ベトナム写真紀行|11. 再会
ハノイで街を歩いているときに偶然の再会があった。メコン川ツアーに一緒に参加していたセドリックと、本当に偶然、街でばったり再会したのだ。
ホーチミン滞在中に参加したメコン川ツアーでは、若い欧米人グループと老婦人や一人客のいる二つのグループに自然と分かれていて、僕は後者のグループに混ざって行動していたのだが、セドリックとはペアになるような場面で一緒に行動していた。物静かなおじさんで、フランス南部のオーケストラ楽団でチェロをやっていることはツアーの最中に聞いた。アジアをよく一人旅していて、日本にも何度か行ったことがあるとも。
そんなセドリックとハノイの街中で偶然すれ違った。本当に偶然だった。
トレイン・ストリート近くの踏切を渡ったところで数メートル向こうから歩いてくる白人男性と目が合うと、〈どこかで見たような顔だな…〉と思いながら目を合わせたまま通りの真ん中で向かい合う格好になり、ぶつかるすんでの距離まで近づくと、そこでようやく僕は「セドリック!」と気が付いたのだ。彼とは二週間ぶりの再会だった。
セドリックのメコン川ツアー以降の予定は知らなかったし、まさかハノイまで来ていたことも知らなかった。そしてそれは向こうも同じだった。いくら観光地とはいえ街中で偶然すれ違える確率はいったいどのくらいあったのだろう。
「You remember me?」と微笑しながら言うセドリックが愛らしかった。
僕は興奮して彼の手を握り再会を喜んでいたが、彼は終始穏やかに話した。セドリックは相変わらずゆっくり、静かな英語を話した。この話し方に懐かしさすら感じていた。
話を訊くと、セドリックはメコン川ツアーのあとベトナム各地を回っていたようで、ホーチミンからムイネー、ハノイに来てから昨日までサパに行っていたらしい。お互いにこの数日間の出来事を話し合った。
「君はずっとホーチミンにいたの? そんなにあの街が気に入ったんだ」
とセドリックに訊かれたので少し迷いながら、「ホーチミンを撮らなきゃいけなかったんだ。次はハノイを撮る。上手く説明できないけど仕事みたいなものだと思う」と僕は説明した。
この撮影旅行のことを伝えるのは難しい。たとえ日本語で説明できたところで誰かに理解してもらうのは難しいことなのだから。
「きっと君は素晴らしいフォトグラファーなんだね」
とセドリックは言った。もしかしたら有名なフォトグラファーか何かと勘違いさせてしまったかもしれなかったが、上手く英語で伝えることができなかったので「素晴らしいフォトグラファー」に「メイ・ビー」と僕は言った。
十五分ほど立ち話をしていたと思う。セドリックにこのあとの予定を尋ねると、「今夜のフライトで北京に行くんだ」と彼は言った。
そういえばメコン川ツアーのときに次は中国に行くと言っていたような気がする。セドリックは韓国と中国にオーケストラの演奏旅行に来ていて、その合間にベトナムに来たのだった。再会できた喜びもあって、セドリックがもうすぐベトナムを離れることを知ると残念に思った。
「タクヤは良い写真が撮れるといいね」
僕の下の名前まで憶えていてくれたことに驚き、嬉しくなった。僕のファーストネームを聞いたのは一度だけだったはずなのに彼は覚えていたのだ。僕はセドリックのファミリーネームを覚えていないというのに。
それを最後の会話にして、バスツアーの別れのときと同じように「良い一日を」と言い合ってしまうと僕たちは最後に握手をして別々の方向に歩き出した。まさかセドリックと再び会うことができるとは思わなかったので旅の不思議さに僕は思い浸っていた。旅にはこんな偶然もあるのだ。

しかしそんな思いも束の間、別れてしまうとすぐに自分が寂しい気持ちになっていることに気が付いた。フランスの片田舎のチェロ奏者のおじさんともう二度と会うことができないと思うと、切なくてたまらなくなった。セドリックとは連絡先を交換していなければ、写真の一枚も撮っていなかった。
僕は急いで来た道を引き返してセドリックを探してみた。もし見つけられたのならコーヒーに誘ってみようと思った。飛行機は夜と言っていたし、時刻はまだ昼過ぎだった。もう少しだけ話す時間もあるだろう。
セドリックと別れてから二十分くらい経っていたが、まだそれほど遠くまでは行っていないはずだと思った。まずはトレイン・ストリートに戻って通りを最初から最後まで探してみた。白人の観光客はいたるところに見られるが、セドリックの背は190センチメートルはあったし、人混みの中でも見つけるのは難しくはないだろうと思った。しかし隅々まで捜索してみるもセドリックの姿はここにはなかった。僕は急いでその場から離れ、次に旧市街地まで行って彼の姿を探した。トレイン・ストリートからは十分もかからない距離だ。大通りに着くと行き交う人々を目を凝らして確かめて探し続けるも彼を見つけることはできなかった。流石に路地裏まで探索するには街は広すぎたが、僕は諦めきれずに一帯をもう一周してみた。しかしやはりセドリックはどこにもいなかった。そして再びトレイン・ストリートまで戻ってみたものの、やはりセドリックはここにもいなかった。この時点で別れてからすでに一時間くらいが経っていた。もし彼がカフェに入っていたり、ホテルに帰っていれば手の打ちようがなかった。これ以上捜索する手がかりも僕にはなかったので諦める他なく、遣る瀬無い気持ちはますます募ってさらに寂しい気持ちになってしまった。
旅の出会いは一期一会だ。僕はこの旅で出会う人々と二度は会えないのだろうと思いながら旅の出会いを楽しんでいたのだが、こんなに寂しい気持ちになることは一度もなかった。
ハノイで偶然再会できて気持ちが変に昂ってしまっただけなのだろうか。しかし気持ちを切り替えようとしても、フランス南部の地で(町の名前を憶えていなかったことを本当に後悔している)チェロを弾いているセドリックの姿が頭から離れなくなってしまった。
ホーチミンに来てすぐの頃に出会った日本人の男が終始「寂しい」と言っていたけれど、彼の言った「寂しい」と僕が抱いている「寂しい」は違うと思った。きっとこの寂しさは彼には分らないはずだ。彼の寂しさが僕には分からなかったように。「寂しい」がどんな感情なのか忘れてしまったと思っていたけれど、この「寂しい」が僕にとっての寂しさだった。胸に寂寥感を抱えながら僕はハノイの繁華街で茫然と立ち竦むことしかできなくなっていた。バイクのエンジン音は街中に絶え間なく響いていたが、それも僕の耳には遠くに聞こえて、最初にセドリックを引き止めなかったことを強く悔やんだ。
この日は夕方まで行き交う白人男性を目にすると、セドリックではないかと必死に目で追ってしまい、写真を撮るどころではなくなっていた。でもそれはこの日だけだった。夜にはセドリックは北京に行ってしまっているのだ。その事実が僕を余計に切ない気持ちにさせ、行き場のない寂しさを噛み締めることしかできなかった。

『ベトナム写真紀行』
目次
|1. 出発前
|2. ホーチミン到着
|3. ホーチミンの夜
|4. メコン川クルーズ(前編)
|5. メコン川クルーズ(後編)
|6. カジノ一家(前編)
|7. カジノ一家(後編)
|8. 不調
|9. タム・ビエット
|10. ハノイ到着
|11. 再会
|12. ホーおじさん
|13. トゥーソンの町と小林くんの思い出
|14. 旅の終わり
|15. 編集後記
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