ベトナム写真紀行|7. カジノ一家(後編)
食事が終わると父親にブラックジャックを教えてやると言われて家の二階に案内された。階段を上がって突き当たりの部屋に入ると、そこは窓のない四人掛けのテーブルがあるだけの無機質な部屋だった。白いテーブルとパイプ椅子の他に家具は何も置いておらず、生活感を感じとることが一切できない部屋だった。椅子に座ると父親が上着のポケットからトランプをシャッフルし始めた。申し合わせたようにさっきまでいなかった青年も部屋にやって来て席に着いた。テーブルにはドアから一番遠い席に僕が座り、隣に青年、僕の向かいの席に父親が座った。
父親は「私はプロフェッショナルだ」と言って、トランプをシャッフルしながら「ハートのエース」「クラブのキング」「ジョーカー」、と言葉に出した絵札を次々に表にめくった。次に僕が「スペードの3」とトランプを指定すればそれをめくった。山札を僕に渡してシャッフルさせて父親に返すと、上から順に四枚のエースを出した。マジックの要領だったわけだが、プロフェッショナルと自負するだけあって種も仕掛けもわからなかった。
「ディーラーはこれが仕事だ」と父親は言った。そして「私がいれば君は負けないよ」、とも。

現実感の薄くなったこの状況を写真に撮っておこうとブラックジャックのルールを説明する父親の手元にカメラを向けた瞬間に、父親の表情が一変した。
「写真は駄目だ」と父親が真剣な顔つきで言った。
データを消せ、と迫られたがこれはフィルムカメラだった。「わかった、写真はもう撮らない」と僕は言って父親を宥めようとした。隣にいた青年も父親に「彼はカメラマンなんだよ」と笑って宥めようとしていた。一瞬にして父親の顔が険しくなったのを見て僕は恐怖を感じた。虎の尾を踏んでしまったのだ。
それからブラックジャックのレクチャーは一時間続いた。もしかしたらそれ以上だったのかもしれない。時計もないこの部屋で時間感覚はとうに奪われていた。隣に座る青年と実際にブラックジャックをしてルールを学んだのだが──考えてみれば青年がブラックジャックのルールを知らないわけがないのだが──、ルールの他にハンドサインを教わり(父親が額に手を置いたら次にめくられる数字はキング、顎はクイーン、首はジャック、など)、イカサマがあれば負けることは絶対にないと言った。
僕がルールとハンドサインを覚えたかを念入りに父親は確認した。ハンドサインを僕が間違えると、正解できるまでゲームは続けられた。何度も何度もできるようになるまで同じ説明を繰り返された。できるまで終わらないのではと思って覚えの悪い僕も必死に頭を使いなんとか父親の期待に応えるまでに要領をえることができた。
ルールとハンドサインを完璧に覚えた僕に父親は満足すると、「ハノイまで行くのに小遣い稼ぎをしようじゃないか」と言った。
それを聞いて、ああここまでだ、と思った。このままだとこの家族に喰われる。この場から脱出しなければ、と。だができるだけ穏便に済ませたい。この部屋から走って逃げ出すには僕の隣の青年が邪魔だったし、ドアに近い父親の動きも読めなかった。僕はチャンスを待つことにした。
それにしてもブラックジャックのレクチャーを受けているときに思い出したのは、大学生のころにマルチ勧誘を受けたことだった。長時間同じ話を聞いていると思考回路がだんだん鈍くなってくるのだ。二人に囲まれている状況もマルチ勧誘とまったく同じだと思った。このカジノ一家もわかってそれをやっているのだとしたらなかなか巧妙なやり口だ。
「勝負はやらない」と僕は言い続けていたのだが、次の瞬間には青年が電話をかけており、これからマレーシア人の女を呼ぶと言った。彼女は昨日一〇〇〇ドル負けたカモだと父親は言った。対話でどうにかなる状況は過ぎていた。僕は開き直ったふりをして、「絶対に勝たせてくれよ」と父親に言った。するとものの五分ほどで彼女はやってきた。あらかじめそういうプランだったのだろう。もしかしたら僕たちがランチをしているあいだに青年が手配していたのかもしれない。マレーシア人と名乗る女はパンツスーツ姿の化粧の濃い中年だった。
マレーシア人の女は僕に歩み寄って挨拶をした。「あなたが対戦相手ね?」。女の握手に応じるために僕は席から立ち上がった。女に近づくと甘ったるくて安っぽい香水の香りを感じた。咽そうになる嫌な香りだった。女の顔は日曜の駅前にいる新興宗教団体のパンフレットを抱えた信者を思い出させるようなのっぺりと張り付けられた笑顔をしていた。青年と父親をみると彼らもまたのっぺりとした笑顔のマスクをいつの間にか張り付けていた。すると途端に僕だけがこの場で異質の存在となり、居心地の悪さを感じた。部屋の中央付近で女の手を握って挨拶をした瞬間、今だ、と僕は思い切った。
「ゲームを始める前にトイレに行ってもいいかな?」と父親に訊いた。
父親は頷き、荷物は置いていけと言われたが聞こえなかったふりをした。トイレに案内すると言って青年が先に立ち部屋を出ようとすると、ドアにはロックがかけられていた。青年がロックを開けるところを見て血の気が引いた。これでは本当に何をされるかわからない。
部屋の隣にあったバスルームに入ると僕はカメラをリュックにしまい、靴紐をきつく締め直した。青年がドア越しに「アー・ユー・オーケー?」とノックをして訊いてくるので、「ジャスト・ア・モーメント」と返答し、深く深呼吸をして息を整えた。
意を決し僕は勢いよくドアを開けて、青年に向けて「予定を思い出した」と言いながら階段を駆け下りた。後ろから何か青年が話しかけてくるが振り返ることはしなかった。一階のダイニングを通ると母親がいたので、「ランチをありがとう。良い一日を」と伝えて握手をした。母親の顔は悪い虫歯が痛み出したような苦い顔をしていた。そうして僕は無事に家を脱出することができた。
僕はタクシーを降りた大通りまで全速力で走った。余計なことは考えずに走ることだけに意識を集中した。全力で走るのなんて何年ぶりだろう。大通りまで出て振り返ってみるが追手はいないようだった。ようやくほっとして息を整えようとした。額と脇からは暑さのせいとは思えない嫌な汗が流れていた。心臓も張り裂けそうなほど高鳴っている。手にしびれを感じて見てみると、両手ともひどく震えていた。
とにかくここからできるだけ離れよう。僕はリュックからスマートフォンを出してグーグルマップを開いた。どこまで連れてこられたんだ、と思って地図を見ると近くに大きな施設のようなものがあった。調べるとそれはバスターミナルだった。バスターミナルが近いという話は嘘ではなかったようだ。ひどい目にあったがタクシー代が浮いたと考えよう、と無理やり気持ちを静めようと努めた。
十分ほど歩いていくとミエンドン・バスステーションに着いた。いろいろとあったがなんとか本来の目的地に着くことができたのだ。旅のルートについては何も考えていなかったが、僕はもうなんだってよくなっていた。とにかくはじめに目についたバス会社のチケットを買ってしまおう。手に入れたチケットに合わせて予定を決めてしまえばいいだけだ。
施設に入ると行先ごとに窓口が分かれていて、ベトナム語の案内表示を見ていてもどこでハノイ行きのチケットを買えるのか見当もつかなかった。僕はサービスカウンターでハノイ行きのバスについて尋ねた。カウンターにいた五十代くらいの女性は仏頂面で<はいはい、外国人ね>と愛想が良いとは言い難い対応でハノイ行きのカウンターを指さした。僕が「オープンバスチケットは買える?」と訊くと、「知らない」と彼女は言った。窓口に行き、「ハノイまでのオープンバスチケットが欲しい」と伝えると窓口のスタッフは怪訝な顔でこちらを見た。「ハノイまでのバスはある。だがオープンバスチケットはここでは売っていない」、とスタッフは説明した。どういうことだ? 間違いなくベトナムにはオープンチケットはあるはずなのだが。どこなら買うことができるのか、と僕はスタッフに尋ねた。「君の言っているオープンバスチケットは民間の旅行会社のサービスだ」とスタッフは説明した。そして「ファングーラオ通りやベンタイン市場のあたりの旅行会社に行って訊いてみるといい」と言った。結局、僕が朝歩いていたあたりにオープンバスチケットが買える店はあったのだ。青年がバスターミナルに行けばチケットが買えると言っていたが、このバスターミナルでは確かにハノイまでの長距離バスチケットは買えるものの、途中下車することのできない通常の長距離バスチケットだった。僕はこれ以上ここにいてもしかたないと思ってバスターミナルを出ていった。
チケットも買うことができずに、先ほどの一家とのいざこざのことも思い出して一気に疲れが体を襲ってきた。時計をみると時間は昼の二時過ぎだった。真上にある太陽がやたらと眩しく見えた。僕はもう何もする気になれず、途方に暮れた気持ちになった。

『ベトナム写真紀行』
目次
|1. 出発前
|2. ホーチミン到着
|3. ホーチミンの夜
|4. メコン川クルーズ(前編)
|5. メコン川クルーズ(後編)
|6. カジノ一家(前編)
|7. カジノ一家(後編)
|8. 不調
|9. タム・ビエット
|10. ハノイ到着
|11. 再会
|12. ホーおじさん
|13. トゥーソンの町と小林くんの思い出
|14. 旅の終わり
|15. 編集後記
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