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標準偏差と3σとは?生産技術が検査機の閾値を設定する手順

    「検査機の閾値、どうやって決めたんですか?」と聞かれて、答えられるでしょうか。

    勘や経験だけで決めていた閾値を、データに基づいた根拠のある数値に変える。そのために必要な「標準偏差と3σ」の知識と、現場で使える設定手順を解説します。

    はじめに:その閾値、根拠はありますか

    製造現場の検査工程で使われる検査機には、必ず「合格/不合格を判定する閾値(しきいち)」があります。

    ▪ 寸法検査機:「±0.05mm 以内なら合格」
    ▪ 重量検査機:「500g ± 3g 以内なら合格」
    ▪ 外観検査機:「明度スコアが 80 以上なら合格」

    この閾値、あなたの職場ではどうやって決めているでしょうか。

    ▪ 「昔からこの数値だった」
    ▪ 「なんとなく余裕を持たせた」
    ▪ 「お客様の図面公差をそのまま使った」

    根拠のない閾値は、過検出(良品を不合格にする)や見逃し(不良品を合格にする)の原因になります。

    この記事では、統計の基礎である「標準偏差と3σ」を押さえたうえで、生産技術として閾値を根拠のある数字で設定する手順を解説します。

    先に大事な結論を書いておきます。検査機の閾値は、1本ではなく2本あります。

    ① 合否の閾値    :これを超えたら不良として弾く線(図面公差がもと)
    ② 警告の閾値    :規格内だが「いつもと違う」を知らせる線(3σがもと)

    3σは、主に②で使う道具です。ここを混ぜると、良品を捨て続けることになります。順番に説明します。

    標準偏差とは何か

    標準偏差(Standard Deviation)とは、データのばらつきの大きさを表す数値です。記号は σ(シグマ)で表します。

    具体例で理解する

    ある工程で、部品の直径を10個測ったとします。

    測定値:10.01, 9.98, 10.03, 9.97, 10.02,
            10.00, 9.99, 10.01, 9.98, 10.01(単位:mm)
    
    平均値(μ)= 10.00 mm

    標準偏差 σ が小さければ「測定値が平均の近くに密集している」、大きければ「測定値が平均から離れてばらついている」ことを意味します。

    計算式(イメージだけ押さえれば十分)

    σ = √(各データと平均値の差の二乗の平均)

    実務では Excel で自動計算するので、式を暗記する必要はありません。大事なのは「σが何を意味するか」です。

    なお、抜き取ったデータから工程のσを推定するときは、二乗の合計を「個数」ではなく「個数-1」で割ります。Excelの STDEV.S 関数がこれです(使い分けは手順のStep 3で説明します)。

    正規分布と3σの意味

    製造工程のばらつきは、多くの場合「正規分布(釣り鐘型の分布)」に従います。

    正規分布では、平均値 μ と標準偏差 σ を使うと、データがどの範囲に収まるかを確率で予測できます。

    範囲        データが含まれる確率
    μ ± 1σ     約 68.3%
    μ ± 2σ     約 95.4%
    μ ± 3σ     約 99.73%
    μ ± 4σ     約 99.9937%

    3σが特に重要な理由

    「μ ± 3σ の範囲に、全体の 99.73% が収まる」。

    言い換えると、いつもどおりの工程で作られた製品でも、3σを超える値が出る確率は 0.27%(10,000個に27個)あります。

    この確率が、「偶然のばらつき」と「異常」の境目として、品質管理の世界で広く使われています。3σを超えたデータが出たら、「偶然ではなく、何か異常が起きている」と疑う根拠になります。管理図の管理限界が μ ± 3σ なのも、この考え方です。

    ▼ 管理図の種類と使い分け——Xbar-R・p・np・c管理図はどう選ぶ

    3σと、よく聞く6σ(シックスシグマ)の違いは、こちらで数字で比べています。

    ▼ 3σと6σの違い——シックスシグマは何がすごいのか

    3σは何の閾値に使うのか——合否の閾値と、異常を知らせる閾値

    ここが、この記事でいちばん大事なところです。

    3σで「合否」を決めると、良品を捨てることになる

    μ ± 3σ の外には、正常な工程でも0.27%の製品が出ます。つまり、3σをそのまま「不合格の線」にすると、図面上は合格の良品を、1万個あたり27個、毎回捨てることになります。

    工程のばらつきが小さく、図面公差に十分な余裕がある工程ほど、この損が目立ちます。捨てているのは、すべて良品だからです。

    2本の閾値を使い分ける

    閾値の種類    何をもとに決めるか                  超えたときの扱い
    合否の閾値    図面公差(+測定のばらつき分の余裕)  不良として排出する
    警告の閾値    工程の実力(μ ± 3σ)               流すが、工程を確認する

    ▪ 合否の閾値は「製品として使えるか」の線
      決めるのは図面公差。検査機の測定のばらつきを見込んで、少し内側に寄せる(後述のガードバンド)
    ▪ 警告の閾値は「工程がいつもと違うか」の線
      決めるのは工程の実力(3σ)。規格内でも、ここを超えたら工具摩耗や材料の変化を疑って工程を見に行く

    この2本立てにすると、良品を捨てずに、工程の異常だけは早く見つけられます。図面の規格と社内の管理値の関係は、こちらでも書いています。

    ▼ 規格値と管理値の違い——社内基準はなぜ図面より厳しいのか

    図面公差がない特性(外観スコアなど)は3σが合否の目安になる

    外観検査機の「明度スコア」や「傷の面積」のように、図面に数字の規格がない特性もあります。この場合は、良品のスコアの分布から μ ± 3σ(片側なら μ + 3σ など)を仮の合否の線にし、既知の不良品で見逃しがないかを確かめて決めます。

    工程能力との関係

    図面公差と工程のばらつき(σ)を比べると、工程能力(Cp・Cpk)を評価できます。

    Cp = 公差幅 ÷ 6σ

    Cp ≧ 1.33 が一般的な合格ラインとされています。これは「±4σ の範囲が公差の中に収まる」状態です。Cpが高いほど、合否の閾値と警告の閾値の間に余裕ができ、過検出も見逃しも起きにくくなります。

    ▼ 工程能力指数(Cp・Cpk)の計算と判断基準——1.33はなぜ合格ラインか

    生産技術が検査機の閾値を設定する手順

    実務での閾値設定は、次の6ステップで進めます。

    Step 1  基準サンプルを準備する
    Step 2  繰り返し測定でデータを集める(測定のばらつきも測る)
    Step 3  平均値と標準偏差を出す
    Step 4  合否の閾値と、警告の閾値を決める
    Step 5  既知の良品・不良品で確かめる
    Step 6  閾値を確定し、記録と定期見直しのルールを作る

    Step 1:基準サンプルを準備する

    まず、確実に良品と判断できるサンプルを用意します。

    ▪ 最低30個以上(重要な検査工程では100個以上が望ましい)
    ▪ 通常の製造条件で作られたもの(特別ロット・手直し品は除く)
    ▪ 時間帯・ロット・製造設備のばらつきが含まれるよう、複数の条件から採る

    Step 2:繰り返し測定でデータを集める

    基準サンプルを検査機で測り、測定値を記録します。

    ▪ 同じサンプルを複数回測って、検査機そのもののばらつき(繰り返し性)も確かめる
    ▪ 測定結果はExcelなどに記録し、生データを残す
    ▪ 測定中に設備の条件を変えない(温度・湿度・電源が影響する場合がある)

    【記録例】
    サンプルNo.  測定値1   測定値2   測定値3   平均
    001          10.012    10.009    10.011    10.011
    002           9.998     9.995     9.997     9.997
    …

    同じ部品を測って値が動く幅が、検査機の「測定のばらつき」です。これが大きいと、合否の判定そのものが信用できません。測定のばらつきの測り方(GR&R)は、こちらで書いています。

    ▼ 測定システム分析(GR&R)入門——その差、測定のばらつきかも

    Step 3:平均値と標準偏差を出す

    集めた測定値から、Excelで計算します。

    平均値 μ   :=AVERAGE(測定値の範囲)
    標準偏差 σ :=STDEV.S(測定値の範囲)
    
    【例】測定値50個の平均   μ = 10.000 mm
          標準偏差           σ = 0.008 mm
          検査機の繰り返し性  σ測定 = 0.002 mm(Step 2の同一品の繰り返しから)

    この時点でヒストグラムを描き、正規分布に近い形になっているかを確認します。極端に歪んでいたり、山が2つあったりする場合は、工程に問題がある可能性があります。

    ここで多くの人がつまずく:STDEV.S と STDEV.P

    Excelの標準偏差関数は2種類あります。

    STDEV.S … 手元のデータが「抜き取ったサンプル」のとき ←通常はこちら
    STDEV.P … 手元のデータが「全数」のとき

    選び間違えるとσが小さく出ます。つまり、工程能力が実力より良く見えてしまいます。監査で計算根拠を確認されたとき、関数の選択ミスは意図的な操作を疑われかねません。

    実際の測定データ30個を使って、関数の選び分けからヒストグラムの確認、Cp・Cpkの計算、上司に出す報告書の文例まで通した実践編も書いています。

    ▼ 【実践完全版】標準偏差・Cp・Cpkを現場データで使いこなす——Excel手順から上司への報告書まで

    Step 4:合否の閾値と、警告の閾値を決める

    図面公差が「10.000 ± 0.050 mm」の場合で考えます。

    ▪ ① 合否の閾値:図面公差から、測定のばらつきの分だけ内側に寄せる

    検査機の測定値には、測定のばらつきが乗っています。規格ぎりぎりの製品は、測るたびに合格と不合格を行き来します。そこで、測定のばらつきの2倍程度(ガードバンド)を、公差の内側に取ります。

    ガードバンド = 2 × σ測定 = 2 × 0.002 = 0.004 mm
    
    合否の閾値   = 9.950 + 0.004 〜 10.050 - 0.004
                 = 9.954 mm 〜 10.046 mm

    この考え方は、測定による合否判定の決め方として規格(JIS B 0641-1 など)にもまとめられています。客先と判定のルールを取り決めている場合は、そちらに従ってください。

    ▪ ② 警告の閾値:工程の実力(μ ± 3σ)

    上側 = 10.000 + 3 × 0.008 = 10.024 mm
    下側 = 10.000 - 3 × 0.008 =  9.976 mm

    2本を並べると、こうなります。

    測定値                   判定
    9.954 未満               不合格(排出)
    9.954 〜 9.976           合格。ただし警告(工程を確認する)
    9.976 〜 10.024          合格
    10.024 〜 10.046         合格。ただし警告(工程を確認する)
    10.046 超                不合格(排出)

    このときの工程能力は、Cp = (10.050 - 9.950) ÷ (6 × 0.008) = 0.100 ÷ 0.048 ≒ 2.08 です。十分な余裕があるので、規格の外に出る製品は理論上ほぼゼロです。

    もし3σの 9.976〜10.024 を合否の線にしていたら、規格の外に出る製品はほぼゼロなのに、1万個あたり27個の良品を捨てていたことになります。

    Step 5:既知の良品・不良品で確かめる

    閾値を決めたら、「確実な良品」と「意図的に作った不良品」の両方で確かめます。

    ▪ 良品サンプル(30個以上)がすべて合格になるか
    ▪ 不良品サンプルがすべて不合格になるか
    ▪ 限界品(公差ぎりぎりの品)が、何回測っても同じ判定になるか

    見逃し(不良品が合格になる)が出るなら、ガードバンドを広げるか、測定のばらつきそのものを減らします。過検出(良品が不合格になる)が多いなら、合否の線が工程の実力に対して厳しすぎないか、測定のばらつきが大きすぎないかを疑います。

    公差ぎりぎりの限界品は、再測定や目視確認のルールを決めておくのが実務的な対策です。

    Step 6:閾値を確定し、記録と定期見直しのルールを作る

    閾値が決まったら、次のことを文書にします。

    ▪ ① 合否の閾値と警告の閾値の数値と単位
    ▪ ② 設定の根拠(図面公差・平均値・標準偏差・測定のばらつき・サンプル数)
    ▪ ③ 設定日・設定者・承認者
    ▪ ④ 使った基準サンプルのロット情報
    ▪ ⑤ 次回の見直し時期(例:半年ごと・型番変更時・設備変更時)

    根拠のある閾値は、監査や品質問題が起きたときの説明資料にもなります。文書化は面倒に思えますが、あとで必ず役に立ちます。

    実例:重量検査機の閾値設定

    状況

    食品充填ラインの充填重量検査機(目標値:200g)の閾値を新しく設定します。

    Step 1〜3

    通常生産品から100個を採り、各サンプルを検査機で3回ずつ測りました。

    平均 μ       = 200.2 g
    標準偏差 σ   = 0.6 g

    Step 4

    警告の閾値(μ ± 3σ)= 200.2 ± 3 × 0.6 = 198.4 g 〜 202.0 g

    合否の閾値の下限は、表示量と、内容量の決まり(計量法の量目公差)、社内基準から決めます。ここは法令と客先の取り決めによって変わるので、必ず確認してください。

    3σの 198.4g は、「充填機の調子がいつもと違う」を知らせる警告の線として使います。198.4gを下回る製品が続いたら、ノズルの詰まりや原料の粘度の変化を疑って、充填機を点検します。

    Step 5

    ▪ 良品50個:すべて合格
    ▪ 意図的な充填不足品(195g程度):すべて不合格
    ▪ 充填過多品(205g程度):すべて警告が出る(上限の合否の線を社内基準で決めていれば、そこで不合格)

    Step 6

    合否の閾値と警告の閾値を設備のパラメータに入力し、設定根拠・日付を検査機の台帳に記録しました。次回の見直しは6か月後です。

    よくある間違い・落とし穴

    ① 3σの管理限界を、そのまま不合格の線にしてしまう

    3σは「工程がいつもと違うか」を見る線です。これを合否に使うと、図面上は合格の良品を捨て続けます。合否は図面公差(と測定のばらつき)で、警告は3σで、と分けてください。

    ② 図面公差を、測定のばらつきを考えずにそのまま合否の線にする

    公差ぎりぎりの製品は、測るたびに判定が変わります。測定のばらつきが大きい検査機ほど、ガードバンドが必要です。

    ③ サンプル数が少なすぎる

    10個のデータで標準偏差を計算しても、信頼性は低くなります。最低30個、重要工程では100個以上を原則にしてください。

    ④ 閾値を一度決めたら見直さない

    設備の経年変化、原材料の切り替え、工程条件の変更があれば、ばらつきの傾向が変わります。半年〜1年に1回の定期見直しが理想です。

    ⑤ 検査機そのもののばらつきを無視する

    検査機が、同じサンプルを測っても毎回違う値を出すなら、その誤差が閾値に大きく効きます。GR&R(測定システム分析)を先に行い、測定のばらつきが公差の10%以内に収まっていることを確認してください。

    まとめ

    ▪ 標準偏差σは、データのばらつきを数字にしたもの
    ▪ μ ± 3σ の範囲に、いつもどおりの製品の99.73%が収まる。外に出るのは1万個に27個
    ▪ 検査機の閾値は2本。合否の閾値(図面公差がもと)と、警告の閾値(3σがもと)
    ▪ 3σを合否に使うと、規格内の良品を捨て続けることになる
    ▪ 合否の閾値は、測定のばらつきの分だけ公差の内側に寄せる(ガードバンド)
    ▪ 図面公差のない外観スコアなどは、良品の分布の3σが合否の目安になる
    ▪ 設定根拠を文書にし、定期的に見直す

    「なぜその閾値にしたのか」を数字で説明できる生産技術エンジニアは、品質問題が起きたときに強い。まずは手元の検査機の閾値が、2本のどちらのつもりで決めた数字なのかを確かめてみてください。


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