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エントロピー

    DATA  C「無機質の声」


                     1
     また、雨が降り始める。もう、一日の半分が過ぎ去った。
     サイバールームの重要性が見いだせない今、弘人は頭を抱えていた。これでは明後日までに謎が解けないのではないかと、心配になる。
     (やはり突発的な意識の妄想に従うのはよくない)
    古城は隣で寝ていた。昼寝、と言ったところか。仮眠室が事務室に近いことは、彼女にしたらいいことなのだろう。静かに時間が過ぎていった。
     弘人は彼女を起こした。「古城君?おーい、起きたまえ。食堂に移動しよう。」
     彼女はゆったりと起き上がった。弘人の目には、非常に魅力的に見えた。  「・・・林田、さん?・・・おはようございます。食堂?・・・わかりましたよお」
     彼女はふらふらと立ち上がり、ゆっくりと、着実に食堂に向かった。
     3分くらい経っただろうか。食堂につくと、誰もいなく、規則的に置かれた椅子と長机のみが残されていた。空気が凍えるように冷たかった。何かに睨まれているようだ。
     突然、デルタの声が響いた。「22の情報を削除します。・・・削除しました。11の情報を削除します。・・・削除しました。終了します。」
     全員が気付いたのであろう。バタバタと走る音が聞こえる。一人、また一人と増えていった。
     深谷が口を開いた。「・・・22とはなんでしょうか?それに、11も。削除?」
     弘人もいう。「おそらく、デルタに登録されている番号でしょう。最初から22番目に登録された人と、11番目に登録された人が、情報を消されているはずです。」
     丹波がおどおどしながら、ゆっくりと言った。「・・・学生は、〈ゲスト〉と呼ばれる状態になって、正式に登録されるわけではないんです。ほら、入口で、カードをタッチすると、一時的に使えるんです。・・・そして、ここを出る際にもう一度タッチします。すると、一次登録は消えるんです。・・・過去に一度、正式に登録をした生徒さんがいましたが、今はもう・・・、解除しました、僕が。」
     「ということは、生徒以外か・・・。教授や助教授、助手に事務員、警備員とかですか?」弘人は推論した。なるほど古城が言っていたことが理解できた気がした。
     「いえ、警備員も〈ゲスト〉です。」古城はさっきまでのゆったりとした空気感ではなくなり、仕事中の顔になった。思わず背筋が伸びる。
     「そうなんですね。で、22番目と11番目は?」弘人は周りを見ながら言う。
     古城が静かに口を開いた。「・・・いません。」
     丹波を除いた全員が驚いた顔をした。思わず弘人も声がでてしまった。
     「では誰の情報です?」弘人は大きい声で言う。
     その時。
     「・・・不審者を感知、不審者を感知。食堂、食堂。至急、現場へ急行してください。不審者を感知、不審者を感知。食堂、食堂。至急、現場へ急行してください。登録されていない人物がいます。」デルタの機械音が聞こえた。彼等は食堂にいたため、慌てふためいた。
     「誰だ!」「逃げるな!」そういい、さっきまでこの研究所敷地のゲートの前にいた二人の警備員が飛んでやってきた。「みなさん、見ましたか⁉」
     「いや、見ていない」弘人は答えた。全員が頭を横に振っている。誰も不審者の姿など見ていなかった。空気感がいっきに引き締まり、静寂と緊張が全体を体育館のように、反響してこもっていく。
     「・・・うーん、丹波さん、古城さん。ちょっと、デルタを見てもらえます?私どもは戻りますね」警備員はそそくさと帰っていった。
     10分間、そう、丹波と古城が帰ってくるまでの間、夏の声に耳を傾け、白くなったコンクリートを眺めて、のんびりとする時間なんてものを失くした悲しき人間たちは、何もしゃべらず、何も考えず、ただ、呆然と立っていた。そうするしかなかった。窓からは空が見えた。ただ、すりガラスだからか、ぼやけて、点の集合のように見える。
     (夏の風景の部分集合だ)
    彼はそんなことを思っていた。否、自然と感じ取っていた。
     「林田さん!登録が、解除されていますよ!」古城が息を荒げながら食堂に走ってきた。
     「なんだと?」弘人は窓から目を離して、彼女を見た。「・・・今すぐ見せておくれ。どうなっているのだ?もしや、22か11が自分なのか?」
     「そうとしか考えられませんね」深谷は言う。「犯人は、おそらくですが・・・、個人的に捜査している林田さんが事件の真相に近づくのを拒絶しているのかもしれませんね。こりゃ、かなり厄介だ。」
     急いで古城と共に、事務室へ走った。丹波がこちらを見て、「これ」と画面を指さした。
     ユーザーというファイルの中には、謎の番号が一人ひとりに振られていた。例えば、深谷は13、宮下は12といった調子だ。とにかく、弘人は自分の登録をした。番号は11だった。つまり、もう一つの22は、おそらく何者かに殺された向田のものなのだろう。
     しかし、この数字が表すものは、不明瞭なものであることには変わりはなかった。
     (たった一つの認識で、一つ問題が解決に向かう、か)
     彼は数字が表示されているパソコンの画面を見た。否、光の集合体を見た。赤、青、緑・・・。混ざれば黒くなりそうなのに、光になると途端に白く変わる。光らないと黒くなる。しかし、紙は白い。そして上から文字を書くと黒くなる。光と色は、根本が違う。色だけが分かっても光を理解したことにはならないし、光だけが分かっても色を理解したことにはならない。人間から見れば同じ「色」であるにも関わらず。
     考えてみれば、パソコンが情報を扱う際には、二進数で判断しているのだ。オフか、オンか。コンピューターのCPUは、論理ゲートと呼ばれる回路で0と1を加工し、情報を処理しているのだ。つまり、彼等は0と1のみで処理も、表示も行っているのだ。
     二進数は、0か1で表されるため、ズレが生じても補正しやすい。さらに、回路もシンプルになる。それに比べて、人間はさまざまな情報を、こんなちっぽけな頭脳で複雑に処理し、表現しなければならない。オンかオフで表現できない問題も沢山ある。点と点が線となり、線と線が面となり、面と面が立体になる。四次元は、さらに高度な問題になるのだろう。
     所詮、色だって、この頭脳を用いて人間的に解釈しているのに過ぎないのだ。緑と青がないから赤に見えるリンゴも、他の動物からは黒に見えたり、青に見えたり、そもそも見えなかったり・・・。
     そこまで考えて、弘人はある悍ましいことに気が付いた。
     (認識できない?見えない?)
     そんなものはない。
     否、認識できないからないように見えるだけだ。
     曲がり角の先にも世界が広がっていて、人が騒めき、太陽は光を届け、夜が訪れるが、私たちが曲がる寸前まで、その曲がり角に世界が広がっているとは考えない。見えるから認識できるし、認識できるから見えるのだ。相互関係である。
     もしかしたら、この研究所にも、認識されていない、或いは見えていない人物や現象や、謎や推論があるのではないか。そいつ等はこちらを認識しているのに、自分たちが認識できない様子を見て、けらけらと腹を抱えて笑っているのかもしれない。見えてないんだ、と。馬鹿だな、と。
     三次元の住民である我等は、四次元を認識できない。これは、脳が三次元の理解に特化しているからだ。進化の過程である。
     数学者は、X軸とY軸とZ軸とW軸という、四つの軸が互いに直角に交わるのが四次元の空間と仮定している。三次元の我等は四次元をイメージできない。ただ、数学というツールを使うことで、イメージできない空間さえも自在に操ることが出来る。
     (過程、仮定、課程・・・)
     仮定することから始めれば良い。数学という類なき素晴らしいツールを使って、イメージを超越した自由を獲得することが、この事件の根幹だ。
    それに気付くと、弘人は笑い始めた。
     古城がこちらを見て言う。「・・・林田さん?どうしたんです?さっきから・・・。突然パソコンの画面を睨んで、笑いだして。怖いですよ」
     弘人は笑いながら答えた。「・・・はは、すまない。ね、あの、この事件、素晴らしいね。数学的だ。まったく、私が解くと想定したかのようだ。・・・はは、楽しいね、やっぱり」
     古城は怪訝そうな顔でいる。「・・・大丈夫ですか?別にどこにも数学の要素はないですよ」
     彼はそういう古城を通り過ぎて、事務室を出た。なにか、清々しい気分だ。そうだ、今、固定概念を破ったのだ。そうだ、実感が湧いてきた。脳が急速に回転し始める。準備が出来た!
     「・・・古城君。今から、解いて見せる。・・・なんだ、簡単じゃないか。W軸を考える必要がない」
     古城は不思議そうな顔をしている。「W軸・・・ってなんのことです?」
     彼は答えた。「・・・向こう側さ」
                     2
     四次元的犯罪者を見つけるには、無理やりイメージ出来るようにすればよいのだ。よって、仮定すれば話が速いのだと、彼はあの数秒間で実感した。
    ただ、時間は刻一刻と過ぎていた。現在16時後半。一旦、夜ご飯を取ることに決めた。食堂に行って、キッチンに立った。今、学生や料理をする人はこの中に入れないため、自分で作る必要があるのだ。
     古城が食堂に入ってきて、怪訝そうな顔をした。「林田さん、ご飯作られるのですか?」
     彼は言う。「まあ、生姜焼きとか、グラタンとか・・・。まあ、簡単で美味しいものを作ろうと思っているのだけれど。」
     古城はさらに顔を顰めて言う。「・・・あの、私、作りますよ?ですから、待っていただいて十分です。林田さんは事件の調査をしてください」
     弘人は言い返した。「ちょっと待ってくれ、それじゃ、僕が料理出来ないみたいじゃないか、もう・・・。あのさ、この場には少ない人数しかいなくて、しかも全員自室で仕事をしちゃう変人だらけなのだよ?せめて、僕も手伝ってあげたい」
     「いいですから。変人なのは承知の上ですから。・・・それに、林田さん自身も変人でしょう?」古城はきつめの単語で返す。
     「ちょっと、失礼が過ぎるんじゃないか?・・・わかった。僕が引こう。任せたよ。」彼はゆっくりと南出口へと向かっていった。
     「あの、その言い方、私が悪いみたいじゃないですか⁉お互いさまでしょう?」古城は後ろから指を刺し、そう文句を言った。
     「ああ、わかった、わかった。すまなかった」彼はそう言い、その場を後にした。殴られたような衝撃があった。何故か、色々な心情が混ざって撹拌されたような気分に襲われた。
     何か、人の、根源的な、深い感情の起伏の波の一部になった感覚が、彼の頭に渦巻いたのを、彼は見逃さなかった。
     とにかく、捜査をすると言ってしまったからには、義務を遂行せざるを得なくなった。彼にしては、異常なほどに論理的でないことは、一番彼が承知していた。
     この施設には、まだ2日しかいないが、何故かすでに愛着が湧いている。所詮、そんなものだ。
     彼は、まず、あの数字に関しての謎を解くことに決めた。順番立てて計算すればよい。自分が11だった。例えば、英語だとすればどうだろうか。 HayashidaのH。否、これでは8番目だ。
     なら、データ内のファイルを見よう。そして、具体的な数値の決め方を見ればよいではないか・・・。そうと決まれば、今から見に行こう。
     彼は意気揚々に歩き出した。感情の起伏が激しいのは、彼自身が一番わかっている。助教授室のパソコンから中身を見ることにした。
     ログインをして、内部を見ようとしたが、どうやらこれは全員が内部を見られるわけではないらしい。考えてみれば当たり前なことだ。
     そのため、彼は丹波の所へ向かった。
     「丹波君。あの、デルタの内部を見せてくれないか?」
     丹波は恐縮そうに答えた。「・・・すみません。僕は、持ってなくて。あの、古城さんがそういうものに精通しているから、渡したんです」
     おそらく、管理者の権限だろう。弘人は困惑した。それでは、古城に頼むしかない。
     否、これは問題ですらない。変換機構をⅩと置けばいい。Ⅹは、意図的に、デルタに組み込まれているはずのではないか。その、裏を読めばよい。
     「連絡。・・・食堂に集まってくださーい。食事が出来てまーす。・・・終了」
     デルタの声だ。アナウンスが出来るのか?否、放送と言うべきか。連絡と終了以外は古城自身の声だ。意外にも、古城がこの事件に深く関わっている可能性がある。
     食堂に戻ると、彼を覗いた全員が席に座って食事をとっていた。「久しぶりの食事だ」「こりゃ上手いな」「古城さん、上手だね、料理」
     あの殺人現場とは思えないその雰囲気に圧倒されながら、彼は古城に話しかけに行った。「すごいね、好評じゃないか。・・・あの、さっきはすまなかった。僕が悪かった」
     古城はこれでもかという表情でこちらを見て、「わかってくれればいいんです。・・・ほら、先生も食べてください。」その笑顔は輝かしい笑顔だった、
     サラダ、豚肉のソテー、エノキの味噌汁。安定的な、どこか懐かしい料理だ。調理実習を思い出す。
     食べて、彼は驚いた。これはすごい。すごすぎる。専門店で出てくるコース料理のような、定食のような美味しさが輝いていた。
     「・・・これ、すごいよ。すごい!ずっとこれでもいいぐらいだ!」彼は言った。過大評価ではない。本当に、素晴らしかった。「小さいころからやっていたの?それとも、彼氏とかかい?」誰でも取っ付きやすいよう気を付けて、ふざけていった。
     古城は悩み、「小さいころから、好きでしてね。・・・彼氏?居たらこんなところに居ませんよ」彼女も笑っている。良かった、セーフだ。
     その後、殺人現場とは思えない豪華なディナーショーと化した。ただ、楽しかった。こんなに楽しい食事会は久々だった。ラムダのようだ。この状況を表す言葉を、彼は知り得なかった。
     「古城君、これ、後でレシピを教えてくれないかい」弘人は、彼の脳内レシピに新しい物を追加しようとしたのだった。
     古城は言った。「・・・じゃあ、今からいう問題が解けたらいいですよ」彼女は意味深な顔で、笑っている。
     彼は身構えたが、背に腹は代えられない為、受けて立つことにした。  「・・・いいよ。出して、問題」
     彼女は一瞬俯くと、こちらを見ていった。「じゃあ、1, 11, 21, 1211, 111221の、次の文字は?」
     彼は急速に解明を急いだ。1と2だけ・・・三進数か?否、規則が生まれていない。1は十進数でも1だが、11は十進数では4だ。さらに、21は十進数で7であるから、おそらく、三進数で考えていることが間違いなのだろう。では一体どんな関数で考えればよいのだろうか・・・。
     彼は考えることをやめない。ひたすら考えていたが、終いに訳が分からなくなって、ついに降参した。「古城君、これ全然わからないよ。・・・もう、答えを教えてくれたまえよ」
     古城は隣に座って、言い出した。「1は1が一個です。11は1が二個です。21は2が一個、1が一個です。1211は1が一個、2が一個、1が二個です。111221は1が三個、2が二個、1が一個です。ほら、結構簡単でしょう?次の数字は?」
     彼は言う。「・・・なるほど、数を数えて、ひっくり返しているってわけか。だから、1が三個は、31で、2が二個は22で、1が一個は11なわけだ。よって、312211だね?」
     古城は嬉しそうな顔で言った。「正解!見方を変えれば、すんなり答えがでたでしょう?因みに、このような読み上げて、その読み上げた内容を次の数字として表現するというルールで作られた数列を、専門的には」
     彼はすかさず言う。「Look-and-say Sequenceだね?見て話す数列だ」
     「そうです。最近本で読んだんです。意外と面白いもんですね」彼女は笑った。「問題は、出している側が試されているようなものですから」
     「確かに、その意見は的を射ているね」弘人はワインを飲みながら言う。「人間の本当の能力は、問題を解くことではなく、問題を発見する、作ることだ。試験とかで問題を出すのは、本質的に見れば、解答者を試すものではなくて、問題提出者が試されている。僕は、自分の授業ではテストを出さないけど、生徒のした質問で、評価を付けているよ。おかげで、別の意味で生徒からは人気らしい」
     「いいな。私、先生の授業を受けたかったな」彼女はそう言った。「まあ、私たち人間も、結局は物質の集まりであるのですからね、お互いに試しあうのも、神視点からみればしょうもないものです」
     弘人は驚いて、しかし冷静に言う。「ん?まあ、確かに、その通りだね。脳も、意識も、体全体も、物質の集まりだと考えられる」
     「意識・・・。クオリアですね?」彼女は言った。「赤を何故私たちが赤と認識しているのか。何故甘い物を甘いと認識しているのか」
     「その通りだ。今見ている世界だって、所詮は脳が作り出した幻想に過ぎない・・・。夢とかが、実感しやすい一例だね。」弘人はグラスを持ちながら言う。「なんだか、古城君と話していると、脳が活性化してくる気分だ。酒が入っているからかな」
     彼女は魅力的な声で言った。「先生の脳です。まだ、誰も知らない。盲視です」
     弘人は言った。「・・・ちょっと、仮眠室で寝たいから、ここを出るよ。じゃあ、また明日、古城君」彼は言った。「また面白い問題、期待しているよ」
     彼女は大きい声で言った。「もう出しました。先生の鼻を折って差し上げますよ。覚悟しておいてくださいね、先生。あと、事件のことも、頑張ってくださいね」
     彼は言った。「なんだ、君。それじゃ、傍観者じゃないか」
                     3
     深淵の溝に立っている。静かに揺られている。黒い視界にはよそ見する隙がない。目の前には谷がある。ここから落ちたら、確実に向こう側へ行くのだろう。彼はそう直感で理解した。
     空も、地も、全部が黒い。明かりがない。
     彼は気付いた。なぜ、明かりがなくて全てが黒いのに、谷があると認識できたのだろうか。見えていないはずなのに、認識は出来ている。
     彼は一瞬で理解した。そうか、盲視だ。見えていないけれど、脳が認識しているのだろう。もしかしたら、脳の認識の世界なのだろうか。
     この領域は白いのだ。光があって、眩しい。ただ、彼が、見えていないのだ。認識が違う。とてつもなく広い世界を、狭き認識で生きているのだ。元来、みんなそうだ。クオリアの箱から出られない。機械はクオリアを持っていないが、人間はクオリアを持っている。もっと言えば、今の科学では、木も、石も、クオリアを持っていないと否定することが出来ない。
     彼は飛んでいた。しかし歩いていた。彼は見ていた。だが目を瞑っていた。丸いのに四角い。ただ、遠い目で見れば同じだ。一緒だ。違うものだって、よく見れば同じだった。
     虚偽を偽って、嘘を知って、地獄を繕って、未来を切って・・・。所詮そんなものだ。
     ふと、世界が安泰に包まれた。黒い世界に白さが走った。否、見えるようになった。プラズマが輝いた。ヘッドライトが反射して見えるように、彼の目に、壮大な華麗さが戻った。
     「・・・林田さん。そろそろ起きてください?」うっすらと古城の声が聞こえる。目が少し開いたのだ。
     「・・・うん、ごめん。飲みすぎたんだよ、きっと」弘人は言った。寝ていたのだ。時計を探して、見ると、9時だった。二日目。明日、村本が来る。答え合わせをする時が来る。
     飛び起きた。今すぐに事件について考える必要がある。彼は大声で言った。「古城君!紙とペンをくれ!」
     古城は待っていましたと言わんばかりにすぐ必要な物を渡した。「言うと思いましたよ。どうぞ」白い紙と黒いペンだ。
     彼はそれを受け取り、間取りを書いた。「いいかい、古城君?僕は、この西出口の外でデルタの声を聴いたのだ。しかし、ここにドアはないし、もし仮にドアがあっても、カチッという音は閉じないとならない。つまりだね、何かを閉じたのだろう。何だと思う?」彼はそういい、印をつけた。古城は何か言おうとしたがそれを弘人は遮った。「おそらく、秘密の空間だろう。そのあと、僕が死体を見つけたのだから、死体を取り出したはずだ。つまり、僕が見た死体は、あの時に殺されたのではなく、その前に殺されたのだ。」彼は古城が持ってきていたコーヒーを見て、飲んだ。「・・・スーツは、僕のではなかった。いつもたばこを入れているから、少し膨れているんだよ、僕の胸ポケット。おそらく、僕の物と入れ替えて、容疑を僕にそらそうとしたんだろう。多分、死体を取り出して、スーツを替え、秘密の空間を閉じた。その時の音が聞こえたんだ。」
     古城は聞いた。「確かに、理に適っているし、論理的ですね。そして、犯人は?」
     彼は俯いた。「わからない。そこが問題なんだ。方法が分かっても、動機はわからない。」彼は首を傾けた。「わかったら、もう伝えているよ。でもね、怪しい人物が居るんだ。」
     古城は驚き、聞いた。「誰?誰です?」
     彼は少し間を置いて、ゆっくりと、反芻するように言った。「・・・深谷さんだ。おそらくだけどね」
     彼女は目を輝かせて言った。「どうして、そう、帰結したのです?他にも沢山人はいるのに」
     彼は言う。「さっきの話通りに行くとすると、その後、一番初めにここに来た深谷さんが一番怪しい。ただし、確実とはいえる確証がない。」
     彼女は首を振って言う。「そこまで行ったのですから、大丈夫ですよ」
     彼は何が大丈夫なのか疑問を持ったが、気にせずに捜査の続きをした。「デルタ、全員を食堂に集まらせてくれないか」
     「チェック、受け入れました。全員を食堂に集合させます」デルタの反応は異常に早く、館内に騒がしいほどに反響した。彼には冷酷に感じた。
     弘人と古城は仮眠室を出て、食堂に向かうと、すでに全員が集まっていた。全員、神妙な顔で各々椅子に座って待っている。
     深谷は部屋を見渡している。何かを考えている顔だ。何故か立ったり歩いたりして、落ち着いていない。弘人は不思議な感覚に襲われた。あんなに身近に殺人鬼がいたのだと。
     古城が言った。「明日でもいいんじゃないですか?今言ったら、何かされる可能性があります。」
     弘人は言った。「例えば?結果論で言えば犯罪が増えるだけだ。」彼は平然そうな顔で話す。「もっとも、まだ確定したわけではない。」
     古城は再び言った。「明日って不思議」
     彼はその発言に驚いた。おそらく、彼女の脳内は、爆発的な何かで動いているのだろう。対応も、順応も以上なスピードだ。「明日って不思議なんだよ。今日にとっての明日は、今日なんだ。つまり、明日は永遠にこないとも捉えられる。」
     古城は答える。「明日になれば明後日が明日。明日は来ないように見えますけど、確実に自分たちは明日に向かって生きているし、明日に期待して夢を見ています。その考え方は流石に無理がすぎます。」
     「手の届かない明日を追いかけることでしか、今日という現実を生きられないのかもしれない。明日は決して〈到達する場所〉ではなく、〈見ている幻想〉なんだ。」古城は言い返す。「信じられません。では、私たちは何を拠り所にするのです?」彼は冷静に返した。「永遠に来ない希望が拠り所だ」
     色々な謎が複雑に交差していることは、目に見えていた。おそらく、安直に決めつけるのは間違っている。計画的な観測が必要なのだろう。ただ、今このタイミングで観測を始めては、明日に間に合わない。ただ、一つわかることがあった。やがて、それは1つになる。
     細長い、白い線が黒い線と交わり、グレーになる。永遠に交差して、解かれないと思われた線がはさみで切られ、別の二つのグレーになる。ただ、切った跡が残り、いつかはそれらが繋がる。遠い、いつか。
     そのいつかが、今になればいいと彼は思う。数ある輝きの中で、それらを無視して、その線を繋げて掲げたいと彼は思う。思うだけだ。
     積み木が崩れるように、全てを蹴散らす。ただ、それはある特定の観察点からみれば積み木を積んでいるのと同義である。鮮明な雲、好機の崖、遠方の脳、倦怠の楽・・・。
     はるか昔の未来には、新しい空の色があって、今もそれを夢見て生きているかもしれない。激痛が走って、体が重くなる。白いも、黒いも、周波数だ。
     マジックのように、華やかに散るだろうか。後味が悪いものは嫌いだ。少しのスパイスも欲しいが、清々しく終わりたい。眩しく、ただ暗く、遠く近くで終わりたい。
     彼はただ立っていた。そんなことを考えながら、寂しさに打ちひしがれながらも、ただ強い覚悟を持って、彼は立っていた。空気が冷たい。全員、誰もしゃべらなかった。ただ、固唾を飲んで弘人の初めの言葉を待っていた。視線が集中して、弘人は初めの言葉に迷った。
     「・・・深谷さん、あの日、何をされていました?」彼は覚悟を決め、口を開いた。静かだった食堂が、さらに静かになった。凍結しそうだ。
     「・・・林田さん。僕が犯人だと、お思いですね?」深谷は冷静に言った。弘人は思う。明らかに、この研究時で2番目に頭がいいには深谷教授だ。「林田さん。私はずっと宮下君と共にいました。ずっと、です。これ以上のアリバイがありますか?ないでしょう?残念ですが、違う可能性を考えるべきです」深谷は淡々と答え、弘人の目を見た。弘人は少し狼狽えた。
     「いえ、確実、ではありません。可能性が高く、現実的であっただけです」彼は冷静を装って言った。内心では数々の爆弾が起爆され、心を削っていた。「極めて、論理的でしょう?」
     深谷は終始こちらを見ながら耳を傾けていたが、最後に言った。「・・・私は、知りたい。この事件を起こした犯人を。動機を。理論を。思考を。」
    脆弱な鼓動の中で、遠くなりかけていた意識が戻る。眩しい。朝日が入っていた。顔の半分が綺麗に照らされていた。影は長く、寂しかった。
     彼は助教授室に戻り、冷静になって事態を考えることにした。それ以外に方法はない。タイムリミットは迫っている。いつ来られるかわからない。
    まず仕事を片づけることにした。メールを見ていると、長田から連絡が来ていた。
     「よー、大丈夫そうか、そっちは。
     そういや、小説、本格的に書き始めたんだ。書き終わったら送ってやるよ。
     それで、詩を書くことになったんだけど、これ、どうかな。感動系で行く予定なんだ。
    『ソナタ』
    春愁 私は思い出す 道路の向こう側の君の影 花火が散って輝いている 私は静かに涙を流す
     
    そのままでいい 貴方でいいから いつか 手を合わせたら 笑ってください
     
    いつかいつか 貴方に逢えるなら 何度も何度も 謝りたいから
    許して欲しい 辛くても 一輪の花が 咲いていた
     
    秋愁 私は繰り返す 裸足で駆け回る貴方を それは果てしなく 無限を表していた
     
    裏の裏は表だから もう振り返られない 何度も願っても 虚しさだけ 激しくなって 
    私を永遠に 追い詰める
     
    初めから もう決まっていたのかな 今生の 別れが
    話をしたい 静かな掌を 眺めてまた涙
     
    グラジオラスが咲いて 添えていたはずなのに 許しを乞うても無駄なのかな 神は何を見ているのかな
    幸せなんてあるのかな 絆なんてあるのかな それでも 生きる意味は何かな
     
    いつかいつか 貴方に逢えるなら 何度も何度も 謝りたいから
    許して欲しい 辛くても 一輪の花は 枯れてしまっても
    初めから もう決まっていたのかな 今生の 別れが
    話をしたい 静かな掌を 眺めてまた涙
     
    花瓶が割れて 哀しさが通り過ぎて 季節が過ぎ去った
    貴方を追いかける 果てしなく遠く近い天国へ 天国へ
     
    どう?結構よくない?ほら、ソナタも、オーケストラとかのソナタと貴方のソナタをかけているんよ。
    気付いたら返事くれ。あと前の『是』ってなんだよ。もっとちゃんと返せよ。                            長田 英」
     弘人は二回読んで、詩に対する感想を書いて送った。
     「もう歌にしろよ」
     そう返して、パソコンを閉じた。そして、目を閉じた。
     (深谷は宮本と一緒にいた)
     アリバイがある。間違っていた。
     (カチッといった時の動作は・・・?)
     扉を閉じたのは明確だ。でもどこの扉を・・・?
     (蘇原くみとは一体・・・。事件と関係あるのだろうか・・・?)
     全てを疑う。それは、どんな状況でも怠らべからずことである。
     (認識・・・。理解・・・。)
     古城の言葉がずっと彼の頭の中で反響し続けている。
     (プログラマ?)
     (絵画?)
     (停電?)
     (開閉?)
     (感覚?)
     彼の中でそれらの単語群が騒めき続けている。
     (犯人は誰だ?どこにいるんだ?)
     彼は天井を見た。ただ、空を見ていた。
     ・・・ん?
     彼はある特異点に気が付いた。見落としていた。
     突発的に出たが、それはいかにも当たり前のように、姿を隠して存在していた。
     (そうすれば、謎は解ける・・・!)
     彼はひどく頭を掻きむしった。
     (なんで気付かなかった!最初から、答えは出ていた!)
     彼は悔しさと虚しさと、突発的に出たその〈仮定〉に翻弄されながらも理解に努めた。
     期待していた。
     甘えていた。
     彼は知っていた。
     全てを疑うのを怠らべからず・・・!
     (デルタにこの質問をすれば、この答が返ってくるはずだ!合っていれば、仮定も合っているはずだ!)
     彼は覚悟を決め、大声で言い放った。
     「デルタ・・・、〈アテネの学堂〉をオープン!」
     沈黙。ただ、すぐに破られた。
     「・・・チェック、受け入れました。〈アテネの学堂〉を開きます」


    全てのURLはDATA αに記載。
    DATA α「ギリシャ的前書き」
    ➟https://note.com/jolly_zebra1122/n/n872b23413251
    DATA A「無限の観察者」➟https://note.com/jolly_zebra1122/n/n42710cec170b
    DATA B「時計の長針」
    ➟https://note.com/jolly_zebra1122/n/n8240bd58d7af
    DATA C「無機質の声」
    ➟当記事
    DATA D「沈黙の箱」
    ➟https://note.com/jolly_zebra1122/n/n71163340d808
    DATA E「狂詩曲の花」
    ➟https://note.com/jolly_zebra1122/n/n264437dfce84
    DATA F「再度の来訪者」
    ➟https://note.com/jolly_zebra1122/n/n94728964a97d
    DATA ω「背後の解説」
    ➟https://note.com/jolly_zebra1122/n/n29874adbf2af

     
     
     
    色々なことを悠々自適に考えて、適当に書き連ねます。

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