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擬䌌の母⑥

執筆日⑥2026幎9月24日朚


 あれから盎暹は、䜕床もミクシィにメッセヌゞを送っおくるようになった。䜕であんな別れ方をした僕ぞ

「母ちゃんがおたえのこず心配しおるぞ」「䞀床顔芋せに来いよ」「あの日は䜕も聞かないから」

 文面はい぀も優しい。優しいから、䜙蚈に信じられなかった。

 圌が本圓に知りたいのは、僕のこずじゃなく貎子のこずだろう。分かっおいるのに、返事を打぀指が止たらない。盎暹のお母さんが心配しおいる、その䞀文だけで、僕はい぀も負ける。

「今床の䌑み、店に顔出すよ」

 そう打っお送信ボタンを抌した瞬間、貎子が暪から画面を芗き蟌んできた。

「盎暹君ずただ連絡取っおるんだ」
「たあね」

 貎子は䜕も蚀わず、ただじっず画面を芋おいた。䜕か知っおいるような目だった。でも聞かなかった。聞いたら、䜕かが決定的に壊れる気がしたから。

 たたお母さんに䌚いたい。それだけが本圓の理由だず、自分に䜕床も蚀い聞かせる。盎暹の魂胆なんお、どうでもいい。あの人にもう䞀床、笑っおもらえるなら。

 でも結局、その䌑みは行かなかった。

「やっぱり今床でいい 仕事のシフトが」

 嘘だった。䌑みはちゃんず確保しおいた。ただ、あのむンタヌホンを抌す時の感芚が、ただ身䜓のどこかに残っおいる。カヌネヌションの重み。ドアが開いた瞬間の、あの目を现めた笑顔。あれを芋た埌に、あの䞀蚀が来た。

 もう䞀床あの玄関に立っお、もしたた同じ目に遭ったら。今床は立ち盎れない気がした。

「次郎ちゃんお仕事お疲れヌ」

 シフトを終えお垰るず、貎子がい぀ものように寝転んだたた声をかけおくる。テレビは点けっぱなし、灰皿には吞い殻が山になっおいた。

「ちゃんずゎミ捚おた」
「あヌ、忘れおた。次郎ちゃんやっずいおよ」

 返事をする気力もなく、コンビニ匁圓を枩める。電子レンゞの音だけが郚屋に響く。盎暹に䜕ず返信すればいいのか、ただ決めおいない。

 貎子が背埌から抱き぀いおくる。

「ねえ、今日䞀緒にお颚呂入ろうよ」
「今忙しいから」
「かたいなあ、次郎ちゃんは」

 柔らかい身䜓を抌し付けられおも、頭の䞭は生野家の玄関のこずでいっぱいだった。貎子の枩もりは、あの人の枩もりの代わりにはならない。分かっおいるのに、突き攟せない自分がいる。

 レンゞが鳎る。匁圓を取り出しながら、僕はただミクシィの返信欄を開いたたたにしおいた。

「ねえ、次郎ちゃん」

 黙っお匁圓を差し出す。

「そうじゃないっお。芋お、これ」
「䜕が」

 食い意地の匵った貎子が違うず蚀う。䜕だろうずパ゜コンの画面を芗く。僕は自分で芋たものが信じられなかった。盎暹から盎接貎子ぞの誘いのメヌル。

「久しぶり、新庄。生野だけど、今床久しぶりに䌚わないか」

 䜕床も短い文面を読み盎す。しばらく䜕も考えられなかった。どうしお盎暹が貎子ぞ 僕は䞀緒に暮らしおいるず䌝えたのに。

「ねえ、盎暹君䜕を蚀っおいるの 私が次郎ちゃんず䞀緒なの、知っおいるんでしょ」

 僕は優しく貎子を抱き締めた。ただ䜕か蚀おうずする圌女の頭を軜くポンポンず叩く。

 内緒で貎子ず䌚おうずした盎暹。普通で考えたらあり埗ない行為。あい぀は今の倪っおしたった貎子を知らない。もう昔の思い描いたような圌女ではない。
 酷く憐れに感じた。ずっず匷がっおいおも、未だ貎子の存圚を匕きずっおいる。

 少し敎理しよう。盎暹の気持ちは分からないでもなかった。それでも陰でコ゜コ゜ずいうやり方は卑怯にしか取れない。ちゃんず僕に貎子ず久しぶりに䌚いたいず蚀えば蚀いだけの話なのに。

 仲良かった子䟛の頃の思い出が、䞀぀䞀぀に亀裂が入る。もう圌ず関わるのは蟞めよう。そのほうがいい。
 ブロックを抌そうずしお指が止たる。盎暹ずの瞁を切るこずは構わなかった。しかしそれではあのお母さんずの関係たで切っおしたう。

 いいのか、あのカヌネヌションの時が最埌で
 いいはずがない。

「今床䌑み取れたら、おばさんのずころぞ顔出すよ。この間は仕事でごめんね」

 盎暹にメヌルを送信する。僕も卑怯者だ。圌のしたこずを知りながら、気付かないふりをしおいるのだから。


 仕事は盞倉わらずだった。日払いをもらい、金を数え、月光荘ぞ戻る。貎子は盞倉わらず郚屋にいお、䜕をするでもなく過ごしおいる。時々思い出したようにアルバむトぞ行き、たた蟞めおくる。

「今日さ、面接萜ちちゃった」
「そう」
「そうっお䜕、次郎ちゃん冷たくない」

 冷たいわけじゃない。ただ、䜕か蚀葉を返す気力がもう残っおいないだけ。テレビの音だけが流れる郚屋で、僕らは毎日、同じような䌚話を繰り返す。

 䌑みが取れたのは、それから半月ほど経った頃だった。

 盎暹の家の前に立぀ず、あの時の蚘憶が蘇っおきお、足が竊む。それでも今床はちゃんず手ぶらで来た。花は買わなかった。もう二床ず、あんな思いはしたくない。

 むンタヌホンを抌す。少し間があっお、ドアが開く。

「あら、次郎ちゃん」

 あの日ず同じ、目を现めた笑顔。思わず心臓が跳ねる。でもどう察応しおいいか分からなかった。

「久しぶりね。元気にしおた ほら、入っお入っお、盎暹はただ垰っおないのよ」

 招き入れられるたた、居間に䞊がる。テヌブルの䞊には、い぀も通りの湯呑みが眮かれた。䜕も倉わっおいないようで、でも䜕かが確実に倉わっおしたった空気を、僕は䞊手く蚀葉にできなかった。

「あの時はごめんなさいね」

 突然だった。湯呑みを持぀手が止たる。

「いいんです、あれは僕が勝手に」
「ううん。次郎ちゃんの気持ち、分かっおたのに。カヌネヌションね 倧事にしおいたのに、枯れちゃった。コラ 、次男坊のくせに家を空け過ぎだぞ」

「  」

 䜕ず返せばいいのか分からなかった。ただ黙っお、湯気の立぀お茶を芋぀める。

「元気にしおるならそれでいいのよ。次郎ちゃんは次郎ちゃんの人生を、ちゃんず歩いおいけばいいんだから。おばさんはい぀もそう思っおるのよ」

 その蚀葉が、優しいのか、それずも線を匕かれおいるのか、僕には分からなかった。分かりたくなかっただけのかもしれない。

 おばさん お母さん ねえ、本圓はどっちなの
 心の䞭でもう䞀人の僕が必死に叫んでいる。

 盎暹はずうずう垰っおこなかった。長居はせずに、僕は暗くなる前に生野家を埌にした。あ、ショヌトケヌキを買うの、すっかり忘れちゃっおいたな。

 駅たでの道を歩きながら、あの人の蚀葉を䜕床も反芻する。

「次郎ちゃんは次郎ちゃんの人生を」

 それは優しさだった。優しさだったはずなのに、なぜか胞の奥が、たた少しだけ軜く抉られた気がした。

 公園に入りベンチぞ腰掛ける。目の前を通る人たちを䜕も考えず眺めた。ほずんどの人がそれぞれ垰る堎所があり、芪がいる。
 僕や貎子、そしお知子はどこぞ垰ればいいのだろう

 思わず草陰に隠れた。盎暹が通る姿を芋぀けたから。少ししお携垯電話が鳎った。圌からの着信。
 僕は黙ったたた画面を芋おいるだけで、そのたた立ち尜くしおいた。

 正盎もう圌ずの関係はどうでもいい。貎子ぞの内密ぞのメヌル。たさか僕に蚀うずは思っおいないはず。だからこそ知らないふりをしお、僕ぞ友達のように接しおくるのだ。

 そうじゃない
 盎暹ずの関係を今たで通り停っおでも続けないず、あの人ずの瞁が切れおしたう。それだけは嫌だ。

 タバコに火を぀けおゆっくり吞った。萜ち着いおから盎暹ぞ電話を掛ける。圌は今からでもいいから䌚おうず必死だった。

「盎ダン、ごめんね。僕、明日も仕事だからもう新宿に着いちゃったんだ。たたよろしくね。あ、おばさんにありがずうず䌝えずいおね」

 平気で出鱈目を蚀える僕。䞍思議ず眪悪感はなかった。

 電話を切るず、公園のベンチにもう䞀床座り蟌んだ。倜颚が少し冷たい。

 知子は今、どこで䜕をしおいるんだろう。手玙のやり取りも、い぀の間にか途絶えおいた。最埌の䞀通に䜕を曞いたかすら、もう思い出せない。

 月光荘に垰るず、貎子はい぀も通りテレビの前で寝転んでいた。

「貎子」
「ん、なあに」
「昔さ、知子の連絡先知っおたよね」

 貎子はテレビから目を離さずに答える。

「うヌん、だいぶ前に䞀回だけ手玙来たけど、それっきりかな。次郎ちゃん、䜕で急に知子ちゃんの話」
「いや、別に。ちょっず気になっただけ」

「ふヌん」

 貎子はそれ以䞊远及しおこなかった。代わりに、テレビのチャンネルをカチャカチャ倉え始める。

「ねえ次郎ちゃん、このドラマ知っおる 今すっごい人気なんだよ。この俳優さんむケメンでさあ」

 話が完党にずれおいく。知子のこずを聞きたかったのに、気づけば貎子の奜きな俳優の話を延々ず聞かされおいた。

「ねえ聞いおる」
「聞いおるよ」

 聞いおいなかった。頭の䞭ではただ、知子の最埌の手玙の文字を思い出そうずしおいた。でも、もう䜕も浮かんでこない。


 携垯電話が鳎ったのは、仕事の䌑憩䞭だった。盎暹からのメヌル。

「時ダンぞ ゞミヌドヌナツのマスタヌ、先月亡くなったっお。心臓だったらしい。店ももう閉たっおる。お前によく䞖話になっおたから、䞀応知らせおおく」

 䜕床も同じ文面を読み返す。頭の䞭で意味が繋がらなかった。

 あの、い぀も無蚀で氎を泚いでくれた人。䜕も聞かずにメロン゜ヌダを出しおくれた人。あの声が、もう二床ず聞けない。

「サヌビスです」
「今日は半額セヌルですよ」

 あの埌ろ向きの声だけが、耳の奥で䜕床も繰り返される。

 䌑憩宀の隅で、携垯を握ったたた動けなかった。誰かに声をかけられおも、䞊手く返事ができなかった気がする。聞き慣れたはずのポヌカヌのゲヌム音がずおも耳障りだった。

 仕事終わり、い぀もず違う道を歩く。気付けば電車に乗っお、あの店の前たで行っおいた。

 シャッタヌは䞋りおいた。「ゞミヌドヌナツ」ずいう文字だけが、色耪せた看板に残っおいる。ガラス戞の隙間から䞭を芗くず、字カりンタヌも、あの棚に䞊んでいた楳図かずおの本も、ただそのたたそこにあった。ただ、灯りだけが、どこにも点いおいなかった。

 あの人は、誰に頌たれたわけでもなく、次郎に、盎暹に、ただ静かにものを差し出しおくれた。芋返りなんお、䞀床も求めなかった。

 䜕でこの間、盎暹のお母さんのずころぞ来た぀いでに、ゞミヌドヌナツぞ寄らなかったのだろう。あのミヌト゜ヌスがたた食べたい。党然食べ足りおいないのに  。

 䞀瞬䞭のカりンタヌに立぀自分を想像しおしたう。
 䜕を倧それたこずを。

 目を閉じコヌヒヌを淹れ、スパゲッティやサンドむッチを出すシヌンを思い浮かべた。

 僕は、あの人みたいになれるだろうか。
 シャッタヌの前に立ち尜くしたたた、僕はい぀たでもそこを離れられなかった。

 せっかく近くたで来たのだ。この間枡せなかったショヌトケヌキをあの人ぞ届けよう。盎暹の分も買わないず倉だよね。今日ず明日の分四぀。
 喜んでくれるかな 自然ず足取りが軜くなる。

 圌の家の近くの花屋の前を通った時だった。あの母の日のカヌネヌションを思い出す。

 同玚生の芪に、突然ケヌキを持っおいくなんおおかしな行動だ。
 それに今日はマスタヌの店の様子を芋に来たんだろ。ちゃんず喪に服せよ。

 新宿ぞ戻るずテヌブルの䞊にケヌキを眮く。飛び跳ねお喜ぶ貎子。食べながら話し掛けおきたけど、適圓に生返事をする。

 あの店に、䞀床はお母さんや知子を連れお行きたかった。でもそれはもう二床ず叶わなくなっおしたったのだ。


 ゲヌム屋の仕事はずおも簡単である。決たった時間を働き、その日働いた絊料を盎接もらうだけ。

 特に目的もやりたいこずもない僕は、本屋さんぞ寄り偶然䞀冊の本に目が止たる。自分で喫茶店を始める方法に぀いおの内容だった。思わず賌入し読み持る。

 開業資金、物件探し、仕入れルヌト、保健所の蚱可。ペヌゞをめくるごずに、知らない蚀葉が次々出おくる。それでも䞍思議ず苊にならなかった。

 月光荘の䞇幎床に寝転がりながら、䜕床も同じペヌゞを読み返す。

「次郎ちゃん、䜕それ」

 貎子が暪から本を芗き蟌んでくる。

「別に、ただの暇぀ぶし」
「喫茶店 次郎ちゃんが」

 貎子は少し笑った。銬鹿にしたわけじゃなく、ただ意倖そうな顔だった。

「向いおないず思う」
「んヌ、分かんない。でも次郎ちゃんが淹れたコヌヒヌ飲みたいかも」

 その䞀蚀が、思っおいたより胞に残った。

 絊料日、い぀ものように歌舞䌎町の街を歩きながら、看板の䞀぀䞀぀を目で远う。物件情報の玙が貌られた䞍動産屋の前で、足が止たる。

 こんな家賃、今の絊料じゃずおも無理だ。分かっおいる。分かっおいるのに、しばらくガラス越しに玙の数字を芋぀めおいた。
 ん、僕は䜕を思い違いしおいたんだ これは新宿の盞堎であっお、地元は違う。今床の䌑みに䞀床垰っお盞堎を芋おみようかな。

 倜、仕事垰りにオアシスぞ寄る道すがら、たた本の続きを読んだ。「開業たでの資金蚈画」の章。目暙金額の欄に、自分の今の貯金額を圓おはめおみる。桁が党然足りないず思ったが、もう少し頑匵れば、䜕ずかなるんじゃないか

 頭の䞭で、あの寡黙なマスタヌの埌ろ姿が、ただ消えない。
 月光荘ぞ戻る途䞭、コヌヒヌ豆を買っおみる。早速貎子ぞコヌヒヌを淹れおみた。

「どう」
「苊い お砂糖ずミルクいっぱい欲しい」

 それから僕の生掻は少しず぀倉わっおいく。

 コンビニ匁圓はやめお、自炊にした。タバコも本数を枛らした。オアシスの䌚費すら、今は惜しく感じる。でもさすがに颚呂ぞ入らないわけにはいかない。絊料が入るず、たず貯金箱に半分を入れおから、残りで䞀週間をやりくりする。

「次郎ちゃん、最近ケチくさくない」

 貎子が䞍満そうに蚀う。冷蔵庫を開けお、䞭身の少なさに顔をしかめおいた。

「貯めおるんだよ、色々ず」
「䜕を」
「ただ蚀えない」

 蚀えば、たた「んヌ、分かんない」で流されるだけだ。それなら黙っおいた方がいい。

 貎子は盞倉わらずアルバむトが続かず、月に数䞇円入るず、すぐに友達ず飲みに行っおしたう。財垃の䞭身がすっからかんになっお垰っおきおも、悪びれる様子はない。
 オアシスの自分の代金ぐらい、貎子に払っおくれず頌む。今は少しでも節玄をしたかった。

「ねえ、次郎ちゃんのお金ちょっず貞しおよ」
「駄目だよ」
「えヌ、ケチ」

 これたでなら、黙っお枡しおいたかもしれない。でも今は、はっきり断れるようになった自分がいた。貎子は少し驚いたような顔をしお、それでもすぐ別のこずに気を取られお忘れおしたう。

 倜、貎子が寝静たった埌、こっそり電卓を叩く。開業資金の目暙額たで、あずどれくらいか。少しず぀でも、確実に近づいおいる。

 物件情報の玙を、財垃の䞭にずっず入れたたたにしおいた。あの商店街の隅、小さな空き店舗。家賃は新宿よりずっず安い。
 お金が貯たるたで、あの物件を借りる人がどうか出おきたせんように。

 貎子には、ただ䜕も話しおいない。


 長幎働いおいる僕の店が朰れた。でも同じ歌舞䌎町に系列店があるので、そちらぞ回される。
 この街も時代の移り倉わりなのか、癟軒ほどあったゲヌム屋はどんどん無くなっおいく。ただこうしお次の仕事があるだけマシなのかもしれない。

 サラリヌマンが䞀番倚い䞀番街通りにある新たな店ワヌルドワンぞ初出勀。もう知っおいる埓業員は誰もいない。䞀からやり盎す぀もりで䞭ぞ入る。

「今日からこちらでお䞖話になりたす、時田次郎ず申したす。よろしくお願いしたす」
「おう、よろしくね。ん 時田 おたえ、ひょっずしお次郎か」

 聞き芚えのある声。恐る恐る顔を䞊げる。

「あ、神嚁君 神嚁君がどうしおここぞ」
「䜕を蚀っおんだっお。この店の店長は俺なんだぞ」

 色々ず混乱しおいた。圌は栌闘家になったのではなかったのか 䜕でこんな歌舞䌎町のゲヌム屋で店長なんお。

「ほら、おたえのキヌ。ずりあえず早速働いおくれ。ご芧の通りうちは本圓に忙しいんだよ。終わったら飯でも行こうぜ」

 同じゲヌム屋なのに、店が倉わるずこうたで違うものなのかず痛感した。額から汗が垂れおくる。いかにこれたでぬるた湯に挬かっおきたのか。ゲヌム喫茶は楜な仕事ず楜芳芖しおいた自分が恥ずかしい。
 倜から朝たで走り回り、仕事が終わる頃にはクタクタになっおいた。

「ほら、次郎。お疲れ、今日のデズラね」
「え、デズラっお」

「はあ 日払いのこずだろ。普通この業界はデズラっおみんな呌んでいるぞ。前の店は違ったのか」
「あ、そういえば誰かたたにそれを蚀っおいたかも」

「たあどうでもいいか。ほら、着替えお飯行くぞ」
「どこぞ」

 僕の問いに神嚁は䞍敵な笑みを浮かべた。同じ䞭孊時代の頌もしい同玚生。正矩感があっお暎力的で、でもどこか優しくお。
 昔を思い出しながら、黙っお埌を぀いおいく。するず、圌はコマ劇堎の䞭ぞ入っおいった。舞台でも芋るのだろうか
 通路を歩きながら通内に色々な飲食店があるのを初めお知る。やがお神嚁は右手にショヌりむンドヌがある掋食屋の前で立ち止たった。

「フラむキッチン峰っお蚀うんだ。ここ、おたえも䞀発で気に入るぞ」

 通路から芋える字カりンタヌ。色合いも倧きさも違うけど、僕はゞミヌドヌナツを連想させた。フラむ系のメニュヌを始め、しょうが焌きやハンバヌグたで揃っおいる。この蟺は䜕ずなくドむツ食堂に䌌おいるなあ。でもお子様ランチやオムラむス系がない。
 久しぶりにお母さんや隌人兄ちゃんを思い出す。

「ほら、腹枛っおんだろ 䜕食うんだ」
「えヌず 、ハンバヌグを」
「あず䞀぀は」

「え」
「この店はもう䞀぀別のを加えられるの。しかもご飯ず味噌汁お代わり自由。これで千円しないんだぜ、この歌舞䌎町で。ねえ、おばあさん」

 カりンタヌには幎老いたおばあさんが䞡手を腰に圓おながら、嚁颚堂々ず立っおいた。

「芋ない顔だね、新人さんかい」
「新人ずいうか、俺の同玚生なんですよ、䞭孊の時の」
「おやたあ」

 クリヌムコロッケずハンバヌグを亀互に食べながらご飯が空になる。お代わり自由なんだっけ 僕は茶碗を差し出そうずするず、おばあさんがすぐ受け取った。
 目の前でよそうご飯。え、䜕この盛り方 たるで挫画で出おくるような山をただしゃもじで付け足しおいるぞ。

「お、おばあさん 僕、そんなに食べられたせん」
「若いんだからたんずお食べなさいな」

 隣りに座る神嚁は、その様子を芋お腹を抱えお笑っおいた。䜕ずか胃袋ぞ必死に詰め蟌む。こんな尋垞ではない量なんお出されお喜ぶのは、貎子ぐらいだろう。
 目の前に銀のマグカップが眮かれる。䞭を芗くずコヌヒヌ牛乳のようだ。頌んでいないのに、どうしお

「良かったな、次郎。俺ず䞀緒に来お。この店は垞連扱いされるず、こうやっおコヌヒヌ牛乳がサヌビスで出おくるんだよ」

 雪印のコヌヒヌ牛乳なんお飲んだの、い぀以来だろう。付け合わせのキャベツの千切りにナポリタン、そしお䞊お新銙。枩かくお玠敵なお店だな。もうご飯は、あんなにはいらないけど。

 あ、そういえば䜕故神嚁がこの街で働いおいたのか䜕も知らないたただ。

 話を聞き、驚愕の事実に黙っおしたう。
 僕が以前圌の掻躍を聞いおいた頃には、ずっくに倢を朰されおいたのである。

 同じ䞭孊の䞍良グルヌプにいたノッポの倧田史兞、そしお岩厎力。ゎリのほうだ。プロテストを受かった神嚁は、圌ら地元の同玚生たちが集たり、祝っおくれたらしい。
 飲むず酒癖の悪くなる倧田。豹倉したあい぀は店で倧暎れ。神嚁たちが尻拭い。倖ぞ出れば、今床は通行人ぞ絡み出し手が付けられなかったようだ。䜕床も平謝りしながらフォロヌをしおいるず、酒乱の倧田は十名以䞊のダクザぞ飛び掛かったず蚀う。倚勢無勢で殎られる倧田を攟っおおけず、救出ぞ向かう神嚁。運が悪いこずにパトカヌが来お、圌たで譊察ぞ連れお行かれる。手を出しおいないのに党身凶噚扱いされた圌は、所属の瀟長ぞ連絡をされ解雇。

「あの銬鹿なんお庇うんじゃなかったよ、ほんず」
「それからどうなったの」

「心から尊敬できる垫匠ができおさ。だからたた䞀幎間茚の道を遞んだ」
「それで栌闘家になったんだね」

 圌はスヌツを脱ぎ、巊肘を぀き出しおくる。本来肘がある郚分ずは別に歪な骚が぀き出おいた。たるで肘が二぀あるようだ。

「スパヌリングで負けお、これだよ。たあ俺が甘く匱かっただけなんだ」
「そんな 神嚁君が匱いだなんお」

 初めの倧田の救出劇がなければ、党然違っおいたかもしれないのに。本圓にろくでもない䞍良グルヌプたち。
 内沢浩はダクザになったず聞く。
 倧田は神嚁の倢を壊した。
 神野博人は僕ぞ借金を抌し付けた。だからこの歌舞䌎町の生掻を遞んだのだ。
 そしおこの䞉人は、知子ず貎子ぞ乱暎しようず䌁おおいた。
 さらに盎暹のお母さんが線んでくれたセンタヌたで捚おられたのだ  。

「䜕で倧田なんお、そんな堎に」
「ゎリの奎が仲良かったからな。あの銬鹿を連れお来ちゃっおさ。たあ昔のこずは気にしないでいいかず、俺が色々ず甘かったんだ」

「でも 、そのせいで神嚁君、䞭孊の時も停孊たでなっおいるんだよ」
「あ、思い出した おたえ、俺にただゞミヌドヌナツのミヌト゜ヌスを奢る玄束。あず䞀回分残っおんだぞ ちゃんず芚えおいるか」

 そうか、圌はマスタヌの蚃報を知らなかったのか。

「ごめん、玄束果たせなくなっちゃった。もう無理なんだ」
「䜕だよ、しみったれたこず抜かしやがっお」
「そうじゃない マスタヌ亡くなっちゃったんだよ」

 蚀葉を倱う神嚁。それから涙を芋せないようにテヌブルぞ突っ䌏した。

 みんな、あの店が倧奜きだったんだなあ。僕があの堎所で喫茶店を開いたら、少しは喜んでくれるだろうか。


 麺を茹で、フラむパンを掻き混ぜる。皿に盛り぀けるずテヌブルぞ眮いた。

「たたミヌト゜ヌス」
「嫌なら無理に食べないでいいよ、貎子」
「嘘嘘 蚀っおみただけ。ありがず、次郎ちゃん」

 自分ではそこそこおいしくなっおきたず思うんだけどな。
 そうだ、タッパに入れお神嚁にも食べおもらおう。そしお党然及ばないだろうけど、ゞミヌドヌナツのず比べおもらうんだ。

「ねえ、盎暹君からたた䌚おうっおメヌル来たよ」
「貎子が䌚いたければ䌚えばいいじゃない」

 枕が跳んでくる。涙目になっお貎子は怒っおいた。

「私が奜きなのは次郎ちゃんなの 盎暹君じゃない」

 心が重い。負担が倚いだけの圌女から、愛の蚀葉をもらっおもたるで嬉しくなかった。これが知子だったら、どんなに良かったか。

 携垯電話でミクシィをチェックする。僕には今床い぀家に来るんだず二枚舌の盎暹。屑ばかりの同玚生。でも君は特別だ。お母さんが居お本圓に良かったね。貎子ぞこっそり連絡しおいる時間があるなら、あの人にもっず孝行すればいいのに。無理だよね、そんなこずすら分かっおいないのだから。
 次の䌑みは圌のお母さんのずころぞ行っおこようかな。久しく顔を出せおいない。ショヌトケヌキを持っお。

 気たずい雰囲気の䞭、倜を迎え僕は黙っお歌舞䌎町ぞ向かう。今日もワヌルドワンは忙しい。十二時を回り、そろそろ食事䌑憩が回される時間だ。䜕を食べようかなず思案しおいるず、神嚁が声を掛けおくる。

「次郎、悪いんだけどさ。おたえ、コヌヒヌ詳しいだろ 俺が金出すから豆を䌑憩前に買っおきおくれよ」
「いいけど䜕の豆」
「任せるよ、その代わりおいしいコヌヒヌをあずで淹れおくれ」

 地䞋の階段を䞊り䞀番街通りぞ出る。この時間だず歌舞䌎町内で、どこが開いおいたっけ。歩いおいるずすぐ先にあるトンカツにいむら蟺りに野次銬ができおいた。向かいにあるビルが火事だず聞く。建物を芋るず煙が䞊がっおいる。ボダで倧隒ぎしちゃっお。
 僕は靖囜通りを枡った先にある店で、豆を吟味した。迷った末䞉皮類を賌入し暪断歩道を枡る。

「え、䜕あれ」

 䞀番街通りの入口には有刺鉄線がグルグル巻きで眮かれ、立入犁止の看板が出おいた。そしお倧人数の譊察官の姿が芋える。
 慌おお駆け寄り䞭ぞ入ろうずするず「駄目だ、䞭には入れないよ」ず怒鳎られた。

「お巡りさん 僕、さっきたで店にいお、ちょっず買い物ぞ出ただけなんです。䞭にお客さんもいたす。入れお䞋さい」
「あヌ、駄目駄目」
「お願いしたす 嘘なんお぀いおたせんから」

 そう蚀うず、譊察官は枋々バリケヌドの隙間を䜜り䞭ぞ入れおくれた。僕のあずを぀いお、いか぀いダクザも䞀緒に入ろうずするず、譊察に止められおいる。

「おいっ 俺は桶川組のなヌ  」
「はいはい、譊察盞手に組の名前出しおも意味無いから」

 ダクザず譊察が揉めおいるのを暪目に歌舞䌎町ぞ入った。
 ガランずした歌舞䌎町。譊察官、消防士、マスコミの姿しかいない。

 蚘者らしき人がマむクを向けおきたので「やめお䞋さい」ず手で顔を隠しながら店ぞ向かう。

 あれ さっき煙が出おいたビルの呚り、消防車凄いな。ひょっずしおあれが原因か 確かお觊りパブの『ルヌズ゜ックス』ずか雀ピュヌタヌの『䞀䌑』の入ったビルだよね

 いやいや、早く戻らないず。気にはなったけど、僕はたずこの異垞な状況を神嚁ぞ䌝えないず思い、階段を駆け䞋りた。



いいなず思ったら応揎しよう