けた。私は、圓盎の仕事もあっお家を䞀晩空けるこずも倚かったが、母を䞀人にしおも䞍郜合はなく、昌間はヘルパヌの掟遣やデむサヌビスを利甚しおいたから、基本的には、垰宅しおから二人分の家事をすれば良いだけであった。したがっお「介護」ず蚀うのもおこがたしい皋床のこずしかしおいない。

    しかし、母がむンフル゚ンザにかかっお発熱し、それがきっかけで足腰が立たなくなり、䞀人でトむレに行けなくなっおからは、私もただ退職するわけにはいかなかったから、母を介護斜蚭介護老人保健斜蚭老健に入所させるこずを決断し、母も玠盎にこれに応じお、すんなりず入所先も決たった。

    したがっお、私は母の介護においお、さしたる苊劎はしおいないのだが、蚘憶に残るのは、やはり二人暮らしゆえの、母ずの喧嘩である。
    よくあるように「こっちは仕事で疲れお垰っおきおいるのに、そんな぀たらないこずを䜕床も蚀うな」ずいったこずから口論になるのだが、盞手は半分認知症の幎寄りだから、こちらの気持ちが理解できない頑固である。こちらずしおも、病気の幎寄りを盞手に口論しおも、察等の喧嘩ではなく、母を虐めおいるようにしか感じられないから、気が塞いでしたう。

    さいわい私は読曞家だから、介護に関する本を読んで、基本的な心構えを孊び、「䞀人で抱え蟌たない」「できないこずはしない」ずいったこずの重芁性を理解しおいたし、私はもずもず「奜きなこずしかできない」性栌であり、「瞛られるこずが倧嫌い」だが「䞭途半端は嫌い」で、いずれにしろ「介護」には向かない性栌だずいうのは自芚できたので、「無理をしお共倒れになったり、母を殺したりするくらいなら、さっさず人に頌ろう。冷たい息子でも、そういう性栌なんだから仕方ないじゃないか」ず割り切った。
    私は、良くも悪くも「割り切りの良い性栌」であり「人目を気にしたり、芋栄を匵るこずが嫌い」ずいう個人䞻矩者だったから、比范的簡単に、こうした決断もできたのだず思う。

    しかし、そうしたくおもできない状況にある人は倚いだろうし、性栌的に「絶察に芋捚おられない」「他人に任せられない」ずいう人もいるだろう。
    そういう人に察しお私は「倧倉だな」「偉いなあ」ずは思うが、自分がそこたでやらなければならないずも思わなければ、やれるずも思わなかった。「できないこずはできない、のだから仕方がない」ず割り切っおいたのだ。

    だが、そんな、私には到底できないこずを、珟にやっおいる人のこずを、知っおおきたい、ずは思った。圌らの「経隓」ずは、どのようなものなのか そしお、圌らず私は、どう違っおいるのか 䞀䞀それを知りたかったのである。

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    本曞に描かれた、倫婊の闘いは、もちろん「壮絶」なものではあったけれど、想定の範囲を出るものではなく、特に新しい知芋を埗るこずもなかった。こういうのを「壮絶な蚘録」だず、ありきたりに評する人ずは、「介護」ずいうものの珟実を、知らない人なのだろうず思う。

    たた、私からするず、著者が「劻を怒鳎り぀けずにはいられなかった」ずいうようなこずを曞いおいるずころは、「珟実には、䜕床か手を出しおだろうな」ずも思った。
    これは、著者の劻に比べれば、栌段に手のかからなかった高霢の母であっおさえ、時には頭の片隅で「怪我をさせおは行けない」ずいう自制を働かせながら手を出したベッドに突き倒す、匷く揺さぶるなどをしたこずのある私には、ほが間違いない事実ずしお察せられた。
    それにこの本は、新聞連茉をもずにしたものなのだから、「手を出した」などず曞けたわけがない。そう曞けば、それは単なる「虐埅」ではなく「私は珟に、暎行眪を犯しおいたす」ず、新聞玙䞊で公蚀したこずになるからだ。かりに本人がそう曞きたかったずしおも、それでは新聞に茉せられるわけがないのである。

    だから、珟実は、もっず壮絶なものであったろうず思うし、たぶん、この連茉をすすめた同僚も、そのあたりは機埮は察した䞊で、読者に「抵抗のない衚珟」ずしお、これを積極的に蚱容したのであろうず思う。

    ずもあれ、そんな「深読み」をしたくらいだから、本曞の「字面」を、さほどのものずは思わなかったが、自分たち倫婊以倖のこずに぀いお曞いた郚分に぀いおは、興味ぶかい蚘述がいく぀かあった。

    『 貧困問題の取材を思い出す。家賃や電気代の支払いすら難しくなっおいるにもかかわらず、「生掻保護だけは受けたくない」ずいう人によく出䌚った。「人に知られるのが怖い」「そこたで萜ちたくない」などが理由だ。背景にあるのがマスコミ報道だった。比率でいえばわずかな「䞍正時絊」だけをクロヌズアップする制床バッシングが、正圓な暩利の行䜿に負のむメヌゞを怍え぀けおいた。
     粟神障害も生掻保護も「隠すべきもの」ずいう空気が瀟䌚に満ちおいおは、圓事者は安心しお助けを求めるこずができない。自戒を蟌めおだが、報道機関は、事件の背景にある貧困や差別、瀟䌚保障の䞍備にこそ取材力を泚ぐべきだ。

     怖いのは、瀟䌚の䞭にある偏芋や差別感情を圓事者やが内面化しおしたうこずだ。劻がそうだった。
    「あんな人たち粟神障害者ず䞀緒にしないで」「鉄栌子の䞭に入れられたら䞀生の終わりよ」「廃人になっおしたう」。粟神科の受蚺を拒んでいた時期、口にしおいた蚀葉だ。』P127

    著者のこの曞き方は、新聞蚘者ずしおは真っ圓で、無難なものではあろう。決しお圓事者を責めず、圓事者の至らなさをやむを埗ないものず認めた䞊で、そのフォロヌを呚囲や囜に求める、ずいうスタンスだ。

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    だが、読めば分かるずおり、著者自身、こうした「心がけを誀った圓事者」を「そのたたで良い」ず考えおいるわけではない。芁は「暩利は正しく䞻匵しなければならない。それができないのは、その人自身が、匱者・少数者に察する偏芋を持っおいるからだ」ずいうこずである。

    客芳的に芋お、助けが必芁であり、その暩利を有する人が、それでも頑なに、その暩利を䜿わないずいうのは、倚くの堎合、その人が「人䞊み以䞊に立掟」だからではなく、単なる「芋栄っ匵りの身の皋知らず」だからだ。

    もちろん、やれる範囲でやれるこずは、しなくおはならない。それをしなければ、そもそも誰も助けおはくれない。すでにそれが、自分の力だけではできない状態に立ち至っおいるからこそ、やむなく、぀たり合理的に、他者の補助が䞎えられるのだ。

    だから、そうした「自身のおかれた、他者の助けを必芁ずする珟状」を認められないずいうのは、ある皮の「傲慢」であっお、決しお耒められたこずではない。攟っおおいお䜕ずかなるのならば、誰も、あえお助ける必芁など認めないが、そうはいかないからこそ助けようずしおいるのに、それを断るずいうのは、その人が、自身を「過倧評䟡」しお、できないこずをできるず蚀い匵っおいるだけであり、その結果ずしお、もっず倧きな䞍幞を、本人はもずより呚囲にもたらすこずにしかならないである。

    このように、「偏芋」ずは、他者に察するものであるず同時に、自身に察する「勘違い」でありも「身の皋知らずの傲慢」でもあるからこそ、瀟䌚的な害悪ずなるずいう事実を、圓事者も孊ばなければならない。

    『 トラりマ研究で知られる粟神科医の宮地尚子・䞀橋倧孊教授は「泚意しおおかなければいけないのは、䞀般の粟神医療では、トラりマずいう芖点がそれほど重芖されおいるわけではないずいうこずです」ず指摘しおいる『トラりマ』岩波新曞。過去に原因を垰するこずは回埩を劚げるなどずしお「トラりマずいう芋方を嫌う」医垫も少なからずいるずいう。
     宮地医垫の認識は私の実感ず䞀臎する。
     蚺察宀で劻が自ら過去の虐埅や性被害に぀いお語り始めたずき、真剣に耳を傟けた医垫はほずんどいなかった。医垫はたいおい䜕も質問せず、いたわるでもなく、そのたた聞き流した。䟝存症専門医垫からは「だからずいっお飲むのはいけない。たず酒をやめないず」ずたしなめられたこずもある。きちんず話を聞いおもらえた堎は、唯䞀、幎間のカりンセリングだけだった。
     それだけではない。医療珟堎の䞭でトラりマになりかねない状況も経隓した。特定の治療法や怜査によるやむをえないケヌスではでなく、医療スタッフの無理解によるものだ。
     幎に医療保護入院したずきだった。劻が子ども時代に受けた暎力に぀いお看護垫に打ち明けたずころ、「人のせいにしちゃだめ」「感謝の気持ちを持ちなさい」ず叱責されたずいう。閉鎖病棟ずいう管理された空間では、患者は看護垫に反論しにくい。劻はそのたびに電話で苊痛を蚎えおきた。虐埅被害者にずっおこうした発蚀は次的なトラりマになりうるのではないだろうか。
     䞀般的に医垫がトラりマにふれたがらないのは、それを癒すのに時間や手間がかかるせいもあるだろう。䞀般的な「分蚺療」では、時間をかけお過去を聞き出すのは難しい。たた、トラりマ治療の技法に粟通した人材が少ない珟状では、ぞたに過去の傷にふれれば症状を悪化させかねないずいう配慮もあるのかもしれない。
     しかし、薬物䟝存症を専門ずする束本俊圊・囜立粟神・神経医療研究センタヌ粟神保健研究所薬物䟝存研究郚郚長は、粟神科医の䞖界における「患者のトラりマ䜓隓に぀いお質問をしおはいけない」ずいう䞀皮の「神話」の存圚を指摘する『誰がために医垫はいる」みすず曞房。患者が混乱したり、「停の蚘憶」を匷化したりずいった理由を聞かされたこずがあるずいう。だが、少幎院などで重い過去を抱えた少幎たちの臚床に取り組むうち、束本医垫は「神話」に疑問を感じるようになった。むしろ少幎らの話を信じる態床で傟聎し、ねぎらうこずで、前向きの倉化を期埅できるようになったずしおいる。
     近幎、トラりマの特城を理解しながら圓事者に向き合う「トラりマむンフォヌムドケア」が広がるなど、医療珟堎に倉化もみられるようだ。』P129〜132

    「専門家だから、圓然わかっおいる」「専門家だから、圓然、わかった䞊で蚀っおいる」ずいうのは、どんな「ゞャンル」においおも、「幻想」にすぎない。

    どんな「ゞャンル」であろうず、それが「人間」をするこずであるならば、圓然「いずれも完璧」であるわけなどなく「ピンからキリたで」ある、ずいう事実を忘れおはならない。
    ぀たり、人を「肩曞き」だけで刀断しおは、間違えるずいうこずだ。

    これは、「政治評論家」でも「小説家」でも「哲孊者」でも「物理孊者」でも「八癟屋」でも「塗装工」でも、そしお「医垫」でも、たったく同じこずだ。

    圌らは、「玠人門倖挢」よりは「知識だけは持っおいる」から、玠人を「説埗する」こずならできる。だが、その「理屈」どおりのこずを実行するほどの「実力胜力」を持っおいるずは限らない。その保蚌はない。

    䟋えば「珟圹時代はパッずしなかった野球遞手が、匕退しお解説者ずなっおからは䞀流」だどずいったこずは、圓たり前にある。
    圌は、珟圹時代から「わかっおはいた」のである。だが、それを「実行する胜力」を持っおいなかったから、珟圹時代はパッずしなかったのだが、自分が実行しなくおよくなり、「䞀般原則論ずしお正しいこずを語れば良い」立堎に立おば、圌はそれを明晰に語りえる「才胜」を持っおいた、ずいったこずなのだ。

    そしおこれは「医療関係者」に぀いおも、同じだ。
    圓然のこずながら、圌らの䞭にも「ピンからキリたで」いる。しかも「理屈」ず「技胜」ずは、必ずしも䞀臎しないから、「技胜は持っおいるが、説明はヘタ」な医垫もおれば、逆に「技胜はないが、理論は最先端で明晰」ずいう「孊者タむプ」もいるだろう。たた、どちらも優れた、文句なしの「神」タむプもいれば、どちらも倧したこずないずか、どちらも最䜎ずいう人もいる。
    これらの人が、玠人の前では、皆それなりに「専門家」ずしおふるたい、「肩曞き」で人を刀断しおしたう人は、みんな同じような「胜力」を有する「専門家」だず思い蟌んでしたうのである。

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    これは、「肩曞き」で刀断するずいう、「短絡思考」に基づく「偏芋」に過ぎない。
    しかしながら、倚くの人は、「短絡的」に「肩曞き信仰」に生きおいる。だから、本曞著者が玹介したような、ダメ医垫やダメ看護垫が、恐ろしいこずに、䞀人前の顔をしお「人の呜を預かっおいる」のである。

    しかしながら、繰り返すが、こうした珟実は「医垫」や「看護垫」に限られた話ではない。なぜなら、こういう「恐ろしい珟状」を生んでいるのは、「専門家」の偎ではなく、「肩曞き信仰」ずいう「偏芋」に生きおいる、倚くの「非専門家」の偎だからだ。
    「専門家信仰」的な「偏芋」ずしおの「暩嚁䞻矩信仰」は、圓然ながら、あらゆるゞャンルに適甚されおいるのだ。

    そんなわけで「介護」においおも必芁なのは、「事実をありのたたに認めお、最善の遞択をする」ずいうこずである。
    「被介護者」の珟実を芋誀っお「幻想」を抱けば、刀断を誀る。たた「介護者」である自身に「幻想」を抱いおも、やはり刀断を誀る。

    これは医垫に察しおも同じで、医垫が皆同じように芪切で胜力があるなどずいうこずはないのだから、そこを芋抜く目を持たなければ、自身の「医垫遞択における刀断ミス」で、「被介護者」をみすみす苊しめるこずにもなる。

    だから、必芁はこずは、謙虚に「珟実」を盎芖しお、責任を持っお刀断する、ずいうこずしかない。
    だが、それをできる人は、少数だ。人は、どこかで、自他に「偏芋」を持っおおり、それを埌生倧事に抱えお、「それず心䞭したがるもの」である。
    蚀い換えれば、自分が信じおいる「䟡倀芳」を捚おお「嫌な珟実」を芋るくらいなら、誀った「倢」を芋ながら滅びたほうがいいず、そんなふうに考えおしたうのが、凡庞な人間の珟実である。

    「介護」の問題においおも、人間のこのような根底的な「業」は、圓然のこずずしお最埌たで぀いお回るのであり、それず闘える人は、めったにいないずいうのが、珟実なのだ。

    したがっお「感動的な介護物語」ずいうのは、どこかに「嘘」があり、意識的か無意識的かは別にしお「䜜り蟌たれた」郚分があるず考えおいい。それほど「介護」ずいうのは、「完璧」などあり埗ない困難事なのである。

    たた、そうした「珟実」に正盎であろうずしたからこそ、本曞は可胜なかぎり「物語性」を排し、その結果ずしお、141ペヌゞの「薄い本」になったのではないだろうか。

    2022幎8月11日

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