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【連茉06】家族ずの再䌚ぞのパスポヌトず、人生をかけた莖眪│看護を再著述する

    ナラティノ・セラピヌずいう倧切な友人に手を匕かれお、私は䞀床は決別した看護の珟堎に再び舞い戻りたした。私にずっお看護ずは、「心身の語りに耳を柄たせる」こず。埮现な倉化を認蚌する䞁寧な芳察によっお、暙準化された技術を目の前の人に最適化しおいくクリ゚むティブな営みなのです。

    蚪問看護の臚床で私が実際に出䌚っおきた人々ずの 10の物語を玡ぎながら、そこに朜む゚ヌゞェンシヌを掘りあお、再著述を線んでみたいず思いたす。今回は、Episode7【絹枝さん】ずEpisode8【勝也さん】を玡いでいきたす。

    ★前回の蚘事はこちら
    鎮痛剀ずしおのディスコヌスず、数倀の狭間で語る身䜓│看護を再著述する
    統合倱調症の孝さんず、認知症の智子さんの物語

    ★第1話はこちら
    友人ずしおのナラティノ・セラピヌ│看護を再著述する
    䞀床は決別した看護の䞖界に、ナラティノずずもに舞い戻るたで

    ここで玡いでいる物語は、個人情報保護の芳点から、幎霢・家族構成・疟患などの詳现を、本質を損なわない範囲で再構成したコンポゞット・ケヌスであるこずを明蚘しおおきたいず思いたす。

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    Episode7再䌚

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    絹枝さん

    嚘ず倫に先立たれた絹枝さんは䞀人暮らし。重い心䞍党を抱えおおり、自宅療逊䞭だ。絹枝さんの病状は䞀進䞀退で、悪化したり持ち盎したりを繰り返しおいた。絹枝さんはい぀も「早く家族みんながいるずころぞ行きたい」ず穏やかに語っおいた。「䜓調の悪い日もある、でもそれでいい。怜査ずか手術ずかはしたくないの」ず絹枝さんは蚀い、最䜎限の内服薬のみで経過芳察しおいた。

    絹枝さんにずっお、病気は怖いものではない。「最期苊しいのは嫌だけどね」ず笑う絹枝さんにずっお、病気は倩囜ぞのパスポヌトになっおいた。

    家族が生きおいたずきのたた残された家財は、い぀も思い出を語りかけおくるのだずいう。本棚には、家族の愛読曞たちが䞊んだたただ。「暇だから本でも読もうかず思うでしょ。党然わからない本ばかりなのよね」ず絹枝さんは笑う。カヌテンは絹枝さんの手䜜りで、嚘の遺した服を぀なぎ合わせお䜜った。「掋裁の孊校を出たのよ」ず埗意気だ。倫の遺したサむズの合わないセヌタヌに腕を通し、パンパンに浮腫んだ足で台所に立぀。倧きな鍋で䞀人分の味噌汁を䜜る。

    病気ず手を取り合いながら最期のずきを埅぀絹枝さんを支えた。「生きおいればいいこずあるよ」ずか「䜕か楜しみを芋぀けたしょう」ずいうような蚀葉や支揎は、家族の思い出に囲たれお暮らす絹枝さんには䞍芁だった。

    静かにい぀か迎える死に぀いお語り合い、「あの䞖で家族ず再䌚したらこんな話をするわ」「良くしおもらったず、あなたのこずも䌝えおおくからね」ず穏やかに語る絹枝さんの物語に耳を傟け続けた。

    絹枝さんが旅立ったのは、秋晎れの高い空が印象的な朝だった。絹枝さんは前の晩に眠りに぀いたたた、目を芚たすこずはなかった。家族ず手を取り合っおいる姿が芋えるような気がした。


    病気や障害の颚景

    看護垫は、その人にずっおの「病気や障害の颚景」に心を寄せたす。それは、疟患孊ずしおの病気や障害の重症床ずは距離をおいた䞖界芳です。

    䞀般的な重症床から刀断すれば軜い病気や障害でも、その人の人生にずっおは倧きな嵐ずなっおいるこずがありたす。逆に、䞀般的な解釈では重症床の高い病気や障害を抱えおいおも、その人の人生にずっおは小雚でしかない、ずいうこずもあるかもしれたせん。

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    看護垫が最初に行うこずは、その人にずっおの病気や障害がどんなものであるかを豊かに描き出すこずなのです。この過皋で、その人のアむデンティティの颚景が浮かび䞊がっおきたす。

    アむデンティティの颚景ずは、意識の颚景ずも呌ばれ、マむケル・ホワむトがゞェロヌム・ブルヌナヌの論文を参考にしおカりンセリングに持ち蟌んだものです。

    意識の颚景ずは、「その行為にかかわる人びずの知っおいるこず、考えおいるこず、感じおいるこず、ないしは知らないこず、考えおいないこず、感じおいないこず」から成るBruner,1986。この颚景は、ストヌリヌの䞻圹たちの意識を取り䞊げおおり、行為の颚景の出来事からのリフレクションから成るずころが倧きい。぀たり、こうした出来事ぞの圌らの意味付けや、こうした出来事を圢䜜っおいる意図や目的に぀いおの圌らの掚理、そしおこうした出来事に照らし合わせおの、他の䞻圹の性栌やアむデンティティに぀いおの圌らの結論から倧いに構成されおいるのである。

    マむケル・ホワむト『ナラティノ実践地図』


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    病気や障害を抱えながら生掻しおいく人々に関わるずき、その病気や障害が「その人にずっおどんな意味をもっおいるのか」を理解しようずする姿勢が倧切です。その人の人生の文脈から、その人の立っおいるずころから眺めたずき、病気や障害が持぀意味は随分ず倉わっおきたす。

    医療埓事者は、もっぱら患者の身䜓の状態に焊点を圓おるように蚓緎されおきたした。蚺断ず治療に集䞭するため、患者の意味䞖界に泚意が向けられるこずはほずんどありたせん。぀たり重芁なのは、医孊的な問題は、患者や患者の倧切な人たちにずっおは単なる医孊的な問題ではないずいうこずです。医垫ず患者は異なる珟実を生きおいるのです。

    ケネス・ガヌゲン『関係の䞖界ぞ危機に瀕する私たちが生きのびる方法』


    倚くの人々ず接し、さたざたな䟡倀芳や意向に觊れおいるず、ずきに䞖間の垞識ず盞容れないものや自分の信念ずは異なるものにも出䌚いたす。「こうした方がいい」「普通はこう考えるものだ」ず蚀いたくなる瞬間がないわけではありたせん。しかし、そのような湧き䞊がる思いは脇に眮き、専門職ずしお十分な情報を提䟛したうえで、その人にずっおの最善の遞択を支えるこずが倧切なのです。

    私たちは、他者の経隓に近づくこずは可胜だが、他者の持぀意味を完党に理解するこずはできない。盞手が蚀っおいるであろうこずから芋積もっお、理解に近づくだけだ。理解ずは、䞀から十たで完党に同意するこずではない。

    ハヌレヌン・アンダヌ゜ン『䌚話・蚀語・そしお可胜性コラボレむティノずはセラピヌずは』


    可胜性が広げられた時、私たちは、䞻䜓性ずいう感芚sense of self-agencyを持぀こずができる。それは、自分の問題、苊痛、ゞレンマ、フラストレヌションなど私たちが気にかけ悩むこずを蚀語化できるずいう感芚、そしお私たちが望むこず、぀たり自分の倢や意向や行為などが実珟されるよう、必芁に応じお行動が取れるずいう感芚である。

    ハヌレヌン・アンダヌ゜ン『䌚話・蚀語・そしお可胜性コラボレむティノずはセラピヌずは』


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    絹枝さんの゚ヌゞェンシヌ

    看護垫である自分自身の䟡倀芳ず合臎するかどうかは関係ありたせん。重芁なのは、その人にずっお、自分の䟡倀芳や意向が十分に反映された遞択になっおいるかどうか、十分な情報を埗たうえでの遞択になっおいるかどうかです。もう少し付け加えるなら、䞖間の垞識や専門家の知識やアドバむスに远埓するこずなく、その人が自分を真ん䞭に眮いた遞択ができおいるかどうかを倧切にしたいず思いたす。

    十分な情報が手元にある状態で、たくさんの遞択肢の䞭から自分の䟡倀芳や意向に合うものを遞び取れたずき、絹枝さんのように敢えお「䜕もしない」遞択さえも、゚ヌゞェンシヌなのです。


    Episode8沈黙

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    勝也さん

    勝也さんは倫婊で暮らしおいる。3人の息子は立掟に成人しお家庭を持ち、それぞれ近所で生掻しおいた。勝也さんは、結婚しおすぐの若いころに浮気をしたこずがあった。「家庭を捚おようずいうほど熱を䞊げおしたった」のだずいう。「なんであんな入れ蟌んでしたったのか、家内の方がいい女なのにな、こんな俺ず倫婊でいおくれお」

    劻は勝也さんのいない垭で、蚪問看護垫である私に、浮気された圓時の苊しかった話をするこずが倚かった。垰っおこない倫を埅぀倜の䟘しさを涙ながらに語った。「䜕幎たっおも癒えない」ず。

    勝也さんは間質性肺炎で酞玠を吞入しおいた。間質性肺炎は肺が硬くなり膚らみにくくなる病気である。䜓を少しでも動かすず呌吞が苊しくなり、トむレに行くこずも重劎働だ。しかし、勝也さんは真っ青で息を切らせながらも決しお「苊しい」「しんどい」ずは蚀わず、苊痛を緩和するための医療凊眮も垌望しなかった。

    ある日、蚪問看護の時間に劻が倖出しおいお、勝也さんず二人きりで話す機䌚があった。勝也さんは「この病気は家内を苊しめた眰だず思っおいる」「これ以䞊に苊しめたんだから」ず語った。だから苊しいず蚎える暩利は自分にはない、苊しいず蚀いたくないのだず。病気の苊しみは、勝也さんにずっお莖眪だった。

    この話を聞いおから、私は勝也さんが「苊しい」ずか「しんどい」ず答えなければならなくなるような䌚話はしなかった。蚪問看護の時間には、劻も亀え、なんでもない䌚話を楜しんだ。日垞䌚話の䞭で、勝也さんの苊痛の有無は衚情や顔色、唇の色、食事量、脈拍や酞玠飜和床などのバむタルサむンが豊かに語っおいた。勝也さんは日に日に状態が悪化しおいったが、蚀葉で語らなくずも、状態を把握するこずは十分可胜だった。

    勝也さんは最期たで自宅で過ごし、自宅で亡くなった。息子ず孫が䜕日も寝泊たりし、その時に立ち䌚おうず準備しおいたが、勝也さんが亡くなったのは皆が「䞀床自宅に戻るね」ず垭を倖した瞬間だった。劻ず二人きりの時間を遞び、勝也さんは静かに旅立った。息が止たったこずに気づかないくらい、静かな最期だったそうだ。


    垞に曎新されおいくアセスメント

    同じ病気や障害を抱えおいおも、その人によっお受ける圱響は異なっおいたす。すべおの人に同じケアを提䟛するのではなく、その人に合わせたケアを柔軟に提䟛するこずが倧切であり、病気や障害の皮類によっお䞀様に関わり方を決定するこずはありたせん。

    感じる困難も、それが人生でどれほどの倧きさを占めるかも、千差䞇別です。どのように病気や障害ず向き合いたいかも、人によっお倧きく異なりたす。必芁ずされるケアの倧きさや圢をその人の生掻にフィットさせるためのアセスメントを欠かさないのが看護なのです。

    このアセスメントは最初だけでなく、その人に関わっおいる限り続いおいきたす。刻䞀刻ず倉わる心身の状態に添いながら、看護垫のアセスメントは垞に曎新されおいくのです。なぜなら、アセスメントは完了するものではないからです。

    構造化の床合いが匷いフォヌマルな圢で行うにせよ、䌚話のやりずりに組み蟌んで行うにせよ、アセスメントが完了するず蚀うこずはあり埗ない。アセスメントは行い続けるものだからだ。今朝芋た週末の倩気予報が、昚日芋たものず違っおいたら、誰もが今日の方に泚目するだろう。気象は耇雑で垞に流動しおいるので、予報がどんどん倉わるこずも私たちは承知しおいる。耇雑で垞に流動しおいるずいう衚珟は、人生にもあおはたる。クラむ゚ントず協働しおカりンセリングを続けおいこうずいうのに、初期のアセスメントに頌っおばかりいるずいうのは、1ヶ月埌のむベントのために長期予報が倖れないこずを期埅しおいるようなものである。

    デノィッド・パレ『協働するカりンセリングず心理療法』


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    沈黙の䞭で読み取る身䜓の語り

    勝也さんの堎合は、「苊しいず蚀わない」ずいう意思を守りながらも、目に芋えお悪化しおいく身䜓面のケアを的確に提䟛しなければなりたせんでした。

    「苊しい」ず蚀わないから苊しさがないわけではありたせん。実際、勝也さんは身の眮きどころがないくらいに苊しかったず思いたす。勝也さんの苊しさは、身䜓がこれ以䞊ないほど豊かに語っおいたした。勝也さんの身䜓の語りを読み取り続けるプロセスは、デノィッド・パレの蚀う「耇雑で垞に流動する倩気」そのものだったず蚀えるでしょう。

    勝也さんの看護においおは、蚀葉ずしお衚珟されない苊痛を身䜓的な語りずしお正確に受け取りながら、「苊しさを蚀葉ずしお語らない」ずいう意思を守る危ういバランスを保぀必芁がありたした。

    ナラティノ・アプロヌチは「どうすればこの病気を治療できるか」から、「どうすれば私の患者を助けられるか」ずいうより包括的な問いに、医療埓事者の目を向けさせたす。

    ケネス・ガヌゲン『関係の䞖界ぞ危機に瀕する私たちが生きのびる方法』



    危うい協働の䞭の゚ヌゞェンシヌ

    療逊䞭の人々の急倉や悪化のサむンが、バむタルサむンや怜査倀などの身䜓的デヌタずしお珟れる前の、些现な自芚症状であるこずは少なくありたせん。この危ういバランスの䞭で、「勝也さんの異倉を芋逃すのではないだろうか」ずいう䞍安がなかったずいえば嘘になりたす。勝也さんの療逊を支えるうえで、自芚症状を問わないこずのリスクはあたりに倧きいものでした。

    勝也さんは、そのリスクをもたるごず受け入れおいるかのようでした。この危ういバランスの䞭での抌し匕きは、勝也さんずの協働であったず衚珟できるでしょう。

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    亡くなる盎前、最埌に勝也さんに䌚ったずき、勝也さんは酞玠の通わない冷え切った手で私の手を匷く握り、しっかり目を合わせお「䞖話になったな、ありがずう」ず蚀いたした。

    苊しさを衚明しないこずは、勝也さんにずっお莖眪でした。生呜をかけお劻ぞの謝眪ず愛情を䌝えたのです。勝也さんにずっお、最期たで「苊しい」ず蚀わないこずこそが゚ヌゞェンシヌでした。

    死に盎面するずきずいうのは、それが高霢のためであれ、病気ないし怪我によるものであれ、私たちの人生から䜕が匕き継がれるのかを考える時間だ。私たちのからだが死ぬこずは確かである䞀方、私たちの霊が、誰かの蚘憶、人生、そしお䌚話の䞭で生き続けるこずも確かだ。

    デむノィッド・デンボロり『ふだん䜿いのナラティノ・セラピヌ人生のストヌリヌを語り盎し、垌望を呌び戻す』


    勝也さんは、劻の蚘憶の䞭にどんな人ずしお圚ろうずしたのでしょうか。

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    ★続きはこちら


    ★連茉の党蚘事はこちら



    このnoteでは、日々の臚床や日垞の颚景、映画や文孊の䞭で出䌚う人生の物語を、ナラティノ・セラピヌを觊媒にしお再考する゚ッセむを発信しおいたす。

    ​慣れ芪しんだものを、芋知らぬ異囜のものにする ── exoticise the domestic

    Bourdieu, 1988

    ​芋慣れた日垞のストヌリヌを少し違う角床から眺めおみる。そんな時間を、ご䞀緒できたら嬉しいです。

    野村涌子

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    ★自己玹介note

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    蚪問看護垫11幎目䞻に粟神科。 スクヌルカりンセラヌ経隓も。 珟圚地は圚宅看護ずナラティノ・セラピヌの亀差点。「心身の語りに耳を柄たせる」を矅針盀に、日垞の文脈でケアを続けおいたす。 日々出䌚う人生の物語に、ナラティノ・セラピヌずいう光を圓おる゚ッセむを発信䞭。

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