
エントロピー
DATA D「沈黙の箱」
1
「海を漂っている。鳥が泳ぎ、魚は話す。夢だろうか。
遠く離れた孤島に、一軒の家が建っている。中から人間が出てくる。
私はそれを目掛けて一直線に走る、走る、走る。
届かなくてもいいと思う。届いてほしいと思う。
相反する心持ちが混ざり合って苦しめる。
人間は家に引っ込んで家が明るくなり
辺りが暗かったことを知る。自分が輝いていたことを知る。
気付けば海が光っている。 」
弘人は長田が遥か昔に作った詩を読んだ。彼は長田との学生生活は一番輝いていた瞬間だったと自負している。何をするのも楽しかった。何をするのも無敵に感じた。
彼は、暗い太陽館へ行き、コーヒーを取りに行った。そして、食堂に行った。
・・・〈アテネの学堂〉の絵画が開き、中に人が一人だけ入れるぐらいの小さな隙間が現れた。彼はそれを確認し、静かにガッツポーズをした。
(やっぱり、合っていた・・・!)
彼は達成感で浮いているようだった。計算があっていた。否、気付けた。彼女に追いついた。蘇原所長に。彼にはそれだけで十分だった。鳥肌が立って、彼は辺りを見渡した。
この事件は一人で行われていたと勝手に推測していた。それが間違いだった。二人の犯罪者に、彼が気付くのは遅すぎた。隠れられる場所が、東出口にあるとする。ドアがないため、他の人が入れるところが閉った。それは、絵画以外ありえない。それ以外に可能性がない。人が一人多かったのだ。認識していない〈最後の一人〉がいるのだ。それ以外に考えられない。
ファイルには、デルタが蘇原所長によって作られていることが分かっていた。つまり、こんな仕掛けを作れるのは、蘇原所長自身のみだ。彼女しか管理者の権限を有していない。つまり、彼女はこの日を予言していた。
否、人間の突発的な衝動ではない。これは、年密に計算された、結晶のような事件だ。
・・・この事件は、蘇原所長自身が起こした事件なのだ。ここに、蘇原所長がいるのだ。深谷は、その可能性に彼より先に気付いていたのだろう。何ということか。
ただ、彼女がどこにいるのかは分かっていない。どこへ逃げたのだ。
しかし、確実に、協力者がいるはずだ。何故なら、その中にずっといたと分かっている今、弘人と向田のデータを消した人物が必要だからだ。
どちらもわからない。霧中の中だ。
(蘇原くみ・・・)
頭が回転を始めた。こうなると、誰も彼を止められない。
(二人いる・・・)
どこに?これ以上に隠れる場所はない。共犯者は彼が見たことのある人物だろう。
(誰だ?誰が…?)
申し分ない回転力を持ってしても分からない。
遥か遠くにあったはずの結果が、着実に近づいている感覚があった。水平線の向こう側から、ゆっくりと登ってきている。華やかだ。ロマンスとミステリアスが混ざっている。不自由ながら、自由に歩いている。彼は考えていた。迅速に、的確に。
急遽、思想が宇宙のように無限大に広がり、すべてを理解し、彼は驚愕した。そんなことはあってはならない。
彼は急いで助教授室に戻り、警察にメールを送ろうと、走り出した。その時だった。
イナズマのように、それは突如表れた。
曲がり角から、人影が見えた。彼は大声で叫んだ。
「古城君!やめろ!」
その人影は、一度竦んだ後、煌めく刃をこちらに向け、走ってきた。
人影はしゃがみ、足を目指して飛び込んだ。
ぐしゃっ。ぐ、ぐしゃ。
太腿に刃が刺さって、彼は絶叫した。
人影は包丁を引き抜き、そばに立ち、包丁を振り上げた。
声が出なかった。目の前が真っ白になった。
その時。
「林田さん!大丈夫ですか⁉」古城がこちらに走ってきた。「ひどい・・・!」
それを見て、人影は向こうへ走っていった。脳内がパンクしそうだ。
「太股・・・。大腿動脈・・・。」そう言い、古城はハンカチを取り出して、傷にかぶせ、体重をかけた。「救急車を呼んでいますから、安心してください!」そう言って、彼のネクタイを取り、心臓に近い所に巻き、棒を取り出して強く縛った。そして時計を見ている。そそくさと、古城は着ていたスーツを、彼に着させて、彼女は大声でデルタに命令していた。
意識が遠くなる。もう、夢か現実かわからない。
ただ、彼はあることに気が付いた。
悍ましい。それでいて華麗な、事件の事実に。
彼は、白いベッドの上で目を覚ました。窓からは和やかな風景が、確実に目に届いた。眩しい。
「・・・古城君、ありがとう」彼は必死に声を振り絞り言った。隣には若干涙ぐんだ古城が座っていた。彼は、彼女が自分自身を助けてくれたことを認識していた。
「林田さん・・・、あの、その・・・、よかった・・・、本当に」そういい、彼女はこちらに飛びついてきた。そして涙で彼の肩を濡らした。
弘人はそれを引きはがそうとしたが、痛覚が体に迸り、それを諦めた。 「・・・古城君、ちょっと・・・。今少し痛いから、離れておくれよ」
古城は我に返ったように体を引き戻し、「ごめんなさいっ」と身をすくめた。その時、その顔が魅力的に見えてしまい、さっと目を離した。
「・・・お腹がすいた」彼はそう言った。
「・・・先生、気が動転していませんか?」彼女はそう言った。
彼はふっと笑って言った。「・・・そうみたいだね。ちょっと狂っているみたいだ」
彼女は窓の外を見て、沈黙した。それを弘人はのんびりと見た。しかし、確実に、ある事実が彼を囲って言ったのを、彼は認識している。
「・・・これは、・・・殺人未遂だ」彼はゆっくりと言った、「・・・太腿か。僕を狙っている。」
彼女は淡々と言った。「太腿動脈があります。大体動脈は太く、高い圧力がかかっています。そこを刺されたら、短時間で、向こうです。悍ましい。多分、生半可なものじゃないです。確実に、持っていこうとしていますよ。林田さん、本当に、大丈夫で・・・、よかった・・・」そういい、彼女は再度泣き始めた。
彼は言った。「なんで人を殺してはいけないのだと思う?」
彼女は泣きじゃくりながら言った。「・・・林田さん、それ・・・冗談になっていませんよ」そういい、顔を濡らしながら、短く笑った。「人権侵害です。人は誰しも、生きる権利があります。それは、人権侵害です。間違っていることです。」
彼は神妙な面持ちで言った。「本当に思っているの?本当に?」
彼女は言った。「本当です。列記とした犯罪なのは変わりません。」
彼は言った。「なら、ルイ16世の処刑も、死刑も、全て罰せられるべきだ。なのに、君は、何と習ったかい?きっと、歴史の転換点として、非常に良い印象じゃないかい?大化の改新だってそうだ。人を殺して、歴史は動いてきた。いままでも、これからもそうだ。」
彼女は言った。「歴史が動いたことと、その行為が倫理的に正しかったのかは違います。ずれています。」
彼は言った。「そうだね。その意見が一番多いのは認めるよ。でもね、僕は思うんだ。「なぜ人を殺してはいけないんだろうか」と考えている行為自体が、その解だ。事実なんて些細な事。それを考えている行為が、本質を的確についているんだろうね」
彼女は首をかしげて言った。「私にはわからない。でも、わかりたいです、林田さん」そう言って、彼の目をまっすぐに見た。「・・・もしかしたら、私・・・林田さんが・・・」
彼は言った。「・・・思慮深いものは懺悔に通ず」
彼女は神妙な顔で言った。「・・・誰の言葉です?そんな格言、聞いたことないですよ」
彼は淡々と、しかし確実な面持ちで言った。「・・・能ある鷹は爪を隠すってことだよ」
2
警察が入ってきた。勿論、村本もいる。「・・・この度は・・・大丈夫でしたか?」二人の厳格な顔をした刑事と、対照的な村本がそう問うた。
「ええ、まあ・・・」そういい、デジタル時計を見ると、あの事件から5日が経っていた。「・・・あの、明後日の約束は・・・」
村本は首を振って言う。「それはそれ、これはこれです。ひとまず無事でよかった、本当に」そういい、時計を見せた。「・・・あとでお時間があるなら、お話しいただけますか?」
弘人は笑って言った。「ばれていましたか・・・、わかりましたよ」彼はそう言い、村本の目をまっすぐに見て言った。「事件の真相を、お伝えしましょう」
刑事は声を上げた。「嘘だ!私どもですらまだ分かっていないのに・・・、そんなわけがない!」
村本はそれを制して続けた。「私たちは、退院するまでは待っていますから、ご退院されたら、連絡をください。」
彼は頭を縦に振った。「了解です。では、また」
刑事たちはそそくさと病室の外へ出ていった。入れ替わりで古城が戻ってきた。
彼は目を瞑った。彼は思考を開始した。
(アテネの学堂の中・・・)
あれは必然的だった。考えてみれば、最初から分かっていたではないか。
(犯人は・・・)
当然の帰結だ。答えは初めから出ていた。
(でも何故・・・?)
動機が計り知れなかった。わからない。
「・・・そのまま言おう」彼はしんみりと言った。
古城は察したように言った。「・・・そうですね」
非常にのんびりとした時間が、早々と過ぎていった。その時間の流れを見て、彼は時間とはなんだろうという極めて普遍的な問を考え続けていた。
新しい小説の名前を見て、長田は大満足であった。正直、これ以上の題名を思いつかない。今回の小説は短編集として出すが、非常に大量に詩を使うため、考えるのに丸2日かかった。
「いうえお」は、長田自身で必死に考えた題名であった。不完全さ、現在進行形さ、そして、「あ」がないことから、「あなし」=どうしようもない、常軌を逸しているという意味もある。これは、彼の友達である弘人が言った言葉がもとになっている。
「・・・君はあなしだ」と弘人は言った。当時、彼には意味が分からなかった。後から調べて、ある程度馬鹿にされていることを知った。
全て、ある特定のものを失うようにした。彼のトリックである。今すぐに弘人に連絡しようとパソコンに向かうと、あるニュースが目に入った。日本語のサイトである。
『伊小多研究所、殺人未遂!』そう大々的に掲げられた見出しの下に、「林田弘人氏が何者かに太腿を刺される。一命を取り留めたが、犯人はわからず。」
彼は急いで電話を掛けた。
弘人の元に、一本の電話がかかってきた。名前は「長田 英」と書いてある。古城君に少し待ってくれとジェスチャーをし、電話に出た。
「もしもし?どうした、長田」
「どうした⁉どうしたもなにも、大丈夫なのか?ニュース見たぞ」
「ああ、そうか」弘人はがっかりした。おそらくマスコミも駆けつけてくるのだろう。
「そうかって?お前、本当に大丈夫か?」長田は緊迫した声で彼に問いかけた。
彼はそれを無視した。「・・・これは、小さな事件の集合体で、一つに嚙み合わさった瞬間に、悍ましい事実が出るのだろう」
長田は言った。「・・・そんなことを呑気に抜かせるのも、そろそろおしまいかもしれないのに・・・。実際、お前は殺されかけたんだろ⁉」
「関係ない。これは必然だった。」彼は冷たくあしらった。
「・・・お前、どうしたんだよ・・・。もう、分かった。大丈夫なんだな?切るぞ?」そういい、電話はぶちっと切れた。
彼は遠くを見た。鳥が鳴いている。直前まで雨が降っていたのか、少しひんやりとしている。彼はそれが心底心地よいと思う。手を伸ばした。「・・・古城君。生きていて、初めてよかったと思えた。」
古城ははっとした顔で弘人を見る。「・・・林田さん。・・・本当に、よかった・・・」そう言うと、また泣き出した。
彼はそれを見て、彼女は今日、何度「大丈夫」と「よかった」という言葉を言ったのだろうと思う。それしか考えられない自分がもどかしくて、彼は「いいんだよ。ありがとう」と返すしかなかった。
彼は必死に思考を始めた。
(しかし、誰が・・・?)
この問が一番重要である。・・・否、自分が当事者だからそう考えてしまうのみ。本当は、
(誰が全てを引っ張ったのか・・・)
そうだ。その問いが重要だ。
彼は必死に思考を担当する自分に問いかけた。外側の自分は静かに外を見ている。
(そもそも二人いるんだ・・・。人数不利だ)
その通りである。
(それでも解かねばならない。)
ああ、そうだ。彼は解かねばならない。不定、などで片づけられないのである。
冗談はきついぞ、と自分の心を笑ってみても、内側の自分は相変わらず思考をやめない。でも、それはいい事であることを、彼はきちんと自覚している。
(手順がわからない・・・)
手順が分かれば相対的に犯人だってわかる。自分が理解できていない。それほどまでに、この事件の犯人は格上なのかもしれない。
「林田さん?何か飲まれます?」古城がそう言った。
「・・・うん、水を頼めるかな?」彼はそう返す。内側の自分を隠すので精一杯である。
まただ。また、わからない、ワカラナイ、解からない・・・。
何度も何度も推敲、吟味、決断を脳内で繰り返している。まるで脳内の映像データのように、何度も何度も見返して、何度も何度もあの時弘人を刺した人物の顔を特定しようとする。
失敗に終わる。
終わる?
終わってなんかいない。本当の終わりは、考えることを放棄した時だ。負けた時ではなく、自ら逃げ出した時。それを理解しているからこそ、彼は逃げられない。
蘇原くみなら、どう考えるだろう。
深谷凪なら、どう考えるだろう。
他人の目線になる事。相手を理解する事。知ろうとする事。
愛とは、他人に自分の人生に干渉してほしいと思う事。人間は固体の水みたいだ。流れる、流される、流す・・・。どんな固体も、遠い目で見れば液体だ。
(蘇原くみ・・・)
(デルタ・・・)
(空いた『アテネの学堂』・・・)
(タイムアップ・・・)
(データ・・・)
(リソース・・・)
(フィルター・・・)
(認識・・・)
彼はそんな不意に思いついたそれらの言葉を繋ぎ合わせていた。
・・・突如、悍ましいほどの「真実」が出てきた。しかし、それは彼にとって信じがたいものであった。否、そんなことを言っている場合ではない。
その時、キィという音を立てて、古城がやってきた。「林田さん、水を・・・」
彼は大声で叫んだ。「なんてことだ!古城君、今すぐに研究所に戻るぞ!」
3
弘人と古城は急いで伊小多研究所に戻った。村本も呼んだ。村本は「大丈夫なんですか?別に無理しなくてもいいですよ?」と言っていたが、無視して急行した。
途中、財布が落ちていたため、拾うと、女性がか弱い声で言った。「すみません。あの、けが・・・」彼は笑顔で言った。「大丈夫です」そういい、また走り出した。
全員が食堂に集まっている。開いた『アテネの学堂』は、そのままになっている。弘人は、立って、部屋の中を歩き回りながら、静かに、淡々と話し始めた。「・・・ええ、皆さん。ついに、犯人がわかりました」
深谷が一番に声を出した。「誰です?そもそも、貴方は大丈夫なのですか、抜け出して」
弘人はゆっくりと息を吐きながら言った。「ええ、まあ、おそらく。別にダメと言うわけではありません。いいというわけでもないのですが」窓を見る。相変わらず曇っている。「・・・皆さんには、私の考えた手順とそれが実行できる犯人像を説明いたします。」
村本がメモ帳を取り出すのを確認して、弘人は続けた。「・・・私はあの日、死体を発見する前、東出口でカチッという音を聞きました。これは、恐らく犯人が先に殺しておいた向田さんの死体を取り出した、或いは自分が見つからないように隠れた、それかその両方です。このエリアには、夜、誰もいません。なぜなら、全員が廊下を渡って南出口から入ってきたところを、私自身が目視しているからです。ですが、これでは矛盾します。あの場には、この施設にいた全員が揃っています。誰も人を殺められない。つまり、私たちがまだ認識できていないもう一人が犯人というわけです。」そう言って、彼はペットボトルを取り出し、水を飲んだ。「そして、では隠れられる場所はどこかと言うわけですが、東出口にあるもので、唯一人目に隠れる場所。それは、絵画の裏側ではないでしょうか?絵画はこの壁に付いており、まさか裏側に隠された空間があるとは誰も思わない。ですが、これは突飛すぎて、信じられませんでした。しかし、今、目の前に、空いた『アテネの学堂』がありますよね?それは、私の仮説を事実へと変えたわけです。」
村本が手を挙げていった。「でも、空いたことでわかるのはそれだけですよね?一体誰が隠れていたのかなんて、わかりません。私どもが確認しましたが、内側から指紋は出ませんでした」
弘人は首を振った。「指紋なんてものは、手袋でもすれば隠せます。簡単です、対処は。それよりも大事なのは、この『アテネの学堂』を開けるようにプログラムできるのは、蘇原くみのみです。他の人は、いじることが出来ません。」そこまで言うと、彼は全員を見渡した。「・・・デルタは、人形でした。今回の件の、本当の犯人はプログラマ、本質的な犯人はデルタです。ここで、おそらく、蘇原くみ女史には、妹、または姉がいたかい?」
古城がさっと答えた。「一度、蘇原女史の妹様がいらしたことがあります」
弘人はうん、だろうねと言い、古城を見た。「僕は、何度も妹を見た」
全員がざわざわとしている。丹波が言った。「どういうことです?意味がわからない・・・」
弘人はゆっくりと言った。「・・・古城 花が、蘇原くみなんだよ」
全員が息を飲んで、古城を見た。彼女は俯いている。泣いているのかもしれない。
彼はそれを見て、静かに言った。「彼女、僕を呼ぶとき、二種類あったんだ。林田さん、か、先生、だ。普通、こういうのは統一するものじゃないかな?しかも、彼女が僕を呼ぶ名が変わる時、決まって誰も彼女の居場所を知らないんだ。ここから、僕は古城君が蘇原くみ女史ではないかと疑った。この一連の犯人は、古城 花でほぼ間違いない。ほら、キーボードを思い浮かべて見て。HANAのHは、日本語で〈く〉で、Nは日本語で〈み〉だ。恐らく、偽名を考えるとき、つい思い出してしまったんだね。それか、意図的かもしれない」
彼は周りを見た。全員、目を見開いている。深谷だけ、神妙な顔をしていた。
彼は続ける。「僕が刺された時、大声で古城君、やめろ、と言ったんだ。その時、あの人影は一瞬竦んだ。恐らく、僕を刺すことは、計画になかったんじゃないかな。表面を担当するくみに、人殺しをする妹という役割分担が出来ていたんだよ、きっと・・・。『アテネの学堂』が突如開いて、パニックになったのだろう。とにかく、丹波君は古城君が機械系に強いと言っていた。それは、あのくみだからだ。恐らく、彼女を超えるプログラマは存在しない。妹は・・・」
古城は言った。「・・・きのです。木野。蘇原木野」
彼は言った。「妹であろうともわかっていた」
古城は薄っすらと笑って言った。「全部わかっていたのですね、林田さん。素晴らしいわ」
彼は首元に手をやった。「恐縮です。蘇原くみ女史」そう言い、全員に言った。「・・・妹は、もうすでに逃げています。ここに来る途中に、女性にすれ違いました。あの時は気付かなかったけど、恐らく、彼女は木野さんです。古城君、いや、女史にとても似ていました」
古城は言った。「ええ、でしょうね。木野には、先に逃げるよう言っておきましたの」
弘人は問うた。「女史、一体、何が目的なのですか?復讐ですか?苛立ちですか?」
彼女は弘人を見ていった。「なぜ、人を殺すのに理由がいるのですか?」
弘人は語尾を強くして言った。「あの時、貴女は人権侵害だと言った。どういうことだ!」
くみは平然と言う。「演技、と呼ばれるものです。古城になりすましていました」
弘人は言った。「おかしい。古城という人物は、元からいなかった!」
くみは笑顔で言った。「そう捉えることもできます」
弘人は強く言った。「妹を何故逃がした!罪を重ねるのですか?」
くみは言った。「自由のためです。誰しも、自由を夢見る権利があります」
弘人は捲し立てた。「権利?貴女はその権利を踏みにじった!今更、何を言うんだ!今更・・・」
くみはそれを遮って言った。「権利を語るな、そう言いたいのですね。いいでしょう、少し、お話をしましょうか」そう言って、くみは言った。「・・・デルタ、照明を落として」
全てのURLはDATA αに記載。
DATA α「ギリシャ的前書き」
➟https://note.com/jolly_zebra1122/n/n872b23413251
DATA A「無限の観察者」➟https://note.com/jolly_zebra1122/n/n42710cec170b
DATA B「時計の長針」
➟https://note.com/jolly_zebra1122/n/n8240bd58d7af
DATA C「無機質の声」
➟https://note.com/jolly_zebra1122/n/n66f87f3d1b2c
DATA D「沈黙の箱」
➟当記事
DATA E「狂詩曲の花」
➟https://note.com/jolly_zebra1122/n/n264437dfce84
DATA F「再度の来訪者」
➟https://note.com/jolly_zebra1122/n/n94728964a97d
DATA ω「背後の解説」
➟https://note.com/jolly_zebra1122/n/n29874adbf2af