【一華編】第5話:サクラ色の明日と、不揃いな私たち
前回のお話▼
膝をつき、激しく肩を揺らす詩織。 そして、教卓に崩れこんだまま動けない私。 崩壊した私の「完璧」が、埃っぽい美術室の床に無残に転がっていた。
(ああ……恥ずかしい。惨めだわ。全員に笑われればいい……)
私は固く目を閉じ、冷たい嘲笑が降り注ぐのを待った。 だが、聞こえてきたのは嘲笑ではなく、静かな足音だった。
「詩織ちゃん」
あすかが、膝をつく詩織の前にしゃがみ込み、その手を優しく包み込んだ。
「教えてくれて、ありがとう。やり方は少し間違っちゃったかもしれないけれど……一ノ瀬さんのことをそんな風に真剣に考えてくれていたんだね」
「神代、さん……っ。ごめんなさい、ごめんなさい……!」
涙を流す詩織を、あすかは慈しむように抱きしめた。 そしてあすかはゆっくりと立ち上がり、私のもとへと歩み寄ってきた。
「一ノ瀬さん」
私の前に出された、小さくて温かい手。 私は眼鏡の奥の目を伏せ、擦れた声で呟いた。
「……触らないでと言ったでしょう。私はあなたのことなんて、ずっと羨ましくて、憎らしくて……嫉妬していたのよ。完璧な学級委員長なんかじゃない、醜い人間なの」
「うん、知ってる」
あすかは迷うことなく、私の冷え切った手をギュッと握りしめた。
「完璧な人なんていないよ。一ノ瀬さんが私を意識してくれていたみたいに、私もね、ずっと一ノ瀬さんに認められたかったの。私にはない凛とした強さを持っているあなたが、ずっと眩しかった」
「……っ」
「だから、お願い。仮面なんて脱いで、これからは『普通の一ノ瀬さん』として、私とお友達になってくれないかな?」
言葉が、胸の奥にすうっと染み込んでいく。 私はあすかの手を握り返し、自分でも驚くほど素直に、ボロボロと大粒の涙をこぼした。 冷徹な委員長の仮面が剥がれ落ち、ただの女子高校生としての私が、そこにいた。
「……なーんだ。結局、委員長もあすか先輩のことが大好きだっただけじゃん!」 美月が呆れつつも、どこか嬉しそうに鼻で笑った。
「うちも混ぜてくださいよー! あすか先輩のファンクラブ結成ですね!」 ひなたが割って入り、暗かった室内にパッと光が差し込む。
「……フッ、まったく。騒々しい人たちね」
私は涙を拭い、眼鏡の位置を直しながら、やれやれと肩をすくめた。 一歩引いたところで、乙羽が満足そうに微笑みながら眼鏡の奥の瞳を和ませている。
「プロデューサーとしても、一件落着だね。一ノ瀬さん、これからは君も僕たちの『大切な仲間』だ」
「な……! 誰があなたの仲間よ! あすかさんを独占しようとした罪は、まだ消えていないわよ!」
私が毅然と言い放つと、あすかが「ふふっ」と楽しそうに声を上げて笑った。全員の笑い声が夕暮れの美術室に満ちていく。
♢
翌朝。7時30分。
私はいつも通り、誰もいない2年A組の教室で黒板を磨いていた。 ミリ単位の狂いもなく整えられた日常。だが、私の心は昨日までとはまるで違っていた。
ガラリとドアが開く。
「おはよう、一ノ瀬さん!」
あすかが、満面の笑みで教室に入ってきた。 いつもなら放課後まで接点のないはずの彼女が、私に会うために早く登校してくれたのだ。
「……おはよう、神代さん。早起きね」
「もう、『神代さん』なんて堅苦しいよ。『あすか』って呼んで?」
首をかしげて微笑む彼女に、私は少しだけ頬を染めながら、優しく微笑み返した。
「ええ……おはよう、あすか」
サクラ色の手紙が引き起こした奇妙な事件。 それは私の完璧な世界を壊したけれど、代わりに何よりも温かく、光に満ちた「新しい明日」を運んできてくれた。
私は鞄から新しいノートを取り出し、いつも通りの綺麗な文字で、最初の一行を書き始めた。
(完)

今回で「一華編」が完結です。
最後まで応援いただいた方々、ありがとうございました!
次回は「ひなた幼少期編」です。
ひなたがカフェを営んでいる理由、クロとの出会いが明らかになります。
ひなたとあすかの関係とは…?
こちらもぜひご覧ください。

原作はこちら▼
次回公開は9/26(土)⏱21時です。
