【一華編】第4話:夕暮れの告白と、壊れた仮面
前回のお話▼
「私……ずっと気づいていたよ。あなたが毎朝、私のことを見てくれていたこと」
あすかの言葉が、静まり返った美術室に響く。 夕暮れの赤い光が、彼女の可憐な横顔を優しく照らしていた。
「嘘よ……」
私は擦れた声で呟くのが精一杯だった。眼鏡の奥の視線が泳ぎ、指先が冷たく冷えていく。
「嘘じゃないわ。私が登校するたび、あなたは黒板を拭く手を止めて、一瞬だけ私を見るの。本当はね、すごく嬉しかったのよ。学級委員長として完璧な一ノ瀬さんが、私を意識してくれているみたいで」
あすかは優しく微笑み、私の震える手を両手でそっと包み込んだ。 その温もりに、胸の奥がギュッと締め付けられる。ずっと触れたかった、憧れていた存在。だが、その手があまりにも温かくて、私は自分が惨めでたまらなくなった。
「やめて……! 触らないで!」
私はあすかの手を振り払った。 パン、と乾いた音が室内に響き渡る。
「私を哀れまないで! 私は完璧な委員長よ! あなたみたいに愛嬌を振りまいて、男に甘えて、ヘラヘラ生きている人間とは違うの!」
ヒステリックに叫ぶ私を、あすかは驚きに目を見開いて見つめていた。 美月が呆れたように息を吐き、ひなたが私を睨みつける。詩織は怯えて身を縮めていた。
「一ノ瀬さん」
乙羽が静かに前へ出た。
「もうやめよう。君がどれだけ強がっても、この手紙の真実は変わらない。君が自分で書いたのか、それとも誰かに利用されたのか……そろそろ答えを出そう」
「答え……?」
「サクラ色の封筒、銀色の星型シール、そして君の筆跡。これらが揃う場所は、学校の中にひとつしかない。……君が毎朝、誰よりも早く来ている『生徒会室』だ」
乙羽の言葉に、私は息を呑んだ。
そうだ。
生徒会室の備品棚には、イベント用の銀色シールも、サクラ色の用紙も保管されている。そして、そこは毎朝7時半、私が鍵を開けて一人で管理している場所だ。
「私の……生徒会室……?」
「美月も、詩織さんも、四葉さんも、生徒会室の備品に触ることはできる。でも、君の筆跡を完璧に模写し、君の登校時間に狙いを澄まして手紙を仕込める人間は……最初から限られているんだよ」
乙羽の視線が、私の隣へと移動した。
そこに立っていたのは……図書委員の三波詩織だった。
「え……? 三波、さん……?」
詩織の肩が小さく跳ねた。彼女の抱えていた本が、手から滑り落ちて床に大きな音を立てる。
「詩織さん。君は生徒会室の図書整理係として、一ノ瀬さんの留守中に自由に入り込めた。一ノ瀬さんの完璧なノートを毎日のように確認し、彼女の文字を寸分違わず練習する時間もあった」
乙羽が詩織の足元に落ちた本を拾い上げる。その本の間から、サクラ色の便箋の『試し書き』が何枚もこぼれ落ちた。そこには、私の筆跡を必死に模写した、詩織の苦心の跡がびっしりと残されていたのだ。
「そんな……三波さんが……どうして……!?」
私は言葉を失った。詩織はボロボロと大粒の涙をこぼしながら、その場に膝をついた。
「だって……っ! 一ノ瀬さんがあまりにも可哀想だったから……!」
「私が……可哀想……?」
「一ノ瀬さんはあんなに完璧で、あんなに綺麗なのに……神代さんと乙羽くんばかりが輝いていて! 一ノ瀬さんが毎朝、神代さんを寂しそうな目で見つめているのを、私はずっと知っていたんです……! だから、一ノ瀬さんの気持ちを代弁してあげたかった……!」
詩織の叫びが、歪んだ愛と情熱となって室内に満ちていく。 私が隠し続けてきた醜い感情。あすかへの強い憧れと嫉妬。それを詩織は「救済」のつもりで、私の筆跡を使って手紙に仕立て上げたのだ。
(私が……あすかを欲しがっていたから……?)
頭の中が激しく混乱する。
あすかに届かない視線を送っていたのは、私だ。 乙羽にあすかを奪われたと嫉妬していたのも、私だ。 このサクラ色の事件を引き起こしたのは……紛れもなく、私自身の「歪んだ欲望」だったのだ。
崩れ落ちる膝を支えきれず、私は教卓に崩れこんだ。 完璧だった私の世界が、音を立てて完全に砕け散った瞬間だった。

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最終回は、9/19(土)⏱21時公開
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