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266日第7ç«  ゚ピロヌグおじいちゃんの黒糖ラスク


    2071幎 りか 18才 高校3幎生

    2071幎 みほ 95才


    梅雚の合間の晎れ。
    湿床が高くおゞメゞメする。
    今朝は「なんか䜓が重いな」っお思ったけど、
    あきこ先生にもらった薬飲んだら、スッずした。
    JFPアプリで䜓調確認。
    「すくすく育っおたす」の衚瀺。


    今日は土曜だから、お昌で孊校終わり。
    「期末詊隓たでもうすぐだからね」ず気が早い囜語の先生が蚀っおたけど、今日は図曞通には行かない。


    孊校から出るず
    家ずは反察方向に歩き出しお、地䞋鉄の駅に入った。
    みほさんに、䌚いに行く。


    小さい頃は「倧きいばあば」っお呌んでたけど、
    小孊校入孊前にランドセルを芋せにいったら、
    「おおきいばあば、っお長いのよ。
    りかちゃんもそう思わない
    みほさん、っお呌んで」
    ず蚀われお面食らった。


    先週の劊婊健蚺に来おもらえなかったし、
    劊嚠しおから色々思うずころもあっお、
    どうしたい、ずか、䜕を聞きたいっおこずもないけど、
    なんだか、みほさんに䌚いたかった。


    昚日から行く぀もりしおたから、
    おじいちゃんのカフェで、
    お土産甚のラスク詰め合わせをもらっおおいた。


    みほさんは、
    「い぀たでも、自分の口から食事がしたいっお思っおたの」っお
    若い時から歯は倧事にしおたらしい。
    今でも党郚自前の歯。
    おじいちゃんのラスクが奜物。


    みほさんが䜏んでいるのは「ナガダハりス」
    ぀の建物を壁で぀に区切っお、耇数のグルヌプが暮らしおいる。
    向かっお巊のお家から、
    小さいお子さん4人がいるご家族、
    真ん䞭は留孊生4人今はバングラデシュ人、みほさんたち3人のシニア。



    今では考えられないけれど、みほさんが子育おしおた時代は、
    人間関係が垌薄だったらしい。

    でも、みほさんのおばあちゃんくらいの䞖代は、
    ご近所さんが助け合っお生きおたっお。
    「ムコりサンゲンリョりドナリ」っお蚀葉を教えおくれた。
    日頃から芪しく付き合ったり、いざずいう時にい助け合ったりする、
    芪密なご近所関係だっお。


    「向こう䞉軒䞡隣」
    若いファミリヌずバングラデシュの孊生さんず
    シニア女性が
    仲良く亀流しおるのはそういう事か。


    みほさんの䜏む家の゚ントランスで、
    網膜認蚌するずスッず扉が開いた。
    家族登録しおるからい぀でも出入りできる。


    「こんにちはヌ、来たよヌ、お邪魔したヌす」ず入っおいくず、
    䞀番奥の郚屋でみほさんは、
    クマリさんず二人でお話ししおた。


    クマリさんはネパヌル出身の看護垫さん。
    お顔ぱキゟチックだけれど、日本生たれ。
    クマリさんも効さんもネパヌル語ず日本語のバむリンガル。
    みほさんず他の人のおばあちゃんの健康管理をしおくれおいる。

    「お父さんずお母さんが若い時に、
    カトマンズから来たのよ。
    それでわたしず効が日本で生たれたの。

    日本語が難しくお倧倉だったけれど、
    日本は倖囜人に優しくお瀟䌚犏祉も敎っおるから、
    働きやすくお子育おもしやすい、いい囜だ、っお
    蚀っおるわ」
    ず初めお䌚った時に話しおくれた。




    クマリさんは、わたしの顔をじヌっず芗き蟌んで、満面の笑みで
    「りかちゃん、久しぶり、元気だった」ず
    思いっきりハグしおくれた


    「はい元気です。」
    そうそう、クマリさんずいえば、このハグ。
    元気もらえる。


    「おめでずう、聞いたよヌ」
    「えヌ、もう蚀ったのみほさん、すぐしゃべっちゃう」


    みほさんは、
    「いいじゃない、おめでたいニュヌスはシェアするものよ」


    わたしの脳裏に「”おめでたい”こずなのかな・・・」ず
    䞀瞬、そんな思いがよぎったけど、急いで打ち消した。


    わたしが手に持っおいる玙袋を芋぀けたみほさんは、
    「りかちゃんりゅうすけのラスク持っおきおくれたのね、ありがずう

    クマリちゃん、ちょっず埅っお、今すぐワケワケするから。
    これ奜きでしょ
    りゅうすけにね、クマリちゃんの分もちょうだい、っお蚀っおあったのよ」


    「いや、困りたす」ず恐瞮するクマリさんに、
    「クリシュナ君ずサントス君にも食べさせおあげお。
    幎寄りがあげるっお蚀ったものを断ったらバチが圓たるよ」
    なんお適圓なこずを蚀っお、無理やり持たせた。


    「すみたせん、い぀もありがずうございたす。
    それではそろそろ・・・。
    りかちゃん、ごゆっくり。
    わたしにできるこずがあればなんでも蚀っおね」

    みほさんず私は、クマリさんを玄関で芋送った。


    「りかちゃん、先に戻っおお」ず蚀っお、
    みほさんはキッチンに向かっおしばらくしおから郚屋に戻っおきた。


    お気に入りのロむダルアルバヌトのティヌセット。
    みほさんのママが、CAの時にむギリスで買っおきたんだっお。
    「䜕幎前のもの」なんお笑っお話したこずもあったっけ。


    「いいものはずっず䜿えるの。
    これ、わたしがいなくなったら、りかちゃんにあげるからね」っお。


    庭が目の前に芋えるように眮かれた゜ファに二人で䞊んで座っお、
    「玫陜花、今が䞀番きれいね。
    さ、いただきたしょうか。アヌルグレむにしたよ。
    りかちゃんのはカフェむンレスね」
    っおみほさんが蚀っお、
    ティヌカップを手に取り、矎味しそうに䞀口飲んだ。




    「みほさん、なんで、
    劊婊怜蚺にきおくれなかったの
    みんな来おくれたよ。
    莞爟ず悠爟が
    ”おれたち、぀いにおじさんだ”っお
    倧隒ぎしおおね。
    みほさんにも、みお欲しかったなあ


    ”膝がいたいから、来れないんだ”っお、
    おじいちゃんが蚀っお蚀っおたけど、倧䞈倫
    ずっおも効く痛み止めががあるでしょ


    昔のお幎寄りは
    ”痛い痛い”っおいっお、だんだん歩けなくなっお、
    立おなくなっおたらしいけど、
    いたはそんな蟛い思いしなくおいいのに。
    手術も簡単でしょ」



    みほさんは
    「抗わないの」っお぀ぶやく。


    「えなに」

    「人は歳を取る」

    みほさんはわたしのお腹にそっず手を圓おお
    「かわいいかわいいベビヌちゃん。
    こんにちは。元気に倧きくなるのよ」


    ず目を现める。
    その芖線をわたしにう぀しお


    「人はね。
    生たれたら、
    かならず、歳をずっお、いずれ呜を終えるの


    それを無理に䌞ばしたり、瞮めたりしたりするのは、
    なにか摂理に反するような気がする。


    もちろん、医療の進歩のおかげで、
    わたしは95歳たで生きおこれた。

    ありがたいこずにただ口からお食事をいただけるし、
    ゆっくりだけど歩けるし、
    あなたたちずもこうしお話すこずもできる。


    それもすべお、医療ずケアシステムのおかげ。
    倚くの赀ちゃんが生たれお、若い䞖代が私たちを
    支えおくれおいるおかげ。


    クマリさんやお家に来おくれるお医者さんが
    い぀もそばにいおくれるから安心しお
    毎日を過ごせおる。ずおも感謝しおる。


    でも、
    呜は終わりに向かっおいるのよ。
    それで、いいの。」


    膝をさすりながら、みほさんは続けた。
    「この痛みもね。
    倧事にしたいの。
    ずいぶん䜿わせおもらっお、
    いろんなずころにいった。
    いろんな経隓もした。

    この痛みは、その蚌。
    ”たくさん、䜿っお、
    お぀かれさた”っおそう思っおる。

    寿呜は䌞び続けたけど、
    氞遠に生きられるわけではない。


    わたしもそんなに長くないかなっお思う。
    りかちゃんの赀ちゃんにはあいたいけどね・・・」




    ずっず心の奥底にあった蚀葉が、
    すっず出おきた。


    「ねえ、おばあちゃん。


    わたし、生たなくちゃだめかな。」


    おばあちゃんは䜕も蚀わない。


    しばらく、どちらも喋らない時間が流れる。


    小孊生の子䟛たちが、
    「あめあめ ふれふれ かあさんがヌ」ず歌い、
    「雚降っおないだろヌ」ず
    ワむワむ、キャヌキャヌ蚀いながら通り過ぎる声が聞こえる。



    「これでいいのかな、っお䞍安になる。
    生たれおからずっず、迷ったこずなかったんだよね。

    生たれる前からみんながわたしを埅っおおくれたこずは知っおるし、
    幌皚園も孊校も習い事もずおも楜しかったし、
    䜕も遞ぶ必芁なかったんだよね
    党郚準備しおもらっおた
    い぀も”わたしにずっお最適な道”があったっお感じ。


    でも、なんお説明しおいいかわからないんだけど、
    今回だけ、この劊嚠だけは
    ”この道でいいのかな”っお急に䞍安になっおきお。


    友達はね、それ、ホルモンのせいだよ。
    劊嚠するず気分が乱高䞋するっお。
    わたしも経隓者だからわかる、っおいうの。
    そうなのかな。䞀時の気の迷いかな。

    みほさんの時はどうだった」


    みほさんは、䞍劊治療の経隓を語っおくれた。
    なかなか劊嚠しなくお、呚囲が「簡単に」授かるのを芋お、
    劬んだこずもあったっお。


    無事におじいちゃんを劊嚠しお出産した埌、
    今床は呚りのママ友たちが、
    どんどん2人目、3人目を劊嚠し始めお、
    再び焊り出したこずも。


    「1人いるんだからもういいじゃない」
    っお蚀われたし、
    自分でもそう思ったんだけどね・・・

    私だけがひずりで焊燥感に駆られおたのかもしれない。
    䜕に远い立おられおたんだろうね
    だんだん、圓時の倫さんず2人目䞍劊の治療に察する枩床差が出おきお、
    最終的には離婚するこずになったけどね。
    あの人に、今ずなっおは、申し蚳なかったっお思っおる」


    「そっか。倧倉だったんだね。
    でも、みほさんの時代は、
    生むか生たないか、自分で決められたんだよね。
    それが今ずはちがう」

    「そうね。その通りね。
    わたしのお母さんは、戊埌の第䞀次ベビヌブヌム、
    いわゆる団塊の䞖代。

    子どもが倚すぎお孊校が足りない、そんな時代だった。
    その子どもたちが芪になっお生たれたのが第二次ベビヌブヌム。
    わたしの䞖代ね。

    でも、その次は来なかった。
    結婚も出産も"しなくおもいい"時代になった。
    それ自䜓は悪いこずじゃない。生き方を自分で遞べるようになったんだから。
    ただ䞀方で、就職氷河期も重なっお、結婚したくおも結婚できない、生みたくおも生めないめない人も増えた。

    出生率は䞋がり続けお、超少子高霢瀟䌚になった。
    䞀人の子どもが䜕人もの高霢者を支える未来が珟実になり始めたの。
    囜も政治家も専門家も、いろんな政策を考えた。
    でも決め手はなかった。

    そしお、あなたのお母さんが生たれる少し前に、あの法埋ができた。

    子育お支揎もJFPも、その延長線䞊にある。おかげで日本は立お盎った。

    子どもも、子育お䞖代も、高霢者も、安心しお暮らせる囜になった。

    でも  」


    みほさんは、少し寂しそうに笑った。

    「その代わり、りかちゃんたちからは、
    "生むか生たないか"ずいう遞択を奪っおしたったね」


    「みほさん、

    JPF以倖に、日本を救う方法、なかったのかな。」


    たたしばらく沈黙の時間が流れた。
    おじいちゃんのラスクを霧った。
    わたしが䞀番奜きな味の黒糖ラスク。


    黒糖のやさしい甘さが口いっぱいに広がる。
    い぀もなら、噛むほどに銙ばしさが远いかけおくる。
    でも今日は違った。


    甘いはずなのに、味がどこか遠い。
    口の䞭に残るのは、黒糖ではなく、蚀葉にできない䜕かだった。

    玅茶のカップに手を䌞ばそうずした時、
    みほさんが蚀った。




    「その答えが分かっおたら、

    少子化は解決しおたよ」


    わたしはカップに䌞ばした手をゆっくり匕いた。
    そしお、もう䞀口ラスクを霧った。
    やっぱり違う。


    みほさんは、
    ふしの目立぀、しわしわの手で、
    そっずわたしのお腹を優しくさすりながら、
    ゆっくり目を閉じた。


    わたしは、倧昔に、
    みほさんに抱っこされながら、
    お昌寝するのが奜きだったこずを思い出した。


    「なんだか、ねむいね。

    劊嚠するず、ねむたくなるんだっお。

    わたしも・・・・」ず、

    みほの肩に頭を眮いた。


    ハりスの前を通り過ぎる小孊生たちが
    「お腹すいたヌ」ず声を䞊げるのが遠くに聞こえた。


    終


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    39歳で看護垫に。そしお医療通蚳・医療コヌディネヌタヌ・党囜通蚳案内士・曞き手もしおいたす。病院や旅先で出䌚う人々、倖囜人患者や芳光客ずの関わり、介護や家族、仕事、幎霢を重ねるこずぞの思い。日々の小さな出来事から医療や瀟䌚、生きるこずを考え、珟堎から芋える景色を蚀葉にしおいたす。

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