ベトナム写真紀行|4. メコン川クルーズ(前編)
ホーチミンに来てから四日が経った。連日朝から晩まで歩き通していることと、憚ることを知らない真夏の暑さに疲れも見え始めた頃だった。そんな四日目の朝は十時に目を覚ますと、寝転びながらスマートフォンの地図アプリでこれから歩こうとしているエリアを気怠く眺めつつもなかなか起き上がれずにいた。街の雰囲気にも慣れてきたところで旅に何らかの刺激が欲しいと感じ始めていた。
ホーチミン一区のいかにも観光向けなエリアはもう十分かな、とスマートフォンを眺めながら思った。写真も一区ではあまり撮れていないこともあって街の中心部には手応えのなさを感じ、面白味も見つけられずにいた。
スマートフォンを枕元に放って、ベッドの天井についたまだら模様の染みを眺めているとある考えが浮かんできた。
──メコン川を見に行ってみようかな。
沢木耕太郎著『一号線を北上せよ』を読んで沢木さんも体験していたメコン川クルーズに参加してみようと思った。ホーチミン滞在中に折りをみて行ってみようとは考えていたことだ。著書の中で出てきたメコン川がどれだけ広大なものかを見てみたいと本を読んでからずっと思っていた。
そうと決めたら行動あるのみだ。気持ちを切り替えてさっそく宿から飛び出すことにした。まずはバックパッカー街のあるファングーラオ通りに行ってみよう。何日か前に通りを歩いていたときにツアー会社がいくつかあることは見つけていた。そこでホーチミン発のメコン川ツアーを受け付けている店で申し込みをすれば飛び込みで参加できるはずだ。
メコン川ツアーに参加しようと思ったのは他にも理由があった。ベトナムに来てからほとんど誰とも話していないことに薄々思い当たっていた。飲食店の店員とホテルでたまに顔を合わせるオーナー以外とろくなコミュニケーションを取っていなかった。まったくの一人きりでは面白いイヴェントが何も起きやしないことは経験から学んでいる。それもまた悪くはないだろうと思っていたけれど、旅は三週間もあるのだ。いつもと違ったこともしてみたい。だがこれは先日出会った日本人が言っていたような、「コミュニケーションが取れなくて寂しい」という気持ちではなかった。彼の言う寂しさは未だ理解できないままだった。
あれから彼の言っていた「寂しさ」については、シャワーを浴びているときやサイゴン川を眺めているときなど、ふとしたときに頭をよぎっていた。僕だって孤独は好きじゃないけれど根の部分で一人が好きだし、今の状況は孤独とは違うという結論にいまのところは至っている。日本から離れているだけで日本にいるときとやっていることに大差ない。なんなら日本にいてもあまり人に会わないのだ。旅をしているからこそコミュニケーションを取りたいと思うだけで、これは寂しさを感じるような状況ではない。それに携帯電話はインターネットに繋がっているし、一人に飽きたら東京にいる女に電話でもかければいいのだ。少なくともまずは携帯電話を手放さないと孤独になるのは難しそうだと僕は思った。
少なくとも一人でいることが好きな僕は、寂しいという気持ちがどういうものか忘れているような気がした。それがどういった感情なのか思い出そうとした。一人暮らしを始めたばかりの頃、女と別れた直後のこと、眠れない夜のこと。しかしどうしても何かがしっくり来なかった。そのときの記憶は手に取れるほど鮮明に思い出すことができるのだが、そこにはすでに感情は残ってはいなかった。ただの映像として頭の中に再現されていただけだった。やっぱり「寂しい」が何なのかよく分からないと思って僕は考えるのをやめた。

ツアーに申し込むためにさっそく宿から出たのだが、直後にバケツをひっくり返したようなスコールにあたって早々にカフェの中へ避難することになった。だいたい一時間くらいで雨は止むのだろうが、このスコールにはホーチミンに来てから悩まされた。ベトナムに滞在した三週間のあいだずっと悩まされることにはなるのだが、スコールがやってくると街歩きは強制的に中断されてしまうので雨を憎む日さえあった。東南アジア特有のスコールは一瞬で一ブロック先が見えなくなるほどの雨が視界に広がり、一瞬で路肩に深い水溜まりが至るところにできあがる。
ベトナムの人たちは手持ちのゴミを当たり前のように路上に投げ捨てていて、捨てられたゴミはどうなるのだろう、とベトナムに来た当初思っていたのだが、スコールがやってきて雨が上がると住民が軒先に出てきて排水溝付近のゴミを箒で掃く。そしてそれをまとめて路肩に置いておくと、翌朝に清掃員がゴミを回収するのだった。なるほど、雨が街をきれいにしているのだなと感心した。ただしベトナムのすべての川は茶色く濁って生臭い。すべてが川に流されるのだ。
カフェでグァバジュース(フルーツジュースがここではどれも本当に美味しい)を飲みながら雨が過ぎるのを待ち、予想通り一時間ほどで雨は止んで雲間からぎらついた太陽がすぐに顔を出した。雨が止んだ後の街の空気は排気ガスや腐臭も流されて澄んでいた。

ファングーラオ通りは九月二十三日公園に面した通りだった。通りは外国人観光客向けに英語の看板が乱立し、カフェやホテルやツアー会社がいくつも並んでいた。
メコン川ツアーと書かれた看板をいくつか見つけたところで、どこのツアー会社に申し込もうか悩んでいると、目の前の旅行会社の女性スタッフと目が合って「ハロー」と声をかけられた。思い切ってそのこぢんまりとした四畳半ほどのオフィスに入ってみることにした。
「メコン川ツアーに参加したいのですが」と僕は訊いてみた。
「それなら一泊のプランと日帰りのプランがありますよ」と女性スタッフは言った。旅程の書かれたファイルを見せてもらいながら英語で説明をしてもらったのだが、メコン川を川下りする以外は聞き覚えのない地名でどこに連れて行かれるのかよく分からなかった。何となく日帰りで十分だろうと思ったので日帰りプランの料金を尋ねると、十二人の小グループツアーは百万ドン、二十四人の大グループツアーは七十五万ドンと説明された。何が違うのかと訊くと、食事が違うだけで旅程はほとんど同じだった。
他のツアー会社と比べてみてもよかったのだが、この通りにあるメコン川ツアーの料金はどこも同じくらいだろうし、どこの会社のツアーが良いかなんて参加して比べてみなければ分からない。何より女性スタッフの親身な接客にも好感が持てたので、二十四人の大グループツアーにその場で申し込んだ。
「それでは明日の朝、ホテルまで迎えに行きます」と最後に女性が言った。
現金で支払いを済ませて、無事にツアーに申し込むことができた。ここにきてようやく旅らしいことをできて嬉しく思った。だが本番は明日だ。いよいよメコン川を見に行くことができる。

(後編へ続く)
『ベトナム写真紀行』
目次
|1. 出発前
|2. ホーチミン到着
|3. ホーチミンの夜
|4. メコン川クルーズ(前編)
|5. メコン川クルーズ(後編)
|6. カジノ一家(前編)
|7. カジノ一家(後編)
|8. 不調
|9. タム・ビエット
|10. ハノイ到着
|11. 再会
|12. ホーおじさん
|13. トゥーソンの町と小林くんの思い出
|14. 旅の終わり
|15. 編集後記
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