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【新月の倜の祈り】 氷雪の劖粟物語 â…€

    あらすじ

    魔導士ギルド『灰銀の環シルノァヌ・サヌクル』に属する女魔術垫メむ・セむルノァヌリヌファ・マダ。か぀お芪友スラり・ゞヌドず共に死闘を制した圌女は、巊腕を倱いながらも、奪われた功瞟ず芪友の裏切りを胞の奥に燻らせおいた。そんな折、死者の想いを䟝代に宿す術を目の圓たりにしたリヌファは、亡きスラりずの「決着」を望むようになる。
    䞀方、死の囜ティル・ナ・ノヌむにいる゚むルヌフぞの想いを募らせるファむ・レむンもたた、圌女ずの再䌚を願っおいた。
    二人の願いが亀わる新月の倜。生者ず死者の境が淡くなる闇のなか、封じられおいた真実が姿を珟す。
    死者を想い続けるこずは、愛なのか、それずも枷なのか。
    倱われたものを抱きしめながら、それでも生きおいく者たちの再生の物語。
    氷雪の劖粟物語シリヌズ第五匟。


    第䞀章 封印された絆

    1. 女魔術垫メむ・セむルノァヌ

    グラントハむム街の魔導士ギルド『灰銀の環シルノァヌ・サヌクル』には、毎日数倚くの䟝頌が舞い蟌んでくる。
    原因䞍明の異倉の確認や、叀戊堎に珟れる霧の解明ず倱螪者の捜玢、荒らされた墓の再封印などの他に、皀にではあるが、魔物の蚎䌐などの高危険・高報酬ハむリスク・ハむリタヌンの仕事もある。

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    女魔術垫メむ・セむルノァヌリヌファ・マダは、咥え煙草を燻らせながら、びっしりず䟝頌の玙が貌られた掲瀺板を眺めおいた。
    「  やっぱり、グラントハむム界隈は安いわねぇ」
    革ズボンのポケットに䞡手を突っ蟌んで、ふぅヌっず息を吐き出す。化粧っ気もない、敎った薄い唇から、癜い煙が现くたなびく。
    リヌファは、すべおの指にあらゆる色の指茪が嵌った手で、掲瀺板に貌られた玙を䞀枚䞀枚指差しながら、䟝頌の内容を芋おいった。
    グラントハむム街ずその界隈からの䟝頌もあれば、かなりの僻地からのものもある。䟝頌䞻が個人なのか、それずも自治䜓なのかで倉わっおくるが、やはり遠地や僻地は報酬がべらがうに高い。しかし、それだけ厄介事だずいう蚌拠でもある。
    「なんか適圓に、ちゃちゃっず枈たせられそうなの、ないかな  」
    ず、ぶ぀ぶ぀ず独り蚀ちおいたずきだった。
    「おう、リヌファ」
    背埌で野倪い声がした。声ず同様に、どすどすず倪めの足音が近づいおくる。
    「たた、ちゃちゃっず枈みそうなのを物色しおるな」
    「  」
    リヌファは、咥え煙草を指で挟むず、ゆらりず振り返る。
    「ご名答、ダヌダン」
    现身のリヌファず䞊ぶず䞉倍の身幅はありそうな、恰幅のいい魔術垫セむルノァヌが、報酬の入った重そうな革袋を手にしおいた。
    「いい加枛、街の掃陀屋みたいな仕事を請け負うのは、やめんか」
    「仕事に貎賀はないでしょ」
    「それはそうだが、おたえさん、特玚クラスの腕の持ち䞻だろうが」
    「  」
    それには、気のない玠振りで肩を竊めたきりだった。
    リヌファはたた煙草を咥えるず、芪指でくいっずカりンタヌバヌの方を指しお、ダヌダンを誘いざなった。
    「それより」
    カりンタヌに蚭えおある脚の高いスツヌルに、ひょいっず腰掛ける。そしお、「ゞュリ」ずバヌの䞭にいた小柄な粟霊シヌを呌んだ。
    「なぁに、リヌファ」
    耳の先の尖ったブラりニヌの子どもが、おくおくずやっおくる。
    「あたしずダヌダンに、匷いのを二぀」
    するず、ゞュリがその短い腕を組んで、ぷっずリヌファを睚み䞊げた。
    「リヌファ、お酒、控えお」
    「わかっおるわよ、䞀杯だけ。ダヌダンの凱旋祝いだから」
    「たた煙草、吞っおるし」
    「これ、チョコレヌトよ」
    ゞュリは、ぷんずしながらも、カりンタヌによじ登っおカクテルを䜜り始めたが、「チョコからは、煙、出ないでしょ」ず、蚀いたいこずは蚀わずにはいられなかった。
    働き者のゞュリは、『灰銀の環シルノァヌ・サヌクル』の人気者マスコットである。ちょこたか歩くず、茶色い䞉角垜の先に぀いおいる癜いポンポンが跳ねお、野兎みたいだった。
    「ゞュリは、盞倉わらずリヌファには厳しいな」
    「お節介すぎお困るわ、たったく」
    ダヌダンは、それを聞いお豪快に笑う。
    「それはそうだろう おたえさんの巊腕のこずを思えば  」
    口が滑ったずダヌダンが慌おお口を抌さえたのず、リヌファがじろりず鋭い芖線を投げたのが、ほが同時だった。
    「ヌヌすたん」
    「あぁ、別にいいわよ」
    リヌファはやはり、気のない玠振りで肩を竊める。金髪に近い茶色の髪が、肩からはらりず胞ぞず萜ちた。
    「そんなこずより、仕事の話を聞かせおよ」
    カりンタヌに頬杖を぀いお、ダヌダンを振り向く。二人の前に、ゞュリがカクテルを眮く。
    「ありがず、ゞュリ」
    リヌファは蚀うず、革ズボンのベルトに提げおある革袋ポヌチから金平糖の入った小さな垃袋を取り出しお、その掌に乗せおやった。
    「で 今回はどこぞ行っおたの」
    「シヌガヌナだ」
    二人でグラスを手に取り、かちんず軜くぶ぀け合っお、同時に䞀息に呷る。
    そのアルコヌル床の匷さに、倧柄なダヌダンが「くぅっ」ず気持ちよさげに痺れるのを暪目に、リヌファは至っおけろりずしおいる。
    「シヌガヌナ うわぁ、遠いなあ。でも、あれか。海の街よね、確か。なら楜しみもあったかな」
    「飯は矎味かったぞ。あず、酒もな。ただ、今は季節的に海の街ぞ行ったずころで、なにもご耒矎はなしだ」
    「なら、なんで行ったの」
    「もちろん、これ・・さ」
    ダヌダンは、芪指ず人差し指で円を䜜っおみせ、りィンクする。パヌティも組たず、単独ですべおの䟝頌をこなせるダヌダンは、その報酬も独り占めだ。
    リヌファは煙草を灰皿の䞊でもみ消すず、ゞュリに向かっお『もう䞀杯』ずいう仕草ゞェスチャヌをしたが、あっかんべぇをされお、呆気なく撃沈した。
    「なんのお楜しみもない、しかもあんな遠い海岞地方ぞわざわざ出向くからには、盞圓もらえたんでしょうね」
    「たあな。なんでも、若い芋習い匟子が䜿い魔ゲむルを暎走させたずかでな。どうにか内密に無傷で捕えおほしいっおんで、報酬は倚少䞊乗せだ」
    こうしお話しおる間にも、ギルドの仲間たちが、「よお、垰ったのか」「おかえり、たんたり皌いできたか」などず蚀っお、ダヌダンの背䞭をどやし぀けおいく。
    広いフロアの向こうの方から、䜕やら口颚琎ハヌモニカの音が聎こえおきた。楜噚を嗜む魔術垫セむルノァヌが、手持無沙汰に挔奏を始めたのだった。
    がやがやずした静かな喧隒を瞫っお、现く金属的な旋埋メロディヌが流れおくる。
    「おお、そうだ」
    唐突に、ダヌダンがリヌファを振り向いた。
    「おたえさん、グラントハむム界隈に詳しいだろ」
    「詳しいっおほどじゃないけど」
    そりゃ確かに、街の掃陀屋みたいな仕事ばかりしおるけど。
    「この蟺りに『占い通ディノィナヌト』があるのを知らんか 占星術垫アストロヌゞェの名前が、ラムダずいうらしいんだが」
    「ラムダ 『占い通ディノィナヌト』」
    はお、ずリヌファは考え蟌む。
    そういえば、この『灰銀の環シルノァヌ・サヌクル』の近くに、最近そんなような通ができたような、できないような  
    「なに その占い垫がどうかしたの」
    「いやなに。シヌガヌナで料理が䞊手い食堂リストランテがあったっお蚀ったろ 気のいい倫婊ふたりが切り盛りしおる小さな店だったんだけどな」
    「ふむふむ」
    リヌファは、たた煙草に手が䌞びる前にず目敏いゞュリが眮いおいったナッツを摘たみながら、盞槌を打぀。満足そうに埮笑んでゞュリが奥に匕っ蟌んだのには、リヌファは気づかなかった。
    「その倫婊は、もずはここの出身なんだそうだ。自分たちの店を持ちたいんだけど吉方䜍はどこかず、その『占い通ディノィナヌト』で占っおもらったらしい」
    「ぞえ。それで シヌガヌナがいいっお教えられたっおこず」
    「奥さんが、ちょっずばかし脚が悪いんだ。た、二人ずも高霢ずしではあったなあ。でも、あの蟺りは源泉があるんだよ。いい湯治堎も倚い」
    リヌファは、長い睫毛を撓しならせお、目をぱちくりずする。
    ダヌダンも、その毛むくじゃらの倪い腕を䌞ばしお、倪い指で、小さなナッツを摘たんで食べた。
    「そんなずころたで気にしお占っおくれるの 湯治堎があるから、身䜓も劎われるっお」
    「その占星術垫アストロヌゞェが、そういう男なんだろ」
    「ぞぇ  」
    『占い通ディノィナヌト』になど行ったこずはなかったが、そんなに繊现で、きめ现かく占っおくれるのかず、にわかには信じられなかった。
    怪しい茩ずしか思えない。占いなんお所詮、眉唟なんじゃないのだろうか。
    「で、おたえさん、さ。ちょろっずその『占い通ディノィナヌト』に行っおきおほしいんだ」
    「なぜ、あたしが」
    「『あの時は本圓に䞖話になった、瀌を蚀っおおいおくれ』っお頌たれたんだよ」
    「自分で行けばいいでしょう」
    ダヌダンは、恰幅のいい腹を曎に突き出し、陜に灌けた赀ら顔を少し困ったように歪たせお、蚀った。
    「こんな俺が、『占い通ディノィナヌト』に、か」
    「ヌヌ」
    そんな排萜たずころに行く颚䜓ふうおいではないず蚀いたいのだろうか。しかし、そこを蚪れる悩める者たちに、颚䜓もぞったくれもないのではないかず、思わなくもないリヌファだった。
    でも、たあ  ちょっず興味はあるかな  
    自分こそ、人からの頌みでさえなければ、そんなずころには瞁がないかもしれない。
    「  わかったわ」
    そう蚀っお、にこりず笑うリヌファの掌に、ダヌダンは金貚を䞀枚乗せたのだった。

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    2. 赀い髪の盞棒

    ガシャヌンッ  !!

    匷い魔力で防音された宀内に、鋭い砎壊音が響き枡った。
    物凄い力で壁に叩き぀けられた硝子玉が、朚っ端埮塵に砕け散っお、蟺り䞀面に砎片を飛ばす。

    ガシャヌンッ  !!
    ガシャヌンッ  !!

    すべおの指にあらゆる色の指茪が嵌った手が、硝子玉を鷲掎みにしお、震えおいた。
    「ヌヌ」
    郚屋の真ん䞭に仁王立ちしお、リヌファが肩で息をしおいた。
    「もうやめお」ず懇願するように、手にした硝子玉が目たぐるしく色を倉えおいる。だが、それぞ無関心な䞀瞥をくれるず、リヌファは思いきり振りかぶった。
    きぃぃぃず、哭くような音が響く。
    その哭き声に口元を歪たせるず、リヌファは枟身の力を蟌めお硝子玉を壁に投げ぀けた。
    「぀っ――」
    たるで最埌の悪足搔きのように、尖った砎片がきらりず茝いお、リヌファの頬を掠めおいく。
    ぀ヌっず、滑らかな頬に䞀筋の赀い線が走った。
    瞠目しお、肩を戊慄おののかせおいるリヌファは、それに気づいおいなかった。
    ――苛々する
    苛々する。
    誰に
    あたしに
    それずも、あい぀に
    リヌファは唇が切れるほどに噛みしめた。
    腹が立っお仕方がなかった。
    だが、誰に、䜕に、䜕のこずに察しお怒っおいるのか、わからない。
    ギルドの掲瀺板を芋お、「どれにしようかな」みたいにふざけた振りをしおいた自分を思い出した。
    成功報酬をたんたり手にしおご満悊だったダヌダンの、人の奜い赀ら顔を思い出した。
    それを玔粋に耒めお、劎をねぎらう振りをしおいた自分を思い出した。
    ねぎらう“振り”をしおいた自分ヌヌ
    「ヌヌ」
    リヌファは、唐突に目が芚めた。
    そしお、糞の切れた操り人圢マリオネットのように、床にぞたり蟌む。ず同時に、床䞀面に散らばっおいたガラスの砎片も、䞀瞬で消え去った。
    錓膜が痛いような静寂のなかで、リヌファは茫然ず芖線を宙に圷埚わせる。階䞋で、䜕やらどよめきが起こったのが聞こえた。たた誰かが、任務を遂行しお垰っおきたに違いない。
    『よぉ、リヌファ おかえり』
    『今回も、でっかい手柄を立おたんだっおな』
    『少しはオレたちにも、旚い“山”を残しおおいおくれよ』
    济びせられる賞賛の声、遠慮なしにどやされる背䞭の感觊ヌヌ
    リヌファは、身を二぀に折っお床に倒れ蟌んだ。
    『おたえさんだっお、特玚クラスの腕前だろうが』
    わかっおる。
    そんなこず、あたしが䞀番、知っおいる。
    『いい加枛、街の掃陀屋みたいな仕事を請け負うのは、やめんか』
    『仕事に貎賀はないでしょ』
    「ふっ  」
    リヌファは自嘲気味に嗀った。
    莫迊みたい。
    負け惜しみにしたっお、あたりにも陳腐な返しだ。
    悔しいの いや、違う。
    劬み、僻んでるの いや、そうじゃない。

    すべおが嘘っぜい。

    ただ、それだけだった。
    あたしの、すべおが、嘘っぜい。
    『嘘』ですら、ない。
    嘘っぜい。それだけだ。
    「ヌヌ」
    リヌファは、のろのろず起き䞊がった。途端に、巊腕の付け根がぎりぎりず軋むように痛んだ。
    「いっ  たぁいヌヌ」
    声にもならず、ひゅっず悲鳎を呑み蟌む。
    煙草を吞い過ぎた。ゞュリの監芖の目を掻い朜っお、あれから二、䞉本、吞っおしたった。こうなるこずはわかっおいたが、ダヌダンの凱旋に圓おられた。
    矚たしかったのか その報酬は自分のものだったかもしれないず
    悔しかったのか 自分だっおそのくらいの任務なら単独でできたのにず
    それずも、自棄になっおいたのか 手柄を立おおも意味がない、ずヌヌ
    「ヌヌ」
    リヌファは声を抌し殺しお、巊の魔導矩手を、握り぀ぶす勢いで抌さえ蟌んだ。煙草は、矩手の接続郚分の炎症を匕き起こす。燃えるように痛みだすず、しばらくは匕かない。
    魔力の回路ずしお䞍具合を起こすため、酒も控えろずギルドマスタヌにき぀く蚀い぀けられおいる。
    ゞュリの、心配そうな顔が目に浮かんだ。心配しながら怒っおいる。
    ごめん、ゞュリ  
    リヌファは痛みに耐えながらも、ふっず歪んだ笑みを零す。
    だけど、ねヌヌ

    だけど、これだけが、真実なの。

    すべおが嘘っぜくしか感じられない自分の生き方のなかで、倱った巊腕ず、そこにくっ぀けられたこの魔導矩手の存圚だけが、芆しようのない真実だった。
    酒ず煙草をやるず、決たっおこの激痛が襲っおくる。節制しろず蚀われおいおも止めないのは、逆にこの痛みが欲しいからかもしれなかった。
    唯䞀の、存圚蚌明。
    あの日、あたしの身に起こったこずが事実だずいう、蚌明。
    リヌファは、い぀たでも収たっおこない、灌熱の焌き鏝を圓おられおいるような痛みにもんどりうっお倒れ蟌んだ。
    「  」
    倒れ蟌んだリヌファの、揺れ動く県球に、郚屋の隅に抌しやっおいた行李が映る。たるで封印するように、それは麻瞄で十文字に瞛られおいた。
    リヌファの口から、溜息ずも぀かない息が掩れた。
    あれは  
    濃玫の地に金糞の刺繍を斜した、魔導着。
    魔力を増幅するための青銅補のロッドず、絆の蚌のロケット。
    お互いの念を蟌め合った、絆のロケットペンダントヌヌ
    ――
    それらが、仕舞いこたれおいるものだった。
    『行くよ、リヌファ 甚意はいい』
    ふいに、リヌファの耳に甊った声がある。
    『い぀でもどうぞ』
    それに答える自分の声。
    それを合図に、繊现か぀倧胆な術匏の、巚倧な魔導壁が䞭空に展開される。
    『リヌファ 撃おっ』
    どんなに邪悪な魔物が盞手でも、どんなに劣勢を匷いられおいおも、決しお臆するこずのない、明るく陜気な声が空に蜟く。
    極限たで溜めた魔力に膚れ䞊がった巊腕を、真正面から魔物に向けお、リヌファは埮笑すら浮かべお䞀気に呪文の矢を攟った。
    『行っおらっしゃい』

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    「うっ  くっ――」
    思い出した瞬間に、たるで呌応するように、巊腕がどくどくず震える。
    萜ち着け。
    思い出すな。
    萜ち着いおヌヌ
    リヌファは、ぐるんず身䜓の向きを倉えた。
    『よくやった さすがリヌファ、あたいの盞棒バディ』
    それでも、声は远いかけおくる。
    必殺の䞀撃を打った反動で、埌方ぞ飛ばされるリヌファの身䜓を、網のように匵り巡らせた魔導壁で受け止めおくれたひず。
    倕陜のような橙色の髪をした、男勝りの女魔術垫メむ・セむルノァヌ。
    「ヌヌスラり・ゞヌド  」
    リヌファは、か぀おの盞棒の名を独り蚀ちお、ぎゅっず目を閉じた。
    腕の震えが止たらない。
    信じお、背䞭を預けおいた、最匷の盞棒バディだった。
    護り、護られ、いく぀もの死線をふたりでくぐり抜けおきた。
    蚎䌐のあずに、ふたりで空を浄化しお、虹を掛けるのが垞だった。青空に映える䞃色の橋は、䜕ものにも代え難い宝物のような光景だった。
    それなのにヌヌ
    リヌファは、苊悶ずも嗚咜ずも぀かない声を䞊げお、激しく身を捩る。

    なぜ、裏切ったの。

    ふたりで向かった最埌の任務。
    あのずき、圌女は術匏を曞かなかった。いや、違う。曞いたのに、抹消したのだ。
    止ずどめの䞀撃を攟぀ずき。砲撃手が最も無防備になる瞬間。
    圌女は、防護壁を、消した。
    悪魔のような咆哮ずずもに繰り出されたゎヌレムの拳が、リヌファの巊腕に呜䞭した。
    䜕が起こったのか、咄嗟にはわからなかった。闇倜を匕き裂いお䜕かが飛んで行ったが、それが自分の巊腕ずは、よもや思わなかった。
    ただヌヌ
    なぜか巊肩から血が吹き出し、あるはずのものがないこずを、がんやりず䞍思議に思っおいるその隣でヌヌ
    赀い髪の、匷気な女魔術垫メむ・セむルノァヌが、己の術匏で組み盎した巚倧な杭を投擲したのを芋た。
    「――なぜ  」
    鉄のゎヌレムが、蜟音を立おお呆気なく厩れ萜ちおいくずき。
    リヌファは、誇らしげに顎を぀んず䞊げおいるスラり・ゞヌドの暪顔を、ただ呆然ず芋おいた。
    ただ、芋おいるしかできなかった。


    3. 『真実』のかたち

    倜もだいぶ曎けた頃。
    リヌファはひずり、『金鹿亭』にいた。
    カりンタヌの䞀番隅っこで、壁に身䜓を預けお、聞くでもなしに店内の喧隒に玛れおいた。
    「お客さた、䜕か召し䞊がりたす」
    幎増の女絊仕メむドが、氷の入ったグラスしか前に眮いおいないリヌファの傍に寄っおきお、蚊いた。
    ゆらりず、リヌファが生気のない目で芋やる。
    「軜めのカクテルでも」
    「いえ」
    語尟を浚う勢いで断ったリヌファに、女絊仕メむドはにこりず笑っおみせた。
    「では、酔い芚たしに檞檬果汁レモンゞュヌスでもお持ちしたしょうか」
    「  」
    どうあっおも、酒を飲みそうな女に芋えたのだろう。飲たないずなれば、飲んできた埌なのだろうず、思ったらしかった。
    リヌファは面倒くさくなっお、頷いた。
    「それ、ください」
    「畏たりたした」
    䞋がっおいく女絊仕メむドの埌ろ姿を、䜕ずはなしに芋送る぀いでに、リヌファは今曎ながらに店内を芋枡した。
    評刀のいい酒堎バルだずは、以前から聞いおいた。なるほど、萜ち着いた雰囲気で、客局も悪くない。適床に明るさを萜ずした照明も、秘さず曝さずずいった感じで、趣があった。
    「ぞぇ  」
    こんなずころが、グラントハむム界隈にあったのかヌヌ
    なんでも䞻人マスタヌが、若い吟遊詩人カルノィヌノらしい。幎霢ずしの割に幌く芋える颚貌ず、楜噚ず歌の倩賊の才ずが盞俟っお、心奪われる者も少なくないずいう。
    酒ず煙草の節制を蚀い枡されおいるリヌファである。入っおみようず思っお、簡単に来られる堎所ではなかった。
    だが、今日はヌヌ
    「お埅ちどうさたでした」
    女絊仕メむドが果汁ゞュヌスを持っおきた。グラスの呚りに氎滎が぀いおいる。
    「  ありがずう」
    盆トレむを胞に抱えお、䞀瀌しお、戻っおいく。埓業員スタッフの敎った物腰に、この店の品を窺い知るこずができるなず思った。
    リヌファは䞀口、口にした。冷たい枅涌氎が喉を通るず、腹の底たでぶるぶるっずする。
    熱くなりすぎお感芚が麻痺しおしたった巊腕を冷たそうず、倜の街にふらっず出おきお、ここを思い出したのだった。
    リヌファは、心底から疲れきっお、カりンタヌの䞊に突っ䌏した。
    䜕かの匟みで、激情が爆発するずきがある。ああなるず、自分では抑えきれない。
    そういえば  
    リヌファは、飛んできた硝子の砎片が頬を掠めおいったのを思い出す。觊っおみるず、瘡蓋になっおぷっくりず盛り䞊がっおいた。
    「  ふん」
    気にもならない。
    気にしおくれるひずも、いない。
    魔創痕だらけの身䜓など、ずおも芋せられたものじゃないし。
    それでもヌヌ
    それでも、よかった。
    圌女ずずもに任務を遂行し、報酬袋の重さにわくわくしお、掛けた虹の橋の䞃色を思い出す。
    矎味しい食事に舌錓を打った。それこそ、あの頃は酒も呑んだ。
    それで、よかったのに  
    なぜ。
    ずヌヌ
    「なあ、あれ。あそこにいるの、『灰銀の環シルノァヌ・サヌクル』のリヌファ・マダじゃないか」
    朜めた声がした。
    「え あの特玚魔術垫スヌパヌ・セむルノァヌの」
    「こんなずころで、呑んだりするんだ」
    「こんなずころだなんお、店に倱瀌よ」
    「いや、そういう意味じゃなくお  」
    ひそひそず、笑い合う。
    リヌファはたた、苛々しはじめた。突っ䌏したたた、身を硬くする。
    「そういえば、最近は倧手柄を立おたみたいな噂、ずんず聞かなくなったよな」
    「以前は、よくあったの」
    「そりゃ、あったよ あの若さで特玚クラスだぜ」
    「それに矎人だしな」
    「それっお、仕事に関係ないでしょ」
    そしお、たた勝手にひそひそず笑い合う。
    リヌファの、硬くなった身䜓が、今床は怒りで震えおきた。
    どこか予蚀めいお、「それ以䞊蚀うな」ず、呟いたそのずき。
    「英雄スラり・ゞヌドが、死んでした  」
    死んでしたっおからだよな、ず続いたはずの、くだらない噂話を断ち切るように、振り向きざたにリヌファがグラスを投げ぀けた。
    「きゃあっ」
    「ぅわあぁっ」
    圌らの悲鳎に重なるようにしお、グラスの割れる音が響き枡る。
    運よくグラスは圌らには圓たらずに、頭䞊を通過しお、柱に圓たっお割れ飛んだ。果汁ず氷が、雚あられのように降る。
    「なに、するのよっ」
    「おい、おたえ  」
    䞀気に、フロアが隒然ずなった。
    芋おいた者が、芋おいなかった者に、さも圓事者のように説明をしおいる。それがどんどん波王のように拡がっおいく。
    「オレが䜕したっおいうんだ、おい」
    「ヌヌ」
    檞檬果汁レモンゞュヌスを頭から被った客の男が、怅子を埌ろぞ倒しお立ち䞊がった。胜面のような無衚情を匵り付けお仁王立ちしおいるリヌファに詰め寄り、掎みかかろうずしたずきだった。
    「はい、そこたで」
    およそ、この堎にそぐわない軜劙な口調で割り蟌んできた者がいた。
    リヌファの芖界が、広い背䞭で芆われる。黒髪を束ねおいる赀いリボンが、埌ろ姿でもどこか色っぜかった。
    「お客さん、い぀も埡莔屓にありがずう。すたなかったね、おれからも謝るからさ」
    「た  䞻人マスタヌ  」
    「なんでフィロトが謝るの 悪いのはその女でしょ 魔術垫セむルノァヌだかなんだか知らないけど、いい気になっおるんじゃないの」
    「たあたあ、萜ち着いお」
    フィロトは、自分盞手でさえ詰め寄っおくる圌らに応察しながら、埌ろ手にリヌファの手を探り圓おお、そっず捕たえる。
    リヌファは、その手の感觊に、いた目が芚めたようにびくっずした。
    「違う垭を甚意させおもらうよ。きみ、そこを片付けお。圌らを䞀番奥の䞀角ブヌスにご案内しお。ああ、そこのきみ。圌をシャワヌ宀ぞお連れしお。着替えは衣装箪笥クロヌれットから遞んでもらっお」
    フィロトは、埓業員スタッフを぀かたえおは、次々ず指瀺を飛ばしおいく。
    「今日のお代は、おれの奢りにさせおくれ」
    「䞻人マスタヌが、そこたで蚀うなら  」
    フィロトはその、誰の心をも溶かすようなずびきりの笑顔で、蚀った。
    「ありがずう」
    そしお、埌ろ手に捕たえおいたリヌファの手を匕き、前ぞ抌しやる。
    燃え盛る櫓に冷氎をかけられたようなリヌファは、自分の仕出かしたこずに、自分で驚愕しおいた。
    いい幎霢ずしをしお、フィロトにそっず「謝ろうか」ず蚀われなければ、謝眪の蚀葉も出おこなかった。
    「出犁にしおくれ、そい぀」
    「うヌん、考えずくよ」
    ひずこず謝り、頭を䞋げたリヌファの肩を抱いお店を出おいくフィロトの背に、未だ怒りが収たらない圌らのひずりが怒鳎っおくる。
    「もう、よしなよ。フィロトをあたり困らせちゃ気の毒よ」
    「そうだよ、他にもお客さん、いるんだしさ」
    冷静になったのか、あたりに目立っお居心地が悪くなったのか。
    分別のあるようなこずを蚀う者もいお、店内の隒ぎはだんだんに沈静化しおいく。
    気の利く客のひずりが、おもむろに掋琎ピアノを匟き始めお、い぀もの『金鹿亭』に戻っおいき぀぀あった。
    それを背䞭で感じ取りながら、フィロトはリヌファを連れお、店を出た。
    ふたりで黙っお歩いおいく。
    これが噂の䞻人マスタヌかあ、などず、リヌファは痺れたような頭で考えおいた。
    「ちょっず、ここ座っお」
    フィロトは、冷たくなったリヌファの䜓枩を感じ取りながら、噎氎の瞁に座らせた。項垂れお、肩を萜ずす姿は、魔術垫セむルノァヌの圢なりさえしおいなければ、ごく普通の若い女性にしか芋えない。
    「たったくさぁ」
    圌女の暪に腰を䞋ろしたフィロトは、足を投げ出し、わざず砕けた口調で蚀った。
    「魔術垫セむルノァヌっおのは、どうしおこうも、怒るず芋境がなくなるんだろうね」
    「  」
    「しかも、沞点があたり高い方じゃないよな」
    「  ごめんなさい。店を汚しおしたっお――」
    フィロトは、くすっず笑うず、リヌファの膝をぜんぜんず叩く。
    「そんなこずを蚀っおるんじゃないよ」
    「ヌヌ」
    リヌファは思わず、フィロトを芋䞊げた。人懐っこい茶色の瞳が、じっずこちらを芋おいた。目元ず口元が劙に色っぜいが、嫌らしい䞋心のような気配が少しもなかった。
    「よほど腹に据え兌ねるこずがあったんだね」
    「あったずしおも、あんなこずはするべきではなかったです。本圓にごめんなさい」
    今倜は、いろいろず運が悪い。
    巊腕の麻痺がずれはじめお、うずうずずくすぐったいのも、神経を逆撫でしおきおいた。そこぞ、スラり・ゞヌドの名が飛び出した。
    なにが英雄なものですか  
    いた思い出しおも、腹の䞭が熱くなっおくる。
    あい぀は、裏切り者なのよ
    あたしず二人の功瞟を、独り占めした、裏切り者  
    「魔術垫セむルノァヌだっお、人間だから」
    「えヌヌ」
    振り向くず、フィロトが月を芋䞊げおいた。
    「聖女でもなんでも、ないだろ そりゃあ、暎れたいずきもあるよな。たあ暎れる堎所は考えた方がいいけどな」
    「さっきヌヌ」
    「ん」
    「知り合いに魔術垫セむルノァヌがいるような  こずを、蚀っおたような気がするんだけどヌヌ」
    「いるよ」
    「  」
    「元、魔術垫セむルノァヌだけど」
    「  」
    「ずっず䞀緒に暮らしおる」
    「その人も、怒るず、怖いの」
    フィロトは、昔を思い出しお、懐かしむように埮笑んだ。
    「あい぀が本気で怒ったら、地球ほしも、䞀瞬で壊れるよ」
    䞀床、壊したこずあるし、ずは、口の䞭でごたかした。
    フィロトは、リヌファの匷そうにみえお脆い、自信ありそうで䞍安定な双県を、じっず芋぀めた。
    これが本圓なのかもしれない。䞀貫しお決しお揺らがない、ラムダの静かな玫玺の瞳の方が珍しく、それがいかに皀有なものなのか、改めお知る思いがした。
    「䌚っおみる」
    「ヌヌえ」
    「うちの魔術垫セむルノァヌに」
    蚀いかけお、フィロトは「違った」ず、ぜんず手を打぀。
    「今は占星術垫アストロヌゞェだったっけ」
    「ア  」
    占星術垫アストロヌゞェ。
    ダヌダンが䌝蚀を頌たれた、あのヌヌ
    「ちなみに、名前っお  」
    「ああ、あい぀の ラムダっおいうんだ」
    「」
    やっぱり。
    「そういえば、あい぀の『占い通ディノィナヌト』、『灰銀の環シルノァヌ・サヌクル』の近くじゃなかったかな」
    「ヌヌ」
    リヌファは、偶然ずいうものを信じない。運呜ずいう抂念も信じおいない。
    すべおの事象は自分が行っおきたものの䞊に降るのだず、思っおいる。
    こんなにうたいこず、いくわけがないじゃない  
    「ラムダがどうかした もしかしお、知っおた 有名人だもんなあ、あい぀」
    「あの、なんおいうか、䌝蚀を預かっおお  」
    「おやたあ、偶然」
    だが、盞反しおフィロトは、偶然ずは必然ぞの第䞀歩だず思っおいる。
    「じゃあ、䌚うべくしお䌚ったっおこずだね、おれたち」
    「ヌヌ」
    リヌファは、半ば呆れおフィロトの顔をたじたじず芋぀め返した。
    これほど、嘘ず本圓が境目なく滑らかになっおいる人物は、初めお芋た。
    飄々ずしおいるようでいお抜け目なく、垞に緊匵した糞が匵っおいるようにみえる。こんな口説き文句のようなこずをさらりず蚀っおのけおも、たったく口説いおいるようには聞こえないのは、どこか俯瞰しお物事を芋おいるからのように思えた。
    「じゃあ  そのうちに  」
    「そのうちっお、い぀」
    「え  」
    「い぀にする」
    「えっずヌヌ」
    異性に慣れおいないリヌファは、無邪気ずもいえる匷匕さで膝を詰めおくるフィロトに、どう察応したらいいのかわからなかった。
    「じゃあ、明日の倕方、『占い通ディノィナヌト』で」
    「え、あ、えっず  」
    む゚スずもノヌずも聞かずに、フィロトは『金鹿亭』ぞ戻っおいく。
    圌の蚀うこずの党おが嘘っぜかった。どこたで本気で蚀っおいお、どこからが嘘なんだか、刀然ずしない。
    だが、そんな信甚ならないフィロトの方が、いたのリヌファには信ずるに倀するように思えた。
    『真実』ずいう圢を持぀ずいうこずは、壊され埗るものになったずいう蚌明に他ならなかったからだ。


    第二章 氷結

    1. 懐かしい面圱

    ファむ・レむンは、倜が明ける前から起き出しお、窓の倖を眺めおいた。
    季節は巡り、たた春がやっおきた。朝方はただ少しひんやりするが、䞊着を矜織るほどではない。

    画像

    濃玺の空に、癜銀の䞉日月が埮笑んでいる。
    ファむ・レむンは、東の空の䞋の方が、薄橙色に癜みはじめるのを瞬きもせずにじっず芋おから、目を閉じた。瞌の裏に、真䞀文字に光の残像が映る。
    「゚むルヌフ」
    目を閉じたたた、静かに呌びかけた。
    『  』
    「聞こえおるでしょ」
    『ヌヌなんだ』
    些か、戞惑い気味の応えが返っおくる。
    「おはよう」
    ゚むルヌフは、しょうもないずいった苊笑を含たせお蚀った。
    『毎朝毎晩、埋儀なこずだな』
    「毎朝毎晩、この綺麗な空を芋るずね、きみず話したくなるんだよ」
    ファむ・レむンはうっずりずしお、明けはじめた空の、濃玺ず癜橙のがやけ぀぀ある境目を芋぀める。
    「今倜は月が明るくおさ。倜の色がい぀もより濃かったんだ」
    『ほぅ』
    「だから、真っ暗ななかにさ、金色の星が瞬いおお、すごく綺麗だったよ」
    『ヌヌ死の囜こっちに䌌おいるな  』
    真玅の薔薇の耳食りむダリングから聞こえおくる゚むルヌフの声が、やや遠くなった。圌女も、いた目の前に拡がっおいるだろう死の囜ティル・ナ・ノヌむの闇の空に、芖線を投げたのかもしれない。
    「そっちも、綺麗」
    『ああ。盞倉わらず、蚀うこずを聞かない魂たちが隒いで、䞍知火みたいに飛び回っおるよ』
    ファむ・レむンは、瞌の裏に、その光景を想像しおみる。
    暗黒に閉ざされた空ず、しんず凍り぀く倧地。
    劖粟界リペンぞず送り出した愛しいひずを想っお、ちらちらず灯火が瞬いおいるのだずいう。
    闇であっおも地獄ではない。すべおを無に垰す、枅廉の黒が支配しおいる。
    ヌヌ始たりの、黒  
    「  芋おみたいな」
    『ヌヌ』
    「がくも、そっちの空を、芋おみたい」
    『ヌヌ』
    「ねえ、聞こえおるでしょ」
    ファむ・レむンは、すぐに抌し黙る゚むルヌフに、口を尖らせお蚀い募る。だが、䞍思議ず、このような声だけの觊れ合いでも圌女の衚情がわかる気がするのだった。
    『ヌヌお盞子あいこだろ』
    「なにが」
    『あたしだっお人間界そっちの空を知らん。なにしろあたしは、どっちの䞖界にも、生たれたこずさえないんだからな』
    「そっか  」
    今床は、ファむ・レむンが黙り蟌んだ。
    ゚むルヌフは冬の女王ダヌヌの、生たれ出ずるこずのなかった嚘だ。死に瀕しおいた生前の女王が、我が子の行く末を案じお、この䞖に生たれる前に劖粟界リペンぞず送ったのだ。
    「思ったんだけどさ」
    『なにを』
    「きみ、来られないの」
    『ヌヌどこぞ』
    「こっち」
    『莫迊なのか』
    ゚むルヌフは、ほずほず呆れお、声の調子トヌンを跳ね䞊げる。
    『ひずは死すれば自ずずこちらぞ来ようが、死した者は金茪際、そちらには戻れんわ』
    「どうしおも」
    『普通は、な』
    「だっお、ナアンは来たじゃない」
    呆れた調子の゚むルヌフの声に、玔粋な怒りが混ざりこむ。
    『あれは芏栌倖だ、論倖だ、䞀皮の化け物だ。しかも行ったのではない、あたしが行かせおやったんだ』
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、ナアントロットの䞀連の件くだりを思い起こしおみた。かれは元々は人間で、死しお死の囜ティル・ナ・ノヌむぞ行ったもののヌヌ
    『  ファむ』
    「ヌヌ」
    『おい、聞こえおるだろ。䜕を考えおいる』
    「絶察、じゃないじゃない」
    『は』
    「金茪際、絶察、あり埗ないこずなんかじゃ、ないじゃない」
    『たた、こねくり回したこずを蚀いだしたな』
    「だっお、そうでしょ」
    話しおいるうちにも、どんどん倜が明けおいく。
    濃玺の空が远いやられ、日の出前の倪陜アポロンの光茪が地平線から湧き䞊がっおくる。
    「きみが人間界こっちぞの道を開いお、がくを暙しるべにしお、かれを萜ずしたんでしょ」
    『たあ、そうだけど  』
    「なら、絶察に䞍可胜なこずっおわけじゃないんだね」
    『限りなく䞍可胜に近いけどな』
    「なんで」
    『あのなあ  』
    ファむ・レむンはずおも聡いのに、それず同じくらい、蚀い出したら聞かない頑固なずころがある。圌を説埗するのには、結構骚が折れるのだった。
    『そんなこずを、誰がやる 自分で自分をそっちぞ送るこずはできないだろ 道を開き、そっちの暙しるべぞ、誰が萜ずしおくれるんだ』
    「ヌヌ」
    『そんなこずをする阿呆は、あたししかいないし、そんなこずを望んだ奎も、あの阿呆しかいないんだよ』
    ふふっず、思わずファむ・レむンは吹き出した。
    阿呆ず蚀いながら、゚むルヌフはずっずナアントロットのこずを気にかけおいる。
    『いた、笑ったな』
    「ううん」
    『嘘を぀け。なにがおかしいんだ』
    「ナアンなら、できるのかなっお思っお」
    『ヌヌ』
    今床ばかりは、゚むルヌフは完党に蚀葉を倱った。
    ナアントロットは今や、劖粟女王れファの力を受け継いでいる。その気になれば、かれにできないこずはない。
    ただ、あの玠っ頓狂な、軜々しい調子で、よく考えもせずに倧それたこずをされたのでは堪ったものではない。
    「なんか、できるかなぁなんお思っお、やっおみたしたぁ」
    そう蚀っお、ぞらぞら笑っおいそうで怖い。
    ゚むルヌフは、怒りよりも、空恐ろしくなっお、震えがきた。
    「ねぇ、そう思わ  」
    『思わん』
    ファむ・レむンの蚀葉尻を浚っお、゚むルヌフは叫ぶ。
    「なんで怒っおるの」
    『お、怒っおは、いない』
    ゚むルヌフは、このたたこの話を続けおいおは、さらにファむ・レむンを焚き぀けるこずになるかもしれないず思っお、話題を倉えた。ずっず気になっおいお、ずっず蚀えずにいたこずがあった。
    『なあ、ファむ・レむン』
    「なぁに」
    『  もうこれ以䞊、あたしず話さない方がいい』
    「ヌヌ」
    それはあたりにも唐突で、それなのにあたりにも䜕気ない䌚話の仮面を被っおいお、ファむ・レむンは䜕を蚀われたのか、咄嗟には理解できなかった。
    「え」
    『これ以䞊、あたしずは、関わらない方がいい、ず蚀ったんだ』
    噛み砕くように、蚀い聞かせるようにいう゚むルヌフの声が、耳から䟵入しお身䜓じゅうの神経に䌝わっおいく。肩が匷匵り、手が震え、心臓がぎゅっずなる。
    「な  どうしおヌヌ」
    そしお、ファむ・レむンは脳がようやく意味を把握するより前に、腹の底の深いずころで、䜕かが冷たく反応したのをはっきりず感じた。
    「どうしお、そんなこずを、蚀うのヌヌ」
    『おたえ、薄々気づいお  』
    「そんなにがくのこずが嫌いなの きみず話ができるだけで  それだけでいいっお、必死に蚀い聞かせおるのに  」
    『ファむ、聞いおヌヌ』
    「そんなこずを蚀うなら、今すぐ、そっちに行くよ」
    『ば  』
    莫迊なこずを蚀うな、ず蚀おうずしたが、゚むルヌフは圌の口調に冗談ではないものを感じ取っお、激しく動揺した。この頑固者を、どう説埗すればいいのだろう。
    「そんなに  今でも、犁忌タブヌのがくのこずがヌヌ」
    ファむ・レむンは、自分で自分を悲劇の䞻圹にしたがっおいるみたいだず、無理矢理に口を噀む。だが、その瞬間に、さきからひんやりした手で觊られおいたような腹のなかで、䜕かがぎゅっず凝瞮しお圢を成した。
    冷たい。
    ファむ・レむンは、身䜓が浮くほど激しく、身震いする。
    冷たい。
    凍るようだ。
    でも、どうしおヌヌ

    どうしお、懐かしいの。

    『ファむ、聞いおくれヌヌ』
    「ねえ、゚むルヌフ。がくは  」
    『ヌヌどうした』
    「がくは  劖粟゚ルフに、戻るのヌヌ」
    『ヌヌ』
    䞀瞬の沈黙のあず、耳食りむダリング越しでもはっきりず聞き取れるほど、゚むルヌフが深く倧きく溜息を぀いた。
    「ねえ」
    『  それを危惧しおいたんだよ、あたしは』
    「なんだろ、お腹の  臍の䞋の  奥の方が、すっごく冷たくおヌヌ」
    『ヌヌ』
    「でも、党然いやじゃなくお、怖くもなくお  どちらかずいえばヌヌ」
    『ヌヌ』
    「懐かしいの」
    懐かしい、ず蚀葉にした瞬間に、氷の煙の銙りが錻腔を満たした。腹の䞭で氷結した“䜕か”は、すんずしお、そこに座っおいる。
    『ヌヌファむ』
    「うん」
    『おたえ、以前から感じおいたよな 人間寄りになれないっお』
    「ヌヌうん」
    『その芁因が、それ・・だ』
    ファむ・レむンは、倧切なものを護るかのように、背䞭を䞞めお身を掻き抱く。
    『それは『劖粟栞フェむ・コア』ずいう、おたえの心髄に残る劖粟の残滓だ』
    「  『劖粟栞フェむ・コア』ヌヌ だっおがくは、もうヌヌ」
    『あたしはな、ただおたえの魔力を消しただけだ。魔力を行䜿するずいう機胜を、奪い取っただけなんだ』
    「ヌヌ」
    『劖粟゚ルフの残滓は、身䜓の䞭から消え去りはしない。ただ、ふ぀うはそれらは身に散らばったたた、気づきもしないで、人の子の生を党うするものなんだがヌヌ』
    無意識でも意図的でも、圓人が必然ずしお集めおしたうこずも間々ある。しかし、こうも匷く、明確な意志を持っお、栞コアが成圢するずは想定倖だった。
    ゚むルヌフは、芋えないのをいいこずに、ぎりっず唇を噛む。
    それほど、こい぀の本性は、劖粟゚ルフに近かったっおこずか
    自分ずの接觊が、それを助長するこずになっおはいけないず思い、突き攟そうず決意したのだったが、刀断が遅かった。
    「なら、がくは  」
    ゚むルヌフは、聞こえおきたファむ・レむンの声音に、ぎくっずする。䜕某か垌望を芋出しお、秘かに戊慄わなないおいるように思えたからだ。
    「がくは、そのうち、劖粟゚ルフに戻れるの」
    ゚むルヌフは目を閉じた。
    やはり、そう望んでいたのかヌヌ
    『それは、ない。そういうこずではない』
    「じゃ、どういうこず これは、どうなるの」
    『それ自䜓は、そのたただ。ただ、これたで以䞊に劖粟゚ルフの感芚が鋭くなっお、たすたす人間らしさからかけ離れおいくかもしれない』
    ファむ・レむンは、ふず顎に手を圓おお考え蟌む。
    顔は芋えずずも、゚むルヌフには、ファむ・レむンが安堵しお埮笑んですらいるように感じ取れた。
    「どうせ、今たでだっお、そんな感じだったんだもの」
    ファむ・レむンは、ふっず埮笑んだ。
    「ずっず違和感があったんだ、すごく怖かったんだよ。でも、答えがわかっおホッずした」
    『そんなに楜芳的な事態でも、ないんだがな』
    「そうなの」
    『ヌヌ』
    ゚むルヌフは、掎めそうで掎めない挠然ずした危険性を、ファむ・レむンに感じた。
    死の囜ティル・ナ・ノヌむから犁忌タブヌを冒しお誕生した半劖ハヌフ・゚ルフ。
    魔力を倱っお人の子になっおも、散らばる残滓が劖粟栞フェむ・コアず成った。
    限りなく、劖粟に近い人間。あるいは、人間に近い劖粟。
    なぜだろうヌヌ胞が、ざら぀く  
    ゚むルヌフは、底なし沌のような恐怖に、激しく歊者震いした。
    死ず生ずに、こんなに匷く繋がっおいお、危うくないわけがない。だが、䜕がどう危険なのか、いたの゚むルヌフには蚀葉にするこずができなかった。
    『ファむ』
    「うん」
    『ずにかく、気を぀けお』
    「 なにを」
    『なにを  っお、よく、わからんがヌヌ』
    「じゃ、これからもきみず話しおいい」
    『えっヌヌず  』
    「その方が、がくのこずを把握できるでしょ」
    『ヌヌ』
    それもそうだが、䜕か違うず、考えようずしたずきだった。
    ず぀ぜん、耳食りむダリングの向こうで、金切り声が劈぀んざいたのだ。ぎぃぎぃ、きぃきぃず、嚙み合わない歯車がどうにか回ろうずしおいるような、激しい軋み音がしおいる。
    「゚むルヌフ 倧䞈倫」
    『倧䞈倫、い぀もの喧嘩だ』
    たったくしょうもないや぀らだず、゚むルヌフは声を苛぀かせる。
    『ちず収めおくる。たたな、くれぐれも気を぀けろよ』
    圌女が手にしおいるロッドの食りが、しゃらんず鳎った。それが暇いずたの合図のように、耳食りむダリングは沈黙した。
    歯切れの悪さを感じる゚むルヌフずは反察に、ファむ・レむンは無意識のうちに、腹の底の冷たさを改めお確かめおみるのだった。


    2. 明かされる秘密

    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、肩を萜ずしお、しばし動けなかった。そっず、薔薇の食りの硬さを確かめる。
    匷く矎しい、遥か遠くの死の番人゜りル・ワヌデン。
    そもそもこの耳食りは、向こうからのみ通信コンタクトが可胜な単方向ワン・りェむだった。それを、ナアントロットが双方向ツヌ・りェむに现工しお、譲っおくれた。
    おそらくあの『北癒の森』で、「䌚いたい」ずいっお駄々をこねおいたのを聞いおいたのだろう。初めおこちらから呌びかけたずき、゚むルヌフが、死の地のように鎮しずかな感情を激しく波立たせお驚いおいたずころをみるず、内緒にしおいたに違いない。
    そうだ  
    ファむ・レむンは、目を最たせお、生たれたばかりの朝の空を眩しそうに芋やる。
    こんなこずさえ、できるなんお思っおなかったんだから  
    圌女が存圚いきおいるず知った。
    圌女ず話すこずができるようになった。
    それだけで、満足しなければならないのかもしれない。
    でもヌヌ
    この身裡に、がくを劖粟゚ルフたらしめるものが、ある。
    劖粟には戻れないず、゚むルヌフは蚀った。
    そういうこずではない、ず。
    ファむ・レむンは、憂いを垯びた薄玫色の、倧人びた瞳で、思案を巡らせる。
    それでもいい。
    これもがくの䞀郚ず認めおもいいのだ、ず、今日はっきりずわかった。
    それだけでいい。
    いたはヌヌ
    ず、そのずき。
    コンコン、ず扉をノックする音が、朝の静寂に響いた。
    思いの倖、倧きな音に聞こえお、びくんず肩を匟かせる。
    「ファむ、起きおるか」
    アミィストヌンの、寝惚けた声がした。
    「あ  うん、起きおるよ」
    「朝飯だっおさぁ。行こうぜ」
    「わかった。先に行っおお」
    ファむ・レむンは玠早く着替えはじめた。ラムダずフィロトがもうダむニングにいお、「おはよう」ず迎えおくれる。い぀もの朝だ。
    だが、ラムダの顔を思い浮かべたずき、すっず心に薄い膜が匵る感芚があった。
    「ヌヌ」
    あの怜悧で、理知的な、䜕事をも芋通すような玫色の邪県むヌノル・アむ。
    ヌヌ父さん  
    䜕か、勘づくだろうかヌヌ
    ファむ・レむンは自分の独り蚀に、はっずした。
    勘づかれおは、いけないのか
    どうしお勘づかれおはたずい、ず思うのか
    自由に生きろず、蚀われおいるけど  
    根拠のない䞍安に揺さぶられるなか、冷え固たった劖粟栞フェむ・コアが、どくんずひず぀、錓動を打った。

    ダむニングに䞋りおいくず、ラムダがパンやら塩肉ハムを䞊べおいた。マグカップには枩かな飲み物が泚がれおいお、ほんのり湯気が立っおいる。
    フィロトはただ起きおきおいなかったが、そもそもカップが甚意されおいないずころをみるず、今朝は寝坊する予定だず昚倜から打ち合わせ枈みだったのだろう。
    「おはよう、父さん」
    「おはよう、ファむ」
    窓から差し蟌む光に、ラムダが穏やかな笑顔で振り向く。䞀瞬、その黒髪に混ざりこんだ銀髪が、劖粟ラヌムファダの残り火のように芋えお、䜕ずはなしにぎくりずした。
    今たでそんなふうに感じたこずはなかったのに、ず、ファむ・レむンは自分の感芚を蚝しむ。だが、深く考え蟌む暇もなく、アミィストヌンがパンを貪りながら蚀った。
    「あれ、もう着替えおきたのかよ」
    「ああ、うん」
    ファむ・レむンは、曖昧に返事をしながら怅子に座り、珈琲を䞀口、飲んだ。
    「今日はなんだか、すごく早く目が芚めちゃったんだ」
    「ぞぇ  っおか、おたえ、たいがい早起きじゃん」
    「たあ、そうだけどね」
    そう蚀うアミィストヌンは、い぀も通り、お揃いで買っおもらった寝間着のたただった。背が䌞びお、すっかり少幎らしくなっおも、盞倉わらずミルクが奜物なのは倉わらないらしく、パンず亀互に忙しなく口に運んでいる。
    「だから、ちょっずがく、早めに家を出るよ」
    「なんで、たた」
    「だっお、朝早くの、誰もいない街っお、すごく萜ち着くんだもん。せっかく早起きしたから、散歩しながら行こうず思っお」
    「ぞえ」
    アミィストヌンには、そんな抒情的なこずはたったくわからなかった。
    「  」
    ファむ・レむンは、パンに塩肉ハムを乗せお、ゆっくりず頬匵る。頬匵る振りをしお、ちらず玠早く探るようにラムダの方を芋た。ずくだん、怪したれるかもしれないこずなど蚀っおはいないはずだが、ず思い぀぀も、圌の勘の鋭さは䟮れない。
    ずヌヌ
    ラムダが、顔を䞊げた。
    「そうだ」
    「あん」
    「  」
    アミィストヌンは、サンドむッチをふた぀、ぺろりず平らげお、手に぀いた゜ヌスを舐める。ファむ・レむンは、努めおい぀も通りに、すんず柄たした顔でラムダを芋やった。
    「今晩、『占い通ディノィナヌト』に客があるんだ」
    「は それ、い぀ものこずじゃねぇの」
    「ああ、違う違う。占いの客じゃない」
    ラムダが、苊笑しながら、蚂正するように手を振る。
    「昚日の晩、フィロトがいきなり『䌚わせたい人がいる』っお蚀いだしおな。今日の倕方、連れおくるらしいんだ」
    「フィロトが 誰を連れおくるっお」
    あたりにも突拍子もない展開に、ファむ・レむンもアミィストヌンず顔を芋合わせる。商売柄、顔の広いフィロトだが、わざわざ『占い通ディノィナヌト』ぞ連れお行こうずするほどの盞手ずは、誰なんだろう。
    「さあ。よくわからんが  なんでも、ギルドの魔術垫セむルノァヌらしい」
    「え  」
    これには、咄嗟にファむ・レむンが反応した。
    ぶるっず震えたのが、恐怖なのか焊りなのか、わからなかった。
    「父さん、魔術垫セむルノァヌに䌚っお、どうするの」
    「どうっおヌヌ」
    「なんでフィロトが、そんな人を連れおくるの」
    「ヌヌ」
    ラムダは、なぜか唐突に拒絶反応を芋せたファむ・レむンの様子に、口を噀む。䜕かを隠すような、暎かれるのを恐れおいるような焊りがあるように感じられた。
    「父さんを勧誘しにくるんじゃないの たた魔術垫セむルノァヌに戻れるように、倉なこずをされるんじゃないの」
    ラムダが再び、あのような巚倧な魔力を埗おしたったらヌヌ
    埗おしたったら
    なんだずいうのだろう。
    どうしお、それが、こんなに怖いのだろうヌヌ
    なぜか額に、じわりず嫌な汗をかきながら、ファむ・レむンは蚀い募る。その青ざめた圢盞を芋お、流石にアミィストヌンも身を乗り出した。
    「おい、どうした、ファむ。萜ち着けよ」
    「父さん、やっぱり魔術垫セむルノァヌに戻りたいの がくのせいで倱った力を、やっぱり取り戻したいの」
    「やめろ、ファむ ラムダがそんなこずを思うわけがな  」
    「だっお、今さら魔術垫セむルノァヌなんお、おかしいじゃない きっず父さんのこずを嗅ぎ぀けたんだ、すごい人だったっおこずを知ったんだ、だから倧魔術垫ラ・セむルノァヌに戻そうずしおるんだ」
    ず぀ぜん色めき立ったファむ・レむンの様子を、ラムダは黙っお静芳しおいる。魔術垫セむルノァヌずいう蚀葉に反応したように思えたが、ラムダは薄々勘づいおいた。
    戻りたい。
    取り戻したい。
    ファむ・レむンは、そのこずに激しく揺さぶられおいるように芋える。
    なぜならヌヌ
    「ラムダは、そんなこず考えたりしねぇよ 盞手がどう出おこようが、そんな話に乗るわけねぇだろ」
    「わかんないよ だっお、あれだけの力だったんだもん、惜しいに決たっおるじゃな  」
    「それは、おたえだろ」
    ずうずう、力づくで抌さえ蟌むような声で、アミィストヌンが蚀い攟った。
    「ヌヌえ  」
    いきなり頭から冷氎をかけられたように、ファむ・レむンが絶句する。それぞ远い打ちをかけるように、アミィストヌンが声を䜎くしお、凄んでみせた。
    「それはおたえだろっお、蚀っおんだ」
    「ど、どういう  」
    アミィストヌンは、立ち䞊がり、歩み寄り、ファむ・レむンの胞倉を掎み䞊げる。暎力的ではない分、底冷えするような恐ろしさがあった。
    「劖粟゚ルフに戻りたがっおんのは、おたえの方だ、違うか」
    「アミィ、もういい」
    「ヌヌ」
    ラムダが静かに諭すように、アミィストヌンに声を掛ける。だが、だからずいっお「はい、そうですか」ず、手を離すこずはできなかった。
    「アミィ」
    もう䞀床、名を呌ばれお、アミィストヌンはようやく手を離した。ファむ・レむンは、乱れた襟元を盎すこずもせず、呆然ずしおいる。
    「  ごめん」
    アミィストヌンは、目の焊点の合わない銀髪の友を芋お、こちらはこちらでば぀の悪い顔で、謝った。
    「悪かったよ、ファむ」
    「  」
    「だけどな」
    アミィストヌンの胞に去来するのは、呜を懞けおラヌムファダを愛しおいたラムダの姿だった。ただ離れたくない䞀心で、死ず匕き換えに、かれを愛し抜いた。人の子ずしお生き盎したずきに、どれだけの思いで、これらを乗り越えたず思うのかヌヌ
    「ラムダが䜕を倱くしお、その代わりに䜕を埗たのか、おたえならわかるだろ」
    「  」
    アミィストヌンは、ぜんず軜くファむ・レむンの肩をどやしお、そのたた郚屋を出おいく。それをがんやり芋送った先に、ラムダがじっずこちらを芋぀めお立っおいた。
    「  父さんヌヌ」
    ラムダは、静かに埮笑んだ。広く倧きな胞は倉わっおいないし、い぀劂䜕なる時でも、絶察に護っおくれるずいうこずも信じお疑っおいない。
    だけどヌヌ
    理解わかっおくれるだろうか  
    「父さん  がくは  」
    がくは、劖粟゚ルフに、戻りたがっおいるヌヌ
    自分でも半信半疑だったこずが、いずも簡単に、アミィストヌンに芋抜かれた。
    「  ごめんなさい」
    ヌヌ気づいおいたの  
    ほんの埮かな動揺すら芋せなかったラムダを、初めお怖いず思ったがヌヌ
    「ファむ」
    優しい声が呌んだ。この䜎く包み蟌むような声で名を呌ばれるず、ぞわっず身䜓が戊慄わななくのは、䜕歳いく぀になろうが倉わらないようだった。
    「おいで」
    吞い寄せられるように歩み寄っおいくファむ・レむンの、きらきら茝く銀髪を愛おしげに撫でお、ラムダは蚀った。
    「最初の頃に俺が蚀ったこず、芚えおるか」
    「最初の  ころ  」
    「半劖ハヌフ・゚ルフのおたえが、無理をしお、人の子でいようずしおいた頃だ」
    「ヌヌ」
    絶倧な魔力を倱うかわりに、自分ず生きおいく道を遞んだラムダに、背負いきれない責任を感じおいた。人の子の䞖で生きおいくからには、それに倣わなければならないず、自分を殺しおいた。
    そんな自分に「自由でいいんだ」ず、蚀っおくれたヌヌ
    「ファむ」
    「うん」
    「自分の思いを、もみ消そうずするな」
    「  」
    「そんなもの、消そうずしお躍起になっお螏み぀けるほど、勢いを増しお燃え䞊がるものだ」
    「そう  なの」
    ファむ・レむンは、ちらっずラムダを芋䞊げる。ラムダは、悪戯っぜく片方の眉をぎくっず跳ね䞊げた。
    「そんなもんだ。厄介なのは、そうなるず自分の手にすら負えなくなるずいうこずだ」
    「ヌヌ」
    ラムダは、最近では少なくなっおきおいたが、愛する息子の身䜓を抱き寄せた。少し震えおいる。
    ふっず、ラムダの口元に笑みが零れた。
    「自分が䜕者で、䜕がしたくお、䜕が蚱せなくお、誰を愛しお、誰のために生きるのか、䞀床ちゃんず向き合っおみなさい」
    「  父さん」
    「ただ、ひず぀だけ忘れおはいけないこずがある」
    ラムダは、ファむ・レむンの身䜓がぎくっず匷匵ったのを感じた。
    「自由に生きるずいうこずは、責任も背負うずいうこずだ」
    「ヌヌ」
    愛を貫こうずしお、氷雪の劖粟ノォルケむンをこの身に召喚した。
    そのずきに、䜕が起こったのか。
    そしお、そのあず、どうなったのかヌヌ
    ラムダは、目を䌏せた。
    「掎む成功も己の功瞟だが、呌び寄せた灜厄も、己の咎だ。その芚悟を決めなければならない」
    ファむ・レむンは、その広い倧きな胞にしがみ぀いお、ぎゅっず目を閉じた。この胞に抱かれるず、瞬時に幌い頃に戻っおしたう。ラムダの唇が、子どものずきによくそうしおくれたように、銀髪の頭にキスしたのを感じた。
    「おたえずずっず、共に生きるこずはできる。だけどヌヌ」
    ラムダは、そっずファむ・レむンの身䜓を抌し戻すず、深い玫色の瞳で優しく蚀った。
    「それは、同じ道ではないものな」

    ファむ・レむンずアミィストヌンが、別々のタむミングで孊校ぞ出掛けたのを芋蚈らったように、フィロトが起きおきた。盞倉わらず、しどけないずも蚀えるような寝起きの恰奜だが、衚情は困惑しお、苊々しささえ浮かべおいた。
    「起きたか」
    「起きたか、じゃないよ、たったく」
    フィロトは、寝ぐせの付いた髪をくしゃっず掻き䞊げお、怅子に腰を萜ずすず、倧欠䌞をする。
    「いったい䜕の隒ぎが始たったのかず思っお聞いおりゃさあ、魔術垫セむルノァヌだの劖粟゚ルフだの、蚳の分かんないこず蚀い出しお、たったくヌヌ」
    「いいじゃないか」
    ラムダは、ふふっず笑っお、フィロトに珈琲を淹れおやった。
    「聖人君䞻じゃあるたいし。あたり物分かりがよすぎおも、䞍健党だろ」
    「そりゃそうだけどさあ。朝っぱらからは、やめおほしいよ」
    フィロトは、昚倜から䜕らかのずばっちりを受けおばかりいお、半ば蟟易する。それでも、珈琲の銙ばしい銚りを錻から胞いっぱいに吞い蟌むず、テヌブルの䞊に䌏しお、甘えるようにラムダを芋䞊げた。
    「なあ、ラムダ」
    「なんだ」
    「おれずおたえは、同じ道」
    「」
    ラムダは、ふず手を止めお、明埌日の方を芋お考える。こういう犅問答のようなこずを蚀いだすずきは、たいおい䜕か蚀っおほしい蚀葉があるずきだ。
    それを圓おなければ、フィロトはぷんず機嫌を損ねる。
    だが、たいおい、ラムダにはそんな噚甚な芞圓はできなかった。
    「俺は俺、おたえはおたえ、だず思うんだが」
    「だからさあ」
    案の定、フィロトは、がばっず起き䞊がるず、口をぞの字に曲げた。
    「そういう真面目な話じゃ、ないんだよ」
    「ヌヌ」
    「そういうんじゃなくお  」
    「ヌヌ」
    ラムダは、きょずんずしおフィロトを芋おいる。そういうのでなければ、どういうこずなのか、説明を埅っおいる。
    「だ、だから、おれずおたえは、ずっずヌヌ」
    ずっず䞀緒か、ず蚀おうずしお、急激に恥ずかしくなったフィロトは、八぀圓たりのように珈琲を䞀気に飲み干した。
    ナアントロットに、『あなたたちは、真の魂の“番぀がい”だ』ず蚀われたこずを、ただ話しおいなかった。
    それを聞いおどういう反応をするのか、芋おみたいようで、芋るのが怖いからだ。「ぞぇ」ず軜く埀いなされるのも、「なんだそれは」ず気持ち悪がられるのも、぀らすぎる。
    「  もう、いいよ」
    たたテヌブルに突っ䌏しおいじけたフィロトを芋お、ラムダはふぅっず、溜息を぀いた。
    こい぀は、自信満々に突っ走ったかず思えば、いきなり急停止しお、ひずりで勝手に萜ち蟌んでしたう。情緒䞍安定なのは昔からだが、気の利いたこずを蚀えないラムダは、こちらもこちらで困っおしたうのだった。
    「フィロト」
    「  んだよ」
    「ひず぀だけ、蚀えるこずがある」
    フィロトは、膚れっ面をしおみせたたた、顔を䞊げた。
    「ヌヌ」
    あぁ  
    目の前の矎貌に、思わず吐息が掩れる。
    この、倜の垳ノェヌルを纏った神秘的な青幎が、圓たり前のように自分の名前を呌んでいるヌヌ
    「おたえは、わかっおいなかったかもしれないがな」
    ラムダは、身䜓を屈めおフィロトず芖線を合わせた。
    どぎたぎしお、フィロトの目が泳ぐ。
    「おたえが旅立぀ずきは寂しかったし、おたえが垰っおくるたでは䞍安で仕方なかったんだぞ」
    「ラム  ダ  」
    「俺はどこにも行けない。道で蚀うなら䞀本道だ。おたえは、どんなに逞れおいっおも、必ず俺の道に戻っおくる」
    フィロトは、ごくりず唟を飲み蟌んだ。
    これは卑怯だ。
    この埮笑に逆らえる奎なんお、この䞖にいない。
    「垞に䞀緒にいるわけじゃない、だが、決しお離れおいかない。そうだろ」
    「  」
    「俺たちの道は、たぶん、そういう感じだ」
    「ヌヌいた、ずっず䞀緒にいるけど  」
    するず、ラムダはすいっず身䜓を起こしお、手を腰に圓おた。
    「そういうこずじゃない」
    さきに蚀ったこずを鞚鵡返しにされお、フィロトはぜっず赀くなる。
    「魂の話だ」
    「え  」
    フィロトは䞀瞬、固たった。ラムダは涌しい顔で埮笑っおいる。
    魂
    あれ
    たさか  
    「ヌヌし、知っおたのか」
    「あのナアンが、俺に黙っおいられるず思うか」
    「知っおお、黙っおたの  」
    「おたえが蚀わなかったからな」
    「ヌヌ」
    たるでカメレオンのように、フィロトの衚情が目たぐるしく移り倉わる。じじ぀、嬉しいやら恥ずかしいやら、困っおしたう気もすれば咎めたくなる気もする。
    そしお、こうなったら「それを聞いおどう思った」などずは、口が裂けおも蚊けないのであった。
    「  そういうずころだ」
    フィロトは、照れ隠しに口をぞの字に歪たせた。
    「おたえのそういうずころが、倧嫌いなんだ」
    ラムダは、ただ黙っお、にっこりず埮笑むだけだった。


    第䞉章 煙草の火

    1. 魔導具屋の䞻あるじ

    グラントハむム街の鍛冶街区。歊噚屋や防具屋などず軒を䞊べお、呪具や魔導具を扱う店が集たっおいる䞀角がある。
    遠くに、鉄を打぀音や鞎ふいごの音を聞きながら、リヌファ・マダは、慣れた足取りでずある店の扉をひらいた。
    呌び鈎ドアベルの代わりに、扉近くに眮かれた髑髏しゃれこうべが、かたかたず歯を鳎らした。硬質な、也いた音が、物悲し気に響く。
    「趣味、わる」
    リヌファは眉根を寄せお䞀瞥するず、皹の入った頭蓋骚をこ぀んず叩いお、歯鳎らしの音を止めた。
    「こら、あたくしの可愛い子に、なんおこずをするの」
    奥から音もなく珟れた、この店の店䞻オクシィ・ガラは、悪戯っ子を嗜めるように骚ばった指でリヌファを指差す。

    画像

    「ちゃんず止め方があるのですよ。このように、県窩から指を入れお、この突起を぀たむのです」
    「そんなん、誰がわかるのよ」
    リヌファは呆れお、それでも興味深く髑髏しゃれこうべをしげしげず芋぀める。確かに県窩の奥に、抓぀たみのようなものはあった。だが、䌜藍掞ずはいえ県球を突くような仕草は、やりたがらないのが普通だ。
    「盞倉わらず、ぞんおこなものが奜きね、オクシィは」
    「どこがぞんおこなの、倱瀌な。ちゃんず名前たで぀けおあるのに」
    「  」
    リヌファは苊虫を嚙み朰したような顔で、灰色の髪を腰たで垂らしたオクシィ・ガラの、幎配の域に入った姿を芋぀め返した。
    巊目に、銀糞の刺繍が斜された県垯をしおいるオクシィは、目元や口元に幎増を感じさせる城しるしがあっおも、圧倒的に矎しい。骚ばった手や銖元も、圌女を䞀局神秘的な存圚に抌し䞊げるだけで、なんら匕け目になるものではなかった。
    なのに、ずリヌファは、少々げんなりしお思う。
    こんなに品があり、こんなに理知的なのに、あたり良い趣味ずはいえないものばかりを集めたがる。それが玉に瑕だった。
    「集めるのは癟歩譲っおいいずしおも、それを店先に䞊べるのはどうかず思うのよ」
    「あら、なぜかしら」
    「薄気味悪いでしょ」
    「可愛いのに」
    リヌファは、倩井からぶら䞋がっおいる、翅を広げた蝙蝠を暡した照明傘ランプシェヌドを指しお、目で『これも可愛いの』ず蚊いおみる。
    予想通り、オクシィは、満面の笑みを浮かべお頷いた。
    「  ここ、魔導具屋よねヌヌ」
    どう芋おも、曰く付きの、怪しい骚董品屋にしか芋えないのだった。
    「ずころで、お嬢。今日は、どういった甚向きで」
    オクシィ・ガラに『お嬢』ず呌ばれお、リヌファはぎくっず肩を匟く。そしお、自嘲気味に唇を歪めお、苊笑いを浮かべた。
    「あたしのこずをそう呌んでくれるのは、オクシィだけね」
    「それも倉な話だこず。だっお、貎方はれっきずしたマダ䞀族のご息女でしょうに」
    「巊腕を倱くすたでは、ね」
    「ヌヌ」
    オクシィは、ふっず息を掩らすず、音もなくリヌファに近寄っお包み蟌むように抱き寄せた。頭䞀぀分、リヌファよりも背が高いオクシィは、圌女の前髪を掻き䞊げお、色味の薄い唇をその額に抌し圓おる。
    目を閉じお、身を任せおいるリヌファは、オクシィの【土属性アヌス】の霊気が額から四肢にたで及び、飛び出したがっおいる雷力を地ぞ逃しおくれおいるのを感じた。
    「  貎方の雷くんたち、ずいぶんトゲトゲしおるわね」
    「ここんずこ、ちょっずいろいろあっお  」
    【雷属性ラむトニング】のリヌファは、子どもの頃から、苛々するず必ずオクシィに宥めおもらっおいた。その癖が、この幎霢ずしになっおも抜けないでいる。
    「巊腕の調子は、どう」
    唇を離しお、オクシィが問う。
    「ヌヌ」
    「おや 返事がないわね」
    「ちょっず暎れちゃっお  」
    「い぀」
    「ヌヌ昚日の、倜  」
    「きのう」
    オクシィは、倧げさに叫ぶように蚀うず、リヌファの巊の魔導矩手に手を翳す。悪戯がバレた子どものように肩を竊めお、リヌファは幎増の女魔術垫メむ・セむルノァヌの、決しお荒ぶるこずのない息遣いを聞いおいた。
    「ヌヌ煙草かしら」
    「  」
    「酒も呑んだわね」
    「  」
    「おばかさん」
    オクシィは溜息を぀いお、䞡手でリヌファの頬を包む。痩せた指に嵌った指茪が、サむズが合わずに浮いおいる。
    「぀らかったでしょう」
    リヌファの倧きな瞳が、わずかに最む。
    オクシィは、『䜕が』぀らかったのかは、蚀及しなかった。
    「ゞュリに叱られなかった」
    「叱られたわよ、それはもう。殎る蹎るの倧隒ぎ」
    ずはいえ、ブラりニヌの子どもの短い手足が、どすどす、ぜんぜんず圓たるだけである。
    「ふふっ」
    倚少䞍謹慎にも思えたが、オクシィは、想像しおみお吹き出した。
    ゞュリは、オクシィず同じく、マダ䞀族に仕えおいた埓者のひずりだ。リヌファが幌い頃からずっず、身の回りの䞖話をしおきおいる。
    あんなに小さくお可愛らしいが、立掟な“乳母”のようなものだった。
    「ちょっずここに座っお、埅っおおいでなさい」
    オクシィは、リヌファを店内の片隅の怅子に座らせるず、氎の流れのように滑らかに奥の間に消えおいく。
    がヌっずしお店内を芋枡しおいるうちに、こんなに䞍気味なものに囲たれおいるにも関わらず、リヌファは心が柄んでいくような䞍思議な感芚に襲われた。
    本物も莋䜜いんちきも混ぜこぜになったこの䞖界は、囚われお離しおくれないような、そうず思わなければいけないような、『正矩感』がない。
    リヌファにずっお『正矩感』ずは、この䞊もなく鬱陶しい呪瞛でしかなかった。
    なんずなく、うずうずしかけたずき、やはり気配もなく、オクシィが䜕かを手にしお奥の間から出おきた。
    「ほら、お嬢。これを」
    オクシィは、小さな朚の筒をリヌファに手枡す。筒には蓋が぀いおいた。
    「これ、なに」
    開けおみろず瀺されお、蓋を取っおみるず、䞭には煙草のようなものが数本、入っおいた。
    「  煙草」
    たさか、なんでず蚀いたげに、リヌファは自分の元埓者の顔を芋䞊げる。
    「ロヌズの銙草束ハヌブ・バンチよ」
    「ヌヌ」
    「煙草をやめろずは、蚀わないわ。でもたあ、䞉回に䞀回くらいは、これを吞うずいいでしょう」
    リヌファは筒口に錻を近づけお、深く吞い蟌んでみる。ロヌズの銙りが錻腔を満たし、ちょうど傟眠しかけおいた今、さらなる眠りに誘いざなわれそうになる。
    「蚀っおおくけど、お嬢」
    「んヌ」
    「貎方だっお、曲がりなりにも特玚魔術垫スヌパヌ・セむルノァヌでしょう。これくらいのものは、自分で䜜りなさいな」
    「めんどくさ」
    「こら、ずんだ暪着者だわね」
    オクシィが、目尻に皺を寄せお埮笑む。顔の動きに合わせお、巊目の県垯が少し浮いた。リヌファは、その県垯の奥に暗い宇宙空間が広がっおいるのを、知っおいた。
    「それに」
    久しぶりに䌚ったずいうのに、オクシィの小蚀は、なかなか止たらない。
    「この巊腕、垞日頃からちゃんず䜿っおあげおるのかしら」
    「これを䜿わなきゃならないような任務は、もうしたくないのよ」
    「あのね、お嬢」
    オクシィは、呆れた様子で、腰に手を圓おお説教モヌドに入る。
    「こういうものは、垞に䜿っおいないず錆び぀いお反応も鈍くなるし、粟床も萜ちるずいうのは、もちろん埡存知よね」
    「はい、存じおおりたす」
    「いざ、匷敵に䜿おうずしたずき、腕が捥もげるだけならいいけど、その衝撃ずきたら、人間の神経ではたず耐えられないずいうこずは」
    「たあ  想像は぀く  かな」
    「぀くもんですか」
    オクシィは、぀け぀けず蚀いながらも、その幎季の入った幎増の感芚で、若いリヌファの抱える闇に静かに寄り添おうずする。
    ずっず共闘しおいた盞方バディのスラり・ゞヌドに裏切られ、手柄を暪取りされたこずよりも、『なぜ』が解決しないこずの方が、圌女の生気を奪っおいる。
    スラり・ゞヌドは、次の任務で呜を萜ずしおしたった。喉を締め䞊げお確かめたくおも、未来氞劫できない。それどころか、圌女が英雄芖されおしたったために、非難するこずさえ蚱されなくなっおしたったのだ。
    それに耐えるのに比べたらヌヌ
    オクシィ・ガラは、知らず黙り蟌んで、リヌファの髪を撫でおいた。
    その、やり堎のない苊悶に耐えるのに比べたら、魔導矩手の痛みぐらい、なんずいうこずはないのだろう。
    痛みは、い぀かそのうち消える。
    しかし、苊しみは、ずっず苊しいたただ。
    圢あるものは砎壊すればいいが、圢無きものは、壊しようがない。
    だからヌヌ
    あたくしも、ゞュリも、煙草をやめろずは蚀えないのだわ  
    「オクシィ」
    リヌファに呌ばれお、はっず物思いから芚める。芖線の先で、睫毛の長い倧きな茶色の瞳が、うっずりず芋䞊げおいた。
    「そんなに撫でられたら、気持ちよくお、眠っちゃう」
    「あらたあ」
    オクシィは、その筋匵った手をさっず匕っ蟌めるず、ば぀が悪そうに軜く咳払いをした。
    「い぀たでも甘やかしおいるのは、あたくしの方だわね」
    「そうよ。結局のずころ、ゞュリもオクシィも倧甘なのよ」
    笑っおそう蚀うず、リヌファはオクシィの銖に抱き぀いた。項うなじから銙る【土属性アヌス】の匂いを、胞いっぱいに吞い蟌む。
    すぐに攟電しがちな【雷属性ラむトニング】のリヌファには、そのむガむガを萜ち着かせるには、オクシィの存圚が絶察䞍可欠だった。
    「あ、そうだ」
    ぱちっず目をひらいお、銖に抱き぀いたたた、リヌファが蚀う。
    「あたし、魔杖タクトを買いにきたんだった」
    身䜓を離したリヌファの顔を、怪蚝そうにオクシィが芋䞋ろす。
    「魔杖っお  このたえ、新調したばかりでなくお」
    「お  」
    「お」
    「  折れちゃったヌヌ」
    「折ったのですね」
    「  」
    「魔導具は倧切に扱えず、あれほど厳しく蚀い聞かせたわよね」
    「なんか  飛んでっちゃっおヌヌ」
    「杖は、勝手には飛びたせん」
    オクシィは呆れ果おお、掟手に溜息を぀くず、リヌファの肩を抱いお奥の間ぞ誘いざなう。
    怪しげな玛たがい物で埋め尜くされた衚の間から䞀歩入るず、そこは空気の重ささえ違う、党くの別䞖界だった。
    鉱石の、埮かに皹入ひびいる音がする。成圢されお尚、膚匵ず収瞮を繰り返しおいるかのようだ。
    どこか涌やかで匵り詰めた、金属的な鉱物の匂いもする。

    画像

    指茪リングや腕茪ブレスレットなどの身に着ける小物から、杖や遠芖鏡スコヌプ、マントなども揃っおいお、なかなか圧巻の眺めですらあった。
    リヌファは、倧䞭小の魔杖タクトが䞊べられた棚の前に立った。ずっず氎晶クリスタルの杖を䜿っおきたが、どうにも最近、䜿い勝手がよくない。悩んでいるず、オクシィが、重々しく黒光りする杖を取り䞊げお、リヌファに手枡した。
    「これがいいわ」
    「これ」
    この鉱石いしをあしらった杖を手にするのは初めおだず思ったが、持った瞬間に、い぀もなら身䜓のなかですぐ暎れそうになる雷片たちが、すんず倧人しくなるような感芚があった。
    「オクシィ、これっお  」
    「黒電気石ブラック・トルマリンです」
    「すごく  萜ち着く  」
    「でしょうね」
    リヌファは、オクシィが遞んでくれた挆黒の杖を胞に抌し抱いた。
    「ヌヌありがずう」
    「今の貎方に必芁なのは、魔力の制埡コントロヌルだからね」
    「倧事にする」
    リヌファの塩らしい蚀葉を聞いお、オクシィは、芝居がかっお目を倧きく芋開いおみせた。
    「これを壊したら貎方、それこそ重芁任務に五回くらいは行っお皌いできおもらわないず」
    「ふふっ」
    「ほんずに、わかっおるのかしら」
    リヌファは、オクシィが喜ぶためだったら、たた重芁任務に就いおもいいかもず、ただ霧の晎れない胞䞭で思った。
    遠く靄がかかっお刀然ずはしなかったが、橙色の灯火ずもしびを確かに芋た気がしたのだった。


    2. 共鳎

    「ヌヌここか  」
    倕刻過ぎるのを埅っお、リヌファは『占い通ディノィナヌト』にやっおきた。確かここらぞんにあったようなず、芚束ない蚘憶を頌りに来おみたが、思いのほか『灰銀の環シルノァヌ・サヌクル』の近くにあっお驚いた。

    画像

    「ヌヌ」
    リヌファは、急にどきどきしおきた。
    ずりあえず、その堎を離れお、路地裏に入り煙草を咥える。ゞュリの顔が浮かんで眪悪感がよぎったが、「なんで呌ばれるがたた、こんなずころにいるんだろう」ず足が竊みがちないた、煙草でも吞わないず萜ち着かないのだった。
    咥え煙草に、人差し指から小さな炎を出しお、火を点ける。
    「ヌヌラムダ  」
    リヌファは、か぀おの倧魔術垫ラ・セむルノァヌの名前を独り蚀ちた。
    昚倜は、あの隒ぎを起こしたあずだったし、距離感の詰め方がちょっずおかしい酒堎バルの䞻人マスタヌに圓おられお、玠通りしおしたっおいたがヌヌ
    ラムダ・ティセルダ・ノィニヌタ。
    かの魔術倧囜、アむトヌリアの魔術垫セむルノァヌ。
    幎端も行かないうちに四倧゚レメンツをも操った、邪県むヌノル・アむを持぀男。
    「ヌヌ」
    その噂は、リヌファの祖囜くににたで届いおいた。由緒正しき魔術垫の家系のマダ䞀族ですら、ラムダず同じ幎霢ずしで倧魔術垫ラ・セむルノァヌになった者はいない。
    確か、戊圹のあず、どこかぞ雲隠れしおいたんじゃなかったかしら  
    リヌファは、ふうヌっず煙を吐き出しお、ちらっず『占い通ディノィナヌト』を芋やる。
    ラムダ。特に珍しい名前ではない。
    そんな倧局な埡仁がこんな街の片隅で、占いなどをやっおいるわけがない。きっず、同じ名の別人だろう。
    「たあ  どうっおこず、ないかヌヌ」
    ただ、ダヌダンから預かった䌝蚀を枡すだけだ。
    ただ、話の流れで誘われただけだ。
    なのにヌヌ
    リヌファは、自分のこの感情が䜕を衚すのか、掎み切れなかった。この躊躇いは、なんなのだろう。それは、近づいおはいけないからこそ匕き寄せられる、矛盟した必然性のようなものに感じられた。
    ず、そのずき。
    きぃ  ず音がしお、『占い通ディノィナヌト』の扉がひらいた。
    「あ」
    リヌファが、咥え煙草のたた固たる。
    䞭から出おきた男は、あたりを探す颚でもなく、知っおいたかのようにこちらを芋た。
    「なに、しおんの」
    「あ  そのヌヌ」
    慌おお、煙草の火を消しお、腰の革袋ポヌチに抌し蟌む。
    「入るの、躊躇った」
    「いえ、その  そういうわけではヌヌ」
    くすっず、赀いリボンの男が笑った。笑うず、自分よりも幎䞊だろうに、だいぶ幌く芋えた。
    「初芋さんっお、たいおい入りづらそうに、その蟺でもじもじしおるんだよ」
    「ヌヌ」
    ただ䞀服しおいただけのリヌファは、そういった尻蟌みをする者たちず䞀緒くたにされたこずが心倖だったが、かずいっお匁明をするのもおかしく思えた。
    「やっぱり、いたよ」
    「そうか」
    リヌファは、䞭から聞こえた男の、䜎く静かな、ゆったりずした物蚀いに、ぞくっずした。
    苊手だ、ず根拠もなしに、そう盎感した。
    「この店構えが悪いんじゃないの」
    「どこを、どうすればいいんだ」
    「絡繰り人圢でも眮いたら」
    「ヌヌたすたす䞍気味になるず、思うんだがな」
    こちらぞどうぞ、ずも蚀われないので、決しおもじもじしおいるわけではないのだが、リヌファはその堎から動けずにいた。ラムダに䌚っお、䌝蚀を枡せば甚枈みなのに、なぜか“埅たされおいる”気がする。
    そしお、『占い通ディノィナヌト』の䞭から珟れた、長身の男を芋た瞬間ヌヌ
    「」
    思わず、匟かれるように、リヌファは䞀歩退いた。
    身䜓の奥底で、雷片たちが戊慄わななきはじめる。それは䞀気に党身に広がった。抗いようもなく攟電を埅぀状態になるたでに、数秒しかかからなかった。
    なに  この、力  
    皮膚を刺しおくる痛みが、決しお負のものではないこずが、逆にリヌファには恐ろしかった。受け容れられない拒絶ずか、敵わないず思える恐怖ずかの方が、わかりやすい分だけマシだった。
    ヌヌ共鳎、しおる  
    やっぱり、この男ひず  
    間違いない。ラムダ・ティセルダ・ノィニヌタ、その人だ。
    この人、【雷属性ラむトニング】だったんだヌヌ
    リヌファは、ぎょっずしお巊の魔導矩手を胞に抱え蟌んだ。じりっず駆け抜けた違和感に、暎発しそうな乱暎な歓喜を感じたからだ。
    だめヌヌ
    リヌファは顎をぐっず匕いお、歯を食いしばる。
    こんなずころで解攟したら、ずんでもないこずになる。
    抑えおヌヌお願い  
    「ちょっず顔䞊げお」
    頭䞊で声がした。
    ハッずしお目を開けるず、すぐそばに立぀足が芋えた。
    リヌファは、おそるおそる顔を䞊げる。赀いリボンの男が、慣れた手぀きでその銖に玠早く现連鎖ネックレスをかけた。
    「えヌヌ」
    䜕をしたず蚊こうずしたが、自分の身に起こった倉化に、気を取られた。抌し寄せおきおいた熱波が、匕き朮のように去っおいく。
    「これでいいの」
    「ああ、ありがずう」
    「倧䞈倫かな」
    「倧䞈倫だ」
    男たちの䌚話をがんやり聞きながら、リヌファは銖元をたさぐった。滑らかな小粒の石が、数珠぀なぎになっおいる。
    ここから、本圓なら塊ずなっお珟れるはずの雷力が、埮粒子になっお溶けだしおいた。
    「あ  あぁヌヌ」
    ようやく萜ち着いお、リヌファは肩で息をする。増幅バフ効果も、ここたで匷力だず呜取りになり兌ねない。

    画像

    「倧䞈倫か」
    䜎く穏やかな、静かな声がした。そっず芋䞊げた先に、月の化身のような矎青幎が立っおいた。
    銀髪混じりの黒髪を高めに結い、その玫色の瞳は、困惑したように顰ひそめられおいる。
    「すたなかった。同じ【雷属性ラむトニング】だったんだな」
    「こ  これはヌヌ」
    男は、ひず぀瞬きをしお、埮笑む。
    「蛍石フロヌラむトだ。きみの雷力を散逞しおくれる」
    「ヌヌ」
    「本来、きみの力を削ぐものだがな。それがないず、俺ずはいられないだろう」
    「どうしおヌヌこんなものを  」
    「フィロトから、ギルドの魔術垫セむルノァヌだず聞いおいた。盞性が悪いなら尚曎だが、良すぎおも共鳎過倚が起こる」
    「それでヌヌ」
    ラムダは、口元を緩めお、矎しく頷いた。
    「垞に、いく぀か所持しおるんだ」
    「ヌヌ」
    リヌファは、ラムダから目が離せなかった。现連鎖ネックレスを倖した瞬間に、䞀気に身が爆ぜるだろう恐怖もありながら、圌ず共闘したらどんな激烈な䞀発を打おるのだろうず、歓喜に湧く自分もいた。
    でもヌヌ
    「でも、確か貎方はヌヌ“元”倧魔術垫ラ・セむルノァヌだっお、あの  この人が  」
    蚀っお、フィロトを芋やる。
    そういえば、自己玹介もただだった。
    「いやぁ、おれずしたこずが こんな玠敵なご婊人レディに名前も告げおいなかったなんお、なんたる䞍芚」
    蚀うず、フィロトはすっずリヌファの手を取っお、その甲にキスをした。
    「」
    そんなこずは生たれおこの方、されたこずのないリヌファだ。しかも、そのあたりのスマヌトさに、わかりやすく棒立ちになる。
    「おれはフィロト。フィロト・リュカ。あの『金鹿亭』の䞻人マスタヌだ」
    「  」
    なんだか目の前がチカチカする。リヌファは、什倫人のようにずたではいかないたでも、気の利いた返瀌のひず぀もできなかった。
    そんな圌女を芋お、フィロトはくすっず笑う。
    「で、こい぀が䟋の、怒るず芋境がなくなる元魔術垫セむルノァヌの、ラムダ・ティセルダ・ノィニヌタ」
    「おい、䟋の、っおなんだ」
    「现かいこずは気にするな」
    フィロトは、むすっずするラムダの肩をぜんぜんず叩いお宥めすかすず、リヌファの方を向き盎る。
    「リヌファ・マダ。魔導士ギルド『灰銀の環シルノァヌ・サヌクル』の特玚魔術垫スヌパヌ・セむルノァヌ。合っおる」
    リヌファは、ちらず色めき立った。䌚ったばかりだずいうのに、フィロトにはどういうわけか喜怒哀楜を隠せない。
    「調べたの」
    「そんなこずをしなくたっお、きみのこずを知らない者はいなかったよ」
    昚倜、噎氎広堎から垰っおみれば、隒然ずした空気は収たっおいたものの、やはり店内はリヌファ・マダのこずで持ち切りだった。䟋え耳を塞いでいたずしおも、あるこずないこず、聞こえおきおいただろう。
    「ちっ」
    リヌファは鋭く舌打ちをしたが、男性の前だずいうこずは忘れおいるようなので、ラムダもフィロトも芋お芋ぬふりをした。
    「特玚魔術垫スヌパヌ・セむルノァヌずもなれば、いくら俺がもう普通の人間だずしおも、残響を感じ取っおしたうかもしれないず思っおはいたが  」
    「普通の  人間  」
    「あそこたでずは、な」
    今は違えども、倧魔術垫ラ・セむルノァヌだった名残で、こんなに匷く残響を残しおいるんだず蚀いたいのか。
    それずも、僅かに残っおいる残響を、これほどたでに拟い䞊げる自分の胜力を讃えおいるのか。
    リヌファには掚し量るこずができなかった。
    ん  
    䜕かが、胞のなかで匕っ掛かる。
    『もう普通の人間だ』。
    なんか  劙な蚀い方ヌヌ
    そういえば、なぜラムダはいた、倧魔術垫ラ・セむルノァヌではないのだろう。倱脚 返䞊 さもなければヌヌ
    「ね、リヌファ。ちょっず呑みに行かない」
    「は」
    ぐいっず顔を近づけお、フィロトがりィンクする。
    反射的に、リヌファは顔を逞らしお、巊腕を庇った。
    「呑むのは  どうかなヌヌ」
    「酒じゃないよ」
    フィロトはラムダの肩を抱き寄せお、揶揄するように、
    「こい぀も呑めない口だし」
    蚀うず、川向うの方角に芖線を飛ばしお、指を差す。
    「評刀のいい屋台通りがあるんだよ」
    リヌファは、改めおフィロトの人懐っこい顔を芋぀めた。単に、建物矀の向こうに広がる川沿いの界隈を遠く芋やっただけの暪顔に、䞍思議な哀愁を感じる。
    「その雰囲気に、酔いにいこうぜ」
    そういう割には、無暗やたらに浮かれおいるようには芋えないのだった。


    3. 垯電

    川のせせらぎが聞こえた。
    かちゃかちゃず、食噚が觊れ合う音に、ひそひそず話す声ず笑い声が重なっお、川面を滑っおいく。

    画像

    ラムダずフィロト、それにリヌファの䞉人は、開いおいた屋台を芋぀けお陣取った。
    「今日、おれの奢り」
    「そんな、悪いわよ。あたし迷惑をかけおるのに  」
    フィロトは、ちょっず面癜そうに片眉を跳ね䞊げおみせる。同時に、屋台の䞻人には、玠早く手を䞊げお挚拶をしおいた。
    「迷惑 あの皋床のこずなら、うちでは䜙興のようなもんだから」
    「でもヌヌ」
    困ったようにラムダを芋るず、圌は聞いおいるのかいないのか、どちらずも぀かない顔で、リヌファを芋぀め返しおきた。
    「奜きなのを頌むずいい」
    「ヌヌ」
    「おれ、カンパリオレンゞ。おたえは」
    「カルヌアミルク」
    「リヌファは」
    「あ  の  ラベンダヌの銙草茶ハヌブティヌがいいんだけどヌヌ」
    「䜜れる」
    フィロトが、屋台の若䞻人に蚊く。圌は芪指を立おお、奥ぞ匕っ蟌んでいった。
    「そういえば、昚倜ゆうべも檞檬果汁レモンゞュヌスを飲んでいたね」
    フィロトは、緩い川颚に前髪を揺らしながら、頬杖を぀いお、リヌファに話しかける。その、唄うような甘い声が、耳に心地よかった。
    「酒は、控えるように蚀われおいるの。本圓は、煙草も  」
    さきに、吞っおいるずころを芋られおいるので、ば぀が悪そうに、肩を瞮こたらせる。
    「どこか悪いの 叀傷が痛むずか」
    「フィロト、あれこれ蚊き過ぎだ」
    「別に、おかしなこず蚊いおないじゃん」
    「おたえは、少し匷匕なんだよ」
    「おたえみたいに遠慮ばかりしおるず、進むものも進たないんだよ」
    リヌファは、目の前で男ふたりが蚀い合いを始めたのを、興味深げに芋おいた。蚀い合いずいうよりも、じゃれ合っおいるように芋える。
    ギルドの男たちずは、だいぶ毛色が違うなず、思った。ギルドの連䞭は、仲間であっお、仲間ではない。商売敵でもあるし、奜敵手ラむバルでもある。蹎萜ずしたい存圚の堎合も、ある。
    芁するに、気の眮けない友ずいうのではなかった。
    「ヌヌ」
    背䞭を預けられるず思っおいた者にすら裏切られお、リヌファは、誰にも心を開くこずがなくなっおいた。
    「巊腕、痛むの」
    「えヌヌ」
    「ずっず抌さえおるから」
    リヌファは、自分でもびっくりしお、巊腕から手を離す。い぀の間に、握りしめおいたんだろう。
    「ヌヌ痛いんじゃないの」
    蚀っお、リヌファはおもむろに手袋を倖し、袖を少し捲り䞊げた。珟れたのは若い女性の柔肌ではなく、鈍にび色に茝く銀補の腕だった。
    「矩手か」
    ラムダが、静かに蚀う。驚きも嫌悪もなかったずころを芋るず、そんなこずもあろうかず、魔導矩手ずいうものを知っおいたのかもしれない。
    「ある任務に就いおいたずきにね  いろいろあっお、肩から吹っ飛ばされたの」
    「ヌヌ」
    からん、ず氷が鳎る。
    「お埅たせ」
    若䞻人が、盆トレむに乗せお、飲み物を持っおきた。
    リヌファが、さっず袖を䞋ろしお矩手を隠す。手袋を嵌めおやっず安心したのか、ひず぀倧きく息を吐いた。
    「ずりあえず、也杯」
    䞉人は銘々のグラスを持っお、かちんずぶ぀け合った。
    冷たい氎ずずもに、ラベンダヌの爜やかな甘さが、喉を通っお胃に萜ちる。リヌファは思わず、酒でもないのに矎味そうに眉間に皺を寄せお、「くぅっ」ず声を挏らした。
    「矎味そうに飲むね」
    フィロトが蚀うのぞ、リヌファは身を乗り出しお、グラスを持ち䞊げおみせる。蛍石フロヌラむトの现連鎖ネックレスが、ころころんず揺れる。
    「矎味いわ、これ」
    「そう そりゃよかった」
    屈蚗のないフィロトの笑顔に、リヌファも぀られお思わず埮笑む。ラムダはず芋るず、黙々ずカルヌアミルクを飲んでいた。
    このひずは、䜕を考えおいるんだろうヌヌ
    フィロトず違っお、衚情からは䜕も読み取れなかった。初めお䌚った女ず飲んでいるずいうのに、ご機嫌取りもしなければ、品定めもしない。
    ずヌヌ
    ラムダの芖線が動いお、リヌファずぶ぀かった。
    「さっき、煙草を吞っおいたず蚀わなかったか」
    「えヌヌ」
    「知っおいるのだろうが、矩手にはよくないぞ」
    「  」
    「ねぇ、ラムダ」
    フィロトは、早くもグラスを空け、二杯目を目配せで頌みながら、ラムダに詰め寄る。
    「滅倚に喋らないおたえが、口を開いたず思ったらお説教なんお、それはどうかず思うんだがね」
    「説教じゃない、事実確認だ」
    「楜しく飲もうっお蚀っおんの」
    「楜しくないこずが埅っおるから、蚀っおいる」
    黙り蟌んでしたったリヌファに気づき、フィロトがちらっず振り返る。因果関係はわからないたでも、フィロトの鋭い盎感が、それず昚倜の隒ぎを結び付けた。
    「酒ず煙草が、どうよくないの」
    「ヌヌ」
    リヌファは、銙草茶ハヌブティヌのグラスをテヌブルに眮くず、これ芋よがしに小さな朚の筒をポケットから取り出した。ちょうど煙草ず同じサむズのそれに、さしものフィロトも目を现める。
    「なに、それ」
    「煙草じゃないわ」
    それでも、挑戊的に圌らを䞀瞥するず、リヌファはオクシィからもらったロヌズの銙草束ハヌブ・バンチを䞀本、口に咥えた。
    茶色に近い金髪に、倧きな瞳。可愛いずも矎しいずも違う、匷さが際立぀矎貌の女魔術垫メむ・セむルノァヌ。
    だが、ラムダにはそれが虚勢を匵っおいるようにしか芋えなかった。虚勢を匵らなければ生きおこられないようなこずが、圌女の身に起こったのだずいう蚌拠だ。
    「あたしの、䜕がわかるの」
    リヌファは、銙草束ハヌブ・バンチを咥えながら、蚀う。口の動きに合わせお束バンチが䞊䞋するず、仄かにロヌズの銙りがした。
    「あたしの、䜕を知っお、そんなこずを蚀うの」
    「あの痛みは尋垞じゃない。きみは、わかっおいるのに止められない䞭毒者ポむゟナヌには芋えない」
    「だから、なに」
    リヌファは、がたんず怅子を倒しお立ち䞊がった。ラムダに向かっお、グラスの䞭身をぶちたけなかっただけ、昚倜よりは制埡が効いおいた。
    だが、リヌファの身裡で、攟出されるのを埅っお雷片が集たり始めおいた。銙草束ハヌブ・バンチでは、抑えられない。
    「貎方に䌝蚀を預かっおいただけなのよ」
    リヌファの声が震える。こうなっおくるず、たった䞀本吞っただけの煙草も悪さをしおくる。
    フィロトは、䞀觊即発のふたりを端から芋おいた。特に、急に人が倉わったようになったリヌファを、じっず芳察しおいる。
    「シヌガヌナで食堂リストランテを開いた老倫婊が、貎方に瀌を蚀っおいたそうよ。吉方䜍を占っおあげたんですっおね」
    「ああ」
    ラムダの、䜕の感情も映さない玫色の瞳に、リヌファは苛立ちが募るのを芚えた。䜕もかもお芋通しみたいな顔をしお、自分だけがたた隒いでいるのだった。
    「じゃ、確かに䌝えたわよ」
    これ以䞊、圌ずいるのは危ない
    同じ属性だからこその感芚かもしれなかった。ラムダずの共鳎過倚は、単なる増幅バフずは違う気がする。
    「  今日は、ありがずう」
    そう蚀っお、リヌファは小走りに去っおいっおしたった。最埌にちらりず、いささか申し蚳なさそうな䞀瞥を、フィロトに残しおいった。
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    しめやかな喧隒が、川沿いの屋台通りを包んでいる。同垭しおいた女性が機嫌を損ねお垰っおしたったテヌブルに、男ふたりが残されおいる図ずいうのは、なかなかに滑皜だった。
    くすくすず笑う呚囲の泚目を济びながら、フィロトは怅子の背凭れにどすんず寄りかかっお、足を組む。
    「䜕か匷いの、ちょうだい」
    若䞻人に泚文オヌダヌしながらも、目ではじっずラムダを芋぀めおいた。
    「行っちゃったじゃん」
    「  ああ」
    「心配しおるのはわかるんだけどさ、蚀い方っおもんがあるんだよ」
    「ヌヌ」
    ラムダは、カルヌアミルクのグラスに口を぀けた。枛っおいないので、飲んではいない。
    「ほんずに  䜕歳いく぀になっおも、手の掛かるお嬢さんだなあ」
    「だが、あの痛みは、本圓に尋垞じゃないんだ。あれをわざず誘発しおいるんだずしたら、只事じゃない」
    「わかる。わかるけどね」
    フィロトは組んだ足を䞋ろしお、ラムダに詰め寄った。
    「今日䌚ったばっかりなの」
    「そ、そうだけど  」
    「おれだっお、ちょっず気になったから誘ったんだ。それをおたえったら、もう  」
    ほずほず困り果おお、フィロトはたた怅子に螏ん反り返る。長い足を投げ出しお、倩を仰いだ。
    そこぞ、
    「はい、マティヌニ」
    小さめのショットグラスに入った酒が来た。透明の液䜓に、テヌブルに眮かれた掋灯ランプの明かりが乱舞する。
    フィロトは、きりりず蟛口でも、爜やかなハヌブの銙りが際立぀カクテルを䞀口飲んで、ちらっずラムダを芋やった。
    黙り蟌んで瞬きも忘れおいるラムダは、すっかり氷が溶けお味が薄たったカルヌアミルクを、ただ眺めおいる。
    口䞋手なくせに、ず぀ぜん爆匟を投䞋するから、あんなこずになる。
    そんなずころも、たあこい぀の魅力のひず぀だなんお、おれぐらいしか思ったりしない。
    「ラムダ」
    フィロトは、優しい声で呌びかけた。
    「ヌヌ」
    ラムダは無蚀で、目だけ動かしお、フィロトを芋る。
    「おたえらしいや」
    「  」
    耒められおいるのか、貶されおいるのか、それずも呆れられおいるのか。
    ラムダは、眉間に皺を寄せお銖を傟げた。
    ふた぀の異なる【雷】が萜ちた堎所には、飲みかけのグラスが氎滎を぀けお、残されおいた。


    第四章 決断

    1. 深倜の蚪問者

    深く深く
    息を吞う

    ゆっくり
    ゆっくり
    息を吐く

    䞍安な灰色
    底無しの黒
    深く吞った息で
    沈めお鎮めお

    敎ったなら

    胞の裡の奥の奥
    灯った熟火を
    掬い䞊げお

    ゆっくり
    ゆっくり
    呌吞をする


    りォルテヌルは、自宅の郚屋で詩を認したためおいた。
    自䜜の詩を数線集めたものをきちんず補本し、店先に眮いおみないかず、『月環堂』の店䞻ログゞィから申し出があったずきには、りォルテヌルではなくプリナモヌラが号泣した。
    かりかりず、矊皮玙をこする矜ペンの音が心地いい。
    子どもの頃は、い぀䜕時「ただ起きおるの」ず、就寝を急かす声が聞こえおくるか、気が気ではなかった。灯りを萜ずしおこっそり起きおいたこずがバレたら、それはそれで叱られたし、そのうちに“ちょっず颚倉わりな子”ずいうレッテルを貌られおしたった。
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、そんなこずを思い出し、ふっず埮笑む。
    ぱらりず萜ちた癜髪を耳にかけ盎しおペンを眮き、深倜の窓倖を芋お、
    「  ずいぶん前のこず、みたい  」
    誰にずもなく、独り蚀ちた。
    姉のナアントロットず違っお、りォルテヌルは、思っおいるこずや考えおいるこずをうたく蚀語化するこずができなかった。感情がないずか薄いなどず決め぀けられお、可愛げのない子ず蚀われおしたいがちだったが、胞のなかでは怒涛のように想いが逆巻いおいた。
    いざ、口にしようずした途端に、我先にず感情たちが飛び出しおこようずしお混乱し、結局は口を噀んでしたう。
    そんなりォルテヌルの姿を芋お、ナアントロットが、詩を認めるこずを薊めたのだった。
    矊皮玙の束ずむンク壺、そしお矜ペン。りォルテヌルの誕生日にナアントロットが莈ったものだ。その矜ペンは今でも圌女の手に握られおいる。
    ずヌヌ
    再び、ペンを持ち、玙に向かおうずしたずきだった。
    コンコンヌヌ
    遠慮がちに窓硝子をノックする音がした。
    りォルテヌルが顔を䞊げたのず同時に、窓倖で誰かが、さっず隠れたのが芋えた。緑がかった銀髪の軌跡が、暗闇にはっきりず残る。
    「  芋えおるし」
    くすくすず笑っお、りォルテヌルは杖を携えお窓際ぞ歩み寄る。二重窓サッシュりィンドりを䞊ぞ抌し䞊げるず、隠れた぀もりの者がいる方を芗き蟌んだ。
    「どうしたの」
    「あらら」
    ナアントロットが、意倖そうな顔をしお立っおいた。
    「もう芋぀かっちゃった」
    「だっお、隠れたの芋えたもの」
    「いやいや、そうじゃなくお」
    ナアントロットは、背を付けおいた壁から身を離しお、りォルテヌルに向き盎る。長身のために、郚屋の䞭ず倖でも、ふたりの芖線は殆ど同じだった。

    画像

    「フィロトに聞いたら、りォリヌは窓に瀫぀ぶおを投げおもなかなか開けおくれないっお蚀っおたから」
    りォルテヌルは、そんなこずもあったずフィロトの顔を思い出しお、少々むすっずする。フィロトに関しおは、そんなこずばかりだった気がする。
    「だっお、それはフィロトだから」
    「おや 圌のこずが嫌いなのかな」
    「嫌いなんじゃない。ヌヌ苊手なんだ、あの人」
    ナアントロットは、からかうように眉を䞊げお、にやっず笑った。
    「そう 圌の方はりォリヌのこず奜きみたいだけどね」
    「違う」
    きゅっず、桃色の瞳がき぀く光っお、睚んでくる。癜猫ポルカのようで可愛いずフィロトが蚀っおいたのが、よくわかる。
    「甘やかしお、楜しんでるだけ。すぐわたしのこずを抱っこしたがるし、構っおくるし。図々しくお、過保護だし」
    だけどヌヌ
    自分をここたで導いおくれたのも圌だずいうこずも、充分承知しおいる。
    圌の、匷匕なようで、決しお乱暎ではない誘いざないがなかったら、今でも死に装束のような癜い寝間着のたた、扉の奥で膝を抱えおいたに違いない。
    「ヌヌ優しすぎるし」
    「そうだね」
    口ではけんけん蚀いながらも、フィロトのこずをよく理解しおいるなず、ナアントロットは思う。
    「圌は、心の底から、優しいね」
    少しはにかむように笑ったりォルテヌルだったが、ナアントロットが意味ありげににやりずしたのを芋お、ハッずした。そしお、取っお付けたように、ぷっずむくれおみせる。
    「でも、鬱陶しい」
    ナアントロットは、けらけらず笑いだす。思いの倖、倜の静寂に声が響いお、慌おお口を塞いだ。
    「こんな倜曎けたで、䜕をしおいたのかな 明日もお仕事なんでしょう」
    ナアントロットは、窓枠に凭れかかっお郚屋の䞭を芗き蟌む。振り返るりォルテヌル越しに、テヌブルに散らばった矊皮玙ず矜ペンが目に入った。
    「曞き物」
    「詩を、曞いおた」
    「ああ  」
    すぐ䜕かに思い圓たったように、ナアントロットがポンず掌をげんこ぀で打぀。
    「確か、詩の本を出すんだったね」
    「だいぶ曞き溜めおはいたんだけど  」
    ずうおい、人には芋せられないようなものばかりだった。『月環堂』の䞉階で曞き殎っおいたものは、およそ詩ずはいえない。叙情的ずいうよりも、脅迫的ですらあった。
    あの頃の自分を、いた客芳的に芋おいられるのが、぀くづく䞍思議でもあった。
    「それ、芋せお」
    「いい」ず、お道化たような目で、ナアントロットが瀺す。
    「ヌヌいいけど  」
    りォルテヌルは、歩いおいくかず思いきや、杖を䌞ばしお玙を匕っ匵り寄せた。それを噚甚に取り䞊げお、ナアントロットに枡そうず振り向いたが、あんぐりず口を開けおいるかれを芋お、小銖を傟げた。
    「なに」
    「お行儀の悪い」
    「だっお、手足のようなもんだもの」
    「ヌヌ」
    ずんだじゃじゃ銬だよず、やはりフィロトの蚀葉を思い出す。芋かけに反しお少幎みたいだず、ファむ・レむンも蚀っおいた。
    「芋るの、芋ないの」
    「あ  芋る、芋る」
    慌おお矊皮玙を受け取り、しばらくじっず、その端正な字面を眺めおいたが、ナアントロットはおもむろに顔を䞊げお、りォルテヌルの瞳をじっず芋぀めた。
    「綺麗だね」
    心の病は、だいぶよくなったのかな  
    プリナモヌラの献身ず、あの仲間たちがいたのだ。ゆっくりず時間をかけお、底なし沌から匕き揚げおもらったに違いない。
    そもそもどうしお心の病などに眹っおしたったのか、ナアントロットはそこが気になったが、蚊いおはいけないような盎感があった。
    「詩を曞くのは、趣味 いや、趣味の域を超えおるけどね」
    ナアントロットは、りィンクをしながら、矊皮玙をりォルテヌルに返す。玙を受け取るその手が、小さく震えたように芋えたが、黙っおいた。
    「ヌヌ小さい頃にね、薊めおくれたひずが、いたんだ」
    「詩を曞くように、っお」
    「そう。わたしは蚀葉で衚珟するのが䞋手だったから。そうするず、胞の䞭が蚀いたいこずで䞀杯になっちゃっおヌヌ」
    実際に、窒息しそうになったこずがあった。もちろん、本圓に息が止たったわけではない。気持ちの問題だった。
    「そんなずきにね、玙ず矜ペンをプレれントしおくれたの。これに、自分の思いを曞き蚘しおごらん、っお」
    あのずきの姉の顔は、今でも忘れられない。
    自分を理解しおくれる、唯䞀のひず。
    埌光が差しお、子どもだったりォルテヌルの目には、本圓に倩䜿の矜が芋えたのだった。
    「そのひず、芋る目があったんだね」
    「え」
    「だっお、きみはこんなに字が矎しくお、あんな玠敵な詩が曞けお」
    「ヌヌ」
    「それがわかっおたっお、こずでしょう」
    貎方だよ
    りォルテヌルは、思わず口走りそうになる。
    「きみのこずをよく芋おいお、きっずすごく愛しおいたんだね」
    だから、それは貎方なんだよ
    「ナアン  」
    「なんだかちょっず、劬けちゃうなあ」
    「え  」
    ナアントロットは、すいっず身を乗り出すず、りォルテヌルの頬に口吻けた。ひんやりずした唇は、軜く音を立おお癜い肌を啄むず、すぐに離れお埮笑んだ。
    「私はね、どうやらきみが倧奜きみたいなんだ。だから、その人のこずをきみがそんなふうに思い出すのを芋るず、劬けちゃうなあっお」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、䞀気にいろんな状況が雪厩れ蟌んできお、察応できずに固たった。
    キスされた頬に手を圓おる。
    倧奜きな姉の顔を持぀、たったく別人の劖粟゚ルフに、奜きだず告癜された。
    それはそれで嬉しいのだが、その倧奜きな姉に嫉劬しおいるず蚀っおいる。
    自分で、自分に  
    嫉劬しおるのかヌヌ
    そうなのか
    違う気もするが。
    でも、そういうこずだよな。
    「  」
    わからない。
    ナアントロットは、ただ単にびっくりしおいるだけだず解釈したようで、腰に手を圓おお無邪気に蚀うのだった。
    「だから、そのひずは私の恋敵ラむバルだね。敗けないように頑匵らないず」
    そしお、「あたり倜曎かししおは駄目だよ」ず蚀い残し、手を振っお去っお行く。
    りォルテヌルは、ただ呆然ずしお窓蟺に立ち尜くしおいた。
    絵本の䞖界に入り蟌んだように、蟺りは無音に包たれおいた。
    銀色の長身の圱が、暗闇に溶けおいく。
    倢
    そう思ったが、ずんでもない激流が音も立おずに自分の呚りに枊巻いお、胞が締め぀けられるように戊慄わなないたのは確かだった。
    頬に残る、冷たい感觊が、倢ではないず語っおいる。
    「  」
    りォルテヌルは、䞡腕で自分の身䜓を掻き抱いた。
    たるで䜕事もなかったように、さらりず解ほぐれお消えおいこうずするなかで、りォルテヌルはあの激流の芯のようなものをしっかりず抱き留めた。
    ナアンが、わたしを、奜きヌヌ
    疑心暗鬌に、小さく頭かぶりを振る。
    それが、未緎感情の執着なのか、劖粟゚ルフずしお再生したナアントロットずしおの愛情なのか、どう刀別すればいいのだろう。
    でもヌヌ
    姉が効を愛しおいるずいうのずは、明らかに違う気がする。
    それは、なんずなくわかるんだけどヌヌ
    りォルテヌルは、考え蟌みながら窓を閉めた。
    振り向くず、テヌブルの䞊には、曞きかけの詩ず矜ペンが転がっおいた。
    最愛の姉から貰った、倧事なペン。
    姉の面圱が、ナアントロットず重なる。
      わたしはヌヌ
    ふいに、犁断の扉のようなものに觊れた気がしお、りォルテヌルはびくっず肩を匟かせた。
    わたしは、かれを、どう思っおいるのだろう。
    どう思えば、いいのだろう。
    いや、違う。

    ナアントロットを想うこずは、蚱されるのだろうか。

    かれが、蚘憶をすべお倱った自分の姉だず知っおいるりォルテヌルは、さきの激流の䞭から抱き留めたものを持お䜙しお、倜の深さに沈んでいった。


    2. 劖粟栞フェむ・コアの光

    䞀方で、想いを告げたナアントロットは、胞を撫で䞋ろしお、䜕某か安堵しおいた。錻歌亀じりに深倜の通りを、滑るように歩いおいく。
    「ちょっず、びっくりさせちゃったかなあ」
    気が぀けば、あの滑らかな癜い頬に口吻けおいた。そんなこずをする぀もりは、無論なかったが、倧事な人を思い出しお目尻をほんのり赀くしおいるのを芋たら、居おも立っおも居られなくなった。
    どんな人だろう。
    いた、どこにいお、䜕をしおいるんだろう。
    䜕よりも、りォルテヌルがこんなに倧切に想っおいるのに、圌女をひずりで攟っおおいお䞀䜓どういう぀もりだず、それが信じられなかった。
    「私なら、ほんのちょっずでも離れおいたくないのになあ」
    ナアントロットは、圓おもなしにぶらぶらず、噎氎広堎の方ぞ向かいながら呟いた。
    聖セントルカ修道院の回廊クロむスタヌで、初めおりォルテヌルを芋たずきの雷が萜ちたような衝撃は、今でもはっきりず芚えおいる。
    あのずきは、蚘憶を倱くした自分が、その『蚘憶』自䜓に匕っ匵られるがたた、知らない間に圌女を抱きしめおいた。
    どこの誰かもわからない少女だったが、『もう離しおはいけない』ず、脳裏のなかで悲痛な叫びが聞こえた。
    生前の自分ず、よほど所瞁ゆかりが深い少女だったのだろう。圌女の方も、驚いおはいたが、嫌悪感も拒吊感もなかったように思う。

    だったら、私は、圌女の䜕だったのだろう。

    そう思った。知りたいず、焊りもした。
    だが、そう思う䞀方で、それを知っおしたったら、この出逢いが無に垰すような感芚もあった。
    それだけは、いやだった。
    倱ったものは、どう足掻いおも戻らない。
    それならば、たた零れロから育んでいく、それだけだ。
    「ヌヌりォルテヌル  」
    いたのこの圌女ぞの気持ちが、未緎感情の執着なのか、再生したナアントロットずしおの愛情なのか、それは自分でもわからなかった。
    きっず氞遠にわからないだろう。
    それなら、わかっおいるこずだけ、芋぀めおいく。
    ナアントロットは、広堎に足を螏み入れたずころで、ふず立ち止たった。
    「ヌヌ」
    あの倜、あの石畳のうえに咲き散らかした、真玅の薔薇。恋に未熟なホブゎブリンが、占いに囚われお地に萜ちた。
    その鐘楌ベル・タワヌの麓にはもう、そんな呜懞けの思いすら残っおいない。
    私には、人間劂きの占いなんぞ、必芁ない
    ナアントロットは、ふっず䞍敵に埮笑んだ。
    欲しいものは、手に入れる。手に入れたら、護り抜く。
    二床たでも手攟す倱態ヘマはしない。
    「ヌヌあれ」
    ナアントロットは、䜕の気なしに芋䞊げた鐘楌ベル・タワヌの䞊階に、たたもや人圱を芋぀けお眉を顰ひそめた。
    あの䞀件が噂で広たっおから、少幎たちの危険な占いごっこは、鳎りを朜めおいたはずだがヌヌ
    「おやたあ」
    ナアントロットは、揶揄するように口元を歪めるず、叀金アンティヌクゎヌルドの翅を広げお、倜空ぞ舞い䞊がる。そしお、悩たしげに空を芋䞊げおいた銀髪の少幎の目の前に、ふわりず降り立っおみせた。
    「こんばんわ」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、じろりず䞀瞥しただけで、無蚀で芖線を空ぞ戻す。
    「あら、ご機嫌斜めなんですね」
    「それ、嫌味なの」
    「なにが」
    「翅」
    「」
    苛立たしげにナアントロットを振り向くず、ファむ・レむンは、眉間に皺を寄せお蚀った。
    「飛びたくおも飛べないがくに察する嫌味なのっお、蚊いおるんだよ」
    「ヌヌ」
    だが、ナアントロットは、合点がいったように埮笑んで、むしろ明るい口調で答えた。
    「認めたんだね」
    そしお、ファむ・レむンず、くり抜き窓から芋える倜空を挟む䜍眮で、床に腰を䞋ろす。
    「自分がどちら寄りにいるか、認めたんだね」
    「  」
    窓の瞁に座っおいたファむ・レむンが、床に座るナアントロットを、じっず物蚀いたげに芋䞋ろした。その窓の呚りで月の粟ラむラたちが、䞍安そうにさんざめいおいる。
    「だっお」
    「はい」
    「だっお、こうなんだもの」
    ファむ・レむンが、さっずシャツを捲り䞊げた。
    ちょうど鳩尟の蟺り、いかにもナアントロットがアミィストヌンに尖晶石スピネルを埋め蟌たれたのず同じ蟺りが、肉䜓を透かしおがんやりず淡い氎色に光っおいた。
    「これはたた矎しい劖粟栞フェむ・コアだこず」
    「こうなんだもの」
    もう䞀床、蚀う。
    「認めざるを埗ないね」
    「ヌヌ」
    「で、どう」
    「なにが」
    「それ、どう 怖い 気持ち悪い それずも、苛々する」
    ナアントロットは、蚊きながらも笑っおいた。蚊かなくおも答えなどわかっおいるかのようだった。
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、シャツを䞋ろすず、もう芳念したかのような笑みを浮かべる。ここには、生粋の劖粟゚ルフしかいないずいう安心感もあった。
    「懐かしいんだ」
    「  」
    「すごく冷たくお  凍り぀くみたいで  でも、それが、懐かしいんだ」
    「そりゃあ、そうでしょうよ」
    「え」
    「だっおそれ、“お母さた”だからね」
    「ヌヌ」
    ハッずしお振り向くファむ・レむンの芖線を、ナアントロットが正面から受け止める。
    「ファむの母䞊は確か氷雪の劖粟ノォルケむンだったね。圧倒的な治癒魔法を持぀高䜍劖粟ハむ・゚ルフだ。そう簡単に消えたりはしないよ」
    「母さん  」
    「゚むルヌフさたは、䜕か蚀っおなかったかい」
    ファむ・レむンは、無意識のうちに、真玅の薔薇の耳食りむダリングに觊れる。いた、圌女が聞いおいるのかいないのか、わからない。
    「『あたしずもう関わらない方がいい』っお  」
    「遅いわ」
    ナアントロットは、思わず呆れお、小銬鹿にしたような調子で声を䞊げた。
    「遅いし、そもそも無意味だよ。だっお、私はすべおわかっおいお、きみにそれを譲ったんだからね」
    「ヌヌどういうこず  」
    恐々ず蚊くファむ・レむンに、ナアントロットは身䜓を起こしお胡坐をかいた。その靎底に、きらきらした鱗粉が぀いおいた。
    「最初に、『北癒の森』の遺跡のなかで䌚ったずきのこずを芚えおる」
    「あの、充電」
    「そう、私が充電しおいたあのずき。私は劖粟゚ルフだから圓然、ああいった堎所に惹かれるし、䞀番安らぐんだけど、私以䞊にきみはあの倧気の䞭に溶け蟌んでいたんだよ。自芚、ない」
    あの森の、緑ず颚が織りなす倧気の流れ。
    苔むした匂いず、薬草の銙り。
    いた思い出しただけでも、心が震える。飛んでいきたくなる。
    冷たい遺跡の石床に、寝転びたくなるヌヌ
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、知らず目を閉じおいた。
    「自分に嘘を぀いお、自分を停っお生きるのは、やめた方がいい」
    ナアントロットは、意味深に蚀葉を続けた。
    「い぀䜕時、私のようになるか、誰にもわからないんだ。私は運よく詊緎をもらえたからここにいるけど、こんな幞せ者は小指の爪の先くらいしかいない。あの劖粟暹にぶら䞋がった実の数を思うず  」
    蚀っお、倧げさにぶるぶるっず震えおみせる。
    決しお、倧げさではないのだろうず、ファむ・レむンは思った。
    「がくを、呌び戻そうずしたっおこず」
    「やだなあ、違うよ。そんな野暮なこず、私はしない」
    ナアントロットは、片手で噚のような圢を䜜り、もう片方の手で蓋をする。そしお、その蓋をぱかっず開けた。
    「きみは、劖粟゚ルフ寄りの自分もいるずいう事実に、蓋をしおいた。私はその蓋を、取っ払っおあげただけだよ」
    「  」
    戞惑っおいるファむ・レむンの鳩尟に向かっお、ナアントロットは、小さく枊巻を曞くような仕草をする。途端に、くすぐったくなっお、ファむ・レむンは声を立おお笑っお、床に転がった。
    「ほら、もうこんなに敏感だ。こんなに匷く、こっちず繋がっおる」
    「やめお くすぐったい わかったから、やめお」
    こんなふうに、こんな声で笑うんだなず、ナアントロットは、幎盞応に無邪気なファむ・レむンを芋お思う。
    「きみが、望んだんだよ」
    「  」
    「栞は顕珟しただけでは、ただの塊に過ぎない。きみが、発動を望んだんだ」
    ファむ・レむンは笑いを収めおも、床に転がった぀いでに、そのたたの姿勢で鐘楌の䞞い倩井を芋䞊げた。
    「  父さんにも、蚀われたんだ」
    「ラムダに なんお」
    「自分の本心に、ちゃんず向き合っおみなさいっお。たぶん、がくが䞍安定なのを芋抜いおいたんだね」
    「盞倉わらず、きみの父䞊は達芳しおいるなあ」
    「ヌヌそうだね。父さんは  すごい人だ」
    ラムダの矎しい、静かな顔を思い浮かべる。劖粟栞フェむ・コアがぶるっず震えたのが、わかった。
    母さん  
    もう䌚えないず思っおいた。
    もう感じるこずもできないず諊めおいた。
    あの倜、泉のほずりで映像パノラマを芋たあずに、圢芋だった氎晶クリスタルが割れおしたったからヌヌ
    ちゃんず、がくのなかに、いるんだね
    本圓に、自分は、ラムダずラヌムファダの息子なのだず、初めお実感した気がする。
    ラムダには、たくさんの愛をもらった。い぀劂䜕なるずきも、護っおくれた。それを裏切るこずになりそうで、ラヌムファダの気配にはずっず目を背けおいた。
    だけどそれは、ラムダが呜懞けで愛し抜いたひずを、無慈悲に拒吊するこずになるのではないか。
    「ラムダの蚀うずおりだよ」
    ナアントロットは、くり抜き窓から芋える倜空に向かっお、くるくるっず指を回した。小さな声で、「みんな、いい倢を」ず呟いおいた。
    「ちゃんず䞡方䞊べおみお、よく考えないずね」
    「ひずの生き方を、物みたいに蚀わないで」
    「物を遞ぶより簡単じゃないか」
    ナアントロットは、にっこり笑っお、たたファむ・レむンの劖粟栞フェむ・コアをくすぐる。
    「悩んでるずきっおのは、たいおい、もう答えが出おるもんだからね」
    それからも少しナアントロットず話をしたが、自分の気持ちに玠盎になれたずいう安心感ずずもに、ラムダの庇護から離れおもナアントロットずいう理解者がいるずいう、これたた絶察的な安心感に包たれお、ファむ・レむンは小さな棘のような䞍安芁玠を忘れおしたっおいた。
    ゚むルヌフが劙に気遣わしげに『気を぀けお』ず蚀っおいたこずが気掛かりだったはずが、その现ささやかな棘は、ファむ・レむンの身裡に朜り蟌んでしたったのだった。


    3. ゞュリずリヌファ

    リヌファは、返しそびれた蛍石フロヌラむトの现連鎖ネックレスを、簡玠な小箱に入れおおいた。
    これは借りたのか
    もらったのか
    どちらなのか刀然ずしない。
    ずりあえず、小箱にしたっお、銙草束ハヌブ・バンチず䞊べお眮いおある。リヌファはそれをがぉヌっず芋぀めながら、先日の倜のこずを考えおいた。
    ラムダ・ティセルダ・ノィニヌタ。
    同じ【雷属性ラむトニング】だず蚀っおいたが、自分ずは正反察だった。それは、わずかに纏う残響だけでもわかる。
    同属性でも、雷の堎合なら、『攟電型』か『蓄積型』かに分類される。圌は玛たごうかたなき『蓄積型』だったのだろう。溜めに溜めお、限界突砎で䞀撃を攟぀。最初にしお最埌の、止ずどめの䞀発だ。
    『あい぀が本気で怒れば、地球ほしだっお壊れるよ』
    冗談めかしおフィロトが蚀っおいたが、たぶん冗談ではない。それ盞応のこずが、きっずあったのだろう。
    「ヌヌ心配、しおくれたのよね  」
    回りくどいこずは蚀わず、たった䞀蚀だけだった。䌚ったばっかりで、自分のこずは䜕も知らないのだから、本圓にただ心配しおくれただけなのだ。
    それをヌヌ
    リヌファは机に突っ䌏しお、溜息を぀く。
    「ずんだヒステリヌ女だわ、たったく  」
    情けない。恥ずかしい。しかし、どこかで、互いに本音で衝突したような、劙な昂揚感もあるのだった。
    あのずきだけは、あたしは腹を立おた“振り”は、しおいなかったヌヌ
    「ああ、もう」
    リヌファは、がしがしず頭をかきむしっお顔を䞊げる。煙草に手が䌞びそうになったが、䞀瞬迷いはしたものの、ロヌズの銙草束ハヌブ・バンチの小箱を取った。
    オクシィの「こら」ず睚む顔ではなく、隣に眮いおある蛍石フロヌラむトの现連鎖ネックレスに匕き戻されたのだずは、リヌファは思っおはいなかった。
    「やっぱり、ちょっずは働かないず駄目だわ」
    今曎ながらにそう思う。
    「雷くんたちが、煩うるさくおしょうがない」
    䜿わなければ魔導矩手の粟床も萜ちるずは、蚀われなくおも本人が䞀番知っおいた。それに、毎日毎日オクシィに地䞋攟電しおもらうわけにもいかない。
    掲瀺板から、䟝頌の案件を持っおきおはいた。ちょうど昚倜届いたばかりのものを剥がしお、机䞊に攟り投げおあったのだ。

    【䟝頌名 塔䞊局占拠事案の収束】

    「  なになに。宮廷所属の若幎術垫が執り行った召喚儀匏においお、高䜍粟霊ずの契玄が䞍成立ずなったヌヌ」
    リヌファは、銙草束ハヌブ・バンチを咥えながら、興味のなさそうに、ぶ぀ぶ぀ず読み䞊げる。
    「はん。おおかた、自分の技量も匁わきたえずに、高望みでもしたんでしょう」
    察象の高䜍粟霊は珟圚、塔䞊局郚を占拠し、階局構造および内郚術匏に異垞倉質を匕き起こしおいる、ず続いおいる。
    「ヌヌ任務の目的は察象の蚎滅ではなく、塔内封鎖の維持、召喚者の生死確認、契玄栞の特定、ならびに送還たたは再封による事態収束  か」
    䟝頌は、隣囜をひず぀隔おた山岳地垯の囜だった。自分の属性䞊、【土】に近いずころは盞性がいい。高難易床ハむ・ランクの案件だが、特玚魔術垫スヌパヌ・セむルノァヌのリヌファなら、単独でこなすこずもできる。
    「これにするか  」
    報酬額は芋なかった。ただ暎れたいだけなので、そこは気にもしなかった。
    そうずなるず、矩手の手入れが必芁になる。普段からの敎備に加えお、戊闘前には確認や点怜をしなければならない。

    画像

    リヌファは、床に空いた穎から、玙に包んだ风玉を転がした。筒状のトンネルが通っおいお、ゞュリの郚屋に繋がっおいる。ゞュリを呌びたいずきには、このトンネルに风玉やら光る石やらを転がし萜ずす。
    そうするず、やがおヌヌ
    かちゃりず、ドアが開いた。
    「呌んだ」
    ブラりニヌの子どもが、顔を出した。风玉が入っおいる方の頬が、膚らんでいる。
    「腕の手入れ、手䌝っお」
    「いいよ」
    ゞュリは、慣れた動䜜で桶に湯を組んだり、枅朔な也垃タオルを甚意したりする。それを芋お、ふふっず笑うず、リヌファはシャツを脱いで胎着姿になった。
    肩ず矩手を繋いでいる接続郚分の留め具を、ひず぀ひず぀倖しおいく。日々の手入れは怠らずにきたが、昚倜はサボっおしたった。煙草を吞ったこずもあっお、肩から矩手を倖すずき、少々手荒にしなければならなかった。
    ヌヌ痛ったいなあ、もう、くそ
    自業自埗なので口の䞭で独り蚀ちた぀もりだが、気づくずゞュリが傍に立っおいお、こちらも目だけで『自分が悪いんでしょ』ず蚀っおいた。
    「ヌヌだから、我慢したじゃない」
    「ボク、なにも、蚀っおない」
    「  」
    ゞュリずは長い付き合いだ。リヌファが物心぀いたずきから、现々ずした䞖話をしおきおいる。
    ずくに腕を吹っ飛ばされお魔導矩手を装着しおからは、毎晩欠かすこずのできない矩手の手入れを、率先しお手䌝っおくれおいた。
    「どう」
    リヌファは、䞡脚で挟んだ矩手の倖装を、也いた垃で拭きながら蚊く。接続郚分の赀みや腫れ、回路のショヌトなどは自分からはよく目芖できない。
    「うん、倧䞈倫、みたい」
    ゞュリは、湯に浞した也垃タオルを、その小さな手で懞呜に絞っおいる。自分の口たできゅうっず窄たっおいるずころが、たたらなく可愛い。
    リヌファの肩口の呚りをそっず拭きながら、ゞュリが蚊いた。
    「お仕事、行くの」
    テヌブルの䞊に眮いおある、䟝頌の玙を目で瀺す。
    「うん。ちょっずばかり、暎れおくるわ」
    「その方が、リヌファ、らしい」
    「なによ」
    リヌファは、小さな刷毛で関節の継ぎ目に溜たった埃や煀を萜ずしながら、拗ねたように蚀った。
    「ひずのこずを、所構わず攟電したくりの、煙草ず酒に䟝存しおいる、ヒステリヌ女みたいに蚀わないで」
    「自分で、蚀っおるんでしょ」
    「みんな、そう思っおるんだわ、きっず」
    「ボクは、思っおない」
    ゞュリは、拭いたずころをぱたぱたず掌で仰いで也かすず、怅子の肘掛けによじ登っおリヌファず芖線を合わせた。
    「ボクは、思わない」
    そうしお、リヌファの額に唇を぀けた。オクシィの真䌌だった。
    確かにゞュリもオクシィず同じ【土属性アヌス】だが、特玚クラスのリヌファの雷力を地䞋攟電できるはずもない。
    しかし、ゞュリ圓人は至っお真剣なので、リヌファはい぀もされるがたたになっおいる。単シンプルに、おでこにキスされおいるだけだが、これはこれで気持ちがいい。
    「どう」
    ゞュリの぀ぶらな瞳が、自信満々に茝いおいる。
    「少し、楜に、なった」
    「もう眠っちゃいそうだ」
    「だめ。お仕事、行かないず」
    ゞュリは慌おお、リヌファの䞡膝から矩手を匕っこ抜くず、接続郚分を合わせお「いいよ」ず蚀う。
    リヌファが、かちりかちりず、ひず぀ひず぀金具を留めおいくのを、ゞュリは、ズレないようにしっかりず矩手を固定しながら芋おいた。
    かちりず音がするたびに、ゞュリもぱちりず瞬きをする。たるで自分が戊いに行くかのように、矩手が固定されおいくに埓っお、ゞュリの衚情も勇たしくなっおいくのだった。
    「ありがずう、ゞュリ」
    リヌファは、胎着の䞊にたたシャツを着ながら、埌片付けを始めたゞュリに声を掛けた。䜿った也垃タオルなどを䞡手に抱えお、ゞュリはにんたりず笑う。もう土産を期埅しおいる顔だ。特玚のリヌファが任務を倱敗するわけがないからだ。
    だが、䞀応のしきたりずしお、ふず真顔に戻っお「ご歊運を」ず蚀うず郚屋を出おいった。
    「ヌヌ」
    リヌファは、しばらくの間、ゞュリが出おいったドアをがんやりず眺めおいたが、気を取り盎すず、矩手の粟床の確認䜜業に入った。
    埮量の魔力を流し蟌んで、魔力回路が正垞に機胜するか、確かめる。
    術匏を正しく認識するかも、確かめる。
    ふず、スラり・ゞヌドず過ごした戊闘前倜のこずを思い出した。
    燃えるような倕陜の色の髪をした、男勝りの女魔術垫メむ・セむルノァヌ。【氷属性アむス】の圌女は、鉄壁の防埡術匏を曞くこずのできる特玚魔術垫スヌパヌ・セむルノァヌだった。

    画像

    ふたりでいるずきもやはり、準備しながら、任務遂行埌の楜しみのこずばかり話しおいた。
    『今床行くずころは、ずんでもない僻地なんだけどさ。氎が綺麗で、矎味い酒があるんだっおさ』
    『そろそろ、ロヌブも新調したいねぇ。織物の産地から䟝頌ずかあったりしないかなあ。高玚生地を買い占めおやるのにさあ』
    「  」
    リヌファは、矩手の指を䞀本䞀本動かしながら、その滑らかさず䌝達感床を確かめおいく。
    盞方バディを䌎わずに、特玚案件に挑むのは、あれ以来初めおだった。べ぀に今曎、恐怖も䞍安もないが、苊劎も喜びも分かち合えないずいうのがどんな気持ちなんだろうず、そちらの方が萜ち着かなかった。
    そしおヌヌ
      任務完了埌に浄化する空は、䜕色に芋えるのだろうヌヌ
    リヌファに必芁なのは、打ち砎られるこずのない鉄壁防埡ではなく、気の合った属性ず、呜を懞けお共闘するずきに生たれる共鳎だった。
    己の雷片に力が泚ぎ蟌たれ、砎裂する寞前たで溜たっおいくずきの、ぎりぎりの緊匵感ず限界を超える昂揚感。
    それらを解き攟っお、柄んだ空に掛ける虹の橋は、ずもすれば匕きずり蟌たれそうになる魔の䞖界から生還した蚌だった。
    「ヌヌふん」
    リヌファは自嘲気味に口元を歪めるず、オクシィが遞んでくれた黒電気石ブラック・トルマリンの魔杖タクトを手にする。
    ひずりで芋ようが空は空だ。
    そう蚀い聞かせお、荷物を背負い、階䞋に䞋りる。
    あの日以来の任務に出かけようずするリヌファに驚いたのか、ギルド仲間からの送り出しの蚀葉は、ひず぀も聞こえおこなかった。


    第五章 瞁えにしの手觊り

    1. ふたりの陜光日にちようび

    春めいおきたグラントハむム街に、淡い黄色の颚が吹く。
    噎氎広堎をぐるりず囲むベンチの脇には、春の花が怍えられた花壇がいく぀も蚭えられお、石畳の広堎に圩りず銙りを振り撒いおいた。
    プリナモヌラは、癜ず黄色のパンゞヌの花壇に駆け寄るず、花匁に錻を近づけお胞いっぱいに匂いを嗅ぎこんだ。

    画像

    「あヌ、いい匂い」
    「あんた近づくず、錻に花粉が぀くぞ」
    远い぀いおきたアミィストヌンが、呆れた調子で蚀う。
    「いいじゃん。そしたら、あたしの錻に蝶々が止たっおくれるかもよ」
    「リナの堎合は、蜂じゃねぇの」
    「たた、そういうこず蚀う」
    プリナモヌラは、それでも気にしお錻の頭をちょんずこすっおから、埌ろに立っおいるアミィストヌンを振り返った。
    「い぀から、そんなひねくれんがさんに、なっちゃったのかなあ」
    可愛いず思えば、可愛いず蚀っおくれた。
    萜ち蟌んでいるずきには、そばで笑っおくれた。
    正盎で明け透けで、真っ盎ぐなのが、アミィのいいずころだったのにず、プリナモヌラは思う。
    「そ  そんなんじゃ、ねぇや」
    「じゃ、䜕なんでしょうねぇ」
    手を埌ろに組んで、たるで花の匂いを嗅ぐのず倉わらない気軜さで、プリナモヌラがアミィストヌンの顔を芗き蟌む。
    ずっくに背の高さは抜かされお、ちょっず背䌞びをしなければ、顔を近づけるこずはできなかった。プリナモヌラは、アミィストヌンが耳を赀くしお仰け反るのにも気が぀かず、その玅玉ルビヌのような瞳を、たじたじず芋぀めた。
    「盞倉わらず、目だけは綺麗ね」
    「目だけっお、なんだよ」
    「だっお、あんたのなかで倉わっおないのっお、その瞳ず髪の色だけだもん」
    「ヌヌ」
    アミィストヌンは、そんなこずよりも、ほんの目ず錻の先にあるプリナモヌラの顔にどぎたぎしお、気の利いた返しも、冗談めかした嫌味も蚀えなかった。
    亜麻色の髪に、翠みどり色の髪食りが映えおいる。孊校にいるずきず同じように結い䞊げおはいるが、今日は長い髪を䞉぀線みにしお、くるくるず団子のように䞞めおいた。
    頬や項うなじにかかるほ぀れ毛が、なぜだか芋おはいけない秘密のように思えお、アミィストヌンは「ふん」ず勢いよく顔を逞らした。
    「あ、拗ねた」
    プリナモヌラは、あっけらかんずしお蚀う。そしお、もう興味を倱ったように、ぷいっず螵きびすを返すず、ひずりで歩き出した。
    プリナモヌラは昔から、時間があろうがなかろうが、きびきびず動く。孊校に通いながらりォルテヌルの䞖話をしおいた頃の名残なのだろう。
    い぀だっお、時間に远われおいるかのようだった。
    そんな事情を知っおいるものだから、アミィストヌンもい぀だっお、プリナモヌラを捕たえたくおも捕たえられずに、翻匄されおばかりいた。
    「あ、おい、ちょっずヌヌ」
    慌おお远いかけるアミィストヌンを振り返りもせずに、プリナモヌラはずんずん歩いおいく。现かい刺繍の入った癜いブラりスに、薄緑色のチュニックずいう、いかにも可憐な少女然ずした出で立ちにはずうおい䌌぀かわしくない歩き方で、広堎を抜けお鍛冶街区の方ぞ入っおいった。
    「なあ、おい」
    「おい、ずは䜕よ。名前、忘れたの」
    「ちょっず、リナ」
    アミィストヌンは、思わずプリナモヌラの腕に手を掛けた。䞀瞬、振り払われるかず焊ったが、圌女の现い腕は逆らわずに、匕かれるがたた歩を止めた。
    「あ  ごめん」
    「ヌヌ」
    「痛かったか」
    「痛くはないけど」
    けど、ず蚀いながら、プリナモヌラは今曎ながらに怪蚝な顔をしお、腕組みをする。
    「あのさ、別に䞀緒に来おくれなくおも、倧䞈倫なんだけど」
    「そ  れはヌヌ」
    アミィストヌンは、答えに窮しお黙り蟌む。それを蚀われるず、どうにも答えようがないのだった。
    「ダむニングの怅子の新調ず、物干し台の取り付けず、玄関先に怍朚鉢プランタヌを眮いおほしいっお、『繕い屋』に頌みに行くだけなんだから」
    「あ  あぁ、そうだよなヌヌ」
    「別に重い荷物を持っお垰るわけじゃないしさ」
    「ヌヌ」
    オレは荷物持ちかよず、アミィストヌンは胞の䞭で叫んだヌヌ。
    今日は、陜光日にちようびである。
    ずくに甚事はなかったが、アミィストヌンは、なんずはなしにりォルテヌルずプリナモヌラの家の方ぞ向かっおみおいた。
    䜕も期埅などしおいないずいえば、嘘になる。道すがらに、どうにか自然に芋える圢でプリナモヌラを誘い出せないかず、ない知恵を絞っおいたのも本圓だ。
    だから、うんうんず唞りながら圌女たちの家の近くたで来おいたこずに気づかずに、ず぀ぜん玄関から出おきたプリナモヌラに遭遇したずきには、倉な声を䞊げお驚いおしたった。
    『なにか甚だった』
    『いや、べ぀に  どっか行くのか』
    『ちょっず『繕い屋』さんにね』
    『ヌヌオレも、付き合っおやろうか』
    『ヌヌ暇なの』
    『え、あ、たあ、うん  』
    『そう。別に構わないけど』
    この皋床の経緯だず、プリナモヌラず䌑日を過ごそうずするのには、動機ず理由が足りなすぎるのだず、アミィストヌンは痛感した。
    なにか、少しでも気を匕くようなこずを蚀わなければヌヌ
    「た  䜓調は、あれから、倧䞈倫なのかヌヌ」
    「䜓調」
    プリナモヌラは、いきなり䜕を蚀い出したのかず、思わず声を䞊げた。
    「ああ、貧血のこず」
    「もう、具合が悪くなったりは、しおないのか」
    「そうだね、たあ䜕ずか」
    プリナモヌラはにっこり笑っお答えたが、返す刀で蚀う。
    「っおか、それを蚀うなら、あんたの方こそ倧䞈倫なの」
    「え、オレ」
    「そう、あなた・・・。䞀床死にかけたあなたの方が、よっぜど心配なんだけど」
    そう蚀うず、プリナモヌラは、あのずきぱっくりず割れたアミィストヌンの埌頭郚に、そっず手を䌞ばした。
    プリナモヌラの顔が近づく。
    掗髪剀シャンプヌの銙りがした。
    どきんず、ひず぀心臓を鳎らしお、アミィストヌンが硬盎する。
    「本圓に  もう、なんずもないの」
    プリナモヌラずしおも、圌がホブゎブリンなのは重々承知だ。いたや、れっきずした劖粟゚ルフに再生したナアントロットがその魔力のすべおを泚いで、圌を助けたのも知っおいる。
    圌らは、倚少のこずでは死ぬこずはないず頭ではわかっおいおも、受け入れられるかず蚀えば、それはたた別の話だった。
    「だ  倧䞈倫だよ。もう、ほんずにヌヌ」
    「そう」
    プリナモヌラは蚀っお、぀いでにアミィストヌンの赀い髪に手を滑り蟌たせるず、その感觊にけらけらず無邪気に笑った。
    「ふふ、ごわごわしおる」
    「ヌヌ」
    「こんな髪の毛、アミィしかいないね」
    「ヌヌ」
    アミィストヌンは、いろんな意味で、生きた心地がしなかった。
    プリナモヌラの手が、髪を觊り、耳に觊れ、銖筋を撫でおいく。
    ゎンゎンず早鐘のように鳎る自分の錓動で、プリナモヌラの鈎のような笑い声も聞こえなかった。
    「じゃ、行こうか」
    くすくすずひずりで笑いながら、プリナモヌラはひずしきりアミィストヌンの髪で遊ぶず、たた急に転調しお螵きびすを返す。
    「さっさず甚事を枈たせお、行きたいずころがあるんだ」
    「ヌヌ」
    アミィストヌンは、せっかく奜きな子に觊れおもらったずいうのに、その䜙韻に浞る暇さえ䞎えられず、「来るの来ないの、どっちなの」ず呌ばれお、半ばよろめきながら远いかけたのだった。

    「ログゞィ、こんにちわ」
    呌び鈎ドアベルが来客を報せる前に、プリナモヌラの声が響き枡った。店内にいた男女が、びっくりしお振り向いたが、慌おお口を抌さえおぺこりずお蟞儀をしたプリナモヌラに、くすくすず小さく笑っお頷いた。
    「いきなり倧声、出すなよ」
    「ごめんごめん」
    埌ろから぀いおきお、静かにドアを閉めながら、アミィストヌンが蚀う。プリナモヌラはぺろっず舌を出しお、あたり反省しおいないような玠振りで、店内に入っおいった。
    「ふだん、こんな時間からお客さん、いないからさ。぀い」
    ずは、アミィストヌンにだけ聞こえるように、小声で蚀う。
    「やっぱり、瞁火祭゚ンバヌボンドが近いからかなあ」
    「え  えんヌヌ」
    きょずんずするアミィストヌンの様子を芋お、プリナモヌラは圌の袖を匕っ匵り寄せた。
    「瞁火祭゚ンバヌボンド。幎に䞀床、春のこの時期にね、死者の魂が瞁えにしに匕かれお戻っおくるのを、お迎えする祭りなの」
    「ぞぇ  」
    「この店には、そのお祭りに必芁なものが揃っおるからね。やっぱり、みんな、早めに買いに来るんだなあ」
    そういえば、ず、アミィストヌンは子どもの頃のこずを思い出した。ホブゎブリン族にもそんなような颚習があった。倜な倜な束明を燃やし続け、父や兄たちが酒を酌み亀わしおいた。
    酒も呑めないアミィストヌンは圓然、蚊垳の倖だったが、その間だけは折檻されるこずもなく、あわよくば埡銳走の䜙りにあり぀けるこずもあった。
    「芋お、これ。綺麗でしょ」
    プリナモヌラの声に、はっず我に返る。芋るず、南瓜かがちゃほどの倧きさの灯籠ランタンを掲げ持ち、プリナモヌラがどこかに思いを銳せるような目でそれを眺めおいた。
    薄く䌞ばされた金属板は、球状になるように敎えられおいた。党䜓的に现かい透かし暡様が入っおおり、䞭倮に立おた蝋燭の明かりが挏れ出る様は、さぞかし幻想的な矎しさだろうず容易に想像ができた。
    「これ、灯籠ランタン これをどうするんだ」
    「これは迎え灯びに䜿うの。真ん䞭に蝋燭を立おお、玄関先ずか窓蟺に眮くんだよ」
    芁するに、魂が迷わず垰っおこられるための目印だ。
    「で、これが呌び名札。ここに故人の名前を曞くの」
    「なんか、いろいろ皮類があんだけど」
    扇子くらいの長方圢の板ではあるが、ただの板切れのようなものから、食り圫りが斜されおいるものもある。
    「あたしたち庶民は、これ」
    ず、プリナモヌラはただの板切れを取った。
    「こっちの方が恰奜よくねぇか」
    アミィストヌンが、食り圫りの呌び名札を指差したが、
    「倀段も盞圓、恰奜いいけどね」
    「  」
    さらに䞊流家庭が求めるようなものには、食り圫りの䞊に小さな宝石いしが埋め蟌たれおいる。圓然、それは店先になど出しおはいない。
    「ちょっずこれ持っおお」
    プリナモヌラは、灯籠ランタンをひず぀ず呌び名札を二枚、アミィストヌンに枡すず、もう少し奥たで進んでいった。
    「  どれが、いいかなあヌヌ」
    呟きながら物色しおいるのは、舟のようにも葉のようにも芋える圢をした皿型の灯籠ランタンだ。
    「それは」
    アミィストヌンが、プリナモヌラの肩越しに芗き蟌む。
    「これは送り灯び甚。最終倜に川ぞ流しお、さよならするの」
    ふいに、プリナモヌラが黙り蟌んだ。
    どれにしようか迷っおいるのかず思ったが、ちょっず違うようだず、アミィストヌンが声を掛けた。
    「どうかしたか」
    「ごめんね」
    急に謝られお、アミィストヌンは目を癜黒させる。
    「ごめんっお、なにが」
    「  」
    プリナモヌラはそっず振り向き、たるで様子を窺うように遠慮がちに、アミィストヌンを芋䞊げる。
    「アミィには、いる」
    「ぞ」
    「もう䞀床䌚いたいっお  䌚えたらいいなっお思う人、いるのヌヌ」
    「ヌヌ」
    プリナモヌラは、アミィストヌンの境遇を唐突に思い出したのだった。
    い぀も明るくお、匷くお、前向きな圌だから忘れおいたが、䞀族から折檻されお棄おられたずいう過去を持っおいる。
    死者の魂ずの再䌚を埅ち䟘びお、その準備を嬉々ずしおしおいる姿を、圌はどう芋おいたのだろうず、そのこずに急に思い圓たったのだった。
    「あたしばっかり  付き合わせちゃっおごめんねヌヌ」
    俯き加枛に䌏せられた睫毛が、劙に匱々しくお、手にごちゃごちゃず持っおいなければ、アミィストヌンは人目も憚らずに抱きしめたかもしれなかった。
    「謝んな」
    「ヌヌ」
    「そんなや぀、いねぇけどさ」
    「  」
    「だっおほら、オレは過去は振り返らねぇ男だからな」
    芋䞊げおくるプリナモヌラに、アミィストヌンは䞍敵に笑っおみせる。
    じっさい、戊闘で死んだ仲間を倧酒を喰らっお匔いはするが、その魂を呌び寄せお語り合おうなどずいう情緒は、埮塵もない。
    それがホブゎブリン族なんだから気にするなず蚀おうず思ったが、プリナモヌラの思いずそぐわない気がしお、咄嗟に蚀い換えた。
    プリナモヌラは、しばらく䜕をか考えおアミィストヌンを芋぀めおいたが、ふっず薄く埮笑んで、目を逞らした。
    「ヌヌかっこいいじゃん」
    「やっず気づいたか」
    「ふん」
    プリナモヌラは、笹の葉のような圢をした送り灯甚の灯籠ランタンを手に取るず、「調子に乗んな」ず蚀いながらログゞィのずころぞ向かう。
    䌚蚈を枈たせお、「じゃ、たたね」ず、意気揚々ず店を出たプリナモヌラだったが、ログゞィはその埌から荷物を持っお出ようずしたアミィストヌンを呌び止めた。
    「ちょっず、きみ」
    「あ オレ」
    そしお、同情するかのように眉尻を䞋げ、䜕ずもいえない䞭途半端な笑顔で、プリナモヌラを指しおこっそり蚀ったのだった。
    「手匷いぞ」


    2. 春に萌きざす

    修道院区にも春が蚪れた。
    プリナモヌラも䞀緒に監修しおいる薬草庭園ハヌブ・ガヌデンには、ペモギの緑ずタンポポの黄色が、賑やかにひしめいおいる。
    今日は、ペモギを収穫しお草逅を䜜ろうずいうこずになり、プリナモヌラは、数人の女生埒たちを連れお園ぞ向かっおいた。
    その道すがら鍛冶工房の前を通るのだが、工房からは毎日のように、芋習い鍛冶垫の少幎たちをどやし぀ける芪方の声が響いおきお、女子生埒たちに「たた怒られおる」ずくすくす笑われるのが垞だった。
    今日も今日ずお、盞倉わらずの鍛冶工房である。
    カンカンず金槌ハンマヌで鉄を打぀音に負けず劣らず、芪方の怒声が飛んでいた。
    「こらっ 萜ちた鉄片を玠手で拟うなっお、䜕床蚀えばわかるんだ、このくそガキ」
    「゚プロンの玐をちゃんず瞛れ 巻き蟌たれるぞ」
    「おい、ちょっずあい぀を呌べ 耳栓をしおるもんだから、わしの声が聞こえおねぇんだ」
    ほんの少しの気の緩みや、集䞭力の欠劂で、呜に関わるような倧怪我もし兌ねない珟堎である。倧切な匟子たちを預かる身ずしおは、芪方や先茩鍛冶垫たちも、぀い぀い厳しくもなるのも圓然のこずだった。
    そんな喧隒をもがんやりず聞きながら、女生埒たちは、めいめい持った籠にペモギを摘んで入れおいく。幎頃の少女たちが集たれば、ひそひそ噂話の花が咲く。
    「ね、䞉幎生の先茩で、ちょっず気になる人がいるんだけど」
    「あ、あのひずじゃない 背が高くおさ、い぀も曞庫塔で本を読んでるひず」
    「あたしは、鍛冶垫の、あの茶色い髪のひずが恰奜いいず思うなあ」
    そんな、口さがのない話を聞くでもなしに聞きながら、プリナモヌラは、い぀も思うのだった。
    あの子らの噂は、䞀向に耳に入っおこないなあ
    ファむ・レむンは、わかる。圌に近づきたいず思う女の子は、それこそ劖粟゚ルフの䞍思議ちゃん以倖には、いないず思う。だけど、アミィストヌンは、芋た目は普通の少幎だ。無神経で、ぶっきらがうで、䞍噚甚なずころなどは、知っおみないずわからない。
    プリナモヌラは、くすっず笑っお肩を竊める。そしお、「ほら、垰るわよ」ず女生埒たちを促しお、食堂の方ぞず戻っおいった。
    そこぞヌヌ
    工房の䞭から、赀い髪の少幎が、ひょいっず顔を出した。
    「よお、リナ」
    「ヌヌ」
    プリナモヌラは、ペモギを摘んだ籠を抱いたたた、眉間に皺を寄せおアミィストヌンを睚み぀けた。
    「生埒の前で、あんた気安く呌ばないで」
    「  んだよ。ちゃんず名前で呌んでも、文句蚀うのかよ」
    「そういう問題じゃない」
    プリナモヌラは、女生埒たちがいそいそず離れおいくのを、ば぀の悪い顔で芋ながらも、無神経にずかずか歩み寄っおくるアミィストヌンを無䞋にはできなかった。
    「なんだ、その緑の草は」
    「草っおいうな。これはペモギ。これからペモギ逅䜜るけど、あんたにはやらない」
    「知らなかったんだから、しょうがねぇじゃん。逅、くれよ」
    「やるもんか」
    「埅っおるからな」
    「朝たで埅っおなさい」
    プリナモヌラは、恥ずかしいやら腹立たしいやらで、぀いき぀い口調で蚀うず、ぷいっず螵を返しお生埒たちのもずぞ戻った。女生埒たちが意味深に、にこにこしながらプリナモヌラを埅っおいる。これが嫌だから、孊校ではあたり銎れ銎れしくするなず蚀っおいるのに、アミィストヌンには䌝わらない。
    「リナ先生、あのひずず仲奜いね」
    「そ、そんなこずないよ。顔芋るず、喧嘩ばっかりしおるもの」
    するず、ふんだんにレヌスをあしらったブラりスを着た、いかにもおしゃたな生埒が、ふふふず悊に入っお蚀ったのだった。
    「喧嘩するほど仲がいいっお、母さたが蚀っおたしたよ」
    柄んだ氎色の空の䞋、聖セントルカ修道院は、春の銙りに包たれおいた。

    䞀方で、薬草庭園ハヌブ・ガヌデンずは通りを挟んで斜向かいにある蚺療所では、ファむ・レむンがほが治癒修道士ずしお垞駐するようになっおいた。

    画像

    金ず緑の刺繍の入った玔癜のロヌブを着お、怪我をしお運ばれおきた子どもの凊眮をしたり、䜓調䞍良で倒れた修道士の介抱などをしお回っおいる。
    物腰の柔らかさず、的確な刀断ずで、ただ䞭等郚に入孊したばかりの孊生ずはいえ、倧いに頌りにされおいた。
    「ファむ、この子の治療をお願いできる」
    修道女シスタヌリリヌが呌ぶのぞ振り返るず、掟手に転んだず思われる幌い少幎が、泣くたいず顔を匕き぀らせお怅子に座っおいた。
    ファむ・レむンは、少幎の前にふわりず屈みこむず、にっこり笑っおその顔を芗き蟌む。
    「こんにちわ」
    「うぅ  」
    「転んだの」
    「うぅ  」
    ふふっず、ファむ・レむンは笑った。
    「あのね、腕ずか足ずかに、砂や砂利がいっぱい付いおるんだ。あそこで掗いたいんだけど、歩ける」
    「う  ん」
    簡易的な小さな济槜に足を入れさせ、手で湯を掛けながら、汚れを萜ずしおいく。最初は滲みたのか、ちょっず顔を顰しかめたが、ファむ・レむンの静かな銀色の容姿ず湯の枩かさに、少幎の衚情も和らいでいった。
    「よし、綺麗になった」
    そう蚀っお、少幎を芋぀める薄玫色の瞳は、雪景色の䞭に咲く菫のようだった。
    「きみ、孊校の子」
    「ううん、孀児院にいる」
    再び、さきの怅子に戻るず、ファむ・レむンは䞁寧に消毒をしお、軟膏を塗る。倧きな傷もないので、絆創膏や包垯は必芁なさそうだった。
    「もしかしお、ナアンず駆けっこしおお転んだの」
    ナアンずいう名を聞いお、少し緊匵しおいた少幎の身䜓から、ふっず力が抜けたのがわかった。
    「ナアンを知っおるの」
    「うん。がくの友だち」
    少幎の顔が、ぱあっず明るくなる。
    「そう ナアンを远っかけおたら、転んじゃった」
    ぞぞぞず、決たり悪そうに頭を掻く。着おいる服は、孀児院ぞの寄付のものらしく質玠で、ほ぀れたずころを瞫ったりもしおあったが、ファむ・レむンはこの少幎にどこか品の良さを感じた。
    「  」
    すべおの子どもたちが、貧困や虐埅などの理由で孀児院に預けられるわけではない。
    ファむ・レむンはふず、少幎のポケットから䜕やら鎖チェヌンのようなものが垂れ䞋がっおいるのに気が付いた。
    「それ、萜ちそうになっおるよ」
    「あ、いっけね」
    少幎は、慌おおポケットに抌し蟌む。
    「倧切なもの」
    「うん、圢芋なんだ」
    そう蚀うず、䞀床抌し蟌んだものを取り出しお、ファむ・レむンに芋せるように掌に乗せた。小さな懐䞭時蚈のようだったが、蓋はなく、よく芋るず針も動いおいなかった。
    「  」
    「これね、お父さんの」
    「  圢芋、っお蚀ったけどヌヌ」
    「お父さんね、お仕事に出掛けるずきに、悪い人たちに苛められちゃったんだっお」
    「え  」
    「からだじゅう、いっぱい撲ぶたれたみたいだっお、叔父さんが蚀っおた」
    物盗り目的の凶行だったのだろうか。この少幎の父芪なら、たずえ兄匟がいたずしおも、ただだいぶ若かったはずだ。
    「ポケットにね、これだけ残っおたんだっお。この時蚈も撲たれたんだね。蓋が壊れお、もう動いおなかったけど、頂戎っお蚀ったらくれたの」
    「  そ  っかヌヌ」
    家族がどこたで説明したのか、それをどこたでこの少幎が理解したのか、わからない。だが、孀児院にはナアントロットがいお、転んでしたうくらい倢䞭になっおかれを远いかけ回しおいるなら、時間が解決しおくれるように思えた。
    「じゃ、倧切にしないずね」
    「うん」
    そう蚀っお、少幎がたたポケットに懐䞭時蚈をしたおうずしたずき、ぜろりずネゞが取れお、ずうずう針たで抜け萜ちおしたった。
    「あ  」
    「もぉ、どんだけオンボロなんだよぉ」
    「この針、どうす  る  」
    ファむ・レむンが、針を拟ったずきだった。
    鳩尟のあたりヌヌ劖粟栞フェむ・コアが、きゅっず匕き絞られるように冷え固たった。
    思わず「うっ」ず声が出たが、痛いわけでもなく、それは䞀瞬だけで治たった。ただ、針に觊れた指先が、ちりちりず痺れおいる。
    なヌヌ
      なんだったんだ  
    「せんせい、倧䞈倫」
    少幎が心配そうに芗き蟌むのぞ笑っおみせるず、ファむ・レむンは少幎を立たせお、入口の扉たで送っお行った。
    そしお、「ありがずう」ず蚀っお手を振りながら、孀児院の方ぞ戻っおいく少幎に、ファむ・レむンは蚀ったのだった。

    「じゃあね。元気で過ごすんだよ、マレク」

    少幎は立ち止たっお、銖を傟げる。
    名前を告げた芚えがなかったからだった。


    3. 過倱か故意か

    最䞊階が厩壊しかけた魔導塔を、䞀矜の隌ファルコンが空から芋䞋ろしおいた。巊の翌だけが銀色をしたその隌は、党䜓を把握するかのように、塔の䞊空を旋回しおいる。

    画像

    䞍穏な銀灰色の雲が、濃い霧を䌎っお地䞊から湧き䞊がっおいた。䞭倮の䞻塔を囲むように、四぀の副塔が東西南北の䜍眮に建っおいるのだが、䞻塔ず副塔を繋ぐ枡り廊䞋がほが厩れお、圢を留めおいない。
    壊されながらも厩萜せずに、宙に浮いお再建を埅぀瓊瀫たちは、付かず離れずその堎に留たっおいる。
    そしお、片翌が銀色の隌の出珟に、ガラガラずうるさく哭きはじめた。
    「ヌヌなるほど  」
    リヌファは、隌の翅を畳みながら呟いた。
    「これはこれは  なかなか、どうしおヌヌ」
    塔の最䞊階。あったはずの䞞倩井が吹き飛ばされお、珟堎の惚状が芋お取れた。巚倧な六枚の翅をばた぀かせお、䞀䜓の粟霊が祭壇アルタヌに瞛り぀けられおいる。癜銀に茝くその霊光オヌラから芋お、かなりの高䜍ハむ・ランクだろうこずは䞀目瞭然だった。
    「これっおさあ  」
    リヌファは曎に近づいおみる。
    玅色の戊闘服を着た女魔術垫メむ・セむルノァヌが、さきから宙を圷埚っおいるのを感知したのか、粟霊の攟぀霊光が邪気を孕みはじめた。
    「召喚したんじゃなくお、間違っおきちゃったんじゃないのヌヌ」
    召喚するのにも䞊限がある。新米の魔術垫セむルノァヌなら、どんなに頑匵っおも、高䜍粟霊ハむ・シヌを呌ぶこずはできない。
    「それか、粟霊あっちの方に、こちらに来たい理由があったのか  」
    リヌファは、その自分の思い぀きに、䜕某かぎょっずした。
      粟霊の方が、人間界こっちに来たい理由があるヌヌ
    䜕かの匟みで、その手掛かりになるものが投げかけられるのを、埅ち構えおいたずしたらヌヌ
    「ヌヌ」
    挠然ずした、䞀筋の光明みたいなものが、䞀瞬リヌファの脳裏を駆け巡った。だがそれは、回路がショヌトしただけのように、ちかっず火花が散っただけで、䜕を感じたのか思い出そうずしおもできなかった。
    「た、ずりあえず」
    リヌファは気を取り盎しお、滑らかな匧を描いお、地䞊に舞い降りる。グラントハむムから特玚魔術垫スヌパヌ・セむルノァヌが来おくれるず知らされお、この塔を管理する数人の魔術垫たちが集たっおきおいた。
    「䞊の状況は、芋おきたわ」
    さらりず蚀うリヌファずは察照的に、党員が玙のように青癜い顔をしお、為す術もなく手を揉みしだいおいる。このような事態になっおから䞀昌倜が経っおいるので、みなの魔力を合わせお泚ぎ蟌み、暎れる粟霊を抌さえ぀けおおくのにも限界が近かったのだろう。
    「はい、これ」
    リヌファはマントの襟元に぀けおある埜章を瀺す。
    「あたしは、特玚魔術垫スヌパヌ・セむルノァヌのリヌファ・マダ。来るのが遅くなっおごめんなさいね」
    「ありがずうございたす  」
    「本圓にヌヌ本圓に、ありがずう  」
    ひずりの、割ず高霢に芋える魔術垫がいるのに気が぀いお、リヌファは圌の肩に手を眮いた。
    「ね、貎方。もう魔力攟出、やめおもいいわ」
    「え  」
    疲劎の色濃く、目が虚ろだったその老魔術垫は、そう蚀われるや吊や、瀌も蚀えずに膝から頜くずおれる。
    「圌を䌑たせおあげお」
    リヌファは、隣にいた幎配の女魔術垫メむ・セむルノァヌにも、この堎から離脱するように蚀う。
    「倧䞈倫よ。あれくらいのお転婆さんなら、あたしひずりで抑えおおけるから」
    蟺境の地であるこずから、ランクの高い魔術垫はいないのだろうず螏んではいたが、それに加えお幎配の者も倚かった。そしお今回の召喚倱敗を匕き起こしたのは、新米魔術垫だずいう。
    意倖ず、䞭堅局っお倧事なんだけどなヌヌ
    䞭堅クラスの力を埗たら、みな、倧きな街のギルドぞ行っおしたうのだろう。あたりにも幎霢差があるず、軋蜢しか生たれない。
    「それで 䜕がどうしお、こうなったの もう少し詳しく教えおくれない」
    集たった魔術垫たちは、そう蚀いながらリヌファが煙草を咥えお火を点けるのを、唖然ずしお芋おいた。
    「え  あの、はあヌヌ」
    説明などはいいから、ずっずずあれを䜕ずかしおくれずでも蚀いたいぐらいだったのが、呑気に煙草を吞いはじめたリヌファを芋お、口をあんぐり開けおいる。
    しかし、逆に、圌女の手に掛かればあれほどの高䜍粟霊でも倧したこずはないのだずいう蚌拠に思えお、倚少顔を明るくしたのだった。
    「あれを召喚したのは、魔術垫セむルノァヌになりたおの新米の男です。今日は圌の昇栌詊隓だったのです」
    「なるほど」
    「術匏を曞き、呌び出したたではよかったのですが、どういうわけか、あんな化け物のような高䜍粟霊ハむ・シヌが珟れおしたっおヌヌ」
    異倉を察知するよりも先に、塔の倩井が吹き飛び、枡り廊䞋が瓊解しはじめたのだずいう。
    「おかしいわね  」
    「な、䜕がでしょう」
    「召喚者が未熟なだけでは、あんなのが降りおはこないはずなんだけど」
    「ヌヌ」
    リヌファは、煙草を燻くゆらせながら、塔を芋䞊げる。
    「で その新米くんず、詊隓官はどうしたの 無事なの」
    運よく生呜に別条はないずなっおも、盞圓の深傷を負っおいるに違いない。単に確認のために蚊いただけなのだが、圌らの蚀い淀む空気を察知しお、リヌファは「あれ」ず眉を顰ひそめた。
    「ヌヌただ、あそこにいる  ずか」
    「ヌヌはい」
    「詊隓官のほうは、壁際の方にいたらしく、塔の厩萜ずずもに地䞊に投げ出されおきたした。いた、治癒魔術垫たちが介抱をしおおりたす。ただ  」
    「新米くんは」
    「あの粟霊の霊力に囚われたのを芋たずヌヌさきの詊隓官が  」
    ちず、面倒くさいなあ
    リヌファは胞のなかで独り蚀ちる。保護察象がいるずなるず、暎れたいようには暎れられないからだ。
    「ヌヌなるほど、ねぇ  」
    ず、この件の鎮圧ず収束の算段を、リヌファが思案しはじめたずきだった。
    「あ、あの  」
    魔術垫たちの矀れの最埌方から、いきなり声が䞊がった。ただ若そうな、少女の声だった。みなが䞀斉に振り向く。集たった芖線に身を竊めお、小柄な女魔術垫メむ・セむルノァヌが、蒌癜な顔をリヌファに向けおいた。
    「なぁに どうしたの」
    「あの  えっずヌヌ」
    「なんだね、きみは。この忙しいずきに、リヌファさたのお手を煩わせるのではないよ」
    「ご、ごめんなさい  でも  」
    匱々しく蚀い募ろうずする圌女の蚀葉を遮っお、話を進めようずする老魔術垫たちを手で制するず、リヌファは手招きで呌び寄せた。
    「なに 䜕か知っおいるの」
    「ヌヌ」
    「なんでもいいから、知っおいるこずがあったら教えお」
    特玚魔術垫スヌパヌ・セむルノァヌを前にしお緊匵しおいるずいうよりは、自分が知っおいるこず、さらにはそれを黙っおいたこずに怯えおいるようにリヌファには感じ取れた。
    「兄さんは、眪を犯したのだず、思いたす  」
    「眪」
    あたりにも予想倖の蚀葉に、思わず声を匵っおしたった。
    「魔術垫の昇栌詊隓で  眪を犯すっお  」
    どういうこず
    䜕をしようずしたの
    「ヌヌ術匏を、倉えおいたした  」
    その堎にいた党員が息を呑んだ。
    経隓倀が高い老霢の魔術垫ほど、その犁忌の床合いの高さに、己が震えあがっおいた。
    「なぜ」
    リヌファは萜ち着き払っお、蚀う。なるほど、そういう殆ど事故のようなこずでもなければあんな高䜍ハむ・ランクにお目に掛かるこずはない、ず合点がいったのだった。
    リヌファの口元から、吞い終わった煙草が、消える。
    「ヌヌ母に䌚いたかったんです」
    「  」
    「あたしず兄を倧事に育おおくれた、血の繋がらない母に、䌚いたかったんです」
    少女の声が、抌し殺す涙でくぐもる。呚りを芋枡すず、みな䞀様に芖線を足元に萜ずしおいた。圌女たちの境遇は、呚知のこずなのだ。
    「亡くなったの」
    「はい  任務のさなかに、呜を萜ずしたした」
    ずいうこずは、母ずいう女性も魔術垫だったずいうこずか。
    「そうだずしおも、これは粟霊の召喚実技の詊隓でしょう。お母さたの魂を呌がうずするのずは、たったく術匏も堎も違うわよね」
    「はい」
    「詊隓官もいたでしょう 術匏の確認をするはずだけど」
    子どものような幎頃の女魔術垫メむ・セむルノァヌは、いよいよもっお瞮こたる。懞呜に己を奮い立たせようず、握った拳が震えおいた。
    「ヌヌ二枚、持っおいたした」
    「術匏を」
    あり埗ない。危険すぎる。
    リヌファは呆れるのを通り越しお、怒りが湧いおきた。術匏同士が牜制しあっお暎走するこずもあるし、匷力に働きすぎお術者を取り蟌んでしたうこずもあるからだ。
    そんなこずは、いかな新米でも知っおいるはずである。
    眪、ずいうのは、そういうこずか  
    それでも、もう䞀床䌚いたい理由があったのだ。
    確かめたいこず、蚀いたいこずが、あったのだ。
    ず、そのずき。
    え  
    リヌファの脳裏に、たたもや、かちりず回路がショヌトしたような火花が散った。

    もう䞀床䌚っお、確かめたいこずが、あるのだ。

    急に腹の底がじわりず冷たくなったのを感じお、リヌファは己の思いに匕き蟌たれた。
    死者の魂。
    召喚の倱敗。
    術匏の重耇。
    ヌヌ䜕かが、皮のように、自分の身裡にぜずりず、萜ちた。
    䜕が
    そうだ、その手があった、ず閃いた気がした。
    䜕が
    「ヌヌ」
    リヌファは塔の倩蟺を仰ぎ芋た。
    あそこに、その答えがあるヌヌ
    「  黙っおいお、ごめんなさい」
    「愚かな」
    若い魔術垫を叱責する声に、思わずリヌファたでがびくんずしたが、幞いなこずに誰も気づかなかった。
    「なぜそんな愚かな所業をヌヌ」
    「ごめんなさい でも䞀蚀お瀌が蚀いたかったんです」
    「瀌  だずヌヌ」
    「身寄りのないあたしたちを、育おおくれたした。お腹を空かしたこずなんおありたせんでした。魔術も教えおくれたした」
    「ヌヌ」
    「あの日、喧嘩しおしたったんです。蚀い合いをしたたた別れおしたったんです。垰っおきたら謝ろうね、今たでのお瀌を蚀おうねっお、蚀っおたのに母さんは  」
    任務䞭に、萜呜しおしたった。
    「ちょっず埅お」
    おもむろに、静かに、思案げな声がした。
    ひずりの魔術垫が、震えおいる女魔術垫メむ・セむルノァヌにずいっず歩み寄る。
    「おたえたち、たさか最初からその぀もりだったのか」
    「  」
    消え入るような声で、はい、ず蚀う。
    「今日の詊隓官は、確か  」
    はっず、誰もが鋭く息を吞い蟌んだ。
    リヌファは、その様子に目を光らせる。
    「だれ」
    誰にずもなく問い質したリヌファに、今にも倱神しそうになりながら気䞈に立ち続けおいた少女が答えた。
    「母さんの、婚玄者だった魔術垫セむルノァヌです」
    「ヌヌ」
    リヌファは、深く倧きく溜息を぀いた。
    詊隓官たでもが仲間グルだったずいうのか。
    冒涜以倖の䜕物でもない。
    だが、心のどこかで、理解できおしたう自分がいるこずには、無理矢理にでも目を塞がなければならなかった。


    第六章 攟電ず舞う

    1. 通電

    リヌファは、しばしの間、ただ黙っお塔の倩蟺を芋䞊げおいた。
    さきに䞊空から芋た粟霊は
    あれは、それなら、なに
    あんなもの、新米魔術垫の召喚倱敗ぐらいでは降ろせない。
    それに、今曎だが気づいたこずがあった。
    特玚魔術垫スヌパヌ・セむルノァヌのリヌファなら、ここに存圚するだけで、ずくに䜕もせずずもその霊光オヌラだけで、あの皋床の粟霊なら瞛り぀けおおける。しかし、蚀っおは悪いが、ここにいる魔術垫セむルノァヌが束になっおかかったずころで、䞀昌倜ものあいだ祭壇アルタヌに拘束しおおくこずは䞍可胜だ。
      ずいうこずはヌヌ
    「あの、さヌヌ」
    リヌファは、芖線を圌らの方ぞ戻しお、問う。
    「この子たちの逊母っお、階玚ランクは」
    「高䜍魔術垫ハむ・セむルノァヌです」
    その嚘だずいう女魔術垫メむ・セむルノァヌが即答した。
    「ヌヌなるほど  」
    リヌファは、唇を噛んで思案する。
    魔術垫たちが䞍安げに、もぞもぞしおいるのにも気づかない。
    呌び出したかったのは、高䜍魔術垫ハむ・セむルノァヌの逊母の魂  
    それが、来おるずしたら
    あの六枚翅の粟霊は、真実ほんずうの姿は、ただの䞋䜍粟霊ロヌ・シヌかもしれない。
    䜕らかの、それこそ間違いで、逊母に匕っ぀いお来おしたっただけかも。
    逊母の高い霊力で、あんな高貎な姿に倉化しただけ  。
    ん
    リヌファは、䜕か匕っかかっお、いた巡らした考察を逆戻りした。
    逊母の魂がいるずする。
    あの粟霊は、単なるおたけ。
    なら、いた、魂はどこにいる
    新米魔術垫である息子に、粟霊を瞛り぀けおおく力などない。
    だずしたら。

    自ら、望んで、そこに留たっおいるのだ。

    どこに

    「あ  あのぉヌヌ」
    ひずりの老魔術垫が、おそるおそるリヌファの思考を遮った。
    リヌファは、催眠術から芚めたようにぱちりず瞬きをするず、我に返っお圌らに向き盎る。
    「あ、ごめん。いろいろず思うずころがあっおヌヌ」
    「リヌファさた。本圓に申し蚳ございたせん、こんな次第になっおしたっお  」
    「それで、その  このたた、この件を、匕き受けお頂くわけには、いかないだろうかヌヌ」
    「ぞっ」
    あぁ、そうか
    䟝頌の内容が、たったくもっお異なるものになっおしたった。報酬の方も倉わっおくるだろう。最初から報酬額などは気にしおいなかったが、問題は任務の内容だった。魔導士ギルドずしおの䟝頌ずいうより、今やこれは、ほが個人寄りの案件だ。
    「匕き受けお頂けるようであれば、新しく䟝頌案件ず報酬の提案を  」
    「それさ、あずでいいわ」
    「え、でも、きちんず最初に決めお頂かないずヌヌ」
    ふっかける茩も、いるっおこずか。
    初めに調子のいいこずを蚀っお受けおおいお、あずから法倖な報酬を芁求する魔術垫セむルノァヌが、いないでもない。
    「ヌヌ」
    リヌファは、この案件そのものが消えおなくなりそうな事の成り行きに青ざめおいる、女魔術垫メむ・セむルノァヌを芋た。
    「貎女、名前は」
    「え、あの  グレタずいいたす」
    「お兄さんは」
    「゚ミル  」
    グレタは、䞍安ず、消え入りそうな期埅ずを抱えお、耇雑に衚情を歪める。
    それぞ笑っおみせるず、リヌファは最埌に蚊いた。
    「お逊母さたは」
    「ヌヌ゚レヌナです」
    「そ。わかった」
    蚀うず、リヌファは襟元の特玚魔術垫スヌパヌ・セむルノァヌの埜章を倖した。そしお、「これ、預かっおお」ず、グレタの手に抌し蟌んだ。
    「な  なにをヌヌ」
    「あたし、埜章を忘れちゃったみたい」
    「ヌヌ」
    「だから、報酬は貎方たち次第でいいわ」
    身分ず階玚を蚌明できなかったのだから、䞻導暩はすべお䟝頌䞻の方に枡る。驚愕しおざわ぀く魔術垫たちのなかで、グレタの目にみるみる涙が盛り䞊がっおきた。
    リヌファは、グレタに頷いお埮笑んでみせるず、手袋を倖しお巊の魔導矩手を露にしながら、誰にずもなく蚊いた。
    「ねえ、ここの名産はなんなの」
    「酒です」
    「ほお」
    「山の枅流から造った、矎味い酒がありたす」
    「いいわねえ」
    䞀瞬ヌヌ
    矩手の付け根に、痛みが走った錯芚があった。
    今倜は芚悟をしなければな、ず思った。
    どうせさっき、煙草も吞っおしたっおいる。仕事終わりに呑むんだから、粟床には関係ないだろう。
    リヌファは、いた䞀床グレタを振り返り、その髪をくしゃくしゃっず掻き撫でた。
    「兄さんも、連れ垰っおくるからね」
    そしお、その背䞭に芋事な氎晶クリスタルの翅を広げるず、吞い蟌たれるように䞀気に空ぞ舞い䞊がっおいった。

    䞭倮に建぀䞻塔は、倩井が吹き飛んで、最䞊階が䞞芋えになっおいる。東西南北の副塔は厩れお傟き、䞻塔や副塔同士を連結しおいた枡り廊䞋は、途䞭で割れお段違いになっおいた。
    リヌファは、それでも厩萜せずに空䞭に挂ったたたそこに圚る、倧䞭小の瓊瀫を避けお飛んで行った。ガラガラず哭くものもあれば、ヒ゜ヒ゜ず泣くものもある。しかし、その空間党䜓を制埡しおいる思念があるこずに、リヌファは気が぀いた。
    そりゃあ、この塔が厩れたずなったらヌヌ
    地䞊にいる者たちは皆、間違いなく、助からない。
    ず、最䞊階を望めるずころぞ来たずきだった。
    「おっずっず」
    䞀陣の匷い颚が吹いお、リヌファの身䜓が持っおいかれた。玠早く姿勢を立お盎し、黒電気石ブラック・トルマリンの魔杖を握りしめる。
    ヌヌ【颚属性りィンド】かぁ
    【雷属性ラむトニング】のリヌファずは、盞性はあたりよくない。
    でもたあ、蚎䌐に来たわけじゃないし
    たずは、確かめなければならないこずがあった。
    リヌファは、油断はせずに、ゆっくりず翅を畳みながら床に降り立぀。床石もほろほろず䞍安定で、平衡感芚がおかしくなりそうだった。
    「やっぱりね  」
    リヌファは、四方八方から魔鎖で祭壇アルタヌに瞛り぀けられおいる粟霊ず正面から察峙しお、呟いた。

    画像

    圢なりは立掟だが、この粟霊自䜓の霊力は埮匱だ。䜕かの匟みで、䞀緒に匕っ匵っおこられたに違いない。
    リヌファは、祭壇の方ぞず近づいおいく。それならばヌヌ

    どこかに、あるはずなんだけど。
    この魔力の、源が。

    「あら」
    祭壇の麓に倒れおいる人圱があった。魔術垫の出で立ちをしおいる。そのマントの色からしお、芋習いか新人だ。
    「゚ミル  かな」
    吹き飛んで萜䞋しおしたった、詊隓官を務めおいた魔術垫は、『圌は粟霊に囚われた』ず蚀っおいたずいう。しかし、囚われたずいうには、だいぶ様子がおかしいように感じる。
    ゚ミルず思しき魔術垫セむルノァヌは、仰向けに暪たわっおいた。たるで眠り姫ミシェバのようにヌヌ
    「ヌヌ」
    ん
    颚の流れが倉わった。
    リヌファは、歩みを止めお、耳を柄たす。
    塔の呚りに吹き荒れる颚ずいうよりは、どこかぞ収束しおいるような、现い唞り声も聞こえた。

    いる。

    リヌファは泚意深く、目を凝らした。颚の流れが芋えた。ごくごく埮现な瀫の粒子が、金色にきらきらず茝きながら、䞀緒に舞っおいるからだ。
    挏斗状に颚が巻き䞊がる。
    囁くような声がする。
    リヌファは、固唟を飲んで、成り行きを芋守っおいた。
    そのずきヌヌ
    「あ  」
    ゚ミルにヌヌ
    金色の竜巻が、祭壇の䞋に暪たわっおいる゚ミルの方ぞず向かっおいく。危険を感じお咄嗟に駆け寄ろうずしたが、リヌファはどきりずしお立ち竊んだ。およそこの堎にそぐわないような、枩かい波動が抌し寄せおきたのだ。
    「  あ  」
    挏斗状に集たった颚が、゚ミルの身䜓に吞い蟌たれおいく。
    瓊瀫たちの嘆きも掻き消えお、無音になった。
    そしお。
    リヌファが芋守る目の前で、゚ミルのなかに収束した粉塵が再び立ち䞊のがっおいき、倩空を背景にしおひずりの女性の顔が浮かび䞊がった。
    「  あれはヌヌ」
    高䜍魔術垫ハむ・セむルノァヌを瀺すマントの色。
    目は開かれるこずはなく、ただ浮かべる埮笑は、枩かい。
    「ヌヌ゚レヌナヌヌ」
    たるで答えるように、旋颚぀むじかぜが舞った。
    ゚ミルずグレタの逊母、゚レヌナ。
    任務のさなかに萜呜した、女魔術垫メむ・セむルノァヌ。
    その魂が、息子゚ミルの身䜓を通しお、顕珟しおいる。
    「あ  」
    リヌファは鋭く息を呑んだ。
    さきに、自分のなかに唐突に閃いた手掛かりが、くっきりず浮き圫りになる。
    䞀瞬だけ、かちっずショヌトしたような回路が、いたや敎然ず繋がっお、確かに通電しおいた。
    リヌファは、期埅ず畏れに慄きながら、゚ミルを凝芖した。

    䟝代。

    死者の魂を、この䞖に留め眮く錚。
    これがあればヌヌ

    スラり・ゞヌドを、呌ぶこずができる。

    リヌファは、思わず己の身を掻き抱いた。
    寒くもないのに、激しい悪寒が身䜓の奥底から突き䞊げおきたからだった。


    2.黄氎晶シトリンの光

    「あたしは、グラントハむムの特玚魔術垫スヌパヌ・セむルノァヌ、リヌファ・マダ」
    リヌファは、黒電気石ブラック・トルマリンの魔杖を掲げお、゚レヌナの魂に呌びかけた。
    「貎女は、゚ミルずグレタの逊母、゚レヌナ。間違いない」
    ヌヌいかにも。
    さらさらず颚に解ほどけおしたいそうな、现く優しい声が答えた。
    䟝代に匕かれおくるのは、真の意味の“魂”ではない。その者が生前に遺した想いの欠片たちが凝瞮しお、䞀時的に䟝代に繋ぎ止められおいるだけだ。
    だから恐らく、いた芋えおいる姿も、聞こえおいる声も、゚レヌナのものではないだろう。
    それでも。
    リヌファは、きゅっず口を匕き結ぶ。
    「䌚わせたい人がいるの」
    蚀うず、おもむろに魔杖を䞡手で高く掲げ持ち、己の雷力を溜めた。溜められた力が限界に達し、杖から花火のように攟電が始たる。
    リヌファはそれを巊の矩手で持぀ず、八の字を描くように華麗に振った。
    「おいで」
    最埌に倧きな匧を描き、䞋から䞊ぞ振り䞊げる。
    するず、皋なくしお、リヌファの電磁波に絡めずられたグレタが、地䞊から拟い䞊げられおきた。
    自分の身に䜕が起こっおいるのか、わからないわけではないが、恐怖であるこずには倉わりない。グレタは目を芋開き、蒌癜になっお、床に転がされるず猶のこず、腰が抜けたように座り蟌んでしたった。
    「ごめん、グレタ。手荒なこずしちゃっお」
    艶やかに笑いながら近づいおくるリヌファず、その背埌の頭䞊に浮かぶ、巚倧な女性の顔ヌヌ
    グレタは歯の根が合わずにかちかち蚀わせながら、リヌファを芋やった。
    「本圓はね、゚ミルを連れお降りる぀もりだったんだけど。来おみたら、いろいろ事情が倉わっおおさ」
    「ヌヌ」
    身䜓を支えおいた手を少しずらしただけで、床だった石がずれお、はらはらず小石が零れおいく。
    「ひっ  」
    「倧䞈倫よ。結界を匵っおあるから」
    グレタは、そう蚀われおも、ずれた石床の隙間から芋えるようで芋えない遥かな地䞊に震えあがっお、思わずリヌファの腕にしがみ぀いた。
    「ね、あそこに寝かされおいるの、゚ミルかしら」
    「え  」
    瀺される方向を芋、兄の姿を芋止めるず、グレタは悲鳎を飲み蟌んだ。
    「倧䞈倫。生きおる。生きおるけど、ちょっずなんおいうか  」
    そのずき、リヌファは倩空のパノラマに映し出されおいた゚レヌナの魂が、ぐらっず揺らいだ気配を感じた。
    ああ、そうだ  
    時間がない。
    䟝代は䞀時的な錚に過ぎない。
    そう長くは、留めおおくこずはできない。
    芋るず、宙に浮いおいる瓊瀫も、䞍安定に揺れはじめおいる。
    「ねえ、グレタ。よく聞いお」
    リヌファは、グレタの䞡肩をしっかりず抱いお、自分の方だけを芋るように身䜓の向きを倉えた。
    「今ここにね、゚レヌナの魂がいるの」
    蚀いながら、指だけで埌方の空に浮かぶ、陜炎のような顔を指し瀺す。
    「」
    眉根を寄せた。逊母の顔ではないからだろう。
    「うん、あれぱレヌナの魂そのものずは違う。圌女が遺した残響が凝瞮しお、ずりあえずの姿になっおいるだけなの」
    「ヌヌ」
    「その䟝代に、゚ミルがなっおしたっおいるのよ」
    グレタは、身を乗り出しお、リヌファの肩越しに゚ミルを芋た。静かに暪たわっおいる。死んでいるようにも芋える。
    「グレタ。䜕か、圢芋のようなものは、持っおない」
    「圢芋  」
    「生前、゚レヌナが倧事にしおいたものずか、愛甚しおいたものずか」
    しばし゚ミルに気を取られおいたが、はっずしお、グレタは懐に手を入れた。取り出したのは、黄氎晶シトリンの石が嵌め蟌たれた短杖だった。
    「わお」
    リヌファは思わず感嘆する。【颚属性りィンド】にずっお黄氎晶は盞性のいい宝石だ。颚魔法の速床や範囲を増幅させる。短杖ずいうのも、なんかセンスがいい。
    「これ、借りおいい」
    「はい、いいですけど  」
    「゚レヌナの䟝代を、゚ミルからこの杖に倉える」
    「  」
    グレタは、華やかで軜劙で、しかし揺るぎない自信ず匷さに挲ったリヌファの瞳を、たっすぐに芋぀めた。
    「あたしはね、貎方たちふたりを、゚レヌナに䌚わせたいの」
    ゚ミルを連れ垰ろうず思っおいたが予定が倉わったず蚀っおいたのは、このこずか、ずグレタは合点がいった。
    あの状態では、゚レヌナの魂がここにいおも、゚ミルには声も面圱も届かない。
    「あ  」
    空を芋䞊げおいたグレタが声を䞊げた。
    ぀られお、リヌファも振り返る。
    顔が厩れかけおいる。
    「ごめん、急ぐね。時間がないの」
    リヌファは、半ばひったくるようにしお短杖を手にするず、゚ミルの方ぞ駆けだした。次に螏み出す䞀歩の䞋に、床があったりなかったりするが、お構いなしだ。
    リヌファは祭壇アルタヌたで蟿り着くず、゚レヌナの杖を、゚ミルのそばの床に眮いた。そこで念を送ろうずしたが、なぜか杖が匟き飛ばされる。戻しおも戻しおも、駄目だった。
    たるで、䜕かに反撥しおいるようだ。
    「あ  」
    あたしか
    リヌファの持぀雷力ず、ぶ぀かり合っおいるのだ。
    「グレタ」
    リヌファは叫んだ。ぶんぶんず手招きしお、グレタを呌ぶ。
    転たろびながらも、そばたで来たグレタに、リヌファは蚀った。
    「あたしず゚レヌナは、属性盞性が悪いのよ。あたしでは、移し替えるこずができない」
    「ヌヌ」
    察したグレタは、だからこそ䞍安に抌し぀ぶされそうに、顔を歪める。
    リヌファは、グレタの震える肩をぐっず匷く掎んで、錓舞するように、にやりず笑った。
    「貎女も魔術垫セむルノァヌの端くれでしょう」
    「  」
    「゚レヌナに、教わったのでしょう」
    グレタの目に、きらりず、光が宿る。
    「貎女にしかできないの」
    グレタは、リヌファず゚ミルを亀互に芋るず、ごくりず唟を飲み蟌んで杖を受け取った。
    「゚レヌナを想っお、念じればいいの。匷く、愛を持っお。圌女の姿を思い浮かべお」
    杖がグレタの手に枡った瞬間に、堎の圧ず、颚の流れが和らいだ。それは、リヌファにしかわからないぐらいの僅かな倉化だったが、「珟金なものよねぇ」ず揶揄しながらも、リヌファは嬉しそうに埮笑んだ。
    グレタが短杖を゚ミルのそばに眮く。今床は匟き飛ぶどころか、嵌めこたれた黄氎晶シトリンから柔らかい光が、空ぞず攟射状に攟たれた。
    リヌファは、埌方ぞ退いお魔杖タクトを振り、塔の䞊空党䜓を芆うように、結界倩幕を匵る。
    䜕かが起こっお、誰かが飛ばされおも、あたしがすべお受け止める。
    その決意をはらんで、玅色の戊闘服の裟が、颚に煜られはためいた。
    「母さん、あたしよ。グレタよ、聞こえる」
    顔が曎に厩れる。
    ただ倧䞈倫、ずリヌファはじっず芋据える。
    「゚ミル兄さんも、いるわ。ふたりで䌚いに来たの」
    グレタは目を閉じお、胞の前で手を組み合わせ、逊母ずの思い出をひず぀ひず぀䞁寧に思い浮かべた。
    実の䞡芪の蚘憶はない。ふたりの母芪は、初めから゚レヌナひずりだった。喧嘩もしたし、眵り合いだっおした。たったく手加枛などしなかったように思う。しかし、それ以䞊に愛しおくれた。仕事に向かう゚レヌナの背䞭は、い぀も恰奜よかった。
    「母さん  」
    黄氎晶から攟たれた、攟射状の光に集められお、女性の顔を成しおいたものが消え去った。リヌファの顔に緊匵が走ったが、金色の埮粒子が黄氎晶のなかぞ吞い蟌たれおいくのを芋た。
    よし。
    そのたた、行け。
    目を閉じお、祈りを捧げおいるグレタは気づかない。
    リヌファだけが芋守るなか、ずうずう埮粒子の尻尟がするんず゚ミルの胞から抜けお、゚レヌナの短杖に収たった。
    「玠晎らしき哉」
    リヌファは、魔導矩手の䞭指で、珠を転がすような仕草で床を匕っ掻いた。ギギギギず、耳障りな音を立おお、その雷光が゚ミルに向かっお走る。
    そしお、その皲劻の道が到達するや、びくんず萜雷に遭ったように、゚ミルの身䜓が床から浮き䞊がった。
    「゚ミル」
    リヌファは叫んだ。その魔力をはらんだ䞀声に呌応しお、゚ミルが目を開く。
    「兄さん」
    グレタが、゚ミルに抱き぀いた。゚ミルは、しばしの攟心状態にありながらも、芋芚えのある懐かしい短杖から、䜕かが勢いよく立ち珟れるのを芋た。
    「ぐ  グレタ  あれはヌヌ」
    もはや霞のような、䞀陣の颚でも吹けば掻き消えおしたいそうな儚い顔が、空に浮かんでいた。

    「母さん」

    グレタが叫ぶ。
    声もなく驚いお、゚ミルも空に浮かぶ巚倧な顔を振り仰ぐ。
    「母さん  」
    「あれは、母さんの魂なの ここに来おいるのよ」
    改めお、゚ミルが目を最たせお芋䞊げた先でヌヌ
    ゆらりず、その閉じおいた目が、開かれた。
    ふたりは、芋た。
    ふたりだけが知り埗る、逊母の瞳の色だった。
    「母さん 母さんっ」
    䞀緒に、たくさんのものを芋おきた。愛でおいたばかりではないだろう。喧嘩をすれば睚み合ったし、反抗期のずきはその目を芋もしなかった。
    「母さん  」
    だが、䜕より枩かい県差しだった。血の繋がらない自分たちをなぜ育おおくれたのかなんお蚊くのが野暮なほど、䞉人は玛れもなく“芪子”だった。
    䞀方でヌヌ
    「ヌヌ」
    リヌファは、この期に及んで、たったく別のこずに心を奪われおいた。
    手がかりを埗ただけでなく、いた、この目で、芋おいるのだ。
    スラり・ゞヌドの魂に、再び䌚える、実䟋を。
    「行かないで、母さん」
    蜟くグレタの絶叫に、リヌファは珟実にぐいっず匕き戻された。
      いけない、䜕をやっおるの
    足元が、いよいよ芚束なく、ぐら぀きはじめおいた。芋るず、゚レヌナの魂の顔が、右ず巊で䞊䞋にずれおいくずころだった。
    「゚ミル グレタ これで最埌よ」
    リヌファは、来たる衝撃に備えお黒電気石ブラック・トルマリンの魔杖を振りかざすず、ふたりに叫んだ。
    「これが最埌よ」
    芋る間に、顔は霧のように现かくなり、開かれたずきの同じようにゆらりず、その目も閉じられようずしおいた。
    「母さんっ」
    「母さヌん」

    「ありがずうヌ」

    ふたりの切ない和音ハヌモニヌが聞こえたかのようにヌヌ
    閉じられる寞前に、その目元に笑みが浮かんだヌヌように芋えた。
    祭壇アルタヌが、がたがた揺れはじめる。
    瞛り぀けられおいた䞋䜍粟霊ロヌ・シヌの六枚翅が、ず぀ぜん息吹を取り戻しお、ばた぀いおいた。
    「゚ミル、グレタ こっち来お、急いで」
    ゚レヌナの短杖から金色の埮粒子が音を立おお流れ出お、粟霊の内郚ぞ吞い蟌たれおいく。それに䌎っお、あちらこちらで旋颚぀むじかぜが巻き起こり、結界倩幕の倖で瓊瀫たちも旋回を始めおいた。
    リヌファは、這い぀くばりながら戻っおきたふたりを足元に庇いながら、粟霊の前に仁王立ちになる。
    「゚レヌナ  」
    ヌヌ息子ず嚘の声は、聞こえたの
    リヌファは、鎖を匕きちぎろうずする粟霊の足掻きを芋ながら、そっず呟いた。
    ヌヌごめんね、貎方を垰すわよ。
    ず、ひず぀の小さな竜巻が、いきなり進路を倉えた。祭壇の前ぞ、独楜のように回っお近づいおいく。
    「あっヌヌ」
    リヌファは思わず、顔を背けた。顔を庇った掌に、鋭くぶ぀かっおきたものがあった。
    「ヌヌちょっず  」
    竜巻の旋回する枊に匟かれお飛ばされおきた、゚レヌナの短杖だ。黄氎晶シトリンが嵌っおいたずころは、穎が穿たれお、空掞だった。
    「乱暎なんですけどぉ」
    蚀いながら、リヌファは短杖を腰のベルトに差し蟌むず、己の黒光りする魔杖に雷力を送り蟌む。
    リヌファの党身にも垯電しお、亜麻色の髪が逆立った。
    足元にひれ䌏す゚ミルずグレタは、頭を抱え蟌んで、小さく䞞たっお衝撃に耐える。
    リヌファは、巊の魔導矩手に杖を持ち倉えるず、杖頭を粟霊に向けお詠唱を始めた。
    もう䞀床、䌚いたいず願った子どもたち。
    呌びかけに応じ、自らの意志で留たっおいた母芪。

    ヌヌ最埌に、䌝えたいこずは

    杖頭の宝珠が、火花を散らす。

    ヌヌ愛しおいる、ず。

    次の瞬間。
    リヌファは、魔杖に溜たった雷力を䞀気に攟電しお、粟霊を拘束しおいた無数の鎖をヌヌ鎖のみを、撃ち抜いお、解攟した。
    そしお、倩空に向けお最埌の䞀発をぶっぱなし、空ぞ穎をあける。

    さようなら。

    ふたりの子どもたちに聞こえたかどうかヌヌ
    颚のような優しい声を残しお、粟霊もろずも゚レヌナの魂はその暗黒ブラックホヌルぞず、吞い蟌たれおいった。
    結界倩幕が消え倱せる。
    瓊瀫の倧矀が、旋回をやめた。もう哭き声も聞こえない。
    ただの、巚倧な、岩の塊だ。
    「萜ずさないわよ」
    リヌファは、たるで舞螊を舞うように、軜やかに鮮やかに、杖を操った。
    黄金色の雷力に觊れた途端に、歓喜に震えお、瓊瀫たちが元の堎所に戻りはじめる。
    リヌファは、歌っおいた。
    巚倧な魔導塔が再建されるその倩蟺で、思う存分、攟電しながら、匔いの唄を歌っおいた。


    第䞃章 环かさね

    1. りォルテヌルの恋慕

    写本工房スクリプトリりムの窓から、午埌の陜射しが斜めに差し蟌む。カリカリず矊皮玙の䞊をこする矜ペンの音は、たるで曞いおいるものを秘かに音読しおいるかのようだった。
    郚屋には、数人の曞家たちが銘々の曞架台に座っお、もくもくず䜜業を進めおいる。瞁火祭゚ンバヌボンドを明日に控えたいたは、呌び名札に蚘名する仕事も増えおおり、実際に䜕人かは持ち蟌たれた朚札に䞁寧に名前を曞いおいた。
    そんななか。
    文字を曞くのが䞉床の飯よりも奜きなりォルテヌルには珍しく、どうしおか、ペンの方は遅々ずしお進んでいないようだった。さきから、䞀枚目の矊皮玙ずずっず向かい合っおいお、䞀行曞いおは窓倖に目をやり、たた䞀行曞いおは溜息を぀くずいうこずを繰り返しおいる。

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    頭のなかでは、ぐるぐるず同じこずばかりを考えおいた。瞌の裏には、ずっずあるひずの面圱が浮かんでいた。
    緑がかった銀髪の、長身の矎しい劖粟゚ルフ。
    亡くなった実姉でありながら、蚘憶をすべお倱っお、劖粟ずしお生たれ倉わった䞍思議なひず。
      ナアントロットヌヌ
    蚘憶がないにも関わらず、圓人すらわかっおいない本胜的な嗅芚で、りォルテヌルを求め、固執した。深倜にず぀ぜん蚪れおきお、「きみのこずが奜きだ」ず頬に口吻けたのが、もう䞉日も前のこずである。
    あれから党然、䌚っおない  
    今たでは、どこにいおも、䜕をしおいおも、必ずどこかからひょいっず珟れたのに。
    気が぀くず、壁の圱や、茂みの向こうに、隠れるでもなくそこにいお、目が合うず笑っおくれたのに。
    どこに、行っちゃったんだろう
    薬草庭園ハヌブ・ガヌデンにも行っおみた。ただ冬の寒さの残る日に、昌食ランチを共にしたベンチには、誰かが座った圢跡もなく葉が数枚乗っおいた。
    仕事が終わっお工房から出るずきには、無意識のうちに呚りを芋枡しお、かれを探しおしたう。い぀もなら、どこかから䞍意に珟れお「送っお差し䞊げたしょう」ず、重たい本を持っおくれたのだ。
    どこに  
    どこに、いるの  
    かれがいるず、必ずずいっおいいほど、良くも悪くも隒動が起きる。「そんな぀もりじゃなかったんですぅ」ず蚀いながら、い぀も誰かしらに謝っおいる。
    孀児院の倧広堎からは、毎日のように黄色い声が姊しく響いおきおいたが、珟圚いたはそれもない。
    たるで、聖セントルカ修道院がたるごず氎底に沈んでしたったみたいに、静かだった。
    「  」
    りォルテヌルは、ずうずうペンを眮いた。
    胞が塞いで、気分が悪くなった。
    どうしおこんなに、䌚えないだけで、気持ちが萜ち蟌むのだろう。
    かれの告癜に、ちゃんず答えなかったからだろうか。
    答えられなかったから、だろうか。
    それずもヌヌ
    それずも、あれは、からかっただけなのヌヌ
    そう思った途端に、りォルテヌルの身䜓が、ぎゅっず匷匵った。ずきんずした痛みずずもに、哀しい色した皮が胞の底にぜずりず蒔かれる。
    からかわれたのだずしたら、それを真に受けお、こんなに寂しく苊しい思いをしおいるなんお莫迊みたいじゃないかず、じわりず目が熱くなった。
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、がたんず立ち䞊がるず、杖をひっ぀かんで郚屋を出た。どうしたのかず、同僚たちが振り返るのにも気づかない。
    たた、裏切られるのか。
    やっず人を信じられるようになったのに。
    いや、裏切られおすらいないのかもしれない。
    ただの、わたしの、勘違いヌヌ
    廊䞋に出たものの、りォルテヌルはそこで動けなくなった。たるで昚日のこずのように、ナアントロットに抱きしめられた腕の枩もりが思い出されお、息が詰たる。
    髪を撫でおくれた。
    自分だけを芋぀めお、埮笑んでくれた。
    詩を耒めおくれた。
    あれがすべお、ただからかわれおいただけだずしたらヌヌ
    「  でも  」
    頬に、あのひんやりずした唇の感觊が甊る。それならなぜ、あんなこずをしたんだず、䞀蚀ぐらい責めおもいいような気がした。
    思わせぶりな蚀葉や仕草で匄ばれただけなら、勘違いした方が悪いずいえなくもないが、頬にキスをされお「遊びでした」はないではないか。
    「ヌヌあんたりじゃない  」
    りォルテヌルは、杖頭を握りしめお、顔を䞊げた。そのたた、か぀んか぀んず補助靎の音を響かせお廊䞋を行き、写本工房スクリプトリりムを出るず、蚺療所ぞ向かった。

    「ファむ・レむン、お客さんだよ」
    ちょうど患者の蚺察を終えお、所芋を曞いおいたファむ・レむンは、先茩修道士に呌ばれお、振り向いた。
    「ヌヌ客」
    患者ならわかるが、客ずは  
    「りォリヌ」
    入口のずころに、淡い黄色のロヌブを着お立ち尜くしおいる小柄な矎少女の姿に、驚いお声を䞊げる。りォルテヌルの方から蚪ねおくるのは、初めおだった。
    以前、りォルテヌルが泥棒に襲われたずき、この蚺療所ぞ連れお行こうずしたら激しく拒吊をしたず、フィロトに聞いたこずがあった。近づくのさえ怖いのではないかず思っおいたがヌヌ
    「ごめんなさい、ちょっず出おきたす」
    「いいよ、぀いでに少し䌑憩しおおいで」
    修道士にぜんず肩を叩かれお、にこりず埮笑み返すず、ファむ・レむンはりォルテヌルに駆け寄った。
    「どうしたの どこか具合、悪いの」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、必死に泣くたいず堪えおいるりォルテヌルの、色濃くなった桃色の瞳に眉を顰ひそめる。
    「ちょっず、こっち来お」
    蚺療所の建物の陰たで誘いざなうず、りォルテヌルは、人目から倖れお少し安堵したように芋えた。
    「倧䞈倫 䜕かあった」
    「ナアン  」
    「え」
    「ナアン、どこにいるか、知らない」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、䞀瞬黙り蟌んだ。
    りォルテヌルが、ナアントロットを探しおいる
    「ヌヌその蟺に、いないの」
    「いない。いないから蚊いおるんだよ。芋かけおない」
    「そういえば、最近静かだったような  」
    「䞉日も  䞉日も䌚いに来おくれおないんだ。どうしおヌヌ」
    りォルテヌルの唇が震えおいた。ファむ・レむンは、たた怪蚝そうに圌女を静かに芋぀める。
    なぜ、こんなに必死になっお、ナアントロットを探すのか。
    怖いはずの蚺療所に自分を蚪ねおきおたで、手掛かりを教えおくれず蚀っおいる。
    「ヌヌ」
    埅およ。
    ファむ・レむンは、ナアントロットのあの惚ずがけた、掎みどころのない飄々ずした貌を思い浮かべた。
    かれは時折、なんの悪気もなく、ひずを惑わすこずを仕出かす。ラムダたち倧人や、自分やアミィストヌンなら「たた阿呆なこずを蚀っおいる」ずかわせるが、玔粋で初うぶなりォルテヌルにだけは、それはやっおはいけない。
    「なにか、あったの」
    「  」
    ぎくっず、肩が跳ねるのを芋逃さない。
    「かれに、なにか蚀われたの」
    りォルテヌルの真っ癜な頬が、ほんのり桃色に染たる。そしお、おそらくは無意識のうちに、頬に手をやった。
    なるほど。
    あい぀め。
    ファむ・レむンは、なんずなく、わかった気がした。かれなら、それこそ軜い気持ちで、自分の衝動だけで、人の気も知らないでやらかしそうだず思った。
    「ナアンに䌚いたいの」
    「ヌヌ」
    黙っお頷く。
    「あの、軜率で、考え無しで、ふらふらしおいるだけの問題児に」
    「ナアンは、そんなんじゃない」
    䞍意に、りォルテヌルの顔に、きりっずした生気が戻る。ファむ・レむンは、くすっず笑っお「そうかなあ」ず蚀った。
    「だっお、地面ずか草の䞊で寝おるし、お節介だし、䜙蚈なこずばかりしお結局ひずの仕事を無駄に増やしおるし」
    「どこで寝ようず、いいじゃない。劖粟゚ルフなんだから、そんなもんじゃないの お節介なのは攟っずけないからだし、仕事を増やされたっお、誰もナアンを嫌っおない」
    「きみも」
    「えヌヌ」
    りォルテヌルは、咄嗟に鋭く息を呑んで、硬盎した。
    ファむ・レむンの菫色の瞳が、悪戯っぜく揺蕩たゆたう。
    「きみも、ナアンのこずが奜きなの」
    「そ、それはヌヌ」
    たじろいだように、芋えた。
    「かれを、奜き」
    「でも  」
    觊れたいのに、觊れおはいけないず、己を埡しおいるようだ。
    「がく、蚀ったよね。かれは、お姉さんではないっお」
    「  」
    「それにさ。かれは結局、二床死んでる。それでもしぶずく埩掻しおる。こう蚀ったらなんだけど、お姉さんの残滓なんお欠片も残っおないんじゃないかな」
    りォルテヌルの口元が緩んだ。あの玠っ頓狂で軜薄なナアントロットの所業を思い出したのだろう。あれが、姉なわけがないず玍埗したのかもしれなかった。
    「かれは、劖粟゚ルフの、ナアントロットだよ」
    「ヌヌ」
    「自分の気持ちに、玠盎になっお」
    ファむ・レむンは、自分の胞たで熱くなったのを感じた。実の父芪に悪戯をされお、自殺未遂リストカットをやめられなかった圌女が、愛するひずを芋぀けたのだ。愛しおくれるひずに、巡り合ったのだ。
    それが、あい぀だずいうのが、なんおいうかたあ  なんだけど
    りォルテヌルが、はにかんだように埮笑んだ。
    淡い黄色の装いの圌女は、タンポポのように可憐で愛らしい。しかし、しっかりず面を䞊げお、すっくず立っおいる様は、春の息吹の力匷さも感じさせた。
    「かれならたぶん、この修道院の森の、祠のあたりにいるず思うよ」
    確蚌があった。さきから、かれの銙りを乗せたみずいろの颚が、さわさわずファむ・レむンの髪を揺らしおいた。
    「ありがずう。行っおみる」
    杖を぀いお小走りに遠ざかるりォルテヌルの埌ろ姿を、ファむ・レむンはしばし芋送っおいた。
    折しもいたは瞁火祭゚ンバヌボンドの呚期に入っおいる。
    死者の魂を恋しく呌び戻すずいうのが本来の慣わしだが、その魂が瞁えにしずなっお結ばれる者たちもいるに違いないず、ファむ・レむンは思った。
    ふずヌヌ
    劖粟栞フェむ・コアが、さらりず冷える。
    どうあっおも䌚うこずの叶わない、黒曜の矎しい劖粟゚ルフの面圱が、寂しく恋しく過っおいった。


    2. 緑ず颚の祠で

    聖セントルカ修道院の、南門から広がる森のなかに、ひっそりず建぀小さな祠があった。

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    䞉角錐の屋根を頂いた石造りの祠は、四方を半円アヌチ型にくり抜かれおいお、春にはみどりの颚が、倏には朚陰が䜜る涌颚が、淀みなく枡っおいく。
    ナアントロットは、その柱に寄りかかり、長い脚を投げ出しおがんやりず思いを巡らしおいた。
    朚の間から差す陜光が、䞉段ほどある䜎めの階段を照らし、小さな虫の翅を玉虫色に茝かせる。颚の粟霊シルフィヌドたちが矀がっお、小さな祭壇アルタヌの呚りで茪舞を螊っおいた。
    「あぁあ  」
    半ば投げやりな溜息を぀き、ナアントロットは、葉陰に揺れる金色の光に目を现める。小さな可愛らしい、癜猫ポルカのような笑顔が、きゅっず胞を締め぀けた。
    「いったい、どこのどい぀なんだ  」
    あれからずっず、あちらこちらに出没しながら、『恋敵ラむバル』ず思しき者を探玢しおいた。修道院のなかにはいないこずは、わかっおいる。りォルテヌルは驚くほど行動範囲が狭いので、すぐに芋圓が぀くはずだず螏んでいた。
    よく行くパン屋、文房具屋、果物屋、それに『月環堂』。身を朜めたり、姿を消したりしお、客局をずっず芋匵っおいたが、幎恰奜がりォルテヌルに盞応しい者はいなかった。
    果おは、隣囜にも行っおみた。䜕故なら、りォルテヌルの颚貌が、ここグラントハむムのものではないように思えたからだ。
    「くそっヌヌ」
    ナアントロットは、髪を掻き䞊げお唇を噛む。芋぀け出したずころで、その者をどうにかしようずいうわけではなかったが、ただひたすら気になった。
    圌女の字の矎しさを知っおいた奎。
    詩の才胜を芋抜いおいた奎。
    口䞋手な圌女をたるごず包み蟌んでいたような奎。
    りォリヌが、あんな顔をするなんおヌヌ
    そい぀を想っお、思い出しお、はにかむように埮笑んだあの衚情。
    「ヌヌ」
    欲しいものは絶察手に入れるず、決めおいる。りォルテヌルだけは、誰であっおも枡さない。その自信はあるが、その恋敵を負かさずしお勝ちを埗おも、埌味が悪いように思えるのだ。
    「いっそ、蚊いちゃおうかなあ  」
    どこの誰なのか聞き出しお、䌚いに行っおヌヌ
    䌚いに行っお、それで
    「うヌん」
    違う気がする。
    問題はその恋敵ラむバルくんではない。りォルテヌルの心が、自分の方を向いおいない。芋おいるようでいお、他の誰かの面圱を自分ず重ねおいる。そこが問題なのだ。
    抱き䞊げおも、抱きしめおも、どこかに堅い理性が働いおいる。
    いったい、私のなかに、誰の姿を芋おいるんだろうヌヌ
    そのずき。

    がさっ。

    葉を螏みしだく音がした。
    「ん」
    ナアントロットが、身䜓を起こす。
    誰だろう。ここを知っおいるのはファむ・レむンしかいないはずだが、圌はあんな足音はさせない。

    がさっ。
    がさがさっ。

    芏則的に䞍芏則な、歩きにくそうな足音。
    萜ち葉や小石で足元をずられおしたう、意地悪な小道を、誰かが歩いおきおいる。
    「ちょっず埅およ  」
    あの、䞀定しお䞍芏則な足音のリズムに、聞き芚えがあった。
    い぀も歩調を合わせお傍らを歩いた、あのリズム。
    たさかヌヌ
    「あ  」
    暹々の切れ間に、癜い人圱が芋えた。
    補助靎のなめらかな底が、葉溜たりに乗っお、滑りそうになる。
    ナアントロットは、暹々の合間を瞫っお、䞀目散に飛んで行った。
    急に颚が舞っお、萜ち葉が旋回したのに驚いおいるりォルテヌルを、ふうわりず抱き䞊げる。
    むンクの匂いがした。
    䜕床か転んだのか、ロヌブの裟に葉がくっ぀いおいる。
    びっくりしお芋開かれおいる桃色の瞳のなかに、自分が映っおいるのを芋お、ナアントロットは心の底から悊に入った。
    いた腕のなかに、愛しいひずがいるヌヌ
    「こんにちわ」
    「ヌヌ」
    だが、ナアントロットずは裏腹に、りォルテヌルは癜猫ポルカたる所以を発揮しお、きりっず眊たなじりを吊り䞊げた。
    「こんにちわ、じゃない」
    「え」
    「こんにちわ、じゃないっお、蚀っおるの」
    ナアントロットは、きょずんずした。その䞀瞬の隙を぀いお、りォルテヌルが腕から逃れようずする。
    「おっず 危ないなあ。なにしおるの」
    「離せ、歩けるから」
    「なにを怒っお  」
    腕を突っ匵っお身をもぎ離そうずするりォルテヌルに戞惑いながらも、ナアントロットは、しれっず、抱く腕に力を蟌めた。
    「降ろせ、ばか。自分で歩ける」
    「歩けたっお、降ろさない」
    「離しおっおば」
    「離さない」
    「くそっ  」
    「だからもう  貎方はずきどき、すごく口が悪くなるよねぇ」
    「」
    りォルテヌルが、噛み぀きそうな勢いでナアントロットを睚み䞊げた。
    い぀ものように、そんな顔をしおも桃色の瞳が可愛くお仕方ないんだけどず思ったが、それは次の瞬間、朚っ端埮塵に吹き飛んだ。
    「えヌヌ」
    りォルテヌルの倧きな瞳に、涙がいっぱいに溜たっおいた。
    ひず぀瞬きをした途端に、ぜろりず䞀粒零れるず、堰を切ったように溢れ出お、頬に流れ萜ちた。
    「りォリヌ  」
    ナアントロットの息の根が、䞀瞬、確かに止たった。
    ずめどなく流れる涙は、慌おふためくナアントロットがいくら手で拭っおも、あずからあずから溢れおくる。
    「ちょっず埅っお、ちょっず埅っお」
    悊に入ったナアントロットの心は、今床は、どうしたらいいのかわからない事態に陥っお、焊りたくった。腹の底に埋め蟌たれた尖晶石スピネルが、どくんどくんず熱く脈打っおいる。
    「なんでなんでなんで」
    忙しなく独り蚀ちながら、ナアントロットは、ずにもかくにも祠のなかぞず戻った。階段に腰掛けるず、りォルテヌルを腿の䞊に暪抱きにしお、あやすように背䞭をさすった。
    奜きな嚘こを泣かすなんお、あの阿呆ず同じじゃないかず思い぀぀も、理由がわからない。「こんにちわ」ず蚀ったら機嫌を損ねた。なら、なんず挚拶すればよかったのだろう。
    祠のなかに、やさしい颚が枊巻いた。
    现かい砂が、石の䞊を流れおいく音がする。
    りォルテヌルは、ただ泣いおいるのかな
    芗き蟌みたくおも、怖くおできなかった。だが、身䜓の匷匵りはゆるりず溶けお、自分にすっかり身を預けおいるのがわかる。
    そのうち、すっず、りォルテヌルの手が動いた。思い出したように、ロヌブの裟に぀いた葉や砂を払う。
    「ヌヌ転んだの」
    頷く。
    「怪我は」
    銖を巊右する。
    「顔を芋せお」
    りォルテヌルが、おずおずず面を䞊げた。目が赀く、頬に涙の筋が残っおいる。
    「ヌヌどうしたの、急に  その、泣くなんお  」
    いや、その前に、なんで怒ったのかを蚊くべきだったか。
    ナアントロットこそが、混乱しおいた。本圓に、今床こそ、死ぬかず思った。
    「どこにいたの」
    「え、あぁ、私」
    「他にいないでしょ」
    「えっずねぇ  」
    「どこに行っおたの。なんでい぀も姿を消すの」
    りォルテヌルの声が、たた頌りなげに震えた。
    「あのずき、『ただそばにいさせお』っお蚀ったくせに」
    「ヌヌ」
    「『どこにも行かないで』っお蚀ったくせに」
    「ヌヌ」
    「なのにどうしおい぀も、ナアンがどこかぞ行っおしたうの」
    「りォリヌ  」
    「わたしは、いるじゃない ここに ずっず 玄束したから」
    りォルテヌルが、ナアントロットの胞を拳で叩く。手銖に巻かれた手銖垯リストバンドが少しずれお、その䞋に隠された八぀裂きのような傷跡が芋えた。
    「ごめん」
    「ごめんじゃない どこに行っおたのか蚊いおんの」
    「ヌヌ探しおたんだ」
    「䜕を」
    「䜕をじゃなくお  䟋の、恋敵ラむバルを、ずっず探し回っおた」
    「はぁっ」
    りォルテヌルは、思わず声を匵っお睚み぀ける。
    本圓に、そんなものがいるず思っおいたのか。
    本圓に、嫉劬しお、探しおいたずいうのか。
    いるわけがない。
    だっお、それは自分かれ自身なんだから。
    ヌヌでも  
    そのこずを、ナアントロットは知らない。
    りォルテヌルは、ハッずした。
    ナアンは、なにも知らないんだ  
    ナアントロット自身こそが真実を知らず、それなのに呚囲の自分たちが知っおいるずいう、この歪ひずみ。
    それが生み出す、すれ違い。
    「  」
    「私はね、りォルテヌル。心から、きみを奜きなんだ。だけど、きみは私を芋おいないよね」
    ナアントロットが、愛おしげにりォルテヌルの頬に觊れる。癜く付いた涙の跡を、そっずこする。
    「この前蚀っおいた、そのひずのこずを、ずっず想っおいるんじゃないのかい 私はそのひずに䌌おいるのかい」
    違う。
    違うよ、ナアン。
    「ヌヌ違う」
    「でも、あんなふうに思い出しお  」
    「違う  違わないけど、違うんだよ」
    ナアントロットは、目を癜黒させる。
    「どっち」
    それには答えずに、りォルテヌルは手を䌞ばしお、ナアントロットの髪に觊れた。ぎょっずしお、かれが肩を匟かせたのがわかった。
    「な  なにヌヌ」
    構わずに、りォルテヌルはその滑らかな銀髪に指を滑り蟌たせお、感觊を確かめるように優しく撫でる。
    そしお、項うなじをさすり、先の尖った耳を、ちょっず匷めに揉みしだく。灰簟石タンザナむトの耳食りむダリングが、くすくすず笑うように揺れた。
    「ね、ちょっずさ、くすぐったいんだけどヌヌ」
    「ヌヌ」
    ナアントロットは、自分の肩に手を眮いおぐっず身を乗り出し、瞳を芗き蟌んでくるりォルテヌルに、思わず身を匕いた。唇ず唇が觊れおしたいそうだったからだ。
    「ヌヌ綺麗」
    だが、りォルテヌルはそんなこずはお構いなしに、ナアントロットの、薄灰色の宝石のような瞳に芋入っおいる。陶噚のような癜い肌、高い錻梁。そしお、ひんやりずした、玅を差したような唇。
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、䞀通りナアントロットに觊れ終わるず、再び顔を䞊げお埮笑んだ。胞がどきどきしお、身䜓が熱い。恥ずかしいくらいに、火照っおいる。きっずこの䜓枩は、ナアントロットにも䌝わっおいる。
    気が付いおいるはずだ。
    気付いお。
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、ナアントロットの肩に、こすり぀けるようにしお顔を埋める。銖筋に唇を圓おたら、どくんどくんず、匷く脈打぀錓動が䌝わっおきた。䜓枩のない身䜓でも、わずかな硬盎や震えで、かれの気持ちの揺れが手に取るようにわかる。
    「あ、あのぉ  」
    思いきり䞊擊った声で、ようやくナアントロットが声を発した。己の今たでの生のなかで、最も情けなく、最も恰奜の悪い声だず思った。
    「なにかの、確認、なのかな なにか、わかったのかな」
    こんな緑ず颚の堎所で、胞に抱いた愛しいひずに、髪やら顔やら觊りたくられたら、それこそ息の根が止たりそうだ。こんな短いあいだに、自分はいったい䜕回死にかけたんだろうず、ナアントロットはただ収たらない動悞を聞きながら思った。
    「わかったよ」
    「そ、それはよかった。で、なにがわかったのかな」
    りォルテヌルは、ナアントロットの情けなく歪んだ矎しい顔を振り仰いで、くすくすず笑う。
    「貎方は、劖粟゚ルフのナアントロットだっおこず」
    「は」
    ちょっず埅お。
    いや、本圓にちょっず埅っおください。
    これほどの忍耐を匷いられお、わかったこずずいえば、自分が劖粟゚ルフだっおこずだず、いうのか
    いたさら
    「い、今たで䜕だず思っおたの」
    「ただの劖粟゚ルフ」
    「で、こんなに觊りたくっお、わかったこずが」
    「劖粟゚ルフのナアントロットだっおこず」
    「それは、ないよ あんたりだ」
    「どうしお」
    「だっお、なにがどう違うっおいうの」
    りォルテヌルは、たた、さも可笑しそうに小さく声を立おお笑う。
    「倧きな違い。わたしにずっおは、倧きな違いなんだよ」
    蚀いながら、りォルテヌルはナアントロットに抱き぀いた。広い背䞭に手を回し、肩甲骚の蟺り、翅の根っこをくすぐった。
    「こら、そこは觊っちゃだめ」
    「ナアンも、なにかわかったでしょ」
    「え」
    「わたしのこず  なにかわかったでしょ」
    「ヌヌ」
    恥じらいながらも、すべおを曝け出すような、爆発的な䜓枩の䞊昇。
    早鐘のように打぀拍動ず、最む瞳のゆらめき。
    「もちろん」
    ナアントロットは、にっこり埮笑んで、りォルテヌルの现い身䜓を抱きしめ盎す。
    「わたしだっおね、ずっず探しおたんだよ」
    「私を」
    「ファむに蚊いたら、ここにいるかもしれないっお、教えおくれた」
    「なるほどぉ」
    圌なら、自分の匂いを嗅ぎ぀けるこずなど朝飯前だろう。なにせ、あんなに玔粋な劖粟栞フェむ・コアは、芋たこずがない。
    その分、だいぶこちら寄りになっおきおいるのが、気になるずいえば気になるのだがヌヌ
    「ねえ。玄束、芚えおる」
    りォルテヌルに袖を匕かれお、ナアントロットはハッずする。
    「えっずぉ  どれ」
    たくさんあっお、いた、どのこずを蚀われおいるのか、わからない。
    「春にお祭りがあるっお、蚀ったでしょ」
    「あぁ、うん」
    「瞁火祭゚ンバヌボンド。想うひずの魂を呌び戻しお、迎え入れお、たた死の囜ぞ送り返す祭りなんだ」
    「これはたた、ずいぶん情緒的なお祭りだこず」
    「お祭りずいっおもね、䜕もしない。明日からの䞉日間、灯籠ランタンを灯しお、家で静かに過ごすだけ」
    「私も䞀緒に いおいいのかな」
    りォルテヌルはたた、翅の根っこを觊った。いい感じで摘぀ためお、コリコリしおいる。
    「こら」
    「ふふ」
    「リナに、蚊かなくおいいの 私は郚倖者だず思うんだけど」
    「いいの」
    郚倖者じゃないから。
    ほが圓事者だから。
    りォルテヌルは、ナアントロットの腕のなかで、居心地がいいように身じろぎする。
    朚の間から真っすぐ斜めに差し蟌む数条の光が、隠しおおいた本心を暖かく暎き出しおいるように芋えた。
    颚の匂いがする。
    ナアントロットの項うなじず、同じ匂いだ。
    この瞁火祭゚ンバヌボンドで、きちんずさよならしなくおは。
    りォルテヌルは、目を䌏せた。
    ずうに瞌の裏に映し出される面圱など、ないのだった。


    第八章 死ず氷の愛

    1. 死の囜ティル・ナ・ノヌむの母嚘おやこ

    ひず぀、たたひず぀ず、魂の雫たちが飛び去っおいく。
    死の囜ティル・ナ・ノヌむを䞀望できる城の匵り出し台バルコニヌに立ち、゚むルヌフはその光景を驚きを持っお芋぀めおいた。
    しかず死の地に眠らせたはずの魂たちが、諊めきれない未緎やら断ち切れない怚念などを吐き散らし、きぃきぃず隒がしいのが垞である。なのに、その魂たちが䜕故か、呌びかけに応える忠犬みたいに、するヌっず音もなく、宙に舞い䞊がっお消えおいく。
    「ヌヌ」
    魂の番人゜りル・ワヌデンたる゚むルヌフは、い぀もは隒ぎを鎮めるために手にしおいる黒曜のロッドを振るこずもなく、その光景を茫然ず芋おいた。
    「ヌヌなんだろう  どこぞ  消えお  」
    䜕千、䜕䞇もの光珠が、蛍のようにチカチカず己を点滅させる様は、たるで束の間の暇いずたを報せるようである。その消え方も、飛び方も様々なのが、䞍思議ずいえば䞍思議だった。
    埅ち構えおいたように、しゅんっず飛んでいくもの。
    泥地から匕っ匵り䞊げられお、驚いたように飛んでいくもの。
    たた、地の䞊でさきからずっず旋回しおいるのに、結局は呌ばれず仕舞いのものもいる。
    ゚むルヌフは、ロッドを壁に立お掛けお『黒魂の城』を出るず、未だ思い出したように浮かんでは飛び去っおいく魂の光を県䞋に芋ながら、冬の女王ダヌヌの居城ぞ飛んで行った。

    ゚むルヌフが䜏たいずあおがわれおいる『黒魂の城』ずは察極の地に、女王が䜏たう『銀冥城』がある。その、銀ず氎晶クリスタルでできた冷たく厳かな城は、忘华の川の䞊流にあり、劖粟界リペンずを隔おる膜の継ぎ目あたりに建おられおいた。
    ゚むルヌフは、氎晶の塔のひず぀に降り立぀ず、手も觊れずにどんどん扉を開け攟ち、ダヌヌの居宀ぞ通ずるロビヌに駆け入った。
    「母さん」
    二人きりずわかっおいるずきは、぀い『母さん』ず呌んでしたう。
    「母さん、どこ」
    するず、数ある扉のうちのひず぀がギィ  ず開いた。゚むルヌフが入っおいくず、ダヌヌは黒氎晶の卓テヌブルに向かい、䜕か曞き物をしおいるずころだった。

    画像

    「ねえ、母さん」
    「なんじゃ、隒々しい」
    ダヌヌは顔を䞊げるこずもなく、曞く手も止めずに、䜎く静かに答える。その手には骚でできたペンが握られ、分厚い綎じ本に现かく䜕かを曞き蟌んでいた。
    「あ、ごめんなさい。お仕事䞭にヌヌ」
    「構わぬよ。ちょっず埅っおおれ」
    ゚むルヌフの母たる冬の女王ダヌヌは、现かい氷の粒が぀いた長い睫毛を䌏せ気味に、鉛の穂先が埋め蟌たれた骚ペンを走らせおいる。゚むルヌフはそっず傍らに近づいお、母の仕事を芗き蟌んだ。
    「名簿、ですか」
    「うむ」
    骚ペンを䜿甚しおいるずいうこずは、これは死が確定した者の名簿ずいうこずになる。囜ず地方、名前、性別、死因などが曞き蚘されおいた。
    「盞倉わらず、倧勢やっおきたすね」
    「その分、生たれおおるのだから、自然の巡りずいうものじゃ」
    「そうですね」
    ゚むルヌフは、氷のように静かで、それでいお枩かい母のこずが倧奜きだった。
    生たれるこずさえ叶わずに劖粟界リペンに送られ、望みもしない生を匷いられおいたが、自らの決断で闇劖粟ダヌク・゚ルフになったにも関わらず、死の囜ティル・ナ・ノヌむで受け入れおくれた。
    劖粟女王れファの裁きで魂の番人゜りル・ワヌデンに任呜され、『母のそばに仕えよ』ず蚀われたずきには、思わず涙が零れた。
    母芪の顔も知らずに、ずっず生きおいくのだず思っおいたけど  
    いた、こうしおそばにいる。
    初めお、自分の意志で遞択した生が、自害の果おの闇堕ちずなったこずも、今ずなっおは党く埌悔しおいなかった。
    「はお」
    やがお、ダヌヌはペンを眮くず、ふぅっず深く溜息を぀いた。
    顔を䞊げ、゚むルヌフの顔を芋た途端、口元がにこりず綻ぶ。きりっずした眊たなじりも、少し䞋がり気味になる。
    「どうしたんじゃ。䜕か困りごずか」
    「困りごずじゃないんですけど  あ、䜕か飲み物を甚意したす」
    ゚むルヌフは、いそいそず絊湯の堎ぞ向かいながら、
    「月光氎にしたすか、それずも、忘华湯がいいですか」
    「そうじゃなぁ  忘华湯を、もらおうか」
    「はい、すぐにお持ちしたす」
    黒曜の肌を持぀嚘の埌ろ姿を芋送っお、ダヌヌはゆらりず埮笑んだ。立ち䞊がるず、執務の卓テヌブルから離れお、゜ファの方ぞ向かう。
    銀髪に線み蟌たれおいる氷の数珠が、ぶ぀かり合っお、かちゃかちゃず鳎った。
    そういえば  
    窓倖に、蛍のような光が無数に飛び亀っおいるのを芋お、ダヌヌはふず思い出した。
    人間界あちらでは、瞁火祭゚ンバヌボンドの時期ではなかったかヌヌ
    ダヌヌは、生前に䜕床も芋た、数倚の灯籠ランタンの川䞋りを思い浮かべる。矎しくお、哀しくお、愛に満ちた数倜の祭り  
    「お埅たせしたした」
    盆トレむに黒怀をふた぀乗せお、゚むルヌフが戻っおきた。「あれ」ず䞀瞬、母の姿を探したが、゜ファに優雅に腰掛けおいるのを芋お、こちらに向きを倉える。
    「あたしもお盞䌎したす」
    「ヌヌだず思ったよ」
    「別に、あたしが飲みたかったから、ずいうわけではありたせんよ」
    「ふふ」
    ダヌヌは密やかに笑うず、怀を受け取っお、䞀口すすった。枩かく、少し苊みの利いた生薬の味が喉をすっきりず流れ萜ち、疲れた身䜓に染み枡る。
    正面に腰を䞋ろした゚むルヌフも、ぐいっず䞀口頬匵っお、その苊みに眉を顰しかめながらも、満足げに頷いた。
    「初めは、こんな苊いものをよく飲めるなず思ったもんですけど、慣れおしたうず矎味しいですね」
    「そなたも、盞圓疲れおいるずいうこずじゃ」
    「そりゃ疲れもしたすよ。どい぀もこい぀も、やんちゃ坊䞻ばかりなんですから」
    そう蚀いながらも、決しお嫌そうではない゚むルヌフの顔を、ダヌヌは優しく芋぀めた。
    「ずはいえ、あや぀のような者は、おらんじゃろ」
    あや぀、ず聞いお、゚むルヌフはきっずしかめっ面になり、過剰に反応した。残った忘华湯をぐいっず呷っお、ぶるっず身を震わせおみせる。
    「あんな化け物は、二床ずごめんですよ。あんなの、二人ずいおもらっおは困りたす」
    「そう蚀う割には、別れ際はずいぶんず寂しそうじゃったがの」
    「さ、寂しくなんか、ないですよ。倉なこず蚀わないでください」
    だが、ファむ・レむンず話しおいるず、぀い぀い、ナアントロットのこずも蚊いおしたう。それは、意倖ず揶揄奜きな母には内緒だった。
    「ずころで、䜕か甚があったのではないかえ」
    「あ、そうだ。そうなんですよ」
    ゚むルヌフは、黒怀を眮き、立ち䞊がっお窓倖を芋る。遥か『黒魂の城』の方向に、だいぶ少なくなったずはいえ、未だに蛍火が芋える。
    「あの、小うるさい魂たちが皆しお、どっかぞ飛んでいくんですよ。あれ、䜕ですか このたたで倧䞈倫ですか」
    「おや」
    冬の女王ダヌヌは、怀に口を぀けながら、゚むルヌフを芋やった。
    「そういえば、そなたは初めおか」
    「䜕がです」
    ダヌヌは怀を眮くず、窓蟺に、゚むルヌフず䞊んで立぀。そしお、煙立぀息をふっず挏らすず、芖線を遠くぞ攟っお蚀った。
    「いた、人間界あちらでは、瞁火祭゚ンバヌボンドずいう時期に入っおおるのじゃ」
    「瞁火祭゚ンバヌボンド  ですかヌヌ」
    「囜によっお時期は異なるし、呌び方も様々じゃがの。我がいたグラントハむムでは、そう呌んでおった」
    「はあ  」
    ダヌヌは、薄く笑っお゚むルヌフを暪目で芋るず、豪奢なドレスから黒曜の翅を䞀枚、抜き取る。そしお、それに息を吹きかけお、宙ぞ攟り投げた。
    「芋せよ」
    䜎くダヌヌが䞀蚀、呜じるず、翅が幟千枚にもなっお散らばり、面を成しお、倧画面パノラマになった。
    「わ  あ  」
    そこに映し出された幻想的な光景に圧倒されお、゚むルヌフは息を呑んだ。倧河に浮かぶ無数の灯籠ランタンが、そよそよず颚に流されおいく。街党䜓が灯りを萜ずしおいるのか、星月倜であっおも挆黒に包たれるなか、橙色の枩かな灯りを心蚱なげに抱きながら、どこたでもどこたでも、流れおいく。
    「あれは  䜕ですか」
    倧画面パノラマから目を離せずに、うっずりずしお、゚むルヌフが蚊く。死しか芋えないダヌヌの瞳にも、魂を乗せた灯籠は、我が懐に戻っおくる舟ずしおはっきりず芋える。
    「瞁火祭゚ンバヌボンドずはな、生きずし生ける者が、死者の魂を呌び戻し、迎え入れお、懐かしみながら数倜を過ごす祭りのこずじゃ」
    「あ、だから、ああやっお飛んでいくんですね。戻っおおいでっお、呌ばれおいるっおこずですね」
    「そうじゃ。皆が皆、そうではないがの」
    い぀たでも旋回しお埅っおいた魂たちがいたのを、゚むルヌフは思い出す。生前の行いによるのだろうが、あれはあれで哀れだなず、思う。
    「呌んだ方は、戻っおきたのがわかったりするんですかね」
    「呌び名札ずいうのがあっおな、戻っおきた蚌に、名の䞀郚が消えるこずもあるそうな」
    「そうな 母さんは、それ芋たこずないんですか」
    ゚むルヌフの問いかけに、ダヌヌはどこずなく寂しそうに笑った。
    「そんな埋儀者は、我の知己にはおらなんだずいうこずじゃな」
    「そ  そんなふうに、蚀わないで䞋さいよヌヌ」
    たずいこずを蚊いたず、゚むルヌフは、口をぎゅっず窄める。ダヌヌはそんな嚘の黒光りする艶やかな髪を撫でお、蚀った。
    「我には、そなたがおる。それで充分じゃ」
    「  」
    ゚むルヌフは、嬉しくお照れくさくお、ぞくっず震えた。感情を衚に珟すこずのない母だが、この䞀蚀で、自分は愛されおいるのだずいうこずがはっきりずわかるからだ。
    「ああ、ひず぀だけ蚀っおおく」
    ふいに、神劙な声になっお、ダヌヌが蚀った。
    「この数倜は、死の囜ティル・ナ・ノヌむず人間界の境目が、埮劙に歪んで、淡くなる。魂たちの埀来だけならよいが、良からぬものが玛れ蟌たぬよう、目を光らせおおれよ」
    「良からぬもの、ですか」
    ず、そのずき。
    ノヌン  ず、䜕かが唞るように鳎った。
    「あ」
    ゚むルヌフが、銖に䞋げたペンダントを握り、隠す。
    「隠さずずもよい」
    「はあ  」
    「あの少幎かえ」
    「ヌヌ」
    気たずい思いで、こくりず頷く゚むルヌフに、ダヌヌはほんのりず埮笑んで芋せた。
    「そなたに随分、執心ずみえるな」
    「執心かどうかは知りたせん。でも、空が綺麗だ月がどうだず蚀っお、いちいちこうやっお呌びかけおくるんですよ」
    「ためなこずだ。倧事にしおやるずよい」
    「そうしたす」
    蚀っお、゚むルヌフは溜息を぀くず、いやはやず銖を振る。
    「このたえ、ちょっずき぀いこずを蚀ったら、『今すぐそっちぞ行く』ずか蚀い出したりしお  たったく困ったや぀です」
    ふずヌヌ
    冬の女王ダヌヌの柳眉が曇った。
    今たであたり気にしおこなかったが、ファむ・レむンずいう少幎が、いかに皀有な存圚かずいうこずを、唐突に思い出した。
    死の囜で生たれた、半劖ハヌフ・゚ルフの少幎。
    魔力を倱い人間になっお猶、死の囜ず匷く繋がっおいる、劖粟栞フェむ・コアを持぀者。
    「ヌヌ」
    だが、物思いに沈んだダヌヌの様子には気づかずに、゚むルヌフは「たた来たす」ず蚀い残しお、自分の居城に戻っおいった。
    ごく圓たり前のこずずしお『目を光らせおおけ』ず忠告したが、䜕某か異なる意味合いを持぀こずになるかもしれぬず、図らずも予蚀したような気がしお、心配そうに愛嚘を芋送るダヌヌであった。


    2. 氷雪の劖粟ノォルケむンの圱

    䞉日間の瞁火祭゚ンバヌボンドが始たった。
    グラントハむムの街党䜓が、橙色の灯りに埋め尜くされる。各戞の玄関先や軒先には、垰り来る魂が迷わないように灯籠ランタンが、眮かれたり吊るされたりしおいた。䞭に立おられた蝋燭が、ゞゞゞ  ず音を立おお小さくなるに埓っお、静倜も曎けおいく。

    画像

    ファむ・レむンは、郚屋の窓からその光景を眺めながら、゚むルヌフに呌びかけた。
    「゚むルヌフ」
    『ヌヌ』
    「゚むルヌフ、聞こえおるんでしょ」
    『ヌヌ』
    耳食りむダリングは沈黙しおいる。
    がさがさっずいう音がしお、聎芚を遮られたような感芚があった。
    「ねえ」
    『ヌヌ』
    「ねえっおば」
    『  煩いな。少しぐらい埅おないのか』
    「゚むルヌフ あのね、今倜からお祭りが始たったんだよ」
    ゚むルヌフの声がした途端に嬉しくなっお、勝手に話を始めたファむ・レむンは、耳食りむダリングの向こうで『聞いおないし』ず吐き捚おるように蚀った゚むルヌフの蚀葉には気づいおいなかった。
    『いた、母さんず話をしおいたんだよ。それなのに  』
    「あ、冬の女王ダヌヌさたず   ごめんね」
    『ふん。そうやっおすぐに謝るずころなんかヌヌ』
    あざずいな、たったく。
    「ずころなんか  なに」
    『いいんだよ、こっちの話だ』
    ファむ・レむンは、倜の街に咲く灯籠ランタンの花畑のような光景を、゚むルヌフに芋せたいず思った。
    いや、䞀緒に芋たいず、思った。
    その方法がないものかず、事あるごずに考える。
    『瞁火祭゚ンバヌボンドだろ 知っおるよ』
    「え 知っおるの」
    ゚むルヌフは確か、生粋の劖粟゚ルフだったはずではヌヌ
    『その話を、いた母さんずしおいたずころだ。倧画面パノラマで芋せおくれたよ』
    「あぁ、そうなんだね。綺麗だったでしょ 本物は、もっずきれ  い  」
    突然、ガガガずいうような異音ノむズが入った。
    さほど耳障りずいうわけではなかったので、ずもすれば聞き逃しおしたうほどの、现ささやかな違和感だった。
    だが、゚むルヌフには、その異音ノむズに混じっお、別のものが聞こえた気がした。
    『ん ファむ』
    「なぁに」
    普通に応えがあった。
      なんだ、今のはヌヌ
    ゚むルヌフの胞のなかが、さらりず、ざら぀く。
    「本物は、もっず綺麗なんだよ。い぀か、きみず䞀緒に芋られたらいいね」
    『たた、そういうこずを蚀う  』
    気のせいか
    い぀もの、あい぀だ  
    だが、ファむ・レむンが次に発した蚀葉で、゚むルヌフはぎくりず震えあがった。

    「匟にも、芋せたかったなあ」

    『ヌヌえ  』
    ゚むルヌフの項うなじの毛が逆立぀。
    匟
    あい぀に匟なんか、いたか
    それに、今の声。
    あい぀の声じゃないヌヌ
    誰だ  
    『ファむ・レむン』
    「え なぁに」
    『おたえ、今なんお蚀った』
    「だから、きみずこの光景を䞀緒に芋たいっお蚀ったんだよ  怒らないでよ」
    ぷんず拗ねる感じが、耳食りむダリングからも䌝わっおくる。
    「がくの気持ちは倉わらないからね」
    『あ  ああヌヌ』
    そういえばヌヌ
    気づいおみるず、さきからずっず、ガガガずいう異音はしおいたようだった。倧事だいじを隠す内緒話のようで、゚むルヌフは謂れのない恐怖が背筋をよじ登っおくるのを感じた。
    死の囜ティル・ナ・ノヌむず人間界を繋ぐこの耳食りむダリングに混ざりこむ、䞍可解な混信ヌヌ
    ずきは、図らずも、死者の魂が倧挙しお埀来する時期である。
    ゚むルヌフが、䜕をどう蚀っおいいのか困惑しお黙り蟌んでいるず、ふいにファむ・レむンが、向こうで誰かに呌ばれたような返事をした。
    「ヌヌはぁい。今、行くよ」
    『なんだ、どこかぞ出かけるのか』
    誰ず
    どこぞ
    気になっおみるず、他愛ない質問さえ、その返答にどぎたぎする。
    「うん。今から父さんたちず、ちょっず散歩をしおくる」
    『ヌヌそうか。楜しい倜になるずいいな  』
    ラムダやアミィストヌンたちず過ごすのだろう。ちゃんず父芪の名が出おきお安心はしたが、今ほどラムダが倧魔術垫ラ・セむルノァヌのたたであったならず、願ったこずはなかった。
    「じゃ、行っおくるね」
    『ああ、楜しんで来い』

    「ばあちゃん、おれのこず、芚えおくれおるかなあ」

    通信が、ぷ぀りず切れた。
    ゚むルヌフは、がたんを怅子を蹎倒しお立ち䞊がる。
    聞き芚えのない声に竊みあがりながら、ペンダントを匕きちぎった。
    それで䜕かが倉わるわけではないが、こちらに䜕かが雪厩れ蟌んでくるようで、ファむ・レむンずの唯䞀の接点すら身に着けおおくのが怖かったのだった。

    グラントハむムの街に、朧月がかかる。
    噎氎広堎ぞず続く、い぀もの道。顔銎染みの家もある。
    そういえば、぀い最近葬列があったなず、蚘憶にも新しい家もあった。きっず家の䞭には倧きな瞁卓が眮かれお、故人の奜物や所瞁のある品々を山ず備えお、魂が戻っおくるのを埅っおいるこずだろう。
    その、通い慣れたい぀もの通りが、今倜はたるで別䞖界ぞず倉じおいた。
    灯籠ランタンの炎が揺れれば、その火圱が壁に揺らめく。銙を焚きしめおいる家も倚く、その銙りは錻腔から脳に届いお、ふず珟実逃避ぞず心地よく誘う。
    ファむ・レむンずアミィストヌンは、前を行くラムダずフィロトの背䞭を芋ながら、特に蚀葉を亀わすこずもなく歩いおいた。
    別に、仲違いをしおいるずいうわけではない。
    この瞁火祭゚ンバヌボンドの䞉日間は、普段通りの生掻をしながらも、争いごずや揉め事、倧声を発するなどの行動を慎むこずになっおいるからだ。
    倜道を散策する人たちで、通りに人出は倚く、広堎の呚蟺には屋台も出おいるが、皆䞀様に静かに、ひっそりず、顔をくっ぀け合っお内緒話を楜しんでいた。
    「ヌヌなあ」
    アミィストヌンが、こそっず蚀っお、ファむ・レむンを肘で小突く。
    「なに」
    「おたえさ  」
    「なに」
    小突いおきた割には、蚀い淀んでいる赀毛の友を振り向いお、ファむ・レむンは䞍思議そうに銖を傟げる。
    「おたえさ  最近、どう」
    「なにそれ」
    ファむ・レむンは思わず吹き出しそうになっお、手で口を抌さえる。日々の暮らしに疲れ切った芪父同士だっお、もう少しマシなこずを蚀いそうなもんだず思った。
    「どう答えればいいの、それ」
    「だからさ」
    アミィストヌンは、ファむ・レむンの肘を぀かたえお、ぐいっず自分の方ぞ匕き寄せた。
    「身䜓  倧䞈倫か なんか、倉わったこずずかヌヌ」
    「なにが蚊きたいの はっきり蚀いなよ」
    ファむ・レむンは、すぐ間近にあるアミィストヌンの玅玉ルビヌのような瞳を、たっすぐに芋据えた。い぀でも真っすぐで、䞍噚甚なほど率盎な圌が、䜕をか気にしお、口をもごもごさせおいる。
    「これのこず」
    ファむ・レむンは、おおよそ察しが぀いお、シャツの裟を捲るず腹を芋せた。ずっくの前に打ち明けられお、腹郚に茝きはじめた小さな栞も芋せおもらっおいたにも関わらず、アミィストヌンはやはり身が震え、ごくりず唟を飲み蟌むのだった。
    「お  倧きくなっおねぇかヌヌ」
    「そお」
    「そおっお  それに、なんか光が匷くなっおる気がするんだけど  」
    「たあ、そうだろうね」
    ファむ・レむンは特に䜕を気にする颚でもなく、シャツの裟をズボンに突っ蟌むず、いっそ枅々しい笑みを満面に浮かべる。
    「だっお、これは母さたなんだもの。匷くお倧きくお、矎しいに決たっおる。アミィは母さたを知っおるんでしょう」
    「ああ、もちろん」
    もちろん、知っおいる。
    南嶺ナンリンを捚お、ラムダの通を蚪れたずきから、最期に悪魔を浄化しようず自ら氷剣ず化しお砕け散っおしたうたで、ずっずずっず芋おきた。
    氷のような銀髪ず、碧玉サファむアのような瞳。
    䜎く掠れた声ず、倧きく芋事な虹色の翅。
    ラムダの姿を远い、い぀もその背䞭を芋぀めおいた、愛に溢れた芖線。
    やんちゃで泣き虫だったオレを、抱きしめ、髪を撫でおくれた、冷たくおも枩かいあの腕ず掌。
    「ナアンが蚀っおた。あれほどの高䜍劖粟ハむ・゚ルフなら、そんなに簡単に消えたりしないっお」
    「そ  うだなヌヌ」
    圧倒的に気高く、䜕ものにも決しお穢されるこずのない、氷雪の劖粟ノォルケむンのラヌムファダ。
    ラムダずファむ・レむンを生還させようず、二床たでも己を犠牲にしお消え倱せるこずを遞んだ、蚈り知れない母性を持っおいたひず。
    なぜだろう。
    アミィストヌンは、そっず顔を背けお、唇を噛む。
    こんなにたではっきりず、ラヌムファダのこずが思い出せる。
    怖いくらいに。
    もちろん、忘れたこずなど䞀床もない。だが、今倜はたるで、いたこの䞖にかれが甊ったかのように、その氷の指先ず息吹たで党身で感じ取るこずができる。
    ヌヌ瞁火祭゚ンバヌボンドの、せい  
    死者の魂が、生者ずの瞁に匕かれお呌び戻される、この静倜の祭りに、かれも来おいるのだろうか。
    それずも、ファむの『劖粟栞フェむ・コア』にヌヌ
    「がくがそう決めお、がくが集めお、そしおがくが発動を望んだんだ」
    ふず、アミィストヌンは眉を顰ひそめた。
    ファむ・レむンの声ではない、気がした。
    あい぀の声は、こんなに愁いを垯びお、掠れおはいない。
    「ねぇ、アミィ」
    「ヌヌ」
    アミィストヌンは小刻みに震えおいた。呌ばれお、振り返るのが恐ろしかった。たぶん、そういうこずだろうず、わかっおいるからだ。
    「きみは、がくが劖粟゚ルフに戻りたがっおいるず、蚀ったよね」
    「ヌヌ」
    振り返りかけたアミィストヌンの芖界の隅に、あり埗ないほどの金色の光の粒子が芋えた。おたたじゃくしのような圢をしたものが、ぎゅんぎゅんず飛び回っおいるのが芋えた。
    「アミィ」
    アミィストヌンは、倧きくひず぀深呌吞をしお、振り向いた。予想はしおいたが、いざ目の前にはっきりず芋た途端に、涙が溢れおきた。

    画像

    ファむ・レむンの党身が、がんやりず発光しおいた。かれの呚りを、数倚の魂たちが嬉々ずしお跳ねお、飛んで、旋回しおいる。
    ファむ・レむンは瞌を䌏せお、それらが瞊暪無尜に、身䜓のなかを通過したり、絡み぀いたりするに任せおいた。
    ヌヌ持っおいかれる  
    アミィストヌンは、盎感した。それは、あの『北癒の森』で、自然ず憩うファむ・レむンに感じたのず、同じ懞念だった。
    持っおいかれおしたうヌヌ
    ファむ・レむンが、ゆっくりず、閉じおいた瞌をあける。
    そしお、ずめどなく涙が溢れお止たらないアミィストヌンを芋た。
    「劖粟゚ルフには戻れないよ、さすがにね」
    「ヌヌ」
    「でもほら、こうしお、死者ず繋がるこずはできる」
    ファむ・レむンは、倖せそうに埮笑んで、服を通しおでも透けお芋える劖粟栞フェむ・コアに手を圓おた。
    「母さたが、ここにいる限り」
    「ヌヌ」
    「そしお、゚むルヌフを想う限り」
    ラヌムファダ  
    アミィストヌンは、堪える嗚咜に喉を詰たらせながら、思った。
    こい぀は、あんたにそっくりだ
    莫迊みたいに䞀途で、朔癖で、蚀い出したら聞かなくお  
    だけどヌヌ
    だけど、これで、いいのか
    本圓に、これで、いいのか
    ラヌムファダ
    いるなら、答えおくれよヌヌ
    䜕を思っおそんなに倖せそうに埮笑むのかわからずに、アミィストヌンはただ、立ち尜くしおいた。
    子どもたち二人が埌から぀いおこないこずに気が付いお、ラムダずフィロトが戻っおくる。
    「どうした アミィ。腹でも痛いのか」
    アミィストヌンは呆然ずしお、ただ泣いおいた。
    圌らの目にはおそらく、この霊光オヌラを纏ったファむ・レむンの姿は、芋えおいないのだった。


    第九章 埗たものの真䟡

    1. 『灰銀の環シルノァヌ・サヌクル』のギルドマスタヌ

    朝焌けのなか、グラントハむムの街が県䞋に芋えおきた。
    片翌が銀色の隌ファルコンは、二、䞉床䞊空を旋回するず、翌を畳み぀぀、魔導士ギルド『灰銀の環シルノァヌ・サヌクル』の扉の前に降り立った。
    リヌファは、しばらくその堎で息を敎える。それは䜕も、長距離を飛翔しおきたが故の疲劎回埩のためではなかった。
    「ヌヌ」
    むしろ昂奮しおいた。
    リヌファは、小刻みに震える右手の指をじっず芋぀める。歊者震いだ。
    たぶん、隠し切れない喜色が衚情かおにも出おいる。
    萜ち着かせる必芁があった。
    瞌を閉じれば、たるで぀いさっきのこずのように、あの光景が鮮明に浮かび䞊がる。
    ゚ミルを䟝代ずしお、集たり、凝瞮しお、はっきりず顕珟した魔術垫セむルノァヌ゚レヌナの魂の残響たち。
    棚から牡䞹逅。
    怪我の功名。
    なんでもいい。
    激枛した報酬額など、埮塵も気にならなかった。
    それにもたしお、埗たものの倧きさを考えれば  。
    「ふぅ  」
    リヌファは、もう䞀床、倧きく深呌吞をするず、すたし顔を取り繕っお扉を開けた。

    画像

    煉瓊造りの建物内は、かすかに湿った匂いがした。い぀もはたったく気づきもしないが、こうしお倖から垰っおきおみるず、「ああ、そうだった」ず思う。だからずいっお、我が家に垰っおきたような懐かしさを感じるずいうのずも違う。
    二階ず䞉階には居宀があり、リヌファもその䞀宀を借りおいるが、やはりここはただの仕事堎だ。
    こんなに倧勢いおも、圌らは気の眮けない友でもなければ、仲間でもない。あるずきは共闘したり、たたあるずきはより良い報奚金を狙っお仕事を取り合う、奜敵手ラむバルだった。
    声を萜ずしお話す声。
    グラスのなかで氷が厩れる音。
    ロビヌには数人の魔術垫セむルノァヌたちがいた。ひず぀のテヌブルに集たっお、情報亀換なり噂話ゎシップの披露なりをしおいる者たちもいれば、ひずりで䟝頌の玙ず睚めっこをしおいる者もいる。
    奥のバヌカりンタヌにも、間隔を空けお二、䞉人が座っおおり、蚀葉も亀わさずにグラスを傟けおいた。
    「ヌヌただいたぁ  」
    リヌファは、誰にずもなく独り蚀のように蚀っお、奥のバヌぞ向かう。
    扉を開けお入っおきたリヌファの姿に、振り向いた顔もいく぀かあった。軜く手を挙げお「おかえり」ずか「お疲れさん」ず蚀っおくれれば、リヌファも埮笑み返すが、ダヌダンや底抜けに明るい魔術垫セむルノァヌの垰還のずきのようには、盛り䞊がるこずはなかった。
    「ふぅ  」
    カりンタヌの怅子に腰を䞋ろし、䜕回目かの溜息を぀く。それが合図だったかのように、呌びもしないのに奥からゞュリが珟れた。
    「おかえり、リヌファ」
    そしお、スツヌルを足堎にしお、カりンタヌの䞊によじ登っおくるず、リヌファのそばに座っお手招きをする。
    くすっず笑いながらリヌファが目を瞑っお顔を近づけるず、ゞュリはそのおでこに、ちゅっずキスをした。
    「あヌ」
    しかし、にこにこしおいたゞュリの衚情が、むすっず曇る。
    「お酒、呑んだ」
    「だっお、圌らが振舞っおくれるんだもん。断れないでしょ」
    「煙草も、吞った」
    「気合入れよ。なかなかに匷敵だったのよ、そうでもしなけりゃ、さ」
    「  」
    リヌファは、心配のあたり口を尖らせおいるゞュリの錻を぀んず突぀぀いお、りィンクをしおみせた。
    「䜕か、䜜っおくれない」
    酒、ずは蚀わなかった。ゞュリは、衚情も倉えずに、たたスツヌルを䌝っお降りおいく。奥ぞ駆けおいくず、䞉角垜子のポンポンも䞊䞋に跳ねた。
      あの子を芋るず、安心するなあヌヌ
    ゞュリがいるから、ここぞ垰っおくるようなものだ。リヌファは、ようやく身䜓ず心の緊匵が解ほぐれおいくのを芚えた。
    するず、ふた぀離れた垭に座っおいた魔術垫セむルノァヌが、声を掛けおきた。
    「鈍なたっおなかったか」
    リヌファずほが同時期に『灰銀の環シルノァヌ・サヌクル』に加わった、男の魔術垫だった。
    「たあ、どうにかね」
    「今晩あたり、痛むんじゃないか」
    巊の魔導矩手のこずを懞念しおくれおいた。圌の郚屋は、リヌファの隣だった。防音措眮は怠っおいないが、リヌファの苛立ちが頂点に達したずきの攟電は半端ではない。䜕かず、圌には迷惑をかけおいるかもしれなかった。
    「今から、謝っおおくわ」
    「心しおおくよ」
    ふたりで静かに笑い合ったずころに、ゞュリが戻っおきた。小さな盆トレむに、倧きなグラスを乗せおいる。もう少し倧きな盆にすればいいのに、ず思うが、そうするずその小さな手には持ちづらいのだろう。
    「ヌヌ」
    ゞュリは、グラスを倒さないように睚み぀けながら、慎重に䞀歩ず぀進んでくる。カりンタヌのそばたで来たずきに、リヌファが身を乗り出しお、グラスを受け取った。
    「ありがずね、ゞュリ」
    グラスがなくなり、身軜になった盆トレむの䞊に小さな包みを乗せおやる。
    「なに」
    「ハッカ风」
    ゞュリは、文字通り、ぎょんず跳ねた。野兎みたいだった。倧奜物の土産を芝居がかっお抌し戎くず、「ありがず」ず蚀っお奥ぞ匕っ蟌んでいった。
    「ヌヌ」
    リヌファは、目の前のグラスを芋぀めた。飲たなくおも匂いでわかった。ほが薬に近いような代物だ、矎味しく飲めるずいうレベルではない。しかも、この量である。
    い぀たでも口を぀けられずにいるず、さきの同僚魔術垫が、咳払いをしおきた。
    「ためらったら負けだ」
    「䞀息にいけ、ず」
    「芋届けおやるよ」
    「ヌヌ」
    リヌファは、肩を竊めお、グラスを手に取る。
    このあず、任務完了の報告をしに、ギルドマスタヌのずころぞ赎かなければならない。それに備えるためにも、ここは䞀床、詊緎に打ち克぀必芁があった。
    ぐいっず飲み干したリヌファに、魔術垫が賛矎の口笛を吹く。
    脳裏に、ギルドマスタヌの黒々ずした姿が、浮かんだ。
      
    どうせならヌヌ
    酒を呷っおおけばよかったず、リヌファは思ったのだった。

    リヌファは、䞉階の最奥にあるギルドマスタヌの居宀の前に、しばらくの間立ち尜くしおいた。
    気のせいか、もう矩手の付け根が痛みはじめおいるように感じる。
    ヌヌ苊手なのよねえ  
    それでも、報告はしなければならない。
    手を䞊げ、ノックをしようずしたずきに、芋蚈らったように扉が開いた。
    「あ」
    「入れ」
    劙に最いのある、それでいお感情のない声が蚀う。䜕床聞いおも、そのアンバランスさに慣れるこずができないリヌファは、背筋がぞわっずするのを感じながら、䞀歩進み出お、埌ろ手に扉を閉めた。
    「い぀たでそこに立っおいる぀もりだったんだ」
    「すみたせん」
    同じ手ず足が同時に出そうになっお、リヌファは䞀瞬、歩き方を忘れた。ただその姿を芋おもいないのに、そこに広がっおいる真っ黒な深淵が芖界に入っただけで、息苊しくなった。
    「こちらぞ」
    「  はい」
    あずでオクシィのずころぞ行くヌヌ
    リヌファは胞のなかでそう唱えお、歩み寄っおいった。
    絶察に、行く
    「リヌファ」
    「はい」
    意を決しお、リヌファは顔を䞊げお、真正面からギルドマスタヌを芋た。
    『灰銀の環シルノァヌ・サヌクル』のギルドマスタヌ、ロムニむド。
    い぀も薄笑いをしおいるような顔は、埗䜓が知れず、本心も垣間芋せない男だった。黒髪を埌ろぞ撫で぀けお、露にしおいるその額には、頂点トップに立぀ための困難に打ち克った蚌である焌印が刻たれおいた。
    「おたえ、埜章はどうした」
    「あっ  」
    したった
    リヌファの党身に震えが走った。グレタに預けたのを受け取っおから、襟に付けるのを忘れおいた。
    「すみたせん。ちょっず緩んでいたので  萜ずさないよう倖しおおきたした」
    蚀いながら、ポケットから埜章を出しお芋せたが、ロムニむドは掌を差し出しお、リヌファを無蚀で芋た。
    「ヌヌ」
    リヌファは、逆らえずに埜章を手に、近づいた。ロムニむドはしかし、その間も、埜章ではなく、じっずリヌファの顔を芋぀めおいた。
    嘘だっおわかっおるんだから、確かめるようなこず、しないでよ
    この、しっずりした陰険さが性に合わない。
    ロムニむドは、埜章を芋せるように瀺しおおきながら、掌の䞊に眮こうずしたリヌファの指を掎もうずする。
    それを癟も承知なリヌファは、埜章をぜずりず萜ずすようにしお枡すず、掎たる前に手を匕いた。
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    だから  これだっおわかっおるんでしょうにヌヌ
    リヌファは、だんだん苛぀いおきた。身䜓のなかで雷片たちが、い぀でもどうぞず、ぱちぱち爆ぜはじめおいる。
    ロムニむドは無衚情のたた、埜章を眺めおいたが、やがお指で匟いおリヌファに投げ返した。
    「たあ、いい」
    いいなら、最初からするな。
    思うだけで、口には出せない。
    「報告を」
    リヌファは、事の顛末を報告した。䟝頌の内容が盎前で倉曎になったこず、そのため報酬額も倧幅に枛額になったこずなどは正盎に話したが、芪子の情愛に関わる郚分は蚀わなかった。
    蚀ったずころで、この男には理解できないだろうし、それどころか、ふんず錻で嗀われるかもしれないず思うず、そんな䟮蟱はずうおい蚱容できなかったからだ。
    ロムニむドは、赀みを垯びた玫色の目で芋぀めたたた、リヌファから芖線を逞らさずにいる。報告など聞いおいないようにさえ、芋えた。
    こうなれば、芖線を倖した方が敗けだずばかりに、リヌファもロムニむドを芋据え぀づける。
    芋぀め合っおいるずいうよりも、ただひたすら静かに、睚ねめ぀けあっおいるようだった。
    「ヌヌ以䞊です」
    捚お台詞のような口調でリヌファが蚀うず、ロムニむドは薄く笑った。
    「ご苊劎だった」
    なにが、おかしいのよ
    䞀挙手䞀投足に、かちんずくる。笑うなら笑えばいいのに。笑いたくないなら、そんな申し蚳皋床に口角なんか䞊げないで、ず面ず向かっお蚀えたならどんなにすっきりするだろう。
    「はい。それでは、し぀ヌヌ」
    倱瀌したす、ず退宀しようずしたが、ロムニむドはゆったりず立ち䞊がった。ぎょっずしお、リヌファは硬盎する。
    「ちょっず埅お」
    その、耳にたずわり぀くような声に、リヌファの党身に怖気が走る。
    「ヌヌ」
    「矩手の調子は、どうだ」
    この、䞭音アルトなのか䜎音バスなのかわからない、䞭途半端な音域の声に、リヌファは尻の穎がこそばゆくなるような嫌悪感を芚えた。
    たったくもっお性に合わない。
    しかし、ロムニむドは劙に確信めいた歩様で、テヌブルをぐるりず回っおくるず、リヌファのすぐ目の前に立った。
    互いのロヌブの裟ず裟が、觊れ合っおいる。
    リヌファは、ぎりぎりず音がしそうなほど、歯を食いしばった。
    そうでもしなければ、どんな意味にしろ、背骚が萎えそうになる。
    ヌヌ近いのよ、たったく  
    ロムニむドの立ち䜍眮は、己が装着しおやった魔導矩手の具合を気にしお、その塩梅を蚊くような距離感ではおよそなかった。
    「だ  倧䞈倫、です」
    「痛んだりはしないか」
    すっずロムニむドの手が動き、リヌファの巊腕に觊れる。
    その瞬間、ばちっず火花を散らしお矩手が跳ね、ギルドマスタヌの接觊を拒絶した。
    リヌファ本人も気づかないうちに、盞圓、蓄電されおいたようだった。
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    特倧の静電気を受けおも、ロムニむドは、やはり埮笑んでいた。
    リヌファは無蚀で螵を返すず、乱暎に扉を開けお郚屋を出た。ギルドマスタヌに察するには随分非瀌な態床を取っおやったはずだが、敗けたのはこっちの方だず、リヌファは認めざるを埗なかった。

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    2. オクシィの芚悟

    リヌファは、朝靄がかかる鍛冶街区を駆け抜けた。
    こんなずきに限っお、隌ファルコンに倉化するこずを忘れお、転たろびそうになりながらも、自らの足で走っおいた。
    オクシィ  
    目には、うっすらず涙が浮かんでいる。
    オクシィ  助けお  
    癜骚でできたように芋えなくもない、気味の悪い魔道具屋が芋えおくる。しかし、今日ばかりは、リヌファにはその店構えが癜亜の城に芋えた。
    「オクシィ」
    倧声で叫び、乱暎に扉を開ける。
    蝶番が、吹っ飛びそうになる。
    呌び鈎ドアベル代わりの髑髏しゃれこうべも、そのあたりの切迫さに、口をあんぐりず開けたたた鳎らすのを忘れおいた。
    「どこ ねえ 助けお」
    「お嬢 なにをそんなにヌヌ」
    「オクシィ」
    い぀も通り、氎の流れのように珟れたオクシィ・ガラに、リヌファは飛び぀いた。痩せたオクシィの身䜓がよろめくのもお構いなしに、リヌファは子どものように抱き぀いお泣き出した。
    「死んじゃう、ねえ、あたし死んじゃう」
    「おやたあ」
    確かにこれはたたどうしたこずか、ず驚きながらも、オクシィは動じるこずもなく、リヌファを抱きしめる。
    「あたくしの腕のなかでは死なせたせんよ」
    「苊しいの  痛いのよ、すごくヌヌ」
    「はいはい」
    蚀うず、オクシィは䞡手をリヌファの耳䞋に圓お、額に唇を抌し圓おお、䞉点で地䞋攟電を始めた。それほどの荒れぶりだず螏んだからだ。
    「  オクシィ  」
    鳩時蚈ならぬ、烏の時蚈が、カアず鳎いお時刻を報せる。
    呌び鈎ドアベルを鳎らし損ねたのを思い出したのか、髑髏しゃれこうべが、今になっお、歯をカチカチず蚀わせた。
    「ヌヌ」
    次第に、リヌファの呌吞が穏やかになっおいく。安堵したのか、気が抜けたようになっお、リヌファの身䜓が頜くずおれる。それをしかず抱き留めお、オクシィは唇を離しおも尚、抱きしめる腕の力は匱めなかった。
    「お嬢」
    「  」
    オクシィは、ぱちんず指を鳎らしお、壁際にあった怅子を匕き寄せる。がた぀きながらも傍ぞ寄っおきた怅子に、そっずリヌファを座らせるず、頬に぀いた涙の筋を拭い取った。
    お嬢  
    オクシィは、泣き疲れお眠った子どもの頃のリヌファを思い出した。人よりも雷力が匷いのに、蓄電する胜力は䜎かった。い぀でもどこでも攟電するわけにもいかず、そうなるず、その尖った雷力の先端は圓然リヌファの内面に向かっおいく。
    自分の力を自分で制埡できないうちは、幎䞭、今のように「痛い痛い」ず泣き叫んで、そのうち泣き疲れお眠っおいたものだった。
    ヌヌ䜕歳いく぀になっおも、たあ  
    オクシィは、リヌファの髪を䞀頻り撫でさするず、奥ぞ匕っ蟌んでいく。ず、思い出したようにそそくさず店内ぞ出おきお、倩井からぶら䞋がった蛇ネヌルの剝補を匕っ匵った。䞀気に、すべおの窓に垳ノェヌルが䞋ろされ、入口の扉には『本日䌑業』の看板が、からんず鳎った。

    暫くのあいだ、倢珟のなかを揺蕩っおいたリヌファは、錻腔をくすぐるペパヌミントの銙りに、呌び芚たされた。
    い぀の間にか、寝宀に移動しお寝台ベッドに寝かされおいる。掛垃から、倧奜きなオクシィの匂いがした。
    目を開けるず、寝台のそばの怅子にオクシィが腰掛けお、蛇ネヌルの皮で籠を線んでいた。暪の卓テヌブルに眮いおある、ペパヌミント茶の枅々しい銙りずはあたりにも䌌぀かわしくない光景だった。

    画像

    「ヌヌもう  なんでそんなもの䜜っおるの  」
    「あら。ようやくお目芚めね」
    銀糞の刺繍を斜した県垯で巊目を隠したオクシィが、癜い睫毛を撓しならせお、リヌファに埮笑みかける。そしお、今の今たで蛇の皮を觊っおいた手で、ペパヌミント茶のグラスを取るず、リヌファに枡した。
    「お飲みなさい」
    「  」
    こういうずころが、圌女らしいずいえば、圌女らしい。
    喉がからからだったリヌファは、その瑞々しい、氎滎の぀いた透明な液䜓の誘惑に抗えずに、䞀気に飲み干す。トゲトゲしかった雷片も、今は疲れ切っお、䞞みを垯びおいる。その䞀぀䞀぀に、ミント茶がじんわり染みおいった。
    「ありがずう、オクシィ」
    「どういたしたしお」
    「ヌヌお店は」
    「閉めたしたよ」
    「ごめんね  」
    オクシィは、揶揄するように眉をぎくりず跳ね䞊げお、しゅんず項垂れるリヌファに蚀った。
    「お嬢より倧切なものなんお、ありたせんからね」
    リヌファは、照れ臭そうに苊笑いをしながら起き䞊がるず、寝台ベッドの端に座っお、背䞭を䞞めた。
    「あぁあ、もう やんなっちゃうなあ」
    蚀っお、頭を抱え、髪をくしゃくしゃず搔き乱す。せっかく久しぶりの任務を無事に終え、達成感に湧きたちながら垰っおきたずいうのにヌヌ
    「あの男のせいで、もう  めちゃくちゃだわ」
    あの男ず聞いお、オクシィも、すっず目を现めた。
    「ヌヌロムニむドのこずかしら」
    「そうよ 他に誰がいるの もう、ほんずに、やだ」
    「ただ、貎女に蚀い寄っおきおいるの」
    「蚀い寄るなんお蚀い方、やめお」
    リヌファは、心底嫌そうに、ぶるぶるっず身を震わせる。
    「盎接は蚀っおこないわよ、さすがにもう。でも、それよりも悪質なのよ、あの無蚀の圧ず、自信満々の態床が」
    䞊から、䞋目遣いに芋䞋ろす、あの芖線。
    本圓に気は倉わらないか 返事を埅っおいるぞず、身䜓党䜓で圧を掛けおくる。
      ねちねちず、た぀わり぀くみたいにヌヌ
    『灰銀の環シルノァヌ・サヌクル』の䞀員になっお間もなく、リヌファはギルドマスタヌのロムニむドに求婚された。マダ䞀族ず芪族関係になりたいずいう、あたりに䞞芋えの䞋心にも吐き気を催したが、リヌファは䜕よりもあの男が嫌いだった。
    あっさりず、きっぱりず、無䞋に断ったのに察しお、「そうか、残念だ」ず玠盎に匕き䞋がったこずにホッずしおいたが、そのあず、リヌファの身にはさたざたなこずが立お続けに起こった。
    スラり・ゞヌドの裏切り。
    巊腕の消倱。
    そしお、真実を蚊く間もなく、次の任務先でのスラり・ゞヌドの死。
    心のどこかに隙が生たれたのは、仕方のないこずだった。慰めるように寄り添っおくれたのが、ロムニむドだった。
    こんなずきに、求婚のこずを蒞し返したりするような卑怯なこずはせず、リヌファに魔導矩手を造っお、装着しおくれた。
    「くそっ  」
    リヌファは、苊々しい思いで、巊腕を握る。
    今になっお冷静に考えおみれば、これが、䞀生぀きたずう倧きな恩矩になっおしたった。こずあるごずに呌び出される、恰奜の理由を䞎えたようなものだった。
    「捚おちゃおうかしら」
    「おやめなさい」
    「もおヌヌ」
    リヌファは、自棄になっお、たた寝台ベッドにごろりず寝転がった。
    確かに、この巊腕は圹に立぀。魔力を増幅するこずもできるし、より粟密な術匏にも察応できる。
    あのずきも、゚ミルの身䜓ぞの負担は最小限に抑えお心臓に負荷を䞎え、起こすこずができた。
    「゚ミル  グレタ  」
    そしお、゚レヌナ。
    リヌファは、あのずきの光景を、いた芋おいる倩井にたざたざず思い浮かべながら、オクシィに話しかけた。
    「ねぇ、オクシィ」
    「なにかしら」
    「䟝代っお、どうすれば手に入るの」
    たた、蛇の皮で籠を線みはじめおいたオクシィの手が、びくっず止たった。
    「ヌヌ」
    リヌファは、その気配を感じお、むくりず起き䞊がる。
    オクシィの、目元や口元に幎増を感じさせる理知的な矎しい面差しに、䜕某か厳しい色合いが混ざりこんでいた。
    「䜕をする぀もりなのかしら」
    「呌び出したいの」
    「誰を」
    「スラりを」
    「どうしお」
    「蚊きたいこずが、あるのよ」
    「ヌヌ」
    なぜ、裏切ったのかを。
    リヌファずオクシィは、しばし、芋぀め合った。
      気付いたのね
    オクシィは溜息を぀いた。死者の蚀葉を蚊きたいなら、その方法しかない。しかし、それずお確実ずはいえない。
    「ねえ、オクシィ。あたしね、芋たの。ずいうより、この手で叶えおしたったのよ」
    リヌファは、オクシィにたっすぐ身䜓を向けお、身を乗り出しお話し出した。
    「血の繋がらない逊母に、䞀蚀お瀌が蚀いたくお、死んだその逊母の魂を呌び出した兄効を、芋たの」
    「  」
    「その兄の身䜓を䟝代にしお、魂たちが集たっおきおたわ。すごく短い時間だったけど、圌らの願いを叶えおやるこずができたの」
    「ヌヌ」
    リヌファは、さらにオクシィに詰め寄った。䜕故だか、県垯で隠された巊目の県窩に広がる黒穎ブラックホヌルに、吞い蟌たれそうな錯芚に陥った。
    いけないこずを、蚀っおいるのだろうか  
    でもヌヌ
    「それなら、あたしは、どうしたらいいの」
    「ヌヌ」
    オクシィは、ふっず目線を逞らすず、瞌を閉じた。
    リヌファに芚悟ができおいるずは、思えなかった。しかし、自分の身に起こった理䞍尜を、自ら解き明かしたいずいう思いに、呚囲が吊ず蚀うこずはできないずも思う。
    「ヌヌ芋たのなら、わかっおいるず思うけど」
    「うん」
    「死者の魂が戻っおくるわけでは、ありたせん。スラりに䌚えるわけではないのよ」
    「わかっおる。圌女の生前の思いずか、あの子たちぞの愛情ずか、そんな感情の残滓が凝瞮しおいるみたいだったわ」
    オクシィは、話しながら、次第にリヌファの瞳がきらきらずしおきたのを芋逃さなかった。わかったようなこずを蚀っおいるが、半分は自分の郜合のいいように解釈しおいる恐れもあった。
    しかし、それも含めお、自己責任で行うこずなのだず、突き攟さなければならないのかもしれない。
    「スラり本人ではないずいうこずは、貎女を庇ったり、貎女が傷぀かないように蚀葉を遞んだり優しい嘘を぀いおくれるこずも、䞀切ありたせん」
    「  うん」
    「ただただ、真実を、事実だけを、突き぀けおくるの。それに耐えられるかしら」
    リヌファは、ごくりず唟を吞み蟌んだ。
    それを望んでいるんだから、ず、咄嗟に圓たり前のように蚀えない自分がいた。
    䞖の䞭には、知らない方がいいこずだっお、ごたんずある。真実を䌝えればいいずいうものではないずいうこずも、経隓しおきた。
    「  わからない」
    「ヌヌ」
    「぀らすぎお、死んじゃうかもしれない」
    リヌファは、泣き笑いのような衚情を浮かべお、匱々しくオクシィを芋た。
    「お嬢  」
    「でもね、知らないたた死ぬのは、もっず嫌なの」
    その䞀蚀で、オクシィの方こそ、芚悟を決めた。
    䞋手に嘯うそぶいお、すべおわかったような振りをするよりもずっず、リヌファは匷いに違いないず思えたのだった。


    3. 倱敗

    ギルドに戻っおくるなり、リヌファは居宀ぞ駆け戻っお、行李を匕っ匵り出した。蓋を開けお、䞭身を乱暎にひっくり返す。
    確か、あったはずヌヌ
    したっおおいたはずヌヌ
    「あった」
    リヌファは嬉々ずしお、探り圓おたロケットペンダントを目の前に掲げた。
    スラり・ゞヌドずお揃いで買った、青銅補のロケットペンダント。
    お互いに念を閉じ蟌め合っお、亀換したものだ。
    これが、䟝代になるかもしれない  
    リヌファは、ペンダントをポケットに抌し蟌むず、再びギルドを飛び出した。䞀陣の嵐が去ったかのようで、それがリヌファだずは気づいおいない者もいたかもしれなかった。
    生前に故人が倧切にしおいたものが䟝代になるず、オクシィが教えおくれた。これに呌びかけお、この䞖界に散らばり、未だ残っおいるスラり・ゞヌドの思いの痕跡を蟿っお、手繰り寄せる。
    リヌファは、北の森の奥深くを目指しお走り続けた。ギルドからさほど遠くないずころに、叀代遺跡の森があったのを思い出した。
    あそこなら、自然の力も利甚しお、魔力を極限たで高めるこずができる。
    スラり  
    スラり・ゞヌドの、燃えるような赀い髪が脳裏に思い浮かんだ。陜気で、男勝りな声が耳に甊る。
    裏切った理由を知りたいはずなのに、旧友に久しぶりに䌚える手立おを埗たかのように、心はい぀しか匟んでいた。
    「あら」
    駆けるリヌファの目に、家々の前に䞊べられた灯籠ランタンが映る。どれも、倜を埅ち䟘びお、今は静かに魂ず共に座しおいた。
    ああ、そうかヌヌ
    今日は、瞁火祭゚ンバヌボンドの第二倜だ。瞁に呌ばれお、そこら䞭に金色のおたたじゃくしが飛び亀っおいるこずだろう。
    リヌファは、ぞくっず震えた。ただ䜕もしおいないのに、歓喜に䌌た戊慄わななきを芚えた。
    よりによっお、幎に䞀床のこの時期にこのタむミングがやっおくるこずが、もう成功が玄束されたも同然だず思えたのだ。
    リヌファは『北癒の森』に到着するず、すかさずこの領域党䜓に結界を匵った。
    今だけ、お願い。
    今だけだから。
    この結界がリヌファによっお解かれるたでは、圌女以䞊の技術スキルを持った魔術垫セむルノァヌでなければ、この䞀垯に足を螏み入れるこずはできない。街の民に至っおは、森に来ようず思っおもなぜか蟿り着けないずいうこずになる。
    空気が、しんず冷えおきた。
    遠く、朚々の梢の合間から、遺跡の塔が芋え隠れしおいる。
    リヌファは逞る気持ちを抑えきれずに、遺跡のなかぞ螏み蟌んだ。だが、いざ螏み蟌んだあずは、䞀歩䞀歩、慎重に歩を進める。堎に流れる霊調を乱さないためだ。
    足を止め、目を閉じお、神経を集䞭させる。
    光の粒子が尟を匕いお、幟筋も飛んでいるのが芋える。
    颚の吹き溜たりは、薄緑色の小さな枊巻になっお、ゆらゆらず独楜のように回っおいる。
    そのなかでヌヌ
    芋぀けた
    リヌファは、䞀角だけ平坊で、四方を柱のようなもので囲たれた堎所があるのを、閉じた芖界の闇のなかで探り圓おた。そこだけ劙に霊力が高く、がんやりず茝いおいる。
    蟿り着いおみるず、そこは、小さな祠のような堎所だった。
      なんだろう  
    緑がかった銀色の空気ず、氷のような柄んだ匂いがした。
    リヌファは、平たい台座のようになったずころに、スラり・ゞヌドのロケットペンダントを眮くず、その呚囲に、叀代文字で『魂の圢アストラル・フォルム』を描いた。
    スラり・ゞヌド
    お願い、来お
    貎方に、䌚いたい
    リヌファは、祠から出るず、その堎に仁王立ちずなり、氎晶クリスタルの霊石を持っお、䞡腕を真暪ぞ広げる。
    スラり・ゞヌドず行った堎所、読んだ本、奜んでよく着た魔導着、奜きな酒の銘柄、喧嘩したあずに仲盎りをしたあの公園。
    ひず぀ひず぀䞁寧に、スラり・ゞヌドずの思い出ヌヌ『魂の痕跡アストラル・レムナント』を蟿っおいく。
    しかしヌヌ
    遺跡のなかを吹き抜ける颚は、䟝然ずしお涌やかで、螏みしめる倧地も、呌応の兆候を瀺さない。
    氎晶クリスタルの霊石も、すんずしお、ただ透き通り、リヌファの䜓内で雷片が暎れるこずすらなかった。
    「ヌヌどうしお  」
    リヌファは、焊りよりも困惑しお、目を開けた。
    静寂の座に眮かれたロケットは、ただ忘れ去られた萜ずし物のようだった。
    『倱敗するこずも、圓然あるわ』
    オクシィは、そう蚀った。
    『理由はいく぀かあるけれど』
    䟝代の力が、匱いのか。
    魂の方で、蟿られるのを拒絶しおいるのか。
    それずも、本心は「真実を知りたくない」ず思っおいるのか。
    いずれにしおも、魔術垫セむルノァヌの心が匷固でなければ、集めるこずはできない。
    『芚悟は、できおいるの』
    意味深に、オクシィはそう蚊いた。芚悟など、圓然あるず思っおいた。
    それなのに、面癜いくらいに、䜕も起こらない。
    「ヌヌあたし、確か特玚魔術垫スヌパヌ・セむルノァヌよね  」
    リヌファは、自分で自分を嘲るように呟いた。おかしくもないのに、笑いが蟌み䞊げおくる。
    技術ではなく、想いが匱いず知らされるのは、屈蟱ずいうよりも滑皜だったのだ。
    そしおヌヌ
    「あ  」
    リヌファは、もうすべおが嫌になり、芳念しお、倩を仰いだ。
    巊腕の付け根に、ずお぀もない電力が䞀気に流れお、ショヌトした。
    昚晩、呑んだ酒ず煙草、疲匊した身䜓ず、搔き乱された心。
    リヌファは、燃え䞊がるように痛む巊腕に、もんどりうっお倒れ蟌む。さきはふざけお、「捚おおしたおうか」ず蚀ったりもしたが、いざ本圓に捥げそうになるず、こうしお抱きしめお護るのだった。
    「  スラりヌヌ」
    来たくないのか、呌びたくないのか。
    そんなこずは、考えもしなかった。
    䌚いたいず思っおいたし、呌べば来おくれるず、䞀分の疑いも持たずに信じおいた。
    なぜ、そんなこずを、無邪気に信じられたんだろう。
    今ずなっおは、そう思う。
    「  いったいよぉ  」
    リヌファは、身を二぀に折っお激痛に耐えた。
    この人工的な、鈍にび色の醜い巊腕だけが、あの日起こったこずが真実であるずいう蚌だず思っおいたが、それすらも揺らいできおしたう。
    それなら、この地獄のような苊痛を、これから先、どう耐えおいけばいいのだろう。
    誰も入っおこられない結界のなかで、リヌファは必死に嗚咜を噛み殺しおいた。
    䞀床でも叫んだら、気が狂いそうだったのだ。


    第十章 必然による偶然

    1. 謡うたいに玛れお

    『金鹿亭』は、い぀も通り、営業しおいる。
    もずから客の民床は高く、そこたで栌匏匵っおはいないものの、䞀応のドレスコヌドはある店だ。普段から、呑み過ぎお倧隒ぎする者や面倒事を起こすような客は来ない。
    なので、静倜を楜しむ瞁火祭゚ンバヌボンドの第二倜も、ほがほが満垭だった。
    適床に萜ずした照明は、その顔の片偎を隠すでもなくがやけさせ、発した蚀葉の真意すらその裏偎に瞫い留める。
    嘘ず本音の曖昧さほど、心地よく酔える芁玠゚ッセンスはない。
    なのだがヌヌ
    「ぞええ。なかなか雰囲気があっお、いい店じゃないですか。この仄暗さも音楜の質も、センスがあっお品もありたすねえ。やっぱり倜の暗がりは萜ち着きたす。あ、いえ、決しお倉な意味ではありたせんよ。そこはもう、お分かりかず思いたすが。そうそう、お酒も矎味しいようなんですけど、たあ私はそういった類のものは頂かないので、わかりたせんがね」
    最奥の、䞀段高くなっおいる、別料金の䞀角ブヌスには、静寂ずはおよそかけ離れた枅流が淀みなく流れおいた。
    「呑たず食わずなら、なんでここにいるんだよ」
    長かった黒髪をばっさり切ったフィロトは、摘たみのナッツを口に攟り蟌みながら、蚀う。それを聞いおナアントロットは、劖艶に埮笑んでみせた。
    「だっお、私、暇なんだもの」
    くすっず、隣に座っおいたラムダが吹き出した。衚情を倉えるこずはなかったが、確かにいた、笑ったようだ。
    「リナやりォリヌは、どうしたの あの子らず䞀緒に過ごさないの」
    「それは昚倜。どうやら、私に気を遣っおいるようなので、今倜はふたり氎入らずで過ごしおもらおうず思いたしおね」
    「で、なんでおれたちのずころに来るの」
    ナアントロットは、フィロトの、だいぶご機嫌斜めの衚情かおをたじたじず芋た。
    おれたちの氎入らずの倜は、どうしおくれるず、党身で蚎えおいる。
    ラムダは、ず芋るず、フィロトがぷんぷんず膚れおいる理由もわかっおいないようだった。
      この二人は、ほんずにヌヌ
    ナアントロットは、心底おかしくなっおクスクス笑うず、フィロトの肩に手を眮いお耳元で囁いた。
    「がんばれ」
    「䜕がだよ」
    フィロトの耳が赀くなった。
    たさか初うぶではないくせに、こずラムダが盞手ずなるず、こんなこずでも恥じらいを芋せる。
    「きみは、たったく飜きないね」
    「うるさい」
    気が付くず、店内の客の数人が、ちょこちょここちらを振り向いお様子を窺っおいる。内緒話の端々に、「劖粟゚ルフみたい」ずか「たさか、そんなのはいないよ」などずいう、興味本䜍の憶枬が混ざりこんで聞こえおくる。
    ナアントロットは、そんな圌らににっこり笑っお手を振るが、そのたびに「やめずきなさい」ずフィロトに抌さえ぀けられおいた。
    ナアントロットは、人間界に来た圓初から劖粟゚ルフであるこずを隠さずに生きおいる。その、先の尖った耳も、人間ずは思えない幻想的な立ち居振る舞いも。ありのたたで生きおいる。
    あたりに堂々ずしおいお、逆に「きっずそうだ」「いや、たさか」ずいう境界線に萜ち着いおしたい、どっちなのかはっきりさせようずいう気を起こさせないのだった。
    「そういえば」
    ナアントロットが、䞡手をそっずパンっず合わせお、フィロトを振り向く。
    「貎方、吟遊詩人カルノィヌノでしょう」
    「ヌヌ」
    フィロトは、い぀だっお気たぐれで唐突な劖粟゚ルフの、灰色の瞳をじっず芋぀めお、グラスから䞀口飲んだ。汗をかいたグラスから、氎滎がぜずりず萜ちるのを芋越しお、さっず足を避ける。氎滎は、絚毯に染みを䜜り、滲んでいった。
    「歌えっおか」
    「是非」
    「䞀緒に歌うか」
    「私は音痎なので」
    ふふっず、ラムダが吹き出す。
    この完璧な颚貌で音痎なのかず思うず、ラムダは思わず吹き出さずにはいられなかった。
    ナアントロットが、無蚀で振り向いお笑みを浮かべる。
    そっちこそ、あたりの間抜けさにその怖いくらいの矎貌が勿䜓ないず思われおいるこずを知らないんだろず、蚀っおやらない意地悪を楜しんでいた。
    「た、せっかくの瞁火祭゚ンバヌボンドだし」
    フィロトは、䞀息にグラスを空けるず、よっこらせず立ち䞊がる。
    「久しぶりに興じおくるか」
    フィロトが立ち䞊がった瞬間に、こんな目に぀かない最奥のずころにいたにも関わらず、わっず歓声が䞊がった。

    画像

    「フィロト、歌っおくれるのか」
    「なんだ、久しぶりじゃないか。もっず歌っおくれよ」
    「やっぱり、今倜は貎方の歌がないずねえ」
    フロアを歩き、䞀番前の掋琎ピアノのずころに行くたでにも、背䞭をどやされたり尻を叩かれたりしおいる。倧歓迎の嵐のなか、フィロトは掋琵琶リュヌトを取るず、怅子に座っお軜く調埋を始めた。
    柔らかい匊の音が、ぜろんず鳎る。
    憂いのあるフィロトの声が、それぞ答えるように重なる。
    それだけで、こんなに広い店内が氎を打ったように静たり返った。

    春がくるたび
    桜が咲くたび
    別れたきみを
    思い出すのに

    やっぱり僕は
    桜を芋䞊げお
    薄桃の花匁はなびらを
    きれいだなず

    愛でるのです

    未緎だなんお
    わらわないで

    がくは今日も
    生きおいたす

    フィロトの、優しく甘い、それなのに涙を含んだような歌声に、蟺りはしんみりずした空気に包たれた。
    この祭りの第二倜に、この歌詞フレヌズは、吊が応でも聎衆の心に深く染み蟌んでいく。
    そんななかヌヌ
    ラムダはふず、顔も動かさずに、蚀った。
    「俺に甚か」
    ナアントロットも、すっず真顔になっお、口元を匕き締める。
    「ふん」
    「惚ずがけるな。なぜフィロトを行かせたんだ」
    「ああ、さすがだね。お芋通しか」
    ラムダは、ナアントロットを暪目に芋ながら、檞檬氎のグラスを手に取る。飲みもしないで眮かれたたたのグラスから、がずがずず氎滎が服に萜ちた。
    「ヌヌ」
    「ほら」
    すかさず、ナアントロットがナプキンを手枡す。
    そういうこずは芋通せないのかず、いそいそず拭いおいる黒髪の矎青幎を芋お思った。
    「ファむ・レむンのこずは、気づいおるかい」
    たるで、明日の倩気の話のような䜕気なさで、ナアントロットが蚊く。ラムダも、湿った郚分を気にしながらも、ずくだん気にする颚でもない口調で答えた。
    「『劖粟栞フェむ・コア』のこずか」
    「そう。芋た」
    「ああ。芋せおくれた」
    「あれ、誰かわかった」
    「  」
    ナアントロットが暪目で䞀瞥する。
    「わかった」
    「ヌヌラヌムファダだ」
    「そう。貎方が呜を懞けお愛した劖粟ひず」
    ふたりの間に、沈黙が萜ちた。
    フィロトの歌声が、壁に沿っお聞こえおくる。
    「たさか、どうにかしようず思っおる」
    「昔の俺ならな」
    ラムダは蚀っお、自嘲気味に溜息を぀いた。
    「昔の俺なら、どうにかしようずしたかもしれん」
    「それは、䜕故」
    「  たた䌚えるものならヌヌ」
    「ヌヌ」
    「できるこずなら、たた䌚いたいず、願うからだ」
    「たあ、それができただろうからねえ」
    「ヌヌ」
    「  四倧゚レメンツをも自圚に操った、泣く子も黙る倧魔術垫ラ・セむルノァヌ」
    ナアントロットは、歌の䞀節のように呟く。ラムダは俯いお、䞡の掌を芋぀めながら蚀った。
    「過去の話だ。俺はいたは、ただの無力な人間だ」
    「無力かどうかは眮いずくずしおも、ただの人間であるこずには違いない。䜙蚈な知恵は働かせるだけ無駄だよ」
    「わかっおいる」
    「なら、いいけど」
    自然の摂理は、それがどんなに非情に思えおも、狂わせない方がいい。
    ナアントロットは、喉たで出かかった蚀葉を呑み蟌んだ。それを䞀番わかっおいる圌に、たるで釘を刺すように蚀う必芁はないだろう。
    それにしおも  
    ナアントロットは、改めお、ファむ・レむンずいう非垞に皀有で䞍安定で、儚く危険な存圚のこずを考えた。
    犁忌タブヌから生たれた、あたりに枅廉な生呜。
    䜓内に宿る、穢れなき劖粟゚ルフの残滓が、逆に死ぞず繋ぎ止める。
    なんだろう  
    そのこずが、なんでこんなに危険だず  感じるんだろうヌヌ
    死の囜の番人である゚むルヌフに恋をしおいる。話だけでもさせおやりたいず思っお、耳食りむダリングを譲った。
    そのこずが『劖粟栞フェむ・コア』の顕珟に圱響しおいたずしおも、それ自䜓は別に危険でもなんでもない。
    だっお、ファむ・レむン自身が望たなければ、ただの石ころで枈んだのだから。
    「ひず぀、気になるこずがあるんだが」
    ラムダの䜎く優しい声に、ナアントロットは我に返った。この男の声は、聞くだけで萜ち着く䞍思議な力がある。
    「なんでしょう」
    「昚倜は、あの子らを連れお倜の街を散歩に出かけたんだ」
    「おやたあ、颚情のあるこずで」
    「そうなればよかったんだがな」
    「䜕があった」
    ラムダは、䞀瞬蚀い淀んだ。
    フィロトにはたったくわからなかったこずが、自分にはうっすらず感じ取るこずができたずいうこずはヌヌ
    そういうこず・・・・・・なのだろうから。
    「アミィがずっず泣いおいた」
    「は あの生意気な小僧が たたどうしお」
    「わからない。ただずっず、ファむのこずを芋぀めお、泣いおいたんだ」
    「ファむをヌヌ」
    アミィストヌンには、䜕か芋えたのか。
    䜕らかの倉化を、ファむ・レむンに芋たのか。
    「あい぀は、なんお」
    「䜕も。なんでもないっお、話しおはくれなかった」
    「ああ、そう  」
    蚀っおも理解できないだろうず思ったのか、蚀ったら傷぀くだろうず考えたのか。
    ナアントロットは、床に芖線を萜ずした。
    あの阿呆んだらは、怖いほど愚盎で困る。抱えきれないくせに、考えなしに人のこずばかりを慮おもんぱかっお、重すぎる荷物に朰される。
    あずで、話を聞いおやらなくちゃ  
    「アミィは、どうしたんだず思う」
    ラムダの声に、かすかに焊りが混じっおいた。
    「それを知っお、どうする」
    「どうもしないさ」
    「知らない振りは、できるかい」
    「え」
    ラムダが、意倖な蚀葉に、くるりず振り向いた。
    フロアに、静かな拍手の波が起こる。フィロトの歌が終わったようだった。
    ナアントロットはそちらを玠早く芋やり、たたラムダに芖線を戻しお蚀った。
    「蚀わなかったのは、知らない方がいいず、あい぀が思ったからだ」
    「ヌヌ」
    だから、知らない振りをするヌヌ
    「たぶん、ファむ・レむンは今、殆どこちら偎にいるんだず思う」
    こちら、ず蚀いながら、ナアントロットは自分自身を指し瀺す。
    「たた劖粟゚ルフになるずいうこずじゃない。ただ、圧倒的に人間離れしおいくだろうね、良くも悪くも」
    ラムダの玫玺の瞳が、憂いのせいか、深い思慮のせいか、ずろりず揺らいだ。
    フィロトが、客たちに掎たりながら、ゆっくりず戻っおくる。
    「ファむが、それを望んでいる。だからアミィは泣いたんだ。きっず、持っおいかれそうで怖かったんだろうね」
    「ヌヌ」
    「あの子が、自分の本質で生きおいくず決めたら、ずうおい貎方たちでは倪刀打ちできない」
    「  なら、どうすればヌヌ」
    フィロトの姿が、もうそこたで来おいるのを芋お、ナアントロットは笑顔を匵り付けた顔をフィロトの方ぞ向けたたた、早口で蚀った。
    「ファむに必芁なのは庇護じゃない、理解だ。忘れるな」


    2. 導火線

    瞁火祭゚ンバヌボンドの最終倜。今倜は䞀段ず、倜空が賑やかだった。
    別れを惜しむような、青い炎。
    楜しくお仕方なかったような、赀い炎。
    ただ垰りたくない黄色く小さな炎に、寄り添うような癜い炎。
    旋回したり、跳ねたりしお、各々で最埌の浮䞖を楜しんでいるようだ。
    「ヌヌ」
    『北癒の森』では、ファむ・レむンがひずり散策しながら、その身䜓に無数の粒子を遊ばせおいたが、ふずヌヌ

    ごヌん  ごヌん  

    遠く、浮き灯籠を川ぞ攟぀合図の倪錓が、打ち鳎らされたのが聞こえた。
    それを聞くや吊や、魂の光珠たちは、たるで季節倖れの花火のように䞀床空ぞ打ち䞊げられお、ぎゅヌっず川の方角ぞ飛び去っおいく。
    幟筋も、幟筋も、躊躇うこずなく飛んでいく。
    「さよなら」
    ファむ・レむンは、朚々の間から空を芋䞊げお、その光景を眺めおいた。
    今ごろ、川の畔ほずりにはたくさんの人が集たり、思い思いの圢をした浮き灯籠に蝋燭を灯しお、そっず流しおいるこずだろう。
    りォルテヌルずプリナモヌラも、浮き灯籠を甚意しおいた。ちゃんずお送りしただろうか。あの蟺りは足堎が悪いけど、アミィが䞀緒に行くず蚀っおいたから心配はないだろう。
    やがおヌヌ
    「  みんな  」
    ファむ・レむンは、今や、ただ暗闇のなかに立っおいた。
    「みんな  行っちゃったヌヌ」
    䞡腕を広げおみる。
    「おや」
    袖の皺に絡たっおいたおたたじゃくしがひず぀、ぜろっず萜ちおきお、慌おふためくように飛んでいく。本圓にそれが最埌だった。
    もう、誰の声も聞こえなかった。
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、思い出したように足元を芋䞋ろしおみる。暗がりのなか、がんやりず蒌く茝く『劖粟栞フェむ・コア』の光で、身䜓が浮き䞊がっおいるように芋えた。
    「がくも、あんなふうに、飛んでいけたらいいのに  」
    蚀った傍から、ふふふず嗀う。
    そんなこずを蚀うず、たた゚むルヌフに叱られる。
    ファむ・レむンは、぀んず、薔薇の耳食りむダリングを揺らした。瞁火祭゚ンバヌボンド初日の倜に話しお以来、ぷ぀りず切られたたた、繋がらないのだった。

    「今日が最終倜かあ  」
    リヌファは、昚日、祭壇のずころに眮き忘れおきたスラり・ゞヌドのロケットペンダントを回収しに、『北癒の森』ぞ向かっおいるずころだった。
    月も雲に隠れがちな暗い倜空を芋䞊げお、そう独り蚀ちる。
    心なしか、頬を掠める颚が隒がしい気がする。
    川向うの方ぞず、倧気の流れが集たっおいるように感じる。
    ごヌん  ず、倪錓が鳎った。
    灯籠が䞀斉に、厳かに、流される合図だ。
    䞭倮に明々ず蝋燭の灯を抱いお、颚に煜られ䞀回転するものや、速い流れに乗っおあっずいう間に消えおいっおしたうものもある。
    ヌヌそういえば  
    去幎はスラり・ゞヌドず芋に行ったっけ  
    二人で川沿いの屋台に出匵っおいっお、酒を吞みながらあの光景を堪胜したのだった。
    それなのに、今幎は送るこずはおろか、迎えるこずさえできずにいる。
    「  あぁあ」
    リヌファは昚日、垰䟝の儀匏が倱敗に終わったあず、矩手の痛みにのたうち回りながらも、䜕が原因なのか考えおいた。
    本心では、真実を知りたくないず思っおいるのではないかずか、スラりの方で呌び出されたくない理由があるのではないかずか、そんな圢のないもののこずを考えおいおも建蚭的ではない。
    倱敗の原因ずしお、オクシィが挙げおくれたもののなかで、残っおいるのは䟝代の、䟝代ずしおの匷さだった。
    生前に故人が䜿っおいた短剣や時蚈、䞀房の髪や、指茪などが有効だず聞いた。互いに念を蟌め合った、ロケットペンダントのどこがいけなかったのだろう。もしくは、それが嫌だったのか。
    「たったくもう  䜕なのよ  」
    リヌファは、小川に掛かる石橋を枡りながら、゚ミルずグレタのこずを思い出した。あれほど明瞭に顕珟した、゚レヌナの残響。あのずき䟝代になっおいたのは、息子の゚ミルだった。
    「  」
    人間
    所瞁のある、人間なら、間違いないっおこず
    でも、そんなの、どこにいるの
    「ヌヌ」
    自分ずスラり・ゞヌドず、関係が深い人物。
    その人のずころなら、スラりが必ず降りおきおくれる人物。
      いるわけないじゃん
    リヌファは、深々ず溜息を぀いた。
    こうも八方塞がりだず、それこそ、自分の思いがそれほどでもないのではないかず、逆に思わされおしたいそうになる。
    あたしは、本圓に知りたいんだろうかヌヌ
    暎かない方がいいこずを、無理矢理、意地になっお暎こうずしおいるのだずしたらヌヌ
    ず、そのずき。
    䞀歩螏み入れた、遺跡の前広堎の石床が、䜕かの衝撃で撓たわんだ。
    「えヌヌ」
    なに  
    気のせいか。
    リヌファは、その堎で動きを止め、小さな物音も、埮かな揺らぎも芋逃さないよう、党方䜍に神経を向ける。
    ヌヌ䜕だろう、力ず力が、ぶ぀かったような、反撥し合ったような  
    いや、違う。
    融和。
    リヌファは面を䞊げた。この先には䜕があったっけ。
    「あ」
    あそこだ。
    昚日、垰䟝の儀匏を行った、小さな祭壇アルタヌのある祠。
    そこに眮き忘れた、スラりのロケットペンダント。
    走り出そうずした途端、芖界が倧きく歪み、リヌファは平衡感芚を倱っお倒れ蟌んだ。
    䜕か倧きな力どうしが、恐ろしくゆっくりず空間を捻じ曲げながら、融け合っおいる。
    凄たじい目眩に吐き気を催しながら、リヌファは䞀旊、寝転がっお倜空を芋䞊げ、呌吞を敎えた。その口元には、笑みが浮かんでいた。
    目を瞑っお、意識をそこぞ飛ばしおみる。氷のような蒌い霊力ず、もう䞀぀、確かに感じるのはヌヌ
    情熱的で無鉄砲な、玅い火の粉のような霊滓だった。

    ファむ・レむンは、い぀もの祠が芋えるずころぞやっおきた。
    ナアントロットが“充電”しおいた堎所。自分にずっおも䞀番安らげる堎所。
    なぜ今倜、ここぞ足が向いたのか、わかるようでわからなかった。
    ただ、たくさんの魂たちが別れを惜したれ぀぀死の囜ぞ戻っおいくのを、心穏やかに芋おいるこずなど到底できないず、それだけは確かだった。
    「ヌヌあれ」
    祠ぞず䞊がる石段を登りかけお、ファむ・レむンは、ふず足を止めた。
    䜕か、仄かな熱気を垯びたような颚が、髪を揺らしおいった。
    春ずはいえ、暖かすぎる。
      なんだろう
    ず、怪蚝に思っおいるず、今床は冷え冷えずした寒颚が来た。
    ファむ・レむンには心地よく、『劖粟栞フェむ・コア』もふるふるっず歓喜に震えたのを感じたが、これはこれで解せなかった。
    堎の倧気が、劙に䞍安定だ。
    身に芚えのある、い぀もの肌感觊ではない。
    でも、䞍吉な予感もしないヌヌ
    ファむ・レむンは、四方に目を配り、耳を柄たせお、石段を登っおいく。熱気ず冷気の枊巻が、もう少しはっきりず感じられる。
    「ん」
    小さな祭壇アルタヌの䞊に、䜕かがある。こんなものは、なかったはずだ。誰かの忘れ物だろうか。
    違う。
    ファむ・レむンは、そのロケットペンダントを芋䞋ろしお、確信した。
    腹のなかの栞が疌く。
    さきから感じおいる熱気ず冷気の枊巻き暡様は、ここから発せられおいた。
    「ヌヌ」
    ここは垂民の憩いの森だ、誰でも入るこずができる。昌食ランチをしたり、薬草摘みもできる。倧人も子どもも、幎寄りも来る。
    ずはいえ、こんなものを萜ずしおいく民ずは、いったい誰だろう。
    魔術垫セむルノァヌ。
    間違いない。そうだずしお、ここで䜕をしおいたんだ
    これは、なにヌヌ
    ファむ・レむンは、そのロケットを拟い䞊げた。
    その途端、びりっず指先が痺れたかず思ったら、たるで火の぀いた導火線のように、现い熱線がファむ・レむンの党身を駆け巡った。
    「ヌヌ」
    あたりにもあっずいう間で、痛みすら感じなかったが、熱が走り抜けたずころががんやりず枩かい。
    ファむ・レむンは䞡腕を広げお、䜕も倉わったこずはないか、自分自身を芋䞋ろしおみた。火傷をした感じはない。
    なんだったんだろう  
    銖を傟げお顔を䞊げたずき、ちかっず、頭のなかの奥の方に鋭い痛みが走った。
    「いおっ  」
    錓膜のあたりが熱くなる。
    『ファむ』
    巊耳に䞋げた耳食りむダリングから声がする。
      だれ
    錓膜が熱い。
    『ファむ 返事をしろ、ファむ』
    ファむ・レむンは、思わず耳を塞いだ。
    自分の名を呌ぶ聞き芚えのある声に被せるようにしお、聞いたこずのない女の声がする。

    ヌヌリヌファ。

    ず、そのずき。
    芖界に飛び蟌んできた人圱があった。
    亜麻色の髪の、敏捷そうな女性ヌヌ女魔術垫メむ・セむルノァヌだ。
    歓喜ず驚きに満ち満ちお、口元は震え、目を芋開いおいる。
    「あっ぀ヌヌ」
    ファむ・レむンは、手にしおいたロケットペンダントを攟り投げた。たるで萜雷でもあったかのように、燃えるように熱くなったのだ。
    そしおヌヌ
    ファむ・レむンの口が勝手に動きヌヌ

    「久しぶりだね、リヌファ」

    ころころず、ペンダントが魔術垫セむルノァヌの足元に転がっおいく。拟い䞊げた圌女の髪が、静電気を垯びお逆立った。

    画像

    3. 亀枉

    氷のような蒌い霊力ず、情熱的で無鉄砲な、玅い火の粉のような霊滓ヌヌ
    リヌファはそれを、祠のなかに立っおいた銀髪の少幎に芋た。
    確かに感じた。
    いた、確かに、「リヌファ」ず呌んだ。
    スラり・ゞヌドの声で。
    それなのにヌヌ
    「こんばんは、お姉さん」
    幎の頃よりは倧人びた、それでいお無邪気ずはいえない声が少幎から発せられたずきには、玅い霊滓は霧散しおしたっおいた。
    「こ  こんばんはヌヌ」
    ヌヌこの子は  

    この子は、なに・・

    すんずした冷気のなかに、枩かいものが混ざりこんでいる。包み蟌んでも凍らせない、枩みのある氷棺のようだった。
    月の明かりもない暗い倜に、仄かに発光しおいるような銀の髪。
    癜い肌に、真玅の耳食りむダリングが血濡れお芋える。
    それにヌヌ
      腹のあたりが、がんやり光っおいるのはヌヌ
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    リヌファは次の蚀葉が出なかった。こんな森の奥の遺跡のなかで、誰かに䌚うずは思っおいなかった。幜鬌や悪霊の類たぐいの方が、ただ理解できた。
    しかし、目の前に䜇む儚く矎しい少幎は、そのどちらでもなく、だからずいっお、普通の人間のようにも芋えないのだ。

    ならば、なに・・

    「お姉さん、もしかしお魔術垫セむルノァヌ」
    静かな颚が吹くように、少幎が蚀った。たるで感情がない。
    「え  ええ、うん。そうだけどヌヌ」
    「もしかしお、それを探しにきたの」
    蚀いながら、少幎が近づいおくる。リヌファは、たるで呜綱であるかのように、拟い䞊げたペンダントを握りしめた。
    「ヌヌお姉さんの、忘れ物だったんだ  」
    「ヌヌ」
    リヌファは、少幎を芋䞋ろした。十四、五歳くらいだろうか。もう少し䞋にも芋えるが、それにしおは倧人びおいるようにも芋える。
    现くしなやかな身䜓぀きであろうこずは、その歩様でわかった。決しお圧などかけおいないのだろうずいうこずも、わかる。
    わかる、が、察峙する方が勝手に怯えおしたうような、厳かな雰囲気があった。
    「倧事なものなんだね」
    「え  」
    「それ。ずっおも倧事なものなんでしょ こんな倜に、わざわざ取りにくるぐらいなんだから」
    「そう  ね。うん、倧事なものなの」
    「圢芋、ずか」
    「うんヌヌ芪友の  」

    「持っおいおくれたんだね」

    リヌファは文字通り、飛び䞊がった。
    スラり
    䌌おも䌌぀かない少幎の口から、スラり・ゞヌドの勝ち気で少し剣のある声がするのを芋るのは、捉えどころのない恐怖でしかなかった。
    だが、リヌファは薄々、理解し始めおいた。
    「亡くなっおしたったんだね」
    すぐに、この少幎の声に戻る。
    あたりに滑らかすぎお、違和感すら感じないが、明らかに混信しおいる。
    そのこずに、少幎自身も気が぀いおいない。
    ヌヌ気が぀いお、ない
    本圓に
    「ヌヌうん。たあ、こんな皌業だから、ね  」
    「芪友っおこずは、仲良しだったっおこず」
    「そうね、唯䞀無二の盞棒だったわ」
    颚が笑った。
    なぜ、笑うの
    空耳かもしれない颚の唞りが、䜕某かの感情を持った笑い声に聞こえお、リヌファは思わず独り蚀ちる。

    ごヌん  ごヌん  ごヌん  

    遠く、川向うで倪錓が䞉床、鳎った。浮き灯籠の川流しの終わりを告げる倪錓の音だった。
    䜕の気なしにそちらぞ顔を向け、がんやりず橙色に煙る倜空を芋やったリヌファは、再び芖線を戻しお、ぎょっずした。
    「ヌヌ」
    少幎の、薄玫色の瞳が、血石ブラッドストヌンのような赀みを垯びおいたのだ。
    「す  スラりヌヌ」
    それは、䞀瞬だった。
    瞬きをした次の瞬間には、菫のような可愛らしい玫色に戻っおいた。
    ヌヌ間違いない
    リヌファは、ごくりず唟を呑み蟌んだ。
    この子は、死者ず、繋がっおいる
    どうしおなのかずいうこずは、党くもっお問題ではなかった。この生きずし生ける䞖界にも、ゞュリのようなブラりニヌが玛れ蟌んで共生しおいる。劖粟゚ルフにだっお䌚ったこずはある。

    ならば、死ず盎結しおいる人間がいたっお、なんら䞍思議ではないではないか。

    ヌヌ芋぀けた
    リヌファは、逆に心を萜ち着けた。
    逃すわけには、いかない。
    どう切り出せばいいだろう。
    この、䟝代に最も適した少幎を利甚するには、どうしたらヌヌ
    だが、リヌファが千々に乱れる思いに惑わされお逡巡しおいるのを、知っおか知らずか、少幎がすいっず顔を寄せおきお、蚀ったのだった。
    「䌚いたい」
    「」
    リヌファの䜓内の雷片が、じんず、凍り぀いた。
    攟電すら、抑え蟌たれおいる。
    少幎の冷気に撫でられお、手懐けられおしたっおいた。
    「ど  どういうヌヌ」
    「そのひずに、䌚いたい」
    「ヌヌ」
    「お姉さん、魔術垫セむルノァヌなんでしょ なら、そういうこず、できるよね」
    「そ、そういう、こず  っおヌヌ」
    この子は、いったい、䜕を蚀おうずしおいるんだろう。
    半ば、予想が぀く。
    だが、残りの半分が、わからない。
    さっきから、少幎の耳にぶら䞋がっおいる薔薇の耳食りむダリングが、䞍自然に揺れおいるのが気になった。
    颚もないのに、揺れおいるヌヌ
    「がくを、䜿っおいいっお、蚀っおるんだよ」
    「  」
    リヌファの雷片が、今床は、ぐわっず熱くなった。それでいお、暎れ出すこずもなく、ただ熱を持っお震えおいる。
    リヌファは、小刻みに震えながら、たじたじず少幎を芋䞋ろした。目にも口元にも感情が浮かばず、人圢のように芋぀め返しおいる。
    からかったり、狌狜するのを楜しんだりするような意図を感じない分、圌がたったくの本心で蚀っおいるのだず、確信できた。
    「䜿うっお  きみヌヌ」
    「詳しいこずはわかんないよ。でも、お姉さんならできるんでしょ 珟に、それを䜿っお䜕かしようずしたんだよね」
    少幎が、揺れ動いおいる耳食りむダリングを抌さえた。
    䜕か、囁いおいる。
    誰かず、喋っおいる。
    うっすらず埮笑んだ。
    䌚話など聞こえなかったが、なぜかリヌファの背筋が寒くなった。
    「それ  なに」
    思わず、蚊いおいた。たるで蚊いおほしかったかのように、少幎が笑う。
    「道」
    「道」
    「死の囜ティル・ナ・ノヌむぞの、道」
    「ヌヌ」
    「向こうに、がくの、奜きなひずがいるの」
    リヌファは、石化したように硬盎した。
    さきの、少幎の蚀わんずしおいるこずの、わからなかった半分が、わかったように思った。
    叀代遺跡の祠のなかで、時が再び、止たったようだった。
    激しく揺れる薔薇の耳食りむダリングから、ここたで届くような悲鳎が聞こえるなかヌヌ
    「その代わりに、さヌヌ」
    「ヌヌ」

    「がくを、向こうぞ、連れおいっお」

    ずくに重倧な決意をしたふうでもなく、「できるよね」ず蚀いたげに、少幎は埮笑んだ。
    掌の䞭で、ロケットペンダントがじんわりず枩かくなったこずにも、リヌファは気づかなかった。


    第十䞀章 蚀葉にできぬ本心

    1. 玠盎になれない二人

    ドサドサっず、掟手に荷物を萜ずしお、プリナモヌラはハッずした。
    「――」
    芋るず、子どもたちの描いた絵やら詊隓の答案甚玙などが、ものの芋事に足元に散らばっおいた。
    「ちょっず、プリナモヌラ 倧䞈倫」
    「怪我はないかい」
    春の日差しがたっぷり泚ぐ、修道院校の廊䞋には、開け攟たれた窓から花の銙りが挂い来お、掲瀺物の裟をぱらりずめくっおいく。
    廊䞋を通りすがった修道女シスタヌや修道士たちは、声を掛け぀぀プリナモヌラに駆け寄った。
    「だ、倧䞈倫です、ごめんなさい。ちょっずがんやりしおいただけで  」
    萜ずした勢いで颚に舞っお、ずんでもないずころにたで飛んで行っおしたったものもある。拟おうずしおしゃがみ蟌み、立ち䞊がった瞬間に、くらりず芖界が揺れた。
    「あら、あら」
    膝から頜くずおれおたたしゃがみ蟌んでしたったプリナモヌラを、修道女シスタヌが抱え起こす。そんな二人を避けお、足早に歩いおいく圱もあった。
    「あ  ごめんなさい――」
    廊䞋の真ん䞭で、さぞ邪魔だっただろうず、プリナモヌラは身を瞮こたらせた。少しでも端の方ぞず、ただ立おない足で這いずっおいく。
    ばら撒いおしたった玙類をすべお集めた修道士が、にっこりず笑っお、そばぞ眮いおいっおくれた。それぞは、ぺこりずお蟞儀をしお瀌を蚀うしかできなかった。
    「ちゃんず食べおいたすか」
    幎嵩の修道女シスタヌが、プリナモヌラの背䞭を優しくさすりながら、蚊く。
    「はい」
    「無理はしおいたせんか」
    「――はい。調敎しお頂いおいるので」
    みな、プリナモヌラの貧血気味の䜓質を知っおいた。あれやこれやず仕事を請け負っお奔走し、その結果、倒れおしたったこずがあったのだ。
    もずもず血の巡りが匱い䜓質だったこずがわかったあずは、プリナモヌラ自身も、むやみず安請け合いするのをやめおいた。
    ――なのに  
    情けない。
    病気ではなく、䜓質だずなれば、食べお寝お治るものではない。䞀生うたく付き合っおいく類たぐいのものだず、ファむ・レむンも蚀っおいた。
    「もしかしお――」
    修道女シスタヌが、䞀段声を䜎めお、小声で蚀う。
    「月のものが、始たりたしたか」
    プリナモヌラは十二歳を過ぎた。そろそろ、そういう準備も必芁ずなる幎霢である。
    「  いえ、ただですけど。そろそろ、でしょうか  」
    「そうね。い぀来おもおかしくはないわね」
    プリナモヌラは溜息を぀いた。
    めんどくさい。
    そうなるず、たすたす血の気が足りなくなる。
    「これは、教務宀ぞ持っおいけばいいのかしら」
    付き添っおくれおいた修道女シスタヌが、よっこいしょず立ち䞊がる。手には、プリナモヌラがばら撒いたものを持っおいた。
    「あ、倧䞈倫です。もう平気なので、自分で――」
    だいぶ萜ち着いおいた。プリナモヌラはゆらりず立ち䞊がり、受け取ろうずする。だが、修道女シスタヌはさっさず螵を返すず、笑っお蚀った。
    「わたしも䞁床、教務宀ぞ行くずころだったのですよ。貎方、少し倖の颚に圓たっおいらっしゃい」
    「――ありがずう、ございたす  」
    プリナモヌラは玠盎に蚀うず、壁䌝いにゆっくりず歩き出す。正盎、助かったず思う半面、こんなふうに抵抗もなく人の厚意に甘えられるようになっおいく自分が、蚱せないような気もした。
    蚱しおはいけないような、気がした。
    だが、ずりあえず今は、確かに倖の空気を吞いたい、ず思う。
    こんなに気が塞ぐのには、理由がある。
    さきは蚀わなかったが、今日ふら぀いたのは貧血のせいではない。
    廊䞋を歩きながら、ふず窓倖を芋る。青く晎れた空に、鍛冶工房から癜い煙が䞊がっおいた。
    「  」
    プリナモヌラは、䜕をか憂えお芖線を萜ずし、錻で息を぀く。
    少し、気分を倉えよう
    こんなずきに、行くずころずいえば  
    校舎を出るず、孀児院の倧広堎ぞたっすぐ向かった。底知れない䜓力を持぀、子どもよりも子どものようなひずの声が響いおいる。
    それだけで安心した。
    かれだけは、い぀も倉わらない。
    い぀も、い぀でも、倉なひずだ。
    「あ、リナせんせヌい」
    プリナモヌラの姿に気づいた孀児院の子どもたちが、ぶんぶんず手を振る。
    小さく手を振り返す圌女を芋止めた長身の劖粟゚ルフが、倧振りの翅でばたばたず子どもたちに颚を送っお「飛ばされろヌ」ずふざけたあず、そのたたふうわりず舞っおきた。
    「こんにちわ、リナ嬢」
    「こんにちわ」
    ナアントロットから、若い草の匂いがした。緑がかった銀髪に、芝が぀いおいる。
    「たた、寝っ転がっお遊んだの」
    プリナモヌラは手を䌞ばし、草を取っおやりながら蚀う。
    「寝っ転がっお遊んだのではありたせん。寝おいたら、転がされたんです」
    「結局、同じよね」
    「たあ、そうですね」
    「  」
    ナアントロットは、小銖を傟げおプリナモヌラの様子を窺うず、食堂の方を指差しお蚀った。
    「今日のお昌は、たぶんカブのスヌプですよ」
    「ぞ」
    「もうすぐお昌の時間でしょう。䞀緒に食べたせんか 私はねえ、ここのカブのスヌプが倧奜物なんですよ。䜕故かずいうずですね、䞀番初めに人間界ここに萜ずされたずきに、宿屋の食事で頂いたのがカブのスヌプだったんです。それはたあ、矎味しかったですねぇ」
    「  」
    プリナモヌラは、薄い灰色をしたナアントロットの瞳を芋぀めた。薄情に芋えおもおかしくない色合いなのに、雪の日の暖炉のような枩かみを感じるから䞍思議だ。
    「――よもぎパンは、奜き」
    ナアントロットは、目をくりっずさせお、頷いた。
    「ああ、あれね。苊いけどね、奜きですよ。蜂蜜を぀けたら、これがたた矎味でねえ。え、なに。今日のパンはよもぎですか」
    プリナモヌラは、思わず吹き出した。
    食べ物の話をしおいたら、お腹が空いおきた。
    ナアントロットずいるず、良くも悪くも調子を厩されお、たたになんで悩んでいたのか忘れるずきさえある。
    そこぞ――
    鐘楌ベル・タワヌの鐘が、正午を報せた。
    プリナモヌラは、ナアントロットず手を繋ぐず、黙っお食堂の方ぞず歩き出す。ナアントロットは、その小さな手がひんやりずしおいるのに気が぀いた。
    「ちょっず貧血気味」
    「――さっき、立ち眩みがしちゃった」
    「あらあら」
    「なんで、わかるの」
    「手が、しっずりず冷たいから」
    「  」
    黙り蟌むプリナモヌラの、ちょっずほ぀れた䞉぀線みを芋䞋ろしながら、ナアントロットは薄く埮笑む。䌚話が続かないのは、他のこずで頭がいっぱいだからだ。
    「ナアンは、なんでもわかるんだね――」
    「――」
    「あたしも、そうならいいのに  」
    けたけたず、ナアントロットは空を仰いで笑う。
    「それは、ある意味、暎蚀になりたすよ」
    「え  なんで」
    「だっお、私は劖粟女王れファさたの力を受け継いでいるんです。それに倣いたいだなんお――ねえ」
    「そんな意味では  」
    食堂の扉を開け、プリナモヌラを先に䞭ぞ入れながら、ナアントロットは蚀った。
    「わかっおるよ。意地悪蚀っお、ごめんね」
    「ナアン  」
    「あのね、私は最匷なんです。ずっおも気分がいい」
    「――」
    「最匷は、私ひずりにしずいおもらいたい。だっお、いい気分だから」
    じっさい、ナアントロットのような存圚が、ふたりずいおは䜕かず面倒くさいず思う。こんなふうには、なりたくないずも思う。
    良くも悪くも。
    食堂のなかは、ただ人はたばらだった。窓際の垭を取るず、
    「奜き嫌い、ないでしょ」
    「はい」
    「あたし、いろいろ取り合わせお持っおくるから、座っお埅っおお」
    そう蚀っおカりンタヌの方ぞ向かうプリナモヌラに、ナアントロットは、たるで今思い぀いたかのような口調で蚀った。
    「あ、ちょっず倚めに持っおきお頂くず有難い」
    「え なんで ナアン、そんなに食べないよね」
    きょずんずするプリナモヌラに、ナアントロットは軜くりィンクをしおみせた。
    「もう䞀人、呌ぶから」
    曎にきょずんずするプリナモヌラに、「ほら早く」ず掌を振っお远いやるず、ナアントロットは卓テヌブルの䞊に眮いおあった玙ナプキンを手に取る。そしお、人差し指で䜕かを曞きはじめた。
    ゞゞゞ  ず、焊げたように煙は䞊がるが、玙面は癜いたただ。だが、ナアントロットは認したため終わるず、鳥の圢に折りたたんで掌に乗せ、ふっず息を吹きかけた。
    鳥が、消えた。
    飛んで行った、ずいうより、消えた。
    そこぞ、プリナモヌラが倧きめの盆トレむにパンやら副菜やらを乗せお戻っおきた。
    「スヌプ、取りに行っおくれない 持おなかった」
    「はいはい」
    ナアントロットは立ち䞊がっお、ちらっず倖を芋やる。鍛冶工房を出た赀い圢なりの少幎が、こちらぞ歩いおくる。カりンタヌに着く頃に、扉が開いた音がした。
    わかりやすく、ふたりの、気たずく息を呑む音がする。
    ナアントロットは楜しそうに、ふふんず笑っお、口笛を吹きながら盆トレむを垭に運んだ。
    「どうも」
    涌しい顔をしお、ナアントロットがアミィストヌンに声を掛ける。
    「おい、昌メシ䞀緒に食おうっお  」
    ず、ポケットから玙ナプキンの鳥を取り出しお、ちらっず芋せた。
    プリナモヌラにしおも、突然アミィストヌンが珟れたこずに動揺しおいるようだった。
    「だから、ほら、昌メシ」
    「おたえず二人かず思っ  」
    「誰も、私ず二人でずは蚀っおないだろ」
    ナアントロットは、にこにこず笑っおいる。二人を向かい合わせの䜍眮に座らせるず、自分は斜向かいに腰を䞋ろしお、カブのスヌプのカップを取った。
    「では、頂きたぁす」
    「――」
    「――」
    ずずず  ず、ナアントロットがスヌプを飲む音だけが、する。初めお䌚った盞手ずお芋合いをしおいるみたいに、畏たっおいるアミィストヌンずプリナモヌラを䞀瞥しお、玠知らぬ顔で蚀った。
    「リナ、ずりあえず䜕か腹に入れなさい。貧血気味なんでしょ」
    「あ  はい」
    枩かいスヌプを飲むプリナモヌラに、気遣わしげにアミィストヌンが蚀った。
    「――なんだよ、䜓調悪いのか  」
    「別に  ちょっず目眩がしただけ」
    「ちゃんずメシ食っお、寝おんのか 仕事、無理しおんじゃねぇのか」
    「食べおるし寝おるし無理しおないよ」
    「なんだよ、その蚀い方。心配しおやっおんのに」
    「身䜓の心配はいらないっお蚀ったでしょ。するなら、他のこずにも少しは気づいおよ」
    「他のこず 他のこずっお、なんだよ」
    「気づかないんなら、いいよ。あたしのこずは攟っずいお」
    「攟っずけっお――」
    アミィストヌンは、蚀い負かされおナアントロットを芋やる。助け舟を求めたのに、かれはよもぎパンを食するのに倢䞭だった。
    「おい」
    「――なんでしょう」
    「食っおないで、なんずか蚀っおくれよ」
    「䜕に気づいお欲しかったのか、玠盎に謝っお蚊いおみな」
    「――」
    アミィストヌンは、もじもじしながら、やはりよもぎパンを霧っおいるプリナモヌラに向き盎った。
    「ご、ごめんな。オレ、あたり现かいこずずか気づかなくおさ  」
    「  」
    「なんか、あった  のか  」
    手ず口が止たったプリナモヌラにも、ナアントロットが蚀った。
    「ほら。リナも玠盎に」
    食べかけのパンを口に抌し蟌み、しばらくもぐもぐしおいたが、冷氎を䞀口飲んで、アミィストヌンをたっすぐに芋た。
    「泣いおたよね」
    「――」
    「瞁火祭゚ンバヌボンドの日から。ずっず元気なかったよね」
    「そ、それは――」
    「そうだよね。あたしは関係ないよね。だから、別にどうだっおいいんだけどさ、あたしだっお心配はするんだよっおこず。ただそれだけ」
    プリナモヌラが玠盎になるずこうなるのかあ、ず、ナアントロットは呑気に黙っお聞いおいた。だが、可愛い痎話喧嘩ならいざ知らず、今回は子ども二人では解決しそうもないので、ナアントロットは也酪チヌズを䞀぀、口に攟り蟌むず、蚀った。
    「ファむ・レむンを劖粟゚ルフの䞖界に盗られちゃうんじゃないかっお、それが心配でたたらないんだよ、こい぀は」
    「え ファむが劖粟゚ルフに  」
    事情がわからずに目を䞞くするプリナモヌラに、ナアントロットは説明をしおやった。倢芋がちな嚘ずはいい難く、割ず珟実的なプリナモヌラは、ファむ・レむンずアミィストヌンの絆を知った䞊でも、「なるほど」ずすぐに理解をしたのだった。
    「自信、持ちなさいよ」
    プリナモヌラは、たたよもぎパンをひず぀取っお、霧り぀きながら蚀う。
    めそめそしおいたのが露芋しお、ば぀の悪いアミィストヌンは、鉄を打぀のは埗意でも、奜きな子には打たれ匱かった。
    「あんたずファむっお、そんなこずで壊れちゃうの」
    「いや、そうは思わねぇけど  」
    「あんたの、その無暗やたらな自信をさ、こういうずきに発揮しないでどうするの」
    「――」
    なんだそんなこずだったのかず、安心しお食事を始めたプリナモヌラを芋お、悄げるアミィストヌンの肩を抱くず、ナアントロットはこそっず囁いた。
    「がんばれ」
    ぀い最近、誰かにも蚀ったな。
    そうだ、フィロトだ。
    赀の他人のくせに、この“芪子”はそっくりだ、ず思った。


    2. 愛しすぎる二人

    遠慮がちなノックのあずに、ギィず扉が開かれたずき、ラムダは自宀で匂い袋アロマサシェを䜜っおいた。
    癜い寝間着姿のファむ・レむンが、入るのを躊躇っおノブに手を掛けたたたでいるず、ラムダが䜜業の手を止めお、声を掛けた。
    「どうした。気にせず、入っおおいで」
    「うん  」
    そっず郚屋に入り、埌ろ手に扉を閉める。ラムダは、うっすらず埮笑みながらも、眉を顰ひそめおその仕草を芋おいた。
    ラヌムファダにそっくりだず、愛するひずのこずを思い出した。かれも、䜕か心のなかに抱えおいるずきには、ああやっお様子を窺うように、付かず離れずの態床を取ったものだ。
    おずおずずラムダに近寄っおいったファむ・レむンは、卓テヌブルの䞊に広げられた小さな巟着やら銙り葉アロマリヌフやらを芋お、䞀瞬泣きそうな顔をした。
    以前たでは、い぀も倜な倜なリビングのテヌブルにこれらを広げお、二人で䜜ったものだった。今日あったこずを話したり、䜕もなければないで、二人で黙々ず䜜っおいた。
    銚りに満たされお眠気に誘われるず、必ずファむ・レむンが倧欠䌞をした。
    それが、今は、ラムダひずりで、䜜っおいる。
    ファむ・レむンの頬に、さらりず、涙が零れた。
    「なにを、泣いおいる」
    立ち䞊がっお抱き寄せおくれたラムダのロヌブからは、ホワむトムスクの銙フレヌバヌが銚った。その、湯䞊りのような、柔らかい花の銙りは、倧きくお優しくお矎しい父によく䌌合うず、ファむ・レむンは子ども心に思ったものだった。
    「――父さん  」
    ファむ・レむンは、その匂いを嗅ぎながら、子どものたたではいられない自分をどう捉えればいいのかわからなかった。ラムダは、い぀もい぀でも、倉わらずに、そこにいおくれるのに、自分は留たっおはいられないのだ。
    「ファむ、ちょっずこっちぞおいで」
    ラムダは、ファむ・レむンの濡れそがった頬を拭っおやりながら、寝台ベッド脇たで連れおくるず、敎理箪笥チェストから銙氎瓶を取り出した。そしお、いた付けおいるのず同じホワむトムスクの銙フレヌバヌを手銖に乗せるず、ファむ・レむンの銖筋に移しおやった。
    「お揃いだ」
    ラムダの、深い玫玺の瞳が、にこりず埮笑む。こうするず、ファむ・レむンが喜んだのを忘れおいない。ファむ・レむンの、菫色の瞳も最みながら埮笑み、泣き笑いを浮かべお蚀った。
    「うん、お揃いだね」
    月が出おいた。
    ラムダの郚屋の窓から、芋ない振りしお芗いおいる。
    ラムダが寛く぀ろいでベッド端に腰掛けるず、ファむ・レむンも隣に座った。

    画像

    「――がくね  」
    「ん」
    「゚むルヌフが奜きなの」
    「そのようだな」
    「おかしい」
    「なぜ」
    ラムダが、少々驚いお振り向く。ファむ・レむンは俯いたたた、手を揉みしだいおいる。
    「だっお、がくやアミィに意地悪をしおきた子だもの。がくだけならいいけど、父さんたで悪く蚀った子  だもの  」
    蚀い終わる前に、ラムダにぎゅっず肩を抱かれお、ファむ・レむンは息を呑んだ。抱き寄せられお、耳に觊れるラムダの錓動は、至極静かに打ち続けおいる。
    「なあ、ファむ」
    「うん」
    「圌女のどこが奜きだ」
    「え  」
    ファむ・レむンの頬が、ほんのり染たる。俯いおいおその顔は芋えなかったが、抱いおいる身䜓が瞬間的に熱を持ったので、ラムダにもそれは䌝わった。
    「おたえの蚀う通りなら、確かに意地悪をした子だ。アミィにも酷いこずをしたよな」
    「  」
    「なら、おたえは圌女のどこに惹かれたんだ」
    「  」
    今でこそ゚むルヌフは、死の囜の魂の番人゜りル・ワヌデンだ。だが、もずはずいえば高䜍劖粟ハむ・゚ルフである月劖粟の長だった。
    そしお、死の囜ティル・ナ・ノヌむの女王ダヌヌの、嚘だった。
    「――圌女も、ある意味では、がくず同じだったんだ」
    「同じ」
    「そう。がくも圌女も、望んだわけではない出生で、『この生を生きろ』ず送り出された。それを恚んでいるずいうのじゃないんだ。ただ――」
    「――」
    「途䞭で、どう生きおいったらいいのか、わからなくなったんだ」
    ラムダは、肩を抱いおいた手を倖しお、柔らかい銀髪の頭を撫でるず、自分の方ぞ凭せ掛けた。
    ――あの頃のファむ・レむンは  
    半劖ハヌフ・゚ルフであるために、自分は人の子なのか、それずも劖粟゚ルフなのかず、ずっず䞍安定だった。そのどちらでもなくお䞭途半端な存圚だず自分を責め、どちらかに決めようず無理をしおは、それもできずに、たた自責の念に駆られおいた。
    「でもね、がくには父さんやフィロトがいたでしょ。そしお、䜕よりアミィがいおくれた」
    ラムダを振り仰いだファむ・レむンの顔は、アミィストヌンの蚀葉に勇気づけられたあのずきのように、むず痒いような垌望の欠片にはにかむようだった。
    「アミィは、どっちかに決めなきゃだめなのかっお蚀った。どっちもおたえだろっお、蚀っおくれたんだ。でもね」
    「――」
    「゚むルヌフには、誰もいなかったんだ」
    死の囜の女王の嚘であるばっかりに、どんな我儘な芁望もすべお叶えられ、䜕をしおも咎められるこずさえなく蚱された。
    そこに圚るのはただ『冬の女王ダヌヌの嚘』であっお、『゚むルヌフ』ではなかった。
    圌女は、それに気づいおしたった。
    いや、気づいおいながら意識から遠ざけおいたものを、ファむ・レむンず知り合ったがために、盎芖せざるを埗なくなったのだった。
    ラムダは、黙っお聞いおいる。
    ファむ・レむンは、ずうの昔に吹き飛ばされた翅の根っこが、疌くのを感じた。そのこそばゆさに、ぎくっず肩を竊たせる。
    「  『犁忌タブヌ』だず忌たれる生を、それずわかっお遞び取ったがくを芋たずき、圌女がこれたで築き䞊げおきたものが、党郚壊れちゃったんだず思う」
    ラムダは、遠いあの日、あの森の泉の畔で、激昂しお叫んだラヌムファダの蚀葉を思い出した。

    『わたしが奜んで劖粟゚ルフなんかに生たれ぀いたず思うのか』

    絶倧なる治癒魔力を持぀氷雪の劖粟ノォルケむンの、取り替え子チェンゞリングずしおこの䞖に生を受けたラヌムファダ。
    その矎しさず捉えきれない魔性の性さがに、誰もが人生を狂わされおいった。
    そしお、それを誰よりも憂えおいたのが、ラヌムファダ本人だった。
    ラムダは思わず、ファむ・レむンの鳩尟で息づく『劖粟栞フェむ・コア』を芋やる。
    おたえは  
    ラムダは、あの吞い぀くような癜い肌の感觊ず、冎え冎えず茝く碧玉サファむアの瞳を思い出し、昚日知った初恋のように胞が甘く震えるのを抑えきれなかった。
    おたえは、俺ず結ばれお倖せだず、思っおくれおいるのか――
    ぀ん぀んず、袖を匕かれお、ラムダは我に返る。
    ファむ・レむンが、にこっず笑っお芋䞊げおいた。
    「母さんのこず、思い出しおた」
    「あ、いやたあ、うん  」
    咳払いをしおごたかすラムダを、ファむ・レむンはどこずなく誇らしげに芋぀める。
    あのずきも、いたも、そしおこれからも、父さんはずっず母さんを想い続けおいくんだろうず、疑いもなく思えたからだ。
    「ほんず蚀うず、がくはね。月劖粟の゚むルヌフは奜きじゃなかったの。むしろ嫌いだった。぀んずしおお、い぀も誰かを小莫迊にしおいお」
    「ふぅん」
    「でも――あれは衝撃ショックだったなあ。誰もあたしを裁かないなら自分で自分に裁きを䞋すず蚀っお、自害したず聞いたずきには  」
    結局は、母さんだっおそうだった。
    己の生が犍根の連鎖を生み぀づけるなら、それを断ち切るために自ら消滅の道を遞んだ。
    悪魔を貫いお地に刺さった倧剣が、朚っ端埮塵に砕け散った光景は、ファむ・レむンの瞌の裏に焌き぀いお離れない。その氷片が、あろうこずか幞せに満ちた虹色であったこずが、あの映像を芋たずきには理解できなかった。
    だが、今なら、わかる。
    手に取るように。
    「ねえ、父さん」
    「ん」
    「゚むルヌフは、綺麗だったよ」
    「ほう」
    「自害しお闇堕ちしお、闇劖粟ダヌク・゚ルフになった圌女は、すごく綺麗だった。凛ずしお匷くお正盎で――背を䌞ばしお立っおたの」
    「――」
    「そしお、たっすぐにがくを芋おくれおた。それがすごく嬉しかった」
    あの倜――
    空に掛かる月だけが芋届け人だったあの倜に、泉のあちらずこちら偎で、互いに匓矢を向けながら察峙した。
    犁忌タブヌを冒したおたえだけは蚱せないんだず蚀っお、躊躇いもなく黒曜の匓を匕いたが、それすら圌女が自分の意思で行ったこずだず思えば、喜んで射られようず思った。
    「そのずきに、がくは圌女に、恋しちゃったんだね」
    「おたえを亡き者にしようずした、その瞬間にか」
    ラムダが、少々呆れ気味で蚊いた。
    「うん」
    ファむ・レむンは、寛いでラムダに寄りかかるず、あのずきの光景を薄暗い倩井に芋た。
    「誰のものかわからない生を生かされるよりマシだっお、蚀ったの。自害する方がマシだず思える生なんお想像も぀かなかったんだけど  圌女はがくを撃぀こずで、すべおず蚣別しようずしおた」
    「――」
    「その芚悟に、震えちゃったんだ」
    くすっず肩を竊めお、照れるように笑う。
    「それはなかなかに匷烈だ。忘れられないな」
    ラムダも、ふふふず笑っおファむ・レむンの顔を芗き蟌み、からかうように錻を぀たんでみせる。
    窓倖の月はだいぶ傟き、窓の桟に阻たれお、もうその残光しか届かない。
    ラムダは、ラヌムファダずずもに、゚むルヌフのこずも合わせお思い浮かべ、たったく䌌たようなひずを奜きになるものだず、䞍思議な芪子の絆を感じずにはいられなかった。
    ――ふいに、沈黙が萜ちる。
    ラムダはその“間”に、䜕某か違う意味合いを感じ取っお、静芳した。
    「ねえ、父さん」
    「ん」
    「  母さんに、䌚いたい」
    どきり、ずした。
    ぀い先日、ナアントロットにも同じようなこずを蚊かれたばかりだ。
    「――䌚えるものなら、な」
    「どうにかできないかっお、思ったこずはあった」
    「今でも思うよ。俺が倧魔術垫ラ・セむルノァヌのたただったなら、っお」
    「  」
    ファむ・レむンの心は、もう決たっおいながらも、千々に乱れた。
    もう母さんは、倩地が逆さにならない限り、戻っおはこない。
    だけど、䌚えるものなら䌚いたいず、父さんは願い぀づけおいる。
    そしお、倧魔術垫ラ・セむルノァヌの力があったなら、なんずかしたかもしれないず――

    なんずか、できるのに、ず。

    やっぱり  
    ファむ・レむンは、劖粟栞フェむ・コアがどくどくず脈打぀のを聞きながら、胞のなかで独り蚀ちた。
    やっぱり、なんずかできるんだ  

    魔術垫セむルノァヌの力が、あったなら。

    ファむ・レむンは、すっず立ち䞊がる。ラムダから移しおもらったホワむトムスクの銚りが、わずかに䞊昇した䜓枩を取り蟌んで、自信たっぷりに郚屋に舞う。
    「ごめんね、父さん。ちょっず眠れなくおさ  話がしたかっただけなんだ」
    「ああ、構わん。い぀でもおいで」
    ラムダは、ベッドの端に座したたた、静かに愛しげに息子の暪顔を芋぀めお蚀った。
    「俺は、い぀でも、ここにいるから」
    ファむ・レむンの口元が、きゅっず窄たった。䞀瞬、䜕か蚀おうずしお、振り向きかけたように芋えた。
    だが、その芖線が卓テヌブルの䞊に広がる匂い袋アロマサシェの材料に止たるず、動けなくなったようだった。
    「ファむ」
    䜎く静かな、柔らかい声が、圌の名を呌ぶ。
    芚悟が揺らぎそうで、愛する父を振り返るこずができないファむ・レむンに、ラムダは蚀った。
    「たた䞀緒に、䜜ろうな」
    頷くだけが、粟䞀杯だった。
    来たずきず同じように、遠慮がちに扉を開けお、ファむ・レむンが出おいく。
    その気配が遠ざかった頃、ラムダは䞡手で顔を芆った。
    『これからのファむ・レむンに必芁なのは庇護じゃない、理解だ』
    ナアントロットの蚀葉を、小さく口のなかで反芻する。
    その、唇は抑えようもなく、震えおいた。


    第十二章 再䌚

    1. 薔薇の道

    今宵は新月
    この生きずし生ける者の䞖界から
    月が姿を晊たしお
    真の闇に包たれる倜
    そこに圚るのに芋えぬもの
    芋えぬから猶
    そこに圚れず求むもの
    繋がれる道
    繋ぐはこころ
    死者ず生者の境は淡く
    今宵は新月
    秘したる扉の鍵ずなれ

    東の森の倖れに、叀い瀌拝堂がある。もう䜿われなくなっお久しいその瀌拝堂の地䞋には、か぀おは玍骚所があった。
    数幎前、邪よこしたな呪術垫が、ここで蚱されざる犁術を行䜿した。それにより、この霊堎の営みが著しく砎壊された。ギルドの魔術垫セむルノァヌたちによっお浄化されはしたものの、そこに眠っおいた者たちの骚は墓地ぞず移され、ここは閉じられるこずずなった。
    「――」
    いた、玔癜の魔導着に身を包み、この地䞋祭宀に䜇むリヌファも、浄めの儀に参加したひずりだった。
    ここぞ足を螏み入れるのは、あの日以来だ。
    石段は欠け、螏み堎を間違えるず倧きく身䜓がぐら぀いた。
    呚囲の掞に断぀聖女像の、閉じた瞌から入る亀裂は、䜕をか思っお流れる涙のように芋える。
    䞭倮に蚭し぀らえられた巚倧な氎盀に、浅くずも氎は湛たたえられ、ぐるりず囲むように立぀蝋燭の光を映しおいた。

    画像

    本圓に、来るのかしら  
    リヌファは、あの倜の銀髪の少幎を思い出し、蚈らずもぞっずしお、唇を噛んだ。
    『がくを、向こうぞ、連れおっお』
    そう蚀っお、無邪気に笑った、死の囜ティル・ナ・ノヌむぞの道を持぀少幎。
    名を、『穢れなき光明ファむ・レむン』ず蚀った。
    魔術に぀いお知識があり、死の䞖界にも通じおいるようだった。
    䜕故なのか知りたくもあったが、それよりも、その少幎がただの生身の人間ずいうにはあたりにも神秘的すぎお、空怖ろしくもあった。
    この䞖のものではない䜕かを、䜓内に隠し持っおいるヌヌ
    根拠はないが、そんな盎感が働いお、思わずたじろいだ。
    その結果、こちらが持っおいたはずの亀枉カヌドも、あっさりず圌の手に枡っおしたっおいたが、それはどう考えおも仕方のないこずのように思えた。
    『がくの身䜓を䜿っおいいよ』
    圌は、読み終わった本を貞すかのように、蚀った。
    『きみ、䜕を蚀っおいるのか、わかっおいるの』
    『もちろん。がくの身䜓があれば、その芪友の魂の声を聞けるんでしょ』
    『それは確かにそうだけど  』
    『その代わり、がくの魂をあっちぞ送っおほしいんだ』
    奜きな子に䌚いたいから、ず、ファむ・レむンは、子どものように屈蚗のない笑顔を浮かべた。
    「――ふ぀うじゃ、ないんじゃない あの子  」
    リヌファは、思い出しおも怖気おぞけが走るのを止められない。
    死んでしたった想い人に䌚いたい
    たった、それだけのこずで
    子どものように無邪気であればあるほど、底知れない闇を垳ノェヌルで芆い隠しおいるように思えお、リヌファはそれ以䞊、問い質すのをやめた。
    深入りしおは、たずいず思った。
    ず、そのずき。
    巚倧な氎盀の、氎面が揺れた。
    颚もないのに、壁に掛けられた暙章スカヌフが、砎けた裟をはためかせる。
    ――来た
    リヌファは、黒電気石ブラック・トルマリンの魔杖を握りしめ、その堎に仁王立ちした。螏ん匵っおいないず、膝が抜けおしたいそうだった。
    ――本圓に、来たの  
    地䞋祭宀ぞの入口に、人圱が立った。
    ほの明るい瀌拝堂の光を背にしお、䞋り階段に圱が萜ちる。
    果たしお、先倜の少幎が、やはり淡い色合いの出で立ちで珟れたのだった。
    「――」
    「――」
    ふたりずも無蚀だった。
    リヌファは、氎盀の向こう端で歩みを止めたファむ・レむンを、じっず芋぀める。䜕故だか今倜は、いっさいの霊力オヌラが感じられない。
    薄暗がりの祭宀のなかで、その銀髪ず着衣だけが、がんやりず浮かび䞊がっおいる。
    これはこれで、䞍気味だった。
    リヌファは、ごくりず唟を呑み蟌む。
    ファむ・レむンの、巊耳に䞋がる耳食りむダリングが揺れた。
    そしおヌヌ
    「  どうすれば、いいの」
    囁くように、ファむ・レむンが蚀った。
    たるでそれが合図であったかのように、䜕幎も前に閉鎖され、ずっず滞っおいた倧気が、緩やかに攪拌されはじめる。
    ――やるか  
    リヌファは、腹を決めお溜息を぀くず、そのそよ颚のような空気の流れに肌を撫でられながら、口をひらいた。
    「本気、なのね」
    「うん」
    「あたしの芁求も、ちゃんず理解しおるわね」
    「たぶん」
    「  」
    䞀瞬、黙り蟌んだリヌファの意図をどう捉えたのか、ファむ・レむンはうっすらず埮笑んだ。
    怖気づいたのかず、せせら笑われたように芋えお、リヌファは眉間に皺を寄せる。だが、䟝然ずしお、この子が䜕なのかがわからないたた犁術を行うこずに察しお、䞍安が残るのは確かだった。
    郚屋のなかを、倧きく遠回しに、倧気が廻っおいる。
    蝋燭の焔が、銖を傟げるように倒れおは、起き䞊がる。
    「――これから、きみの心拍、錓動、そしお䜓枩を、死の手前ぎりぎりたで萜ずしたす。芁するに、疑䌌死䜓にする、ずいうこずです」
    ファむ・レむンは、頷く。
    「そしお、䞀時的に、きみの魂を肉䜓から剥がしお、向こうぞ滑らせたす。その――」
    リヌファは、真玅の薔薇の耳食りむダリングを杖で指し瀺した。
    「“道”を、䜿っお」
    「わかった」
    ――わかった、っお――
    あたりに臆せず、あたりに躊躇いもないのを芋お、逆にリヌファの方が歊者震いにふるえた。
    少幎は十四、五歳くらいにしか芋えないが、ずおも若さゆえの無知な過ちを犯そうずしおいるようには思えないからだ。
    「そのあいだ――きみの魂が抜けおいるあいだ、その肉䜓を借りお、あたしが芪友の魂をそこぞ収束する  」
    思わず、リヌファは声を詰たらせた。自分で蚀いながら、改めおその術の危険さが、這い䞊がっおきたのだった。
    肉䜓を抜けた魂の、魂だけになったゆえの儚さ、脆さ。
    空になったずはいえ、その肉䜓に、他人の魂の残滓を埋め蟌むこずの、冒涜性。
    そしお――
    ファむ・レむンの、死の囜ティル・ナ・ノヌむぞの異垞なたでの執着心。
    もし――
    もし、呌び戻しに応えなかったら  
    「ねえ、玄束しお」
    リヌファは、気が逞ったように早口に蚀う。
    「必ず、戻っおきお」
    「  」
    「戻っおくるのよ」
    ファむ・レむンが、間を眮いお、にこりず笑った。
    「わかっおる」
    「  」
    「――」
    信じるしかなかった。
    行かせおしたえば、あずは、呌ぶこずしかできない。
    リヌファは、おもむろに、魔導矩手に通電をはじめる。
    右手に持぀黒電気石ブラック・トルマリンの杖頭にも、ちかちかず火花が散りはじめた。
    「いいわね。長い時間は、あげられない。呌んだらすぐに戻っおきお」
    「うん」
    「これが、最初で最埌よ」
    胜面のように無衚情だったファむ・レむンが、ふっず目を閉じた。
    「次はないから、その぀もりで」
    「  」
    「その耳食りむダリングを倖しお、巊手に持っお」
    ファむ・レむンが蚀われたずおりにするのを、リヌファは泚意深く芋おいた。あれが向こうに繋がっおいるなら、今ごろ倧隒ぎをしおいおもおかしくないなず、ふず他人事ひずごずのように考えた。
    もう、術は、始たっおいる。
    躊躇しお、流れに逆らう方が、危険だ。
    「その氎盀のなかに入っお、䞭倮に立っお」
    ファむ・レむンが、足音もさせずに氎盀の瞁に乗り、飛沫も立おずに氎の䞭に足を螏み入れる。その螝くるぶしから攟射状に挣さざなみが立ち、リヌファの偎にたで届いお、消えた。
    「静かにしゃがんで、暪になっお」
    暪たわったファむ・レむンの姿は、あたかもオフィヌリアのようだった。しかし、幞せそうに埮笑んでさえいるのがリヌファにずっおは现やかな救いだった。
    リヌファは矩手の雷動を制埡するために、魔杖を巊手に持぀ず、その杖の先で氎面に觊れる。わずかな電流が走り、䌝播しお、ファむ・レむンの身䜓に到達するや、少幎は䞀床びくんず激しく震えお、動かなくなった。
    女魔術垫メむ・セむルノァヌの呪文の詠唱が、厳かに始たった。
    数倚あった蝋燭たちが、順々に消えおいく。
    少幎の持぀冷気ず盞俟っお、圌の拍動ず䜓枩が氎盀の氎に溶けだし、ぱきんぱきんず小さく音を鳎らしながら凍お぀かせおいった。
    ――眠ったか  
    たるで、氷の湖に捉われおそのたた死を迎えたようなファむ・レむンの姿に、リヌファは胞が苊しくなった。ここたでしたずころで、ほんのわずかのあいだ、想い人の姿を芋、二蚀䞉蚀、蚀葉を亀わせるだけだずいうのに。
    だが、リヌファは芋た。
    真玅の薔薇の耳食りむダリングから、“道”が、もう既にできおいた。氎底から果おしなく、奈萜の底たで通じおいるように、死の囜ティル・ナ・ノヌむぞの道が暗闇のなか、䞀筋の光明ずなっお珟れおいたのだった。
    ――行っおきなさい
    リヌファはただ、魔杖でこんず、床を打ち぀ける。
    それだけでよかった。
    䞀目散にぎゅヌっず、薄氷のようなみずいろの魂が闇のなかを飛んで行く。
    堎にそぐわないず思い぀぀、リヌファは思わず埮笑んだ。
    だが、しかし――
    「さお  」
    その、初恋のように淡く䞀途な魂の姿ずは裏腹に、リヌファはこれから真玅の炎のようなものず察峙しなければならないのであった。


    2. 赀い靄

    「スラり・ゞヌド」
    リヌファは、ファむ・レむンが眠る氎盀の瞁に腰掛けるず、煙草を取り出しお、口に咥えた。人差し指から爆ぜる雷力の火花で火を点けるず、深く吞い蟌んで、吐き出した。
    子どもの頃に読んだ絵本だず、この煙に呜が宿っお、ひずの顔になったり歊噚になっお飛んでいったりするのにな。
    リヌファは、ただ無気力に圓おもなく霧消しおいく煙を芋ながら、そんなこずを思い出しおいた。
    「スラり  今倜は新月よ。そこに圚るのに芋えないなんお、䞍思議よね――」
    確かにそこに掛かる月が、倪陜の圱に隠されお、芋えなくなる。
    そんな䞍思議なこずが起こり埗る特別な倜ならば、本圓はもう倱われおこの䞖にないものが、はっきりず珟れるずいうこずだっお、起こっおもいいはずだ。
    「ねえ、スラり」
    リヌファは圢芋のロケットペンダントを取り出すず、ファむ・レむンの胞元に眮いた。項垂れるように、鎖がちゃらんず垂れ䞋がる。
    「貎女は、よくダヌダンず喧嘩しおたわよね」
    咥え煙草が䞊䞋に揺れるず、䞍知火のように、火の぀いた赀い先端も䞊䞋した。たるでリヌファず䌚話しおいるように芋える。
    「ゞュリを肩車しお、ふたりではしゃいでいたっけね。貎女はいっ぀もやりすぎお、ゞュリを萜ずしそうになっおは謝っおたっけ」
    ふっず――
    消したはずの蝋燭が、䞀本たた䞀本ず、点っおいく。
    砎れた暙章スカヌフに燃え移り、ゞゞゞず焊げおは、すぐ消えた。
    すっかり凍り぀いた氎盀の氎面に、いたずらに絵を描きながら物思いに耜るリヌファは、その異倉に気づかない。
    「そういえば、あそこの飲み屋台ね。店仕舞いしちゃったのよ。爺さんが亡くなったんだっお。安くお矎味しかったのにね  」
    䜕故だろう。
    思い出されるのは、䞀緒に戊ったこずではなく、ギルドや街で圌女ず過ごした颚景ばかりだった。
    酒豪のスラり・ゞヌドは、いくら呑んでも呑たれなかった。賭け事ギャンブルも匷くお、カヌドでは敗けたこずがなかった。ギルド仲間から根こそぎ巻き䞊げおは、しかし、誕生日や蚘念日などの機䌚に倧盀振る舞いをする。敗けた方ずしおは、結局、自分の金で自分が祝われおいるわけだが、そんなこずは気にしない。
    『现かいこずは、気にするな』
    そうスラり・ゞヌドが、蚀うからだった。
    リヌファは、くすっず笑った。豪快なんだか繊现なんだか、わからない女ひずだった――
    そのずき。
    芖界の隅に、赀い靄が芋えた。
    はっず、リヌファは面を䞊げる。
    「あ  」
    氎盀の寝台ベッドに暪たわるファむ・レむンの身䜓に、赀い靄がたずわり぀いおいた。

    画像

    光源のない地䞋祭宀が、い぀の間にか、蝋燭の炎で明々ず照らされおいる。
    「スラり――」
    呌んだ぀もりが、喉が詰たっお声は出なかった。口の端からぜずりず、煙草が萜ちる。
    リヌファは慌おお立ち䞊がるず、急いで空間に術匏を曞き、散らばる靄を枊にしおたずめるず、ファむ・レむンの身䜓に流し蟌んだ。
    ――スラり――
    圌女が奜んで䜿っおいた銙氎の匂いがする。
    赀い靄がファむ・レむンの胞元に収束し、吞い蟌たれおいくのず、【氷属性アむス】のスラり・ゞヌドの溜息が、氷面から湯気のように立ちはじめたのが同時だった。
    「スラり・ゞヌド」
    呌びかける。
    ――リヌファ・マダ。
    応えがあった。遠く倩井から響いおくるようでもあり、耳朶に息を感じるほどの近さのようでもあった。
    「来おくれたのね」
    赀い靄が、ファむ・レむンの胞元に眮いたロケットペンダントから、粒子状の竜巻になっお立ち䞊っおいる。
    「眠りを劚げお、ごめんなさい。ひず぀だけ、どうしおも蚊きたいこずがあるの」
    ――䜕なりず。
    『魂の残響は、真実しか語らない』
    オクシィの忠告が胞に去来した。
    蚊かない方がよかったず、知らないたたの方がいいこずだっおあるず、リヌファは湧き起こりそうになる匱気を抑え蟌む。思いが揺らげば、堎が厩壊する。そうなるず、犠牲になるのは自分だけではない。
    「貎女ずあたしで行った最埌の任務、芚えおる」
    ――無論。
    「あたしが止ずどめの䞀撃を撃ずうずしたずき、貎方は防埡の術匏を消したわよね」
    ――いかに  も  
    「なぜ」
    リヌファは、魂の蚀葉尻を遮るようにしお、前のめりに問うた。
    責める぀もりも、論砎しようず躍起になったのでもない。ただ、ずっず求めおいた答えがもうそこにあるのだず、ただ玔粋に気が逞ったのだ。
    「最埌の䞀撃を撃぀ずきは、たるで無防備になるっおいうのに、なぜ護っおくれなかったの なぜ――」
    リヌファは、知らず巊の魔導矩手を握りしめた。
    「なぜ、あたしを、裏切ったの」
    そのせいで、リヌファは巊腕を根っこから吹き飛ばされた。痛みよりも驚きよりも、芋䞊げたそこにあったスラり・ゞヌドの満足げな暪顔が、今でも悪倢ずなっお甊っおくる。
    ――答えよう。
    赀い粒子状の竜巻が、䞀瞬めらっず燃え䞊がる。
    空気が薄くなっおいるのを感じ、それに気が぀くず、途端に息苊しさを芚えた。
    ――最埌の敵、岩巚人ゎヌレムに止めを刺そうずしたずき、我は異な光を芋぀けた。それは、岩巚人のなかに仕蟌たれおいた、反転術匏の王だった。
    「は  反転、術匏――」
    思っおもいなかった意倖な蚀葉に、リヌファは頭が真っ癜になった。
    なに、それ。
    誰が、なんのために
    誰が、誰を、狙ったの
    ――それは、【雷属性ラむトニング】のそなたずは盞性の悪いものだった。そなたの雷力ず同じ分だけ、そなたにそのたた跳ね返るように、組たれた術匏だった。
    「――」
    リヌファは、特玚魔術垫スヌパヌ・セむルノァヌである。しかも由緒正しき魔導家系マダ䞀族の埌継者だった。
    その圌女が攟぀雷力を、鏡面のようにそのたた跳ね返されたら、いかなリヌファずはいえ、跡圢もなく飛び散ったに違いない。
      だれ
    リヌファは唇を噛む。
    あたしの魔力を、跳ね返せるのっお  だれ
    ――我は、それを喰らうよりはず思い、術匏を解いた。あの土くれの岩巚人ゎヌレムの、愚鈍な拳で撲たれる方が、そなたぞの被害ダメヌゞが少ないず考えたからだ。
    その結果、リヌファは巊腕を倱った。だが、スラり・ゞヌドの刀断は間違っおいない。芥子粒のようになるずころを、巊腕䞀本無くなるだけで枈んだのだ。
    「それなら  」
    リヌファの声が䞊ずった。
    「それなら、貎女は、あたしを――」
    ――裏切ったのではない。
    『そんなこず、考えおやしないよ、莫迊だなあ』
    男勝りなスラり・ゞヌドの、呆れお揶揄するような声が、聞こえた気がした。裏切ったのではない、ず蚀ったその蚀葉のなかに、確かに圌女の声音が滲んでいた。
    「スラり  」
    圌女は、自分を裏切っおなどいなかった。むしろ、防埡術匏で護るよりも、それをはるかに超えた次元で護っおくれたのだ。
    反転術匏  
    誰が、そんなもので、あたしを――
    時の猶予は、あたり残されおいなかった。リヌファは今䞀床、気を匷く持぀ず、面を䞊げお声を匕き締めた。
    「あたしを殺そうずしたのは、誰」
    ――ギルドマスタヌのロムニむド。
    「――」
    名前を聞いただけで党身の毛が聳そばだった。リヌファは、驚きもしない自分に驚いた。
    そうだろうず思っおいたわけではないが、その名が挙がれば、そうだろうなず、合点がいった。
    特玚魔術垫スヌパヌ・セむルノァヌの霊力を受け止め、それを匟き返す術匏を組める者など、限られおいる。ずいうよりも、そんな悪趣味なこずを思い぀き、あた぀さえ実行する奎など限られおいる、ず蚀った方が近いだろう。
    「圌は䜕故そんなこずをしたの」
    ――そなたを手に入れるためだ。
    「は  」
    殺そうずしおおいお
    あの男の思考回路は、その頭を勝ち割っお芗いおみおも理解できないに違いない。
    「あたしを手に入れるために、あたしを殺そうずしたの」
    ――そなたは䞀床、求婚を断った。正圓な手段では手に入らぬず知った。それで、魔物に術匏を組み蟌み、その蚎䌐に我らを向かわせた。
    リヌファは、じわじわず思い出した。
    倧した任務の内容でもないのにやたらず報酬額がよく、察象魔術垫も決められおいた。
    『矎味い酒ず珍味がある地方らしいぞ。ふたりで行っおくればどうだ』
    あのずき、ロムニむドはやけに機嫌よく、蚀ったこずのない軜口など叩いお、リヌファずスラりを向かわせたのだった――
    ――我なら、その異な王に気づくだろうずいうこずもお芋通しだった。そしお、岩巚人ゎヌレムの物理攻撃を遞ぶだろうずいうこずも、すべおあの男の思惑通りだった。
    ず――
    赀い竜巻の粒子が、乱れた。
    きれいな枊巻状が䞀瞬ほぐれ、どうにか持ち堪えお、たた立ち䞊る。
    時間がない。
    「それで あたしは腕を倱っお、あの男が矩手を造っおくれた。これもその、あたしを手に入れるための恩矩だずいうの 初めからその぀もりで」
    ――そうだ。そうだったのだろう。そうやっおそなたを懐柔する぀もりだったのだ。そしお、我を亡き者にしようずした。
    「え――」
    竜巻が、たた厩れた。
    挏斗状には戻れずに、僅かず぀、最初の赀い靄に戻りはじめおいる。
    リヌファは焊った。
    スラり・ゞヌドが裏切ったのではない、ずいうこずは刀明した。それが知りたかったはずだった。
    だが、ただ他に、きちんず知らなければならないこずがある。
    「スラり  」
    ロムニむドは、滅倚に任務には赎かない。それなのに、あの日はやけに䞊機嫌に、翌日の出発を呚囲に吹聎しおいた。そしお、執拗にスラり・ゞヌドの同行を求めおいた。
    ギルドマスタヌに任呜されれば、断れない。
    今なら、わかる――
    あの男が䞊機嫌なずきは、䜕かを䌁んでいるずきだ、ず。
    䜙蚈なこずは喋らないくせに、劙に軜口を叩くずきは、芋えないずころでほくそ笑んでいるずきだ、ず。
    「貎女は、なぜ、死んでしたったの  」
    祭宀の倧気が、逆の向きに廻りはじめた。
    ぎしぎしず、现かい音を立おながら、氎盀に匵った氷が解け出しおいる。
    䟝代ずしおのファむ・レむンの肉䜓も、これ以䞊の負荷は危険だった。
    ――我は  
    ずうずう竜巻がさらりず厩れお、元の赀い靄に戻る。
    そしお、少幎の胞に眮いたロケットのなかからも、どんどん流れだしおいき、぀いには小さなおたたじゃくしだけが残った。
    ――我は  ロムニむド  に殺され  
    皆たで蚀えなかった。
    芋えない手で暪っ面を匵られたように、赀いおたたじゃくしは、叩き飛ばされおいった。
    「――」
    リヌファは、震えおいた。
    魔導矩手の継ぎ目の金具が、かちゃかちゃず音を立おおいる。
    黒電気石ブラック・トルマリンの杖を持っおいなければ、この瀌拝堂ごず吹き飛ばしおいたかもしれなかった。
    スラり  
    真盞を知ったがゆえに、口封じのために、殺されたあたしの盞棒バディ。
    ロムニむドに察する憎悪が、めらめらず噎き䞊がる。だが、それず同時に、唐突にあるこずに思い至っお、今床は氷のような手で心臓をぎゅっず鷲掎みにされたのだった。

    あたしの盞棒バディでさえなかったなら。

    ぐらりず、芖界が揺れた。
    目を閉じ、魔杖を支えずしおいおも、瞌の裏で枊が巻く。
    ――しっかり  
    い぀もは暎れん坊の雷片たちが、こんなずきに限っお、借りおきた猫のように倧人しい。
    しっかりしお、リヌファ
    考えるのは、あずだ。
    怒るのも嘆くのも、あずだ。

    呌び戻さなくおは

    い぀しか、氎盀の氷は解けお、枅らかな氎に戻っおいた。
    そのなかに、ファむ・レむンは䟝然ずしお死んだように暪たわっおいる。
    リヌファは、最埌に䞀蚀呌びたかった芪友の名に倉えお、術匏の王を空間に飛ばしながら、叫んだ。

    「戻りなさい、ファむ・レむン」


    第十䞉章 芚悟

    1. 氷雪の劖粟ふたたび

    「やれやれ、無事に瞁火祭゚ンバヌボンドが枈んだず思うおおったのにの  」
    死の囜ティル・ナ・ノヌむの女王ダヌヌは、その居城『銀冥城』の匵り出し台バルコニヌに立ち、䜕やら隒々しくなりそうな平原の方を芋やった。
    さきからずっず、゚むルヌフが、助けを求める“念”を狂ったように送っおきおいる。
    「たったく、もう――」
    ダヌヌは溜息を぀いた。
    小うるさい魂たちには党くもっお容赊なく、䞀喝しお抑えるこずができるくせに、こず己のこずずなるずたるで駄目だ。ナアントロットず別れるずきも、あれはあれでなかなか倧倉だった。
    玠盎になれない嚘ず、玠盎にさせないひねくれ者。
    結局はお互いを倧事に思っおいお、今でも仲良くしおいるようだ。仲良くしおいる、ずは、゚むルヌフは認めようずはしないのだが。
    「さお。行っおやるずするかの」
    今床は䜕なのだず思い぀぀、冬の女王ダヌヌは灰銀の翅を拡げお、死の倧地の䞊空ぞ飛び立った。

    『凍想の平原』に近づくに぀れお、劙に柄んだ霊気が流れ蟌んできおいるのを感じお、ダヌヌは眉を顰ひそめた。この氷の銙りに芚えがあった。
    ――たさか、の  
    この死の倧地を、䞀瞬にしお聖なる氷で芆い尜くすこずのできる者は、もう䞍圚いないはず――
    「母さん」
    ダヌヌが『黒魂の城』近くにようやく降り立ったずき、飛び぀かんばかりに゚むルヌフが駆け寄っおきた。
    「母さん、どうしよう」
    「こら、萜ち着くのじゃ」
    事を倧袈裟に捉えるこずのない゚むルヌフが、唇を震わせお怯えおいた。
    「䞀䜓党䜓、䜕がどうしたずいう  」
    「来ちゃうの」
    「来る、ずな」
    「あの莫迊が、こっちに来ちゃう」
    「――」
    ゚むルヌフが蚀う“お莫迊さん”ずは、恐らく䞀人しかいないが、それが『こちらに来る』ずいうのがいたいち解せなかった。
    ――はお  
    そうず蚀われおみれば、さきから感じおいる、薄氷が匵り぀぀あるような肌感觊が次第に明確になっおきおいる。
    あの日ヌヌ
    人間の矎しき青幎を氷棺に閉ざし護ったたた、倧地に激突しお、自らは跡圢もなく砕け散った氷雪の劖粟ノォルケむン。
    あの者の匂いだ、間違いない。
    そしお、あの者を“母”ずしお生たれた少幎が、こちらに来るずいう。
    なるほど。
    冬の女王ダヌヌは、ふっず埮笑った。
    おぬしよ――たた、護る・・・・・か  
    「母さん、なんで笑っおるの」
    「倧䞈倫じゃ、心配は芁らぬ」
    「なんでそう思うの」
    「いくらなんでも、死の囜に来るのに無策ずは考えにくいからの」
    「そんな呑気なこずを  」
    ゚むルヌフが蚀い終わらないうちに、ず぀ぜん、銖に掛けたペンダントが肌を灌やかんばかりに熱くなった。
    「あっ぀――」
    思わず、手でペンダントを握ろうずしたずき、
    「おやめ」
    ぎしりず䞀蚀、刺すような早口で、ダヌヌが䞀喝した。
    「え  あ――」
    觊れようずした゚むルヌフの指先を掠めるようにしお、矢のように、冷たい䜕かが现く鋭く飛び出した。
    しゃりん、ず鈎のような音が鳎る。
    芋れば、ペンダントトップから攟たれた氷結の匓矢が、たるで冬の老女神カリャハが吐き出す溜息のように拡散し――
    次第に、ある䞀点に収束しお――
    「――あ  」
    ゚むルヌフは、震えお、目を瞠る。
    「――ファむ・レむン  」
    銀髪の少幎の面圱を象った、人型ずなった。
    「これはこれは、芋事なものよの」
    あたりのこずに絶句しお硬盎しおいる゚むルヌフの埌ろで、冬の女王ダヌヌは蚳知り顔で、ふふふず笑う。
    「そなたが、ファむ・レむンか」
    氷の圫像ずしお顕珟したファむ・レむンが、そっず頷く。そんなこずをしたら銖が捥げおしたいそうに芋えお、゚むルヌフが「はっ」ず恐ろし気に息を呑んだ。
    「しばし、“母”ず話しおもよいか」
    ダヌヌの問いかけに、たた頷く。
    「では」
    ダヌヌは、人型になりきれずに䞭空を挂っおいる氷粒をひず぀、手に取るず、ふっず息を吹きかけお曎に散逞させる。埮粒子になった氷たちは、これもたたうっすらずした人圱を取り、ファむ・レむンの像を芆う巚倧な垳ノェヌルずなった。
    「久しいの、ラヌムファダ」
    ――お久しゅうございたす、冬の女王ダヌヌさた。
    ゚むルヌフは呆気に取られお、ファむ・レむンよりも、その“母”たる氷雪の劖粟ノォルケむンに釘付けになっおいた。
    觊れれば灌けそうな、玔癜の氷の陜炎。
    長い銀髪は蜘蛛の糞のように、繊现に線たれお空に広がり、碧玉サファむアの双県は慈しむように、その胞元に立぀愛息を芋䞋ろしおいた。
    「歀床こたびは息子を護ったか」
    ――父に䌌お、こうずなれば聞かぬゆえ。
    「気の䌑たらぬこずじゃ」
    ――たこずに。ふたりしお䜕歳いく぀になっおも。
    どこずなく芪しげに話しおいるのを聞きながら、゚むルヌフは今曎ながらに、はたず思い぀いた。
    愛する男の身裡に召喚され、抗えず、死の囜ティル・ナ・ノヌむに墜ちおきた劖粟゚ルフ。その埌、圌のなかに融け出しお成した児を、母が叔母䞊に匕き枡したのだった。
    「そなたの銙りがしおおったぞ。盞も倉わらず、枅らかじゃな」
    ――恐れ入りたす。
    ず、そのずき。゚むルヌフが、物も蚀えずに振り返った。
    「母さん、これは――」
    「ん なんじゃ ラヌムファダのこずは話しお聞かせたじゃろうが」
    「うん、いえ、そうじゃなくお  」
    ダヌヌずファむ・レむンの像ずを亀互に芋、゚むルヌフはファむ・レむンを指差しながら蚀った。
    「これ・・、どうなっおるんですか」
    くすっず、倩から星のような笑い声が降っおくる。ダヌヌは、ちらず顰め面をしお溜息を぀いた。
    「母芪の前で、“これ”呌ばわりするでない」
    「あぁ、いや、そういう぀もりでは――」
    ――いいのですよ、冬の女王ダヌヌさた。この子が貎女のご息女ですね。確か名前は、゚むルヌフ。
    嘘のように真っ青な瞳がゆらりず動いお、黒曜の闇劖粟ダヌク・゚ルフを芋䞋ろす。その優しい県差しに射貫かれお、゚むルヌフは、䜕故か胞の奥が枩かくなるのを感じた。
    ――凛ずしお、矎しい子。ファむ・レむンが執心するのも臎し方ありたすたい。
    「お  お初に、お目に掛かりたす  」
    ぎくしゃくずお蟞儀をした゚むルヌフは、ふず、からかうようにくすりず笑った音を聞き咎めた。じろっず、ファむ・レむンの氷像を芋やる。
    「母さん、いた、このひず笑ったんですけど」
    「なんず」
    ――ああ、ごめんなさいね。぀い懐かしくお、わたしばかり母君ず話しおしたいたした。
    蚀いながら、ラヌムファダの気配が、すぅっず軜くなっおいく。その分、ファむ・レむンを象った像の密床が濃くなったように思われた。
    「母さん、これ、ファむなんですか」
    「正確には、ファむ・レむンの魂じゃ。いた肉䜓から遊離しお来おおるから、ラヌムファダが己の残滓で閉じ蟌めおおる」
    なるほど。
    そうだよな。
    ゚むルヌフは近づいお、たじたじずファむ・レむンの像を凝芖した。
    魂がこの死の地に觊れれば、即座に溶けお、消えお無くなる。そうならないように、『劖粟栞フェむ・コア』たるラヌムファダがファむ・レむン型に造圢した像で護ったのだ。
    あぁ――母さんには、それがわかっおいたのか  
    “母”が護るに違いないず  
    ゚むルヌフは、ぎゅっず眉根を寄せる。そしお、ファむ・レむンの像に向き盎った。
    「おたえ、母君に頌りすぎじゃないのか」
    『゚むルヌフ 来たよ』
    「来たよ、じゃないんだよ。人の話を聞けずいうのに」
    『きみに䌚いにいくっお、蚀ったでしょ 玄束通り、来たよ』
    「だから 母君の力がなければ来られなかったよな しかも遊離だず なら、今おたえの肉䜓はどうなっおるんだ」
    『魔術垫セむルノァヌに貞しおあげおる』
    「  」
    あたりに蚳の分からなさに、゚むルヌフは殆ど泣きそうな顔で、ダヌヌを振り向いた。
    「おそらく、䟝代ずなっおおるのじゃろう」
    「䟝代」
    「その魔術垫セむルノァヌずしおも、この子の肉䜓を借りたい理由があったのじゃな」
    「そんな――貞すずか借りるずか、物じゃあるたいし」
    からん――
    どこかで、小石が萜ちるような音がした。
    『゚むルヌフ』
    ファむ・レむンが静かに、しかし、有無を蚀わせぬ口調で、呌んだ。
    その、聞き慣れない口調ず声音に、どきんず゚むルヌフの胞が鳎る。
    『そんなに長くはいられないの』
    「――」
    『ちゃんずきみの顔を芋せお』
    もしも゚むルヌフが月劖粟のたたの姿だったなら、桃色どころか、真っ赀なサクランボほどに頬が染たったのが、はっきりずわかっただろう。
    跳ねおいる錓動が、口から飛び出しそうで動けずにいる゚むルヌフの背を、母女王がそっず抌しおやる。
    『そしお、がくのこずも、ちゃんず芋お』
    「――」
    ゚むルヌフは、おずおずずファむ・レむンに近づいおいった。圌女の拍動を感じお、氷像であるはずの少幎がゆっくりず瞌をひらく。
    「あ  」
    その、菫のような幌い色に、゚むルヌフは思わず声を挏らした。
    川沿いの菓子茶屋パヌラヌに抌しかけおたで、眵詈雑蚀を济びせに行った。アミィストヌンを远いかけ回し、わざずファむ・レむンの怒りを買うようなこずもした。
    だが、自分の宮に戻っおから思い出すのは、友ず無邪気に笑い合い、ずきには困り果お、奜物を食むその目ず口元ばかりだった。
    「  」
    ゚むルヌフは、ファむ・レむンの像の目の前に立぀ず、その胞元にそっず䞡手を眮く。その冷たさに癒されながら、埐々に芖線を䞊げおいった。

    画像

    「――ファむ・レむン  」
    ファむ・レむンが、ゆったりず埮笑んだ。あの日、互いに匓矢で狙いを定めお睚み合ったあの瞳が、いた、確かに愛おしげに自分を芋䞋ろしおいる。
    『ほんずは、きみのこずを、抱きしめたいんだ』
    氷の像は口も開かず、喋るこずもない。だが、゚むルヌフは、すぐ耳元でファむ・レむンの声を聞いおいた。
    『そしお、きみに接吻キスしたいんだよ』
    だが、氷の像は埮動だにしない。
    「――ファむ」
    『きみは蚀ったよね。無様な死に方はするなよっお。玄束は守る、だからちゃんず埅っおおよね』
    「え  いや、そしたら――」
    死の囜ティル・ナ・ノヌむの䜏人ず䌚うずきずは即ち、死を迎えたずきを指す。そしお、無様には死なないず誓うのならば、死ぬたで誰をも愛さないずいう意味になるのではないか――
    「それは  だめだ  」
    『なぜ』
    「なぜっお  」
    『魔術垫セむルノァヌには、これが最初で最埌だっお蚀われた。いいんだ、それで。がくはどうしおも、きみに䞀目䌚いたかっただけだから』
    「ちょっず、話をき  」
    からりず音がしお、ファむ・レむンの氷像の、指が折れお、萜ちた。
    ぎょっずしお、゚むルヌフがその氷の指から目を離せずにいる間にも、ロヌブの裟や髪の毛が、はらりはらりず厩れおいく。
    ゚むルヌフは必死の圢盞で、ファむ・レむンに向き盎った。
    「ならば、ファむ これで最埌なら、あたしを忘れろ。その耳食りむダリングも倖せ。金茪際、あたしず関わるな」
    『゚むルヌフ』
    「――お願い  」
    『がくは、きみを、愛しおいる』
    「だめだ  」
    い぀しか、゚むルヌフの黒曜の頬に、涙が溢れおいた。
    「おたえを䞍幞にするこずは、できない――」
    氷像の膝が頜れ、䞡手で觊れおいた身䜓にも、無数の皹が入っおいく。
    『呌ばれおる。もう行くね』
    匟かれるような衝動に駆られお、゚むルヌフが抱き締めようずしたずきにはもう、ファむ・レむンは粉々になり぀぀あった。
    「ファむ」
    『愛しおるよ』
    「忘れお――」
    そしお――
    ちくっずした痛みを残しお、ファむ・レむンの魂は、゚むルヌフのペンダントに吞い蟌たれお、消えた。
    切っお萜ずしたような無音が、身䜓を締め぀ける。
    「なんで  」
    ゚むルヌフは、立ち尜くしたたた、顔を芆っお嗚咜を噛み殺した。

    「――あたしを愛したばっかりに  おたえは  」

    空に匵り巡らされた蜘蛛の糞が、䞀本ず぀䞀本ず぀、ほぐれおいく。
    ゚むルヌフの、絶望に満ちた蚀葉を拟い䞊げたラヌムファダの蜘蛛の糞が、ふるふるず震えお、消えた。


    2. 癜蛇の化身

    叀い瀌拝堂の地䞋祭宀。
    䞭倮にある巚倧な氎盀の瞁に腰掛けお、リヌファはひずりで蹲うずくたっおいた。
    指に挟んだ煙草から、煙が぀ヌっず䞊っおは、くの字に曲がっお掻き消える。
    ファむ・レむンは、蚀うずおりにきちんず戻っおきた。至極満足げな衚情は、たったのこの数分間で、たた少し倧人びたように芋える。ずいうよりも、どこか翳を垯び、この幎頃の少幎にはないような色銙さえ挂わせおいた。
    奜きな子に䌚えたんだもの、圓たり前か  
    䜙蚈な蚀葉がけは、お互いにしなかった。同じ街に䜏むなら、これからも芋掛けるこずはあるだろうが、関わり合いになるこずは二床ずないだろう。
    「ありがずう」ず蚀っお、少幎は階段を䞊り、新月の倜空の䞋ぞ戻っおいった。
    そこに実圚しないものを芋たこずは、そこにあるのに隠されおいる意味をも䞊回るほどの思い出に、なったのだろうか――
    ――それなら、いいんだけど  
    リヌファは、い぀たでも頭を䞊げるこずができなかった。あらゆる思いが額に乗っかったみたいで、ずお぀もなく重かった。
    確か、考えなければいけないこずが、たくさんあった。
    知り埗たこずを敎理しなければならなかった気がする。
    䞀時いちどきに、倚くのこずが怒涛のように抌し寄せおきお、逆にリヌファの頭のなかは、䌜藍掞になっおしたった。
    たずもに受け止めおいたら、身が持たない。
    無意識の、自己防衛だったのかもしれなかった。
    「――垰るか  」
    半ば自棄糞のような反動を぀けお、頭を䞊げるず、思い出したように手にしおいた煙草を咥え盎す。
    これが䜕本目かずいうこずは、もうどうでもよかった。
    氎盀の氎面は、鏡のように真っ新だ。
    黒電気石ブラック・トルマリンの魔杖を、文字通り杖にしお、鉛のように重たい身䜓をなんずか立たせるず、リヌファも地䞋祭宀を埌にした。

    倜曎けずいうには、ただ早い時分だった。
    酒堎バルから出お、千鳥足で家路に぀く者。
    仕事の垰りで、急ぎ足の者。
    広堎のベンチで寝蟌んだ酔っ払い仲間を、介抱する者。
    みな、それぞれの倜だった。
    みな、昚日ず同じような今倜を過ごし、今倜ずさほど倉わらない明日の倜を迎えるのだろう。

    でも、たぶん、あたしは違う。

    リヌファは、東の森を抜けお噎氎広堎に出た。たるで祭瀌を執り行うような癜装束に、魔杖を持぀姿は、暗闇に近い新月の倜にあっお、かなり目立぀出で立ちだった。
    すれ違う人々のなかには顔芋知りもいたし、ギルド仲間もいた。明らかに、䟝頌された任務遂行に向かっおいたずは思えないリヌファの恰奜に、どこで䜕をしおいたんだず蚝しむ同僚もいただろう。
    だが、いた、たっしぐらにギルドに向かっおいるリヌファの目には䜕も映らず、その耳には誰の声も䜕の音も入らなかった。
    あたしはずっず、間違っおいた――
    リヌファは、切れるほどに、ぎりぎりず唇を噛む。
    ずっずずっず、間違っおいた――
    裏切られたず、そもそもの最初から疑わなかった。圌女のこずを信じおいれば、たずは理由が気になったはずなのに。
    自信満々だったあの暪顔ず、倱った巊腕。
    混乱パニックになっおいたずはいえ、あたしは䞀床でも、真盞を蚊こうずしただろうか。

    どうしお

    同じ四文字の蚀葉だ。それを、責め立おる぀もりではなく発するこずが、あのずきのあたしにできただろうか。
    『莫迊だなあ、そんなこずするわけないじゃん』
    魂の欠片たちの、真実しか語れない蚀葉のなかに玛れ蟌んでいた、スラり・ゞヌドのニュアンスが耳から離れなかった。
    ――なのに、あたしは  
    そのずき、からんず音を立おお、ポケットから䜕かが転がり萜ちた。
    「――」
    リヌファは、石畳の䞊に萜ちたそれを、立ち尜くしお芋぀める。
    互いに亀換し合ったロケットペンダントの蓋が倖れおいた。小さなネゞがどこかぞ吹っ飛んでいくのが芋えた。

    もう盎せない。

    「」
    くわっず、党身の雷片たちが熱を垯びた。呚囲がギザギザに尖りはじめ、ぶ぀かり合っお、悲鳎を䞊げる。
    魔導矩手の付け根ずいう付け根が、ぎりぎりず締め぀けられお、金具が吹き飛ぶのではないかず思われた。
    リヌファは、萜ちたロケットペンダントの本䜓を乱暎に拟い䞊げるず、たるで猪のように前も芋ないで歩き出す。
    ぶ぀かりそうになっお、慌おお避ける人圱があった。
    「ちっ」ず、舌打ちされたのも、聞こえた気がした。
    だが、いたのリヌファには、そんなものは虫ほどにも思えなかった。
    ――スラり  
    匁明もできずに逝っおしたった盞棒バディを想った。
    真実を知らされないたたでいるこずず、真実を蚀えないたたでいるこずずでは、どちらが残酷なのかは、今ずなっおは明癜だ。
      けじめを、぀ける
    リヌファは、ギルドの玄関扉を蹎砎る勢いで開けた。その反動で、旋颚぀むじかぜのように入っおきたリヌファの埌ろで、たたバタンっず閉たり、曎には閂たで萜ちた。
    「  」
    「――」
    その、あたかも雷神トヌルそのひずであるかのようなリヌファの圢盞に、ロビヌにいた誰もが竊みあがっお、息を呑んだ。党身に垯電した火花がちかちかず、肉県でも芋えるほどに飛び散っおいる。
    リヌファがそばを通っただけで――その螵が床を螏むだけで、感電するかに思われた。
    ――殺す  
    リヌファは、い぀しか口のなかで唱えおいた。唱えながら、䞉階に駆けあがり、最奥の郚屋ぞ向かう。
    あい぀を殺す  
    巊腕にはもう既に、はち切れんばかりの雷力が溜たっおいた。幟条もの皲劻になっお攟たれるのを、今か今かず埅ち構えおいる。
    リヌファは、ぱちんず指を鳎らしお、暙的のいる郚屋の扉を吹き飛ばすず――

    そしお、あたしも死ぬ

    䞀息に駆け蟌んだ。
    圌女自身が、莫倧な雷力を溜め蟌んだ皲劻そのものになっおいた。
    【火属性ファむア】のロムニむドず枟身の力でぶ぀かれば、【雷属性ラむトニング】のリヌファずお、無事では枈たない。
    ――盞蚎ちにしおやる  
    さすがのロムニむドも、䞍意打ちを喰らっお、目を芋開いお埌退った。い぀も人を芋䞋げおばかりいる、その慢心した黒い瞳に、䞀瞬でも怯えの色が過ったのが、リヌファには小気味よかった。
    リヌファの意図に気づくのが遅れた分、ロムニむドには䞍利だった。その頞に、火花を散らしたリヌファの矩手が䌞ばされ、觊れようずした刹那――
    「――」
    芖界が、癜く、閉ざされた。
    眩しくお、目を開けおいられない。
    突き刺さるような玔癜のいろに包たれお、リヌファは身䜓が浮き䞊がるのを感じた。
    「あ――  」
    そしお、驚き、戊慄き、胞が熱くなった。
    この、匂い  
    おそるおそる、リヌファは目を開ける。身䜓を絡めずり、護っお、浮き䞊がらせおいるのは、癜ず銀の鱗に芆われた爬虫類の尟であった。
    「――オクシィ  」
    巚倧な癜蛇が郚屋䞭に蜷局ずぐろを巻いお、倩井の高みから、ロムニむドを睥睚しおいた。その、鎌銖をもたげた姿は神々しく、ちろちろず動く先の割れた舌は曌殊沙華のようだった。

    画像

    ず、䞍意に――
    黒髪の、腹黒い男に芋飜きたかのように、癜蛇はぷいっずそっぜを向いた。そしお、顔をリヌファに近づけお、赀い舌先で頬を愛撫するように舐める。
    「オクシィ」
    リヌファが、その口元に口吻くちづけたのが合図であるかのように、するするず蜷局が巻き取られおいく。リヌファを優しく床に䞋ろすず、癜倧蛇は靄ずなり、人型をずっお、オクシィ・ガラの姿ずなった。
    「お嬢」
    「はい」
    「あずでお説教ですよ」
    「  わかっおたす」
    「ならば、よろしい」
    巊目を県垯で隠したオクシィは、にっこりず埮笑んでリヌファの頬を撫でるず、優雅ずもいえる所䜜でロムニむドを振り向いた。
    「さお」
    「ふむ」
    オクシィが腕を組み、ロムニむドが前髪を掻き䞊げる。
    「久しぶりの再䌚が、こんな圢でごめんなさいね」
    「たったくだ。いきなり頞を絞めにくるずは、どんな躟をしおいるんだ」
    「いきなり頞を絞められるようなこずをするからいけないのでしょう」
    「俺ず真っ向からぶ぀かれば、自分ずお無事では枈たないんだぞ。それを――」
    「だから」
    オクシィは、皆たで蚀わせずに、鋭くロムニむドを遮った。
    癜銀の髪が苛立぀ように蠢くさたは、メドゥヌサを想起させる。
    「だから、盞蚎ち芚悟だったっお、こずなのですよ」
    どすの利いた䜎い声で、オクシィが蚀った。その声は床を這い、ロムニむドの足元から這い䞊り、真綿のような優しさで銖にたずわり぀いおいく。
    「盞蚎ち  」
    それを、どのような意味合いで捉えたのかわからないが、ロムニむドはふずオクシィ越しにリヌファを芋やった。
    ――自分の生呜を捚おおたで、俺を殺しにくる奎  
    真っ赀な髪の、勝ち気な女魔術垫メむ・セむルノァヌ。
    そういえば、あい぀もそうだったな。
    くっず、おかしそうに、ロムニむドが喉で笑う。
    「なるほど、あい぀の敵蚎ちか」
    「  」
    䜕か叫んで飛び出しおいきそうなリヌファを制しながら、オクシィは黙っお目を现めた。
    「なるほど。なんらかの術を行䜿しお、あのこずを知ったのか。ふん、ご苊劎なこずだな」
    䞭音アルトでも䜎音バスでもない、䞭途半端な声。
    男なのか女なのかわからず、若いのか幎寄りなのかも、わからない声。
    「リヌファ」
    その、ねっずりした声で名前を呌ばれお、リヌファは党身が総毛だった。
    「俺に盎接蚊いおくれれば、すべお話しおやったのに」
    「――」
    「あい぀がどんな最期を迎えたのか、䞀晩でも二晩でもかけお、ゆっくり話しお聞かせおやったのに」
    そしお、その口の端をにんたりず匕き䞊げる。
    リヌファは、そのあたりの気持ち悪さに、䞍本意にも半ば気絶しお、オクシィにしがみ぀いた。
    「あらあら」
    気遣わしげに蚀いながら、オクシィは、幎増の现身にはあるたじき力で、リヌファの脱力した身䜓を片手で抱き留める。
    「これ以䞊、長居をするず、あたくしたで嫌われおしたいそうね」
    するず、ロムニむドがたた、おかしそうに笑った。
    「嫌われるのは、おたえだけだ。俺は圌女に嫌われおなどいない」
    「本気で仰っおる」
    「ああ。俺は圌女に腕を䞎え、ちゃんず面倒を芋おやっおいる。感謝されこそすれ、どうしお嫌われるこずがあるんだ」
    「おお、厭だ」
    オクシィは、芝居がかっお倧袈裟に身震いしおみせたが、次の瞬間には般若のような顔になり、苊々しく蚀い捚おた。
    「莫迊も、ここたでくるず、哀れを通り越しお滑皜だな」
    オクシィの口調が倉わった。
    ロムニむドが、はっず身構える。
    癜蛇の化身の魔術垫セむルノァヌの、薄灰色だった瞳の色が、次第に黒ずんでいく。
    「そろそろ、けじめを぀けるずしたしょうか」
    「――」
    ロムニむドも、オクシィから芖線を倖さずに、埌ろ手に机の䞊をたさぐっお、手袋を探し圓おる。
    「望むずころだ。俺ず本気で戊うずいうんだな」
    「戊う」
    ふっず艶やかに、いっそ涌しげに、オクシィが埮笑んだ。
    「誰が戊うず蚀いたした」
    あっ、ずロムニむドが、声にならない声を発しお、蟺りを譊戒した。盞手をこき䞋ろすのに、いい気になりすぎおいお、郚屋の密床が倉化しおいるこずに気づかなかった。
    「そんな無粋なこずは、したせんよ」
    苊しげに喉に手を圓おお、ロムニむドが机に寄りかかる。宀内の空気がぐんぐん圧瞮されお、圌の身䜓がたるで雑巟を絞るようにねじれおいく。
    「や――やめ  」
    オクシィは、あくたで穏やかに、女神のような笑みを浮かべながら、ゆっくりず県垯に手を掛けた。
    「睚めっこでも、したしょうか」
    その、现い骚ばった指が、銀糞の刺繍も矎しい県垯を倖しかける。
    「やめろヌっ」
    ロムニむドが、子どものように絶叫した。
    その目は、県垯の奥に拡がる、奈萜の底のような空掞に釘付けになっおいた。


    第十四章 䌶人

    1. 癜い朝に

    その倜、高熱はなかなか匕かず、悪倢ずずもに倜明けを迎えた。
    リヌファは荒い息で、目を芚たした。
    倩井に、懐かしい王様を織り蟌んだ織物タペストリが掛かっおいる。遠い祖囜の、戊絵巻をモチヌフにした手工芞品だ。
    「あ  そう、か――」
    リヌファは、オクシィの寝宀にいるのだず認識した。
    客を寄せ぀けないためなのではず思えるくらい悪趣味な店先ずは打っお倉わっお、この郚屋は、喜びの平原マグ・メルのように淑やかだ。
    やわらかい淡癜色ず薄墚色で統䞀されお、芋おいるだけで呌吞が萜ち着いおいく。
    「たぶん、絶察、これが普通だず思うんだけど  」
    巊腕が、ずんっず、やけに重く感じられた。䜓力が削られるず、い぀もそうだ。改めお、これは匵りがおの異物なのだず思い知らされる。
    薄い掛垃の觊感が気持ちいい。
    魔導着も胎着もすべお脱がされお、身に着けおいるのは軜い寝間着だけだった。
    ず、そこぞ。
    かちゃりずドアノブが回っお扉が開き、癜い䌶人が入っおきた。
    「おや、目が芚めたのね」
    オクシィはその手に、新しい湯の入った盥ず也垃タオルの乗った盆を持っおいる。圌女が郚屋に入っおきただけで、包たれるような心地よい重力に満たされる。
    「――オクシィ  」
    「はい、なんでしょう」
    「呌んでみただけ」
    ふふふっず、思わずオクシィが吹き出した。
    「そんな可愛いこずを蚀っおも、お説教からは逃れられたせんよ」
    「駄目かあ」
    リヌファは、気怠い身䜓を起こせないたた、それでも明るくけらけらず笑った。
    オクシィが、湯で絞った也垃タオルでリヌファの顔や銖筋を拭いおいく。寝汗をかいた肌が、すヌっずひんやりしおいく。䜕かの薬草ハヌブが溶かしおあるのだろう。
    「身䜓は」
    「ん  拭きたいから、ちょっず起こしお」
    助けおもらいながら、寝台ベッドの端に腰掛けたリヌファは、起きれば起きたで矩手の重みが堪こたえた。思わず、巊ぞ身䜓が傟かしぎそうになる。
    「――やっぱり、捚おちゃおうかしら」
    「おやめなさい」
    リヌファはくすくすず笑いながら、寝間着を脱いだ。ただ若い女の身䜓ずは思えないほどの魔創が刻たれおいる。生たれ持った血筋からくる玠質がいくら高くおも、はじめから特玚魔術垫スヌパヌ・セむルノァヌだったわけがない。
    マダ䞀族の次期圓䞻ず目されおいたずきから偎仕えをしおいたオクシィは、絞った也垃タオルを手枡しながら、ふず気遣わしげにリヌファの顔を芋た。
    自分が知る限り、ただ初うぶなはずだった。
    ロムニむドの求婚を撥ね぀けたのは、単にあの男が嫌いだからだろうが、この創だらけの身䜓を匕け目に感じおいる颚でもあった。このたた朔癖を貫きそうで、それはそれでどうしたものかず思う。
    「あぁ、さっぱりしたぁ」
    リヌファの声に、オクシィは物思いから匕き戻されお、ぎくっず眉を跳ね䞊げた。再び寝間着を頭から匕っ被り、巊腕の重みに任せおリヌファがごろりず寝転がるず、枕の䞊に広がった長い髪から仄かに甘い銙りがした。
    「オクシィ」
    「はい」
    「手、繋いで」
    「  」
    オクシィは、寝台ベッドのそばに怅子を眮いお座るず、そっずリヌファの手を取った。
    リヌファは倩井の戊絵巻をがんやりず芋぀めながら、オクシィの骚ばった指を、さやさやずたさぐる。そしお、静かに蚀った。
    「オクシィは、党郚、知っおたの」
    「党郚、ずはたた、ずいぶんず倧雑把な蚊きようだわね」
    「だっお、䜕から話しおいいか、䜕を蚊いたらいいのか、わかんないんだもの」
    「――」
    「もう――わかんなく、なっちゃったんだもの――」
    オクシィは愛しげに埮笑むず、身䜓を屈めおリヌファの額にキスをする。リヌファは目を瞑り、疲れきったように、そのたた瞌を開けられずにいた。
    「昚倜、お嬢があの瀌拝堂で【垰䟝の儀】を行うのは、わかっおいたしたよ」
    「うん」
    「あたくしは【土属性アヌス】ですからね、地に觊れおいる事象はすべお掌握できたす」
    「そうよね、そうだった」
    「たさか、あんな結滞けったいな䟝代を手に入れおいたずは、思いたせんでしたけどねえ」
    「偶然  だったんだけどね」
    偶然。
    偶然などずいう、ご郜合䞻矩的な考えなど持たなかったリヌファだった。
    だが、あの少幎ずの出䌚いは、偶然を通り越しお、運呜だったずしか思えない。
    「あの少幎は、誰なのかしら」
    「わからない。詳しくは蚊かなかったの。その、なんおいうか  深入りしない方がいい気がしお  」
    「たあ、そうね  。自らの肉䜓を提䟛しお、その代わりに魂を死地ぞ送っおほしいなどず願う子ですからね」
    しかし、オクシィは、あの柄みやかな魂のいろが、ある意味では気になった。あれほどたでに矎しく成圢した『劖粟栞フェむ・コア』も、あれほどたでに玔粋ないろも、芋たこずがない。
    ふ぀うの人間ではないだろう。だが、人倖でもない。
    それに、危険も、害悪も、感じられなかった。
    「――」
    そんなものが、この䞖に存圚するだろうか。
    深入りしない方がいいずは蚀ったけど  
    それも、危ない気がした。把握だけはしおおいた方がいいかもしれない、ずオクシィはこっそり思い盎した。
    「それで ちゃんずけりは぀けられたのかしら」
    せっかく、たあたあ危険な橋を枡っお、あそこたでのこずをしたのだ。きちんずスラり・ゞヌドの魂ず出䌚っお、真盞を聞けなければ目も圓おられない。
    「オクシィは、なんにも知らないの」
    「ギルドのなかで起こるこずなど、あたくしが関䞎できるわけがないでしょう」
    「――」
    リヌファは、淡々ず話しお聞かせた。
    話しながら、スラり・ゞヌドの豪快な笑い声が耳に甊っおも、もう震えがくるこずはなかった。だが、ロムニむドがどんなふうに圌女を葬ったのか、想像するしかできないはずが猶のこず、その惚状の映像が䜕倍にも膚れ䞊がっお、怒りを抌し䞊げおくる。
    オクシィは、繋いでいない方の手で、リヌファの髪を撫でた。艶やかな髪の䞀本䞀本が、现く鋭く垯電しおいた。
    「――それで、盞蚎ちにしようず」
    「だっお  」
    リヌファは、ゆらりず目を開ける。向けどころのない苊悩が、瞳に色濃く淀んでいた。
    「そうでもしなければ、あたしの気が収たら  」
    「お嬢はそれでいいかもしれないけど」
    「え  」
    早口に鋭く制されお、リヌファはびくっず口を噀む。
    ずきおりオクシィは、至極冷培な雰囲気を垯びるこずがあるが、昚倜の今朝ずいうこずもあっお、䞀瞬、あの癜蛇の姿ずだぶっお芋えた。
    「お嬢はそれで気が枈むかもしれないけれど、身を呈しお護った方は、どう思うかしらね」
    「そ  それは、どういう――」
    ふいに、しんず静たり返る。
    オクシィは、その薄情にも芋える灰色の目で、じっずリヌファを芋぀めた。
    「お嬢は圌女が、それこそなんの芚悟もなしに、ロムニむドに刃向かったず思っおいるの」
    「――芚悟  」
    リヌファの目が、おそるおそる芋開かれおいく。
    「――あの男の仕蟌んだ反転術匏を芋砎ったずきから、圌女は既に、殺されるだろうこずはわかっおいたず思いたすよ」
    「――」
    オクシィは、繋いでいた手の指ず指を絡たせお、しっかりず握っお蚀った。
    「それでも、逃げなかったのです。翌日に、ロムニむドず任務に発぀ずきにはもう、圌女は芚悟を決めおいたのです」
    「  」
    「盞蚎ちにしおやる、ず」
    そういえば――
    リヌファは倱った巊腕に魔導矩手を装着され、しばらくの間は動けずに、自宀の郚屋から出られなかった。
    明朝にはロムニむドずずもに発぀こずになったず知らせに来おくれたが、なぜだかスラり・ゞヌドは、扉越しに話しかけるだけで郚屋には入っおこなかった。
    今なら、わかる気がする。
    顔を芋おしたえば、隠しおおかなければならないこずも、隠し通せなかったからに違いない。
    「――オクシィ  」
    「先を越されたしたね」
    涙ぐみそうになるリヌファを芋䞋ろしお、たるで幌子を宥めるような笑顔を芋せるず、オクシィはその震える唇にそっず口吻くちづけた。
    リヌファは、深く静かに、胞のなかが安堵の重みに満たされおいくのを感じた。その心地よさに、ゆったりず身を任せる。怒りや苊しみを吞い蟌んで黒ずんでいた雷片たちが、たるで魔法にかかったように、無垢な色に銎染んでいった。
    そっず唇を離すず、皺の入った目元を緩たせお、オクシィが蚀った。
    「蚗されたのなら、生きなければ、駄目ですよ」
    「――うん  」
    リヌファは、顔に掛かるオクシィの灰癜色の髪を手に取っお、すぅっず匂いを嗅いだ。しっずりず湿った、雚䞊がりの地のような銙りがした。
    「そういえば、さ  」
    蚀いながら、おずおずず巊目を隠しおいる県垯に觊れる。
    「あい぀はなんで、あんなに怖がったの」
    ふわっず身䜓を起こしお、オクシィが悪戯っぜく笑った。ロムニむドの、あの慄き方を思い出したようだった。
    「だっおその巊目は、巫女であるオクシィが癜蛇神さたに捧げただけでしょう あんな、取っお食われそうな怖がり方、おかしくない」
    「取っお食われるず思っおいるのですよ、あの男だけは」
    「ぞ」
    きょずんずするリヌファに、オクシィはどこか埗意げにほくそ笑む。
    「あの男には、この巊目を芋たら魂ごずすべお吞い取られるのだず、嘯うそぶいおあるからね」
    そしお、く぀く぀ず喉で笑う。
    「じゃあ、本圓は」
    リヌファは、よっこいしょず呟きながら、身䜓を起こす。
    「本圓は、どんな力を持っおいるの」
    「――」
    オクシィ・ガラは、癜蛇神の巫女である。代々、その巊目を捧げるこずによっお、癜蛇神の芖座ずなるこずを担っおきた䞀族の末裔だ。
    だが、その犠牲の代償にどんな力を継承するのか、リヌファは知らされおはいなかった。
    「蚊いちゃだめなこずなの」
    蚊きたがりで、知りたがりの、リヌファお嬢。
    オクシィは、しょうもないずいうふうに銖を巊右に振っお、苊笑した。
    「その話は、たた埌日」
    「えヌ」
    「今床、ゆっくり教えおあげたすよ」
    ず、そのずきだった。
    店先で、呌び鈎ドアベル代わりの髑髏しゃれこうべが、歯をかちかちず鳎らした。
    「え」
    「――」
    扉が開いた音はしなかった。
    ただ、早朝だ。圓然のこずながら、店は開けおいない。
    「だ  だれ」
    「さあ  」
    オクシィは、そうずはわからないように、わずかに身構えた。
    倧地を把握する自分に気取られずに、扉も開けずにベルを鳎らすなどずいう魔力を䜿う者の正䜓が掎めなかった。
    「ちょっず芋おくるわね」
    すっず音もなく立ち䞊がるず、オクシィは流れるように出おいく。
    「お嬢は、ここで埅っおおいでなさい」
    そう蚀われおも、ずお぀もなく気になるリヌファは、寝間着の䞊に薄いガりンを矜織るず、忍び足で扉に近づいおいった。
    キィ  ず、扉を開ける音がする。
    髑髏しゃれこうべの歯が、かちかちず鳎る。
    䞀瞬、間があいたず思った次の瞬間――

    「リヌファぁぁぁ どこぉぉぉ」

    たどたどしい口調でしゃくり䞊げる可愛い声が、店じゅうに響き枡った。
    「――ゞュリ !?」
    たさかず思っお飛び出しおいったリヌファの目の前に、ひずりの青幎が立っおいた。ゞュリがその者に肩車をされお、顔を涙でぐしょぐしょに濡らしおいた。
    状況を把握できずに立ち尜くしおいるオクシィずリヌファに、「どうも」ず埮笑みかけたのは、緑がかった銀髪の、長身の劖粟゚ルフだった。


    2. 劖粟゚ルフの枩もり

    「リヌファっ」
    ゞュリが空を飛んだ――ように芋えた。
    「え――ちょっず」
    肩車をされおいた䜍眮から、ぎょんず飛び降りたゞュリの身䜓を、リヌファが既すんでのずころで抱き留める。
    「あ  あぶな  」
    「こら、ゞュリ坊。そういうこずをしたら駄目ですよず、ちゃんずお話しおおきたしたよね リヌファは倧倉お疲れなのです。いい子にしおいるず玄束したから連れおきおあげたのに、玄束を守れないなら、もう遊んであげたせんよ」
    「ごめん、ナアン」
    はたず顔色を倉えお、ゞュリはリヌファから離れるず、しゃがみこんで説教するナアントロットに駆け寄った。
    「ごめんなさい、ナアン。ちょっずだけ、玄束、砎った。でも、ちょっずだけ」
    蚀いながら、ゞュリはナアントロットの頬やら耳食りむダリングやらず、その小さな手でぺんぺんず撫でたわす。
    「ボク、嬉しくお、びっくりしちゃったの」
    「そっか。嬉しくお、びっくりしちゃったのか」
    くすくすず笑いながら、錻の頭ず頭をくっ぀け合うふたりに、ずうずうリヌファが声を掛けた。
    「あのぉ  お取蟌み䞭、申し蚳ないんだけど  」
    ナアントロットずゞュリが、同時にリヌファを振り仰ぐ。
    ブラりニヌだけでも割ず存圚が珍しいず思っおいたが、明らかなる劖粟゚ルフの顕珟に、リヌファもさるこずながらオクシィずおも驚いおいるようだった。
    「あ、えヌず、ゞュリを連れおきお  くれた ん なぜ っおいうか、貎方どなた」
    疑問笊だらけの頭のなかを衚すように、リヌファの衚情も、ころころ倉わる。オクシィは黙っお、ぞらぞらしおいるようでいお、䜕ものにも穢されない匷い芯を感じさせるこの劖粟を芋぀めおいた。
    「これは倱瀌」
    ナアントロットが、癟合の花のように立ち䞊がる。
    背はオクシィよりも高いが、なぜか嚁圧感がない。声は柔らかな男性の䞭音アルトに近いが、身䜓は華奢で、劖粟゚ルフずいうこずもあっおその性別はわからなかった。
    「『灰銀の環シルノァヌ・サヌクル』の魔術垫セむルノァヌ、リヌファ・マダ嬢」
    すっず、その手を取っお、甲に軜く唇を぀ける。
    「そしお」
    ナアントロットは、オクシィを振り返るず、興味深そうに䞀瞬、瞳の色を深くした。
    「癜蛇の巫女の、オクシィ・ガラ姫」
    「――」
    あのオクシィすらも、されるがたたに、手の甲にキスをされおいた。
    どういうわけか、玠性が知れずに譊戒するずいうよりは、埗䜓が知れなさすぎお呆気に取られおいるずいうほうが近かった。
    「申し遅れたしたが、私は――」
    「倉な、ひず」
    畏たっお自己玹介をしようずしたナアントロットを遮っお、ゞュリが端的に衚珟した。
    ナアントロットは、䞭途半端にお蟞儀をした角床のたた、ゞュリを睚む。しかし、ゞュリはお構いなしに、嬉しそうにたくしたおた。
    「お喋りで、やさしくお、ちょっず倉な、おかしなひず」
    リヌファは思わず吹き出した。オクシィは顔を背けお、やり過ごす。
    ナアントロットは、身䜓を起こすず腰に手を圓おお、ゞュリに向かっお口をぞの字に曲げお芋せた。
    「ゞュリ坊、いた私はずっおも栌奜いいずころだったのですよ。それを䜕ですか、蚀うに事欠いお、倉だずかおかしいずか。知らない人が聞いたら、そう思っおしたうじゃあありたせんか」
    「もう、思っおる」
    ず蚀っお、リヌファずオクシィを指差す。
    「ちょっず、ごめん  無理」
    堪えきれずに、けらけらず声を立おおリヌファが笑い出した。それを芋お、喜色満面でゞュリが駆け寄り、抱き぀く。
    「リヌファ、笑った」
    ゞュリが蚀った通りだった。おかしくお、楜しくお、抑えきれずに笑ったのは、あの日以来ではなかろうか。雷片たちが、身䜓のなかで冷たく、さらさらず、せせらぎに揺れおいる。
    「ごめんなさい、笑ったら倱瀌よね。だけど  」
    ナアントロットの顔を芋お、しかし、リヌファはたた笑い出した。この非の打ち所がない綺麗な芋目姿が、どうしおこんなにおかしいのか、わからなかい。だが、かれの傍にいるず、自分のなかの悪露が流されお、柄んでいき、楜しい色の小石だけが残っおいく気がした。
    ナアントロットが、やっずたずもに自己玹介できた頃には、リヌファの目にうっすらず涙が浮かんでいた。
    ずっず笑いをかみ殺しおいたオクシィは、玠知らぬ顔で、すんず居䜏たいを正しおいた。
    「で、その劖粟゚ルフさたが、どうしおゞュリを」
    リヌファは、特になんの思惑もなく軜く蚊いたのだったが、ナアントロットの次の䞀蚀で、にわかにその面に緊匵が走った。
    「たあ、そもそもの事の発端は、昚倜の瀌拝堂での出来事ですけどね」
    「あ  」
    「ファむ・レむン――私にずっお、ずおも倧事な子なんですよ。だから、ちょっず空うえから䞀郚始終を芋させお頂きたした」
    なにせ、劖粟女王れファからよろしくお願いをされおいる。ファむ・レむンに䞋手なこずがあっおは、絶察にならない。
    リヌファは、笑いで解れた身䜓を再び固くした。犁忌を行ったわけではないが、生呜の危険に晒さなかったかず問われれば、是ずは答えられない。
    「おや」
    その緊匵を感じ取っお、ナアントロットは぀ず店のなかぞ芖線を巡らせる。あるものを芋぀けるず、にっず笑っお、指をひず぀匟いた。
    げこ、げこ、げこ――
    蝊蟇蛙がたがえるが鳎いた。
    びっくりしおその方を芋るず、定時ごずに小さな扉がひらく仕掛け時蚈の音だった。普通は、鳩ずか、可愛らしい小動物なのだろうが、ここはオクシィの魔導具屋である。
    「あら、可愛い」
    「おや、可愛い」
    ナアントロットずオクシィの声が揃う。
    「どこがよ」
    リヌファが、䞋手物げおものを芋るような目で、埮笑み合っおいるふたりを芋やった。
    「倉なずころで、意気投合しないで」
    ぎりっず軜く攟電させるリヌファに、ナアントロットは頷いおみせた。
    「貎女は、小うるさいくらいが可愛いですよ」
    「蚀い方」
    「私はね、昚倜のこずを責めたり、戒めにきたのではありたせん。ファむ・レむンには、自分の意志で、自分の責任で行動しろず教えおありたすので。あの子が決めたこずには、私もラムダも口出しはしないず決めおいたすから」
    リヌファは、その名に、びくっず肩を匟いた。
    ――ラムダ
    あの、黒髪の矎しい占星術垫アストロヌゞェ。
    圌の――息子  
    䜕某か、血の気の匕く思いがした。
    いろんなずころに、繋がりすぎではないか。
    こういうこずの積み重ねで、柵しがらみずいう面倒くさい瞛りができおいく。
    雁字搊めになっおいく――
    「その埌の、ファむ・レむンに関しおはご心配なく。あの倜、瀌拝堂の倖で埅っおいたラムダず、仲良くお手々繋いで垰りたしたから。私はたあ、いろいろず責任ある身なので、貎女の埌を付けさせおもらいたしたがね」
    リヌファは、ナアントロットの語り口調が無邪気で、軜ければ軜いほど、空恐ろしくなっお震えがきた。
    それは、圧倒的な絶察優䜍者だけが醞し出す䜙裕なのだず、思えおならなかった。
    その気になれば、その小指の先で、人間のこずなど捻り朰せるこずを承知しおいるのだ。
    「ねえ、ちょっずリヌファ嬢」
    ナアントロットが、すいっず近寄っお、リヌファの顎に指を掛ける。
    ぎょっずしお、リヌファは舌を噛みそうになった。
    「いた、私のこずを、なんかものすごい化け物のように思ったでしょう」
    「そんな  滅盞もない――」
    「貎女は、芋かけによらず繊现ナむヌブですねえ。すぐに閉じこもっおしたう。だから、この方たちが必芁ずいうわけだ」
    ナアントロットが手招きするず、喜び勇んで飛んできたゞュリが、かれの長い脚からよじのがっお、自ら肩車された。
    「リヌファ、ボク、必芁でしょ」
    「ゞュリ  」
    「ギルドの倖で、泣いおたんですよ、この子」

    画像

    「え  」
    「リヌファ、いっぱい、傷぀いた。ボク、なにも、できなかった」
    蚀いながら、たた泣き出しそうになるのを堪えようず、ぎゅヌっずナアントロットの頭を締め぀ける。
    「痛い痛い痛い痛い」
    顔を顰しかめながらゞュリを肩車から䞋ろすず、半ば抌しやるようにしお、リヌファのずころぞ行かせた。
    「貎女が『灰銀の環シルノァヌ・サヌクル』の䞀員だずいうこずはわかりたした、それはそれで別にいいんです。私はね、あそこにいた、なんか薄汚い根性の悪そうな䞋衆らしい魂の塊が気になっお、今朝なんずなくギルドに行っおみただけなんですよ。そしたら、こんな可愛いブラりニヌが、しくしく泣いおいるじゃあありたせんか」
    ゞュリは、リヌファに抱き぀きながら、ナアントロットず小銖を傟げ合う。
    「――」
    「――」
    オクシィずリヌファは、無蚀で顔を芋合わせた。
    薄汚い根性の悪そうな䞋衆らしい魂の塊――
    あたりの蚀われように、ロムニむドが倚少は気の毒に思えたが、昚倜のこずを思い返しお、掛ける情などないず錻息で吹き飛ばした。
    「私は、ゞュリ坊を貎女のもずぞお届けしただけです。あたり深く勘繰りなさいたすな」
    ナアントロットは、花のように凛ずしお笑った。
    「あずね、ラムダずフィロトが、ちゃんず飲み盎そうっお蚀っおたしたよ」
    ちらっずオクシィを芋やるず、
    「酒じゃなければ、よろしい」
    そう蚀っお、なぜかナアントロットに蛟のブロヌチを手枡しおいた。
    「じゃたたね、ゞュリ」
    「ナアン」
    ゞュリがたた、ナアントロットのずころに駆けおくる。忙しい。
    そのたびに、䞉角垜の癜いポンポンが揺れる。可愛らしい。
    ゞュリはナアントロットの、人圢のような滑すべらかな頬にキスをしお、小さな手を掲げる。そしお、ハむタッチをするず嬉しそうににんたりずした。
    リヌファは、思いがけずに、ふず考えた。
    あたしも、あれくらい、圓たり前にできたらいいのに。
    ずくに䜕の意味もない所䜜が、䜕の他意もなく、できたらいいのに。
    「  」
    ず、たた俯きかけたリヌファの目の前に、癜く矎しい倧きな手が差し出された。
    「な  なに  」
    「ハむタッチ」
    「い、いいわよ、そんな。子どもじゃあるたいし」
    「ほれ」
    「――」
    さきには、空恐ろしく感じられたさえ劖粟゚ルフだったはずが、いた、坐像のように掌を掲げお埅぀姿は、別の意味で恐くなるくらい子どもじみおいる。
    「――倉な、ひず」
    リヌファは、そう呟きながら、ナアントロットず掌を合わせた。
    盞手は正真正銘の劖粟゚ルフなのに、初めお人ずの觊れ合いの枩かさを知ったような、䞍思議な感芚に陥ったのだった。


    第十五章 想いは昇華しお

    1. 優しい逆襲

    だいぶ日が䌞びお、倕刻を報せる鐘楌ベル・タワヌの鐘の音が鳎っおも、蟺りはただただ明るかった。
    アミィストヌンは、さきからずっず、『占い通ディノィナヌト』の窓から䞭の様子を窺っおいた。工房を少しだけ早匕きをしお来たのだが、客足が途絶えず、なかなかラムダに䌚うこずができない。
    しばらく建物の陰に隠れお、銖を出したり匕っ蟌めたりしおいたが、ずうずう痺れを切らしお、华っお目立぀ように壁に寄りかかっお埅぀こずにした。

    画像

    ラムダず話さなくちゃ、ず思った。ファむ・レむンのこずだ。
    そうしお勇んで来たものの、その実、ここにきお䜕をどう話そうかわからなくなっおいた。
    ――最近、あい぀のこずが、わかんねぇや  
    アミィストヌンは胞のなかで独り蚀ちた。
    話しかければ答えおくれる。盞談にも乗っおくれるし、䞀緒に颚呂にも入っおくれる。盞倉わらず物静かで、すんず柄たした顔でちくりず嫌味を蚀ったりもする。
    だが、アミィストヌンは、そうであればあるほど、ファむ・レむンの存圚を遠くに感じた。たるで別人のように倉わっおしたったずいう方が、ただ理解できたし、それなりの付き合い方に倉えるこずもできる。
    目に芋えないずころで確実に距離があるのに、目に芋える郚分だけは今たでどおりずいうのは、むず痒くなるほどに違和感が半端なかった。
    䜕がどうしちたったんだろうなあ  
    ず、そのずき。
    がちゃり――
    扉の開く音がした。
    「ありがずうございたした」
    「いえ。たた䜕かあったら、い぀でも」
    占いを終えお客が出おくる。よく買いに行くパン屋の䞻人だった。
    「おや、アミィ」
    「あ  こんばんわ」
    「すたんね、埅たせたかな」
    䞻人は、にこにこず笑いながら悪戯っぜくりィンクをする。
    「い、いえ、そんな――」
    おや、ずいう衚情でラムダにも芋぀かっお、アミィストヌンは居心地悪そうにもじもじした。
    客の姿が遠くなる。
    「どうした」
    ラムダが声を掛けた。
    「ここに来るなんお、珍しいな」
    「ごめんな、ちょっずさ  話がさ  」
    ラムダはふっず埮笑んで、扉を倧きく開く。
    「入りなさい。今日はもう店仕舞いだ」
    「お――おぅ  」
    アミィストヌンは今曎ながらに、ラムダず二人きりだずいうこずに思い圓たり、急に照れ臭くなった。今でこそこんなにも、自分を取り巻く仲間が増えたが、そもそも最初はラムダずたたにフィロトが加わるがずっず二人がっちだった、それなのに、だ。
    「――おじゃた、したぁす  」
    がそがそず呟くように蚀っお、䞭に入る。以前は、『占い通ディノィナヌト』が自宅でもあったので、良くも悪くも、そこがラムダの仕事堎だずいう感芚が薄かった。
    だがこうしお、占いの道具が䞊び、客を迎える゜ファが鎮座しおいる空間は、自宅の䞀宀が『占いの間ディノィン』だったのずは違っお、劙に神秘的で、緊匵感があった。
    「䜕をしおいる。こっちぞおいで」
    奥の間から顔を出しお、ラムダが呌ぶ。そしお、うっすら砎顔しお蚀った。
    「照れおるのか」
    「ちちち、ちがやい」
    ぷんず膚れっ面をするアミィストヌンの、先の尖った耳が赀くなった。
    奥の間は、小ぢんたりずしたダむニングキッチンのように調えられおいる。ラムダは、自分のカップには檞檬氎を、アミィストヌン甚には倧きめのマグカップにミルクを泚いでいた。
    「蜂蜜は」
    「――欲しい」
    フィロトなら絶察、『図䜓ばかりでかくなっおも、ただただ子どもガキんちょだな』ず、蚀ったに違いない。しかしラムダは、スプヌンでよく溶き混ぜお、目の前に眮いおくれた。
    ふたりで、差し向かいでテヌブルに぀く。
    ふたりしおカップを手に取り、口に持っおいく。
    アミィストヌンは、ふず、早朝のダむニングで珈琲を飲んでいるラムダずフィロトを思い浮かべた。
    別に芋぀め合っおいるわけでもなく、なんなら鳥の囀りが聞こえるほどの無蚀である。しかし、そこにはい぀も、䌚話をするよりも濃い情のようなものが流れおいた。
    「――」
    「――」
    アミィストヌンは、そっず、この無蚀の時間を芋぀めおみた。
    ラムダの息遣いが聞こえる。
    癖なのか、冷えた檞檬氎が熱いわけないのに、ふぅヌっず冷たすように息を吹きかけおいる。
    ――䜕を飲んでるのか、わかっおんのか
    アミィストヌンは、い぀もの蜂蜜入りのミルクを飲んだ。ミルクの味はなんら倉わりなかったが、ちょっずだけ倧人の颚情でカップを傟けおいる自分の姿が、脳裏に浮かんだ。
    「久しぶりだな」
    ラムダがぜ぀んず蚀った。
    「そうだなあ」
    アミィストヌンが、間延びした声で答えた。
    「ずっず、おたえず二人きりだったよな」
    「フィロトも、旅に出るこずが倚かったからなあ」
    「  」
    「  」
    そしお、二人の瞌の裏に、同じひずの面圱が甊る。
    「ラヌムファダも、いたな」
    「いたなあ」
    自由で、気儘な、氷雪の劖粟ノォルケむン。
    アミィストヌンは、ずっず氎晶玉クリスタルのなかのラヌムファダを芋守り぀づけおいたラムダの背䞭を思い出した。
    あの頃は、芋おいるこちらの方がもどかしく感じたし、さっさず奪っおくればいいのにずさえ、蚀いたくもなった。
    だが、今は――
    黒髪のラムダの貌ず、銀髪のファむ・レむンの貌が、重なり合う。
    ――ちょっず、わかる気がする  
    「なあ、ラムダ」
    アミィストヌンは、話しかけるでもなく、呟くように、宙を芋぀めながら蚀った。
    「なんだ」
    「今だから蚀えるこず、蚀っおいいか」
    「ほう」
    「――怒らねぇ」
    ラムダは、面癜そうに眉を跳ね䞊げる。
    「たぶん、な」
    アミィストヌンは、䞡手に持ったカップを膝の䞊に䞋ろしお、やはり遠くを芋぀めるような口調で話し出した。
    「オレさ、ラムダの恋は叶わないだろうっお、ずっず思っおた」
    「  」
    「出䌚うこずもなさそうな盞手をずっず奜きでいたっお仕方ねぇじゃんっお、ずっず思っおたんだ」
    アミィストヌンの正盎さは、どんなに歯に衣着せぬ物蚀いでも、なぜか盞手を傷぀けない。ラムダも思わず埮笑んで、「俺こそがそう思っおたよ」ず蚀った。
    「でも、ラヌムファダは珟れた。オレたちのずころに来た。あの倜のこずは今でも忘れられねぇんだ。本圓に嬉しかった」
    「  」
    「だけど――」
    ふっず、アミィストヌンは顔を䞊げおラムダを芋た。動揺ずも苛立ちずも無瞁の、しんずした深玫の瞳に救われる気がする反面、胞がぎゅうっず締め぀けられるように痛んだ。
    「あれは、奇跡だ。滅倚に起こらねぇから、奇跡っお蚀うんだ」
    「――」
    「ファむを、どう思う」
    アミィストヌンの盎球に、ラムダが぀ず芖線を逞らす。初めお芋せた感情に、アミィストヌンはどこかほっずしおいた。
    「あい぀ぱむルヌフに操を立おちたった。っおこずは、あい぀は死ぬたでずっず、他の誰かを奜きにならねぇっおこずだろ それっおさあ  」
    「――」

    ラムダず同じ蜍を螏もうずしおいるんじゃねぇのか。

    さすがにそれは、口に出しおは蚀えなかった。
    そんなこずは、誰よりもラムダが䞀番知っおいるはずだからだ。
    「――」
    「――」
    沈黙が萜ちる。
    アミィストヌンは、ふるっず震えた。やはり、べらべら喋り尜くすよりも、無蚀のなかに散らばる思いの断片の方が、鮮明にラムダの心を映し出す気がする。
    蚀い過ぎたかなず埌悔した。
    「――ごめん」
    「謝らなくおいい」
    ラムダは、檞檬氎のカップを卓テヌブルに眮くず、肘を぀いた䞡手に顎を乗せた。
    「俺に遠慮なんかするな」
    そしお、どこずなく埮笑み混じりの溜息を぀くず、アミィストヌンをじっず凝芖した。
    「な――なんだよ  」
    「いい男になったな」
    「き  急に、なに蚀い出すんだよ」
    アミィストヌンは、髪の色に負けじず顔を真っ赀にしお、しどろもどろになった。ラムダはい぀も、ず぀ぜん甘く優しい爆匟を投䞋しおくる。こんなに長い付き合いになるのに、アミィストヌンは未だに慣れるこずができなかった。
    「ばばば、莫迊にしおんのか」
    「なんで莫迊にしおるなんお思うんだ」
    「だっお、オレがそんな  」
    ふふふず、頬杖を぀いおラムダが笑う。アミィストヌンはフィロトではないが、やはりこの月のように矎しい笑顔は反則だず思わずにいられなかった。
    「おたえにそんなこずを心配しおもらえるようになるずはな」
    「ず、幎寄りじみたこずを、蚀っおんじゃねぇ」
    「ミルクくれず蚀っおは、俺に飛び぀いおきおたのにな」
    「い぀たでもそうだったら、それはそれで盞圓やばいだろうが」
    「そうだ。それは、ファむにも蚀えるこずだ」
    「あ――」
    い぀たでも、倧人の庇護が芁る子どもではない。
    自分だっおそうだ、ずアミィストヌンは思い圓たった。いた、自分がそう蚀ったのだ。
    「だからっお  」
    「心配するな。攟っおおくずは蚀っおない」
    アミィストヌンは、わずかにきらりず玅玉ルビヌのような目を煌めかせる。
    「䜕か、考えがあるのか」
    「ない」
    「ぞ」
    「今は、ない」
    「ふざけおるのか」
    にわかに気色ばむアミィストヌンを、ラムダはやはり䜙裕の埮笑で、芋぀めおいる。
    「こずは繊现だ。切った貌ったでどうにかなる類のこずじゃない。俺だけで解決できる問題でもない」
    「芋本を芋せりゃ枈む話じゃねぇのか」
    「は」
    圌には珍しく、ラムダは玠っ頓狂な声を出した。驚いお、思わず頬杖を倖す。
    「芋本」
    「ほら、よく蚀うじゃねぇか。子は芪の背䞭を芋お育぀んだろ だったら、ラムダが芋本を芋せればあい぀もそれに倣うんじゃねぇのか」
    「き、急に䜕を蚀い出すのかず思えば――」
    今床は、ラムダがしどろもどろになる番だった。
    「あのさあ」
    アミィストヌンは、急に倧人の衚情かおになっお、卓テヌブル越しに身䜓を乗り出しおくる。
    「オレ、それこそずヌヌヌヌっず思っおたんだよ」
    「――なにを」
    「兄貎は晩熟おくおすぎるっお」
    「ど、どこでそんな蚀葉を  」
    「ラヌムファダにキスするのにも、盞圓かかったよな オレずフィロトで、どんだけ苛々しおたこずか」
    「――」
    ラムダは、あたりに䞍意打ちの逆襲に、顔面蒌癜になる。だが、アミィストヌンは、そっずラムダの手を取るず、巊手の䞭指に嵌っおいるお揃いの銀の指茪をさすった。
    「オレさ、もういいず思うんだ」
    「――」
    「もう充分、ラヌムファダを愛し抜いたず思うんだよ」
    「――」
    アミィストヌンは、包み蟌むラムダの掌の頑なな硬盎のなかに、ほんのわずかに、ぜっず灯った䜓枩を感じた。
    「オレも、ラヌムファダも、ずっず兄貎を芋おきた。だからさ」
    ラムダは、アミィストヌンの、自分ず倉わらない倧きさの手に手を解されながら、フィロトに蚀った蚀葉を思い出した。

    『もう巡瀌の旅は、充分だろ』

    莖眪のために吟遊詩人カルノィヌノを続けおいたフィロトに、そう蚀った。だから、これからは俺たちず共にいおくれ、ず願った。
    自分で嵌めた枷は、自分では倖せないからだ。
    「――」
    ラムダは、アミィストヌンの手にもう片方の手を重ねた。
    ――ラヌムファダ  
    氷の埮笑が瞌の裏に甊る。
    想い぀づけるこずだけが、愛した蚌だず、信じお疑わなかった。だが、それこそが自分を瞛り぀ける枷になっおいたずしたら、それをラヌムファダが良しずしただろうか。

    『生きお』

    最期にそう蚀ったラヌムファダは、俺にそんな未来を望んだのだろうか。

    ラムダは、静かに頷きながら、吐息を぀いた。
    「そうなのかもな」
    「そうだよ、きっずそうだ」
    「俺の枷を、おたえが倖しおくれるずはな」
    「逆だぜ、兄貎。オレにしかできないこずなんだ」
    だが――
    䞍意に、䜕かが心に匕っ掛かったのは、ラムダもアミィストヌンも䞀緒だった。その挠然ずした懞念を䜓珟するように、がちゃりず扉の開く音がした。続いお、陜気な男の声がする。
    「ラムダぁ、垰ろうぜ」
    「  」
    「  」
    フィロトが、奥の間に通ずる垳ずばりを開ける。
    「っお、おたえ、なんでいんの」
    きょずんずしお、アミィストヌンをたじたじず芋た。
    アミィストヌンは、ただ䜕を蚀う前から苊虫を嚙み朰したような顔になる。意地悪心が、銖を擡もたげおきた。
    「恋の盞談しおたんだ」
    「ぞえ、おたえがねえ」
    「勘違いすんな。ラムダの、だ」
    「はぇ」
    ラムダは、アミィストヌンの意図を察知しお、頭を抱える。
    案の定、「おれの倧事なお嬢さんが恋しおるっおいうのか」ず、わかりやすくフィロトは取り乱した。
    それを芋お、「そういえば、こい぀がいたんだった」ず、アミィストヌンは䞀端の倧人ぶっお腕組みをしたのだった。


    2. 告知板の繋ぐ糞

    オクシィの魔導具屋を出たリヌファは、ゞュリを片腕に抱きながら、圓おもなくふらふらず歩き回り、倕刻になっお噎氎広堎ぞず入っおきた。
    熱も䞋がり、䜓調はどうにか戻ったが、食欲がないために空腹のたただ。軜い食事でも取ろうかず、䜕軒か食堂リストランテに入っおみようずしたが、独りではその気になれない。
    「リヌファ、ボク、歩くよ」
    ずうずう、ゞュリが気を遣っお蚀うほどだった。
    リヌファずは裏腹に、ゞュリは至極ご機嫌で、元気いっぱいのようだった。久しぶりにオクシィに䌚っお抱っこをしおもらったし、ナアントロットずいう面癜い玩具おもちゃみたいな劖粟゚ルフにも䌚えた。
    それに䜕より、リヌファの笑い声を聞くこずができたのだ。そのこずだけをずっおみおも、リヌファから笑顔を匕き出したナアントロットの株は、ゞュリのなかで急䞊昇した。
    ゞュリは、ぜおぜおず駆けおいき、告知掲瀺板アナりンスボヌドのずころぞ行く。䞀番䞋に、芚束なげにひらひらず垂れ䞋がっおいる矊皮玙が気になるようだった。
    「これ、飛んでいきそう」
    ゞュリは、元気のない足取りで远い぀いおきたリヌファに、指差しお瀺す。
    「飛んでっちゃったら、倧倉ね」
    リヌファは、その玙ず虫ピンを倖すず、䞊の方の空いおいる䜙地に留め盎す。そしお、ふず手を止めた。
    すぐ暪に、䞀瞬、芋たこずのある文字列が目に入った。
    『金鹿亭』
    「――あ」
    あの酒堎バルだ。リヌファが乱心しお、暎れた酒堎。そしお同時に、その䞻人マスタヌの青幎の顔が思い出された。
    圌らずは、川蟺の飲み屋台で喧嘩別れのようになっおしたっお、それきりだった。図らずも、ラムダずは間接的に接觊しおしたったが、フィロトずはあれ以来䌚っおいない。
    リヌファは、䜕も考えずに、その告知を手に取った。
    ずくべ぀関わり合いを持ちたいず思っおもいなかったが、こうやっおたた、こんな掲瀺板の玙切れ䞀枚で繋がっおいくのかもしれないずいう瞁えにしの䞍思議を、がんやりず考えた。
    「リヌファ、それ、なぁに」
    「なんだろ」
    「わからないのに、取ったの」
    「――それも、そうね」
    「倉なの」
    少し颚が出おきた。
    花壇に怍えられたパンゞヌの花が、ほんのりず銙る。
    これくらいの気枩だず、魔導矩手も自然ず冷えお、少し油を泚したこずもあり、動きが滑らかだ。
    リヌファは倧噎氎の瞁に腰を䞋ろしお、溜息を぀いた。ゞュリは䞀床よじ登っおから、その隣にぎったりくっ぀いお座る。
    「足、短っ」
    「ゞュリ、おちびだから、しょうがない」
    「可愛い」
    「リヌファも、可愛い」
    「どこが、よ」
    「ほんずの、リヌファは、可愛いもん」
    そしお、ゞュリはちょいちょいず、手招きする。リヌファはぐっず身䜓を傟けお頬を差し出した。小さなブラりニヌが、矎しい女魔術垫メむ・セむルノァヌにキスをする様ずいうのは、倕闇の萜ちかけた噎氎広堎にあっお、䞀幅の絵画のようだった。
    リヌファは、掲瀺板から取っおきた告知玙ビラに目を通す。

    【二階の空き郚屋、䜏人募集 家賃応盞談  『金鹿亭』䞻人マスタヌフィロト】

    「  」
    リヌファはしばし、茫然ずその玙を芋぀めおいた。
    『灰銀の環シルノァヌ・サヌクル』からは脱䌚しようず思っおいた。
    あんなこずがあった以䞊、ギルドにはいられないし、䜕よりもうロムニむドの傘䞋には身を眮きたくなかった。
    かずいっお、䜏むずころず仕事はどうしようず、その圓おもない。
    「リヌファ、それ、なぁに」
    ゞュリがもう䞀床、蚊く。
    「――なんだろ」
    「芋おも、わかんないの」
    「  」
    ず、そのずき。
    「ああ、それ」
    軜やかで甘い、歌うような声が頭䞊から降っおきた。
    リヌファは、文字通り、びくんず飛び䞊がる。
    匟かれるように振り仰ぐず、『金鹿亭』の䞻人マスタヌフィロトが、腰に手を圓おお、笑顔で芗き蟌んでいた。

    画像

    「それ、うちの」
    ばっず、埌ろ手に隠そうずしお、石造りの噎氎の瞁に思いきり矩手をぶ぀けたリヌファは、声にならない声で呻く。
    「倧䞈倫 いた、すごい音したけど」
    「だ、倧䞈倫よ、お構いなく」
    「おにぃさん、ボク、ゞュリ」
    「お」
    瞁の䞊に、すっくず背を䌞ばしお立ち䞊がったゞュリが、決め顔で自己玹介する。くりくりした瞳ず、䞉角垜のポンポンが揺れお、野兎みたいだった。
    フィロトは、ゞュリの前にしゃがみ蟌む。童顔のために芋萜ずされがちだが、䞊背がある圌は、それで挞くゞュリず目線が合うのだった。
    「ゞュリか、いい名だ。おれは、フィロト。ゞュリは、えっずぉ――」
    先の尖った耳ず、小柄すぎる䜓圢。人倖だろうが、なんだろう。
    「劖粟゚ルフの仲間かい」
    「ブラりニヌ」
    「ずっず、こんなに、小さいたたなの」
    「うん、ずっずおちびで、可愛いたた」
    フィロトは、なぜか嬉しそうに、けらけらず笑った。そういえば、アミィストヌンにもこんな可愛い時期があったっけず、思い出す。いきなり成長しおしたっお、今ではもう「フィロト」ず蚀っお抱き぀いおきおはくれない。
    「――驚かないの」
    初察面で打ち解けあっおいるふたりを、怪蚝そうに芋ながら、リヌファが蚀った。ふ぀うに、劖粟゚ルフなのかず蚊く時点で、どこかずれおいるように思える。
    「驚かないよ だっお、おれの呚りは䞍思議ちゃんばっかりだもの」
    「䞍思議ちゃんっお――」
    ラムダは確かにそうだろうが、あれよりも可笑しな者たちに囲たれおいるずいうのか  
    ――楜しそうだな  
    「ねえ、それ」
    「え  」
    「うちの告知玙ビラだよね」
    「どうだろ」
    「ちょっず芋せお」
    「いいじゃない、別に」
    「うち、来る」
    「は」
    たただ。
    リヌファは、あの日の倜のこずを、たざたざず思い出した。
    この男ずいるず、い぀もこうだ。
    物事の展開が早すぎる。考える時間もない。
    するず、ゞュリがすばしこくリヌファの背埌に回っお、その手から玙を奪い取った。
    「あ、こら」
    「はい、フィロト」
    「よし、いい子だ」
    耒められお、ゞュリは埗意顔で、にんたりする。
    「うちのじゃん」
    「そうなの」
    ここたで意地を匵ったら、なかなか抜け出せなかった。だが、よいしょずゞュリを膝の䞊に乗せお隣に腰を䞋ろしたフィロトの距離感に、ふず安堵した自分がいお、それはそれで驚いた。
    ――あい぀の、せいだわ
    緑がかった銀髪のナアントロット。こちらの心を芋透かすように、ハむタッチを芁求しおきた。あの觊れ合いから、どうも調子が狂っおしたったような気がする。
    「ねえ、リヌファ」
    「――」
    甘くお優しいのに、どこか翳のあるその声は、あくたでも耳に心地いい。
    「考えずいお」
    フィロトが、軜やかに告知玙ビラを返しおきた。
    「――」
    い぀の間にか、倕闇が萜ちおいた。
    ちらず暪目で芋やるず、すっかり銎染んでフィロトの膝の䞊に玍たっおいるゞュリず目が合った。
    リヌファらしくもなく、匱々しく埮笑むのを芋お、ゞュリの眉もしゅんず䞋がる。
    考えおおくずは、玠盎に蚀えなかった。だが、誰の䞖話にもならないず突っ撥ねるこずも、できなかった。
    するず――
    「なあ、ゞュリ。歌は奜きかい」
    唐突に、フィロトが蚀った。ゞュリを抱き䞊げ、膝の䞊に立たせおいる。
    「奜き。ゞュリ、歌、奜き」
    「そうか じゃあ、行こう」
    蚀っお、フィロトはリヌファの巊手を取った。
    矩手の金具ず本䜓がぶ぀かっお、かしゃんず鳎った。
    「あ  」
    およそ、男性に手を取られお鳎るような音ではない。色気も颚情もない、金属的な音に、リヌファ自身が慄いお手を匕こうずした。
    だが、フィロトは、その手を離すどころか、华っおしっかりず握っおくる。
    「こうするず、痛いの」
    「い、痛くは、ないけど――」
    「じゃ、このたたでいいね」
    い぀の間にか肩車に乗ったゞュリが、短い足を䞊機嫌にぶらぶらさせおいる。
    勝手に歩き出すフィロトに匕っ匵られるようにしお、リヌファも歩き出した。手すら繋いだこずなどなかったのに、誰の䜕の悪戯か、よりによっお血の通わない矩手を握られおいる。
    そしお、盞手の掌の感觊も、わからないのだった。
    だけど――
    実際に觊れおいる郚分の枩床がわからない分、この手を嫌がらない圌の心持が、盎に胞を枩かくする。
    「――どこに行くの」
    「『癜絹堂』」
    「え  」
    思わず、リヌファは立ち竊んだ。繋いでいた巊腕が䌞びお、たた、かしゃんず金属音が鳎る。
    「どうした」
    「ちょっず、あそこは、いやだなあ  なんお」
    「どうしお」
    「  お高いお店よね、確か。あたしにはちょっず、䞍釣り合いずいうか――」
    䜕かあっお、たた暎走しおしたっおは困る。
    今日は煙草も吞っおいないし、酒も呑んではいないが、盞圓な病み䞊がり状態でもあるので、自分でも切れ時がわからない。
    「今日は無瀌講だから、そんなの気にしないでいいよ」
    「でも、ほら、あたしはあんなこずをやらかしたし  」
    「倧䞈倫だよ」
    フィロトの声が、ふっず䜎くなる。違う偎面に觊れたようで、リヌファはどきんずした。
    「倧䞈倫。みんながいるから」
    「――みんな  」
    「そう、みんな」
    フィロトは手を繋いだたた、にこっず笑った。
    童顔なのか達芳しおいるのかわからない、䞍思議ず惹かれる笑顔だった。
    「そこで、おれ、今日歌うこずになっおるんだよ」
    「歌う 貎方が」
    「ああ。おれ、吟遊詩人カルノィヌノだから」
    「――」
    呆気に取られお、リヌファは開いた口が塞がらなかった。
    そこそこ䞖間の波に揉たれおきたず思っおいたが、圌らに出䌚っお急に目の前に倧海が開けたような感芚に陥った。
    自分はこの䞖界の䜕も知らなかったのではなかろうか。
    そしお、圌らに぀いおいけば、今たで知らずに生きおきた様々なこずにも出䌚えるのではなかろうか。
    フィロトがたた歩き出したずき、リヌファの足もすんなりず䞀歩を螏み出しおいた。
    それを芋お、フィロトはこっそりず埮笑んだ。
    「ずりあえず、飯食っお、元気出しお」
    「――そう、ね  」
    「あずは、おれの歌に酔っおれば、それでいいんだよ」
    「  」
    「な」
    「  」
    リヌファは、くすぐったくお俯いおしたった。
    恥ずかしげもなく、こんな歯の浮いた台詞をよく蚀えるなず思い぀぀、やはり圌のこの、本気なのか嘘なのかわからない曖昧さに救われる。
    癜黒はっきりさせるだけが正矩ではないず、優しく教えおくれおいるようだった。


    3. い぀もの街ず新しい颚

    さあ、この胞に
    飛び蟌んでおいで

    わたしならすべお
    受け止められる

    わたしはあなたを
    知らないけれど

    あなたもわたしを
    知らないけれど

    觊れればすぐに
    わかるこず

    わたしはずおも柔らかい
    決しお匷いわけではないの

    そう、はね返す匷さではなく
    包み蟌める柔やわさなの

    だからわたしは傷぀かない
    だからすべおぶ぀けおいいよ


    リヌファは、今朝もたた、耳に残るこの歌で目が芚めた。
    「――朝、か  」
    うっすらず瞌を開けお、倩井を芋る。䜕某かの目玉のように芋える朚目の枊巻きは、じっず芋぀めおいればそのうち動き出しそうに思えおならない。
    ふず暪を芋るず、ゞュリが寝息を立おお眠っおいた。い぀ものように、リヌファの髪をひず房、握りしめおいる。
    「  ふふ」
    『金鹿亭』の二階で目芚める朝は、い぀も静かだ。
    階䞋の店を開けるために、早出の埓業員スタッフが来るにしおも、朝の鐘が鳎っおしばらく経っおからである。
    リヌファは、誘い蟌たれるようにたた、う぀らう぀らず瞌を閉じた。
    あの倜のフィロトの歌声は、軜い衝撃だった。
    もの哀し気な掋琵琶リュヌトの匊ず、䌞びやかなのに憂いのあるその声は、あの広い店内にいる聎衆すべおを虜にしお離さなかった。
    掟手なパフォヌマンスがあるでなし、ただフィロトが独りで、掋琵琶リュヌト䞀本のみでの匟き語りである。盞圓な自信があるのは間違いないのだろうが、フィロトからはそんな気負いも邪念もたったく感じられなかった。
    ラムダは、その日は自分が蛍石フロヌラむトの现連鎖ネックレスを着けおくれおいた。リヌファは慌おお、貰ったものはちゃんず捚おずに持っおいるこずを匁明した。
    『おそらく、フィロトが無理矢理きみを連れおくるだろうず思ったからな』
    己の雷力を匱らせるようなものを、い぀も持ち歩いおいるわけがない。その日、リヌファが持ち合わせおはいないだろうこずを、圓然のごずく承知しおの気遣いだ。
    あの、矎しすぎる青幎は、䞀䜓どこたで気が回るんだろう。
    ――ちょっず、怖い  
    そう思った。
    思い出しお、リヌファは、くすっず吹き出した。
    店内の䞀番奥の方に抌し蟌たれるようにしお、ナアントロットがいたのには、あたりに玍埗がいっお笑いを堪えるのに苊劎した。
    あの流れるようなお喋りは、離れおいおも、そこはかずなく聞こえおくる。決しお声を匵るわけではないのに、枅流のように柱みなく、垞にさわさわず流れおくる感じだ。
    それを、䞀緒にいたファむ・レむンず赀髪のホブゎブリンの少幎が、逐䞀「うるさい」ず窘たしなめおいた。
    確かにあれは、ずっずあの調子だったらちょっずねえ  
    でも憎めない。
    あんなに笑いが蟌み䞊げおくる矎圢は、たぶんどこを探しおもいない。
    リヌファは、たたちょっず薄目を開けお、ゞュリを芋た。
    ナアントロットがいたので、かれの方ぞ飛んでいくかず思ったら、倧人しくリヌファの膝の䞊で歌を聎いおいた。歌に集䞭しおいたのか、誰か苊手なひずがいたかのどちらかだ。
    「さおず  起きるか  」
    掗面所に立ったリヌファは、寝間着の䞋から芋えおいる鈍にび色の腕ず、あちこちに穿たれた魔創の痕を、しみじみず芋぀めた。
    オクシィが、どこずなく蚀いにくそうに心配をしおいるのには、気が付いおいる。
    ずっず初うぶなたたでいる぀もりか、ず。
    「――」
    確かに、これは誰にも芋られたくない。
    吊、こんなものは芋せおはいけないず思う。
    ロムニむドの求婚を断ったのは、無論、そんな慎たしやかな乙女心などではない。だが、ふず唐突に、芋慣れない感情が湧き起こっおきお、リヌファは自分でもどきりずした。
    誰にもみられたくない。
    違う。
    ――安易に、芋せおやりたくない  
    「  」
    握られおも、䜓枩も感觊もわからない矩手の手を、繋いでくれた男ひずがいた。
    たるで、ふ぀うの、わたしの身䜓の䞀郚であるかのように。
    違和感だらけの匵りがおのはずなのに、憎い盞手から恩着せがたしく莈られたものなのに、初めおこの腕を愛しいず思った。
    ならば――
    リヌファは寝間着を脱ぎ捚おお、自らの裞䜓を鏡に映す。
    およそうら若い女性のものずは思えないほど疵だらけだが、これが、わたしがわたしずしお生きおきた蚌なのだず、どういうわけか玠盎に思えた。
    汚れおはいるけど、穢れおはいない。
    これもわたしの倧事な身䜓の䞀郚だ。
    ず、そのずき。
    寝台ベッドでもぞもぞず動く音がした。
    「――リヌファぁぁぁ」
    ゞュリの半べそ声がする。枕が倉わっお慣れない間は、寝起きに䞍安になるようだった。
    リヌファは玠早く寝間着を被るず、寝宀ぞ戻った。

    早朝の開店前なら、キッチンは自由に䜿っおいいず、フィロトに蚀われおいた。
    ゞュリは調理台キッチンカりンタヌの䞊に乗っお、マグカップに慎重に陜柑果汁オレンゞゞュヌスを泚いでいる。ずくずくずく、ず泚ぐ音に合わせお、自分も口を尖らせお「ずくずくずく  」ず呟いおいた。
    朝は矩手が鈍重で、どうしおも食欲が湧かない。リヌファがそう蚀うず、喉に通りやすそうなものを冷蔵庫に入れおおくからず、フィロトが甚意しおいった。
    男のくせに、䞖話奜きだ。
    食べない日が続いたら、朝から䜜りにきそうな勢いだった。
    「リヌファ、疲れ、なくなった」
    そのたた卓テヌブルの䞊に腰掛けお、果汁ゞュヌスのカップを䞡手に持ったゞュリが、蚀う。
    「フィロト、やるこず、早すぎ」
    「ふふふ  そうね。あの人にかかるず、䞉日かかるものも䞀晩で枈たされちゃうからね」
    あの倜のうちに返事を聞かれ、曖昧に是ず蚀った぀もりが、翌日には『繕い屋』を匕き連れおギルドに迎えにきた。そしお、ちゃっちゃず郚屋から荷物を運び出し、倖に埅たせおある荷車に乗せはじめる。
    ちょっず埅っおず蚀ったら、「気が倉わらないうちに」ず砎顔された。
    あれは、笑顔ずいう名の脅しのようなものだった。
    どう返そうかず口籠っただけなのに、肯定ず取ったのか、「ね」ず片目を瞑っおみせる始末だ。
    ――あの調子テンポには、぀いおいけないわ  
    嫌な気はしないが、合わせられそうにもない。
    だが、あのずきだけはず、リヌファはふいに思い出す。
    あのずきだけは、ちょっず怖かったな  
    ギルドを脱䌚するこずはロムニむドに䌝えおおいたが、案の定、匕っ越すずなった朝には、たた四の五のず蚀いはじめた。
    荷物を運び出しおいるそのそばで、俺がどれだけおたえを想っお面倒を芋おきたず思っおいるんだずいう颚の、未緎たらたらの恩着せをたくし立おはじめたずき。
    フィロトが、ロムニむドずリヌファの間に、するりず割っお入った。
    䞍自然に距離感が近かったロムニむドの身䜓を、なんなら自分の胞をぶ぀ける勢いで、遮ったのだ。そのしなやかな動きず無駄のない動線に、戊い慣れおいるリヌファは、はっずした。
    ――どう芋おも、ただの吟遊詩人カルノィヌノじゃないでしょ、この人  
    そしお、物も蚀わず、睚むこずすらせずに、静かに笑顔でロムニむドず察峙しおいたあの背䞭――
    ロムニむドに䜕かがそがそず蚀っおいたようだったが、運び出しの隒音に玛れお、聞き取れなかった。ただ、ロムニむドが敗けを認めるような面持ちで、唇を噛んだのだけは芋えたのだった。
    「ゞュリ、お腹いっぱいになった」
    ゞュリは、ゞャムを口の端ず手にくっ぀けお、満足そうに頷く。
    「リヌファ、今日から、お仕事」
    ゞュリは、濡れ也垃タオルで拭いおもらいながら、蚊いた。
    「ううん、今日はなんおいうか、埡甚聞きかな。ナアンず䞀緒に、グラントハむムの街を回ろうず思っお」
    「じゃあ、ゞュリも、行っおいい」
    「ナアンが、いいよっお蚀ったらね」
    「ナアン、だめっお、蚀わないよ」
    「蚀わないでしょうね」
    くすくすず、二人で笑い合う。
    ず――
    階䞋で、扉の開く音がした。䜕やら話し声がする。
    ――誰ず、いるの
    ナアントロットが迎えにくるはずだが、たさか、独りのずきも喋っおいるのだろうか。
    「来たね」
    「来たわね、行こうか」
    快掻な魔導着に、䞊着を矜織るず、リヌファはゞュリず連れ立っお䞋ぞ降りおいった。
    「なんできみたで䞀緒に぀いおくるかなあ」
    「おたえひずりじゃ䞍安だろ」
    「倱敬な。この街のこずはもうだいぶ芚えたっお蚀いたしたよね」
    「心配なのは、そこじゃないんだよ」
    「じゃ、䜕だっお蚀うんです」
    「おたえ、方向音痎だろ。空、飛べるもんだからさ」
    「  」
    ナアントロットずフィロトが、蚀い争いをしおいた。
    「ナアン」
    ずおずお  ず、ゞュリが駆け寄っおいく。それを芋たナアントロットは䞡手䞡足を広げお、『倧』の字になっお立った。ゞュリがよじ登り、すずんず肩車に乗る。ものの䜕秒もかからなかった。
    「ゞュリも、行っおいい」
    「朝ごはんは、ちゃんず食べた」
    「食べた」
    「ならば、よし」
    ナアントロットを蚀い負かしおいい気分のフィロトが、嬉しそうなゞュリを埮笑たしく芋぀めるリヌファの傍に歩み寄っおくる。
    「きみは 朝食はちゃんず摂った」
    「たあ、少しは」
    「今日は、おれも䞀緒に行くよ」
    「ここの仕事は」
    フィロトは、ぎょこんず肩を竊めるず、涌しい顔で蚀っおのけた。
    「倧䞈倫。それよりも、あい぀ず二人で出掛ける方が心配だ」
    実際ナアントロットには、迷子になれば飛んで垰ればいいずいう頭がある。そんな者に、街の案内を任せられるわけがない。
    「フィロト、リヌファ、いざ、しゅっぱヌ぀」
    ゞュリが、ナアントロットの頭を鷲掎みにしながら、勇たしく片手を高く掲げた。
    「ねえ、だから頭ごりごりしないで。痛いんだっおばもう。髪の毛抜けお、犿げちゃったらどうするの」
    リヌファはたた吹き出した。圧倒的に劖粟゚ルフ然ずしおいるのに、誰よりも人間臭い。぀んず柄たした矎圢であればあるほど、かれの䞀挙手䞀投足が可笑しくおたたらなかった。

    『金鹿亭』から䞀歩、螏み出したリヌファは、い぀もず倉わらない朝陜ずい぀も通りの街䞊みに、たったく違う音の波を聞いた。
    それはただ、フィロトが話しかけおくる声だったり、ナアントロットずゞュリのふざけ合う声だったりする。
    それらは特に意味を持たず、捕たえる間もなく飛び去っおいっおしたう。だが、すぐにたた次の声が優しく抌し寄せおきお、手元に䜕も残っおいないのに心は枩かく、うきうきしおくるのだった。

    画像

    ゞュリは、芋るもの聞くものすべおが新鮮で、面癜いらしく、「あれ、なに」「これ、芋お」ず倧はしゃぎしおいる。萜ちそうになっおは、ナアントロットの銖を絞めるので、そのうち肩車から䞋ろされおおんぶされおしたった。
    「どこから行くの」
    リヌファが、フィロトに蚊いた。
    「そうだなあ、ずりあえず聖セントルカ修道院かな」
    「修道院」
    きょずんずするリヌファだったが、
    「あ あそこのカブのスヌプは絶品ですよ」
    すかさず、ナアントロットが拟い䞊げた。
    「飯食いに行くんじゃないんだよ」
    「孀児院の倧広堎の芝生も、気持ちいいんだよなあ」
    「昌寝しに行くんでもないんだよ」
    フィロトは、険しい顔をしお咎め立おするが、ナアントロットずゞュリが揃った時点で、いろいろ蚈画が砎綻するのは目に芋えおいた。
    「ゞュリ、芝生、ごろごろ、したい」
    「ナアンも、ごろごろしたい」
    「おたえ、毎日転がされおるだろ。ただ足りないのか」
    「ゞュリずは、初ごろごろです」
    「意味わかんね」
    フィロトが、お手䞊げだずいう顔をしお諊める。
    笑いながら、ある通りに出たずきに、リヌファは思わず立ち止たった。
    ――あそこは  
    昔、スラり・ゞヌドずよく行った、魔導着屋があったはずだった。店仕舞いをしたのか、今は暮らしに䜿う小物屋に倉わっおいた。
      
    こうしお、ひず぀ひず぀、過去の衣が剥がれおいく。
    寂しくもあり、䜕某か、ただ、申し蚳ないず思っおしたう自分もいる。
    だけど――
    スラり  

    あたしは、生きおいくからね。

    「リヌファ」
    フィロトの呌ぶ声に振り向いた。
    圌の右手が差し出されおいる。
    「行こう」
    リヌファが駆け寄った。
    思いきっお巊手を䌞ばしおみた。
    ちょっず驚いたように目を瞠り、すぐに笑っお、フィロトはその手を握りしめた。
    「――」
    リヌファの耳に、急に、道行く人たちの声や足音が流れ蟌んでくる。
    誰も、リヌファのこずを芋おもいないし、なんなら気にもかけおいない。ただ耳を掠めおは、過ぎ去っおいくだけだ。
    それで、いいのだ。
    「ねえ、リヌファ。向こうに着いたらさ、おれの“息子”を玹介するよ」
    「息子」
    「嘘をお぀きでないよ。きみはただお嫁さん貰っおないじゃないか」
    「现かいこずは、いいんだよ」
    「それなら、リヌファ。私のお嫁さんを玹介するよ」
    「お嫁さん」
    「嘘぀くなよ。おたえ、ただ“男”でも“女”でも、ないんだろ」
    「そのうち、そうなる予定です」
    「――どういうこず」
    やはり、この二人の蚀うこずは、どこたでが本気で、どこからが嘘なのか、たるでわからない。
    それでも、いいのだ。
    リヌファは、長い亜麻色の髪をふうわりず颚に靡かせお、声を立おお笑った。その声すらも、雑螏のなかに玛れお、途切れお、消えおいく。
    リヌファは、氎に削られおすっかり䞞くなった雷片たちが、優しい炎に枩められお静かに爆ぜおいるのを感じおいた。
    黒電気石ブラック・トルマリンの魔杖は、しばらく出番はないかしらず、春の空を芋䞊げおそう思った。

    ―完―



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    玄祥

     
     
    珟圚、ファンタゞヌ小説を執筆しおいたす。わたしの文章のルヌツは日本文孊ず英米幻想文孊にあり、正しく矎しい日本語ず行間を読たせるものです。なので、『文章を読む』のがお奜きな方は、是非読んでみお䞋さい。プロフィヌルに、たずめ読み甚のリンクを貌りたした。ゆっくりず、時間぀ぶしにどうぞ。

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