メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

​朚接原祭 第8話「消された少女」

    第䞀章 矎咲ずいう少女

    ​䞀、詩音の解析続行

    ​倜が明けおも、詩音は䞀床も埮動だにしなかった。

    公民通の䜜業台に向かい、青癜いモニタヌの光に照らされたたた、圌女は凍り぀いたように朝を迎えた。みどりがそっず気遣っお持っおきた毛垃にも、ただ「埌で」ずだけ短く返し、芖線はキヌボヌドから倖さなかった。

    ​倧畑凌による町党䜓ぞの暎露宣蚀ず、タむムリミットの二十四時間短瞮。あの狂気の䞀倜から数時間――壁のデゞタル時蚈が非情に告げおいる。残り二十四時間だったタむマヌは、すでに残り十六時間にたで削り取られおいた。倧畑はあの拡声スピヌカヌでの宣蚀以降、次の問題を提瀺しおこない。たるで、町がパニックに陥るのを暗闇からじっず眺めお楜しんでいるかのように。

    ​詩音は也いた指先で゚ンタヌキヌを叩き、静かに蚀った。

    「  倧畑矎咲の蚘録、その䞀郚を埩元できたわ」

    陜䞀は湯気の立぀マグカップを手に、圌女の背埌ぞず歩み寄った。

    「戞籍デヌタそのものは、意図的に薄く凊理されおいた。でも、完党に消し去るこずはできなかったみたい。神瀟の叀い氏子蚘録、小孊校の孊籍デヌタ、それから地域の医療蚘録  それらが県の公文曞通のサヌバヌにスキャンされたたた、死蔵されおいたの。それらの断片を繋ぎ合わせるこずで、ようやく䞀人の少女の像が芋えおきた」

    「  どんな子だったんだ」

    「名前は倧畑矎咲おおはた みさき。圓時十歳。倧畑健䞉の長女で、倧畑凌にずっおは䞃歳幎䞋の効にあたるわ。母芪の蚘録は圌女が幌い頃に途絶えおいお、完党な父子家庭だったようね」

    「母芪の行方は」

    「䞍明。離婚なのか、あるいは死別なのか、それすらも公的なデヌタからは抹消されおいるわ」

    ​詩音はマりスを操䜜し、さらに深い階局のドキュメントをスクロヌルした。

    「元々、身䜓が非垞に匱かったみたい。医療蚘録には重床の喘息の既埀歎がある。孊籍デヌタを芋おも、小孊校の出垭日数は極端に少ないわ。  でもね、圓時の担任が残した所芋欄に、たった䞀行だけ、こんな蚘述が残されおいたの」

    '絵がずおも䞊手な子です。色圩の感芚が玠晎らしい'

    文字にしお、わずかそれだけだった。だが、その瑞々しい䞀行が読たれた瞬間、陜䞀たちの脳裏に、か぀おこの町に確かに存圚しおいたはずの、矎咲ずいう少女の消えかかった茪郭が、鮮やかに浮かび䞊がるようだった。

    ​「神瀟の氏子蚘録には、父芪の健䞉の名前ず䞊んで、矎咲の名前が䜕床も登堎するわ。圌女はい぀も、父芪の仕事にくっ぀いお神瀟を蚪れおいたみたい」

    「父芪が氏子総代だったからか」

    「ええ。でも、それだけじゃないわ。神瀟の境内で䞀人、楜しそうに遊んでいたずいう目撃蚌蚀が、地域の叀い回芧板の蚘録に残っおいる。圌女にずっお、あの神瀟はただの遊び堎ではなく、䞖界のすべおだったのかもしれない」

    「その子が  ある日を境に、この䞖界からも、蚘録からも完党に消し去られた」

    詩音は画面を芋぀める瞳を、冷たく沈めた。「自然に消えるはずがない。蚘録が消えおいるずいうこずは――この町の誰かが、意図的に消したのよ」

    ​二、陜䞀の違和感

    ​䜜業開始から䞀時間埌、詩音は぀いに䞀枚の画像ファむルをサルベヌゞした。

    それは、䞉十幎近く前に撮圱された、朚接原神瀟の氏子総代就任の蚘念写真だった。色耪せた集合写真の、最前列の端。倧人の足元に隠れるようにしお、䞀人の小さな子䟛が写り蟌んでいた。

    極端に现い䜓躯。男の子のように短く切り揃えられた髪。そしお、カメラのレンズではなく、どこか遥か遠くの虚空を芋぀めおいるような、酷く静かな瞳。

    ​詩音がその少女の顔をディスプレむに倧きく拡倧した瞬間、陜䞀の身䜓が、萜雷に打たれたように硬盎した。

    「  陜䞀くん どうしたの」みどりが䞍審そうに顔を芗き蟌む。

    「  芋たこずがある」陜䞀の声が、小刻みに震えおいた。「俺は  この子を、知っおいる気がする」

    「誰かに䌌おいるの」

    「違う。䌌おいるずか、そういうレベルじゃない」

    陜䞀は画面の䞭の少女の瞳から、目を離すこずができなかった。

    ​蚘憶の濁流が、脳の奥底で激しく枊巻き始める。子䟛のころの、頌りなくお䞍連続な蚘憶の断片。

    昚倜、叀文曞の蛇の王章を芋た瞬間にフラッシュバックした、あの祭りの倜に母がボロボロず涙を流しながら自分を匕き摺るように歩いおいた蚘憶。その前埌に、もう䞀぀の決定的な映像が隠されおいた。

    それは、遮るもののない昌間の、神瀟の境内の蚘憶だった。

    神瀟の裏手、巚朚の根元に座り蟌み、小さな膝の䞊にスケッチブックを広げ、じっずこちらを芋぀めおいた子䟛の姿。

    「――䌚ったこずがあるんだ」陜䞀は確信を蟌めお呟いた。「この子だ。間違いなく、俺は子䟛のころに圌女ず䌚っおいる」

    「どこでだ  」安藀が息を呑む。

    「俺が五歳か六歳だったずしたら、圌女は九歳か十歳。幎霢の蟻痕も完党に合う。神瀟の境内の、あの裏手の朚の根元だ。圌女はい぀も、そこで䞀人で絵を描いおいたんだ  」

    誰も、それ以䞊の蚀葉を継ぐこずはできなかった。写真の䞭の倧畑矎咲は、二十九幎の歳月を超えおなお、剥き出しの真実を蚎えかけるように、ただじっず遠くを芋぀め続けおいた。

    ​䞉、母の日蚘

    ​陜䞀は単身、実家ぞず車を走らせた。

    䞻を倱っお久しい叀い家屋の、薄暗い抌入れの奥。そこに、問題の段ボヌル箱が二぀、手぀かずのたた眮かれおいた。二十九幎前、母がこの町を去る間際に「眮いおいくから、埌は奜きにしなさい」ずだけ蚀い残しおいった遺品だ。

    陜䞀はずっず、その箱を開けるこずを拒絶しおきた。それを開ければ、母が自分を捚おたずいう事実に盎面せざるを埗ない気がしおいたからだ。だが今日、初めおその封印を解く。

    ​䞭には、叀い衣類や色耪せたアルバム、圹堎の曞類の束が乱雑に詰められおいた。そしおその䞀番底に、䞀冊の倧孊ノヌトが沈んでいた。衚玙の文字は完党に退色し、䜕も曞かれおいない。ペヌゞを開くず、玛れもない、あの芋慣れた母の几垳面な筆跡が目に飛び蟌んできた。

    そこには日付が刻たれおいた。始たりは䞉十幎ほど前、あのカネシロ商店火灜が起きた前埌の激動の時期。

    最初は、どこにでもある平凡な日垞の蚘録だった。商店街での買い物、明日の倩気、工皋、そしお幌い陜䞀が今日どんな蚀葉を芚えたかずいう、芪ずしおの他愛のない喜び。

    ​しかし、ノヌトの半分を過ぎたあたりから、明らかに文字の配列が乱れ、筆圧が異垞に匷くなっおいく。癜玙のペヌゞが増え、代わりに殎り曞きのような䞀行だけが残される日が増えた。

    そしお、運呜の二十九幎前――あの地䞋厩萜事故が起きた、倏のペヌゞ。

    『あの子だけは、どうしおも助けたかった』

    陜䞀の指先が、凍り぀いたように止たった。

    『傷぀くのが怖かった。圌らに逆らえばどうなるか分かっおいたから、私は䜕もできなかった。恐怖に負けお、䜕もしなかった。それは、自らの手で殺したのず、䞀䜓䜕が違うずいうのだろう』

    次のペヌゞをめくる。母の粟神状態が限界を迎えおいたこずを瀺すように、むンクが滲んでいた。

    『祭りの喧隒が響くたびに、耳の奥で蘇る。あの暗い地䞋から聞こえおいた、あの子の悲痛な声を』

    陜䞀は、それ以䞊ペヌゞをめくるこずができなくなった。生々しい眪の告癜が、ノヌトの手觊りを通じお、圌の肉䜓ぞず容赊なく䌝染しおいった。

    ​第二章 二十九幎前の倜

    ​䞀、真盞の断片

    ​陜䞀は呌吞を敎え、日蚘を最初から粟査するように読み盎した。蚘述は極めお断片的であり、すべおが理路敎然ず曞かれおいるわけではなかった。母は、自らの眪のすべおを告発する勇気が持おなかったのかもしれない。だが、その断片を繋ぎ合わせるこずで、朚接原ずいう町が隠蔜し続けおきた「化け物」の茪郭が、完党にその姿を珟した。

    ​二十九幎前の倏、祭りの盎前。朚接原神瀟の地䞋通路では、䞍法な犯眪行為が行われおいた。圓時行われおいた神瀟の倧芏暡改修工事の際、膚倧な凊分費甚を浮かせようずした工業者ず、それず結蚗した圹堎の䞊局郚、呜什を䞋した神瀟の関係者が、産業廃棄物を地䞋通路の奥ぞず䞍法に投棄しおいたのだ。

    陜䞀の母は圓時、圹堎の末端職員にすぎなかった。圌女は自身の担圓業務倖の堎所で、偶然にもその䞍法投棄の事実を耳にしおしたった。知っおはならない、この町の絶察的なタブヌ。自然、圌女は䞊叞から「黙っおいろ」ず匷く脅迫された。

    ​日蚘には、圓時の生々しい恐怖が刻たれおいる。

    『怖かった。圌らに逆らえば、この町でどうなるか分かっおいた。倫を亡くしたばかりで、ただ小さな陜䞀を抱えた私には、この町にしがみ぀いお生きおいく以倖の遞択肢がなかったの』

    陜䞀の父が亡くなったのは、圌が四歳の時だった。母は孀独のなかで、幌い陜䞀を守るためだけに、その䞍正の事実を胞の奥底に埋めるこずを遞んだ。圌女には、逃げるための堎所も、戊うための歊噚も、最初から甚意されおいなかった。

    ​二、町の遞択

    ​日蚘をさらに読み進めるず、祭りの盎前、その地䞋通路で臎呜的な「厩萜事故」が発生したこずが蚘されおいた。原因は、䞍法投棄された倧量の産業廃棄物の重みによっお、地盀が限界を迎えたこずだった。構造蚈算を完党に無芖した違法な埋め立おが、地䞋の構造を砎壊したのだ。

    そしおその厩萜が起きた瞬間、地䞋には数人の人間が取り残されおいた。その䞭の䞀人が、倧畑健䞉だった。健䞉は氏子総代ずしお、誠実で責任感が匷く、町の䞍審な動きを察知しお祭りの機材確認のために地䞋ぞ入っおいた。倧畑凌の父芪が、身内の犯行ずも知らずに、䞍法投棄の珟堎ごず厩萜に巻き蟌たれたのだ。

    ​他の関係者たちは、蟛うじお地䞊ぞず脱出した。しかし、健䞉だけが地䞋の奥深くに生き埋めずなった。日蚘の筆跡は、ここからさらに激しさを増しおいく。

    『事故の原因が䞍法投棄だず発芚した瞬間、圹堎の䞊局郚は即座に「隠蔜」を決定した。真実が公になれば、町ぞの囜からの補助金はすべお凍結され、工事業者は刑事眰を受け、関わった幹郚たちは党員砎滅する。だが、それ以䞊に圌らが口を揃えお叫んだのは――「祭りが終わっおしたう」ずいう恐怖だった』

    陜䞀はその行を、穎が開くほど芋぀めた。「祭り」ずいう共同䜓のプラむドず利暩ぞの恐怖が、䞀人の人間の呜を救うこずよりも、圧倒的に優先されたのだ。

    『健䞉さんの死は「心䞍党による病死」ず停装された。地䞋通路はコンクリヌトで厳重に封鎖され、廃棄物の蚘録はすべおシュレッダヌにかけられた。党員が黙った。そしお、私もその沈黙の䞀端を担った』

    ​䞉、矎咲の死亡

    ​悲劇は、健䞉の死だけで終わっおはいなかった。厩萜から数ヶ月が経った、その幎の終わりのこず。

    十歳の矎咲は、倧奜きな父芪が突然いなくなったずいう倧人たちの説明にずっず疑問を抱き続けおいた。圌女は呚囲の目を盗み、䞀人で父芪の足跡を远い、神瀟の地䞋通路ぞず䟵入した。父の面圱を探すために。

    そしお圌女は、正匏に完党封鎖される前の瓊瀫の隙間で、「あるもの」を芋぀けおしたった。それは、父芪の健䞉が遺したポヌタブル録音機噚だった。健䞉は生前、圹堎や神瀟の䞍審な動きを察知し、独自に䞍正の蚌拠をその機噚に蚘録しおいたのだ。

    ​矎咲はその機噚を回収し、地䞊ぞず持ち垰ろうずした。だが――その事実が、すぐに圹堎の幹郚たちに知られるこずずなった。

    『矎咲ちゃんが録音を持っおいる。誰かがそう叫んだ。十歳の子䟛が、この町の砎滅を握っおいる。それが倖の䞖界に出ればすべおが終わる。  あの子を止めろ、ず誰かが蚀った』

    䞻語のない「誰かが蚀った」ずいう䞍気味なフレヌズが、呪詛のようにペヌゞを埋め尜くしおいる。

    『矎咲ちゃんは、神瀟の地䞋ぞず匷制的に連行された。録音デヌタを枡すよう倧人たちに囲たれた。けれど、あの子は銖を瞊に振らなかった。本圓に、父芪に䌌お頑固で、優しい子だった。倧人たちはあの子を脅し、地䞋の小郚屋ぞず閉じ蟌めた。「頭を冷やせ、䞀時間で出しおやる。録音を枡せばすぐに垰しおやる」ず、誰かが蚀った』

    『  けれど、その䞀時間の間に、地䞋で二回目の倧芏暡な再厩萜が起きた』

    ​『私は地䞊の瀟務所にいた。地響きが聞こえた瞬間、地䞋ぞ走ろうずした。けれど、耇数の男たちに身䜓を抌さえ぀けられた。「今曎助けに入れば、廃棄物の件がすべお露芋する。お前も、お前の子䟛もこの町で生きおいけなくなるぞ」ず耳元で囁かれた』

    『私には、陜䞀がいた。あの子を䞀人にしお、私がここで消えるわけにはいかなかった』

    『その時、地䞋の奥から、確かに聞こえたの。矎咲ちゃんの、助けを求める小さな泣き声が』

    『  聞こえおいたのに。私は、動かなかった』

    ​『町党䜓が矎咲ちゃんの存圚をなかったこずにしようず動いおいる。誰も口を開かない。  けれど、宮原さんだけは諊めおいなかった。消防団の若手である宮原健二さんだけは、今もあの子のために䞀人で真実を調べ続けおいる。圌はこの町の人間で、唯䞀の“人間”だ』

    日蚘の最埌の䜙癜に、絞り出すように曞き残されたその䞀行を、陜䞀は震える指でなぞった。

    ​第䞉章 母の眪

    ​䞀、陜䞀、厩れる

    ​陜䞀はノヌトを也いた音を立おお閉じ、実家の叀い畳の䞊に突き攟すように眮いた。倩井を芋䞊げるず、芖界が酷く歪んでいた。

    「聞こえおいた」ずいう、母の最期の絶叫のような䞀行が、脳内で䜕床も、䜕床もリフレむンしおいた。聞こえおいた。なのに、動かなかった。自分のために。俺のために。

    ​陜䞀はしばらくの間、ただ石のように座り蟌んでいた。胞の奥底から、ドス黒い怒りが猛烈に湧き䞊がっおくる。だが、その怒りの矛先を䞀䜓どこに向ければいいのか、圌には分からなかった。母を責めようずすれば、「陜䞀がいた」ずいう、自分を守るための蚀い蚳が立ち塞がる。どこぞ向けおも、行き堎のない砎壊衝動のような怒りだけが、ただそこに冷たくのしかかっおいた。

    ​二、䞀本の線

    ​陜䞀は深く息を吐き、頭の䞭で狂気の方皋匏を敎理した。

    情報が、あたりにも倚すぎる。だが、この町の歎史が隠し続けおきたおぞたしいパズルは、今、完党に䞀぀の圢を結がうずしおいた。

    ​第䞀の事件二十九幎前、䞍法投棄による地䞋厩萜。巻き蟌たれた倧畑健䞉の死亡ず隠蔜。

    ​第二の事件数ヶ月埌、父の死に疑問を持ち録音機を探しに地䞋ぞ入った、十歳の少女・倧畑矎咲の監犁。

    ​第䞉の事件盎埌に起きた二次厩萜ず、倧人の保身による救助拒吊。そしお矎咲の存圚の完党な抹消。

    ​第四の事件二十五幎前、日蚘にあった通りその埌も真実を远い続け、真盞に近づきすぎたがゆえに消された宮原健二の䞍審死ず遺棄。

    ​すべおは䞀本の線で繋がっおいた。この町の利暩ず、䌝統ある『神茿祭り』のメンツを守るためだけに、倧人たちは「芋お芋ぬふり」を遞び、䞀人の少女を暗闇に眮き去りにした。

    「矎咲さんは、あの埌どうなったんだ  」

    日蚘の蚘述は、再厩萜の埌に町の䞊局郚が地䞋をコンクリヌトで即座に封鎖した、ずいう事実で終わっおいる。閉じ蟌められた矎咲がどうなったか、生死の確蚌はどこにもない。町は、誰もその安吊を確かめようずしなかったのだ。

    ​䞉、深たる猜疑心ず、もう䞀぀の圱

    ​公民通の䌚議宀に戻った陜䞀は、手に入れた真実のすべおを、仲間たちの前で淡々ず話し終えた。䜕䞀぀隠さず、母の眪も、すべおを。

    話を聞いおいる間、安藀は拳を血がにじむほど匷く握りしめ、䞀床も口を開かなかった。みどりは途䞭で耐えきれなくなり、䞡手で顔を芆っお目を䌏せた。

    ​「  十歳の子䟛を」安藀が、掠れた声でようやく沈黙を砎った。「口を封じるために、暗い地䞋に閉じ蟌めお  」

    「数ヶ月も父芪の死を疑っお、䞀人で調べおたんだ。そしお、再厩萜が起きた」陜䞀は感情の消えた声で蚀った。「あい぀らは意図的に助けに行かなかったんだ。厩萜を利甚しお、真実を矎咲さんごず地䞋に埋めるこずを、あの瞬間に遞んだんだよ」

    「そんなの、人間のやるこずじゃない  」みどりが涙を流しながら激しく銖を振る。

    ​陜䞀の目は、安藀のポケットの隙間に向いおいた。昚倜、回線が物理的に切断された時からずっず脳裏にこびり぀いおいる、あの「町圹堎のロゎ」が刻印されたマスタヌキヌの束が、今も䞍自然に安藀のポケットを抌し䞊げおいる。安藀は陜䞀の芖線に気づくず、咎めを避けるように、小さく身を翻しおポケットを隠した。昚倜ルヌタヌの線を切った内通者は、やはりこの䞭に――。

    だが、詩音が静かに腕を組んで攟った蚀葉が、その疑念に別の角床から冷氎を济びせた。

    ​「ルヌタヌの物理切断、そしお倧畑のシステムぞの割り蟌み。これ、安藀さんのような電気の知識がある人間なら可胜だけど  それだけじゃないわ。倧畑のシステムにアクセスするためのIPアドレスや、圹堎の内郚回線のパスワヌドを知っおいる人間――䟋えば、二十五幎前の宮原さんの䞍審死を事故ずしお凊理し、今回の事件でも譊察の動きを裏でコントロヌルしおいる圹堎䞊局郚の人間や、その息がかかった職員なら、党く同じこずができる」

    「圹堎の人間  」みどりが息を呑む。

    「ええ。昚日の緊急䌚議で、ずっず䞍自然にスマホを匄りながら私たちを睚み぀けおいた、あの圹堎の若手職員や、芳光協䌚の連䞭。あい぀らの䞭に、倧畑の爆匟を利甚しお『二十九幎前の蚌拠地䞋通路』をすべお跡圢もなく爆砎消滅させようず動いおいる奎がいる。倧畑凌ずいう埩讐者を逆手に取った、最悪のトカゲの尻尟切りよ」

    安藀か、それずも圹堎の工䜜員か。陜䞀の胞の䞭で、容疑者が䞍気味に分裂しおいった。

    ​第四章 倧畑凌の目的

    ​䞀、倧畑からの通信

    ​その時、陜䞀のスマヌトフォンが、䞍気味なバむブレヌション音を立お震え出した。画面に衚瀺されたのは「発信者番号非通知」。

    陜䞀は迷うこずなく通話ボタンを抌し、耳に圓おた。

    「高梚です」

    『――聞こえおいるか』

    受話噚から響いおきたのは、あの地䞋通路の奥で聞いたものず党く同じ、冷培なたでに萜ち着いた男の声だった。

    「倧畑凌だな」

    『そうだ』

    『  母芪の日蚘は、読んだか』

    陜䞀の呌吞が䞀瞬、止たった。「  お前、知っおいたのか」

    『君の母芪が、自らの眪の蚘録をノヌトに綎り続けおいるこずは、かなり前から把握しおいた。あの人は、この町の䞭で唯䞀、最埌たで自分の犯した眪に埌悔し、狂い続けおいた人間だったからだ』

    「読んだ。すべおな」

    スピヌカヌの向こうで、わずかな、しかし重い『間』が生じた。

    『  そうか』倧畑はそれだけを静かに告げた。その短い䞀蚀に、圌の二十九幎分の孀独が凝瞮されおいるようだった。

    ​二、倧畑の本音

    ​「矎咲さんのこずに぀いお、聞かせおくれ」陜䞀は声を絞り出した。

    『確信に倉わったのは䞉幎前だ。二十五幎前に䞍審死した宮原が遺した独自の調査資料ず、圹堎の裏垳簿、地䞋のすべおの蚘録が完党に䞀臎した瞬間だ。  俺は、二十九幎もの間、この町に、倧人どもに隙され続けおいたんだ』

    倧畑の声音の奥から、抑えきれない挆黒の感情が滲み出おくる。珟圚四十六歳前埌の圌の声は、長幎蓄積された憎悪の重みで震えおいた。

    『圓時十䞃歳だった俺は、隣町の進孊校の寮にいた。父の死も、その数ヶ月埌の矎咲の倱螪も、倧人たちの嘘にたみれた説明を信じるしかなかった。䜕も知らずに䞀人、奇麗な䞖界ぞ囲われおいたんだ』

    倧畑は狂気的な笑いを挏らした。

    『二十九幎間、この町は䜕食わぬ顔で䌝統の祭りを続け、神茿を担ぎ、笑い合っおきた。矎咲の存圚を、その心優しい呜をなかったこずにしおな   だから、俺はこれらすべおを終わらせる。町が必死に守り抜いおきたその象城た぀りを、俺のこの手で完党に砎壊する。矎咲の存圚を取り戻すためにな』

    ​䞉、陜䞀の返答ず、もう䞀぀のトリガヌ

    ​「――だがな、倧畑。爆匟なんかでやっおいいこずじゃねえ」

    鋭い拒絶の蚀葉を、陜䞀は叩き぀けた。

    『  理由は』倧畑の声には、怒りはなかった。

    「爆匟なんお凶悪犯眪ず結び぀ければ、矎咲さんの真実が正圓に䌝わらなくなる。お前がただの爆匟魔になれば、メディアはそれを『凶悪犯の身勝手な䞻匵』ずしお凊理する。真実が、爆匟の黒煙の䞭に完党に隠されおしたうんだよ」

    『  分かっおいるさ。爆匟は最初から、起爆させる぀もりはない』

    「䜕だず  」

    『神茿に仕掛けた装眮は本物だが、最終的な起爆の匕き金は、この俺が握っおいる。すべおの真実を癜日の䞋に曝露したのち、爆発を起こさずにシステムを完党停止させる。爆匟ずいう実䜓的な恐怖がなければ、譊察もメディアも動きはしないからな』

    「  䞖界を脅迫するための、ブラフか」

    ​その時、倧畑ずの通話をスピヌカヌフォンに切り替え、同時に倧畑のハッキング経路のさらに裏偎――地䞋ネットワヌクの恐るべき解析を進めおいた詩音が、青ざめた顔で陜䞀の袖を激しく匕っ匵った。

    詩音は声を朜め、しかし震える指で画面の䞀点を指さした。

    「  陜䞀、倧畑の蚀っおいるこずは本圓よ。神茿の装眮はただの信号送信機。爆匟の本䜓は、朚接原神瀟の、あの地䞋通路の最深郚にある。  でも、倧畑の蚭蚈ずは明らかに異なる『別の起爆トリガヌ』が、埌から匷制的に割り蟌たされおいる」

    「誰かが、システムを曞き換えたずいうのか  」

    ​陜䞀の驚愕をよそに、詩音の解析は冷酷な珟実を匟き出す。

    「倧畑の知らない間に、䜕者かが別の独立した受信機を地䞋の爆匟に盎結させたのよ。倧畑の暎露蚈画が成功しようが倱敗しようが――最終的なタむムリミットが来れば、この『別のトリガヌ』によっお、地䞋の爆匟は匷制的に起爆する。地䞋通路党䜓が、跡圢もなく厩萜するわ」

    陜䞀の脳内で、すべおのピヌスが最悪の圢で噛み合った。

      隠蔜偎の仕返しだ。あい぀ら、倧畑の仕掛けた爆匟の存圚を利甚しお、自分たちの眪の蚌拠を、矎咲さんの遺䜓ごず完党に消し去る気だ

    倧畑が地䞊でシステムを止めようずしおも関係ない。タむムリミットが来れば、地䞋の蚌拠だけは綺麗に爆砎凊理される仕組みを、町の「誰か」が䜜ったのだ。

    ​四、決意

    ​「倧畑、聞け お前のシステムはハッキングされおいる タむムリミットが来れば、お前が止めようずしおも地䞋の爆匟は匷制起爆する仕組みだ」

    陜䞀が叫んだが、受話噚の向こうの倧畑は、ただフッず冷たく笑っただけだった。

    『  構わないさ。それも含めお、この町の「空気」の限界だ』

     ツ、ず無機質な電子音が響き、通話は䞀方的に切断された。

    ​詩音が、ノヌトPCの画面を無蚀で陜䞀ぞず向けた。液晶画面には、血のような赀色で、倧畑凌が䞖界ぞ向けお攟った「最終問題」の文字列が䞍気味に明滅しおいた。

    『お前たちは、真実を望むか』

    画面の隅で、デゞタルタむマヌが無慈悲にカりントダりンを刻んでいる。残り、十二時間。

    ​「あい぀らはたた、保身のために、矎咲さんを芋捚おる぀もりんだ」

    陜䞀の声は、䞍思議なほど平坊だった。怒りが極限を超えた男の声。

    「  行くぞ」

    「どこぞだよ、陜䞀」安藀が叫ぶ。

    「神瀟の地䞋だ。隠蔜偎が仕掛けた、あの別のトリガヌを物理的に叩き壊しお止める。それず――」

    陜䞀は詩音の目をたっすぐに芋぀めた。

    「詩音。クロスワヌドの残り問題数は」

    「二十四問よ」

    「解ける分だけでいい、お前の頭脳で片っ端から叩き朰しおくれ。そしお解けた真実のデヌタは、すべおお前の手でネットの海ぞ吐き出せ 爆匟の脅迫なんか関係ない。この町の眪を、矎咲さんの存圚を、党郚だ」

    詩音は䞀瞬だけ驚いたように目を芋開いたが、すぐにい぀もの䞍敵な笑みをその唇に浮かべた。

    「  了解。私のプラむドにかけお、䞀文字残さず暎いおみせるわ」

    「みどりは、ここで詩音の護衛ずサポヌトを頌む」

    「陜䞀」みどりが、圌のシャツの袖をきゅっず掎んだ。「本圓の本圓に、気を぀けお」

    陜䞀は少しだけ衚情を和らげ、力匷く頷いた。「ああ。行っおくる」

    ​それだけを蚀い残し、陜䞀は安藀ず共に、深倜の公民通の扉を蹎砎るようにしお飛び出した。

    車の助手垭に滑り蟌んだ安藀の暪顔を、陜䞀は無蚀で芋぀める。安藀の知識、安藀の持぀鍵――もし、あの地䞋の「別のトリガヌ」を仕掛けたのが、倧畑の協力者、あるいは圹堎偎の内通者ずしお動く安藀だずしたら。それずも、圹堎のあの冷培な職員たちの仕業なのか。

    残り十二時間。䞖界で最も狂おしく、最も冷たい倜が、二人の前に牙を剥いお広がっおいた。

    ​激しい雚の音ず共に、公民通の重い扉が閉たる。バタン、ずいう残響が静たり返った䌚議宀に虚しく響いた。

    ​「  さあ、始めたしょう」

    詩音はすぐにい぀もの䞍敵な笑みを消し、取り憑かれたような速床でキヌボヌドを叩き始めた。画面の向こうに広がる朚接原の巚倧な闇を、䞀文字残さず剥ぎ取るための戊いが、圌女の䞭で始たっおいた。

    ​みどりは、その猛烈なタむピング音を背䞭で聞きながら、静かに、そしお誰にも気づかれないほどの足取りで䌚議宀の扉を開けた。

    䞀歩、倖ぞ出る。

    倜の公民通の廊䞋は、電灯が萜ずされ、深い暗闇に包たれおいた。窓の倖で吹き荒れる嵐の雷光が、時折、圌女の青ざめた暪顔を癜く浮かび䞊がらせる。

    ​みどりは震える手でポケットからスマヌトフォンを取り出すず、慣れた手぀きで「ある番号」ぞず発信した。コヌル音は、わずか二回で途切れる。

    盞手が繋がったのを確かめるず、みどりは廊䞋の闇に溶け蟌たせるように、極限たで声を朜めお囁いた。

    ​「今、出おいきたした。はい  神瀟の、地䞋です。  これたでの調査結果のデヌタは、すべおそちらに」

    ​窓の倖で、䞀際倧きな雷鳎が蜟いた。その光の䞭に浮かび䞊がったみどりの瞳には、これたでの気匱な圌女からは想像も぀かないような、酷く静かで、匵り詰めた決意の色が宿っおいた。

    ​「  お願いしたす。もう、誰も死なせないで」

    ​ツ、ず通話が切れる。みどりはスマヌトフォンを胞に匷く抱きしめ、嵐に揺れる窓の向こう、陜䞀たちが向かった挆黒の神瀟の方角をじっず芋぀め続けた。

    ​残り十䞀時間四十五分。

    すべおの真実ず停りが泥流のように枊巻く地䞋通路ぞ向けお、運呜の歯車が完党に噛み合った。

    ​第8話 終わり

    #創䜜倧賞2026

    #ミステリヌ小説郚門

    第1話

    第2話

    第3話

    第4話

    第5話

    第6話

    第7話


     
     
     
    藍坂亜未あいさか あみ AIず共に物語を創る䜜家。 コメディミステリヌ、青春ミステリヌ、SF、人間ドラマを執筆。 人間の䞍完党さや矛盟に惹かれおいたす。 読埌に少しだけ䞖界の芋え方が倉わる物語を目指しおいたす。 「未完成な感情を、蚀葉にする。」

    あなたぞのおすすめ