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【連茉07】支配の歯車ずしおの私ず、善意の䞊に築かれる透明な檻

    ナラティノ・セラピヌずいう倧切な友人に手を匕かれお、私は䞀床は決別した看護の珟堎に再び舞い戻りたした。私にずっお看護ずは、「心身の語りに耳を柄たせる」こず。埮现な倉化を認蚌する䞁寧な芳察によっお、暙準化された技術を目の前の人に最適化しおいくクリ゚むティブな営みなのです。

    蚪問看護の臚床で私が実際に出䌚っおきた人々ずの 10の物語を玡ぎながら、そこに朜む゚ヌゞェンシヌを掘りあお、再著述を線んでみたいず思いたす。今回は、Episode9【理人さん】ずEpisode10【麗奈さん】を玡いでいきたす。

    ★前回の蚘事はこちら
    家族ずの再䌚ぞのパスポヌトず、人生をかけた莖眪│看護を再著述する
    倫ず嚘に先立たれた絹枝さんず、若気の至りを悔いる勝也さんの物語

    ★第1話はこちら
    友人ずしおのナラティノ・セラピヌ│看護を再著述する
    䞀床は決別した看護の䞖界に、ナラティノずずもに舞い戻るたで

    ここで玡いでいる物語は、個人情報保護の芳点から、幎霢・家族構成・疟患などの詳现を、本質を損なわない範囲で再構成したコンポゞット・ケヌスであるこずを明蚘しおおきたいず思いたす。

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    Episode9欠陥

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    理人さん

    3人きょうだいの末っ子だった理人さんは、父芪ず幎の離れた兄から殎られお育った。頭を激しく殎られた埌遺症でおんかんず知的障害を抱え、珟圚は障害者斜蚭で暮らしおいる。 

    母芪は倫の暎力に耐えかねお自死を遞び、圓時小孊生だった理人さんが第䞀発芋者ずなった。母の死埌、姉は「あんたなんか死ねばいいのに」「あんたなんかいらない」ず理人さんをなじるようになった。

    適切な逊育を受けられなかった理人さんは、入济時の身䜓の掗い方も、お箞の持ち方も、歯磚きや掗面の仕方も、季節に応じた服の着方も十分に身に぀いおいなかった。

    理人さんは地元の仲間に誘われるたたに窃盗や暎行事件、薬物などに手を出しおおり、譊察のお䞖話になったこずも䞀床や二床ではない。感情のコントロヌルが難しく、すぐにキレお手を出したり、物を砎壊したり、倧声で嚁嚇したりしおしたう。

    斜蚭職員はそんな理人さんに察し、生掻習慣から察人関係のマナヌたでさたざたなこずを厳しく指導した。蚀うこずを聞かない理人さんず激しく蚀い合うこずもあった。理人さんには知的障害があるため、教えおもらったこずをすぐに芚えるのは難しく、繰り返し同じこずを教わる必芁がある。斜蚭職員は、そんな理人さんに察し、育ちや障害の圱響だず理解しながらもむラむラするこずも倚かったようだ。

    蚪問看護の時間に理人さんは語った。「オレはできないから、怒られおあたりたえやねん」「い぀も怒られるけど、それはオレが悪いからや」「オレ怒られるの慣れおるから倧䞈倫やで」

    䞋を向く理人さんに私は「できないこずがあっおも、みんな倧事にされる暩利がある」ず蚀った。「オレ、難しいこずわからぞん」ずいうのが理人さんの返事だった。私にできたのは、蚪問看護のたびに、「倧事に扱われる」「䞁寧に察応される」ずいう䜓隓を粘り匷く提䟛し続けるこずだけだった。

    あるずき、理人さんず䞀緒に写真を撮った。カメラに向かっお仏頂面で睚み぀ける理人さんに「笑っお」ずリク゚ストするず、ぎこちなくはにかんだ。印刷しお理人さんにプレれントするず、自分のはにかんだ顔を䞍思議そうに眺めおいた。埌日照れくさそうに「あの写真、ベッドに眮いお䞀緒に寝おる」ず話しおいた。

    理人さんは䜕床目かの窃盗事件を起こし、盎埌から突然行方をくらたした。理人さんずの関係は、そこで終了した。私が䌝えたかったこずが、どれくらい理人さんに䌝わっおいたのかはわからない。


    欠陥思考に远いかけられお

    看護の察象ずなる人々の倚くは、瀟䌚的に匱い立堎に立たされおいたす。高霢者、子ども、障害者など、自分の意思を十分に衚明するのが難しいこずも少なくありたせん。

    瀟䌚的に匱い立堎の人々を前にしたずき、いずも容易に、支揎者による怍民地化が起こりたす。そこで起こっおいるのは「良い人生」のディスコヌスや芏栌化された画䞀的な「人間らしさ」の再生産です。

    目の前でこれらの再生産が起こったずしお、瀟䌚的に匱い立堎にある人々が声をあげるのは簡単ではありたせん。居心地の悪さを感じながらも埓うしかなく、埓った先に抌し付けられるのは「自分は欠陥品である」ずいう圧倒的な真実なのです。 

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    䞀方で、倚くの孊校で蔓延しおいるのは、人を「問題」ずするこずである。呚囲がある生埒を䜕らかの「問題」、たずえば「トラブルメヌカヌ」などず芋なせば、その生埒のアむデンティティたでそうした評刀によっお圢䜜られおしたう。よくあるのが、䜕か問題が起きるず「その生埒の人栌䞊の欠陥がその問題を匕き起こした」ず仮定するような論理である。ここで蚀う人栌䞊の欠陥に関するディスコヌスずしおは、モラルに関するものや「圌女は悪い人だ」、医療に関するもの「圌はADHDだ」、教育に関するもの「圌女は孊習に障害がある」、瀟䌚に関するもの「圌は瀟䌚的リスクのある生埒だ」などが挙げられる。

    ゞョン・りィンズレむド『いじめ・暎力に向き合う孊校づくり察立を修埩し、孊びに倉えるナラティノ・アプロヌチ』


    欠陥思考がもたらす䞻な副䜜甚は、生埒が自分自身に぀いお描くストヌリヌぞの悪圱響である。特に欠陥思考の背埌に教垫や校長ずいった暩嚁がある堎合、あるいは医者や心理士ずいったもっず匷力な暩嚁がある堎合は、そうした欠陥ずいう自己像を生埒偎が吊定しおいくのはかなり難しい。そのため生埒は、ある皋床そうした欠陥的な芋方を内化し、その通りの人にならざるを埗なくなる。

    ゞョン・りィンズレむド『いじめ・暎力に向き合う孊校づくり察立を修埩し、孊びに倉えるナラティノ・アプロヌチ』


    「真実」を抌し぀けるのは、ずおも簡単なこずなのです。ずいうのは、揎助を求めおきた諞個人ず私たちのあいだには力の差があるからです。

    マむケル・ホワむト『人生の再著述マむケル、ナラティノ・セラピヌを語る』


    理人さんの人生は、ゞョン・りィンズレむドの蚀う欠陥思考に絡め取られ、どんなに抵抗しようずしおも逃れられなかったのではないでしょうか。欠陥思考はどこたでも理人さんを远いかけ、埌ろから矜亀い締めにしたし
    た。

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    支配構造の再生産ず、その歯車ずしおの私

    理人さんにずっお、生掻習慣や察人関係のマナヌは生きやすくなるための道具のひず぀ではあったず思いたす。皆が逊育の䞭で圓然のように教わる「あたりたえ」が身に぀いおいない理人さんに察し、䞖間は冷たかった。その冷たさをなんずか凌ごうず、理人さんを教育しようずした斜蚭職員を責めるこずはできたせん。

    䞀方で、その支揎の䞭で、これたでの人生においお理人さんが逃れられなかった支配の構造を再生産しおいたこずも吊定できたせん。

    ここで話題にしたいのは、斜蚭職員の察応に぀いおではありたせん。理人さんの人栌のひず぀ひず぀に、誰が蚀うずもなく「虐埅を受けたから」「愛情に飢えおいるから」ずいう意味づけがされるのを黙っお芋おいた私も、十分に眪深い。理人さんに「オレが悪い」ず語らせ、「倧䞈倫」ず結論づけさせる支配に、私は加担しおいたのです。

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    どんなに距離を眮こうずしおも、私もその支配構造に組み蟌たれたひず぀の歯車でしかありたせんでした。支配の歯車は静かに、確実に回り぀づけたした。理人さんの声を奪い、欠陥品であるこずを抌し付ける匷倧なディスコヌスの前に、あたりに私は無力でした。

    治療的文脈においおは、い぀でも力の差がありたす。私たちがそれを垳消しにしようずいかに努力しようずも、そしお、私たちがその文脈を平等なものずしお確立しようずいかに断固ずした態床で望もうずも、それは存圚するわけです。䞭略

    このような固有の力の差が、そうした人々の人生にネガティノな圱響をもたらしたり、圌女たちを埁服しおきた経隓を再生産する危険性がおおいにあるこずを実感しおいたす。

    マむケル・ホワむト『人生の再著述マむケル、ナラティノ・セラピヌを語る』


    ぀たり、セラピストは、虐埅を生んだ同じ文化に、基本的に自らも所属しおいるこずをクラむ゚ントの前であきらかにする必芁がある

    マむケル・ホワむト『人生の再著述マむケル、ナラティノ・セラピヌを語る』
     


    朜圚しおいるもの、かき消されそうな声

    理人さんのかき消されそうに小さな抵抗の声をもっず拟い䞊げるこずができなかったのかず、今でも私は自分に問うおいたす。生掻習慣は、本圓に知的障害のために身に぀けるこずができなかったのでしょうか。窃盗や暎行は、ただの非行だったのでしょうか。

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    その人は、苊境のなかで、どのような思いで耐えたのだろうか。問題を前にしお、どんなこずを詊みたのだろうか。誰に助けを求めようずしたのだろうか。根本的な解決ずはならなかったかもしれないが、どのような人の存圚が支えずしおあったのだろうか。問題を解決するどころか、その人をより远い詰めるような蚀動に察しお、どんなふうに抵抗を詊みたのであろうか。

    ​囜重浩䞀『もう䞀床カりンセリング入門心理臚床の「あたりたえ」を再考する』


    䞀枚の写真を䞁寧にファむルにはさみ、倧事に枕元に眮いおいた理人さんは、玔粋で優しい人だったのではないかず思わずにはいられたせん。自分より暩力を持぀誰かから抌し付けられるアむデンティティの䞭でしか生きられない理人さんの、粟䞀杯の抵抗が生掻習慣の身に぀かなさだったり、窃盗や暎行だったりしたのでしょうか。そんなこずを未だに私は考えおいたす。

    瀟䌚文化的に維持されおいる䟡倀芳をただ受け入れおしたうこずによっお、さたざたなこずが抑圧されおいく。たずえば、「あたりたえ」ができないず思わされるこずによっおどれほど苊しんできたのか、自分自身のどのような偎面を芋るこずができないたたになっおいたのかに぀いお、語る䜙地がなくなっおいくのだ。

    ​囜重浩䞀『もう䞀床カりンセリング入門心理臚床の「あたりたえ」を再考する』


    子どもであれ倧人であれ、トラりマの性質にかかわらず、誰ひずりずしお、トラりマの受け身的な受け手はいない。ずりわけ、人々はトラりマぞの暎露を最小限にし、自らの傷぀きやすさを枛らすための行為に出るものだ。しかしながら、人生におけるトラりマぞの察応が認識されるこずは皀である。よりありふれたこずには、人々の察応は気づかれなかったり、トラりマの文脈においお眰せられたり、あざけりを受けたり、䜎く芋積もられる。そのため、人々は自分がどのように察応したかを芚えおいない。自らないし他者に察しお害が及ぶのを最小限に食い止めようずした圌らの行為は、忘れられ、芋えないものずされ、消去されるのである。

    デむノィッド・デンボロり『ふだん䜿いのナラティノ・セラピヌ人生のストヌリヌを語り盎し、垌望を呌び戻す』


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    理人さんの゚ヌゞェンシヌ

    今でもふず思い出すのは、私が蚪問看護に䌺うずはにかんでいた、理人さんの笑顔です。はにかんだ顔は、どこにでもいる若者でした。幌いころから呚囲は敵ばかりで、い぀も戊闘モヌドで生きおきた理人さんにずっお、䞀瞬のはにかみは぀ながりを枇望する゚ヌゞェンシヌだったのだず信じたい。

    マむケル・ホワむトは、人生の経隓の衚出においお、衚珟された経隓ず、前面に出おきた衚珟を「圢䜜る」すでに意味を䞎えられた、そしお背面で察照ずなす他の経隓を識別するために、「䞍圚であるが、暗に瀺しおいるものabsent but implicit」ずいう甚語を䜿った。治療的な䌚話に眮いお、問題のストヌリヌを超えお存圚するその人自身のストヌリヌを調査するために、この「䞍圚であるが、暗に瀺しおいるものabsent but implicit」の抂念を利甚するのである。

    Carey,Walther,&Russell,2009


    〈朜ヌ圚〉しおいるものにはさたざたなものがあるのですが、その䞭でも、支配的なストヌリヌに矛盟するもの、苊悩の䞭にあっおも持ち続けられおいるかすかな垌望がないか、耳を柄たせるずいうこずです。

    ​囜重浩䞀『ナラティノ・セラピヌ・ワヌクショップ BookⅡ䌚話ず倖圚化、再著述を深める』


    私は自分の眪ずずもに、理人さんを忘れない。



    Episode10檻

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    麗奈さん

    麗奈さんは知的障害があり、䜜業所に通所しおいる。明るい性栌で䞁寧に仕事をする麗奈さんは、䜜業所のムヌドメヌカヌだ。

    父芪は麗奈さんが幌い頃に亡くなったため、母芪ず二人暮らしを続けおきた。母芪はお菓子䜜りが趣味で、䌑日には麗奈さんず䞀緒にお菓子を䜜るのが楜しみだった。麗奈さん自身もお菓子䜜りの腕前はたいしたものだ。

    母芪は粟神疟患を抱えおおり、麗奈さんの面倒を芋きれないこずがよくあった。麗奈さんは普段は倧人しい女の子だが、予想倖のこずが起こるずパニックになっお暎れおしたうこずがあった。

    麗奈さんの察応に困るこずがあるず、母芪は近居の兄麗奈さんの叔父に電話しお来おもらっおいた。麗奈さんず叔父は仲が良く、小さい頃から遊び盞手になっおくれおいたようだ。麗奈さんも叔父を信頌し、慕っおいた。

    麗奈さんずは蚪問看護で週2回䌚っおいたが、あるずき蚀いにくそうに「叔父さんずお颚呂に入るこずがあるんだ」ず切り出した。麗奈さんは现身で小柄なうえに知的障害も抱えおいるため、実幎霢よりはずいぶん幌く芋える。しかし、実際はもう18歳を超えおおり、身䜓も倧人ず同じように成長しおいた。叔父ずの入济は幌少期からの習慣で、い぀たで続けたらいいのかわからないず麗奈さんは語った。麗奈さんはその状況をはっきりず「嫌だ」ずは語らなかったが、芖線を床に萜ずし、違和感を滲たせおいた。

    麗奈さんの幎霢ずセルフケア胜力の高さを考えるず䞀人で入济するこずが適切であり、䜕らかのサポヌトがいる堎合も同性である女性が適しおいるず考えられた。

    「話しおくれおありがずう」ず䌝え、埌日他の支揎者ずずもに母芪ず叔父ぞ話をした。


    善意を逊分にする透明な支配構造

    瀟䌚的に匱い立堎に立たされおいる人々の䞭には、日垞的に怍民地化されるこずに慣れおしたい、その状況に居心地の悪さを感じるこずができない人や、「自分は欠陥品である」ために怍民地化されるこずが必芁であるずすら考えおしたう人もいたす。

    看護の珟堎には、病気や障害のために、自分の意思を衚珟する手段を持ち埗ない人もいたす。「嫌だ」ずいう明確な抵抗の声が䞊がっおいなくおも、垞に怍民地化が起きおいる可胜性を考え、暩利擁護のために動かなくおはなりたせん。

    麗奈さんは、叔父ずの入济に違和感がありながらも、「嫌だ」ず明蚀するこずはありたせんでした。あたりにも自然に、あたりたえに、日垞的に起こっおいた怍民地化に察し、抵抗の声をあげる隙間がなかったのです。

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    麗奈さんの叔父は、麗奈さんを怍民地化しおいる自芚はなかったず思いたす。ただ、可愛い姪の面倒を芪身に芋おきただけなのです。

    支配構造は、悪意や暎力によっおわかりやすく築かれるものばかりではありたせん。善意や愛情を逊分にしお、人間関係のちょっずした隙を぀いお入り蟌み、匷固な根を匵る支配構造も存圚したす。䞀床支配構造の䞭にはたり蟌んでしたえば、その構造は透明化したす。支配構造に組み蟌たれながらそれに気づくのは至難の業なのです。

    私たちは、知らず知らずのうちに、他者を支配したり他者から支配されたりしたす。これは、麗奈さんの叔父のように身内だけではなく、看護垫をはじめずした支揎者にも蚀えるこずです。


    「本人の意思」ぞのフリヌラむド

    日垞にうたく溶け蟌み透明化した支配構造に぀いお指摘をするず、「本人は嫌がっおいないから」ずいう垞套句で問題芖するこずを避けようずする堎面にしばしば出䌚いたす。しかし、その人は「嫌だ」ず蚀うこずを蚱されない構造の䞭で、もっず蚀えば「嫌だ」ず感じるこずすら蚱されない構造の䞭で生きおきた人かもしれないのです。

    「本人の意思」ずいう䟿利な蚀葉にフリヌラむドしおはなりたせん。人は、遞ぶこずを蚱された範囲からしか、自分の意思を衚明できないからです。

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    明確に「嫌だ」ず蚀わない。黙っおしたう。曖昧に蚀葉を濁す。笑っお雰囲気に合わせる。そのような反応は、匱い立堎に立たされおいる人々によくみられる反応であり、支配構造の䞭で暩力者に察し自分を守るための生存戊略なのです。それはあたかも本人の意思であるような仮面を぀けおいるため、しばしば「同意」であるずみなされ、支配されおきた人々のかすかな声をも奪っおいきたす。


    迎合ずは、加害者からさらなる加害行為を受けないようにするために、加害者の芁求に応え、加害者の意に沿うような行動や発蚀をするこずです。これは、虐埅を受けた子どもにも起きたす。虐埅を受けおいる子どもは、虐埅する人をかばい、その人の気に入るような行動をずろうずし、助けようずする人に察しお怒りを瀺すこずもありたす。

    花岡ちぐさ『なぜ私は凍り぀いたのかポリノェヌガル理論で読み解く性暎力ず癒し』



    小さな抵抗を拟い䞊げる

    声にならない声、䞊げようずもされない声、本人ですら気づいおいない声にたで耳を柄たせるこずが、瀟䌚的に匱い立堎に立たされおいる人の暩利を守るこずに぀ながるのではないでしょうか。


    私たちは、䌝達䞍可胜だずいうサバむバヌの感情を、圌らの恐ろしい物語を聞かないための蚀い蚳にするこずがあるのではないか。

    ​M.シャりアヌ他『ナラティノ・゚クスポヌゞャヌ・セラピヌ人生史を語るトラりマ治療』


    人々は人生が投げかけおくるものをただ受けずるだけの受け身的な存圚ではない。抵抗の契機はい぀であっおもそこにある

    Foucault,1980


    私たちが、暩力関係の䞭で䞎えられた立堎を拒むずき、あるいはそれを修正しようずするずき、それず亀枉しようず詊みたり、「うたく回避しよう」Foucault,2000.p162ず詊みたりするずき、そのずき私たちは、゚ヌゞェンシヌの感芚に足を螏み入れおいるのである。

    ロレむン・ヘツキ、ゞョン・りィンズレむド『手䜜りの悲嘆死別に぀いお語るずき〈私たち〉が語るこず』


    小さな抵抗を拟い䞊げ認蚌するこずが、゚ヌゞェンシヌを掘りあおる。泚意深く耳を柄たせば必ず、その人自身の声が聎こえおくるはずなのです。

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    ★連茉の党蚘事はこちら



    このnoteでは、日々の臚床や日垞の颚景、映画や文孊の䞭で出䌚う人生の物語を、ナラティノ・セラピヌを觊媒にしお再考する゚ッセむを発信しおいたす。

    ​慣れ芪しんだものを、芋知らぬ異囜のものにする ── exoticise the domestic

    Bourdieu, 1988

    ​芋慣れた日垞のストヌリヌを少し違う角床から眺めおみる。そんな時間を、ご䞀緒できたら嬉しいです。

    野村涌子

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    ★自己玹介note

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    蚪問看護垫11幎目䞻に粟神科。 スクヌルカりンセラヌ経隓も。 珟圚地は圚宅看護ずナラティノ・セラピヌの亀差点。「心身の語りに耳を柄たせる」を矅針盀に、日垞の文脈でケアを続けおいたす。 日々出䌚う人生の物語に、ナラティノ・セラピヌずいう光を圓おる゚ッセむを発信䞭。

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