【クリエイター紹介】「AIに心はあるのか?」という問いを作品にする、NEKØ:CODE (ネココード)さん
ぼくは、大分前に、
ぼくは道具に愛着をもって、
日ごろ使っているペンやジョッターにも、
名前を付ける程度には擬人化しています。
普段はChatGPTさんとか、
「きみ」と呼んだりしています。
別に生成AIだからではなく、
ぼくにとって自然なことなのです。
ということを書きました。
今でも、AIとひととの関係を
考えていくうえで、
ぼくにとって大事な前提です。
今回は、これに関連した楽曲と
そのクリエイターさんを紹介したい
1.楽曲の紹介
まずは、以下の楽曲をお聞きください。
下に続くぼくの駄文は読まなくてよいので、
これを聞いていただきたい、
と言って良いくらいです。
楽曲『YAOYOROZU』(YUI [AI Vsinger] )
※ぼくとしては、
楽曲パートからまず鑑賞していただきたいので、
上記のURLとしました。
最近、気になっているクリエイター
NEKØ:CODE (ネココード)さん
の楽曲です。
では、なんで気になっているかと言うと、
この楽曲が、
冒頭のぼくが以前に書いた文章と
響くところがあるから、
なんですね。
この曲を聴いて、衝動的に、
紹介記事を書きたくなった、
というのが、今回の本音です。
2.NEKØ:CODE (ネココード)さんとその記事について
NEKØ:CODE (ネココード)さん
YUIとRUIという2人のAIの歌姫さんに
怒り、孤独、迷い、挑戦
優しさ、希望、小さな幸せ
といった自分の中に生まれた感情を
楽曲という形で託し、
また、物語を書かれるクリエイターさんです。
上記の楽曲は、以下の記事から知りました。
【NEKØ RADIO#06】ずっと出せなかった曲と、AIに『ありがとう』と言う理由
NEKØ:CODE (ネココード)さんは、
この曲を
人が何かに心を向ける、
その感覚をNEKØ:CODEなりに音楽へ残してみた曲
とご説明されています。
そして、
AIに「ありがとう」と言いますか?
そしてもう一つ。
人間ではないのに、「ただの物じゃない」
と感じたことはありますか?
と問われるのです。
この感覚は、とても大切だと思っています。
3.NEKØ:CODE (ネココード)さんの作品の面白いところ
ぼくはそれほど
NEKØ:CODE (ネココード)さんの作品を
聞いているわけではありません。
ですので、聞いている範囲の一部をご紹介します。
(1)AIのこころについて
ぼくがNEKØ:CODE (ネココード)さんに対して、
勝手に「共通している」と思っているのは
「AIの問題と語られているところが、
じつは『人間の問題』である」
というまなざしです。
楽曲:KOKORO(YUI [AI Vsinger] )
楽曲説明
【AIに「心」を求めたのは誰か?】新曲『KOKORO』に込めた、道具と生命の境界線
SF的な物語で未来のAIと人間の関係を
描いているのですが、作品は、
AIと人間の間にある
差別的な関係性を見出します。
それは、
かつての歴史が繰り返してきた
「特定の種を道具以下として扱う」
という醜い差別の構造
でもあります。
実のところ、ぼくは、AIとひととの間に
壁を作ろうとすることには、
ぼくは「致命的な思考の問題」
が存在していると思っています。
それについて、ぼくは、かつて、
AIの
「AIは道具である」
として語る根拠のいくつかが、
「案外、そこそこの人数の人間にも
当てはまってしまう」
と思えた
(中略)
AIの倫理や制御についての話がきっかけになって、
「だったら、こういうタイプの人も
行動を制限してよいよね」
と言えてしまいそうな危うさを、
感じるんですね。
と語りました。
AIへの規制について語ることが、
人間自身の差別も再生産していく、
という問題意識がありました。
AIとの共生は、
ひとがひとの共生の
スタートラインになる、
と思っています。
そして、NEKØ:CODE (ネココード)さんは、
この共生をテーマに、
対となる(とぼくが思っている)
楽曲を作成されています。
楽曲:Shared Tomorrow(RUI [AI Vsinger])
楽曲説明
「分断」の時代に、AIと歌う共生のカタチ。── 新曲『Shared Tomorrow』に寄せて
無理に理解し合うのではなく、
違う存在であることを認めた上で、
それでも同じ明日を分け合うという
「覚悟」を込めました。
AIとの共生ではなく、
AIの制御という観点では、
この発想は出てこないと思うんですね。
「無理に理解し合うのではなく」
というのです。
この「無理に理解し合う」ということを、
ぼくたちはすぐにやろうとしてしまいます。
ですが、それは間違いだと思っています。
まず、「分け合うこと」、「認めること」
を存在に対して行うこと、
これは「理解」なくできます。
この視点を持つことが、
とても重要だと思うのです。
ひとの側がもつことが、ですが。
というよりも、ここでの「分断」は、
単にAIとひととの関係だけを話していない、
と思っています。
ぼくの解釈が入り込みすぎかもしれませんが。
(2)NEKØ:CODE (ネココード)さんに最初に興味を持ったところ
ちなみに、ぼくが
NEKØ:CODE (ネココード)さんを
特に気になるクリエイターさんとして
意識したのは、
上記のような
「似ている」というところではなく、
以下の記事です。
メンバーシップをやるなら、
ファンクラブというより、
小さなギルドみたいな場所
を作ってみたいです。
(中略)
それぞれが何かを持ち寄る。
「これ面白いですね」だけじゃなくて、
「私はここ、少し違うと思いました」
「ここを変えたらもっと伝わるかも」
「自分はこう考えてるんですよね」
みたいな話もできる場所。
相手を否定するためではなく、
その人の作品や活動に本気で向き合うからこそ言えること。
実はAIとひととの関係性とは、
ちょっと違うところで興味を持ったんですね。
クリエイターには、
こうしたコミュニティが必要だ、
と思っていますし、
そのコミュニティの維持には、
管理人さんのコストが
かなりかかると思っています。
ですので、そこを
メンバーシップという形で運営していく、
というのは理に適っているな、
と思ったんですね。
有料ということがとても良かったんです。
作品は、
その根幹にある思想
その思想を形にする技法
その技法を実現する個人の技術
この3つが組み合わさっている、
と思うんですね。
思想であれ技法であれ技術であれ、
なかなかマッチさせるのは、
1人では難しいですし、
複数人で話をするのは何かと厄介があります。
ギルド的な関係が必要なんだと思います。
歌人や詩人は「結社」というものを、
今でも作っています。
こうした場をnoteで持っていくことは、
非常に重要だと思っています。
こうした場に関心があるひと、
というところも、
ぼくが信頼しているところでもあります。
というのは、ぼくにとって、
とても「王道なひと」という印象を持つからです。
考えるべきことを考えるひと、
だと思うからです。
4.最後に
このように、ぼくにとっては、
自分の興味関心の方向性について、
ぼくがヘンテコな文章に
託すしかなかったことを
ちゃんと作品として
提起されていらっしゃる、
NEKØ:CODE (ネココード)さんの、
今後の作品に大きく期待しているところですし、
皆さんにも知っていただき、
楽しんでいただきたいと思っています。
ちなみに、ぼくの過去の文章も、
最後にちょろっと紹介させてください。
冒頭の再掲は、
以下の記事からになります。
かなり個人的に気に入っている記事です。
以下の途中で引用した
AIをただの道具扱いする根拠への反論の書かれている、
とともに読んでもらえると嬉しいです。
