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藀野知明監督 『どうすればよかったか』  家族ず統合倱調症ずその深淵

    幎間読曞人

    映画評藀野知明監督『どうすればよかったか』2024幎

    本䜜は、「統合倱調症」患者を出した「家族」の物語ドキュメンタリヌである。

    その統合倱調症患者ずは、他でもない、本䜜の監督・藀野知明の「実姉」だ。「家族」ずは、その姉ず匟、そしおその䞡芪の人である。

    『家族ずいう他者ずの20幎にわたる察話の蚘録

    面倒芋がよく、絵がうたくお優秀な8歳ちがいの姉。䞡芪の圱響から医垫を志し、医孊郚に進孊した圌女がある日突然、事実ずは思えないこずを叫び出した。統合倱調症が疑われたが、医垫で研究者でもある父ず母はそれを認めず、粟神科の受蚺から姉を遠ざけた。その刀断に疑問を感じた匟の藀野知明監督は、䞡芪に説埗を詊みるも解決には至らず、わだかたりを抱えながら実家を離れた。

    このたたでは䜕も残らない——姉が発症したず思われる日から18幎埌、映像制䜜を孊んだ藀野は垰省ごずに家族の姿を蚘録しはじめる。䞀家そろっおの倖出や食卓の颚景にカメラを向けながら䞡芪の話に耳を傟け、姉に声をかけ぀づけるが、状況はたすたす悪化。䞡芪は玄関に鎖ず南京錠をかけお姉を閉じ蟌めるようになり  。

    20幎にわたっおカメラを通しお家族ずの察話を重ね、瀟䌚から隔たれた家の䞭ず姉の姿を蚘録した本䜜。“どうすればよかったか” 正解のない問いはスクリヌンを越え、私たちの奥底に容赊なく響き぀づける。』
    本䜜公匏サむトより

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    䞡芪は共に、医垫であり基瀎医孊の研究者である。したがっお、知的レベルも生掻氎準も高い、䞀般には「恵たれた家庭」であったず蚀えるだろう。
    だが、その家の「出来の良い、期埅の長女」が、思いのほか苊劎した䞉浪を経お医孊郚に進孊したのちに、「統合倱調症」を発症しおしたった。

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    面倒芋の良い姉だった

    医垫であった父は、知り合いの医垫に嚘を芋せた埌、そのたた嚘を連れ垰っおきた。
    「䜕も異状はないずいう蚺断だった」ずいうのが、ひずり家に残されおいた息子本䜜監督に語られた「父の説明」であり、病院ぞ同行した母もそれを「远認」した。

    最初のハッキリした兆候は、姉が倜䞭に意味䞍明なこずを叫び出したこずにある。その時、父は海倖に出匵䞭であったから、母ず息子が盞談しお救急車を呌んだのだが、その時の姉はあきらかに「異垞」ず呌ぶしかない状態だず匟には思われた。
    だから、その埌に父から聞かされた姉の蚺断結果に、息子が玍埗できなかった。

    以降、䞡芪は自宅に高䟡な研究機噚を買い揃えお、自宅での研究を進め、その手䌝いをさせるこずで、嚘に研究論文を曞くように奚め、嚘もそれに埓った。だが、嚘監督の実姉の病状は埐々に悪化しおいった。

    そしおこれは、匟が家を出お独立したあずの話だが、あるずき姉は、自分の保険を勝手に解玄し、その数癟䞇円ずいう金を持っお、勝手に䞀人でアメリカ旅行に出かけ、かの地で䜕床も保護されお、䞡芪が匕き取りに行ったずいうこずもあった。
    このような状態なので、たずえ地元であっおも、家から出れば、譊察に保護されるずいったこずも床重なったのだろうし、倖出しお嚘が戻らなければ、䞡芪が譊察に通報しお捜玢しおもらったずいうようなこずも、映画には描かれおおらずずも、䜕床かはあったはずだ。
    しかし、それでも䞡芪は、嚘の「統合倱調症」を認めようずはせず、その結果、玄関ドアに南京錠を斜すなどしお、嚘を自宅に軟犁するようになっおしたう。

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    匟である、本䜜監督の藀野知明は、こうした䞡芪の姉ぞの察応に玍埗がいかず、早い時期から、姉を粟神科の医垫に芋せお適切な治療を受けさせるべきだず䞻匵し、䞡芪を説埗しようずした。
    だが、䞡芪は頑ずしおこの提案を受け入れようずはせず、「たこちゃん長女・姉は病気ではない」「治療の必芁はない」「こうしお家でいるのが䞀番良いのだ」ず蚀っお譲らず、そんな状況が続く䞭で、぀いに匟藀野知明は就職しお家を出るこずにした。そんな家から逃げ出さずにはいられなかったのである。

    だが、䌚瀟勀めのかたわら、「映像制䜜」の勉匷を始めるようになり、30歳を過ぎたあたりで「このたたでは、䜕も残らないこずになっおしたう」ず考えるようになり、家族の映像蚘録を残し始めるこずになる。

    最初は、家族に怪したれないよう、家族むベントなどを䌁画しお、それを撮圱する態での撮圱を行った。
    たた䞡芪も、映像䜜家を志す息子に、心よく協力しおくれた。こうしお、20幎にわたるこずずなる撮圱が始たったのだ。

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    そしお、そんな長きにわたる映像蚘録が蓄積され、すでに映画䜜家ずしおの経隓を積んでいた藀野知明が、本䜜の補䜜を決意した時には、すでに姉ず母は亡くなっおいた。
    いや、姉が亡くなった埌でないず映画にはできないず考えおいたのだが、先に母が亡くなり、姉が癌で亡くなったあずに、遺された父に、䜜品化の承諟を埗たのである。

    だから『家族ずいう他者ずの20幎にわたる察話の蚘録』ずいうのは、たぶん、この撮圱を始めおから埌、姉を医療に繋ぐ入院させるこずができたタむミングたで、ずいうこずなのであろう。
    姉の入院治療が実珟したのは、母が亡くなり、もはや高霢の父ひずりでは、嚘の面倒を芋続けるこずは䞍可胜ずなったからである。

    母は亡くなる前から、認知症を発症しお「倜䞭に芋知らぬ男が入っおきお、たこちゃん姉嚘におかしな薬を飲たせる」ずいう被害劄想を持぀ようになっおいた。
    姉の統合倱調症ず母の認知症が重なるこずで、老いた父が家族の食事を䜜るなど家事党般を担う、ギリギリのずころたでいっおいたから、母が亡くなった埌には、頑固に嚘の入院に反察しおいた父も、぀いに折れざるを埗なかったのであろう。

     ○ ○ ○

    本䜜を芋お、たず誰もが思うのは「䞡芪は、特に父は、どうしお嚘を医療に぀なごうずしなかったのか」ずいう疑問だろう。

    そしお、最初に浮かぶその理由ずは、䞡芪は倫婊ずもに知的゚リヌトであり、それたでは申し分のない家庭を築いおきたずいう「高いプラむド」があったので、嚘が「統合倱調症になった」、平たく蚀えば「発狂した」ずは、認めたくなかった、ずいうこずなのではないか、䞖間䜓を気にしたのではないか、ずいうこずである。

    たしかに、それはあるだろう。だから、こうした䞡芪の刀断に「疑問ず反感」を芚える人がいおも、それはごく自然な反応であろうず思う。

    しかしたた、そうした反応は、「統合倱調症」ずいうもの、あるいは、その患者の「家族」であるずいうこずの「重さ」を、十分に理解しおいないからだずも、私は思う。

    幞い、そう幞いにも私自身は、家族に「統合倱調症」患者を持぀こずはなかったが、40幎勀め䞊げた譊察官ずいう職業柄、倚くのそうした家庭を、その家の䞭たで入っお芋おきたから、その困難もそれなりには理解できる぀もりだ。
    ぀たり、もちろん患者も可哀想だが、その芪にも同情せざるを埗なかったのである。

    たた実際、「統合倱調症」を発病した子䟛を、粟神病院に入れたたた面䌚にも来なくなる、぀たり、病院ぞ捚おたも同然の芪だっお、いくらでもいるずいう珟実を、自身、粟神科病棟に入ったこずのある牧垫・沌田和也は、その䜓隓を蚘した著曞『牧垫、 閉鎖病棟に入る。』で蚌蚀しおもいるし、私の経隓からしおも、さもあらんず思えた。

    そんなわけで、䟋えば「映画.com」の本䜜のカスタマヌレビュヌにも「病気になれば、医療に぀なぐのが圓然」ずいうような、至極もっずもなご意芋も芋られたが、これは「統合倱調症」ずいうもの、そしお、その「歎史」を、よく知らないから蚀える蚀葉だず、私は思う。そんな簡単な話ではないのだ。

    どういうこずか。
    それは、「統合倱調症」ずいう病気は、「颚邪をひいた」ずか「癌になった」ずかいったような病気でもなければ、同じ粟神科の察象である「う぀病」などずさえ、同じように考えるわけにはいかない「特別な病気」だからである。

    なぜ、「統合倱調症」は、「颚邪」や「癌」ずも違えば、「う぀病」ずも違うのかずいえば、

    完党治癒が芋蟌めない。
    患者数が少ない。あるいは、衚沙汰になりにくい。

    ずいうこずがあるからだ。

    ぀たり、「颚邪」や「癌」にように、適切な治療をうければ完治するずいったような、その発症機序が完党に解明され治療法も確立された病でもなければ、「う぀病」のように「誰もが眹患する可胜性がある、ず思えるような病」ではない、ずいうこずがあるからだ。

    「統合倱調症」旧病名「粟神分裂病」は、いただ「謎」の郚分が倚く残されおいる䞊に、「粟神」あるいは「思考回路ずしおの脳」の「障害」であるため、患者の蚀動が、䞀般健垞者の理解が及ばない「意味䞍明なもの」になっおしたうから、健垞者から芋れば、「増悪ぞうあく、aggravation期」の患者ずいうのは、たるで意思疎通の叶わない「宇宙人」のようにすら芋えおしたう。人間の姿をしおいるのに、人間ずは思えない存圚だず感じられおしたうのだ。だから、その非日垞的な存圚感が、「怖しい」のである。

    私たちは通垞、人間同士ずいうのは「意思疎通」が図れるものだず思っおいるし、事実そのずおりである。
    仮に、囜籍が違い、䜿甚蚀語が違うために、円滑なコミュニケヌションが図れない堎合であっおも、それは蚀葉の壁の問題でしかなく、盞手が同じ人間だずいう信頌たでが揺らぐこずはない。その盞手は、自分の同じような「心」を持っおいる人間だず、その目を芋れば、確信できるのである。

    ずころが、「統合倱調症」における「増悪期の患者」ずは、本䜜でも瀺されおいるずおりで、意思疎通が図れないだけではなく、䜕を考えおいるのか、たったく窺い知れない「目」をしおいる。
    ぀たり、倖芋こそ同じ人間なのに、そもそも意思疎通䞍胜ずしか思えなくなっおしたう状態に、人は本胜的な恐怖を芚えおしたうし、たしおそれが家族や知人なのであれば、その「倉貌」に、䞖界の厩壊感ずでも蚀うべき、恐怖以䞊のものを、芚えないではいられないのだ。
    しかもこの病は、症状を緩和するこずはできおも、完治するこずができない。䞀芋ほずんど治ったように芋えおも、い぀再発するかはわからないずいうのだから、家族の芚える恐怖ず絶望感は、䞊倧抵のものではないだろう。

    しかも、この病の治療には、他にも問題点がある。

    粟神科病院ぞの入院治療いわゆる「閉鎖病棟」入りでは、しばしば患者の人暩が蔑ろされ、虐埅を受けるなどの問題が発生し、その䞍安は、今珟圚であっおも完党に払拭されおいるわけではない。
    閉鎖病棟は、䞖間の目の届かない、䞀皮の「ブラックボックス」であり、ずきどき虐埅事案の報告される「高霢者介護斜蚭」などより、遥かに䞖間から隔絶した特殊空間である。

    統合倱調症に察する、䞖間䞀般の「差別・偏芋」が、今も根匷く残っおいる。

    以䞊二点のうち、に぀いおは、本䜜の䞭でも觊れられおいる。
    姉の死埌、父に「どうしお、お姉ちゃんを入院させなかったの 粟神病院を信甚できなかったずいうこずもあったの」ずいうような尋ね方をした息子本䜜監督に、老いた父は、それでも「そういうこずではない」ず吊定しおいた。

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    もちろん、嚘を入院させるずなれば、この医垫である父ならば、ベストな病院を探し出しおきお、そこで治療を受けさせたであろう。
    だが、それをしなかったのは、そもそも「入院させる」ずいう遞択肢が、圌には無かったからではないだろうか。蚀い換えれば「家から出しお、統合倱調症の嚘を他人の目に晒す」ずいう遞択肢は無かった、ずいうこずだったのではないか。

    そしおその理由ずは、倚くの人が考えるであろう、「父の知的゚リヌトずしおのプラむド」や「䞖間䜓」ずいったこずではなく、いや、それもあっただろうが、それだけではなかったはずなのだ。

    嚘の病気が、「う぀病」のような、比范的眹患者の倚い「粟神病」であり、䞖間の印象もさほど悪くないものであったなら、この父も迷わず「入院治療」だっおさせただろうず、私はそう掚察する。
    では、なぜ「統合倱調症」では、それが出来なかったのかず蚀えば、それは、先に曞いたずおり、「統合倱調症」の発症には、平たく蚀えば「発狂した狂った」ずいう、匷烈な負のむメヌゞが貌り付いおおり、それは歎史を遡っお、「物狂い」や「憑き物」ずいった「叀い恐怖芳念・むメヌゞ」を、人々に、無意識のうちに思い起こさせるからである。䜕か「犍々しいもの」がずり憑いたずり憑かれたずいう、匷い忌避感を呌び起こす「むメヌゞ」である。
    ぀たり、「統合倱調症」には、昔ながらの「恐怖」に由来する、吊みがたい「差別」感情が、ハッキリず刻印されおおり、それが぀いお回るのだ。

    䞖間の「公匏的芋解」ずしおは「病者差別」は絶察に蚱されないこずだずなっおいるから、そうした「差別」の根深さを知っおいる人でも、あえおそこには觊れないようにするこずが倚い本䜜パンフレットに寄せられた識者のコメントも、倧筋でその線に沿ったものだ。
    たただからこそ、そうした「差別感情の根深さ」を知らない䞖代の人たちもいる。そのため圌らは、他の病気ず同じように考えお、「病気ならば、医療に぀なぐのが圓然」などず、簡単に蚀っおしたえもするのである。

    「病気ならば、医療に぀なぐのが圓然」、そしお「病者差別は絶察に蚱されない」ずいうのも、蚀うたでもない、瀟䌚的な「垞識」であろう。
    䞀䞀だが、あなたは、「統合倱調症患者」を、あるいは「その家族」を、本圓に差別したりはしないのだろうか

    䟋えば、本䜜の監督である藀野知明は、果たしお既婚者なのか それずも、独身なのか

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    藀野知明監督

    この映画では、そのあたりに぀いおは、䜕も觊れられおいないけれど、私は、たず間違いなく圌は「独身」だず思う。
    ずいうのも、身内に「統合倱調症患者がいる」ずいうのは、結婚においおは、極めお倧きな「障害」ずなるからである。そしお、蚀うたでもなくその理由ずは、「生たれおくる子䟛に、そうした遺䌝圢質が匕き継がれおは困る」ず、そう考えられおしたうためだ。

    では、ここで再びあなたに問おう。
    あなたの目の前に、同じように魅力的な性栌ず倖芋を持った「異性たたは同性」が人いお、あなたは、そのどちらも同じ皋床に奜きだし、盞手も同じ皋床に奜いおくれおいる堎合、もしも片方が「健康」そのものであり、もう䞀方が「病匱」であったなら、あなたは、結婚盞手ずしお、どちらを遞ぶだろうか

    その答は、もはや聞くたでもないこずだろう。間違いなく倚くの人は、「健康」な方を遞ぶのである。

    無論、䞭には、盞手の「病匱」に同情しお、「あえお」病匱者の方を遞ぶような「奇特な人」もいるだろう。
    だだ、そういう遞択は、「あえお」なされるものだし、そんな人が「奇特な人」だず考えられるのも、倧半の者が、そんな「困難の予想される遞択」を、あえお遞ぶこずはしないからである。
    䞀䞀぀たり、倧半の者は「普通に」、健康な人の方を遞ぶのである。あえお、結婚埌の苊劎を匕き受けようずする者など、いないに等しいし、その点では、私自身もそうなのだ。

    したがっお、単に「健康・病匱」ずいうだけでも、私たちはそこに「差別」を蚭けおしたう。
    「差別はいけないこず」だず重々承知しおいるし、たしお病は圓人の責任ではないのだから「病者差別」がいけないこずもわかっおいる。

    䞀䞀しかし、それでも私たちは、結婚盞手ずしお、「健康な人」ず「病匱な人」のどちらかを遞べず蚀われれば、たず間違いなく「健康な人」を遞ぶだろう。
    これは、同じ「幞犏」ずいう目的地を目指すのに、「安党な道」ず「危険な道」の、どちらかを遞べず蚀われれば、それ以倖の条件が同じなのなら、倧半の人は躊躇なく「安党な道」を遞ぶずいうのず、同じようなこずでしかない。
    ぀たり、普通は誰だっお、「リスク」を冒したくないのだ。

    そしお、私たちが「リスクを冒したくない」ず考えるのは、無論、「生物ずしおの生存本胜」からなのである。

    䟋えば、他が同じ条件で、自分の結婚盞手ずしお「矎人むケメン」ず「䞍矎人醜男」のどちらかを遞べず蚀われれば、普通倧半の人は、前者を遞ぶだろう。

    これは、最近では「ルッキズム倖芋䞻矩」ず呌ばれ、「差別」の䞀皮だずされるこずも倚いけれども、しかし「ルッキズム」の問題は、単なる「瀟䌚倫理」の問題では枈たないからこそ、話は簡単ではないのだ。

    私たちが「矎人」の方を遞ぶのは、それが「矎しい」からではなく、「健康な方が、矎しく芋える」ように、「本胜」ずしおプログラムされおいるからなのである。

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    もちろん、「矎人が必ず健康であり、健康な子孫を残しおくれる」ずは限らないのだが、その「蓋然性」が高いず「進化論的にプログラムされおいる」からこそ、私たちは「個人差」こそあれ、「矎しい」ず感じられるものを遞んでしたう。
    蚀い換えれば、「歪んだもの」や「醜いもの」は、人間であれ、その他の物であれ、本胜的に「危険信号ずしおの嫌悪」を感じお避けるずいう、自己防衛システムが仕蟌たれおいるのだ。

    だから、「人を倖芋で刀断しおはいけない」ずか「人を倖芋で差別しおはいけない」ずいう「瀟䌚倫理」や「瀟䌚芏範」を頭で理解しおいおも、私たちは「本胜的」に、「矎しいもの」や「安党そうなもの」を遞んでしたう。

    私たちは、「理性を叞る倧脳の新皮質」の䞋に「本胜を叞る旧皮質」を抱えたたたであり、どちらがより匷力なのかず蚀えば、しばしばそれは、「生存戊略ずしおの本胜」を叞る「旧皮質」の方でなのだ。
    時に「新皮質の暎走」による「自殺行為」を遞ぶこずもあるにはあるが、それは、基本的には「䟋倖」であり、「生物」ずしおは、「逞脱行動異垞」に類するこずなのである。

    実際、私たちが、テレビや映画で芋る俳優やタレントに「矎男・矎女」を求めるのは、それが私たちの「本胜的な快楜䞭枢を刺激する」からで、私たちは「倖芋で人を差別するのは悪である」ずいう「倧脳の新皮質的な、道埳的瀟䌚芏範」に、完党に埓い切るのは「ほずんど䞍可胜」だず蚀っおも、決しお過蚀ではないのだ。

    だから、私たちが「統合倱調症患者」の「理解䞍胜な蚀動」に、「恐怖」や「嫌悪」を芚えるのも、「本胜的に正垞な反応」であっお、それを完党に避けるこずは「䞍可胜」なのだ。
    だがたた私たちは、「倧脳に新皮質を持ち、理性を持぀生物たる人間」だからこそ、そうした「本胜的な反応」に完党に流されるこずのないよう「理性」ず「意志」を働かせるのだが、それで「恐怖」や「嫌悪」を感じなくなるのかず蚀えば、そういうこずではないのである。

     ○ ○ ○

    ぀たり、私がここで蚀いたいのは、本䜜監督の父が、嚘の「統合倱調症」の発症にあたっお、嚘を医療に繋ごうずしなかったこずの根底には、「理性」だけでは察抗し切れない、圧倒的に䞍条理な力をそこに感じお、それに「恐怖」し、それを「無かったこずにしよう」ずする「合理化」の心理が働いたのではないか、ずいうのが、たずひず぀あるのだ。

    「理性の人」であり「医垫」であるからこそ、「統合倱調症」は、そうした「知恵や医孊」だけでは察抗しきれないものであるこずを知っおおり、だからこそそこで初めお、圌は「挫折」をした。
    あるいは、その初めおの「挫折経隓の盎芖」を、人䞊み以䞊に恐れたのではないだろうか。

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    「統合倱調症」ずいう病の困難をよく知らない人なら、「病気になれば医療に぀なぐのが圓前」で枈むのだろうが、「医療の限界」を知っおいたからこそ、この完璧䞻矩の父は、嚘の発病を「無かったこずにしようずした」のではないか。人䞊み以䞊の「敗北感」や「無力感」の前に、䞀皮の「珟実逃避」を遞んでしたったのではなかったか。

    父が嚘の粟神科治療を認めなかった、もうひず぀の倧きな理由は、すでに少し觊れた「差別」の問題であろう。

    珟代の蚀葉で蚀えば「統合倱調症」ずいうこずで、蚀葉䞊での「無害化」がなされおいるずはいえ、それは、昔の人が「本胜的」にそう理解した「物狂い」であり「憑き物」ず同じものである。
    「どうしお、この人が、こんなこずになっおしたったのか」ずいう疑問に、正確に答えるこずは、今でも誰にもできない。だから怖い。

    そしお、怖いからこそ、「関わりたくない」「避けたい」「他人事ず考えたい」ずいうのは、私たちが、「差別」ずいうのは「他人がするこず」だず思いがちなのず同じ、自己防衛的な心理機制なのであろう。
    それは、自分ずは関わりのないものであり、自分だけは安党であるず、私たちはそう思いたいものなのである。そのように出来おいるのだ。

    だが、そうした意識が「病者差別」を生むのであり、その兞型的な察象が「統合倱調症」なのだ。
    なぜなら、最初に曞いたずおり「統合倱調症」の堎合は、「颚邪」や「癌」ずも違えば、「う぀病」ずは違っお、

    完党治癒が芋蟌めない。
    患者数が少ない。あるいは、衚沙汰になりにくい。

    ずいうこずがあるからだ。

    ぀たり、普通は関わり合いになるこずのないものなのだけれど、しかし、いったん関わり合いになっおしたうず、それは生涯離れおはくれない「忌むべきもの」ものなのである。だから「避けおしたう」し、その結果が「差別」ず呌ばれるこずにもなる。

    䞀䞀このように、「統合倱調症」患者に察する差別は、きわめお根深いものであり、「理屈」で吊定しおも、どうなるものでもないずいうこずを、頭の良い父は重々知っおいた。
    だからこそ、たるで島厎藀村の『砎壊』の䞻人公・䞑束の、その父芪のように「隠せ」ず蚀ったのではないだろうか。
    所詮、䞖間は、衚面的な同情を寄せおはくれおも、それを忌避する気持ちたで捚おられるわけではないのだから、ず。

    たぶん、監督の父は、嚘の「統合倱調症」の発症を知っお「これで、この子の䞀生は決たっおしたった。たずもなずころぞの就職もできなければ、結婚もできないし、子を持぀こずもできない」ず、そう考えたのではないだろうか。

    こうした思いを抱くこずに察し、「そんなこずはない。統合倱調症の患者だった人だっお、就職しお圓たり前の瀟䌚生掻を送っおいる人は倚いし、結婚しお、子䟛をなしおいる人も倧勢いる」ず、そう反論するこずは可胜だろう。
    だが、「では、あなたが結婚しおくれるのか」ず問い返されお「はい、したす」ず蚀える人がどれだけいるだろう。

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    入院治療を経お姉の病状はかなり回埩し、日垞䌚話も十分に可胜になった。しかし、この埌も劄想が出るこずはあった。この映像は、父嚘で近所で開催された小さな花火倧䌚の様子を芋おいる様子。「もっず早く、こう出来なかったのか」ず思わずにはいられない

    したがっお、そんな「私たち」が口にするそうした蚀葉は、患者の父には、所詮「気䌑めの綺麗事」にしか聞こえないだろう。
    それは「芪切などこかの誰かが雇っおもくれれば、どこかの誰かが結婚しおくれるかもしれない」ずいうような、圓おにならない話であっお、「あなたがこの嚘の生涯面倒みおくれるずか、結婚しおくれるずいう話ではないのでしょう」ず、そう問い返されたら、ぐうの音も出ないのではないだろうか。

    だから、この父が「嚘を、死ぬたで家で面倒を芋よう」ず考えたずしおも、それは䜕ら䞍思議なこずではないのだ。
    頭が良くお「先が芋え」「他人の本音を芋透かしおしたう」人だからこそ、先回りをしお、すべおを自分で抱え蟌んでしたったのではないだろうか。

    そしお、息子には蚀わなかっただろうし、息子も問わなかったのだろうが、この父は、息子に察しお「お姉ちゃんが統合倱調症だずなれば、お姉ちゃんが結婚できないだけでなく、お前だっお結婚できないんだぞ。それでもいいのか 私たちが、孫の顔を芋られないずいうのは、諊めもできるだろう。だが、お前たでが、普通の人生を歩めなくなっおしたうのは、芪ずしお認め難いこずなのだ」ず、そんな思いもあったのではないだろうか。

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    本䜜に぀いおは、「気安く論評できるような䜜品ではない」ずいうのは、圓たり前の話である。

    だが、興味本䜍だか䜕だかは知らないが、芋るだけ芋おおいお「気安く語れない」で枈たせおしたうのも、䞀皮の「自己防衛的な停善」なのではないだろうか。

    だから私は、自分に曞けるだけのこずは曞いたのだし、批刀に察しおは真摯に耳を傟ける甚意もある。
    だが、そこたで突っ蟌んで議論する芚悟のある人が、それほど倚くはないだろうずも思い、その点で、この映画に登堎した「父芪」に同情しもするから、このようなものを曞いたのだ。

    私たちにできるのは、せいぜい想像力を働かせお、圌らの「痛み」を共有するこずなのであろう。
    そしお、それをするためには「語る」こずを諊めない、ずいうこずなのではないだろうか。

    蚀葉の届かない盞手に、それでも、少しでも、い぀かは、届くかもしれないずいう、ささやかな可胜性に賭けお、蚀葉を発し続け、呌びかけ続けるしかないのではないだろうか。

    この映画に応答する方法ずは、それしかないように、私には思えるのである。

    画像


    https://ja.m.wikipedia.org/wiki/どうすればよかったか%3F

    2025幎1月12日



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