ベトナム写真紀行|10. ハノイ到着

飛行機は雨の影響で一時間半遅れたが、八月十二日午後五時にノイバイ国際空港に到着した。荷物検査を済ませて空港の外に出たときには茜色の空に染まっていた。
空港の外へ一歩出ると、タンソンニャット空港のときと同じように荷物を抱えている旅行者をターゲットにタクシードライバーがわらわらと寄ってくるが、僕は「Grab」のひと言で彼らを撒いてしまうと慣れた手つきでタクシーを予約し市街地に向かった。
アプリで目的地を設定してはじめて気が付いたのだが、ホーチミンの場合は市街地と空港はさほど離れていなかったがハノイのノイバイ空港と市街地までは三十キロメートルほど離れていた。タクシーの料金は三十万ドン、約一八〇〇円だった。路線バスを使うか迷ったが、市街地行きのバスが出発したばかりのようで次のバスが三十分後ということもありタクシーでホテルまで向かうことにした。ベトナムに慣れてきたとはいえ、ホーチミンで体調を崩した二の舞にならないために初めての地では無理をしてはいけないことを意識していたこともある。
タクシーは夕暮れ時の高速道路をひた走り、僕はどこまでも続きそうな田園風景を眺めていた。車窓から流れる風景を写真に撮っていると、カメラのシャッタースピードが体感でいつもよりも遅いように感じた。夕方とはいえ、感度400のフィルムでシャッタースピードが1/15を下回るのはどうもおかしい。カメラをよくよく見てみると、フィルム感度が1/3段低く設定されていた。どうやら今まで1/3段露出オーバーに撮影してしまっていたらしい。ホーチミンを撮っていたときに少し違和感があったものの、赤道付近の日差しの強さのせいだと思い込んでいた。夜はフラッシュ付きのコンパクトカメラに持ち替えていたので、夜使うこともなかったカメラの設定に今まで気が付かなかったのだ。
しかし今さら考えても仕方ない。1/3段くらいならどうとでもなる。そう自分に言い聞かせてみたものの詰めの甘さに少し落ち込んだ。
僕がまだカメラマンのアシスタントをしていたころの出来ごとをタクシーの中で思い出した。滅多にないフィルムでの撮影現場で、フィルムチェンジを任されていた僕は、カメラマンに指示された感度400のフィルムを何かの拍子に勘違いをして感度200のフィルムをセットしてカメラマンに渡し、そのまま撮影を終えてしまったことがある。後日、現像所に撮影済みのフィルムを持って行ったときにようやくそのフィルムが感度400ではなかったことに気付いて血の気が引いたことを今でもよく覚えている。もちろんその後はカメラマンに鬼の形相で叱責された。
それがもう五、六年前の出来ごとになるが、成長してないな、僕は、と情けない気持ちになった。商業カメラマンの道は自ら閉ざしたが、やっぱり自分にはどこまでいっても向いていない仕事だと思った。根っからいい加減にできてしまっているのだ。
今さらカメラの設定を変えるのも後々面倒になりそうなので、ハノイもそのままのカメラ設定で撮影することにした。まあなんとかなるだろう。
タクシーがソンホイ川の大橋を渡りハノイの旧市街地にやってくると、建物や街路樹に装飾された電球が光り始めていた。街の雰囲気はホーチミンとはまったく違って見えた。なんと言えばいいのか、可愛らしい街の雰囲気がそこはかとなくヨーロッパを想起させた。
宿は旧市街地から少し離れたところを予約していて、ハンダー市場という屋内マーケットの裏にあった。タクシーを降りて建物の間を縫うように細い通路を抜けて行った先に今回の宿があった。建物は普通のアパートメントのようにも見えたが、どうやらホーチミンの二軒目の宿とは違って、建物一棟が宿泊施設になっているようだった。ホテルの看板などはなかったが、エレベーターで白人男性やアジア系のカップルとすれ違ったので、ほかにも宿泊者はいるのだと知った。
部屋に入ると、キングサイズのベッドと机が二つ、IHコンロと流しも付いており、一面ガラス張りの窓の向こうに小さなテラスも付いていて今までの宿より断然広かった。シャワーの水圧は相変わらず弱かったが、温かいお湯がすぐに出てくることに感動した。
ハノイは十泊する予定で、とりあえずこの宿を五泊取っていたが、立地も悪くはないし早々に延泊することにした。場所を変える手間とチェック・アウトとインの合間の時間を潰すのも面倒だった。僕はこの宿をハノイの拠点として最終日まで過ごすことに決めた。
しばらく寛いで時計をみると十九時だったので、夕食だけ済ませるために街へ出た。ホーチミンにいたときはフォーとバインミーが食事のほとんどだった。まずはハノイでもフォーとバインミーの行きつけを見つけることが最優先事項だった。こんな食生活をしているから体調を崩してしまうと言われてしまえばそれまでなのだが、食事に関しては胃袋に入ってエネルギーになるものならなんだっていいと思う性質なのだ。
しばらく歩いていると、フォーの店を見つけたので入ってみた。フォー・ボーが五万ドンだった。食べてみると心なしか今まで食べたどのフォーよりもスープが美味しくて、ここだ、と直感した。初日に食事処が決まるのは縁起がいいな、と思った。

翌朝、テラスに出ると曇天の空模様だった。ハノイはホーチミンよりも雨期らしい雨期で、ハノイ滞在中に朝から夜まで晴天という日は一日もなかった。
まずは旧市街を歩いてみようと宿を出た。街を歩いてみると、ホーチミンよりも建物はどれも低くて、通りもホーチミンより道幅が狭いところが多かった。昨夜は暗くてよく見えなかったが、ハノイの街並みは洋風と中華風が混在したようなもので独特の雰囲気を感じた。旧市街に入ると観光客が増えてきて、雑貨屋や洋服屋も見られた。まずはコーヒーを飲むためにカフェを探した。
ホーチミンでもよく見かけていたチェーン店のカフェに入って、ソルテッド・コーヒーを飲んでいると、後ろのテーブルから日本語が聞こえてきた。
「このブラックティーってなにかしら」
「よくわからないけど、コーヒーを頼んでおけばいいんじゃないかな」
振り返ってみると初老の夫婦が眉間を寄せながらメニュー表を睨んでいた。
「ブラックティーはたぶん紅茶だと思います。それとブラックコーヒーがこれで、甘いコーヒーはたぶんこっちです」
と僕は夫婦に言った。それじゃあ紅茶とブラックコーヒーにしましょうか、と奥さんが店員を呼んで注文した。
夫婦は僕の隣のテーブルに座り直して、ありがとう、と言った。そういえばベトナムに来てから日本人と話すのはホーチミンのコンビニ前で出会った男以来だった。
「ベトナムにはいつから来ているのかしら」と僕に向かって奥さんが言った。
「ホーチミンに今月の頭ごろから行っていて、昨日ハノイにやってきました」
あらまぁ、と奥さんが目を丸くしながら言った。夫婦は四泊五日のパッケージ・ツアーで昨日からハノイにやってきたと言った。
「海外旅行はよくしてるんですか?」と僕は訊いてみた。
「外国は新婚旅行でハワイに行った以来だったから四十年ぶりくらいになるかな。僕が今年定年退職をしたので二人で旅行することにしたんだよ」
それにしてもここはすごい街ね、と奥さんが目の前の交差点を慌ただしく行き来するバイクや車を見つめながら言った。そして僕は四十年ぶりの海外旅行をなぜベトナムにしたのか気になった。
「あなたはひとり?」と奥さんが僕に訊いた。
「そうです。一人旅なんです」
「僕も若い頃にもっと外国へ行けばよかったと思っていたから、君はすばらしい経験をしていると思うよ」と旦那さんが言った。
そう言われると、なにか褒められたような気になり少し誇らしく思った。
「結婚はしているのかしら?」
「いえ、恋人はいるのですが」と僕は言った。
置いてきたのか、と旦那さんが笑いながら言うと、今の内にひとりでできることはしておかないとな、と僕の肩を叩いた。
しばらく他愛ない話をしていると、まるでここが東京のどこかのカフェに思えてきて、この夫婦に穏やかな気持ちにさせられていることに気が付いた。ベトナムに来てからカジノ一家のことや写真を撮ることに意識が向いて気張っていたので、夫婦との会話はリラックスして話すことができた。
そろそろ、と僕が先に立ち上がって会計を済ませた。
「よい一日を」と僕は日本語で夫婦に言った。
「あなたも。旅行楽しんでね」
カフェを出ると自分の口角が上がっていたことに気が付いた。安心して笑ったのはベトナムに来てから初めてかもしれなかった。ハノイも楽しまないとな、と僕は心のなかで呟いた。
カフェを出て街を歩いていると、僕は先ほどの夫婦になぜハノイに来ることにしたのかを訊きそびれたことを思い出した。でもわざわざ引き返してまで訊くようなことではないな、と思って僕はそのまま歩き進んだ。旅の出会いは一期一会なのだ。

『ベトナム写真紀行』
目次
|1. 出発前
|2. ホーチミン到着
|3. ホーチミンの夜
|4. メコン川クルーズ(前編)
|5. メコン川クルーズ(後編)
|6. カジノ一家(前編)
|7. カジノ一家(後編)
|8. 不調
|9. タム・ビエット
|10. ハノイ到着
|11. 再会
|12. ホーおじさん
|13. トゥーソンの町と小林くんの思い出
|14. 旅の終わり
|15. 編集後記
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