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J・D・サリンゞャヌ 『ラむ麊畑で぀かたえお』  優しさず匱さず

    幎間読曞人

    曞評J・D・サリンゞャヌ『ラむ麊畑で぀かたえお』癜氎瀟

    私が掻字本を読み始めた高校生の頃、すでにサリンゞャヌは人気䜜家であったし、そのデビュヌ䜜にしお代衚䜜である本曞『ラむ麊畑で぀かたえお』も、すでに「珟代の叀兞」ずしおの評䟡を受けおいお、ただ掻字本を読たなかった頃の私に耳にも、その特城的なタむトルだけは入っおきおいた。

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    いたさら『ラむ麊畑で぀かたえお』以降、適宜『ラむ麊』ず略蚘を読む気になったのは、先日、NHKのテレビ番組で『ラむ麊』を取り䞊げおおり、「ベトナム戊争」ずの関連が語られおいたからである。

    たたたたテレビを぀けた時にやっおいたので、その番組は最埌の15分くらいしか芋られなかったのだが、「そうか、あの䜜品もベトナム戊争がらみだったのか」ず、そう思ったのは、近幎、SF䜜家のフィリップ・・ディックを論じたり、『カッコヌの朚の䞊で』『タクシヌドラむバヌ』『俺たちに明日はない』ずいった、のちに「アメリカン・ニュヌシネマ」ず呌ばれるこずになる、䞀矀の映画のレビュヌを曞いたりしおいたからだ。
    私が若い頃に「珟代の名䜜」ず呌ばれたような䜜品の倚くに、「ベトナム戊争」が倧きな圱を萜ずしおいるず事実を、ゞャンル暪断的にレビュヌを曞くこずで知るこずになったのだ。

    そしお、本䜜『ラむ麊畑で぀かたえお』もたた、単なる「青春小説の名䜜」ずいうだけではなく、「ベトナム戊争」がらみなのだず知っお、新たに興味を惹かれたのだった。

    本曞は、「朝鮮戊争」のさなかである1951幎に原曞が刊行され、1964幎にアメリカ文孊者の野厎孝により『ラむ麊畑で぀かたえお』のタむトルで翻蚳されお、以来日本でもながらく読み継がれおきた䜜品である。
    たた、2003幎には、ノヌベル文孊賞候補の垞連で、出す本がすべおベストセラヌになる人気䜜家・村䞊春暹の手になる新蚳『キャッチャヌ・むン・ザ・ラむ』が刊行され、話題にもなれば、これもよく売れた。
    しかし、日本での本䜜の「曞名」は、やはり『ラむ麊畑で぀かたえお』が浞透しおいるこずもあっおか、同じ版元の「癜氎瀟」でも、野厎孝蚳の同曞は、今も刊行され続けおおり、私が今回読んだのも野厎蚳の方であった。
    なぜ野厎蚳の方を遞んだのかず蚀えば、無論『ラむ麊畑で぀かたえお』ずいうタむトルに銎染みがあったずいうのず、村䞊春暹の方は、村䞊自身の初期代衚䜜を䜕冊か読んでいるけれども、それがあたり私の奜みではなかったためだ。それで、あの「村䞊調」で読みたいずは思わなかったのである。

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    ちなみに、サリンゞャヌに぀いおは、たしか高校生の頃に『フラニヌずゟヌむヌ』を読んだはずだが、面癜かったずいう蚘憶はない。そのためであろう、代衚䜜である『ラむ麊』くらいは読んでおきたいず思い぀぀も、今日たで読む機䌚を逞しおきた。
    だから、「ベトナム戊争」がらみだず知るこずがなければ、たぶん死ぬたで読めなかったのではないかず思う。

    ちなみに、私はここたで「ベトナム戊争がらみ」ず曞いおきたが、サリンゞャヌ自身が「ベトナム戊争」に埓軍したずいう意味ではない。
    「ベトナム戊争」は「1955幎〜1975幎」で、本曞が刊行されたのはそれ以前の1951幎であり『朝鮮戊争のさなか』wikiであった。そしお、刊行圓初は、その評䟡ずしお毀誉耒貶にさらされながらも、サリンゞャヌは、

    『※ 『ラむ麊』の刊行以降に発衚した29篇の短篇小説の䞭から9篇を遞んで䞀本にたずめた『ナむン・ストヌリヌズ』1953を䞊梓し、匕き続き週刊誌『ニュヌペヌカヌ』に短篇小説「フラニヌ」1955、「倧工よ、屋根の梁を高く䞊げよ」1955、「ゟヌむヌ」1957、「シヌモア──序章──」1959を発衚したばかりか、1961幎には前蚘の「フラニヌ」ず「ゟヌむヌ」ずを合わせお䞀本を぀くり、63幎にはその䜙の二篇をいっしょにした圢の単行本を刊行』

    Wikipedia「J・D・サリンゞャヌ」

    するなどしお䜜家的地歩を固めおゆき、やがお『ラむ麊』は、「ベトナム戊争からの垰還兵」たちから支持されるなどしお、抌しも抌されもせぬ別栌の名䜜ずなっおいったのである。
    たたその意味で本䜜は、「アメリカン・ニュヌシネマ」にあらわれた「気分」を、先導する䜜品になっおもいたのだ。

    なお、前述のずおり、サリンゞャヌの軍歎は、「ベトナム戊争」のものでも「朝鮮戊争」のものでもなく、その前の「第二次䞖界倧戊」でのそれであり、次のようなものであった。

    『軍歎
    1942幎、倪平掋戊争が勃発。サリンゞャヌは城兵によりアメリカ合衆囜陞軍ぞ入隊する。2幎間の駐屯地での蚓緎を経た埌、第4歩兵垫団第12歩兵連隊に配属された。1944幎3月むギリスに掟遣され、6月にノルマンディヌ䞊陞䜜戊に䞀兵士ずしお参加し、激戊地の䞀぀ナタ・ビヌチに䞊陞。12月にはバルゞの戊い、その埌にはヒュルトゲンの森の戊いに参戊した。これらの連戊により、サリンゞャヌが配属された第12歩兵連隊は、3080人のうち、 すでに2517人が戊死しおいた。
    戊時䞭、パリの解攟埌に新聞特掟員ずしおパリを蚪れたアヌネスト・ヘミングりェむず知り合う。珟圹䞭に曞いた『最埌の䌑暇の最埌の日The Last Day of the Furlough』を読んだヘミングりェむはその才胜を認めお賞賛したずいう。サリンゞャヌは1944幎9月4日に曞いた手玙においお、ヘミングりェむの䜜品が「硬い印象」だったのに察しお、ヘミングりェむ自身は寛容で芪しみやすい人であった、ず蚘しおいる。䞀方、戊埌には「ラむ麊畑で぀かたえお」内においおヘミングりェむの著䜜である「歊噚よさらば」を吊定的に描写した。
    1945幎4月、ダッハり匷制収容所の倖郚収容所ずしお知られるカりフェリンクIV匷制収容所を解攟する任務に参加し、ホロコヌストを目の圓たりにする。カりフェリンクにはドむツ敗北前に「凊理」された数癟䜓の焌死䜓が残されおいた。これらの経隓から粟神的に远い蟌たれおいき、ドむツ降䌏埌は戊闘神経症珟圚ではPTSDず呌ばれるず蚺断され、ニュルンベルクの陞軍総合病院に入院する。入院䞭にドむツ人女性医垫シルノィア・ノェルタヌず知り合い結婚。1945幎11月陀隊。
    サリンゞャヌは䜜䞭においお第二次䞖界倧戊の過酷さを倚数描写しおいるが、自身の経隓ずしお盎接的に蚀及するこずを䞀切せず、避けた。』

    Wikipedia「J・D・サリンゞャヌ」

    「第二次䞖界倧戊史」に特に詳しいずいうわけではない私でも、「ノルマンディヌ䞊陞䜜戊」や「バルゞの戊い」は、倧戊の垰趚に倧きな圱響を䞎えた激戊ずしお映画にもなっおいるので知っおいるし、『ダッハり匷制収容所の倖郚収容所ずしお知られるカりフェリンクIV匷制収容所を解攟』ずいうのも、「カりフェリンクIV匷制収容所」の名たでは知らなくおも、「ダッハり匷制収容所」の方はあたりにも有名だから知っおいる。「第二次䞖界倧戊におけるペヌロッパ戊線」に関する本や「ナチスドむツ」に関連する本を少しでも読んでおれば、「アりシュノィッツビルケナり匷制収容所」ほど有名ではないずしおも、代衚的な収容所のひず぀ずしお「ダッハり匷制収容所」ずいう固有名詞は、おのずず目に入っおくるからだ。

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    ダッハり匷制収容所

    そんなわけで、こうした激戊地を転戊し、倚くの死ず無惚な生を目にしおきたサリンゞャヌが、垰還埌に『戊闘神経症珟圚ではPTSDず呌ばれる』ず蚺断されたずいうのは、至極わかりやすい話だし、そうならないほうが、むしろおかしい。
    その意味で、サリンゞャヌもたた、䞀人のトラノィス・ビックル映画『タクシヌドラむバヌ』の䞻人公であり、ゞョン・ランボヌ映画『ランボヌ』の䞻人公だったのだ。
    戊争の蚘憶に苛たれ、それず闘った人だったわけだが、ただ幞いなこずにサリンゞャヌの堎合は、「暎力」ではなく、「曞く」こずでそれを乗り越えようずした人だったのである。

    したがっお、圌の小説の堎合、盎接的に「戊争のこず」を曞いおはいなくおも、戊争䜓隓者に支持された。
    たたその䞀方、ゞョン・レノンを射殺したマヌク・チャップマンが犯行埌に『ラむ麊』を読んでいたずか、1981幎にレヌガン米倧統領殺害未遂事件を起こしたゞョン・ヒンクリヌも同曞を愛読しおいたずいったこずが、煜情的に取り沙汰されもするのである。
    芁は「戊埌の垂民瀟䌚に適応できず、むしろそれに䞍満を抱えおいる、ちょっず頭のおかしいや぀は、『ラむ麊』に惹かれる」ず。

    しかし、前述のずおり、マヌク・チャップマンやゞョン・ヒンクリヌたちの逞話は、倚分に「煜情的」なものであり、興味本䜍で「針小棒倧」に隒ぎ立おられた、スキャンダラスなものであったずいうこずも、決しお芋萜ずしおはならない。
    なにしろ、『ラむ麊』はベストセラヌのロングセラヌなのだから、倚くの読者の䞭に、そうした犯眪性の粟神障害者が含たれおいおも、䜕の䞍思議でもないからだ。

    しかしたた、本曞『ラむ麊』が、「反䜓制的な感情」を抱える人に共感されやすいずいうのは、その内容からしお「わかりやすい事実」でもあり、それが良い方向に働けば「ベトナム反戊運動」などになるし、悪く転べば「暎力的な犯眪」になるこずもある、ずいうこずなのではないだろうか。

     ○ ○ ○

    本䜜の「序盀」は、次のようなものである。

    『物語は語り手であり䞻人公のホヌルデン・コヌルフィヌルドが西郚の街の病院で療逊䞭、去幎のクリスマスの出来事を語るずいう圢匏で叙述される。ホヌルデンはプレップスクヌルであるペンシヌ校から成瞟䞍良で退孊凊分を受ける。ホヌルデンはフットボヌルの詊合を芳戊せずに、歎史教垫のスペンサヌ先生に別れの挚拶に行くが、酷い内容の答案を読み䞊げられうんざりする。その埌、寮に戻り、隣の郚屋に䜏むにきびだらけの男アックリヌや、ルヌムメむトのストラドレむタヌず䌚話し、ストラドレむタヌから䜜文の宿題の代筆を頌たれる。ストラドレむタヌはゞェヌン・ギャラハヌずいう、ホヌルデンが䞀昚幎の倏に芪しくしおいた女の子ずデヌトするために出お行く。ホヌルデンは食事をずった埌、癜血病で死んだ匟のアリヌの野球ミットに぀いお䜜文に曞く。デヌトから垰っおきたストラドレむタヌは䜜文に文句を付け、ゞェヌン・ギャラハヌのこずで興奮しおいたホヌルデンず喧嘩になり、ホヌルデンは殎られお錻血を出す。気がめいったホヌルデンは孊校を远い出される前に自分からここを出お行くこずを決める。』

    Wikipedia「ラむ麊畑で぀かたえお」

    本䜜は、16歳の少幎ホヌルデンの「䞀人称」で語られる䜜品だ。
    本䜜を芁玄的に玹介する堎合にしばしば蚀われるのは、

    『ホヌルデンは瀟䌚や倧人の欺瞞や建前を「むンチキphony」を拒吊し、その察極ずしお、フィヌビヌやアリヌ、子䟛たちずいった玔粋で無垢な存圚を肯定、その結果、瀟䌚や他者ず折り合いが぀けられず、孀独を深めおいく』

    Wikipedia「ラむ麊畑で぀かたえお」

    ずいったこずだが、無論これは、しごく倧雑把な芁玄にすぎない。

    ずいうのも、䞊に匕甚した「物語序盀」でも瀺されおいるずおり、ホヌルデンが憎悪するのは、「瀟䌚」や「倧人」だけではなく、同䞖代の「むンチキphony」だっお蚱さないからだ。
    ぀たり、ホヌルデンの「むンチキ」憎悪は、「反瀟䌚的」ず蚀うよりも、「むンチキ」を培底的の憎悪した結果、「倧人が回しおいる瀟䌚党䜓」を憎悪する結果ずなった、ず考えるべきだろう。蚀い換えれば、『玔粋で無垢な存圚』以倖は、ぜんぶ憎んだずいうこずである。

    したがっお、『ラむ麊』をしお「反瀟䌚的な䜜品」だずか「反瀟䌚的行動が肯定されおいる」などず考えるのは間違いであり、そうした「誀解」を理由に、本曞を「悪曞」扱いにしたり、「反瀟䌚性を肯定した䜜品」だず考えるのは、あきらかな「誀読」であろう。
    サリンゞャヌが求め、本曞で描いおいるのは、単なる「憎悪」ではなく「愛ゆえの怒り」であっお、「憎悪を肯定するための、口実ずしおの愛」などではないからだ。根底に「愛」のない「怒り」や「憎悪」を、サリンゞャヌは決しお肯定しおはいないのである。

    そしお、その蚌拠ずしおは、䞻人公であるホヌルデンが「無力」だずいう点が挙げられよう。

    圌は「頭の䞭」を「反抗的」な考えでいっぱいにし、それをせいぜい「挑発的な物蚀い」や「態床」に瀺すこずはあっおも、所詮それは、「犯眪」的なものでもなければ、「実践」的なものでもない。
    ホヌルデンがただ「子䟛」だずいうこずはあるにしろ、じ぀のずころ圌自身が『玔粋で無垢』な人間であるからこそ、「暎力」を実践するこずはできないし、ぜいぜいが「憎たれ口」だの「反抗的な態床」に止たるのである。

    蚀い換えれば、そうした「玔粋無垢さ」を捚おおしたったがゆえの、「暎力肯定」や「実践的な暎力」ずいうのは、もはやホヌルデンのそれずは、本質的に別物であり、むしろ真逆なものず考えるべきなのだ。
    他人を傷぀ける「痛み」を倱うずいうこずは、「玔粋無垢さ」を倱うずいうこずであり、それはホヌルデンが求めたものではないからである。

    そのため、本䜜に描かれおいるのは、「アメリカン・ニュヌシネマ」が描いたような、過激な「無軌道さ」ではない。
    そうしたものでありたいず願いながら、そうはなれない「優しさ」のゆえに、自傷的な行為に止たらざるを埗ない、芋た目䞊の「ヘタレ」が、ホヌルデンなのだ。
    過激なこずを考え、それを口にしおいるわりには、実際には「反瀟䌚的」ず呌ぶに倀するほどの「実行動」が採れないのは、圌にはそれを「くい止める良心」ずしおの「優しさ」や「愛」があるからに他ならず、それこそが圌の「玔粋無垢さ」なのである。

    したがっお、今の読者が読めば、本䜜は、いささか「かったるい」䜜品ではあるだろう。なぜなら、䞻人公ホヌルデンの行動には、「アメリカン・ニュヌシネマ」の䞻人公たちのような「反抗的な痛快さ」や「カッコ良さ」がなく、いかにも「冎えない」からだ。

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    映画『タクシヌドラむバヌ』の䞻人公トラノィス・ビックル

    だが、そこにこそ、サリンゞャヌの真骚頂があり、『ラむ麊』の真の魅力があるず蚀っお良い。

    本䜜が描くのは「叛逆のヒヌロヌ」ではなく、「玔粋無垢なもの」のために、みずからはボロボロになるこずも厭わない「優しさ」だからだ。

    「回想譚」たる本䜜の、有名な回想郚分のラストシヌンは、ホヌルデンが、兄思いの可愛い効であるフィヌビヌを連れ出し、思い出のメリヌゎヌランドに乗せ、自身はそれをベンチから眺める、ずいうものである。

    『「君、朚銬に乗りたくないか」ず、僕は蚀った。乗りたいこずはわかっおたんだ。ただ圌女がほんの子䟛だった時分、アリヌ※ 倭折した匟ずD・B※ 䜜家で映画脚本家の兄ず僕ずで、圌女をい぀も公園に連れお来たものだったけど、圌女は回転朚銬に倢䞭だったんだ。朚銬からおろすのが䞀隒動だったんだ。
    「あたしじゃ倧きすぎるわ」ず、圌女は蚀った。僕は、※ 䞀緒に旅に連れお行けず蚀ったのを断ったために、すっかり臍を曲げ、僕がプレれントし、喜んで受け取った赀いハンチング垜たで投げ返しおきた効が、たさか返事なんかしないだろうず思っおたんだけど、圌女はしたんだよ。
    「いや、そんなこずはないさ。お乗りよ。埅っおおあげるから。お乗り」僕はそう蚀った。そのずきはもう、回転朚銬のずこに行き぀いおたんだ。数人の子䟛が乗っおたけど、たいおいはうんず小さな子䟛たちで、数人の芪たちが、倖のベンチやなんかに腰かけお埅っおいた。僕は、どうしたかずいうず、切笊を売る窓口ぞ歩いお行っお、フィヌビヌの切笊を䞀枚買ったんだ。そしおそれを圌女に枡しおやったんだ。圌女は僕のすぐそばに立っおたんで。「はい」ず、僕は蚀った。「ちょっず埅っお䞀䞀君のおこづかいの残りも枡さなくっちゃ」僕はそう蚀っお、圌女が貞しおくれた金の残りを返そうずしたんだ。
    「それ、ずっずいお。あたしの代りにしたっずいお」圌女はそう蚀った。そしおその埌にすぐ続けお「お願い」ず、蚀ったんだな。
     これは気が滅入るもんだよね、ひずから「お願い」っお蚀われるずさ。぀たり、盞手がフィヌビヌだろうず誰だろうずだ。その蚀葉で僕はすごく気が滅入ったね。でも、金はたたポケットに戻したよ。
    「兄さんも乗らない」圌女はそう蚀った。そしお、なんだかぞんな顔をしお僕を芋おるんだ。もうあたり僕のこずをおこっおる顔ではなかったな。
    「僕は今床にするよ。君を芋おおあげる」ず、僕は蚀った。「切笊は持っおるね」
    「ええ」
    「じゃあ、行っおおいで䞀䞀僕はここのベンチにいるから。君を芋おおあげる」僕はベンチのずこぞ行っお、腰を䞋ろした。するずフィヌビヌは、回転朚銬のほうぞ歩いお行っお台の䞊にあがったんだ。それからぐるっずたわりを歩いお来た。぀たり、ひず通りたわりを回っおみたわけだ。それから、倧きな、耐色の、くたびれたみたいな、叀い朚銬にたたがったんだよ。やがお朚銬は回り始めた。僕は回っお行く圌女の姿を芋守っおいた。フィヌビヌのほかに、乗っおる子は五、六人しかいなかった。そしお挔奏しおる曲は『煙が目にしみる』だったけど、ずおもゞャズっぜい、おかしな挔奏のしかただったな。子䟛たちはみんな䟋の金色の茪を掎もうずしおるんだ※ 原蚻金色の茪を掎たえるず無料でもう䞀床乗れる。フィヌビヌもやっぱし同じこずをやっおたんで、僕は朚銬から萜ちやしないかず心配でなくもなかったけど、䜕も蚀わず、䜕もしないで、黙っおやらせおおいた。子䟛っおものは、かりに金色の茪なら茪を掎もうずしたずきには、それをやらせおおくより仕方なくお、なんにも蚀っちゃいけないんだ。萜ちるずきには萜ちるんだけど、なんか蚀っちゃいけないんだよ。
     回転がずたるず、圌女は朚銬をおりお、僕のずこぞやっお来た。「今床は、いっぺん、兄さんも乗っお」ず、圌女は蚀った。
    「いや、僕はただ、君を芋おおあげるよ。僕は芋おるだけでいいんだ」僕はそう蚀っお、圌女の金の䞭からたたいくらか出しお枡しおやった。「はい。もう少し切笊を買っずいで」
     圌女はその金を受け取るず「あたし、もう兄さんのこずおこっおないのよ」ず、蚀った。
    「わかっおる。さあ、急いでしたた動きだすよ」
     そのずき圌女はいきなり僕に接吻したんだよ。それから片手をさし出しおたが、「雚だわ。雚が降りだしたわ」ず、蚀ったんだ。
    「わかっおるよ」
     それから圌女がどうしたかずいうず僕はほんずに参っちゃったんだけど僕のオヌバヌのポケットに手を突っ蟌んで、※ さっき効に投げ返された䟋の赀いハンチングを取り出しお、そい぀を僕にかぶせたんだ。
    「君はいらないの」ず、僕は蚀った。
    「しばらくかぶっおおいいわ」
    「よし、わかった。でも、もう急がなくっちゃ。乗りそこなうよ。君の朚銬に乗れなかったりしたら困るぜ」
     それでも圌女はただ行かないんだな。
    「さっき蚀ったの、あれ本気もうほんずにどこぞも行かないの あずでほんずにおうちぞ垰るの」圌女はそう蚀った。
    「そうだよ」ず、僕は答えた。事実、ほんずにその぀もりだったんだ。僕はフィヌビヌに嘘は぀かなかった。埌になっお実際にうちぞ垰ったんだから。「さあ、急がなくっちゃ」ず、僕は蚀った。「もう動きかけおるよ」
     圌女は走っお行っお切笊を買うず、回転朚銬のずこぞ戻っお行ったが、ちょうどそれが間に合った。それから圌女は、ぐるっずたわっおたた自分の銬のずころぞ行き、それに乗るず、僕に向かっお手を振った。僕もそれにこたえお手を振ったのさ。
     雚が急に銬鹿みたいに降りだした。党く、バケツをひっくり返したように、ずいう降り方だったねえ。子䟛の芪たちは、母芪から誰からみんな、ずぶぬれになんかなっおはたいぞんずいうんで、回転朚銬の屋根の䞋に駆けこんだけど、僕はそれからも長いこずベンチの䞊にがんばっおいた。すっかりずぶ濡れになったな。特に銖すじずズボンがひどかった。ハンチングのおかげで、たしかに、ある意味では、ずおも助かったけど、でもずにかく、ずぶ濡れになっちたった。しかし、僕は平気だった。
     フィヌビヌがぐるぐる回り぀づけおるのを芋ながら、突然、ずおも幞犏な気持になったんだ。本圓を蚀うず、倧声で叫びたいくらいだったな。それほど幞犏な気持だったんだ。なぜだか、それはわかんない。ただ、フィヌビヌが、ブルヌのオヌバヌやなんかを着お、ぐるぐる、ぐるぐる、回り぀づけおる姿が、無性にきれいに芋えただけだ。党く、あれは君にも芋せたかったよ。』
    P327〜330

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    ぀たり、ホヌルデンは「ラむ麊畑から転がり萜ちおくる子䟛たちを受け止める圹」が果たせるのであれば、自分自身は、雚に打たれお『ずぶぬれ』になっおも平気だし、それで幞犏なのである。雚を降らせる䞖界そのものを、ぶっ朰そうなんお気はないのだ。

    この埌、病院で思い出話を語るホヌルデンずいう「倖枠物語」に戻るのだか、そこで圌は、次のように締めくくる。

    『 僕が話そうず思うのはこれだけなんだ。うちぞ垰っお僕がどうしたかずか、どうしお病気やなんかになったかずか、この病院を出たら秋からどこの孊校ぞ行くこずになっおるかずか、そういうこずも蚀っおもいいんだけど、どうも気が進たないんでな。ほんずなんだ。いたんずこ、そういうこずにはあたり興味がないんだよ。
     倚くの人たちが、こずに、この病院にいる粟神分析の先生なんかがそうだけど、今床の九月から孊校に戻るこずになったら、䞀生懞呜勉匷するかっお、始終僕にきくんだな。そんなの、実に愚間だず思うんだ。だっお、実際にやるたでは、どんなようなこずになるか、わかる方法があるかね 答えは吊だよ。思うだけなら、勉匷しようず思うよ。でもわかりゃしないよね。だから、そんなのは絶察に愚問だよ。
     D・Bは、他の連䞭にくらべればただたしだけど、それでもやっぱしいろんなこずを蚊いおばかしいるんだ。先週の土曜日には、今圌が曞いおる新しい映画に出るはずのむギリスの女のひずを連れお、車ではるばるやっお来たよ。そのひずは、ちょっずきどっおたけど、でもずおもきれいなひずだった。それはずにかく、そのひずが、ずっず向こうのもう䞀぀の翌にある手掗いぞ行ったずきに、D・Bは、僕がいたたでながながず君に話しおきた事を党郚ひっくるめお、どう思っおるかっおきいたんだな。実を蚀うず、どう思っおるのか、自分でもわかんないんだよ。倧勢の人に話したのを、埌悔しおるんだ。僕にわかっおるこずずいえば、話に出おきた連䞭がいたここにいないのが寂しいずいうこずだけさ。たずえば、ストラドレヌタヌやアクリヌでさえ、そうなんだ。あのモヌリスの奎でさえ、な぀かしいような気がする。おかしなもんさ。誰にもなんにも話さないほうがいいぜ。話せば、話に出おきた連䞭が珟に身蟺にいないのが、物足りなくなっお来るんだから。』
    P331〜332

    そう。『ストラドレヌタヌやアクリヌでさえ、そうなんだ。あのモヌリスの奎でさえ、な぀かしいような気がする。おかしなもんさ。誰にもなんにも話さないほうがいいぜ。話せば、話に出おきた連䞭が珟に身蟺にいないのが、物足りなくなっお来る』ず、そう蚀うのだから、ホヌルデンは決しお、圌らに「氞遠に消えお欲しかった」わけではないのである。

    圌らには、むラむラさせられたし、いなくなっおしたえず思ったこずもあるけれど、しかし、やっぱり、本圓にいなくなったら『物足りなくなっお来る』存圚なのである。
    ぀たり、ホヌルデンは「むンチキphony」なものに「怒り」を芚えながらも、それらの問題を抱えた人たちが、すっかりいなくなっおしたったような䞖界を望んでいるわけではないのだ。

    そんな、蚀うなれば、床し難い「半端さ」こそが、ホヌルデンが持ち続ける「玔粋無垢さ」なのだ。
    圌の䞭の「子䟛」は、ナチスのように「殺しお消し去っおしたえば、さっぱりする」なんおこずは、金茪際、本気で考えたりはしない、「やさしく匱い」存圚なのである。



    2024幎4月26日

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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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