ベトナム写真紀行|1. 出発前
二〇二四年七月三十一日の朝、懐かしい夢で目を覚ました。起きてしまうとそれがどんな夢だったかさっぱり忘れてしまったのだが、前職の同僚たちと夢の中で会ったような気がした。懐かしさの気配が部屋に差し込む朝日にとけながら漂っていた。
僕が前の会社を辞めてから四年半が経っていた。もうあの頃の日々を思い出すことはほとんどなかったはずなのに、夢のせいで朝から妙に感傷的な気分になってしまった。風の噂でそれぞれ昇進したり独立したり、順調にうまくやっていることは知っていた。そしてそれは、この四年半で同じ出発点にいたはずの人たちが着々と人生を前に進めていることを意味していた。この四年半で僕も三十という節目を過ぎてしまった。
僕は彼らと同じように前に進んでいるのだろうか。この四年半で何ができたのだろう。ほとんど何も変われていないようにも思う。僕の時間だけが間延びしてしまっているような気さえする。出発前にこんな気持ちになるなんて。嫌な夢をみてしまったと思った。
来月に同期だった男の結婚式があるのだが、どうしても行く気にはなれずに断ったことが夢の原因だったのかもしれない。昔の知り合いに会うことは苦手だった。ああいう場所に行くとどんな顔をしてどんな話をしたらいいのか分からず、気が滅入ってしまう。決して祝いたい気持ちがないでもないのだから、断ることすら滅入って厄介なのだ。あいつもあの子もあの人も、元気でいてくれたらいいと心から願いながらも、僕に心配される筋合いはきっとなさそうだと思いなおした。やはり出発前の朝なのに憂鬱な気分だった。
気怠さを抱えたまま隣で眠っている女を起こさぬよう静かにベッドから抜け出してシャワーを浴びた。夜に羽田空港に行く予定だったが、昼は休暇前の最後の出勤日でもあった。いつもと同じようにシャワーを浴びてコーヒーを飲んで、家を出る身支度を整えた。そして前日にまとめた荷物の重さを計るように部屋の中でバックパックを背負ってみた。肩に食い込む重さだった。しばらくリュックを背負ったままそのずっしりとした重さを体に馴染ませていくと、心は東京のアパートから離れて遠い場所に向かっていくような錯覚をおこした。旅のことを思うと朝の憂鬱さはいくらかましになっていった。
気持ちを切り替えよう、と僕は僕自身に言った。いずれにせよ、明日の朝にはベトナムにいる。知り合いと離れた遠い地で、僕は三週間を過ごすことになる。昔のことも、今抱えている問題も何もかもを置いて旅に出ていけることは、今の僕に必要な儀式だったのかもしれない。なにも考える必要はない。一人で旅立つことに対しての少しばかりの心細さを抱きながら、気持ちをベトナムへ向けるために感傷的な思いを振り払った。
バックパックを背負ってアパートを出ようとすると物音で彼女を起こした。起きたばかりで腫れぼったい目をこすりながら玄関先まで出てくると「いってらっしゃい」と彼女は言い、僕の仕事が終わったあと夕食へ行く約束をして、僕は自宅を後にした。
飛行機は深夜の便だった。朝、長期休暇前の職場にバックパックを持ち込んで、仕事終わりに恋人と新宿で回転寿司を食べて、自宅には寄らずに羽田空港に行くことにしていた。
通勤電車の中でバックパックはまだ防虫剤の匂いを放っていた。このバックパックを使うのも久しぶりで、おそらく十年近く押し入れに入れたままだった。そのあいだ旅行は幾度となくしていたはずなのに、バックパックを背負って旅をするような場面がなかったと思うと不思議な気持ちになった。まるで自分が二十歳をやり直しているような気がした。しかし電車の窓ガラスに映る自分の姿と背負っているバックパックは、十数年前よりもかなりくたびれたように見える。心も体もノースフェイスのバックパックも、おろしたての新品のままではいられないようだ。
職場までの道中でリュックの重さと真夏の日差しに眩暈がした。ベトナムはもっと暑くて過酷だと思うと、このくらいでやられているようでは駄目だな、と苦笑してしまう。だがこの重さと熱がこれから旅へ出る実感となり胸は高鳴った。これから三週間、このバックパックだけが頼りで、中に入らなかったものはすべて置いていくのだ。できることならばもう少し身軽になりたかったけれど、この重さが今の僕の抱えているものの重さなのだろう。これ以上増やすことも減らすこともできない。この先増えたり減ったりしながらも。そう思うと気持ちはさらに軽くなった。
*
いつも通りの時間に出勤し、いつも通りの時間に退勤すると、まず職場を出る前に荷物の確認を行った。パスポート、カメラ、予備のカメラ、150本のモノクロフィルム、クレジットカードが二枚、現金は……、昨日から何度も確認をしているはずなのに何か忘れ物がある気がしてやまないのはどうしてだろう。旅慣れていないだけなのかもしれない。まあいい。荷物のことを考えるのはやめにした。足りない物は向こうで調達すればいいだけだ。
新宿駅で彼女と待ち合わせて近くの回転寿司屋に入った。海外旅行に出る前に寿司とはひねりがないように思ったが、彼女が寿司かピザを食べたいと言ったので、ピザはなんだか違うように思えて寿司にしたのだった。それでもベトナムでの食事が体に合うか分からなかったし、寿司を食べられるだけ食べておこうと思った。
「忘れ物はない?」と彼女が訊いてきたのでまたもや不安になったが、僕はもう考えないようにしていた。大丈夫だと言って、三週間のアパートの留守を頼み自宅と職場の鍵を彼女に預けた。食事を終えて新宿駅まで戻り、僕は品川方向の山手線に乗った。「たのしんでね」、と彼女に見送られ、僕はひとりで羽田空港に向かった。
二十三時を過ぎた羽田空港は人の気配が薄くて静かだった。ベンチや床で野宿を決めている旅行者もちらほらいた。昼の活気はすでに失せており、人々も倦怠感に包まれているようだった。カウンターでチェック・インを済ませてしまうと、搭乗まで時間もあったのでマスターカードのラウンジに入って時間を潰すことにした。昂った気持ちを鎮めるためにホットミルクを飲んだ。荷物は重くてこれから六時間のフライトはきついけれど、浮かれている僕は誰彼となく話しかけたい気分になっていた。隣のカップルはどこへ行くのだろう、同じ便の人はいるのだろうか、とラウンジを見渡しながら自分の落ち着きのなさに面白くなっていた。これが浮足立つということなのだろう。
ついさっきまで仕事をして、女と食事をし、あそこまでは完全に日常だった。しかし今はもう旅の中にいた。そうだ、これが旅だ、と僕は思った。頼りになる人もいなければ、ここから先はすべて一人で決めなければいけない。一人で決めて、一人で楽しまなければいけない。そしてこれこそが、「無知から未知へ」向かっていく感覚なのだろう。僕のまだ知らない旅。誰の体験でもなく、僕だけの旅がこの先待っている。
滑走路を離陸する飛行機の中で、宇多田ヒカルの『道』を聴いた。
It’s a lonely, it’s a lonely, it’s a lonely, it’s a lonely road
But I’m not alone, I’m not alone, I’m not alone, I’m not alone
そんな気分
夜の静かな羽田空港に別れを告げて、ベトナムへの旅が始まった。

『ベトナム写真紀行』
目次
|1. 出発前
|2. ホーチミン到着
|3. ホーチミンの夜
|4. メコン川クルーズ(前編)
|5. メコン川クルーズ(後編)
|6. カジノ一家(前編)
|7. カジノ一家(後編)
|8. 不調
|9. タム・ビエット
|10. ハノイ到着
|11. 再会
|12. ホーおじさん
|13. トゥーソンの町と小林くんの思い出
|14. 旅の終わり
|15. 編集後記
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