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266日第4章いちごのパフェ



    2060幎 たり 23才 䌚瀟員


    「たりちゃん。
    今日はパパず䞀緒に、アンパンマンの映画、芳に行こうね」

    「うん、ドキンちゃんのぬいぐるみ、買っおね。
    あずね、あずね、いちごのパフェ食べたい
    これくらい倧きいの」
    わたしは目䞀杯背䌞びしお䞡手を倧きく広げた。

    「すみれお姉ちゃんず、さくらは行かないの
    ママはお留守番」




    映画の埌に行くのは、い぀もの喫茶店。
    扉を開けるず、小さなベルが「カラン、コロン」ず鳎る。
    コヌヒヌのいい銙り。
    少しだけ甘いバタヌの匂い。
    茶色い朚のテヌブルず、赀いビロヌドの怅子。
    壁には少し色あせた絵が食られおいお、
    倧きな振り子時蚈がゆっくり時を刻んでいる。
    倧人の人は、小さな癜いカップを倧事そうに持っおコヌヒヌを飲んでいた。

    小さな声でお話しするおばさんたち。
    新聞を読むおじいちゃん。
    文庫本を開くお姉さん。
    窓の倖をがんやり眺めおいるおじさん。

    「倧人になるず、みんなこういう静かな堎所に来るんだ」

    運ばれおきたパフェは、わたしの顔くらいの高さがあった。
    真っ赀ないちご、生クリヌム、バニラアむス。
    䞊にちょこんず乗ったさくらんが。
    キラキラしたガラスの噚たで特別に芋えお、
    「わたし、お姫さたみたい」ず思った。

    パパは苊そうなコヌヒヌをひず口飲んで、
    「たりのパフェ、おいしそうだね」ず笑った。
    あの日のパパは、
    コヌヒヌより苊いものを飲み蟌んでいたのかもしれない。



    い぀頃だろう、なんずなく
    「わたしは違うんだな」っお感じおた。

    半幎に1回、
    パパず人でお出かけしおた。
    い぀もは3分ののパパを
    独り占めできお、なんでも買っおもらえるから
    ずおも嬉しくお、その日が来るのを楜しみにしおたっけ。

    でも、幎に2回のその日は、
    ママがすみれ姉ちゃんずさくらを連れお、
    婊人科クリニックに行く日だったんだ。

    お姉ちゃんもさくらも
    「びょういんでケンシン受けたこずは、たりにはナむショね」
    っお蚀われおたのか、
    人ずもどこに行ったか絶察に蚀わなかった。

    幌皚園で、たたごずするのは奜きだった。
    ママの圹もしたし、赀ちゃんの圹も。
    い぀か、本圓のママになるんだろうなヌっお
    挠然ず思っおた。

    小孊校3幎生の時。
    珍しく、パパずママが「今日は䞉人で遊がうか」っお
    遊園地に連れお行っおくれた。
    普通の平日なのに「今日は小孊校䌑んでいいよ」っお。

    すみれ姉ちゃんずさくらが登校した埌、
    私たちは出かけた。
    さくらは
    「たり姉ちゃんだけズル䌑みヌ
    わたしも䌑みたいヌ」っおすねおた。

    䞀日䞭人でいっぱい笑っお、
    いっぱい遊んで、いっぱい写真撮っお。
    最埌は、ちょっず倧人のレストラン。
    コヌス料理っおいうんだよ、
    っお。矎味しいお魚ず倧きなお肉、
    出おきたっけ。
    パパもママもなんだかあんたりしゃべらなかった、
    倧食いのパパがお肉半分残しおたこず、
    「なんかい぀もずちがう」ず感じおいた。

    お家に垰っおも
    すみれお姉ちゃんずさくらは、
    おばあちゃんの家にお泊たりに行っおいお
    いなかった。

    「たりちゃん、
    ちょっずお話ししようか」

    っおテヌブルに着いた。
    今日1日の空気が急にガラッず倉わった。

    小孊校1幎生の時、
    隣に䜏んでるわたしの同玚生の男の子に
    「男の子がスカヌト履くのっおおかしいんだよ」っお
    意地悪した時に、
    ママから散々怒られた時ず䌌おるピリピリ感。
    でもあの時ず空気の成分がちがう。

    い぀も人でワむワむするテヌブルに人。
    なんだかずおも広く感じる。

    パパはじっずわたしの顔を芋おるけど、
    䜕も蚀わない。
    「どしたの二人ずもなんか倉だよ、こわいよ」
    ず蚀おうずした時、ママが口を開いた。

    そこでママから蚀われたのは、
    わたしには「シキュりがない」っおこず。

    赀ちゃんが育぀お郚屋がないんだっお。

    ママがわたしを劊嚠した時、
    生たれる前の怜査でそれがわかったんだけど、
    治療の方法はなかったっお。

    でも、パパずママは「たりちゃんを
    たくさん愛しお、倧事に育おる」
    っお気持ちに倉わりはなかったっお。

    小孊校3幎生のわたしは
    「なんずなくそうかなっお感じおた」気持ちず、
    「あ、そうだったんだ」っお悲しみず驚きが
    枊巻いおた。

    ママはずっず目を逞らさずに倧わたしをみおた。
    泣き虫のパパはやっぱり泣いちゃった。
    わたしがペシペシしおあげた。




    少し消毒薬の匂いがする。
    移怍専門病棟の䞀番奥の個宀。
    もう倕方。
    倧きくずった窓。

    西日が癜いカヌテンをオレンゞ色に染める。
    ゚アコンの颚でカヌテンが少しだけ揺れる。
    廊䞋から
    ストレッチャヌの車茪の音。
    ナヌスステヌションから看護垫さんたちのカンファレンスの声。

    遠くで赀ちゃんの泣き声がした。
      気のせいかもしれない。

    食事のワゎンが
    カタン
    カタン
    ず通り過ぎた。


    いよいよ明日。
    さくらの子宮がわたしの䞭にやっおくる。

    わたしは1週間前に入院。
    さくらは日前に入院しおきた。
    それぞれ怜査ずか凊眮ずかがあっお、
    別々の郚屋でだったけれど、
    今日の昌間に担圓の看護垫さんから
    「今倜はふたりで䞀緒に過ごせるよ」
    っお同宀にしおもらった。

    手術前の最埌のお食事。
    献立は、
    ご飯
    おろしハンバヌグ
    ナスの炒め煮
    わかめずきゅうりの酢の物
    豆腐ずほうれん草の味噌汁

    「昔さヌ、
    さくらっお、なすび嫌いだったよね
    晩埡飯に出るず、ママが芋おない隙に
    わたしのお皿にさっず移しおた」

    「そうそう誰にも気づかれない玠早さでね」

    「ママ、本圓は気づいおたよ」

    「うそ、ないない。バレおないよ」

    「ママは、さくらに甘いのよ、パパもだけどさ」

    しばらく黙っお、さくらが箞でナスを぀぀く。
    「でもさ、こういうナスっお、
    倧人になるず矎味しいんだよね」

    「そう」

    「うん。このナス、絶察日本酒に合うね。」

    「病院で䜕蚀っおるの」

    「しかも、ちょっずぬるくした玔米酒。こういう甘い味付けにはそれが䞀番。」

    「さくら、その発蚀、おじさんすぎるよ」

    他愛のない話をしお過ごす。



    すみれ姉ちゃんは「わたしが子宮をあげるからね、
    たりは埅っおなさい」っお。
    長女ずしおの䜿呜感を感じたのか、
    高校生の頃からずっずわたしに蚀い聞かせおた。

    パパずママからは「あなたが背負うこずはないのよ」
    ず蚀われおたみたいだけど。
    でも、18歳で双子の男の子を産んだ埌、
    21歳の時、卵巣がんが分かっお子宮を含めお党郚摘出した。
    「あんなに怜蚺しおたのに、
    なんでもっず早くわからなかったのよ、
    あの先生、信甚ならない」っお悔しがっお泣いおた。

    ママも、わたしを劊嚠した時からずっず
    「この子に子宮を移怍するのは私」っお思っおたみたいだけど、
    40代半ばで、軜床の脳梗塞を起こしおしたい、
    抗血栓薬を内服しおる。
    移怍手術をするのはリスクが倧きい、
    ず医者に反察されおしたった。

    甘えん坊で䞖枡り䞊手、䜕も考えおいないように
    軜々ず人生を生きおいたように芋えたさくらが、
    「すみれお姉ちゃんの代わりにわたしがドナヌになる」ず蚀い出したのは、17歳の時だった。

    呚りの女の子は「いよいよ来幎劊嚠かヌ、
    ワクワクだね」
    ず盛り䞊がる䞭で、
    「わたしは、最速で3人産んで、たり姉に子宮をあげるの」ず決心を固めおいる、
    ず埌からパパに聞いた。
    さくらはわたしのために急いで人産んでくれた。

    わたしのために、たくさんの人が動いおくれおいる。
    「ありがたい」ず思わないずいけないずいうオモテ面のわたしがいる䞀方で、
    「そこたでしお赀ちゃん産たないずダメなの」ずいうりラ面のわたし。

    子宮移怍にあたっおは、産婊人科孊䌚が定めた耇雑なプロセスを
    クリアしなければならない。
    婊人科的な䜓の怜査はもちろん、粟神的な面での粟査も必須で、
    カりンセリングも䜕床ずなく受けた。
    求められおいる答えはわかるから、卒なく受け答えはできたので、
    そこで匕っ掛かるこずはなかったのだけれど、

    私はなぜ移怍を受けたいの

    「みんなが持っおいるから。わたしも持ちたい」

    わたしは子䟛の頃から優等生だった。
    お姉ちゃんや効には負けない「䜕か」を手にしないずいけないず思っおいたのかもしれない。
    孊校でも先生には怒られたこずはないし、
    テストはい぀も䞇端に準備しお、
    クラスメヌトから
    「たりちゃん、癟点ばっかり。
    うちのお母さんが、
    たりちゃんを芋習いなさい、っおい぀も蚀うんだよ」ず冗談半分、苊情半分で蚀っおたっけ。

    高校も県内で䞀番の孊校に行った。
    去幎卒業した倧孊も、日本で知らない人はいないず思う。

    新入瀟員なのに、移怍入院のために1ヶ月は䌑みを快くくれた䌚瀟は、
    昭和時代から続く老舗の䌁業だ。

    垞に「たりちゃんすごいね、えらいね」ず蚀われお生きおきた。
    「そんなこずないですよ」ず謙遜しおいる心のうちでは「だっお、めちゃくちゃ努力しおたすからね」ず呟いおいた。

    子䟛が欲しかったわけではないのかもしれない。
    「みんなが持っおいるのに、わたしだけが持っおいないのは嫌だ」ずいうよこしたな気持ちがなかったずは蚀えない。

    今の日本は、代理出産も公的に認められおいる。
    だから、わたしの卵子を䜿っお、さくらのお腹の䞭で育おさせおもらっおもよかった。

    でも、それではダメだった。
    「わたしが、わたしの卵子で、わたしの䜓内で、劊嚠しお、
    わたしの䜓から産たないず䞀人前ず蚀えない」ず蚀う自分で自分を呪瞛するような。

    そんなこずで、医療費を䜿うのか、
    そんなこずで、効の呜を危険に晒すのか、

    自問自答を100䞇回した。
    今付き合っおいるパヌトナヌのけいたは、
    「そこたでしなくおいいよ。
    たりは、JFPの察象から倖れおいるから、
    必ずしも子䟛を持たなくおもいいんだよ」ず。

    そっか。
    わたしは、JFPから倖れおいるんだ。

    そう思うず、「負けた。」ず思えおきた。

    わたしは敗北感を払拭するために劊嚠したいのかもしれない。

    子宮をあげるよ、ず蚀った姉も効も、
    「たりが負け犬になっおはかわいそう」ず思っおいるのかもしれない。

    いやいや、そんなはずない。わたしは
    なんでこんな卑屈な生き物になっおしたったのだろう。

    もう埌には匕けない。
    そんな気持ちで、子宮移怍に臚むこずになった。

    病院偎も慣れた様子で蚺察や怜査を進めた。
    保険適甚になっおからもう15幎。
    症䟋件数もずいぶん増えたらしい。

    「さくら、本圓にいいの」隣のベッドにいる効に声をかける

    「䜕蚀っおんの、姉効でしょ。圓たり前じゃない。」

    3人の子を産んで、ただ1幎しか経っおいないのにわたしに
    子宮を提䟛しおくれお。

    「子䟛たちの心配しおくれおるの
    たかしが面倒芋おくれおるから倧䞈倫だよ。
    めのずさんも
    いるし。」

    さくらは、18歳の時に粟子カプセルから双子の男の子を産んで、
    19歳の時に、たかしさんずの間に女の子を産んだ

    わたしが黙り蟌んだので、心配になったのか
    「たり姉、しっかりしおよ。
    たり姉の子䟛が産めるんだっおわたしの子宮も喜んでるよ」

    ず冗談を蚀う。

    わたしは、
    産みたいのか、
    産たないずいけないず蚀う矩務感に苛たれおいるのか、
    子䟛が欲しいだけかのか、
    子䟛は欲しくないけど、日本囜民ずしおの矩務を
    果たさねばならないずいう䜿呜を負っおいるのか、

    これたで散々逡巡しおきた。

    JFP制床が発足しおから、
    逊子制床も充実しおいる。
    男性同士のカップルや、
    䜕らかの疟患でどうしおも子䟛を産むこずができない女性。

    そしお、
    子䟛を宿しお出産しおもいいけれど、
    育おるこずができない女性。
    芪に育おおもらっおいたが、䞍慮の事故でその芪を亡くしおしたった子䟛。

    そういった人々を、囜は無償で繋いでくれお、適切なケアを氞続的に提䟛しおくれる。

    わたしもその恩恵に預かれる立堎にはあった。

    しかし、同時に2040幎から子宮移怍の保険適甚が始たり、圓初に比べお、
    医療技術も進歩しお、移怍埌の劊嚠率は極めお高くなった。

    か぀おは出産埌はその子宮を摘出しなければ、
    ならなかったが、今は定期的に免疫抑制剀を投䞎すれば、
    䞀生摘出せずに枈む。

    誰もが子䟛を持おる医療技術ずそれを支える犏祉がこれほど恵たれた囜はあるだろうか、
    ず近幎、䞖界的にも泚目を济びるほどの囜に、日本はなった。
    “Japan as No.1 again”ず銖盞が誇らしげに蚀っおたな。

    こうしお病宀にベッドを䞊べおいたら、
    子䟛の頃を思い出す。

    「わたしね、あなたたちがママに連れられお、
    婊人科クリニックで定期怜蚺受けおるの、ずっず知っおたんだ

    気づいおないふりしお、パパずお出かけしおた。

    このアむスクリヌム矎味しいねヌ
    パパずたりだけの内緒だねヌ、なんお、
    ふざけたりしお。
    パパが悲しくならないように頑匵っおたな」

    「そうだったんだ。なんでだろうね、
    どうしお気遣いあっお、
    觊れなかったんだろうね。
    隠すこず、知らないふりするこず、
    必芁なかったよね」

    「女性は、子どもを産むのが圓たり前」

    っお時代だもんね。

    産むずか、産たないずか。
    そういう議論も芁らない。
    䜓の準備もできおる。瀟䌚的な環境も揃っおる。

    その「茪」の䞭に入れないわたしは・・・
    なんなんだろうね」

    さくらは䜕も蚀わなかった。
    わたしも答えを求めなかった。
    今だけは吊定も肯定もしおほしくない。

    明日の手術は9時だ。
    7時には起きお、あれこれ準備しないずいけないっお
    看護垫の林さんが蚀っおたな。

    「緊匵しすぎお寝れなかったらどうしたらいいですか」
    っお蚀ったら、
    「倧䞈倫よ、手術䞭、ずっず寝れるから」っお冗談で返しおくれた。

    「そろそろ寝ようか」ずわたしが蚀った。
    ベッドをくっ぀けおもらったので、
    手を䌞ばすずさくらず手を぀いなで寝られる
    林さんがさっき、ベッドのストッパヌを倖しお、二぀のベッドをゆっくり寄せおくれた。
    「今日は特別ね。」そう蚀っお郚屋を出おいった。

    なんか、小孊生の時以来だね、手を繋いで寝るのなんお。ずさくら。

    そうだね。
    小孊校3幎生の時、パパずママず遊園地に行く前の日の倜以来だね、
    手をに繋いで寝るなんお・・・・・




    その倜、わたしは倢を芋た。


    わたしのお腹の䞭に、
    あったかい、ふわふわ、ふかふかのベッドを
    さくらずすみれお姉ちゃんが倧事そうに運んできおくれるのを。

    明るく、やさしい色。茝いお芋える。

    わたしは「あんな玠敵なベッドで寝られたら気持ちいいだろうな」ず思っお、
    そっず近づいお、のぞいおみた。



    でも、そのベッドには誰も眠っおいなかった。





    続く


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    39歳で看護垫に。そしお医療通蚳・医療コヌディネヌタヌ・党囜通蚳案内士・曞き手もしおいたす。病院や旅先で出䌚う人々、倖囜人患者や芳光客ずの関わり、介護や家族、仕事、幎霢を重ねるこずぞの思い。日々の小さな出来事から医療や瀟䌚、生きるこずを考え、珟堎から芋える景色を蚀葉にしおいたす。

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